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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第九章~学園の新戦士~
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第百四十九話  王女と猫耳少女


 入学試験から数日後、入学式の日が訪れ、メルディエズ学園の新入生となった少年少女たちが学園にやって来た。

 メルディエズ学園の制服を身に纏い、寮生活に必要な衣服や道具の荷物を持つ新入生たちは笑いながら正門を潜る。在学生たちはその様子を遠くから見守っていた。

 新入生たちはまず学生寮へ向かい、自分たちの部屋に持っている荷物を置いた。その時にルームメイトとなる学生と出会い、挨拶や簡単な会話をしながら校舎へ向かう。新入生の中には出会って早々ルームメイトと意気投合する者もいれば、上手く打ち解けずに複雑な関係になった者もいた。

 校舎についた新入生たちは教師たちに案内されて入学式が行われる部屋へ向かう。部屋には既に数人の教師の姿があり、部屋の中央には新入生と同じ数の椅子が並べられている。

 新入生たちはいよいよ入学式が始まるのだと緊張した様子を見せながら椅子に腰かけていく。新入生の中には緊張せずに落ち着いて座っている者もいるが、十数人程しかいなかった。

 座りながら新入生たちは入学式が始まる時間を待つ。そんな中、部屋の入口である扉が閉まり、部屋にいた教師たちの真剣な表情を浮かべながら口を閉じる。教師たちの反応や部屋の様子を見た新入生たちは入学式が始まると察して一斉に演壇の方を向いて黙り込む。部屋にいる全員が口を閉じたことで部屋は静寂に包まれた。

 静かになってから数秒後、部屋の隅に立っていたガロデスが演壇に向かって歩き出し、演壇に付くと新入生たちの方を向いて真剣な表情を浮かべる。


「学園長のガロデス・フリドマーです。……新入生の皆さん、まずは入学、おめでとうございます」


 挨拶をするガロデスを見て新入生たちは小さく反応する。目の前に立っている男性がラステクト王国の伯爵であり、メルディエズ学園の学園長であることを認識して再び緊張してしまったようだ。

 ガロデスは新入生たちを簡単に確認すると挨拶を続ける。


「今この時より皆さんはメルディエズ学園の生徒となりました。学園長として皆さんの入学を喜ばしく思っております。皆さんはこれから先、優秀な戦士や魔導士となるために授業や訓練を受け、実際に依頼を受けてモンスターやベーゼと戦うことになるでしょう」


 メルディエズ学園の生徒としてやるべきことを新入生たちも真剣な表情を浮かべながら聞いている。

 入学すれば実戦を経験しなくてはいけないこと、下手をすれば負傷したり、命を落とすかもしれないことは新入生たちも理解している。だから新入生の殆どはガロデスの話を聞いて緊張することはあっても、恐怖を感じたりすることは無かった。


「実戦ともなれば最悪、命に係わるような大怪我をすることになるかもしれません。皆さんもそれを覚悟して入学されたはずです。……ですが、これだけは覚えておいてください」


 ガロデスは両手を演壇に乗せて僅かに体を前に乗り出しながら新入生たちを見つめ、新入生たちもガロデスが何か重要な話をすると感じる。


「危険な状況になった時は迷わず自分の身を護ることだけ考えてください。間違っても依頼を完遂させるためと言って無茶をしないでください」


 依頼よりも身の安全を優先しろというガロデスの言葉を聞いて新入生の内の何人かは意外そうな反応を見せる。新入生たちの反応を見たガロデスは真剣な表情を消し、小さく笑いながら口を動かす。


「皆さんは優れた戦士や魔導士を目指す若者ですが、それ以前に学園で知識や技術を学ぶ生徒でもあるのです。皆さんはこの学園を卒業した後、此処で学んだ知識と技術を生かして働くことになります。依頼を完遂させること、モンスターやベーゼと戦うことも重要ですが、私たち教師にとっては皆さんが生き残ろうことの方が重要なのです」


