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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
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第百四十四話  逃走の終幕


 広場を出たユーキたちはスラヴァに連れられて広場の北東へ向かう。モンスターの襲撃を警戒しながら歩きやすい場所を選んで移動し、やがてスラヴァの自宅と思われるの一軒家に辿り着いた。

 その家は小さな広場に建てられており、周りには小さな畑や山積みにされた薪がある。町や村などにある一軒家と比べると少々みすぼらしい見かけだが、石造りでしっかりしており普通に生活するだけなら問題無かった。

 先頭を歩いていたスラヴァは玄関から家の中に入り、ユーキたちは目の前にあるのがスラヴァの家だと知ると彼に続いて家へと入っていく。

 家の中には机やかまど、ベッドなど生活するのに必要は家具が一通り揃っていた。他にも森で採ったと思われる薬草やキノコ、木の実などが入った小さな籠が部屋の隅や棚などに置かれている。そして、棚にはスラヴァが調合したと思われる薬が入った瓶も置かれてあった。

 スラヴァは持っていた籠を机の上に置くとユーキたちの方を向き、部屋の中央にあるテーブルとそれを囲むように置いてある椅子を指差した。


「とりあえず、そこに座ってください。今紅茶を入れますので」

「あ、いえ、お構いなく……」


 わざわざ紅茶まで出そうとしてくれるスラヴァを見てユーキは小さく首を横に振った。


「久しぶりのお客さん、それもメルディエズ学園に通っている生徒なんです。紅茶だけでもご馳走させてください」


 遠慮するユーキを見ながらスラヴァは小さく笑みを浮かべる。嘗てメルディエズの魔導士としてベーゼと戦っていたスラヴァにとってユーキたちは後輩と言えるような存在であるため、先輩らしい一面を見せたいと思ったのだろう。

 笑っているスラヴァを見たユーキはこのまま断り続けるのは逆にスラヴァに失礼と感じたのか、素直に紅茶を貰うことにした。アイカとパーシュもユーキと同じ気持ちなのかどこか複雑そうな表情を浮かべている。カムネスだけは最初から紅茶を貰うつもりでいたのか黙って椅子に腰かけた。

 カムネスに続くようにユーキたちも空いている椅子に座る。全員が座ったのを確認したスラヴァはかまどの方へ向かい、湯を沸かしながらティーカップやポットの用意をした。


「紅茶の用意をしながらで失礼ですが、早速私に会いに来た理由を聞かせていただけますか?」


 ユーキたちはスラヴァの言葉を聞いて一斉の反応し、自分たちに背を向けながら手を動かすスラヴァを見る。

 スラヴァは紅茶を入れようとしているため、ちゃんと話を聞ける状態ではないと思われそうだが、五聖英雄であるスラヴァなら別のことをしながらでも自分たちの話をしっかり聞いてくれるだろうとユーキたちは感じていた。

 説明しても大丈夫だと感じたユーキはスラヴァの方を見ながら自分たちが森を訪れた理由を話し始めた。

 最上位ベーゼの瘴気で自分とアイカが瘴気に侵されて半分ベーゼ化していること、メルディエズ学園が自分たちをベーゼと判断して軍に引き渡そうとしていること、ガロデスからスラヴァなら助けてくれると言われてガルゼム帝国へ向かわせたことなどユーキは全て話し、ついでにベーゼ大帝が蘇ろうとしていることも伝えた。

 ユーキの話を聞くスラヴァは真剣な表情を浮かべながら紅茶をティーカップに入れ、入れ終わるとティーカップをユーキたちの前に置いていく。

 説明するユーキ以外の三人は静かに紅茶を飲みながら話を聞き、スラヴァは立ったままユーキを見て話を聞き続けた。

 それからユーキは先程の広場で冒険者たちと戦っていたことなども詳しく説明し、全てを話し終えると出された紅茶を一口飲んだ。


「……成る程、事情は分かりました」


 話を聞いたスラヴァは目を閉じながら納得の反応を見せる。ユーキとアイカの身に起きたこと、同じメルディエズ学園の生徒に追われることになったことを知って大変な思いをしたのだとスラヴァは同情していた。


「ユーキ・ルナパレス君にアイカ・サンロードさん、でしたね。……お二人は自分の体を瘴気に侵される前の状態に戻す薬を調合してもらうために私の下を訪れた、と言うことですね?」

「いえ、ちょっと違います。できれば、ベーゼ化して手に入れた力と感覚はそのまま残してベーゼ化だけを止める薬を作ってもらいたいんです」

「何だってぇ?」


 ユーキとスラヴァの話を聞いたパーシュはユーキの方を見ながら思わず声を出す。パーシュの声を聞いて、ユーキとアイカは目を丸くしながらパーシュの方を向いた。


「どういうことだい? アンタたち、体を元に戻すために此処に来たんじゃないのかい?」

「最初はそう思ってました。ですが、俺とアイカは今、ベーゼ化したことで以前よりも強い力と感覚を手に入れました。これを上手く使えればこれから起きるベーゼとの戦いで必ず役に立つ、学園を出た後にそう考えて能力をそのまま残してベーゼ化だけを防ぐ薬を作ってもらおうって考えたんです。……な、アイカ?」

