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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第九章~学園の新戦士~
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第百五十二話  大訓練場の騒ぎ


 入学式から四日が経ち、新入生たちも少しずつ学園生活に慣れ始めていた。だが、それでも授業や訓練の流れ、他の生徒との触れ合いに馴染めない生徒も何人かいる。しかし新入生たちは挫けたりすることなく学園生活を送っていた。

 新入生は依頼を受けられるようになるまでの三ヶ月間は朝から夕方ごろまで授業と訓練を受けて知識と技術を身につける。

 生徒の中には早く依頼を受けたいと考える者も多くいるが、依頼を成功させるためにも知識と技術は学ぶ必要があるため、生徒たちは依頼を受けたい気持ちを押さえて授業を受けた。

 勿論、生徒たちが効率よく学ぶことができるよう授業と訓練の間には休み時間もある。その間に生徒たちは同期や先輩の生徒と接して仲を深めたり、メルディエズ学園で過ごすのに必要な情報などを得ていた。

 昼が過ぎた頃、メルディエズ学園では昼食を済ませた新入生や一部の下級生が午後の授業を受けていた。授業を受ける予定の無い生徒たちは個人で訓練をしたり、依頼を受けるために受付の掲示板などを見たりしている。


「フゥ、やっと学園に着いたかぁ」


 メルディエズ学園の正門前では依頼で外に出ていたユーキがグラトンに乗りながら呟く。ユーキとグラトンの後ろには二人の男子生徒と一人の女子生徒が乗った荷馬車がついて来ており、ユーキたちはゆっくりと正門を潜った。

 学園内を移動し、校舎の入口前まで来るとユーキはグラトンから降りて荷馬車の方を向く。荷馬車はユーキとグラトンの近くで止まっており、乗っていた三人の生徒は荷馬車から降りてユーキの前にやって来る。


「皆、お疲れ様」


 ユーキが小さく笑いながら生徒たちに声を掛けると三人の生徒もユーキを見ながら笑みを浮かべた。


「ああ、何事もなく終わってよかった」

「ちょっと大変だったけど、ユーキ君のおかげで助かったわ」

「流石は上級生たちから注目されてる剣士だよな」


 生徒たちは依頼を無事完遂できたことを喜び、ユーキは嬉しそうにする三人を見つめている。

 今回の依頼はユーキが自分で受けた依頼ではなく、目の前にいる三人が受けた依頼でユーキはその付き添いで参加していた。

 現在メルディエズ学園に在学している生徒の内、上級生は二割、下級生は三割、残りの五割は中級生となっている。下級生の中にはユーキよりも前に入学したにもかかわらず下級生のままの生徒もおり、そのような生徒たちは中級生になるために他の生徒よりも多くの依頼を受けていた。

 ユーキが付き添った三人の生徒もユーキと一緒に入学した同期で未だに下級生のままだった。既に新しい生徒が入学しているため、新入生に先を越されるかもしれないと感じた三人は先に中級生となったユーキに付き添いを頼んだのだ。


「この調子で依頼を受け続ければすぐに中級生になれるかもな」

「そうね。だけど、早く中級生になるために無理をして倒れたりしたらそれこそ大変よ? 体を休めることも忘れないようにしないと」

「分かってるって」


 男子生徒はニッとしながら答え、女子生徒は男子生徒を見ながら「本当に分かっているのか」と、どこか呆れたような表情を浮かべる。

 ユーキともう一人の男子生徒は二人の会話を小さく笑いながら聞いていた。


「それじゃあ、俺は依頼完遂を受付に伝えてくるからお前たちは荷馬車や荷物を片付けてきてくれ」

「分かった」


 男子生徒は返事をすると荷馬車の御者席に乗り、他の二人も荷馬車に積んである荷物を確認してから荷車に乗った。二人が乗ったのを確認した男子生徒は荷馬車を動かして支給された荷物と荷馬車を返しに向かう。

 生徒たちを見送ったユーキは依頼完遂の報告をするために校舎に入ろうとする。そんなユーキをグラトンはまばたきをしながら見つめていた。


「とと、報告する前にグラトンを厩舎きゅうしゃに連れて行かないとな」


 グラトンのことを忘れていたのかユーキは足を止めてグラトンの方を向いた。


「お前も疲れただろう? 今日は厩舎でゆっくり休みな」

「ブォ~」


 優しく話しかけるユーキを見ながらグラトンは小さく鳴き声を出す。ユーキはグラトンの反応を見るとニヤリと笑いながらグラトンの腕を軽くポンポンと叩いた。

 ユーキはグラトンを連れて厩舎へと向かう。依頼先から戻るまでずっとグラトンに乗っていたため、グラトンにこれ以上負担を掛けないようにしようと思ったユーキはグラトンには乗らずに自分の足で移動した。

