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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第九章~学園の新戦士~
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第百四十五話  首都フォルリクト


 ラステクト王国の中央付近に大都市がある。ラステクト王国の首都にして最大の都市、フォルリクトだ。

 都市の中央には王城があり、その周りには貴族たちが暮らす高級住宅区が広がっている。更にその周囲には平民たちが暮らす住宅区や商業区、工業区なども存在しており、住民の数も他の町とは比べ物にならないくらい多い。

 フォルリクトは二重の城壁で護られており、都市の周りと内側に築かれている。どちらの城壁も攻め込んできた敵を足止めするために作られたが、都市内の城壁は防衛以外に貴族たちが住む区域と平民たちが暮らす区域を分けるために作られた。

 平民たちが暮らす区域には市場を始め、武具店や鍛冶屋、冒険者ギルド、教会、共同墓地など他の町に存在する物が殆どあるが、高級宿や高級娼館など首都にしかない物も幾つかある。首都で暮らす平民や首都の外から来た人の中にはそんな高級な店に入ることを夢見る人も多くいた。

 王城の内装や外見は他の建物とは比べ物にならないくらい立派な作りになっており、城内や中庭などには多くのメイドや使用人、衛兵の姿がある。静かで美しく、誰もが一度は暮らしてみたいと思いたくなるような場所だった。

 そんな美しい王城の一室では多くの人が集まっていた。集まっている者の殆どは高価な貴族服を着た男性で部屋の中央に注目している。彼らの視線の先にはガロデスの姿があり、そのすぐ後ろではカムネスが控えていた。

 ガロデスとカムネスは真剣な表情を浮かべながら前を見ている。二人の視線の先には玉座があり、そこには肩に辺りまである濃い茶色の髪と同じ色の顎髭を生やし、白と青の高貴な服を着て頭に金色の王冠を乗せた男性が座っていた。ラステクト王国の21代目の国王、ジェームズ・ロズ・エイブラスだ。

 カムネスたちがいる部屋は王城の謁見の間で、ガロデスはジェームズに謁見するために首都であるフォルリクトを訪れ、カムネスはガロデスの警護のために同行していた。

 謁見の間に集まっている男性は全員が貴族でメルディエズ学園の学園長がジェームズに謁見するという知らせを受け、謁見の内容がどんなものなのかを確認するために登城したのだ。


「……以上が現在のメルディエズ学園の状況とこの数ヶ月の間に学園で起きたことの全てです」


 数m先で玉座に座るジェームズを見ながらガロデスは報告を終わらせる。報告を聞いたジェームズは小さく声を漏らしながら軽く俯き、周りにいる貴族たちも小声で隣にいる貴族たちと話していた。

 ガロデスが話した内容にはラステクト王国にとって都合のいいものもあったが、それ以上に驚くべき事件が幾つも起きており、ジェームズや貴族たちに軽い衝撃を与えていた。


「フリドマー伯、ベーゼによって多くの村が被害に遭い、その村の住民たちが殺害、もしくはベーゼに変えられてしまっているようだが、貴殿はその問題に対して何か対策を練っているのか?」

「ベーゼに変えられてしまった人々への対策については目途が立っております。実は現在、学園ではベーゼの瘴気に侵されてしまった人々から瘴気を抜き取り、元の人間の戻すマジックアイテムが作られているのです」

「何だと、それは真か?」


 ジェームズは少し驚いた様子で体を僅かに前に乗り出し、周りの貴族たちも驚きながらガロデスに視線を向ける。

 ガロデスはジェームズたちが話に耳を傾けているのを確認すると静かに説明を続ける。


「我が学園の教師であり、魔導具開発責任者であるスローネ・エンジーアが瘴気喰いミアズムイートと呼ぶ吸収石を利用したガントレットを開発しました。これはガントレットに取り付けられた吸収石を使って瘴気に侵された人の体から瘴気を吸収し、元の体に戻す物です。実際、瘴気喰いミアズムイートを使用してベーゼ化した村人を人間に戻すことに成功しております」


 一度ベーゼとなった人間が元に戻ったと聞かされた貴族たちは一斉に声を漏らす。

 貴族たちの中には驚いている者が殆どだが、中にはベーゼ化した人間を戻すことに成功したと聞いて喜んでいる貴族もおり、静かだった謁見の間は騒がしくなった。

 ジェームズは騒いでいる貴族たちを見ると静かに左手を上げる。貴族たちは手を上げるジェームズを見ると、ジェームズが静かにするよう伝えていることに気付いて一斉に口を閉じた。