「ええ」


 アイカは静かに返事をしながら頷き、パーシュはアイカの方を見ながら「本気か?」と言いたそうな顔をする。

 カムネスは驚いたりすることなく紅茶を飲んでおり、スラヴァは意外そうな顔でユーキとアイカを見ていた。


「……カムネス、どう思う?」

「僕は別に構わない。二人が完全にベーゼになったり、暴走するような事態にならなければ問題無いと思っている。寧ろそうすることで二人が以前より強くなり、ベーゼとの戦いが有利になるのなら力と感覚は残すべきじゃないか? 何よりも、ルナパレスとサンロードが力を戦いに役立てたいと思っているのなら、そうさせればいい」

「相変わらず結果を優先するような考え方をするねぇ、生徒会長様は……」


 冷静に今のユーキとアイカの力を残すべきと考えるカムネスを見てパーシュは呆れたような反応をする。

 カムネスは持っていたティーカップをゆっくりと机に置き、チラッとパーシュを見た。


「なら、お前はどうなんだ? ルナパレスとサンロードが力を得るよりも以前と同じ状態に戻った方がいいと思っているのか?」

「それは……」


 パーシュはカムネスの問いにすぐに答えられずに黙り込む。パーシュとしてはユーキとアイカが完全に人間に戻り、誰からも冷たい目で見られることの無い生活を送ってほしいと思っている。

 だが、折角強くなったのにその力を手放すのも勿体ないという気持ちもあるため、正直なところユーキとアイカの体を完全に元に戻すべきか悩んでいた。

 パーシュは自身の頭を掻きながらしばらく考え込み、チラッと自分を見ているユーキとアイカに視線を向けた。


「まあ、二人がベーゼと戦うことを考えて今の力を残したいって言うのなら、そうするべきだとは思うけど……」

「なら、問題は無いはずだ。ルナパレスとサンロードは強化された力と感覚を残したままベーゼ化を防ぎ、再び学園に戻ろうとしているのだらかね」


 ベーゼに寝返るわけでも、自分たちの敵になるわけでもないのだから大丈夫だと考えるカムネスは目を閉じながら小さく笑う。ユーキとアイカはカムネスが自分たちの考えに賛成してくれることを知って微笑みを浮かべた。

 パーシュはカムネスの意思を知ると複雑そうな表情を浮かべながら再び自分の頭を掻く。そして、深く溜め息をつくとユーキとアイカを見ながら口を開いた。


「分かったよ。ユーキとアイカがそうしたいのなら、あたしは止めない。アンタたちのやりたいようにやればいいさ」

「ありがとうございます、パーシュ先輩」


 アイカは笑いながらパーシュに礼を言い、パーシュは若干疲れたような顔をして軽く息を吐く。今のパーシュはやんちゃな弟と妹に振り回される姉のような気分になっていた。

 カムネスとパーシュが賛成してくれるとユーキとアイカは真剣な顔でスラヴァの方を向いた。


「スラヴァさん、俺とアイカの力をそのまま残して、ベーゼ化だけを防ぐ薬を作ってください」


 ユーキは改めてスラヴァに薬の調合を頼み、アイカもスラヴァを見つめる。スラヴァはユーキたちが見つめる中、気持ちを落ち着かせるように軽く深呼吸をしてからゆっくりと口を動かす。


「結論から言いましょう。……無理です」

「えっ?」


 予想外の返事にユーキは思わず声を漏らし、アイカとパーシュも目を軽く見開く。カムネスだけは表情を変えずに黙ってスラヴァを見つめていた。


「む、無理って、それじゃあ俺とアイカは……」

「誤解しないでください。貴方たちの体を元に戻す薬なら問題無く作れます。ですが、身体能力と感覚を残したまま体だけを元に戻す薬は作れません」

「どうしてですか?」

「今まで聞いた話の内容から、ルナパレス君とサンロードさんは半分ベーゼ化したことで優れた身体能力と感覚を得たということになります。つまり、肉体が半分ベーゼになったおかげで強くなったということです。薬を飲んで半分ベーゼ化した体を人間の体に戻せば身体能力と感覚も人間だった時の状態に戻ってしまうんです」


 スラヴァの説明を聞いたユーキたちは納得したような反応を見せる。半分ベーゼ化したことで優れた力と感覚を得たのだから、体が元に戻れば力と感覚も元に戻るのはおかしなことではなかった。