 まるで自分の子供、もしくは孫に言い聞かせるようにガロデスは優しく語り、話を聞いている新入生たちもガロデスの言葉に心を打たれるような気分になっていた。

 ガロデスにとっては依頼を完遂させることよりも大陸の未来を背負って立とうとする生徒たちの命の方が大切だった。だから新入生たちに挨拶をする時は必ず命を大切にすることを伝えている。前回の入学式で挨拶をした時もしっかりとそのことを新入生たちに伝えていた。


「家族のため、自分の夢のためにも自分の命を大切にしてください」


 改めてガロデスは命を大切にすることを伝え、新入生たちはガロデスを見ながら笑顔を浮かべる。この時、新入生の多くはメルディエズ学園に入学できたことを誇りに思い、絶対に学園を卒業しようと決意した。

 挨拶を終えたガロデスは軽く頭を下げてから演壇から移動し、最初に立っていた場所へ戻っていく。

 ガロデスが戻ると待機していたオーストが一歩前に出て新入生たちの方を向いた。


「え~、本来ならこの後に明日以降の授業の説明をして入学式は終わるのだが、今回は新入生代表に挨拶をしてもらってから説明に移る」


 まだ何かあると聞かされた新入生たちは小声で隣の席の生徒と何の話をするのだろうと確認し合う。

 メルディエズ学園の入学式は学園長の挨拶と入学式が終わった後の説明をして解散するため、新入生代表の挨拶などは行わない。だが、今回はある事情から新入生代表が挨拶をすることになっていたのだ。


「それでは新入生代表、オルビィン・ロズ・エイブラス、前へ」


 オーストが新入生代表の名を口にした瞬間、新入生たちは一斉に目を見開く。そして、座っている新入生の中から一人の女子生徒が立ち上がり、新入生たちの間を通って演壇の方へ歩いていく。

 演壇に付いた女子生徒は誇らしげな笑みを浮かべながら新入生たちの方を向く。背中の辺りまである茶色いポニーテールに青い目を持ち、他の女子生徒と同じ制服を着ている。彼女こそ、ラステクト王国の王女、オルビィン・ロズ・エイブラスだった。

 新入生たちは演壇に立つオルビィンを見て一斉にざわつき出した。特にラステクト王国出身の生徒たちは自分の国の王女が一緒に入学していたことを知って目を丸くしたり、動揺したりしている。


「皆、静かに!」


 ざわつく新入生たちにオーストは声を掛け、新入生たちはオーストのことを聞いて一斉に口を閉じた。

 オーストは新入生代表に挨拶をさせると言っていたが、実際はラステクト王国王女であるオルビィンがメルディエズ学園に入学したことを他の新入生たちに伝えるためだった。

 もしもオルビィンの存在を伝えずに入学式を終わらせてしまえば、後日彼女のことを知らない生徒たちがオルビィンを見た時に騒ぐ可能性がある。現に新入生代表がオルビィンだと知った新入生たちはざわついていた。

 教師たちは騒ぎが起こらないようにするため、入学式にオルビィンの存在を伝えることにした。因みに既に在学している生徒たちには入学式の前日にオルビィンが入学することを伝えておいたため、在学生たちがオルビィンを見ても騒いだりする心配は無い。

 新入生たちが静かになるとガロデスは演壇に立つオルビィンの方を向いて小さく頷き、ガロデスの反応を見たオルビィンは小さく笑いながら再び新入生たちの方を向く。

 オルビィンは制服のポケットから一枚の羊皮紙を取り出す。そこには新入生代表の挨拶をする時に話す内容が書かれてあった。


「メルディエズ学園新入生代表、オルビィン・ロズ・エイブラス。……本日、私たちは誇り高きメルディエズ学園に入学できたことができました。時には挫け、悩むこともあるでしょう。ですが、自分たちの夢のため、大陸に住む全ての人たちのため、この学園で心身ともに成長し、多くの大切なものを護れる強い存在になろうと思っています」


