第百四十八話 二度目の入学試験
五日後、遂に二度目の入学試験の日が訪れた。朝になると数日前からバウダリーの町に滞在していた受験者たちが一斉にメルディエズ学園の校舎前に集まり、入口前にある受付で試験の準備をしている。
集まっている大勢の少年少女の中には安物の服を着た平民もいれば高価そうな服を着た貴族もいる。貴族の受験者の中には平民の受験者たちの服装などを小馬鹿にするように笑う者も何人かいるが、平民の受験者たちは貴族たちを気にすることなく受付に並んでいた。
受験者の中には入学試験を受けられることを楽しみにしている者もいれば、いよいよ試験が始まるのだと緊張する者もいる。そんな受験者たちの様子を案内をする教師や既に在学している生徒たちが見守っていた。
「今回も結構な人数だなぁ」
受付の左側、少し離れた所ではユーキが腕を組みながら受験者たちを見て呟き、その左隣ではグラトンが地面に座りながら同じように受付に並んでる受験者たちを見ている。
半年前にはユーキも入学試験を受けるためにメルディエズ学園を訪れていたため、受験者たちを見たユーキは当時のことを思い出して懐かしさを感じていた。
「確か今回試験を受けるのは百十三人だってアイカが言ってたな。この中から何人の合格者が出るんだろう。……俺が入学した時よりも多く合格してくれるといいんだけど」
受験者たちの合格を祈りながらユーキは受付を済ませて校舎の中に入っていく受験者たちを見つめる。
隣で座るグラトンは在学生と違って私服姿で学園内にいる受験者たちを不思議に思ったのか、まばたきをしながら受験者たちを見ていた。
ユーキは不思議そうにするグラトンを見て面白く感じたのか小さく笑みを浮かべ、笑ったまま受験者たちに視線を戻した。
「あそこにいるのは俺たちの仲間になるかもしれない人たちだ。今日は学園に入れるかどうかテストをするために来たんだよ」
「ブォ?」
グラトンはユーキの方を見ると小さな声を出しながら小首を傾げる。ユーキはグラトンの反応を見て理解できていないと察してクスクスと笑う。
「よく分かんねぇか。……まぁとにかく、受験者たちが試験を受けるところを見ながら面白そうな子を探そう。と言っても見学できるのは実技試験だけらしいけど」
「ブオォォ」
笑いながら語るユーキを見てグラトンは返事をするように鳴いた。
グラトンはユーキの言葉の意味を完全に理解できているわけではない。だが、ユーキが私服姿の少年少女たちに興味があることだけは理解できたため、ユーキと同じように少年少女たちに少しだけ興味を懐いていた。
受付を終えて校舎の中に入っていく受験者たちは遠くから自分たちを見ている生徒たちを見ながら小声で話し合ったり笑みを浮かべたりしている。そんな中、受験者の何人かが受付を見守るユーキとグラトンに気付いた。
他の在学生たちと比べて幼く体の小さいユーキとモンスターであるグラトンが学園内にいるのを見て受験者たちは若干驚いたような反応をする。
「おい、あそこにいる子って学園の生徒なのか?」
「えっ、でもメルディエズ学園は十四歳以上じゃないと入学できないって聞いたけど……」
受験者である少年と少女は校舎の入口前で立ち止まり、ユーキを見ながら小さな声で話す。入学するための条件に合っていないユーキがメルディエズ学園の制服を着て学園内にいるため、不思議に思うのも当然だった。
「じゃあ、あの子は部外者か? でも学園の制服を着てるし……」
「いったい何なのかしら? それにあの子の隣にいるのってモンスターでしょう? どうしてモンスターが学園内にいるのよ」
訳が分からない少年と少女はユーキとグラトンを見ながら僅かに複雑そうな表情を浮かべる。他の受験者たちもユーキとグラトンに気付き、不思議そうな顔や不安そうな顔をしながら校舎へ入っていった。
「あの人はメルディエズ学園の生徒だよ」
少年と少女の背後から別の少女の声が聞こえ、二人は突然の声に驚きながら振り返る。そこには十四歳ぐらいで群青色のショートボブヘアに同じ色の猫耳と尻尾を生やした亜人の少女が笑いながら立っていた。
