第百五十一話 個性的な生徒
突然声を掛けてきた男子生徒をユーキたちは無言で見つめる。目の前にいる男子生徒は見たことが無いため、ユーキたちは彼も今回入学した新入生だと悟った。
「貴方がユーキ・ルナパレス先輩ですね? 一度お会いしたいと思っていました」
「え~っと、君は?」
ユーキが男子生徒に声を掛けると男子生徒は笑ったまま小さく頭を下げて挨拶をする。
「私はガルゼム帝国から学園に入学したアトニイ・ラヒートと言います」
アトニイと名乗る男子生徒を見たユーキは軽く目を見開く。先輩とは言え、自分は十歳なので新入生たちからいきなり先輩と呼ばれたり、敬語を使われるとは思っていなかったため、ユーキは心の中で驚いていた。
周りにいた生徒たちは迷いなどを見せずにユーキたちに接触するアトニイを見て驚きの反応を見せている。新入生が在学生、それも神刀剣の使い手やその知り合いに自分から近づいたのだから驚くのも当然と言えた。
「アトニイ君、だっけ? 俺のこと知ってるの?」
ユーキは意外そうな顔をしながらアトニイに尋ねる。十歳児のユーキが年上であるアトニイを君付けで呼ぶのは変に思えるが、ユーキも一応メルディエズ学園の先輩であるため、新入生たちから下に見られないよう先輩らしく接しようと思っていた。
「ええ、僅か十歳でメルディエズ学園に入学した優秀な生徒だと聞いています」
「そ、そうなのか……」
神刀剣の使い手であるパーシュたちならともかく、幼くして入学しただけの自分が名を知られていることにユーキは再び驚く。
ユーキの後ろに立っているパーシュとフレードもアトニイの言葉を聞いて「へぇ~」と反応しており、フィランは無表情のままアトニイを見ていた。
「これからメルディエズ学園で生活していくので、有名な先輩に一言挨拶しておこうと思いまして」
「いや、俺はそんなに有名な奴じゃ……」
自分は挨拶されるほど有名じゃないと考えるユーキは苦笑いを浮かべながら首を横に振る。アイカはユーキの言葉から謙遜していると感じて思わずクスクスと笑う。
「有名な先輩に挨拶ってことは、俺らにも当然挨拶するつもりだったんだよな?」
話を聞いていたフレードはニッと笑いながらアトニイの声を掛け、ユーキとアトニイはフレードに視線を向けた。
「おい、この子はユーキに挨拶してるんだよ。関係無いアンタが口を挟むんじゃないよ」
パーシュはユーキと話している最中に声を掛けるフレードを注意し、フレードは視線を動かしてパーシュを鬱陶しそうに見る。
「俺はただ新入生に挨拶してるだけだ」
「さっきのどこが挨拶なんだい? 明らかに自分をアピールしてるようにしか見えなかったよ」
「ああぁ? 俺がそんな図々しいことをするように見えるってのか?」
「見えるから言ったんだよ」
フレードは表情を険しくしながらパーシュの方を向いて拳を鳴らす。パーシュもフレードを見ると右手で自分の左手を殴り、やる気があるのを露わにする。
再び喧嘩を始めようとするパーシュとフレードを見てユーキやアイカは慌てるような反応を見せる。ただでさえ先程の口喧嘩で周りの生徒たちから注目されているのにそんな状態で再び口喧嘩をするのは色々な意味でマズいと二人は感じていた。
ユーキとアイカは慌ててパーシュとフレードを宥めようとする。するとアトニイは笑いながらパーシュとフレードを見て口を開く。
「勿論、ディープス先輩やクリディック先輩、あとドールスト先輩にも挨拶をするつもりでした」
アトニイの言葉を聞いたパーシュとフレードは顔から険しさを消し、同時にアトニイの方を向く。どうやらアトニイはユーキだけでなく、パーシュたちのことも何者か理解しているようだ。
「学園でも上位の実力を持つ皆さんは新入生全員の憧れですから、可能であればお近づきになりたいと思っていたんです」
「そ、そうか? お前なかなか見所があるじゃねぇか」