 グラトンを厩舎に戻すとユーキは先程の依頼の完遂を報告するために校舎へ戻る。校舎に入るとユーキは真っすぐ依頼受付へと向かい、受付嬢に戻ったことと依頼を完遂させたことを報告した。


「ゴブリンの群れの討伐完了の報告、確かにお受けしました」


 受付嬢はユーキを見ながら微笑みを浮かべる。受付嬢の手には依頼完遂を証明する報告書があり、そこには依頼主のサインが入っていた。

 報告書を仕舞った受付嬢は机の下から少し大きめの革袋を取り出す。その中には今回ユーキたちが受けた依頼の報酬である銀貨や銅貨が沢山入っていた。

 受付嬢は革袋の中から銀貨と銅貨を十数枚取り出すとそれをユーキの前に差し出した。

 

「こちらが今回の付き添われたユーキ君への報酬です。ご確認ください」

「ハイ」


 返事をしたユーキは受け取った銀貨と銅貨の枚数を確認する。とは言ってもユーキの報酬は他の生徒と比べて少ないため、数えるのにそれほど時間は掛からなかった。

 手の中の硬貨を見て自分が貰える報酬の額と同じなのを確認したユーキは受付嬢の方を見る。


「確かに聞いていたとおりの額です」

「ご確認ありがとうございます。残りの報酬は私の方から他の生徒の皆さんにお渡ししておきますね」

「お願いします」


 ユーキは軽く頭を下げると受け取った報酬を制服のポケットの仕舞って校舎の出入口へと歩いていく。今日はもう依頼を受けるつもりは無いため、ユーキは振り返ったりせずに受付を後にした。

 校舎を出たユーキは背筋を伸ばす。グラトンは既に厩舎へ連れて行き、荷馬車や荷物も共に依頼を受けた生徒たちが返しに行ったため、ユーキにはこの後何もやることが無かった。


「さぁて、これからどうするかな。今日は受けたい授業は無いし、依頼から戻った直後に剣の特訓をするのもあれだしなぁ……」

「ユーキ、何をしてるの?」


 何をして時間を潰すか考えていると右に方から声が聞こえ、ユーキは声が聞こえた方を見る。そこには二冊の本を持ったアイカが立っていた。


「難しい顔をしてたけど、何か考えごと?」

「いや、さっき依頼の付き添いから戻って報告をしてきたところだったんだ。んで、それが終わったからこれから何をしようか考えてたんだよ」

「そうだったの」

「アイカはこれから授業か?」


 ユーキはアイカが本を持っていることから授業を受けに行くのかと予想する。アイカは自分が持っている本を見ると小さく笑いながら首を横に振った。


「ううん、さっきまで図書室で本を読んでたの。これは図書室で借りてきた本よ」

「そっか……じゃあ、俺も図書室に行って本でも読んでこようかなぁ」


 やることが無い状態でアイカから図書室に行っていたと聞かされたユーキは自分も図書室に行って時間を潰そうかと考える。するとユーキを見ながら笑っていたアイカが何かを思い出してフッと表情を変えた。


「そう言えば、図書室に行く時にウェンフちゃんと会って、剣の訓練に行くって聞いたわ」

「ウェンフが?」

「ええ、多分今でも訓練場で訓練をしているはずよ。……ちょっと覗きに行ってみる?」


 アイカがウェンフの訓練を見学に行かないか誘うとユーキは小さく俯いて考える。

 別にどうしても図書室に行きたいわけではないため、時間を潰すのなら弟子であるウェンフがどんな訓練をしているのか見て時間を潰した方がいいとユーキは思った。


「そうだな、折角だし見に行ってみよう」

「それじゃあ、行きましょう」


 そう言ってアイカは大訓練場に向かって歩き出し、アイカもその後について行く。この時、ユーキは月下と月影、アイカは借りてきた本を持ったままだが、持っていても別に困ることは無いため、二人はそのまま大訓練場へ向かった。