「小さいけど、正真正銘学園の生徒だよ。隣のヒポラングも大人しいから大丈夫」
「そ、そうなの?」
少女が困惑した様子で確認すると猫耳少女は頷き、少年と少女は猫耳少女を見た後にもう一度ユーキとグラトンの方を向いた。
「で、でも、どうしてあんな小さい子が学園に入学できたんだ? 見た感じ、あの子はまだ十歳ぐらいだろう?」
「さあ? そこまではよく分からないけど……ところで試験会場に行かなくていいの? 筆記試験が始まるまでは会場で勉強ができるんでしょう?」
「あっ、そうだった。こんな所でジッとしてる場合じゃなかったんだ!」
少年は慌てて校舎の中へ入っていき、少女もその後に続く。今は学園内にいる児童とモンスターのことよりも入学試験の方が二人にとって重要だった。
一人残った猫耳少女は初年と少女が校舎に入るのを見た後、もう一度ユーキとグラトンの方を向き、微笑みを浮かべた後に校舎の中へ入っていった。
その後も受験者の受付は問題無く進んでいき、校舎に入った受験者たちは筆記試験を受けるために指定された試験会場へと移動する。
全ての受験者の受付が完了すると、受付を担当していた教師は机や椅子などを片付け、受験生たちを見守っていた教師やユーキたち在学生も校舎へと入っていった。
受付が終わってから三十分ほどが経過し、遂に入学試験が始まる。最初に筆記試験を受けることになっている受験者たちは各試験会場で出された問題用紙の問題を解いていく。受験者の中にはスラスラと問題を解く者もいれば、問題が分からずに苦労する者もいた。
受験者たちが問題を解くことに集中する中、時間は刻々と過ぎていき、やがて筆記試験終了の時間が来た。受験者たちの中には筆記試験の結果に満足した者もいれば、満足できずに悔しそうにする者もいる。
筆記試験が上手くいかなかった受験者たちは次の実技試験を高得点を取ろうと気合いを入れながら試験会場を後にした。
実技試験が行われる大訓練所へ向かため、受験者たちは校舎の中を移動する。そんな中、受験者たちは廊下で在学している生徒たちと何度かすれ違い、歩きながらすれ違った生徒たちに挨拶した。
生徒たちも受験者たちに挨拶を返し、受験者たちは憧れの眼差しを生徒たちに向けた。今回の入学試験に合格すれば自分たちもメルディエズ学園の生徒となり、今いる生徒たちの後輩になれる。受験者たちは入学後の生活や先輩との交流を楽しみにしながら次の試験会場へ移動した。
――――――
実技試験が行われる大訓練場では受験者たちが幾つかの班に分けられ、担当の教師たちから実技試験の説明を受けている。
筆記試験の結果に自信が無い受験者たちは気合いを入れながら説明を聞いており、筆記試験が上手くいった生徒たちは余裕の表情を浮かべていた。
教師の説明が終わった班は早速実技試験を始める。受験生たちは数種類ある木製武器の中から自分が得意とする武器を手に取って対戦相手と向かい合い、教師の合図と共に模擬戦闘を開始した。教師たちは戦う受験者たちを見守りながら持っている羊皮紙に受験者の実力を書き記していく。
大訓練場の外では実技試験の見学をするために生徒たちが集まっていた。自分たちの後輩になるかもしれない受験者たちの戦闘技術が気になるらしく、興味津々で受験者たちを見守っている。
見守る生徒たちの中にはユーキとグラトンの姿もあり、ユーキは木製ベンチ、グラトンは地面に座りながら遠くで行われている実技試験を見ていた。
「皆、気合入ってるな。やっぱり頭を使う筆記試験よりも体を使う実技試験の方がやる気が出るのかもしれないな」
ユーキは自分から最も近い位置で実技試験をを行っている受験者たちを見ており、その隣ではグラトンがユーキと同じ場所を見つめている。
「あそこの子たちも戦い方にかなり力が入っている。お前はどう思う?」
ユーキが左隣のグラトンに声を掛けると、グラトンは受験者たちを見た後に大きく口を開けて欠伸をした。そんなグラトンの反応を見てユーキは思わずジト目になる。
「おいおい、受付の時は興味のありそうな様子だったのに何で今はそんなにつまらなそうにしてるんだよ」