憧れだと言われたフレードは何処か照れくさそうな顔をしており、先程までフレードの睨み合っていたパーシュもしばらくアトニイを見てから小さく笑みを浮かべている。
一触即発の状態だったパーシュとフレードの機嫌が直ったのを見たユーキとアイカは騒ぎにならずに済んだと軽く息を吐いて安心する。もしアトニイが何も言わなかったら今頃どうなっていたか、ユーキとアイカは安心すると同時に最悪の結果を想像して僅かに顔色を悪くした。
「ドールスト先輩も、これからよろしくお願いします」
「……ん」
フィランは頷きながら静かに返事をする。相変わらず表情に変化はないが自分に憧れているというアトニイをフィランはジッと見つめていた。
「やっぱり、神刀剣の使い手は学園の外でもかなり有名なのですね」
ユーキの隣に立つアイカはアトニイに声を掛ける。後輩に敬語を使うのはおかしいと思われるが、アイカは幼い頃から年上や同い年の相手には敬語で話すよう言われてきたため、新入生でも歳の近いアトニイには敬語で話すことにしていた。
「ええ、それはもう。……因みに貴女も有名ですよ、サンロード先輩」
「えっ、私も?」
アイカはアトニイが自分のことを知っていること、彼の口から出た言葉に驚いて意外そうな顔をする。アイカもユーキと同じように自分はメルディエズ学園の外に名を知られているとは思っていなかったようだ。
「ハイ、ルナパレス先輩と同じ、メルディエズ学園に二人しかいない二刀流の使い手で多くのベーゼを倒した生徒だと聞いています」
「そ、そうなんですね。まさかそこまで有名になっているとは思っていませんでした」
自分がそれなりに有名になっていたことを知ったアイカは照れているのか薄っすらと頬を赤くする。今まで自分がメルディエズ学園の生徒として名を知られたことが無かったため、アイカは少し嬉しく思っているようだ。
ユーキもアイカが頬を染めながら笑っているのを見て小さく笑う。恋人であるアイカが名を知られることはユーキにとっても嬉しいことだった。
アトニイはユーキたちを見た後、黙って会話を聞いていたウェンフとリーファンに視線を向ける。アトニイと目が合った二人は一瞬驚いたような反応を見せた。
「君も私と同じ新入生だね?」
「う、うん、私はウェンフ。こっちはリーファンお姉ちゃん」
ウェンフは隣にいるリーファンを紹介し、リーファンはアトニイを見ながら小さく笑う。
「私は今日からここの新任教師になったの。だから貴方やウェンフに教える立場になるわ。よろしくね」
「そうでしたか、失礼しました」
新任とは言え教師と知らずに接していたリーファンにアトニイは軽く頭を下げる。そんなアトニイを見たリーファンは「気にしないで」と笑いながら首を横に振った。
その場にいる全員に挨拶を済ませたアトニイはもう一度ユーキの方を向き、ユーキもアトニイと向かいあった。
「これから少しずつですが、先輩たちのように強い戦士となってこの世界を変えられるよう努力しようと思っていますので、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく。分からないことがあったら声を掛けてくれ」
「ありがとうございます」
ユーキは礼を言うアトニイを見ながら笑って右手を出す。アトニイはユーキが握手を求めていることを知ると、しばらくユーキの右手を見てから同じように右手で握手をした。
新入生の一人と親しくなれたユーキは喜びを感じており、アイカも握手を交わすユーキを見て微笑みを浮かべる。
「それでは、私はこれで失礼します。この後、校舎の中を色々見て回りたいと思っていますので」
握手を済ませたアトニイはチラッと校舎の方を向いてこの後の予定を語る。
「そっか……よかったら案内しようか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です」