 貴族たちが静かになり、会話ができる状態になるとジェームズはガロデスの方を見る。


「では、その瘴気喰いミアズムイートを使えば、ベーゼ化した者を助けることができると言うことだな?」

「そのとおりです。……ただ、少々問題がありまして……」

「問題?」


 僅かに表情を曇らせるガロデスを見てジェームズは軽く小首を傾げ、ガロデスの背中を見ていたカムネスは黙って目を閉じた。


「……瘴気喰いミアズムイートはまだ未完成なのです。生徒の一人が未完成の瘴気喰いミアズムイートを使用したところ、吸収石で吸収した瘴気が瘴気喰いミアズムイートを装備した生徒の体内に流れ込んでしまい、その生徒はベーゼになりかかってしまったのです」


 瘴気喰いミアズムイートを使用した生徒がベーゼになりかかったと聞いた貴族たちは再びざわつき出す。瘴気に侵された人間を助けられるマジックアイテムがあると聞かされた直後にそのマジックアイテムを使った者がベーゼになりかかったと聞いたため、貴族たちはぬか喜びしたような気分になっていた。


「瘴気に侵された者を戻せても、マジックアイテムを使った者がベーゼになっては何も状況が変わっていないのでは?」

「ええ、それではマジックアイテムを開発しても何の意味も無いでしょうね」

「まだ完成していないのなら、報告する必要は無いだろうに……」

「フリドマー伯爵は何を考えておられるのだ」


 貴族たちは小声で瘴気喰いミアズムイートが未完成なことに対する不満を口にする。本人たちはガロデスに聞こえないように話しているつもりだが、静かな謁見の間では貴族たちの声はよく聞こえ、ガロデスは目を閉じながら貴族たちの会話を聞いている。

 瘴気喰いミアズムイートが未完成であることを話せば周囲の者たちが不満に思うことはガロデスも予想していた。不満に思われるのならわざわざ言う必要は無いだろうと考えられるが、ガロデスは瘴気喰いミアズムイートが近いうちに必ず完成すると思っているため、今回の謁見でジェームズや貴族たちに報告しようと思っていたのだ。


「皆の者、静かにせよ」


 貴族たちが不満を言っているの聞いたジェームズは今度は手で合図を送らず、声に出して貴族たちを黙らせる。

 少し力の入った声を出したジェームズに貴族たちは一瞬驚きの反応を見せ、そのまま口を閉じて黙り込んだ。

 未完成とは言え、蝕ベーゼとなった人間を元に戻すマジックアイテムを開発し、ベーゼ化した人間を元に戻すことを成功させている。ジェームスは人々を救う手段を見つけたガロデスを高く評価するべきだと思っているため、ただ不満を口にする貴族たちを不快に思っていた。


「フリドマー伯、瘴気を使用した者に流し込むと言う問題点は解決できそうなのか?」


 貴族たちが静かになるとジェームズはガロデスに瘴気喰いミアズムイートの欠点について尋ねる。ガロデスはジェームズの顔を見ると真剣な表情を浮かべて頷く。

 

「ハイ、スローネ・エンジーアの話によると既に問題を解決するヒントを見つけたとのことです。詳しくは分かりませんが、近日中に問題を解決して瘴気喰いミアズムイートを完成させてくれることでしょう」

「そうか、期待しているぞ」


 ジェームズの言葉を聞いてガロデスは軽く頭を下げ、カムネスも続いて一礼する。


「それで、その瘴気喰いミアズムイートを使用して瘴気を体に流し込まれた生徒はどうなった? 無事なのか?」

「ハイ、混沌術カオスペルによって体内の瘴気を浄化し、更に五聖英雄であるスラヴァ・ギクサーラン殿の薬も服用しましたので問題はありません」

「そうか……ん?」


 ガロデスの話を聞いていたジェームズは何かに気付いたような反応を見せる。


「スラヴァ・ギクサーランの薬を服用……もしや、その生徒と言うのは先程貴殿が話した半分ベーゼ化した生徒のことか?」


 ジェームズの言葉を聞いたガロデスは小さく反応し、カムネスも僅かに目を鋭くしてジェームズを見つめる。

 ガロデスは数秒黙った後、ジェームズを見ながら静かに口を開いた。


「……ハイ、ユーキ・ルナパレスです」


 ジェームズはガロデスの返事を聞いて真剣な表情を浮かべ、周りの貴族たちは驚きの反応を見せる。

 実はガロデスはメルディエズ学園で起きた出来事を報告した時にユーキとアイカが半ベーゼ化したこと、二人が学園から追われる身となってスラヴァの下へ向かったことも話していた。