 大訓練場にやって来たユーキとアイカは早速どのような訓練が行われているか確認する。大訓練場のあちこちでは幾つもの班が担当の教師から教えを受けていた。

 剣を教わっている生徒たちは教師から木剣の構え方や持ち方を教わり、槍を教わる生徒たちは木槍で突きの練習をしている。魔法を教わっている生徒は遠くにある的に向けて魔法を放っており、生徒たちは皆、真剣に訓練を受けていた。

 ユーキとアイカはウェンフを探すため、自分たちの近くで剣の訓練をしている生徒たちを確認する。遠くでも訓練をしている生徒たちがいるのだが、弓矢や槍の訓練をしているため確認する必要は無かった。

 剣の訓練をしている生徒たちの班は二つあり、ユーキとアイカは二つの班の内、最も近い場所で訓練をしている生徒たちを見た。すると、生徒たちの中で木剣を両手で握り、素振りをしているウェンフを見つける。


「いたいた、張り切ってるな」


 前を向きながら力一杯木剣を振るウェンフを見たユーキは近くにあった長椅子に座り、アイカもユーキの右隣に座ってウェンを見る。


「他の生徒と比べてウェンフちゃんは体勢が整ってるし、素振りは切れが良いわね?」

「ベンロン村にいた時、俺は剣の基礎をできるだけ細かく教えたからな。体勢や足の位置、剣を振る時の腕の動きや力加減、ウェンフは今訓練を受けている生徒の中で一番動きがいいと思うよ」


 弟子であるウェンフが他の生徒よりも優れているところを目にしたユーキは嬉しそうに微笑んでいる。現にウェンフは他の生徒が教師から間違いを指摘されたりする中、注意されずに素振りを続けており、教師はウェンフを見て感心するような反応をしていた。


「でも、学園で教わる剣術とユーキのルナパレス新陰流は全く違う物でしょう? ウェンフちゃん、途中で訓練についていけなくなる、なんてことにならなければいいのだけど……」

「それは大丈夫だと思うよ? 月宮ルナパレス新陰流の基礎は他の剣術と大して違いは無い。基礎を学んだ後にそこから色んな立ち回りや動きなどを加えて月宮新陰流の技術を覚えていくんだ。学園が新入生に教えるのは基礎と簡単な技だけだから、剣術が違ってもついていけるはずさ」


 ユーキの話を聞いたアイカは確かに、と言いたそうな顔をする。実際ユーキやアイカも違う剣術を使うが問題無く剣の訓練について行くことができた。だからウェンフも問題無く訓練について行けるだろうとユーキは感じていた。

 それからユーキとアイカはウェンフが剣の訓練するところを見学し続けた。ウェンフは訓練に集中しているため、ユーキとアイカが見学していることに気付いておらず、汗を流しながら木剣を振り続ける。


「ユーキ、久しぶりにウェンフちゃんの剣を見てどう思った?」


 アイカがチラッとユーキを見て尋ねるとユーキは視線だけ動かしてアイカを見た後、ウェンフに視線を戻して小さく笑う。


「最後に見た時と動きが変わっていない。きっとベンロン村で別れた後も一人で剣の練習を続けてたんだろう」

「本当にいい弟子ね、あの子」

「ああ、あの時は基礎と簡単な技しか教えられなかったけど、今度は俺が爺ちゃんから教わったことを全て教えてあげるつもりだ」


 最初は弟子など取る気は無いと言っていたユーキも今ではウェンフのことを大切な弟子と見ている。初めてできた弟子の存在に喜びを感じるユーキを見てアイカは微笑みを浮かべた。

 アイカがユーキを見ていると離れた所で自分たちと同じように長椅子に座って訓練を受けている生徒たちを見るパーシュが視界に入った。更に同じ長椅子にフレードが距離を空けて座っており、二人の間にはフィランが座っているのが見え、アイカは軽く目を見開く。

 ユーキは驚くアイカを見ると不思議に思いながら彼女の視線の先を確認し、長椅子に座るパーシュたちを目にした。


「パーシュ先輩にフレード先輩、それにフィラン、あの三人も訓練を見学に来てたのか」

「そうみたいね」


 三人が一緒にいるという珍しい光景にユーキとアイカは目を丸くする。フィランを間に挟んでいるからなのか、パーシュとフレードは口喧嘩や互いに挑発などせずに静かに訓練する生徒たちを見ていた。