 少し短めだが、新入生代表の挨拶を終えたオルビィンは持っている羊皮紙を演壇の上に置いて新入生たちを見た。

 新入生たちはオルビィンが挨拶を終えるのを見るとラステクト王国の王女らしい挨拶だと感じ、笑みを浮かべながら拍手をする。

 オルビィンを見守っていたガロデスたちも新入生代表に相応しい挨拶をしたオルビィンを見て誇らしげに笑っていた。


「あ~それと、皆に一つお願い」


 新入生たちの反応を見ていたオルビィンは目を閉じて口を動かし、新入生たちは突然喋り出したオルビィンを見て意外そうな顔をする。

 ガロデスたち教師も既に新入生代表の挨拶は終わっているのに予定外の発言をするオルビィンを見て少し驚いたような反応を見せていた。


「学園長が言ったように、依頼を完遂させることよりも自分の命を優先することが重要よ。だから、予想外の事態になったり、強すぎる敵と遭遇したら自分や仲間の命を護るように行動すること」


 オルビィンは左目でウインクしながらガロデスが言ったことと似た発言をし、新入生たちに命を大切にするよう伝える。

 新入生たちは先程まで王女らしく挨拶をしていたオルビィンの態度が一変したのを見てキョトンとしており、教師たちも呆然としながらオルビィンを見ていた。


「皆、改めてよろしくね。王女だからってかしこまったりしなくていいから、普通に声を掛けてね」


 オルビィンは笑いながら目を丸くする新入生たちにもう一度挨拶をし、演壇の上の羊皮紙を仕舞うと自分の席へ戻っていく。席へ戻るオルビィンを新入生たちはまばたきをしながら見ていた。


「い、今の、よろしかったのですか?」


 教師の一人が隣にいる別の教師にオルビィンの最後の態度について尋ねる。周りにいる別の教師たちも複雑そうな顔でオルビィンを見ていた。

 折角王族らしく挨拶をしていたのにオルビィンが最後の最後でそれを台無しにするような態度を取ったことで何か問題が起きるのではと教師たちは心配していた。だがそれ以上に今回のオルビィンの言動が原因で生徒たちの王族に対する見方が変わってしまうのではないかと不安を感じていた。

 教師たちが心配する中、ガロデスだけはクスクスと笑っており、それに気付いたオーストは意外そうな顔をする。


「学園長、どうかなさいましたか?」

「いえ、何でもありませんよ。……オルビィン殿下は少々お転婆なところがあると陛下からお聞きしていましたが、まさかあれほどとは、フフフフ」


 笑いを必死に堪えようとするガロデスを見てオーストはまばたきをする。

 オルビィンが挨拶の後に発言することはガロデスも予想できなかったが、国王であるジェームズからオルビィンの性格は予め聞いていたため、ガロデスはオルビィンが王族らしくない砕けた態度を取っても教師や新入生たちのように驚いたりはしなかった。


「し、しかし学園長、先程の殿下の発言、よかったのですか?」

「ええ、問題ありません。今回の新入生代表の挨拶は殿下が入学することを発表するために行ったものですから」


 オルビィンの言動がメルディエズ学園の活動に影響を与えることは無いとガロデスは語り、オーストや他の教師たちは複雑そうな表情でオルビィンを見ている。

 席に戻ったオルビィンは笑いながら周りの生徒たちと会話をしており、生徒たちは動揺や緊張した様子を見せながらオルビィンと接していた。


「今回は問題はありません。ですが今後、殿下が学園の行事などで問題的な言動を取った場合は他の生徒と同じように対応します。陛下からは王女と言えど特別扱いしないようにと言われていますから」


 ガロデスはオルビィンを見て普通の生徒と同等の扱いをすることをオーストや周りにいる教師たちに伝え、オーストたちはガロデスの言葉に反応して彼に視線を向ける。

 王族に厳しくするなど恐れ多いことだが、特別扱いして他の生徒たちが不満を感じたら色々問題が起きる可能性がある。学園のため、そしてオルビィン本人のためにも他の生徒と同じ扱いをしてオルビィンを優秀な生徒に育てようとガロデスたちは思っていた。