 ただ、ユーキとアイカが瘴気に侵されて半分ベーゼ化したことは伝えたが、瘴気喰いミアズムイートが原因で瘴気に侵されたことは話していなかったため、ジェームズたちはユーキが瘴気喰いミアズムイートが原因で瘴気に侵されたことを知らなかったのだ。

 最初にユーキとアイカのことを聞かされた時のジェームズと貴族たちは驚き、二人がどうなったのか、人類にとって危険な存在なのかガロデスに尋ねた。メルディエズ学園の生徒の中にベーゼ化した生徒が現れたと聞かされたのだから気になるのは当然と言えるだろう。

 ガロデスはジェームズたちにユーキとアイカは無事に人間に戻ったこと、ラステクト王国にとって危険な存在ではないことを伝えてジェームズたちを安心させ、話を聞いたジェームズと貴族たちは落ち着きを取り戻した。


「ユーキ・ルナパレスに、もう一人はアイカ・サンロードだったな。……確かその二人はスラヴァ・ギクサーランの下へ向かう時に冒険者たちと接触したのだったな?」

「ハイ」


 若干低い声を出してガロデスは返事をする。

 ユーキとアイカが脅威ではないことを伝えた後、ガロデスは続けてバウダリーの町の冒険者ギルドがメルディエズ学園を失墜させるためにユーキとアイカをギルドに引き込み、二人を追っていた生徒たちを暗殺しようとしていたことも伝えた。

 現在ジェームズは落ち着いているが、話を聞いた時は冒険者ギルドが犯罪と言えるような行動を取ったことを聞いて驚き、貴族たちも信じられないような反応をしていた。


「その件について、バウダリーの冒険者ギルドは何か言っていたか?」

「最初は否定していましたが、暗殺しようとしていた冒険者を捕らえていましたので、彼らが自白したことを伝えたらギルド長も認めました」

「そうか。……ミリパニ伯、そのことについて報告は受けておるか?」


 ジェームズは右側に集まっている貴族たちの方を向き、その内の一人に声を掛ける。貴族たちはジェームズが声を掛けた貴族に一斉に視線を向けた。

 貴族たちの視線の先には四十代後半ぐらいで身長180cmほど、濃い橙色の短髪にどじょう髭を生やし、赤い目をした男性が立っており、白、黄色が入った濃い緑色の貴族服を着ていた。

 男性の名前はプラべト・ミリパニ、ラステクト王国の伯爵でフォルリクトに存在する冒険者ギルドのギルド長を務めている人物だ。現在は伯爵としてジェームズに仕えているが、昔は王国のA級冒険者として活動して多くの実績を残していた。冒険者の実力と貴族の知識の両方を持っていることからジェームズから信頼され、フォルリクトのギルド長を任されている。

 プラベトはジェームズたちが注目する中、一歩前に出てジェームズに向かって軽く頭を下げた。


「フリドマー伯が仰った件については私も報告を受けております。私も最初は信じられませんでしたが、詳しく調べたところ間違いないことが分かりました」


 顔を上げたプラベトは表情を鋭くしながら答え、貴族たちはプラベトを見ながらどこか複雑そうな表情を浮かべていた。


「冒険者は我が国だけではなく、大陸に存在する全ての国家にとって民や国を護る重要な存在だ。その冒険者が犯罪まがいな行動を取ってしまえば民からの信用を失ってしまう。それを防ぐためにもフォルリクトのギルドはこれまで以上に力を入れ、他のギルドが同じような過ちを繰り返さないようしっかり管理しろ」

「承知しました」


 注意を受けたプラベトは返事をしながら再び頭を下げた。

 フォルリクトの冒険者ギルドは他の町にあるギルドと比べて王族や貴族たちから注目されている。その理由はフォルリクトにあるのが冒険者ギルドの本部だからだ。

 冒険者ギルドの本部では他のギルドと同じように依頼人から仕事を受けてそれを冒険者たちに依頼している。だが、それ以外にもラステクト王国中にあるギルドの運営管理や実績、活動内容を調べ、王城に報告すると言う重要な役割を任されているのだ。