「近くで見れないから退屈なんじゃないかしら?」
右の方から声が聞こえ、振り向くと笑っているアイカが目に入った。更にアイカの隣にはパーシュが立っており、ニッと笑いながらユーキに手を振る。
「アイカ、パーシュ先輩」
「よぉ、アンタも実技試験の見学かい?」
「ハイ、どんな受験者がいるのか気になりまして」
ユーキは視線を大訓練場に戻して見学を続け、アイカはユーキの隣に座って同じように大訓練場に目をやる。パーシュはアイカの後ろに移動し、立ったまま実技試験の確認をした。
自分の出番を待っている受験者たちは大訓練場の外に生徒たちがいることに気付き、見られていることに緊張しているような反応を見せている。ただ、実技試験を受けている受験者たちは見られている気付いていないのか、よそ見などせずに試験に集中していた。
実技試験を受けてる受験者には色んな戦い方をする者がいた。木剣を細剣のように握って突きを主体に戦う少年、柄の長い木斧を軽々と振り回す少女、対戦相手の周りを素早く動いてかく乱する少年など凡人ではできないような技術を使って模擬試合をしている。
「ほぉ~、今回も腕のいい子たちが揃ってるじゃないか。もしああいう子たちの中に混沌術を開花させられる子がいたらかなり優秀な生徒になるだろうね」
「そうですね。……問題はその子たちの中からどれだけが合格するか、ですね」
アイカは優秀な受験者が一人でも多く合格してくれることを祈りながら実技試験を見守り、ユーキも受験者を一人ずつ見ながら優秀な戦士になりそうな存在を探している。そんな中、ユーキは何かを思い出したような反応をした。
(そう言えば、ラステクト王国の王女様が入学試験を受けてるなら、大訓練場の何処かにいるはずだよな。……王女様らしい人がいないか探してみるか?)
ラステクト王国の王女のことが気になるユーキは大訓練場の見回して王女らしい少女がいないか探し始める。
大訓練場を見回すユーキを見たアイカとパーシュは必死に優秀な受験者を探しているのだと思って小さく笑っていた。
「やっぱ来てたか」
大訓練場を見ていると背後から男子生徒の声が聞こえ、ユーキたちは一斉に振り返る。そこには笑いながら歩いて来るフレードの姿があり、その後ろをカムネスとフィランが歩いていた。
ユーキとアイカは三人を見ると頭を軽く下げたり、小さく笑ったりする。だがパーシュだけはフレードの顔を見て嫌そうな顔をしており、フレードもパーシュと目が合うと不満そうな表情を浮かべた。
「どうだ、腕の良さそうな奴はいたか?」
不満そうな顔をしていたフレードはユーキの方を見ると表情を戻して尋ねる。
ユーキはフレードを見上げながら小さく頷いた。
「ええ、何人か良さそうな子がいました。先輩も受験者を見に来たんですか?」
「まぁな。……で、此処に来る途中でカムネスとドールストに会って一緒に来たんだよ」
そう言ってフレードは後ろにいるカムネスとフィランを親指で指し、ユーキは覗き込むようにフレードの後ろにいるカムネスを確認する。
「僕も生徒会長と言う立場だからね。どんな存在が受験を受けているか一応見ておこうと思っただけだ」
静かに語るカムネスを見たユーキは「へぇ」と言いたそうな反応をし、続けてフィランに視線を向けた。
「フィランも受験者が気になって見に来たのか?」
「……ん。気になる人もいるから」
「気になる人?」
フィランの意味深な言葉にユーキは小首を傾げ、アイカも不思議そうな顔をしながらフィランを見る。
ユーキはフィランの言う気になる人物が誰なのか疑問に思いフィランに詳しく聞こうとした。すると、大訓練場を見ていた他の生徒たちがざわつき、声を聞いたユーキたちは何か起きたと感じて大訓練場に視線を向ける。
大訓練場で実技試験を行っている班の中に他の受験生と雰囲気が違う少女がいた。その少女は十五歳ぐらいで身長は160cmほど。背中の辺りまである茶色いポニーテールに青い目を持ち、若干高級感のある白い長袖を着て、濃い茶色の長ズボンを穿いた格好をしている。