 それから教師たちは新入生たちに明日から始まる授業の流れや予定、依頼を受けられるようになるまでの期間などを詳しく説明した。全ての話が終わると入学式は終了し、ガロデスたちが退室した後にオルビィンたちは一斉に立ち上がって部屋を後にする。

 新入生たちが部屋を出ると、外には新入生の様子を窺うために在学している生徒たちが集まっており、先輩たちの姿を見た新入生たちは驚きの反応を見せる。

 在学生たちは新入生たちを見ると笑いながら声を掛けたり、手を振ったりなどして挨拶をする。新入生たちの中にも笑いながら先輩である在学生に挨拶を返す者もいた。

 挨拶した後に先輩と会話をする新入生もいれば、恥ずかしさや緊張から挨拶をするだけでその場から立ち去る生徒もいた。

 在学生たちは様々な反応を見せる新入生を見て楽しそうにしている。ただ、在学生たちの一番の目的は王族であるオルビィンを見ることだった。

 新入生たちが挨拶をする中、オルビィンは新入生たちの間を通って廊下に出る。オルビィンの姿を見た在学生たちは一斉に驚きの反応を見せた。


「おいあれ、オルビィン殿下だ」

「スゲェな。俺、初めて見たぜ」

「そんなの当然でしょう。平民なんて王女様を見ることは愚か、首都に行くことだってなかなかできないんだもの」


 在学生たちは小声で思い思いの言葉を口にしながら廊下を歩くオルビィンを見つめる。在学生の多くはオルビィンを見ているが、中には他の新入生に興味を持つ者もおり、そんな生徒たちは新入生たちと挨拶を続けていた。

 オルビィンは新入生だけでなく先輩である在学生からも注目されていることが楽しく思えたのか、笑いながら廊下を歩く。そんな時、前から二人の生徒が歩いて来るのが見え、前を見たオルビィンは立ち止まる。

 近づいて来る生徒の一人はカムネス、もう一人は数本の巻物スクロールを持ったロギュンだった。二人はオルビィンの目の前まで来ると立ち止まり、ジッと彼女を見つめる。


「入学初日から注目の的になりましたね、殿下?」


 カムネスは腕を組みながらオルビィンに声を掛け、オルビィンは無言でカムネスを見つめていた。


「ねぇ、あれって生徒会長のカムネス・ザグロン先輩じゃない?」

「えっ、あのザグロン侯爵家の?」

「素敵! 噂どおり凄くカッコいい」


 現れたカムネスを新入生たちはざわつき出す。特に女子生徒たちは頬を染めながら憧れの眼差しをカムネスに向けていた。

 メルディエズ学園の生徒会長であり、神刀剣の使い手、そしてザグロン侯爵家の実子であるカムネスの存在は学園の中だけでなく外にまで知れ渡っている。そのため、新入生の中には入学する前からカムネスのことを知っている者もいた。

 勿論カムネスだけでなく、副会長であるロギュンや他の神刀剣の使い手であるパーシュ、フレード、フィランのこともメルディエズ学園の外に伝わっている。ただ、生徒会長のカムネスと比べると知名度は若干低かった。

 新入生たちはカムネスとロギュンに注目し、それに気付いたオルビィンは小さく笑いながらカムネスに視線を向けた。


「注目の的になっているのはアンタも同じでしょう、カムネス?」

「……フッ」


 オルビィンの言葉にカムネスは目を閉じながら小さく笑う。周りの生徒たちはカムネスとオルビィンの会話を聞いて、二人は知り合いなのかと意外そうな反応を見せる。


「殿下、お話ししたいことがあります。少々お時間をいただけますか?」

「ええ、いいわ。私もアンタと久しぶりに話がしたいし」


 返事を聞いたカムネスはオルビィンに背を向けて歩き出し、ロギュンもその後に続く。カムネスとロギュンが歩く姿を見てオルビィンは笑いながら二人について行き、廊下にいた生徒たちは無言でカムネスたちの後ろ姿を見ていた。