 管理する冒険者ギルドの中に実績が乏しかったり、問題を起こすことが多いギルドがあれば、本部はそこのギルド長に問題を改善するよう指示を出すことになっている。そして、もしそれでも改善が見られない場合はギルド長の交代やギルドの活動制限を厳しくしたりすることができるのだ。

 各町の冒険者ギルドは制限が厳しくなることを恐れ、問題を起こさないよう注意しながら活動している。だが、ユーキとアイカの一件でバウダリーの町のギルドは問題を起こし、ギルドとしての立場を悪くすることになってしまった。

 頭を上げたプラベトはガロデスの方を向き、深く頭を下げた。


「フリドマー伯、この度はバウダリーのギルドがご迷惑を掛けてしまい、誠に申し訳ない」


 メルディエズ学園に迷惑を掛けたことに対してプラベトはガロデスに誠意の籠った謝罪をする。

 プラベトは元冒険者で冒険者ギルドを管理する存在ではあるが、メルディエズ学園を毛嫌いする人間ではない。寧ろ冒険者では苦戦するベーゼと戦い、多くの国民を護った学園を高く評価していた。

 バウダリーの冒険者ギルドがメルディエズ学園の生徒を暗殺しようとしていたことも申し訳なく思っており、プラベトは心から謝罪をしていた。


「顔を上げてください、ミリパニ伯。今回の一件はバウダリーのギルドが独断で起こしたことです。貴方に責任はありません」

「いや、バウダリーのギルドが問題を起こしたのは我々本部の管理が甘かったからだ。バウダリーのギルド長には相応の処分を下し、今回の償いも必ずさせてもらう」

「……分かりました。ですが、あまりご自身を責めないでください」


 ガロデスの言葉を聞いたプラベトは顔を上げ、ガロデスの顔を見ながら静かに後ろに下がった。

 バウダリーの町の冒険者ギルドの話が片付くとジェームズは深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、ガロデスとプラベトを見ていた他の貴族たちも一斉にジェームズに視線を向ける。


「とにかく、メルディエズ学園も冒険者ギルドも我が国にとって重要な組織だ。難しいかもしれんが互いに問題を起こしたりせず、協力し合って活動してほしい。この場にいる者たちもできる限りでよい、学園とギルドの関係が少しでも良くなるよう努力してくれ」


 ジェームズが謁見の間にいる貴族全員に声を掛け、貴族たちはジェームズの方を見ながら目で「承知しました」と自分の意思を伝える。

 ガロデスもメルディエズ学園と冒険者ギルドが互いに協力し合うことを願っているため、他の貴族たちと同じように双方の関係が良くなるようできる限りのことはやろうと思っていた。


「では、次の話に移るとしよう。フリドマー伯、近々メルディエズ学園で今年二度目の入学試験が行われるのだったな?」

「ハイ。本来はもう少し早く行う予定だったのですが、ユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードの件で入学試験が延期となってしまいましたので」


 確認するジェームズを見ながらガロデスは小さく苦笑いを浮かべながら答えた。

 メルディエズ学園は半年に一度、つまり一年に二度入学試験が行われることになっており、二度目の試験はもう少し早く行われる予定だった。

 しかし、試験日が近づいた頃にユーキとアイカが半ベーゼ化する事件が起きてしまい、解決するまでは入学試験は行えないと判断した教師たちがユーキとアイカの件が片付くまで入学試験を先延ばしにしようと判断した。

 ユーキとアイカが無事に人間に戻ったことで入学試験を始めても大丈夫だと考えたガロデスは教師たちは話し合い、延期していた試験を行うことにしたのだ。


「今度の入学試験は問題無く行えるのだろうな?」

「勿論です。問題が起きないよう万全の状態で試験を行います。何よりも今回は王女殿下が入学試験をお受けになるのですから」


 ガロデスの言葉を聞いてジェームズは小さく笑いながら頷く。だが周りにいる貴族たちは目を大きく見開きながら二人の会話を聞いていた。

 実は今回の入学試験にはラステクト王国の王女が入学することになっており、王女が入学試験を受けることは王族とガロデスたちメルディエズ学園の教師たちしか知らない。そのため、王女がメルディエズ学園の入学試験を受けると初めて知った貴族たちは驚きを隠せずにいた。