自分の都合にユーキたちを付き合わせたくないと思っているのかアトニイは遠慮する。ユーキは断るアトニイを見て少し残念そうな反応を見せた。
アトニイは一礼するとユーキたちに背を向けて学園の方へ歩いていく。その後ろ姿をユーキたちは無言で見送った。
「それなりにできそうな奴じゃねぇか、あのアトニイって奴」
「そうですね。真面目そうですし、依頼を受けられるようになる頃には強くなっていると思います」
「……ん」
フレードの考えに同意するアイカはアトニイが強い生徒になると予想し、フィランも小さく頷く。フレードとパーシュも期待しているような顔でアトニイが歩いていった方を見つめていた。
アイカたちが校舎の方を見ている中、ユーキは腕を組みながら不思議そうな顔をしている。それに気付いたウェンフはユーキを見ながら小首を傾げた。
「先生、どうしたんですか?」
「いや、不思議だなぁって思ったんだよ」
「何が?」
ウェンフはユーキが疑問に思っていることが分からずにまばたきをする。ユーキはチラッとウェンフの方を向いて口を動かした。
「先輩たちやフィランは神刀剣の使い手で学園でも上位の実力者だ。アイカも二刀流の使い手で俺よりも長く学園で活動しているから、有名になっているのは分かる。……だけど、何で俺まで有名になってるんだろうなって思ったんだよ」
ユーキは自分がいつの間にかメルディエズ学園でも名を知られた生徒になっていることが不思議なことを語り、校舎の方を見ていたアイカたちはユーキの言葉を聞いてフッと彼に視線を向ける。
「それが何か変なのかい?」
「だって俺がこの学園に来てからまだ半年しか経ってないんですよ? それなのに帝国の人間に名前を知られるほど有名になったとは思えないんです」
疑問に思う理由をユーキはアイカたちに詳しく説明する。最初にアトニイから有名だと聞かされた時はアトニイの突然の登場に驚いて変に思わなかったが、冷静になって考えると半年でガルゼム帝国に存在を知られるほど有名になっていることがユーキには不思議に思えたのだ。
ユーキは難しい顔をしながらどうして自分が有名になっているのか考える。そんな時、フレードがユーキの頭にポンと手を乗せた。
「別におかしなことはねぇよ。メルディエズ学園は大陸中、特に三大国家では注目されている組織なんだ。その組織から優秀な生徒が現れりゃあ、あっという間に国中に広がる」
「だから半年しか経っていなくても帝国の人間は俺のことを知っていると?」
「そう言うこった」
有名になっても不思議じゃない理由を聞かされたユーキは本当にそうなのかと思い小さく俯く。実際フレードの言っていることは間違っていなかった。
メルディエズ学園で目立った実績を上げた生徒の存在は三大国家、特に学園を管理するラステクト王国に知れ渡るようになる。そのため、入学してから一年にも満たない生徒でも有名になり、名指しの依頼をされることも珍しくなかった。
ユーキはしばらく考えるが、少し不思議に思っただけなので深く考えずにフレードの説明に納得した。
それから全員で簡単な会話をした後、ユーキたちはウェンフとリーファンに学園を案内した。
――――――
学園長室に生徒と教師の姿がある。生徒はカムネス、ロギュン、オルビィンの三人でオルビィンは部屋の中央にある来客用の長いソファーに座っていた。
教師はガロデス、オースト、スローネ、そして教頭のロブロスの四人となっており、ガロデスはオルビィンが座っているソファーの向かいにあるソファーに座り、テーブルを挟んでオルビィンと向かい合っている。
オルビィンはカムネスとロギュンに連れられて少し前に学園長室にやって来た。正確にはガロデスたちがカムネスとロギュンに頼んでオルビィンを連れて来てもらったのだ。
