第百五十三話 お転婆オルビィン
突然現れたオルビィンにユーキたち、そしてウェンフたち新入生は意外そうな反応を見せている。
入学式からまだ四日しか経っていないため、生徒の中には授業や依頼に参加していたことでオルビィンと顔を合わせていない者も大勢いた。その中にはユーキたちも含まれており、初めて見るオルビィンに注目している。
ただ、新入生は入学式の時にオルビィンと接触、会話しているため驚きはしていない。中には王女であるオルビィンが自分たちに近づいてきたことで少し興奮している新入生もいた。
近づいてきたオルビィンはユーキたちの近くで立ち止まり、集まっている生徒たちを身回す。
状況からオルビィンも大訓練場で他の生徒たちと槍の訓練をしており、カムネスはユーキたちと同じようにオルビィンの訓練の様子を見に来ていた。そして騒いでいるユーキたちに気付いた二人は確認するために近づいたようだ。
新入生たちはオルビィンを見ながら小声で友人と会話したり、憧れるような眼差しを向けている。ウェンフはローフェン東国の出身であるため、ラステクト王国の王女が目の前にいることがどれだけ凄いことなのかいまいち理解できていないらしく、無言でオルビィンを見ていた。
「皆笑いながら何か話してたみたいだけど、何の話をしてたの?」
オルビィンが近くにいる男子生徒に声を掛けると男子生徒は緊張しているのかピクッと反応して姿勢を正した。
「ハ、ハイ! 神刀剣の使い手である先輩たちに挨拶をしていました」
男子生徒が若干高い声を出しながらオルビィンに説明すると、周りにいる生徒たちは男子生徒に視線を向ける。生徒の中には緊張する男子生徒がおかしくてクスクスと笑い者もいた。
「そんなに緊張しなくていいわよ。私たちは同級生なんだから、堅苦しくせず普通に接して」
他の生徒と同じようにオルビィンも男子生徒の反応がおかしかったのか笑っている。男子生徒はオルビィンの言葉を聞くと自分がかなり緊張していたことを悟り、小さく俯いて恥ずかしそうにした。
周りにいた友人たちはニヤニヤと笑いながら男子生徒を見たり、肩を手で軽く叩いたりしながら恥ずかしがる男子生徒を励ましたり、からかったりなどする。男子生徒は顔を上げると恥ずかしそうな顔のまま友人たちの方を向いた。
男子生徒の反応を見たオルビィンはチラッとユーキたちの方を向く。ユーキたちが他の生徒と比べて明らかに雰囲気が違うと感じていたオルビィンはユーキたちの中に神刀剣の使い手がいると確信する。
「貴方たちが神刀剣の使い手ですよね?」
オルビィンはユーキたちを見ながら敬語で尋ねる。自分が新入生であることを理解していたオルビィンは相手が自分よりも身分の低い存在だとしてもちゃんと先輩として接しようと思っていた。
因みにオルビィンは入学したばかりでカムネス以外の神刀剣の使い手とはまだ会ったことが無い。そのため、ユーキたちの中で誰が神刀剣の使い手なのか分からなかった。
「いえ、俺とアイカは違います。神刀剣の使い手はこっちの三人です」
ユーキはそう言ってパーシュたちの方を向いた。新入生に対して先輩らしく接しようと思っていたユーキだったが、ラステクト王国の王女であるオルビィンが相手だと、どうしても敬語を使わなくてはと思ってしまう。
オルビィンはパーシュたちを無言で見つめ、パーシュたちもオルビィンを見つめ返す。神刀剣の使い手たちと王女が向かい合う光景に新入生たちはどこか緊張している様子を見せていた。
「……初めまして、オルビィン・ロズ・エイブラスです。よろしくお願いしますね」
しばらくパーシュたちを見ていたオルビィンは微笑みながら口を動かす。
「へっ、王女様に敬語で挨拶されるとは光栄だな。まぁ、分からないことがあったら遠慮なく訊けよ?」
