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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第九章~学園の新戦士~
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第百五十四話  闘技場での決闘


 翌日、メルディエズ学園は普段よりも人気が少なく静かだった。生徒の姿もあるが殆どの生徒が校舎の外におり、友人と談笑したり訓練をしたりしている。校舎の中にも生徒はいるが誰も授業は受けておらず、図書室で読書をしたりしていた。

 普段以上にメルディエズ学園が静かで人が生徒が少ない理由、それは今日が授業の無い日で生徒の殆どが学生寮やバウダリーの町にいるからだ。

 メルディエズ学園では授業や教師から受ける訓練などが無く、生徒が一日自由に過ごせる日がある。これは生徒たちが授業などで溜め込んだ疲れを取ったりストレスを発散させるためで、言ってみれば休日のようなものだ。

 ただ、授業は無いが依頼を受けることは可能で、メルディエズ学園に緊急の依頼が入った場合は生徒たちは動かなくてはいけない。そのため本当の休日とは言えなかった。しかし、それでも生徒たちは授業や訓練が無いだけで気楽に過ごせるので不満に思ってはいない。

 メルディエズ学園の北東には少し大きめの建物があった。中央には円形の広場があり、それを囲むように階段状の客席がある。そこは学園が管理する闘技場だった。

 闘技場は主に催し物で生徒たちが試合をしたりする時などに使われる場所で普段生徒たちは近づかない。立派な作りであるため、闘技場で訓練や仲間と手合わせをしたがる生徒もいるが、教師の許可がなければ生徒たちは闘技場を使うことは許されなかった。

 そんな特別な場所とも言える闘技場の中にユーキたちの姿がある。ユーキは中央の広場におり、正面に立っているオルビィンと向かい合っていた。二人の間にはオーストが立っており、真剣な表情を浮かべている。

 客席にはアイカ、パーシュ、フレード、カムネス、フィラン、ロギュンが座って広場にいるユーキたちを見ている。

 アイカたちの近くではガロデス、スローネ、ロブロス、数人の教師が座っており、同じように広場を見ていた。

 ユーキとオルビィンは昨日話していた決闘をするために闘技場に来ており、オーストは審判をするために二人の近くに立っている。そして、客席にいるアイカたちはユーキとオルビィンの決闘を見守るために闘技場に来ていたのだ。


「まさか殿下と決闘をするとは、何を考えているのだ、ルナパレスの奴は……」


 広場にいるユーキを見ながらロブロスは不満げな表情を浮かべる。すると、隣に座っているガロデスが声を掛けてきた。


「仕方がありませんよ。殿下がご自分からユーキ君に決闘を申し込んだことですから。それにカムネス君から聞いたように、これは殿下のための決闘でもあるんです」

「しかし……」


 納得できないロブロスは少し力の入った声を出しながらガロデスの方を向く。ガロデスは興奮するロブロスを「まあまあ」と笑いながら宥め、二人の後ろの席ではスローネが鬱陶しそうな顔をしながらロブロスを見ている。

 ガロデスたちは昨日、カムネスからユーキとオルビィンが決闘をすることを聞いた。いきなり王女であるオルビィンが決闘をすると聞かされたガロデスたちは当然驚き、カムエスに詳しい説明を求めた。

 カムネスはガロデスたちに決闘を申し込んだのはオルビィンであること、力を過信しているオルビィンに自分より強い者が大勢いることを教えるために決闘をさせるべきだと語る。

 話を聞いたガロデスや教師たちはオルビィンのための決闘だと聞かされてどうするか悩み、考えた結果、決闘をすることを許可した。

 しかし、教頭であるロブロスはもし決闘でオルビィンが怪我をすればメルディエズ学園の立場が危うくなると考えて最後まで決闘をすることに反対した。

 ガロデスたちはオルビィンのためにも今回の決闘を許可するべきだとロブロスを説得し、結果ロブロスは渋々決闘を行うことに納得したのだ。

 教師全員が決闘に納得すると決闘は翌日に行いたいとカムネスは進言する。話を聞いたガロデスは明日は新入生や下級生が受ける授業がないことから、決闘を行うにはちょうどいい考え、明日の午前九時に決闘を行うことを許可した。