ガロデスたちがオルビィンを学園長室に呼んだ理由、それはラステクト王国の王女であるオルビィンがメルディエズ学園に入学したため、ガロデスや重役の教師たちが挨拶と大切な話をするためだった。
既に入学式で顔を合わせているため、挨拶は必要はないと思われるが、ガロデスは王族であるオルビィンには入学式とは別にもう一度挨拶をするべきだと考えていた。
「殿下、突然お呼び出しして申し訳ありません」
「大丈夫よ、フリドマー伯」
軽く頭を下げるガロデスにオルビィンは笑いながら返事をし、目の前にあるティーカップを取って中に入っている紅茶を一口飲んだ。
ロギュンや教師たちは静かに紅茶を飲むオルビィンを無言で見つめており、カムネスは目を閉じながら落ち着いた態度を取っている。
オルビィンはティーカップをテーブルに置くとガロデスの方を向き、ガロデスも顔を上げてオルビィンの顔を見る。
「改めまして、ご入学おめでとうございます」
「ありがとう。……それで、これはどういう状況なの? カムネスから話があるって聞かされたから久しぶりに彼とお喋りできると思ったんだけど、どうして貴方や他の先生たちがいるの?」
自分の予想とは違う状況にオルビィンは若干不満そうな表情を浮かべる。オルビィンとしては堅苦しい入学式が終わり、カムネスと会話ができると思っていたため、ガロデスたちを見てまた面倒なことが始まるのではと気分を悪くしていた。
オルビィンの反応を見た教師の中でオーストとロブロスはオルビィンの機嫌を損ねてしまったのではと感じて僅かに表情を歪ませる。ガロデスは表情を変えることなくジッとオルビィンを見つめ、スローネは気の抜けたような顔でオルビィンを見ていた。
「ご気分を悪くされたのでしたら謝罪いたします。ですが、これから殿下の今後の学園生活についてお話ししなくてはならないため、殿下をお呼びしました」
「なぁんだ、話があるのはフリドマー伯の方なのね。……話って明日以降の授業のこと? それなら入学式が終わる頃に先生から聞いたわ。わざわざ呼び出して話す必要なんてないでしょう?」
「確かに簡単な流れについてはお話しいたしました。ですが、殿下は他の生徒とは若干授業の流れが違いますので、前もってお伝えしようと判断しました」
「違う? どういうこと?」
ガロデスを見ながらオルビィンは小首を傾げて尋ねた。
「誤解されないよう先にお話しておきますが、私どもは殿下が王族だからと言う理由で特別な対応はいたしません。それはお父上である陛下からもキツく言われておりますので」
「分かってるわ。首都を出発する前にお父様から直接言われたし、私自身もそんなことは望んでないもの」
特別扱いされるのは嫌だと語るオルビィンを見たガロデスは小さく頷く。オルビィンが甘やかされるのを望んでいないことを改めて確認したガロデスはオルビィンの覚悟とやる気を知って感心する。
オルビィンの意思を確認したガロデスは僅かに目を鋭くして真剣な表情を浮かべ、オルビィンもガロデスの顔を見て釣られるように目を鋭くした。
「……殿下はこの度、我が学園の生徒となり、他の生徒たちと同じように授業と訓練を受け、モンスターやベーゼと戦う術を学んでいただきます。そして三ヶ月間の授業と訓練を受けた生徒は正式に依頼を受けられるようになります。しかし、それは通常の生徒の場合です」
「通常の生徒?」
「ハイ。殿下は入学試験の後に行われた混沌術が使えるかの確認で混沌術を開花させ、混沌士になられました」
ガロデスはそう言ってオルビィンの右手に視線を向ける。オルビィンの右手の甲には混沌士の証である混沌紋が刻まれており、オルビィンも自分の混沌紋を見つめた。
「……首都にいた頃、お父様や家庭教師に私が混沌術を秘めているか確認してほしいって頼んだのだけど、お父様たちは聞く耳を持ってくださらなかったわ。だから、混沌術を開花させた時は驚くと同時にとても嬉しかった」