少女は木槍を両手で握っており、その前には対戦相手である男子生徒が尻餅をついている。実技試験の担当をしていた男性教師は軽く目を見開いて少女を見ており、同じ班の受験者たちも驚きの反応を見せていた。教師たちの反応から少女の戦いは相当凄かったようだ。
「ま、まいった……」
少年は尻餅をついたまま降参し、少女は少年を見ながらドヤ顔を浮かべながら槍の石突部分を地面に付けた。
「貴方もなかなか強かったわ。これからも頑張って腕を磨くようにしなさい?」
「え? ……あ、ああ」
少女に言葉に少年はキョトンとしながら返事をすると少女は木槍を持って待機している受験生たちの方へ歩いていく。
少年も立ち上がって少女の後を追うように移動し、男性教師は少女の姿を見てから持っている羊皮紙に模擬試合の結果と少女の能力を書き記した。
ユーキたちは意外そうな表情を浮かべながら木槍を持った少女を見つめている。少女が模擬試合をしているところは見られなかったが、周りの反応から優れた技術を持った少女である可能性は高いと思っていた。
「……あの子、何者なのでしょうか?」
「さあね。それなりに高そうな服を着てるみたいだし、多分貴族の出身じゃないのかい?」
パーシュの返事を聞いたアイカは少女を見つめ、ユーキとフレードも興味のありそうな様子で少女を見ている。フィタンは相変わらず無表情だがユーキたちと同じように木槍を持った少女を見つめ、グラトンも少女を見てはいるが、どこか退屈そうな様子だった。
「……」
カムネスは腕を組んで木槍を持った少女を見ている。ただ、カムネスはユーキたちのように興味のありそうな表情は浮かべていた。
少女を見ていたユーキはカムネスが真剣な表情を浮かべていることに気付くと不思議そうにしながらカムネスの方を向く。
「会長、どうかしましたか?」
「ん? ……いや、何でもない」
表情を変えず、冷静に返事をするカムネスを見てユーキは小首を傾げ、カムネスはユーキの視線を気にすることなく実技試験を見学する。その後も実技試験を問題無く続けられ、無事に全ての受験者の実技試験が終了した。
入学試験の内容が全て終わると受験者たちは試験の担当教師たちから結果が出る時間、校舎の入口前に合格者の番号が書かれた羊皮紙が出されることを聞かされ、バウダリーの町へ戻ったりなどして結果発表の時間を待った。
――――――
入学試験終了から数時間後、まだ試験結果は張り出されてはいないが、校舎の入口前に少しずつ受験者が集まり始めていた。集まっている受験者たちは早く結果を知りたいのか、落ち着かない様子で発表の時を待っている。
発表の時間が近づくにつれて受験者たちも集まり出し、入口前は受験者で一杯になる。そしてほぼ全ての受験者が集まった頃、遂に入学試験の結果発表の時間となった。
教師たちによって木製の掲示板が入口前に運ばれ、合格者の番号が書かれた羊皮紙が掲示板に張り付けられた。受験者たちは羊皮紙を見ると一斉に掲示板の前に集まって自分の番号があるか確認する。
自分の番号を見つけた受験者は喜びの声を上げ、逆に番号が無かった受験者は落ち込みながら学園を後にする。今回の入学試験で合格したのは百十三人中、六十人と前回よりも多かった。
合格した受験者たちは入学の手続きと入学式の説明、そして得意属性と混沌術が開花するかの調べるために教師たちに案内されて校舎へ入っていく。合格者たちはこれで自分たちもメルディエズ学園の生徒になれると笑いながら会話をしていた。
合格者たちは入学式の日時などを教師から聞いた後、得意な属性と混沌術の確認をしてバウダリーの町へ戻っていく。入学式は数日中に行われ、入学してからは寮生活になるため、合格者たちは故郷には戻らず、バウダリーの町に残った。
メルディエズ学園に入学した後はしばらく家族に会えないため、合格者の中にはそれを寂しく思う者もいる。だが学園に入学する以上、家族と別居するのは仕方がないことなので、合格者たちは寂しさを押し込めて入学後にどう生活するかを考えることにした。
「フゥ、問題とか起きることなく終わりましたね」
入学式が終わり、ユーキは中央館の食堂でコキ茶を飲んでいる。ユーキが座っている席には彼以外にアイカ、パーシュ、フレードも座っており、三人とも自分の好きな紅茶を飲んでいた。