 ただ、大訓練場など普段から生徒が多い場所で決闘をすれば生徒たちにバレた大騒ぎになると考えたガロデスは闘技場で決闘を行おうと考える。

 決闘の場所と時間が決まるとガロデスはカムネスにユーキとオルビィンに時間と場所を使えるよう指示した。

 カムネスは指示を受けるとすぐにロギュンを呼び出してユーキへの報告を頼み、自分もオルビィンに場所と時間を伝えに向かった。

 決闘の立会人はガロデスと一部の重役の教師たちが行うことになった。生徒会長のカムネスと副会長のロギュン、決闘が行われることを知っているアイカたちはユーキとオルビィンの実力と戦いを評価するために闘技場に集まり、現在に至る。

 ガロデスやスローネは広場で向かい合うユーキとオルビィンを静かに見守り、ロブロスはユーキを見つめ、心の中で「問題を起こすな」と訴える。他の教師たちも不安やどんな勝負になるのか期待するような表情を浮かべながら見ていた。


「……本当に大丈夫なのでしょうか?」


 カムネスの左隣に座るロギュンは眼鏡を直しながらカムネスに声を掛け、カムネスは腕を組みながら視線を動かしてロギュンを見た。


「他の生徒と同等に扱うことになっているとはいえ、殿下が大怪我をすれば陛下や側近の貴族の方々が黙っているとは思えません。下手をすればユーキ君や学園の立場も危うくなるかと……」

「問題無いさ。決闘は殿下の方から申し込んだのだ。もし彼女が怪我をしたとしても全ては彼女の自己責任。殿下だってそのことは承知しておられるはずだ。万が一、二人が大怪我を負ったとしてもすぐに傷を癒せるよう回復魔法を使える先生たちが待機しているから心配ない」

「確かにそうですが……」


 例え対策はしていても予想外のことが起きるのでは、そう感じていたロギュンは僅かに不安を見せながら広場に立つ二人を見つめる。


「それにルナパレスも殿下に大怪我を負わせようなどとは思っていないはずだ」


 カムネスはユーキながら問題を起こしたりなどしないと確信しているらしく、ユーキを見ながら静かに呟く。


「会長はユーキ君が勝つと考えているのですか?」

「……そうだな。ルナパレスと殿下の力の差がどれ程のものかは分からない。だが、これまで見てきた殿下の技術と戦いの経験を考えると、ルナパレスが勝つ可能性が高いと僕は思っている」


 ユーキが勝つと考えるカムネスを見てロギュンは真剣な表情を浮かべる。ロギュンもユーキの実力は知っているが、オルビィンとは初めて戦う上に彼女は槍を使う。刀を使うユーキでは武器の違いから既に不利なのではと感じていた。

 勿論、刀よりも槍の方が有利であることはカムネスも知っている。だが、カムネスはそれでもユーキがオルビィンに勝つと思っていた。

 オルビィンが自分の力を過信して相手を見くびらないようにするためにも、ユーキには決闘で勝ってもらい、オルビィンに相手を過小評価してはいけないことを教えてほしい。カムネスはそう思いながらユーキを見つめる。

 カムネスとロギュンがユーキとオルビィンを見ている近くではアイカ、パーシュ、フレード、フォランが同じように広場にいる二人を見つめている。アイカたちもユーキとオルビィンが戦うことでどんな勝負になるのか気になっていた。


「いよいよだね。どうなると思う?」


 パーシュは右隣の席に座っているアイカに声を掛けると、アイカはゆっくりとパーシュの方を向いた。


「オルビィン殿下が槍を使われますし、昨日の動きから優れた技術をお持ちのはずです。正直、どんな結果になるか分かりません」

「確かに。今回はユーキも苦戦するかもしれないね」


 アイカの答えを聞いたパーシュは難しい顔をしながらユーキに視線を向け、アイカもユーキを心配しているのか若干不安そうな表情を浮かべながらユーキを見た。


「何だよお前ら、ルナパレスが負けると思ってんのか?」


 ユーキを見ている二人の後ろからフレードの声が聞こえ、アイカとパーシュは同時に振る向く。そこには腕と足を組みながら後ろの席に座っているフレードの姿があり、その左隣にはフィランが黙って座っていた。