「とりあえず、三人に声かけてこようか?」

「そう、ね」


 親しい友人たちを見かけたのだから挨拶した方がいいと考えたユーキとアイカは立ち上がり、パーシュたちの方へ歩いていく。

 パーシュは目を僅かに細くしながら長椅子の左端に座って大訓練場を見ており、フレードは目を鋭くしながら腕を組んで右端に座っている。二人の間ではフィランがいつもどおり無表情で生徒たちを見ていた。

 黙って訓練を見ていたパーシュとフレードは視線を動かしてお互いを見る。そして目が合うと僅かに不機嫌そうに鼻を鳴らしながら訓練をする生徒たちに視線を戻した。声を聞いたフィランは二人の現状を理解するが宥める気は無いらしく、無言で訓練する生徒たちを見続ける。


「先輩」


 若干険悪な空気を漂わせているパーシュたちにユーキが声を掛ける。三人は同時に声が聞こえた方を向き、ユーキと隣にいるアイカを目にした。


「アンタたちも来てたのかい」

「ハイ、訓練している生徒の中にウェンフがいるんでちょっと様子を見に来たんです」

「ウェンフってアンタに弟子入りしたって言うキャッシアの?」

「ええ。ほら、あそこに」


 ユーキはそう言ってウェンフを指差し、パーシュたちはユーキが指差す方を見る。そこには素振りを終わらせて他の生徒たちと笑いながら会話をしているウェンフの姿があった。


「ホントだ、気付かなかったよ」

「何だよ、ずっと見てたくせに気付いてなかったのか?」


 意外そうな顔をするパーシュにフレードは小馬鹿にした口調で声を掛け、パーシュは目元をピクリと動かした後にフレードを睨む。


「気付かなかったことがそんなにいけないことかい? と言うかアンタは気付いてたのか?」

「ああ、此処に来た時から」

「先に気付いてたんなら教えてくれればいいだろう」

「俺はてっきり最初から気づいてると思って言わなかったんだよ。それにお前に教えても俺が何か得をするわけじゃねぇしな」

「かぁ~! 器のちっちゃい男だねぇ。そういうところ、直した方がいいよ? でないと何時か友達無くすよ」

「余計なお世話だ」


 険しい顔をしながらパーシュとフレードは口喧嘩を始める。二人の様子を見ていたユーキとアイカはお約束と言える状況に困ったのか軽く溜め息をついた。


「……静かに。落ち着いて訓練が見れない」


 パーシュとフレードに挟まれているフィランは大訓練場を眺めながら二人に注意をする。表情は変わっていないが内心では左右で騒ぐ二人を鬱陶しく思っているようだ。


『ああぁっ?』


 苛ついている時に口を挟んでくるフィランを睨みながらパーシュとフレードはドスの効いた声を出す。フィランは自分を睨む二人を気にすることなく訓練する生徒たちを見ていた。


「ま、まぁまぁ、落ち着いてください」

「こ、此処で騒いだりしたら訓練している人たちにも迷惑が掛かってしまいますし、新入生たちに醜態を見せることにもなりますよ?」


 パーシュとフレードの怒りの矛先がフィランに向けられたのを見たユーキとアイカはこのままでは大騒ぎになると感じ、慌ててパーシュとフレードを宥めた。

 ユーキとアイカに止められたことでパーシュとフレードは冷静になり、お互いを見た後にそっぽを向く。フィランは二人を無視して無言で訓練を見続けていた。

 パーシュとフレードが喧嘩をやめたことでユーキとアイカはとりあえず安心する。


「と、ところで、先輩たちはどうして此処に? やっぱり俺たちみたいに新入生の訓練を見に来たんですか?」


 苦笑いを浮かべながらユーキはパーシュたちに声を掛ける。再びパーシュとフレードが喧嘩を始めないよう、慎重に言葉を選んで発言することにした。

 パーシュはチラッとユーキを見た後、大訓練場に視線を戻す。先程までフレードと喧嘩をしていたため、パーシュの顔にはまだ若干不機嫌さが残っていた。


「まぁね、訓練している新入生の中にどんな子がいるのか興味があって見に来たんだよ」

「な、成る程……そこへ偶然、フレード先輩とフィランが来たのですか?」


 アイカも苦笑いを浮かべ、パーシュと同じように表情を少し険しくしているフレードと無表情のフィランを見た。


「ああ、訓練してる連中を見るために大訓練場に向かってたんだが、その時に偶然ドールストに会ってな。コイツも同じ理由で大訓練場に行くって言うから一緒に来たんだよ。そんで、先に来ていたコイツと運悪く会っちまったんだ」