「あの子が入学試験を受ける理由は先刻送った親書に書いてあるとおりだ。あの子のためにも頼んだぞ」

「お任せください」

「それと分かっていると思うが、王女だからと言って特別扱いはするな? 王女だから入学試験を受けずに入学、試験の結果が悪くても特別に入学を許可する、なんてことになれば王族の沽券に関わる。あくまでも他の受験者たちと同じ扱いをするようにしろ」

「承知しました」


 忠告を受けたガロデスはジェームズを見ながら小さく頭を下げる。

 一国を治める国王であっても王女を特別扱いせずに厳しくしようとするジェームズを見て、ガロデスはジェームズも一人の父親なのだと感じて微笑んだ。

 笑みを浮かべるガロデスを見たジェームズは不思議そうな表情を浮かべている。そんな時、ガロデスの後ろで待機しているカムネスが目に入り、ジェームズはカムネスに視線を向けた。


「カムネス・ザグロン、貴殿にも娘のことを任せる。あの子が入学した時には他の生徒と同じように接してくれ。あと、もしあの子が問題を起こすようなことがあれば遠慮無く罰して構わない」

「お任せください」


 カムネスは静かに返事をすると目を閉じて軽く頭を下げる。笑うことなく冷静に答えるカムネスを見たジェームズはカムネスに対して頼もしさを感じていた。


「流石はザグロン侯の息子だ。期待しているぞ」


 カムネスは顔を上げると表情を変えずにジェームズを見つめ、周りの貴族たちもカムネスを興味のありそうな顔で見ている。

 それからガロデスはメルディエズ学園の今後の方針やベーゼへの対抗策など話すベきことを全て話し、謁見は何事もなく無事に終わった。


――――――


 謁見が終わり、カムネスとガロデスは王城の入口にやって来た。入口の前にある広場の隅には一台の馬車が停められており、カムネスとガロデスは馬車の方へ歩いて行く。

 馬車の前にはメルディエズ学園の男子生徒が二人、女子生徒が二人待機しており、カムネスとガロデスが馬車の前までやって来ると四人はカムネスとガロデスに視線を向ける。


「学園長、会長、お疲れ様でした」


 男子生徒の一人が軽く頭を下げるとガロデスは生徒たちを見ながら小さく笑みを浮かべる。


「長い時間待たせてすみませんでした。退屈だったでしょう?」

「いえ、これも私たちの仕事ですから」


 嫌な顔一つせずに男子生徒は首を横に振り、他の三人も笑みを浮かべながらガロデスを見ている。

 四人の生徒はカムネスと同じでガロデスの警護のために同行した生徒会のメンバーでカムネスとガロデスがジェームズに謁見している間、馬車の見張りをしながら二人が戻って来るのを待っていた。

 カムネスとガロデスが王城から出てきたことで謁見は無事に終わったと知った生徒たちはどこか安心したような表情を浮かべ、ガロデスも謁見と言う重要な仕事が終わったことで少しだけ気持ちを楽にした。


「学園長、これの後はどうなさいますか?」


 黙っていたカムネスがガロデスに声を掛けて今後の予定を尋ねる。


「とりあえず、宿泊先である宿屋へ向かいましょう。宿屋で明日の準備を済ませ、早朝にフォルリクトを発ちます」


 ガロデスはカムネスや生徒たちを見ながら語り、カムネスたちは黙ったガロデスの話を聞いた。

 首都であるフォルリクトからバウダリーの町までは二日は掛かるため、バウダリーの町に戻るまでの間、必ず途中にある町か村に立ち寄って一夜を明かす必要があった。

 戻るのに二日掛かるのなら、少しでも早くバウダリーの町に戻れるようすぐにフォルリクトを出発するべきなのだが、今から出発すると町や村に辿り着く前に暗くなり、確実に野営をすることになってしまう。ガロデスとしてはモンスターや盗賊などに襲われる可能性がある野営は避けたかった。

 野営をすること無く次の町へ辿り着くには出発時間を調整する必要があるため、ガロデスたちは明るくなり始めた早朝に出発しよう考え、今日はフォルリクトの宿屋に泊ることにしたのだ。


「準備が終わった後は夜まで自由行動とします。首都を見て回ったり、宿屋の部屋でくつろいだり、好きに過ごしてくださって構いません」

「本当ですか?」

「やったー! 前から首都を見てみたかったのよね」


 カムネス以外の生徒たちは自由行動ができることを喜んだ。ただ、まだガロデスの警護と言う仕事の最中であるため、生徒たちは羽目を外し過ぎないように心掛けた。

 生徒は自由時間になったらフォルリクトの何処へ行くか相談する。首都であるフォルリクトにはバウダリーの町には無い物が幾つもあるため、四人は何処へ行こうか悩む。当然、娼館のような未成年が行ってはいけない場所には行こうとは思っていなかった。