パーシュとフレードは互いに隣り合って座ることを嫌い、ユーキとアイカを間に挟み、向かい合って座っている。
既に外は夕方になっており、合格者は全員バウダリーの町へ戻り、生徒たちも依頼を受けているも以外はユーキたちと同じように中央館か学生寮のどちらかにいた。
「先生から聞いた話だと、今回合格した六十人の子たちの内、四十五人は三大国家から、残りの十五人は三大国家以外の国から来たそうだよ」
パーシュが合格者の出身国を説明し、話を聞いたユーキとアイカは三大国家以外の国の合格者が十五人もいると知って意外そうな顔をした。
「三大国家以外の国って何処の国なんですか?」
アイカが国の詳しい情報を尋ねると、パーシュは自分のティーカップに入っているリップルティーを一口飲んでから口を動かす。
「ローフェンの北にある“ドリアンド共和国”だよ」
パーシュの話を聞いてユーキとアイカは「ほぉ」と言いたそうな顔をする。
ドリアンド共和国は大陸の北部にある小国で人口は約200万で領土はローフェン東国の三分の一ほどしかない。ローフェン東国と同じように人間と亜人は同等の立場だと言う理念が強いため、亜人でも貴族になることが可能だ。国の在り方が似ていることからローフェン東国とは良好的な関係で商業などの取引なども行っている。
「前の試験ではドリアンドの合格者は一人もいなかったけど、今回は十五人も合格した。因みに十五人の内、十人は人間で残り五人が亜人らしいよ」
「共和国から五人も亜人の合格者が出たんですか。三大国家からも亜人の合格者は出たですか?」
ユーキは三大国家の合格者の中に亜人が何人いるか気になってパーシュに尋ねる。パーシュはティーカップをテーブルに置いて小さく俯く。
「確か、三大国家からは六人の亜人が合格したって先生は言ってたね。だからドリアンドの亜人を加えると全部で十一人の亜人が合格したってことになるね」
「へぇ~、十一人も。……因みに亜人の中にはどんな種族がいるんですか?」
合格した亜人の種族が気になるユーキが再び尋ねるとパーシュは首を軽く横に振った。
「それは分からない。話を聞かせてくれた先生も種族の種類までは分からないって言ってたからね」
「そうですか……」
どんな亜人が入学してるか分からないと聞かされたユーキは少し残念そうな顔をする。
「はっ、出身地と人数を教えてもらったんなら種族もきちんと訊けばよかったじゃねぇか。中途半端なやり方しやがって」
フレードは鼻を鳴らしながら不満を口にし、自分のティーカップに入っているジンジャルティーを飲む。
パーシュはフレードの言葉を聞くとムッとしながらフレードを睨んだ。
「話してくれた先生が知らないって言ってるのに訊いても分かるはずないじゃない」
「別の先生に訊けばよかったんじゃねぇかって言ってんだよ」
喧嘩腰のフレードに腹を立てたパーシュは目を鋭くしながら立ち上がり、フレードも立ち上がってパーシュを睨む。
いつものように喧嘩を始めようとするパーシュとフレードを見てユーキとアイカは困り顔になった。
「せ、先輩たち、落ち着いてください。他の人たちもいますし……」
アイカは二人を刺激しないよう注意しながら落ち着かせる。食堂ではユーキたち以外にも何人か生徒がおり、お茶を飲んだり食事をしたりしていた。もし此処でパーシュとフレードが喧嘩を始めれば食堂にいる生徒たちに間違いなく迷惑が掛かってしまう。
パーシュとフレードはアイカに宥められるとそっぽを向いて椅子に座った。機嫌を悪くしていても自分たちがいる場所は周囲の状況を理解できる冷静さは残っているようだ。
アイカは落ち着きを取り戻したパーシュとフレードを見て安心し、ユーキも騒ぎにならずに済んだと静かに息を吐く。
パーシュとフレードが喧嘩を始めようとしたことでユーキたちは重苦しい空気に包まれる。この重苦しい空気を何とかしなくてはいけないと感じたユーキとアイカは別の話題を出して空気を変えようと考えた。