 そう言ってフレードはパーシュに視線を向け、パーシュも視線だけを動かしてフレードを睨む。再び火花を散らせる二人を見てユーキとアイカは緊迫した空気に包まれる。


「のんびり座って訓練を見学したかったんだが、近くに空いている椅子が無かったから我慢してコイツと同じ椅子に座ることにしたんだよ」

「そんなにあたしと同じ椅子に座りたくないなら座らなきゃいいじゃないか。わざわざパーシュを間に挟んでまで座るとかおかしいだろう」

「別におかしくはねぇだろう。そもそも何で俺だけ立って見なきゃいけねぇんだよ?」

「立って見てろなんて言ってないだろう? 座りたいなら地面にでも座って見りゃいい」


 フレードは挑発するパーシュを見ながら奥歯を噛みしめ、パーシュもフレードを睨む。再び口喧嘩を始める二人にユーキとアイカは表情を僅かに歪めた。


「……つまらないことで喧嘩するなんて、二人とも子供みたい」


 険悪な雰囲気の中、フィランは訓練を眺めながら呟き、それを聞いたパーシュとフレードは先程と同じようにフィランを睨みつける。


(おいおい、またかよ!)


 先程と同じ状況になってしまったことにユーキは心の中で呆れ、アイカも同じ気持ちなのか俯きながら手を顔に当てる。この時、ユーキとアイカは喧嘩をしているパーシュとフレードの間にフィランを入れれば更に喧嘩が激しくなるのだと知った。

 ユーキとアイカは再び口喧嘩をするパーシュとフレードを宥めようとする。そんな中、ユーキたちの近くにいたウェンフたちの訓練が終わった。

 訓練を終えたウェンフはこの後の予定について友人と思われる女子生徒たちと会話をする。するとウェンフは大訓練場の外にユーキたちがいることに気付いた。


「あっ、ユーキ先生だ。……センセー!」


 ウェンフはユーキに聞こえるよう大きな声で呼びかけ、周りにいた生徒たちは突然声を上げるウェンフに驚いて目を丸くする。

 パーシュとフレードを宥めようとするユーキの耳にウェンフの声が届き、ユーキはフッとウェンフの方を向く。アイカやパーシュたちも声を聞いて一斉に大訓練場にいるウェンフを見た。


「お、俺、ウェンフに会ってきます。先輩たちも一緒に行きませんか?」


 ユーキは再び苦笑いを浮かべ、パーシュとフレードにウェンフに会いに行かないか誘った。

 このままではパーシュとフレードの喧嘩は更に激しくなる可能性がある。ウェンフの所へ行くことで二人の意識をウェンフに向ければ、話題を変えると同時に喧嘩を止められるかもしれないとユーキは考えていた。


「わ、私も行きます。折角だから皆で行きましょう。ね?」


 アイカも喧嘩を止められるチャンスだと感じてパーシュたちを同行させようとする。ユーキは自分の考えを察してパーシュとフレードを誘おうとするアイカに心の中で感謝した。

 パーシュとフレードは鋭い目でユーキとアイカを見つめながら黙り込む。しばらく考えた後、パーシュは気持ちを落ち着かせるように静かに息を吐いた。


「……まぁ、折角だからちょっと挨拶しとこうかね」

「今の内に新入生たちに顔を覚えてもらうのも悪くねぇか……」


 ウェンフの所へ行くことにしたパーシュとフレードを見てユーキとアイカは最悪の事態になることは避けられたと息を吐いた。

 まだパーシュとフレードの間には険悪な雰囲気が漂っているが、とりあえず喧嘩は止めてくれたのでユーキとアイカはホッとする。

 立ち上がったパーシュとフレードはウェンフたちの方へ歩き出す。まだ機嫌が悪いため、二人は互いに少し距離を取って歩いていった。フィランもウェンフに挨拶するつもりらしく、立ち上がって二人の後をついて行く。

 ユーキとアイカは少し肩の荷を下ろすが、何らかの弾みでまたパーシュとフレードが喧嘩をする可能性があるため、今日はいつも以上に二人の言動に注意しようと思いながらウェンフの下へ向かった。