混沌士になったことを誇りに思っているオルビィンは小さく笑いながら自身の混沌紋を撫でる。ガロデスたち教師は混沌士になれたことを喜ぶオルビィンを黙って見ていた。
「それで? 私が混沌士になったことが何か関係あるの?」
「ええ、ご存じのとおり混沌士は常人とは比べ物にならないくらい強い力を得ます。我が学園では力の強い混沌士はすぐに依頼を受けても問題無いと考えているため、通常の生徒よりも依頼を受けられるようになるまでの期間が短いのです」
「普通の生徒は入学してから三ヶ月、授業と訓練を受ける必要があるけど、混沌士はそれよりも短いってこと?」
「ハイ。混沌士は一ヶ月、授業と訓練を受けたら他の生徒と同じように依頼を受けることになっています。即ち、殿下も一ヶ月後には依頼を受けていただくことになると言うわけです」
オルビィンは他の生徒よりも早く依頼を受けることになることをガロデスは細かく説明し、話を聞いたオルビィンは無言でガロデスを見つめる。学園長室は静まり返り、ロギュンやオーストたちも黙って向かい合うガロデスとオルビィンを見ていた。
学園長室にいる者が誰も喋らない中、オルビィンはティーカップを手に取って紅茶を飲む。そして、ティーカップを置くとニッと笑いながらガロデスを見た。
「分かった。一ヶ月経ったら私も依頼を受けるわ」
オルビィンの返事を聞いてカムネス以外の全員が反応する。
「で、殿下、ご不満などは無いのですか?」
返事を聞いたロブロスが意外そうな表情を浮かべながらオルビィンに尋ねた。
普通の生徒は三ヶ月の授業と訓練を済ませてようやく依頼を受けられるようになるが、混沌士は二ヶ月も早く依頼を受けなくてはならない。
授業と訓練の期間が短ければ、普通の生徒は不安や不満を感じるだろう。しかしオルビィンはそのどちらも感じていなかったため、ロブロスは驚いていた。
「何で不満を感じる必要があるのよ? 混沌士は普通の生徒より強いんだから、授業と訓練の時間が短くてもおかしくないでしょう?」
「ですが、いくら混沌士でも戦闘の訓練などが一ヶ月だけでは短かいかと……」
「でもそれは貴方たちが決めたことでしょう? それに私以外の混沌士も一ヶ月で依頼を受けているわ。そうでしょう、カムネス?」
オルビィンは待機しているカムネスの方を向いて確認すると、カムネスは目を開けて頷いた。
「し、しかし、殿下にもしものことがあれば我が学園は国民からの信頼を失うことに……」
「……それどういう意味? 私じゃ一ヶ月で依頼を受けられるほど強くなれないとでも言いたいの?」
ロブロスの言葉を聞いてオルビィンは低い声を出す。先程と違った明らかに不機嫌な様子を見せるオルビィンを見てロブロスは思わず目を見開いた。
「い、いえ! 私は決してそんな……」
「それに今の発言、私にもしものことがあれば自分や学園の立場が悪くなるって言ってるように聞こえたわ。……私じゃなくて学園の心配をしてたのね」
「ち、違います! わ、私は……」
自分の立場が悪くなったと感じたロブロスは汗を掻きながら俯き、カムネスたちは小さくなるロブロスを無言で見つめた。
ロブロスはユーキとアイカが半ベーゼ化した時、生徒たちにメルディエズ学園から出た二人の捕縛を命じた。その時、捕縛部隊に加わらなかった生徒たちには他の生徒を身代わりにする、退学にするなどと言って強引に参加させている。
生徒たちを強引に捕縛部隊に参加させたことでロブロスは現在、教頭でありながらメルディエズ学園で肩身の狭い思いをしている。それなのに王女であるオルビィンに対して失礼な発言をしたことで更に立場が悪くなるったのではとロブロスは内心焦っていた。
汗を流すロブロスをオルビィンはジッと見つめ、ロブロスは顔色を悪くしながら俯く。やがてオルビィンはロブロスを見ながらゆっくりとソファーにもたれた。