どんな話題にするかユーキとアイカは俯いて考える。するとユーキはフッと顔を上げてパーシュの方を見た。
「あの、パーシュ先輩、ラステクト王国の王女様が入学試験を受けたって噂についてどう思います?」
ユーキの言葉を聞いてパーシュとフレードはフッと反応し、アイカも軽く目を見開いてユーキの方を向いた。
「ユーキ、そのことは……」
「もう入学試験は終わってるし大丈夫さ。それにパーシュ先輩は既に知ってるし」
「それはそうだけど……」
現状から王女の件を話しても問題は無いと語るユーキを見てアイカは複雑そうな顔をする。
確かに既に入学試験も終わっているため、王女が入学試験を受けるかもと言う話をしても問題無いだろう。だが、それでも何かしらの騒ぎが起こるかもしれないとアイカは少し不安だった。
パーシュは先程まで浮かべていた不機嫌そうな表情を消し、真剣な顔でユーキを見ている。フレードも同じように真剣な表情を浮かべており、二人の表情を見たユーキは王女の噂についてパーシュは何か情報を得ており、フレードも王女の噂を知っているのでは感じていた。
「……そのこと、誰から聞いたんだい?」
「アイカです。先生たちが話しているのを偶然聞いたって」
「やっぱりね」
ユーキの言葉にパーシュは納得の反応を見せる。自分もアイカから同じ話を聞いたため、彼女と親しいユーキもアイカから王女の話を聞いたのではと予想していたのだ。
「ああ、王女様は確かに入学試験を受けたぜ」
パーシュが納得の反応を浮かべているとフレードが王女の噂が本当であること話す。ユーキとアイカは噂が本当だったことを知って驚いた。
ロギュンからは入学試験が終わるまで口外しないようにと言われていたため、フレードもユーキと同じように試験が終わった今なら王女のことを話しても問題無いと考えていた。
「ほ、本当に王女様が受けられたのですか?」
「ああ、しかも合格して入学が決定し、混沌術まで開花させたんだとよ。カムネスの奴が言っていたぜ」
アイカは王女が入学試験に合格した上に混沌士になったことを知って更に驚く。ユーキも目を見開きながらフレードの話を聞いていた。
「でも、どうして王女様がメルディエズ学園に入学することになったんですか?」
王族がメルディエズ学園に入学する理由についてユーキが尋ねると、パーシュは再びティーカップを手に取って口を開いた。
「最近ベーゼたちの動きが大胆になってきてるだろう? もしかすると首都に攻め込んでくるかもしれないって考えた王様が王女様にベーゼと戦う術を学ばせるために入学させたらしいよ」
「王女様を護るためってことですね」
娘である王女を想って国王ジェームズがメルディエズ学園に入学させたことを知ったユーキは入学した理由に納得する。同時に父親から大切に思われている王女のことを少しだけ羨ましく思った。
「それで、王女様はどんな人なんです? もしかして、実技試験の時に俺たちが見た受験者の中に王女様はいたんですか?」
「残念だが、俺たちも王女様がどんな姿をしてるのかは分からねぇ。カムネスは知ってるようだが、入学式の時に分かるから教える必要は無いって教えてくれなかったんだ。……ったくあの野郎、勿体ぶりやがって」
不満を口にするフレードを見てユーキとアイカは思わず苦笑いを浮かべる。パーシュはフレードほど王女の情報を知りたいと思っていなかったため、不満を見せたりせずに紅茶を飲んでいた。
「とにかく、王女様も入学後は普通の生徒と同じように女子寮で生活しながら勉強や訓練を受けるらしい。カムネス曰く、王女だからと言って特別扱いはせず、普通の生徒と同じように扱えって王様から言われたそうだよ」
「そ、そうなんですか」
国王ジェームズが自分から王女に厳しくしろと言ったことを知ってアイカは再び苦笑いを浮かべる。
「お前らも王女様の先輩になるんだ。王女とは思わずに遠慮なく接してやれ」
「いいんですか?」
「いいんだよ、カムネスがそう言ったんだからな。もし何か問題が起きればアイツが責任を取ってくれるさ」
「ア、アハハハハ……」
ニヤニヤしながら語るフレードを見てユーキは笑うことしかできなかった。