「いえ、私はユーキが負けるとは思っていません。……ただ、相手が槍使いですから、楽に勝つことはできないのではと思っています」

「ああ、剣士と槍使いが戦えば槍使いの方が圧倒的に有利に立つからね。負けはしないだろうが、一筋縄ではいかないと思ってるよ」


 アイカとパーシュもユーキが負けるとは思っていないが、今までのように楽勝と言うわけにはいかないと感じているらしい。

 オルビィンがそれなりの実力を持っていると考える二人を見たフレードは笑いながら軽く鼻を鳴らした。


「俺はルナパレスが難なく勝つと思うけどな? 確かに昨日の王女様の槍捌きは大したもんだったが、速さは大したこと無かった。槍のリーチにさえ気を付けてりゃあ苦戦するなんてことはねぇよ」


 フレードは自分が認めたユーキなら圧勝すると感じているのか、余裕の笑みを浮かべる。アイカもユーキが勝つと思っているが、フレードの言うとおり圧勝するのは難しいのでは感じているため、複雑そうな顔をしていた。

 一方でパーシュはオルビィンがどんな技術を持っているのか分からないのに動きだけでユーキの方が強いと考えるフレードを見て、今のフレードの考え方が昨日のオルビィンと考え方が似ていると思い呆れた顔をしていた。


「……そうとは限らないと思う」


 フレードの隣に座っているフィランがフレードの考えを否定するかのように呟き、アイカたちは同時にフィランの方を向いた。


「あ? どういう意味だよ?」


 フィランを見ながらフレードが低めの声で尋ねるとフィランは視線だけを動かしてアイカたちを見た。


「……オルビィン殿下は“ヴァルシル神槍術”を使うとカムネスから聞いた」

「ヴァルシル神槍術ぅ?」

「何なの、それ?」


 聞いたことの無い武術にフレードは小首を傾げ、アイカはフィランに尋ねる。パーシュも聞いたことが無いらしく、不思議そうな顔でフィランを見ていた。

 フィランはヴァルシル神槍術がどのような武術なのかアイカたちに説明しようとする。するとフィランが話すより先にカムネスが口を開いた。


「ヴァルシル神槍術は大陸でも一二を争うほど優れていると言われる槍術だ。槍を自分の体のように自在に操り、立ちはだかる全ての敵を倒すと言われている」

「初めて聞くね。そんなに凄いものなのかい?」


 初耳なのでどれ程凄い武術なのか分からないパーシュは難しい顔をする。


「ラステクト王国の王族や古くから王族に仕えている一部の貴族しか知らない武術だと父から聞いた。だからお前たちが知らないのも仕方がない」

「王族が伝承してきた武術ってわけか……それで、アンタから見て王女様のヴァルシル神槍術は凄いのかい?」


 オルビィンがヴァルシル神槍術を使いこなしているのか、パーシュは少し目を細くしながら尋ねた。話を聞いていたアイカやフレード、ロギュンもオルビィンの強さが気になっており、カムネスに注目している。


「……僕も過去に何度か訓練をなさっているところを見ただけだから、今の殿下がどれほど強いのかは分からない。ただ、入学試験の実技を見た限り、今回入学した新入生の中で彼女に勝る存在はいないだろう」


 カムネスの答えを聞き、オルビィンが新入生の中で最高の実力を持つと聞いたアイカたちは一斉に広場の方を見る。

 オルビィンの実力とヴァルシル神槍術を使うことから、ユーキは本当に苦戦を強いられるかもしれないとアイカたちは感じていた。

 アイカたちが見守る中、月下と月影を腰に差すユーキはオルビィンと向かい合っている。オルビィンが槍を肩に担ぎながら笑みを浮かべていた。


「逃げずにちゃんと来たのね。カムネスが一目置くだけのことはあるわ」

「は、はあ……」


 ユーキは若干力の抜けた声で返事をする。逃げる気など無いのにオルビィンから逃げなかったことを褒められるような言い方をされてユーキは少し調子が狂っていた。

 オルビィンは疲れたような顔をするユーキを見ながら槍を持たない方の手で指差した。


「先に言っておくけど、逃げずに来たからって手を抜く気は無いからね? 先輩だろうが子供だろうが、メルディエズ学園の生徒である以上、手加減せずに相手をするわ」


 立場など関係無い、目の前にいる敵とは全力で戦うと宣言するオルビィンを見たユーキはフッと反応する。お転婆で話を聞かない性格だがオルビィンが戦士の心構えを持っていると知ったユーキは真剣な表情を浮かべた。