「おい、フレード! 新入生とは言え、王女様に対して馴れ馴れしすぎるんじゃないかい?」
パーシュは眉間に僅かにシワを寄せながら軽い態度を取るフレードに注意をする。新入生たちも王族に対して友人のように接するフレードを見て思わず目を見開いたり、息を飲んだりしていた。
「ああぁ? 王女様だろうが新入生で年下なんだから問題ねぇだろう。それに学園じゃあ身分なんて関係なく、生徒は全員平等のはずだ。……そうだろう、カムネス?」
「ああ」
フレードの問いに黙って会話を聞いていたカムネスは腕を組みながら頷く。カムネスも王族だろうがメルディエズ学園では一生徒として扱われると考えていた。
カムネスの返事を聞いたフレードはニッと笑いながらパーシュの方を向いた。
「生徒会長様がこう言ってるんだから、問題ねぇよな?」
「ぬぅ~! ……でも、せめて敬語ぐらいは使うべきなんじゃないのかい?」
「けっ、相変わらずクソ真面目な女だな」
面倒くさそうな顔をしながらフレードは呟き、そんなフレードをパーシュはジッと睨みつけた。
パーシュとフレードのやり取りを見ていたユーキとアイカは呆れたような顔をしており、オルビィンは面白いものを見ているかのように笑っていた。
オルビィンがパーシュとフレードのやり取りを見ていると隣に立っていたカムネスが一歩前に出た。
「殿下、改めて紹介します。そっちの青い髪の男子が海刃剣リヴァイクスの使い手、フレード・ディープス。紅い長髪の女子生徒が炎闘剣ヴォルカニックの使い手、パーシュ・クリディック。そっちの紫の髪の少女が岩斬刀コクヨの使い手、フィラン・ドールストです」
カムネスに紹介されたフレードは笑いながら右手を上げて挨拶をし、パーシュは頭を下げ、フィランは無表情のままジッとオルビィンを見ている。フィランは例え王族でも余程のことじゃない限り自分から頭を下げたりはしないようだ。
「そして、そっちの二人が我が学園で二人しか存在しない二刀流の使い手、アイカ・サンロードとユーキ・ルナパレスです」
「ユーキ・ルナパレス?」
名前を聞いたオルビィンは反応してユーキに視線を向ける。ユーキは自分を見るオルビィンを見上げながらまばたきをしていた。
「……そう、貴方が噂のユーキ・ルナパレスなのね」
「俺を知ってるんですか?」
ユーキは意外に思いながらオルビィンに尋ねる。オルビィンは腰を曲げ、顔の高さをユーキに合わせながらニッと笑った。
「ええ。フリドマー伯、つまり学園長を盗賊から助けた子でカムネスも認めるほどの剣士。あと、ベーゼになりかかった身でありながら無事に人間に戻った子だってカムネスから聞いたわ」
「そ、そうなんですね」
どこか楽しんでいるような口調で語るオルビィンを見てユーキは苦笑いを浮かべる。パーシュやフレードもユーキに詳しいことを意外に思いながらオルビィンを見ていた。
「殿下、幼いとは言えルナパレスは貴女の先輩です。もう少し後輩らしく接してください」
「あら、この学園では生徒は皆平等なんでしょう?」
「それは生徒の出身に対してです。学園内では平民も貴族も平等ですが、先輩後輩と言った立場的な関係は別です。一つの組織に所属する以上、その点はしっかり理解していただかなくては困ります」
カムネスは真面目な顔をしながらオルビィンに注意し、オルビィンは笑みを消してカムネスを見つめる。
新入生たちはカムネスとオルビィンが無言で向かい合う姿を見て緊迫した表情を浮かべ、ユーキたちも黙って見守っていた。
「……フッ、分かってるわよ。相変わらずアンタは真面目ね?」
無表情でカムネスを見ていたオルビィンは再び笑い出す。カムネスは楽しそうにするオルビィンを見て目を閉じながら軽く息を吐く。まるでオルビィンの言動に疲れているかのように見えた。