 カムネスたちが去った後も在学生たちは新入生たちと親睦を深めていく。そんな中、廊下に集まって会話をしているところを教師に注意され、生徒たちは解散した。


――――――


 校舎の入口前でも大勢の生徒たちが新入生が出て来るのを待っていた。入学式の会場前では既に他の生徒が待機していると考え、広くて外に出る際に必ず通る入口前で待っていることにしたようだ。

 生徒たちの中にはユーキとアイカの姿もあり、入口から少し離れた所で新入生が出て来るのを待っている。二人も新入生にどんな生徒がいるのか気になって見に来ていたのだ。そして二人の後ろではグラトンが座りながら自分の出腹を掻いている。


「なかなか出てこないな」

「きっと入学式が行われた部屋の前で他の生徒たちに捕まってるんじゃないかしら?」

「ああぁ、成る程。そう言えば俺が入学した時も先輩たちが廊下で待っていたなぁ」


 自分がメルディエズ学園に入学した時のことを思い出したユーキは納得する。ただ今回はラステクト王国の王女が入学するため、王女の姿を見ようと前回よりも多くの生徒が会場前の廊下で待っているのかもしれないとユーキは考えた。

 ユーキとアイカは入口を見つめながら新入生が姿を見せるのを待つ。その後ろでは退屈しているグラトンが腹だけでなく背中なども掻いている。そんな時、校舎の中から新入生たちが出てくるのが見えた。

 集まっていた生徒たちは一斉に新入生たちの下へ向かう。ユーキとアイカは新入生たちの下へは行かず、遠くから新入生たちを眺めていた。

 新入生たちは入口の前で集まっていた先輩の生徒たちを見ると驚きや複雑そうな表情を浮かべる。少し前まで彼らは入学式の会場前で多くの在学生たちに挨拶され、声も掛けられたりしていたため、新入生たちは若干疲れていた。

 新たに声を掛けてきた在学生たちに新入生たちは苦笑いを浮かべながら挨拶をする。在学生たちは新入生たちが疲れていることに気付いていないのか、遠慮せずに声掛けや質問をした。


「凄いな、出てきた途端に皆声をかけまくってるぞ」

「新入生の中に王女様、オルビィン殿下がいると思って探してるのよ。あとは新入生たちに顔を覚えてもらうために近づいてるんだと思うわ」

「覚えてもらうため?」


 ユーキがチラッとアイカの方を見ながら訊き返すとアイカは小さく頷いた。


「自分のことを覚えてもらえば新入生たちが依頼を受ける時に一緒に依頼を受けてくれるよう頼んでくれると思って声を掛けてるのよ。一緒に依頼を受ければ少しだけど報酬が貰えるし、新入生たちからの人気も得られるからね」

「報酬と人気のためか、必死だなぁ」


 新入生たちに声を掛ける在学生たちを見てユーキは苦笑いを浮かべ、アイカは在学生たちの魂胆に呆れているのか小さく溜め息をつく。

 アイカの言うとおり、在学生の中には新入生の注目を得るために声を掛ける者もいるが、純粋に新入生と仲良くなりたいと思っている者もいるため、そんな生徒は笑いながら新入生と会話をしていた。


「どうする? 私たちも挨拶しに行く?」

「……そうだな、今後のために何人かに挨拶しておいた方がいいかもな」


 ユーキはそう言って新入生たちが集まっている場所へ向かおうとする。


「ユーキ先生!」

『!』


 突然聞こえてきた少女の声にユーキとアイカは同時に反応して声がした方を向く。そこには群青色のショートボブヘアに同じ色の猫耳と尻尾を生やし、女子生徒の制服を着た亜人の少女が笑いながら立っていた。