「……まあ、私もこの学園では他の生徒と同じように扱われることになってるわけだし、『王女である私をもっと大切にしなさい』なんて言う気は無いわ。だからハージャック、さっきの発言でアンタを責める気も無いの」
「で、殿下……」
叱責されることは無いと感じたロブロスは安心したのか、小さく笑いながら顔を上げる。オルビィンの言葉でコロコロと表情と態度を変えるロブロスを見て学園長室にいた者たち、特にロブロスを嫌っているスローネは呆れ顔になっていた。
「ただねぇ、私は首都にいた時に家庭教師から色々なことを学んだし、戦いの技術も元将軍の貴族から教わっていたわ。そして今の私は混沌士になった。一ヶ月しか決められた授業と訓練を受けられないとしても、その間に並のモンスターや悪党には負けないくらい強くなる自信はあるわ」
オルビィンは再び声を低くしてロブロスに語り掛け、ロブロスはオルビィンの様子を見てまだ機嫌を悪くしていると知って固まった。
「ハージャック、アンタは王族として教育を受けてきた私が信用できないの?」
「め、滅相もございません!」
「なら少しは王族である私を信じなさい。アンタもラステクト王国の貴族の端くれでしょう?」
「ハ、ハイ! 失礼しました!」
ロブロスは力の入った声を出しながら深く頭を下げた。
オルビィンは自分よりもメルディエズ学園の心配をしていたロブロスの発言には怒りを感じてはいなかった。だが、ラステクト王国の貴族であるロブロスが王族である自分の体力や知力を信用していないことには腹を立て、キツイ言葉をぶつけたのだ。
「……とにかく、殿下には他に混沌術を開花させた生徒と同じように一ヶ月間、学園で戦いの基礎や依頼に必要な知識を学んでいただきます」
「ええ、分かったわ」
「それと最初の一ヶ月は依頼を受けず、授業と訓練だけ受けていただいて問題はありませんが、一ヶ月が経って正式に下級生となった後は依頼を受けながら決められた授業や訓練も受けていただきます」
「確か授業の参加を自分で決められるのは中級生になってからなのよね?」
「ハイ。依頼を受けられるようになったとは言え、下級生はまだ戦闘や依頼の経験が浅い生徒ですから。中級生になるまでは授業を受け続けていただきます」
「……まぁ、仕方が無いわよね」
依頼を受けられるようになっても授業や訓練を受ける必要があると知ってオルビィンは若干面倒そうな顔をする。
「お話は以上です。貴重な時間を削いでいただき、ありがとうございました」
話すべきことを全て話したガロデスは立ち上がって礼を言い、オルビィンも遅れて立ち上がるとガロデスの顔を見つめた。
「それじゃあ、この後は好きに行動してもいいのね?」
「ええ、明日の授業までご自由にお過ごしください」
「フッ、そうさせてもらうわ」
目を閉じながらオルビィンは小さく笑い、ガロデスは楽しそうに笑っているオルビィンを見てつられるように微笑んだ。
「カムネス君、ロギュンさん、殿下に学園を案内して差し上げてください」
「分かりました」
「ハイ」
返事をしたカムネスとロギュンは学園長室の出入口の方へ歩いて行き、オルビィンは二人の後を追うように移動する。
入口の前まで来たロギュンは扉を開けてオルビィンが通れるようにする。オルビィンは開かれた扉を見ると外に出ようとした。するとオルビィンは扉の前で立ち止まり、笑いながらガロデスの方を向く。
「明日からお願いしますね、学園長?」
先程までと違いガロデスは学園長と呼び、敬語を使ったオルビィンは笑いながら学園長室から出て行き、カムネスとロギュンもその後に続いて退室した。
ガロデスはオルビィンが自分を学園長と呼んだことで、明日からは王女としてではなく一人の生徒として接してほしいと言うオルビィンの意思を知り、再び微笑みを浮かべる。
他の教師たちはオルビィンの意思を理解できず、不思議そうな顔をしていた。