「あ、あの、さっきから気になっていたのですが、オルビィン殿下と会長はどのようなご関係なのですか? 随分親しいご関係のようですが……」
アイカはこれまでの言動からカムネスとオルビィンがただの知り合いと言うわけではないと感じて尋ねる。
オルビィンは問い掛けてきたアイカの方を見ると笑ったまま口を開く。
「私たち? 幼馴染よ」
「えっ!?」
アイカはオルビィンの言葉を聞いて思わず声を出し、隣にいたユーキやパーシュ、フレード、ウェンフも目を見開く。当然新入生たちもカムネスとオルビィンの意外な関係を知って驚きの反応を見せた。
「幼馴染……カムネス、本当なのかい?」
「……ああ、そのとおりだ」
カムネスはパーシュの方を見ながら頷き、返事を聞いたユーキたちは更に驚いた反応を見せた。
驚くユーキたちを見たカムネスは詳しく話す必要があると感じたのかユーキたちを注目する中、口を動かす。
「知ってのとおり、僕の父はラステクト王国の軍事責任者を任されている。王国軍の編成や配備、現状、活動内容を陛下に報告するためによく登城していた。僕も幼い頃、父に連れられて王城に行っては殿下の遊び相手をさせられていたんだ。……いや、遊んだと言うより、こき使われたと言った方がいいかもしれないな」
「失礼ねぇ、いつ私がアンタをこき使ったのよ?」
カムネスの説明の内容に不満を感じたオルビィンは目を細くしながらカムネスに尋ねる。カムネスは表情を変えず、視線だけを動かしたオルビィンを見た。
「騎士のごっこ遊びをするために僕を馬にして背中に乗ったり、近くにメイドがいるのにわざわざお茶を入れさせることをこき使うと言わずに何と言うのです?」
「あら、そんなことさせたかしら、私?」
小首を傾げながらオルビィンは心当たりの無さそうな顔をする。オルビィンの反応を見たカムネスは「やれやれ」と首を横に振った。
幼い頃からオルビィンと過ごしていたカムネスはこの時のオルビィンの態度から忘れたフリをしているとすぐに分かった。だが、今更そのことでオルビィンに文句を言う気は無いため、カムネスはそれ以上何も言わずに口を閉じる。
(会長も子供の頃は苦労してるんだなぁ……)
カムネスの幼い頃の話を聞いてユーキはカムネスを見ながら心の中で同情した。
アイカはカムネスを見て苦笑いを浮かべており、パーシュとフレードは普段から非の打ち所がない存在と言われているカムネスも幼い頃は苦労していたと知って面白そうに笑っている。
フィランは相変わらず興味の無さそうな顔をしており、ウェンフや新入生たちはカムネスとオルビィンの昔話を聞かされて意外そうな反応を見せていた。
「まぁ、今は昔のことはどうでもいいわ」
オルビィンはカムネスの説明を強引に終わらせるとユーキを見て笑い、自分を見て笑うオルビィンを見たユーキは思わずフッと反応する。
「ユーキ・ルナパレス、先輩でしたよね? カムネスから聞きましたけど、貴方は変わった剣術を使うんでしょう?」
「え? あ、ハイ……」
ユーキはオルビィンがルナパレス新陰流を知っていることに驚きながら頷く。アイカやパーシュたちもユーキの剣術が王族にも注目されていると知り、意外に思いながらユーキとオルビィンを見ていた。
「機会があったらどんな剣術か見てみたいですね。……まぁ、凄い剣術もリーチの長い槍とかの前では苦戦するでしょうけど」
オルビィンは自分が持っている木槍を見ながら遠回しに剣は槍より劣っていると語る。
ユーキはオルビィンの言葉を聞いて彼女が何を考えているのかすぐに理解したが、別に剣が最強の武器だとは思っていないため、オルビィンの嫌味のような発言を聞いても不快にはならなかった。
アイカやパーシュ、カムネスも剣を使う者としてオルビィンの発言に反応するが、気分を悪くしたりすることは無かった。