「分かりました。なら、俺も手加減無しでお相手しますよ」

「フッ、言ったわね? ボロボロになった後で『さっきのは全力じゃありません!』とか言わないでよ?」

「言いませんよ、誓います」


 ユーキは自分の言葉を信じないオルビィンを見ながら小さく苦笑いを浮かべ、腰の月下と月影を抜く。オルビィンは右手に月下、左手に月影を握るユーキを見ると意外そうな顔をした。


「へぇ、なかなかいい剣を使ってるのね?」

「剣じゃなくて、刀なんですけど……」

「どっちでもいいわ、そんなこと。どんな武器を使おうと、槍使いである私の敵じゃないもの。それにアンタみたいな子供に負けるほど、生温い訓練はしてないわ」

「ほぉ?」


 そっぽ向きながら自分の方が実力が上と語るオルビィンを見てユーキは反応する。オルビィンの発言と態度から、彼女はカムネスの言うとおり自分の力に過信しているとユーキは感じた。


「相当自分の腕に自信があるようですね。……なら、俺からも一言言わせていただきます」

「ん?」


 オルビィンは目を細くし、視線だけを動かしてユーキを見る。ユーキはオルビィンが自分の方を見た瞬間、僅かに目を鋭くした。


「ガキだからってナメるなよ?」

「……ッ!」


 少し低めの声を出すユーキを見たオルビィンは一瞬寒気を感じて目を見開く。二人の近くにいたオーストはユーキとオルビィンの顔を見て小さく反応する。

 観客席からユーキとオルビィンを見ていたアイカたちはオルビィンの表情が変わったのを見て不思議そうにしていた。


「な、何よ、そんな怖そうな言い方して私を脅かしてるつもり? 言っておくけど、その程度で驚くほど私は子供じゃないのよ」


 自分が怯んだことを誤魔化すように力の入った声を出すオルビィンはユーキをキッと見つめる。ユーキは表情を変えずに無言でオルビィンを見ていた。


「私に恥を掻かせただけでなく脅かそうとするなんていい度胸じゃない。……いいわ、本当にコテンパンにしてやるから!」


 そう言ってオルビィンを肩に担いでいる槍を左前半身構えで持ち、ユーキも双月の構えを取った。二人が構えるのを見たオーストは決闘のルールを発表しようと持っている小さな羊皮紙を読み上げようとする。


「では、決闘のルールを説明する。まず、勝負は無制げ――」

「おい、本当にやってるぞ?」


 静かな闘技場に聞き慣れない少年の声が聞こえ、ユーキとオルビィン、オーストは同時に反応する。客席にいたアイカたちも声を聞いており、声が聞こえた方を確認した。

 声がした方には数人の生徒が客席の中を歩いている姿があった。生徒たちは全員が十四歳か十五歳でどこか興奮した様子で闘技場を見回している。そして、その中にはウェンフの姿もあった。


「えっ、ウェンフちゃん?」

「あの子たち、もしかして新入生かい?」


 ウェンフや生徒たちを見たアイカとパーシュは目の前にいる生徒たちが新入生だと気付き、同時にどうして新入生が闘技場にいるのか疑問に思う。当然、広場にいるユーキとオルビィン、ガロデスたち教師も同じ気持ちだった。

 闘技場を見回していた新入生たちは客席にいるアイカたちに気付くと更に驚いた反応を見せる。目の前にメルディエズ学園でも有名で指折りの実力者がいるのだから驚いたり興奮したりするのは当然だ。

 騒いでいる新入生たちの中にいたウェンフはアイカと目が合うと小さく苦笑いを浮かべながら手を振る。アイカはウェンフを見ると立ち上がり、ウェンフに向けて手招きをした。

 呼ばれていることに気付いたウェンフは新入生たちの間を通り、アイカたちの下へ向かう。


「こ、こんにちは……」

「ウェンフちゃん、これはどういうこと? どうして貴女たちが此処にいるの?」


 状況が理解できないアイカがウェンフに尋ねると、ウェンフはどこか申し訳なさそうな顔をする。


「……ユーキ先生と王女様が決闘をするって聞いて、ちょっと覗いてみようかなって……」

「どうして此処で決闘をするって知ってるの? それに何で他に新入生が?」

「そ、それは……」


 ウェンフはチラッと一緒に来た新入生たちの方を見ると詳しい説明を始めた。

 昨日の夕方頃、ウェンフはユーキと会っており、剣の稽古をつけてもらうはずだったのにオルビィンと決闘をすることになって稽古をつけられなくなったと聞かされていた。

 話を聞いたウェンフは稽古をつけられなくて残念に思っていたが、王女であるオルビィンに決闘を申し込まれ、生徒会長のカムネスから決闘を受けてほしいと頼まれたのでは仕方がないと納得した。