「カムネス君、君はどうしますか?」


 相談する生徒たちを見ていたガロデスはカムネスの方を向いて予定を尋ねる。カムネスはチラッとガロデスを見ると、前を向いて静かに口を動かした。


「とりあえず、実家へ行こうと思っています。首都に来たのですから、両親に挨拶しておこうかと」


 前を見ながらカムネスは静かに語る。実はカムネスは首都であるフォルリクトの出身で、実家であるザグロン家もフォルリクトにあるのだ。


「そうですか。では、今夜は宿屋ではなくご自宅に泊まったらどうです? 折角ですから家族水入らずで過ごしては……」

「お心遣い感謝します。ですが、仕事で首都を訪れているのに自分だけ実家で過ごすなどできません」


 プライベートで来ているのならまだしも、メルディエズ学園の生徒としてフォルリクトを訪れているのに自分だけ家族と過ごすことはできない。カムネスはメルディエズ学園の生徒会会長である自分にだけ都合のいい決断をしようとは思っていなかった。

 ガロデスはカムネスの答えを聞いて真面目な性格だと感じる。だが同時にメルディエズ学園の生徒の代表として相応しいと思っていた。


「分かりました。カムネス君がそう仰るのなら構いません」


 本人がいいと言っているのに無理強いさせるのはよくないと感じたガロデスはそれ以上は何も言わなかった。

 カムネスは自分のことを気遣って泊ることを勧めてくれたガロデスに小さく頭を下げて感謝の意思を伝える。


「とりあえず、宿屋へ向かいましょう。皆さんが少しでも長い時間、自由行動ができるよう急いで宿屋へ向かい準備を終わらせなくては」

「アハハハ、そうですね」


 男子生徒は楽しそうに笑い、他の三人の生徒も同じよう笑いながらガロデスを見ていた。

 生徒たちは一人ずつ馬車に乗り込み、一人は御者席に乗って馬車を動かす準備をした。四人の生徒が馬車に乗るとカムネスも乗るために馬車に近づこうとする。そんな時、カムネスは何かに気付いたようは反応をし、足を止めて後ろを向いた。


「カムネス君、どうしました?」


 ガロデスは足を止めたカムネスを見ながら不思議そうな顔で声を掛ける。カムネスは返事をせずに後ろを見続けており、しばらくするとガロデスの方を向いた。


「学園長、先に宿屋へ戻っていてください。少し気になることがあるので、それを確認してから戻ります」

「気になること?」

「個人的なことです。安心してください、悪いことではありませんから」


 小さく笑うカムネスを見てガロデスは若干複雑そうな顔をした。気になることがあると言われ、何か問題が起きたのではと感じる。

 だが、カムネス自身が笑いながら問題無いと言うため、ガロデスは本当に悪いことではないのかもしれないと思っていた。


「分かりました、先に宿屋へ向かいます」


 ガロデスは御者席の男子生徒に指示を出すと馬車に乗って扉を閉める。御者席の男子生徒はガロデスが乗ったのを確認すると一度カムネスの方を見てから前を向いて馬車を走らせた。

 馬車は城下町に向かって走っていき、カムネスは馬車が走っていくのを見届ける。


「お前は行かなくてよかったのか? カムネス」


 背後から男の声が聞こえ、カムネスはゆっくりと振り返るとそこには一人の貴族風の男性が立っていた。

 男性は四十代半ばぐらいで身長はカムネスとほぼ同じ、髪もカムネスと同じで濃い緑色の短髪で目も同じ黄色だった。服装は水色と金色が入った白の貴族服を着ており、威厳のある雰囲気を漂わせている。

 貴族の男性は両手を背後に回しながらゆっくりと歩いてカムネスの前までやって来る。カムネスは目の前に立っている男性をジッと見つめた。


「問題無くやっているようだな」

「ご無沙汰しております、父上」


 カムネスは貴族の男性に挨拶し、男性は表情を変えずにカムネスを見つめる。そう、目の前にいる男性こそがカムネスの父親でありラステクト王国の侯爵、ジャクソン・ザグロンなのだ。