「そんなこと無いよ」
ユーキたちがオルビィンを見ている中、ウェンフが口を開き、ユーキたちは一斉にウェンフに注目する。
「ユーキ先生の剣術は普通の剣術よりも強くて槍を持っている敵にだって負けたりしないよ」
「んん?」
「お、おい、ウェンフ」
ルナパレス新陰流を持ち上げようとするウェンフにオルビィンは反応し、ユーキも若干困ったような顔をしながらウェンフを見る。
「例え槍や大きな武器を使う相手と戦うことになっても、ユーキ先生の剣術なら必ず勝てるよ」
「まぁ、確かにルナパレスの剣術は変わってはいるが、槍とかに負けたりはしねぇよな」
フレードもウェンフに同意するようにルナパレス新陰流を高く評価する。実はフレードは先程のオルビィンの発言で剣を弱く見られていると感じ、少しオルビィンに仕返しをしようとウェンフの味方をしたのだ。
オルビィンは真面目な顔で自分を見るウェンフを無言で見つめ、その様子をユーキたちは黙って見守る。やがてオルビィンは木槍の石突を地面に付けながら軽く上を向いた。
「……そう、つまり貴女と先輩は槍が優れた武器であることを証明しろと言いたいのね」
「は?」
フレードはオルビィンの言葉に思わず訊き返す。
「フフフッ、仕方がないわね。いいわ、特別に私の槍捌きを見せてあげる」
「いや、見せてほしいなんて一言も言ってねぇぞ」
「言っておくけど、一度私の槍を見たら剣が槍に勝てないってことを思い知ることになるわよ。それでもいいのね?」
「人の話、聞けよ!」
勝手に話を進めるオルビィンにフレードは思わずツッコミを入れる。ユーキやアイカ、パーシュはオルビィンが話を聞かない姿を見て目を丸くしていた。
「か、会長、これって……」
呆然としていたアイカはカムネスに声を掛ける。すると、カムネスは目を閉じながら呆れたような表情を浮かべた。
「殿下は一度思い込むと周囲の話を聞かずにお一人で納得してしまうことがたまにある。幼い頃からの悪い癖だ」
「ええぇ……」
アイカはオルビィンの方を見ながら思わず声を出してしまう。ラステクト王国王女の意外な癖にアイカだけでなく、近くにいたユーキとパーシュも驚いていた。
オルビィンは誇らしげな笑みを浮かべながらフレードやウェンフを無視し、両手で木槍を握るとゆっくりと上段構えを取る。そんな時、オルビィンの前を小指の先ほどの大きさの虫が小さな羽音を立てながら飛んで横切ろうとした。
虫に気付いたオルビィンは目で虫を追い、周りにいるユーキたちも虫に注目する。
「……フフ、丁度いいわ」
オルビィンはニッと笑いながら木槍を握る手に力を入れ、両足を軽く曲げた。それに気付いたユーキたちはオルビィンが動くと感じて距離を取る。
「旋風の舞!」
ユーキたちが距離を取った直後、オルビィンは体を左に回し、同時に両腕を器用に動かして演舞のように槍を振り回す。しかもオルビィンの周りでは弱い風が舞い始めており、それを見たユーキたちは軽く目を見開いて驚く。
風が舞うとオルビィンは目を鋭くし、木槍を回しながら軽くジャンプする。そして回した時の遠心力を利用して木槍を勢いよく地面に向けて振り下ろした。
木槍が振り下ろされるとオルビィンの周りの風の勢いが僅かに強くなって周囲に広がる。その風は離れた所にいたユーキたちにまで届いた。
「……ッ! 構えろ!」
フレードはユーキたちに風に耐えられる体勢を取るよう力の入った声で指示を出す。カムネスは既に体勢を整えており、ユーキとアイカ、パーシュとフィランもフレードの声を聞いて咄嗟に身構える。
ユーキたちは風が受けた瞬間に足に力を入れていたため、体勢を崩さずに済んだ。だが、ウェンフや新入生たちは風に耐えられずその場に倒れたり、尻餅を付いたりしてしまう。突然の風に新入生たちは驚きの表情を浮かべていた。