「お久しぶりです、先生」

「……ああぁ! お、お前は……」

「ウェンフちゃん!?」


 ユーキとアイカは亜人の少女を見て驚きの表情を浮かべる。二人の目の前にいたのは以前ローフェン東国で依頼を受けた時に出会ったキャッシアの少女、ウェンフだった。

 ウェンフは微笑みながら細長い尻尾を左右に揺らしている。ユーキとアイカは目を見開きながら、グラトンはまばたきをしながらウェンフを見ていた。


「ずっと学園の中を探していたんですけど、此処にいたんですね」

「いや、えっと……どうしてお前がメルディエズ学園に?」

「勿論、入学したんですよ」


 そう言うとウェンフはクルッと一回転して制服姿の自分を見せる。ユーキとアイカは改めてウェンフの格好を確認し、本当にメルディエズ学園の生徒になったのだと知った。

 自分の格好を見せたウェンフはもう一度ユーキとアイカの方を向いて姿勢を正した。


「私も今日からメルディエズ学園の生徒になりました。ユーキ先生、アイカさん、これからよろしくお願いします」

「あ~っと……まだ状況がハッキリ理解できていないけど……とりあえず、場所を変えないか? 色々訊きたいことがあるし」

「ハイ、私も先生たちに話したいことがいっぱいありますから」


 笑顔のウェンフにユーキは困惑しながらも話をしやすい場所へ移動し、アイカとグラトン、ウェンフもその後について行く。突然ウェンフが現れたことでユーキとアイカは新入生たちに挨拶をするという当初の目的を完全に忘れてしまっていた。

 校舎の入口前から移動したユーキたちは中央館へ移動した。本当は食堂の中で紅茶などを飲みながら話をしたいと思っていたが、グラトンが一緒であるため中央館には入れない。そのため、ユーキはアイカたちは中央館の近くにあるガゼボに待たせ、食堂に飲み物を取りに向かった。

 人数分の飲み物を用意したユーキはトレーに飲み物が入ったティーカップを乗せてアイカたちが待つガゼボへ向かう。

 ユーキが二人の所までやって来るとアイカとウェンフはガゼボの中にある長椅子に座っており、グラトンは外で地面に座っていた。


「お待たせ、お茶を持ってきたよ」

「ありがとう、ユーキ」

「ありがとうございます」


 アイカとウェンフが礼を言うとユーキは二人の前にある丸いテーブルにティーカップを置いていく。今日入学したばかりでメルディエズ学園のことを何も知らないウェンフは食堂にどんなお茶があるか分からないため、ユーキにお茶を選んでもらった。

 ティーカップの内、アイカとウェンフがティーカップにはリップルティーが入っており、ユーキのにはコキ茶が入っている。ユーキはウェンフの好みがよく分からないため、とりあえずアイカと同じリップルティーを選んだ。


「うわぁー、いい香り」


 リップルティーを香りにウェンフは笑みを浮かべる。ウェンフの種族であるキャッシアは人間よりも嗅覚がいいため、ユーキやアイカ以上にリップルの香りを感じることができた。


「食堂のリップルティーはとても美味しいのよ。飲んでみて」

「ハイ!」


 ウェンフは自分のティーカップを取るとゆっくり一口飲んだ。口の中に広がる甘さにウェンフは頬を染めて尻尾を揺らす。

 ユーキとアイカもウェンフがリップルティーに満足したのを見るとコキ茶とリップルティーを飲んで笑みを浮かべた。

 飲み物を口にして気持ちを落ち着かせると三人はテーブルにティーカップを置き、ユーキとアイカはウェンフに視線を向け、ウェンフも二人の方を向いた。


「改めて、お久しぶりです」

「ああ、久しぶり。……正直お前が入学してたとは思わなかったよ」


 ユーキはウェンフが入学していたことに驚いたことを素直に伝え、アイカも同感と言いたそうに頷く。ウェンフがユーキとアイカを見ながら照れるような表情を浮かべた。

 

「実は私、入学試験の時にユーキ先生がグラトンと一緒にいるのを見たんです」

「俺とグラトンを?」

「ハイ、本当はその時に声を掛けたかったんですけど、入学試験が始まりそうになってたし、入学した後に驚かしちゃおうと思って」


 ウェンフの話を聞いてユーキは小さく笑い、アイカも嘗て自分が助けた少女が元気なことを知って微笑みを浮かべた。

 ユーキとアイカはウェンフと再会できたことを心から喜んでいる。だが同時に疑問に思うことが一つあった。


「だけどウェンフ、どうして学園に入学したの? 確かローフェン東国で冒険者になるって言ってなかったかしら?」


 アイカはずっと気になっていたことを尋ね、ユーキもアイカの言葉に反応してウェンフを見た。

 ウェンフが同じメルディエズ学園に入学したことにはユーキとアイカも喜んでいる。だが以前聞かされた夢と違い、学園の生徒になったことが不思議で仕方が無かった。

 アイカの質問のウェンフは僅かに表情を変え、自分のティーカップを見ながら黙り込む。ウェンフがすぐに答えないことと表情の変化から、ユーキとアイカは何か深い訳があるのではと感じていた。