 ジャクソン・ザグロンは名門ザグロン家の現当主でラステクト王国の軍事責任者を務めている。優れた知能と周囲の人間を的確に動かす能力を持ち、若くして侯爵の地位まで駆け上がった人物だ。三十年前のベーゼ大戦では王国軍の新米騎士でありながら果敢にベーゼに挑んで活躍し、終戦後も騎士として国に貢献して爵位を手に入れた。ベーゼ大戦での活躍と貴族としての優れた能力から、国王であるジェームズから強く信頼されている。

 

「先程の陛下との謁見、見せてもらったぞ? ザグロン家の跡継ぎらしく堂々としていたな」

「僕はこれまでに何度も陛下や他の貴族の方々と対話しています。今更緊張などしません。……と言うよりも、父上は先程の謁見の時、貴族の方々の中にはいらっしゃらなかったではありませんか。どうして僕が堂々としていたことが分かるのです?」

「フッ、確かに謁見の間にはいなかったが、部屋の外から覗いていたのだ。私が近くにいたらお前が緊張するかもしれんと思ってな」


 小さく笑いながら話すジャクソンを見ながらカムネスは「どうだか」と言いたそうな顔をする。


「それで何の御用ですか? わざわざ褒めるためだけに来たのではないのでしょう?」


 自分の前に現れた理由を改めて尋ねると、カムネスの言葉を聞いたジャクソンは笑みを消して真剣な顔でカムネスを見つめる。


「先程の謁見で例のベーゼ化した生徒、ユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードは無事に元の体に戻ってメルディエズ学園で生活しているとフリドマー伯は言っていたな?」

「ええ」

「実際はどうなのだ? 再びベーゼ化する兆候が出ている、と言った問題は起こっていないのか?」


 ジャクソンはユーキとアイカが再びベーゼとなって人々に危険を及ぼすかもしれないと予想し、詳しい話を聞くためにカムネスの前に現れたようだ。

 カムネスはガロデスの話を信じていない父親を目を細くして見つめた。ジャクソンがラステクト王国や国民のことを心配してユーキとアイカの話を聞こうとしているのはカムネスも理解できる。だが、ジェームズに大丈夫だと話したガロデスの言葉を信じないことに小さな不満を感じていた。


「……ルナパレスとサンロードは問題無くメルディエズ学園の生徒として活動しています。学園長が仰ったようにスラヴァ・ギクサーラン殿が調合した薬を飲んで完全に元に戻りました。ベーゼ化の兆候も見られません」

「今の段階では、問題は起きていないのだな?」

「ええ」


 ジャクソンは視線だけを動かして返事をするカムネスを見つめ、しばらくするとジャクソンはゆっくりと前を見た。


「問題が起きていないのならいい。……だが、ベーゼは私たちが想像もしないような行動を取り、未知の能力を使ってくる。そんなベーゼの瘴気に侵されたのだ、私たちが予想もしていないことがきっかけでユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードが再びベーゼ化する可能性だってある。その二人をしっかり見張るようにフリドマー伯に伝えておけ」

「……ハイ」


 カムネスはジャクソンの忠告を聞くと目を閉じて返事をする。

 五聖英雄であるスラヴァの薬を服用したことでユーキとアイカはもうベーゼ化することは無いとカムネスは思っていた。だが、父であるジャクソンはスラヴァの薬の効力を信用していないような発言をしたため、カムネスは再びジャクソンに対して不満を感じる。


(ルナパレスとサンロードはベーゼ化をコントロールする方法が分かれば、再び体を半ベーゼ状態に戻してコントロールできるようにすると言っていたが、父上には話さない方が良さそうだな)


 ジャクソンがどんな反応をするのが予想できたカムネスは文句や反対意見を言われることを避けるため、ユーキとアイカがいつか半ベーゼ状態に戻ることをジャクソンには言わずに黙っていることにした。


「話はそれだけだ。引き留めて悪かったな」

「いえ。……では、僕は行きます。後で屋敷に向かいますので、母上に伝えておいてください」

「分かった。できるだけ早く帰って来い。アイツもお前に会いたがっていたからな」

「努力します」


 そう言うとカムネスは城下町に向かって歩き出し、ジャクソンはカムネスに背を向けて王城へ入っていった。


今日から第九章の投稿を始めます。

今回の物語でも新しいキャラクターが何人か登場させる予定です。


第九章も一定の間隔をあけて投稿していきますので、よろしくお願いします。

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