風が治まるとオルビィンは目を閉じながらゆっくりと態勢を直して右手に持つ木槍を立てる。体勢を崩していた新入生たちも立ち上がってオルビィンを見つめた。
「フフフフ、ゴメンね? でも、私の槍の腕を見せるためには仕方の無いことだったの」
オルビィンは目を閉じながら得意げな笑みを浮かべて呟く。自分の槍の腕に周囲が驚いていることで優越感を感じていた。すると、笑っているオルビィンの顔の前を先程の虫が羽音を立てながら横切る。
羽音を聞いたオルビィンは笑ったまま汗を流し、ユーキたちも虫に気付くとキョトンとしながら飛んでいる虫を見つめる。
「……あの、虫は何事も無かったように飛んでますけど?」
「んぐっ!」
ユーキが声を掛けるとオルビィンの表情が僅かに険しくなる。ユーキの言葉でオルビィンが機嫌が悪くなったのは明らかだった。
「ご、誤解を招くような発言を……」
「えっ、誤解? 俺はさっきのやり取りからてっきり虫を狙っていたのかと思ったんですけど」
小さく体を震わせるオルビィンを見ながらユーキは自身の頬を指で掻く。そのやりとりを見ていたフレードは小さく俯きながら笑いを堪えていた。
「……ルナパレス、お前って時々空気読めない時があるよな」
「でも、私も王女様は虫を狙ってたんだって思いましたよ?」
笑いながらフレードはユーキに声を掛け、隣にいるウェンフも思ったことを口にする。フレードとウェンフの言葉を聞いて周りにいる他の生徒たちもオルビィンは本当に虫を狙っていたのか疑問に思い、小声で隣にいる友人たちと話し始めた。
フレードとウェンフの発言、周りの生徒たちの反応からオルビィンは恥を掻かされたと感じて目を閉じたまま顔を僅かに赤くする。そして目を開けると目を鋭くしながらユーキの方を向いて槍先を向けた。
「ユーキ・ルナパレス、アンタに決闘を申し込むわ!」
「……ええぇ! 決闘!?」
突然の宣言にユーキは思わず声を上げる。周りにいるアイカたちもカムネスとフィランを除いて全員が驚きの反応を見せた。
「ちょ、ちょっと待ってください。何で俺がオルビィン様と決闘しないといけないんです?」
「アンタのせいだからよ。アンタが余計なことを言わなければこっちも恥を掻かずに済んだの!」
オルビィンから理由を聞かされたユーキは「無茶苦茶だ」と感じながら困り顔になる。確かに自分は虫のことを指摘したが、決してオルビィンに恥を掻かせる気など無かった。それなのに一方的に決闘を申し込まれて納得できるはずがない。
ユーキを睨むオルビィンは顔を赤くし続けている。今のオルビィンはユーキをメルディエズ学園の先輩として見ておらず、恥を掻かせた気に入らない存在としか見ていなかった。
「俺はオルビィン様に恥を掻かせようなんて思ってません。気に障ったのでしたら謝ります」
「謝罪なんていいわ。私はもう決闘でアンタをコテンパンにしないと気が済まないの」
「そんなぁ……会長、何とかしてください」
どうすればいいか分からないユーキはカムネスに助けを求める。カムネスはユーキを見た後に視線を動かしてオルビィンを見た。オルビィンは鋭い目でカムネスを見ており、その目からは「邪魔をするな」と言う意思が感じられる。
カムネスはしばらくオルビィンを見た後、視線をユーキに戻して静かに口を開いた。
「……殿下が決闘をしたいと仰ってるのなら、お相手して差し上げろ」
「ええっ!?」
予想外の返事にユーキは再び驚き、アイカはカムネスの発言に耳を疑う。パーシュとフレードも意外に思い、フィランは無言でカムネスを見ている。ウェンフは目を見開いて驚いており、周りの生徒たちはざわつき始めた。
オルビィンはカムネスが許可を出すと笑みを浮かべながらユーキの方を向く。