「……最初は冒険者をやっていたんです。でも、事情があって冒険者からメルディエズ学園の生徒になることを決めたです」

「事情?」


 ユーキが訊き返すとウェンフはユーキの方を向いて頷いて自分のティーカップを取った。

 気持ちを落ち着かせるようにティーカップの中のリップルティーを飲み、ティーカップを口から離したウェンフは静かに息を吐く。


「ユーキ先生たちと別れた後、私とリーファンお姉ちゃんはベンロン村で暮らしていました。それからしばらくして、私たちは冒険者になるためにシェンタンの町へ行ったんです」


 ウェンフはティーカップをテーブルに置いてユーキたちと別れた後のことを話し始めた。


 シェンタンの町へやって来たウェンフとリーファンは昔からの夢だった冒険者になるために冒険者ギルドへ向かい、冒険者になるための登録をした。

 冒険者になったばかりの二人は最初は上手くいくか少し不安を感じていたが、ウェンフにはユーキから教わったルナパレス新陰流と開花させた混沌術カオスペルがあり、リーファンもこれまでに学んだ魔法を使えば上手くやっていけると考えていた。

 最初はドブ掃除と言った簡単な仕事を受けて金を稼いでおり、ウェンフとリーファンも少しずつ冒険者の生活に慣れていった。だが、より効率よく依頼を受けるには冒険者としての知識が必要だったため、二人は別の冒険者たちの仲間となって技術や知識を得ようと考えたのだ。

 その日からウェンフとリーファンはシェンタンの町で活動する先輩の冒険者たちに声を掛け、自分たちと共に依頼を受けてくれ仲間を探し始める。予想外にも二人を仲間にしたいと言う冒険者はすぐに、それも大勢現れた。

 混沌術カオスペルを開花させたウェンフ、希少種であるフォクシルトのリーファンを仲間にしたがる冒険者は大勢おり、冒険者たちは誰が二人を仲間にするか口論をするほどだった。

 冒険者たちが言い合いをする中、ウェンフとリーファンは女性三人で構成されたD級冒険者チームの仲間になることを決めてチームメンバーとなった。その日からウェンフとリーファンはチームの仲間から冒険者として活動するのに必要な技術や知識などを教わりながら依頼を受けていった。

 その後もウェンフとリーファンは冒険者として活躍し、少しずつ実績を上げていく。混沌術カオスペルとリーファンの優れた魔力で依頼を完遂していき、二人は冒険者になってから僅かな期間でD級冒険者になった。

 依頼を完遂させる度にウェンフとリーファンは冒険者として活動することが楽しくなり、これから先も頑張ろうと決意する。だが、その一方でチームメンバーの冒険者たちはウェンフとリーファンの活躍に少しずつ不満を感じていた。

 最初はウェンフとリーファンを仲間として歓迎していた仲間たちも後から冒険者になった二人が自分たちと同じD級冒険者になったことでウェンフとリーファンの力に嫉妬するようになっていた。

 それからチームメンバーたちはウェンフとリーファンの二人から距離を取るようになり、報酬の分け前もウェンフとリーファンの分だけ少なくするような嫌がらせをするようになった。更にウェンフとリーファンが姑息な方法で依頼を成功させた、依頼人から報酬を巻き上げたなどありもしない作り話をして二人の評判を下げていった。