 大訓練場の中に入ったユーキたちは真っすぐウェンフの下へ向かった。ウェンフはユーキたちがやって来ると笑みを浮かべながらユーキを見る。


「ユーキ先生、来てたんですね」

「ああ、お前がこの時間、戦闘の訓練をしてるって聞いてちょっと見に来たんだ」

「ありがとうございます。アイカさんたちも来てたんですね」


 ウェンフがアイカやパーシュたちの方を見るとアイカは微笑みを浮かべ、パーシュはニッと笑う。フレードはどこか興味の無さそうな顔をしており、フィランも無表情のままウェンフを見ていた。


「ねぇ、あの小さい男の子って誰なの? ウェンフちゃんは先生って呼んでるけど……」


 ユーキたちから少し離れた所ではウェンフの友人である女子生徒が隣にいる別の女子生徒に小声で尋ねる。声を掛けられた女子生徒や周りにいる他の生徒たちも不思議そうにしながらユーキたちを見ていた。


「もしかして、あの子が噂の児童剣士って言われているユーキ・ルナパレス先輩じゃないかしら?」

「あの子が? 十歳でメルディエズ学園に入学したって噂を聞いたけど、本当だったのね」

「十歳だけど生徒会長も認めるほどの実力を持ってるらしいわよ。あと、ウェンフちゃんに剣を教えたのも彼らしいわ」

「だから先生って呼ばれてるのねぇ。……強そうには見えないけど、結構可愛い子じゃない」

「コラ、一応先輩なんだからそう言うことは口に出さない方がいいわよ?」


 友人である女子生徒たちはユーキたちを見ながら小声で思い思いのことを口にする。ユーキたちに聞こえないよう小さな声で話をしているが、キャッシアであるウェンフは人間であるユーキたちよりも聴覚が鋭いため、女子生徒たちの会話がしっかり聞こえていた。

 自分の師匠であるユーキに驚いている友人たちにウェンフは少しだけ楽しい気分になっている。

 女子生徒たちの近くにいた他の生徒たちはユーキだけでなく、彼の周りにいるアイカたちに注目していた。


「ねぇ、あそこにいる人たちって神刀剣の使い手って言われてる人たちじゃない?」

「ああ、確か紅い髪の人がクリディック先輩で紺の髪の人がディープス先輩、あと紫色の髪の子がドールスト先輩だったはずだ。それと、小さい生徒の隣にいる金髪のツインテールの人って、アイカ・サンロード先輩じゃないか? 学園でも数少ない二刀流使いの」

「ホントだ。そう言えばあの小さい子、ルナパレス先輩も二刀流使いなんだろう? 目の前にいるのってメルディエズ学園でも注目されている人ばっかじゃん」

「凄い、そんな人たちを一度に間近で見られるなんて、私たち凄くラッキーじゃない?」


 生徒たちはメルディエズ学園でも有名なユーキたちに会えたことに驚きと興奮を感じており、小声で喋りながら笑みを浮かべる。生徒たちの反応から全員がウェンフと共に入学した新入生のようだ。

 友人同士で話をしている新入生たちを見てパーシュとフレードは自分たちに驚いていると知って小さく笑っている。先程まで喧嘩をしていた二人だが新入生たちのおかげで少しだけ機嫌が良くなり、二人を見たアイカは胸を撫で下ろす。


「ユーキ先生、今日の授業と訓練が全部終わったら剣の稽古をつけてください」

「ええぇ?」


 笑いながら自分を見るウェンフにユーキは若干複雑そうな顔をしながら自身の後頭部を掻く。


「……悪いんだけど、さっき依頼を終えて帰って来たばかりで疲れてるから、今日は勘弁してくれないか?」

「えぇ~?」

「その代わり、明日ならいくらでも付き合うよ」

「本当ですか?」

「ああ」


 ユーキが小さく笑いながら返事をするとウェンフや尻尾を左右に揺らす。久しぶりにユーキからルナパレス新陰流を教えてもらえることをウェンフは嬉しく思っていた。

 ウェンフの様子を見ることができ、会話もできたのでユーキは大訓練場を後にしようとする。すると、ユーキたちに一人の生徒が近づいて来た。


「何だか楽しそうなことをしてるわね」


 聞こえてきた少女の声を聞いてユーキたちは一斉に声が聞こえた方を向く。そこには木槍を肩に担ぎながら笑うオルビィンとカムネスが歩いてくる姿があった。


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