「聞いたでしょう? 生徒会長であるカムネスが決闘を受けろと言っているのだから、文句を言わずに受けなさい」
「ぬうぅぅ……」
納得できないユーキは表情を曇らせながらオルビィンを見る。なぜカムネスが決闘を許可したのか、ユーキはまったく分からなかった。
「それじゃあ、早速始めましょうか」
「待ってください殿下。決闘は明日行っていただきます」
カムネスが止めに入るとオルビィンは軽く目を見開いてカムネスの方を見た。
「はぁ? どうしてよ?」
「殿下にはこの後も授業があります。決闘のために授業を欠席すると言うのは許可できません。何より、決闘をするとなると学園長や教師たちに報告する必要があります」
すぐに決闘をすることができない理由をカムネスは静かに説明し、オルビィンは納得できないような顔をしながら黙って聞いていた。
メルディエズ学園では決闘自体は禁止されてはいない。しかし、学園内で決闘を行う際は学園を管理する教師たちの許可を得る必要がある。
増してや決闘するのがユーキとオルビィンであれば学園長であるガロデスにはちゃんと報告しなくてはいけなかった。
「明日は下級生が受けなくてはいけない授業はありませんので、学園長たちから正式に許可を得れば問題無く行うことができます。もし学園長たちの許可を得ず、勝手に決闘を行ったら間違い無く罰を受けることになります」
罰を受けると聞かされたオルビィンはムッとしながら黙り込む。ラステクト王国の王女が入学してから僅か四日、それも教師の許可を得なかったと言うつまらない理由で罰を受けるなどあってはならない。オルビィンはすぐにユーキと戦いたいという気持ちをグッと抑えた。
「……分かったわ。決闘は明日にする」
オルビィンは木槍を肩に担ぎながら納得した。
「決闘の場所と時間は学園長たちの許可を得てからご報告します。それまでお待ちください」
カムネスを見ながらオルビィンは小さく頷き、次の授業を受けるために大訓練場を出ようとする。するとオルビィンは立ち止まり、チラッとユーキに視線を向けた。
「決闘は明日。忘れるんじゃないわよ」
そう言い残してオルビィンは一人大訓練場を後にする。残ったユーキたちはオルビィンの背中を黙って見ていた。
「君たちも次の授業があるはずだ。早く移動しなさい」
カムネスは残っている新入生たちを校舎へ向かわせるために声を掛ける。新入生たちはカムネスの声を聞くとフッと反応し、戸惑ったような顔をしながらオルビィンの後を追うように大訓練場の外へ向かう。ウェンフもユーキたちに一礼してから新入生たちと共に校舎へ向かった。
ウェンフたちが去ってその場にいるのがユーキたちだけになると、ユーキたちは一斉にカムネスの方を向いた。
「会長、どういうつもりですか? 俺にオルビィン様と決闘しろだなんて?」
「そうですよ。どうしてあんなことを?」
ユーキとアイカはなぜ決闘を許可したのか、少し興奮した口調でカムネスに尋ねる。何の説明も無しにいきなり決闘を受けろなどと言われれば納得できないのも当然だった。
「殿下のため、だな」
「オルビィン様の?」
決闘を申し込んだオルビィン自身のために許可したと聞いてユーキは小首を傾げる。アイカやパーシュ、フレードもカムネスの言いたいことが理解できずに難しい顔をしていた。
「さっきのを見て君たちも気付いたと思うが、殿下は優れた槍の腕を持っている。もともと体を動かすのがお好きな殿下は飲み込みが早く、短時間で槍を覚え、次々と技を体得していった」
カムネスはオルビィンに槍の才能があることを静かに説明し、ユーキたちはそれを黙って聞いている。