 勿論、ウェンフとリーファンは自分たちが何も悪いことはしていないと訴えるが、ギルドの役員は冒険者になったばかりの二人よりもチームメンバーの言葉を信用していた。

 しかも役員は混沌術カオスペルやフォクシルトの能力があるとは言え、短時間でD級冒険者になれたのは怪しく考え、まともに調査もせずに二人に処分を下したのだ。

 処分を下されてからのウェンフとリーファンはシェンタンの町の冒険者ギルドの役員や同じ冒険者から冷たい目で見られるようになり、まともな仕事を回してもらえなくなってしまった。

 この時のウェンフとリーファンはチームメンバーの嫌がらせや冒険者ギルドのいい加減な対応からシェンタンの町のギルドに不信感を懐き、シェンタンの町で活動する気を無くしていた。そのため、別の町で冒険者として活動しようと考えていた。

 だが、二人には他の町で活動するための資金が無く、活動拠点となる場所にも当てがない。これからどうやって生活するかウェンフとリーファンは悩んでいた。そんな時、メルディエズ学園が入学試験を行うと言う話を聞き、ウェンフはリーファンと相談して学園の入学試験を受けることにしたのだ。


 ウェンフは冒険者になってからメルディエズ学園に入学するまでの経緯いきさつを話し、ユーキとアイカは黙ってウェンフの話を聞いていた。


「シェンタンの町のギルドが信用できなくなって私はメルディエズ学園に入学することを決めました。学園なら冒険者ギルドと比べて活動しやすいと思いましたから」

「確かに学園は冒険者ギルドよりも規則が厳しいから嫌がらせを受けることは少ないでしょうね。仮に嫌がらせが起きても先生や生徒会が対処してくれるから冷たい目で見られるような事態にはならないはずよ」


 アイカはメルディエズ学園なら冒険者ギルドのようにいい加減は扱いはしないと語り、アイカの話を聞いたウェンフはどこか安心したような反応を見せる。

 ユーキはコキ茶を一口飲み、ティーカップをテーブルに置くとウェンフを見ながら口を開く。


「強い仲間ができれば大抵の奴はその仲間を頼もしく思って信頼する。だけど、中にはその強い仲間に嫉妬して毛嫌いするようになる奴もいる。お前とリーファンさんは運悪く後者の奴らと出会っちまったってことだな」

「ハイ……」


 ウェンフは小さく俯きながら暗い声で返事をする。アイカはそんなウェンフを気の毒に思いながら見つめており、ユーキも弟子であるウェンフが酷い仕打ちを受けたことに同情しており、同時にシェンタンの町の冒険者ギルドに腹を立てていた。


「でも、学園ここなら前みたいに酷い扱いを受けたりすることは無い。依頼を頑張っていけば先生たちから信頼されて多くの依頼を頼まれるようになる。歳の近い子も大勢いるし、お前ならすぐにいい友達を作ることができるさ」

「……ありがとう、先生」


 顔を上げたウェンフは笑いながらユーキに礼を言う。ユーキとアイカに昔の話をしたことで少しだけ楽になったようだ。


「改めて、これからよろしくな」

「分からないことがあったら何でも相談してね?」

「ハイ、よろしくお願いします。ユーキ先生、アイカさん」


 ユーキとアイカは笑いながらウェンフを歓迎し、ウェンフも笑顔で返事をする。


「因みにもし試験で不合格になったらどうするつもりだったんだ?」

「冒険者を続けるお金も無かったし、ベンロン村に戻って村の人たちの手伝いをしながら暮らすつもりでした。でも、そうならないために必死に勉強して合格しました」


 メルディエズ学園に入学するためにウェンフが努力したことを聞かされたユーキとアイカは頑張ったんだな、と心の中で感心した。


「そう言えば、貴女はメルディエズ学園に入学したけど、リーファンさんはどうしたの?」


 ウェンフの義姉であるリーファンがどうなったのか気になるアイカはウェンフに尋ねる。ウェンフはティーカップを両手で持ちながらリップルティーを一口飲んだ。


「リーファンお姉ちゃんもこの学園にいますよ」

『えっ?』


 ユーキとアイカは予想外の言葉に思わず声を漏らした。


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