 ユーキはウェンフに約束を守れなかった埋め合わせはちゃんとすると約束する。そんな時、ユーキの下にロギュンがやって来てオルビィンとの決闘の時間と場所を伝えた。

 ロギュンから場所と時間を聞かされたユーキはウェンフと別れ、ロギュンも一緒にいたウェンフに決闘の場所と時間を口外しないよう忠告してその場を後にする。この時、一人残っていたウェンフはどのような決闘になるのか気になっており、ユーキとオルビィンの決闘を見物しようと考えていた。

 日にちが変わり、決闘の時間が近づいた頃にウェンフは決闘が行われる闘技場へ向かおうとする。だが闘技場に向かおうとした時、友人である新入生たちがウェンフに声を掛け、ユーキとオルビィンの決闘について何か知らないかと訊いてきた。

 声を掛けてきた生徒たちは大訓練場でオルビィンがユーキに決闘を申し込むのをウェンフと一緒に目撃していた生徒たちで、ユーキの弟子であるウェンフなら何か知っていると思って尋ねたのだ。

 突然決闘のことを訊かれたウェンフは動揺を見せながらもロギュンに言われたことを思い出し、決闘のことは何も知らないと友人たちに話す。

 しかし、生徒たちは納得できずにウェンフを問い詰め、結局勢いに押し負けたウェンフは決闘の場所と時間を話してしまい、生徒たちと共に闘技場に来てしまった。

 ウェンフが闘技場に来た理由、数人の新入生が一緒な理由を聞かされたアイカは納得し、ロギュンは約束を守れなかったウェンフを見て呆れ顔で溜め息をついた。


「まったく、あれほど他言無用だと忠告しておいたのに……」

「ごめんなさい……」


 申し訳なさそうな顔をするウェンフはロギュンに謝罪する。ロギュンはもう一度溜め息をつき、ウェンフや新入生たちをジッと見つめた。

 新入生たちは生徒会副会長であるロギュンの視線に驚き、目を合わせないようにしながら俯く。彼らも勝手に闘技場に来たことでロギュンを怒らせてしまったと感じ取っていた。

 ロギュンは席を立ち、ウェンフたちを叱責しようとする。するとガロデスがロギュンに近づいて彼女に肩にそっと手を置いた。


「ロギュンさん、来てしまったものは仕方がありません。折角ですから彼らにもユーキ君と殿下の決闘を見学していってもらいましょう」


 ガロデスの口から出た言葉にロギュンは驚いてガロデスの方を向き、周りにいるアイカたちや教師たちも意外そうな表情を浮かべる。


「学園長、よろしいのですか?」

「ええ、幸い決闘を見に来たのは僅かな人数ですので、大騒ぎにはならないでしょう。それに他の生徒が戦う姿を見るのは彼らにとっても良い勉強になりますからね」


 ウェンフや新入生たちを咎めたりすることなく笑顔で決闘を見ることを許可するガロデスにウェンフたちは感激したのか笑みを浮かべ、アイカも微笑みを浮かべている。


「カムネス君、よろしいですか?」


 生徒会長であるカムネスの意見を聞こうとガロデスが尋ねると、カムネスは目を閉じながら小さく俯く。


「……学園長が問題無いと判断されたのでしたら、異議はありません」

「ありがとうございます」


 カムネスが反対していないと知ったガロデスは礼を言う。話を聞いていたパーシュやフレード、スローネはニッと楽しそうな笑顔を浮かべており、ロブロスは甘い判断をするカムネスとガロデスを見てどこか納得できないような顔をしていた。

 ロギュンは学園長であるガロデスだけでなく、カムネスも問題無いと判断したのを見るとウェンフたちを帰す必要は無いと考え、一度溜め息をついてからウェンフたちの方を向いた。