「王城でも殿下の槍の上達する早さに陛下や師である元将軍も感心しておられ、殿下は感心する陛下たちを見てよりやる気を出しされたそうだ。……ただ、才能があるからか殿下は時々自分の力を過信されたり、槍を使う自分に勝てる者はいないと考えられることがある」
「確かにさっきも剣術を使う奴がリーチのある槍使いに勝つなんてできない、とか言ってたな」
フレードはオルビィンが技を見せる前に言っていた言葉を思い出し、オルビィンには少々傲慢なところがあると感じていた。
ユーキたちもオルビィンの言動から自分の槍の腕にかなり自信を持っており、自分は誰にも負けないと思っているのかもしれないと考えていた。
「今の殿下は槍を持っていればどんな敵にも勝てる、剣士には絶対に負けないと思い込んでおられる。そんな考え方を持ったままベーゼやモンスターと戦えば必ず足元をすくわれる。そうなれば命に係わるような事態になる可能性もある」
話を聞いていたユーキたちは顔には出さないがカムネスはオルビィンのことを気にかけているのだと知った。
「殿下が今の考え方を変えるには自分よりも強い相手と戦い、敗北を味わって自分はまだ未熟であることを理解してもらわなければならない」
「……もしかしてアンタ、ユーキとの決闘で王女様を負けさせようとしているのかい?」
カムネスの狙いを察したパーシュは両手を腰に当てながら尋ね、パーシュの言葉を聞いたユーキたちも少し驚いた反応を見せる。
「そうだ。ルナパレスには殿下と戦ってもらい、彼女に自分が思い上がっていることを教えてほしいのだ」
「それで俺とオルビィン様の決闘を許可したんですか」
ユーキを見ながらカムネスは頷き、理由を知ったユーキは決闘を許可したことに納得した。
「剣と槍とでは槍の方が圧倒的に有利だ。戦えば高い確率で槍を使う者が勝つ。だが、それは戦う者が普通の人間の場合だ。君なら例え槍使いでも問題無く勝てるはずだ」
「は、はあ……」
期待をされるユーキは複雑な気持ちになる。確かにユーキは混沌士で異世界には存在しない未知の剣術、ルナパレス新陰流を使う。槍を使うオルビィンが相手でも勝機はあるだろう。
しかし、ユーキはオルビィンがどんな槍術を使うのか分からない。しかもオルビィンも混沌士であるため、条件的に考えれば五分五分だった。よってユーキが絶対にオルビィンに勝つとは断言できない。
(そう言えば、この前フェスティさんと再会した時に他の武術の知識はあるか訊いてきたな。何でそんなことを訊いたのか訊き返した時、すぐに分かるって言ってたけど……このことを言ってたのか?)
入学試験の前にフェスティが言っていたことを思い出し、ユーキは難しそうな顔をする。
フェスティはユーキがオルビィンと決闘することになるのを分かっていたから剣術以外の武術の知識があるか尋ねた、そう推測したユーキはフェスティが質問してきたことに納得する。
「で、でも大丈夫なのですか? 自分の力の自信を持っていたオルビィン殿下がユーキに負けてしまったらショックで落ち込んでしまうのでは……」
敗北したらオルビィンが立ち直れなくなってしまうのではとアイカは不安を感じる。確かに今まで敗北を経験したことが無い者が敗北すれば立ち直れなくなる可能性があった。
「それなら問題無い。殿下は負けず嫌いなところがあるからな、一度負けたくらいで落ち込んだりはしない。寧ろ負けた悔しさをバネにしてより強くなろうと努力するはずだ」
「流石は幼馴染、よく知ってるな」
フレードはからかうような笑みを浮かべながら声を掛ける。カムネスはフレードを見た後、興味の無さそうな顔で目を閉じた。
(やれやれ、明日はウェンフに稽古をつける約束だったのに面倒なことになっちまったなぁ。……後でウェンフに謝っておかないと)
ユーキはウェンフに申し訳なく思いながら両手を後頭部に当てて空を見上げた。