「本来ならこのまま帰ってもらうところですが、学園長と会長が許可なさったのでこのまま決闘を見学なさって問題ありません」

「あ、ありがとうございます」


 ウェンフはロギュンの言葉を聞いて笑みを浮かべながら礼を言う。他の生徒たちを連れて来たため、ウェンフは今回の件で何かしらの処罰を受けるのではないかと考えていたが、カムネスとガロデスが許可したことで処罰を受けることは無くなったと知って胸を撫で下ろした。

 他の生徒たちもユーキとオルビィンの決闘を見学できると知って嬉しそうにはしゃぐ。それを見たロギュンは調子に乗っていると感じたのか僅かに目を鋭くした。


「言っておきますが、見学の許可を得たからと言ってはしゃぎ過ぎたりしないでください? それと今回の決闘は秘密裏に行われています。終わるまでは闘技場から出ないように。……いいですね?」

『ハイ』


 新入生たちが返事をするとロギュンは疲れたような顔をしながら自分の席に座り、アイカやガロデスも自身の席につくと広場の方を向く。

 アイカたちが座るのを見た新入生たちは空いている近くの席に座る。アイカたちの近くの席も空いているのだが、先輩でありメルディエズ学園でも有名な生徒の隣に座るのは図々しい思ったのか誰もアイカたちの近くには座らなかった。

 新入生たちが距離を空けて座る中、ウェンフはアイカの右隣の席が空いているのを見てそこに腰を下ろす。新入生たちは先輩であるアイカたちの近くに迷わずに座るウェンフを見て、度胸があると感じながら目を丸くした。


「決闘はもうすぐ始まるんですか?」

「ええ、これから二人の近くにいる先生が決闘のルール説明をするところよ」


 アイカは広場にいるユーキたちを見つめ、ウェンフも同じようにユーキたちに注目する。


「……ユーキ先生、勝ちますよね?」


 ウェンフはユーキを見つめながらアイカに尋ねる。真剣な表情を浮かべているウェンフだが、心の中ではどんな結果になるの分からずに小さな不安を感じていた。

 アイカはチラッとウェンフに一線を向けると小さく笑みを浮かべた。


「勿論、ユーキなら絶対に勝つわ」

「と言うか、弟子であるお前が師匠を信じなくてどうすんだよ」


 ユーキの勝利を信じるアイカとフレードは笑いながらウェンフに語り掛け、二人を見たウェンフはアイカたちがユーキを信じているとことを知って笑みを浮かべる。


「そうですよね、先生なら絶対に勝ちますよね」

「当たり前だ」


 フレードは広場の方を向き、アイカたちも広場を見つめる。ウェンフも師匠であるユーキの勝利を信じ、広場に立つユーキたちを見つめた。

 客席に座るウェンフを見ていたユーキは昨日のことを思い出し、ウェンフが決闘を見に来たのだと悟る。

 ロギュンから誰にも言わないよう忠告されたのに友人を連れて来てしまったウェンフの行動は傍から見れば間違っていると思われるかもしれない。だがユーキは状況によっては自分もウェンフと同じ行動を取るかもしれないと思っているため、彼女の判断が完全に間違っているとは思わず、「やれやれ」と言いたそうに苦笑い浮かべていた。


「何だかよく分からないけど、あの子たち、私たちの決闘を見に来たみたいね」


 ユーキが客席を見ているとオルビィンが同じように客席を見て呟き、声を聞いたユーキはオルビィンの方を向いた。


「確か今回の決闘は他の生徒には知られないようになっているはずだけど、どうしてあの子たちは決闘のことを知っているのかしら?」

「さぁ、俺にも分かりません」


 ウェンフたちがいることを疑問に思うオルビィンを見てユーキは小さく笑いながら白を切る。ウェンフたちが闘技場に来た理由は知っているが、説明するのが面倒なのでユーキは気付いていないフリをすることにした。


「まぁいいわ。寧ろアンタが負ける姿を見せる生徒の数が増えて好都合よ」


 そう言うとウェンフは持っている槍を構え直してユーキの方を向き、ユーキも月下と月影を構え直す。


「後から来た子たちに恥ずかしい姿を見せないよう、精々頑張ってね」

「……ええ、お互いに」


 小さな笑みを浮かべるユーキはオルビィンを挑発し、そんなユーキを見てオルビィンは少しだけ表情を険しくした。


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