「私だけではなく、恐らくこの大陸に存在するどの薬師や調合師でもこの問題を解決することはできないでしょう」

「それじゃあ、やっぱり今の力と感覚を残すことは諦めるしかないんですか?」


 ユーキは残念そうな顔でスラヴァに尋ねる。スラヴァは右手の顎に当てながら小さく俯く。


「……薬では無理ですが、他の方法なら力と感覚を維持することができるかもしれません」

「えっ、本当ですか?」


 スラヴァの言葉に反応したユーキは目を軽く見開き、アイカも意外そうな表情を浮かべる。スラヴァはユーキとアイカの方を見ながら小さく頷いた。


「体を戻せば力と感覚も元に戻ってしまう。それなら体を戻さずにベーゼ化をコントロールできるようになれば、今の力と感覚を失わずに済むはずです」

「コントロールするって言われても、どうやって……」

「情報では君とサンロードさんは最上位ベーゼによって作られた高濃度の瘴気に体を侵されて今の状態になった。そして、強い怒りを感じることによって体がベーゼ化してしまう。つまり、貴方たちがベーゼ化する原因は精神にあると言うことになります」


 自分に注目するユーキたちを見ながらスラヴァは説明し、四人は黙ってスラヴァの話を聞いている。特にユーキとアイカは今後の自分たちの戦いに大きく関わる話なのでパーシュやカムネス以上に真面目に聞いていた。


「精神力を鍛え、怒りを感じてもベーゼ化しないようになれば体を元に戻さなくても問題無く生活することができるはずです」

「しかし、それでは教頭先生や他の教師の方々な納得しないのでは……」

「確かに学園は貴女とルナパレス君がベーゼ化する危険性があると考えて軍に引き渡そうとしています。でも、ベーゼ化をコントロールできれば体を戻さなくても、周囲の人々から警戒されることも無くなります。つまり、危険な存在として軍に引き渡されることも無くなるというわけです」

「な、成る程……」


 アイカはまばたきをしながらスラヴァの説明に納得する。確かにロブロスたちが危険視しているベーゼ化の問題を解決すればメルディエズ学園から追われることも無くなるはずだ。


「ただ、今の段階ではどうすれば精神力を鍛えられるか、ベーゼ化を抑えられるか分かりません。それは私の方で詳しく調べてみます」

「えっ、スラヴァさんがですか?」


 スラヴァがベーゼ化をコントロールする方法を探してくれると聞いたユーキは驚きながらスラヴァを見つめる。スラヴァは自身の顎髭を整えながらユーキの方を向く。


「私もそちらの生徒会長さんと同じ気持ちです。君たちが今の自分の力をベーゼとの戦いに役立てたいと思っているのなら、その力で戦いを有利に運べるのなら残しておくべきだと思っています。この世界を護るため、私もできる限り協力しますよ」

「……ありがとうございます」


 五聖英雄が力を貸してくれればきっと何とかなる、ユーキはそう感じながらスラヴァに礼を言い、アイカは笑顔を浮かべる。パーシュもニッと嬉しそうな顔をしており、カムネスは小さく笑いながら紅茶を飲む。


「ベーゼに関する書物や魔導書などを調べてベーゼ化をコントロールできるようになる方法を探し、見つけ次第メルディエズ学園に情報を送ります。ただ、効率よく動くためにはベーゼや魔法の知識が豊富な人の協力が必要です。学園にそのような人はいらっしゃいますか?」

「知識が豊富な人ですか? 確か先生の中に……あっ!」


 スラヴァの話を聞いていたアイカは何かを思い出し、自分の鞄の中から何かを取り出す。それはメルディエズ学園を出る直前にスローネから預かった手紙の入った封筒だった。

 アイカは立ち上がるとスラヴァに近づいて封筒を差し出した。


「あの、この手紙をスラヴァさんに渡してほしいと預かってきました」

「私に?」


 封筒を受け取ったスラヴァは中に入っている手紙を取り出して内容を確認する。ユーキとアイカは何が書いてあるのか気になっていたが、他人の手紙を見るのは不謹慎であるため、覗いたりせずに黙ってスラヴァを見ていた。

 ユーキたちが見つめる中、スラヴァは手紙を黙読する。しばらくするとスラヴァは手紙を見つめながら微笑みを浮かべた。


「……成る程、エンジーアさんは学園で頑張っているのですね」

「……? スラヴァさん、スローネ先生を知っているんですか?」

「ええ、彼女は私の教え子ですから」

『ええぇ!?』


 予想外の答えにユーキだけでなく、アイカとパーシュも声を揃えて驚く。

 スローネが五聖英雄の教え子だったとは思わなかったので三人は目を丸くし、それを見たスラヴァはクスクスと笑う。


「あ、あのめんどくさがりのスローネ先生が五聖英雄の弟子たったのかい?」

「アハハハハッ、めんどくさがりですか。確かに彼女は私が学園にいた頃から怠惰なところが多かったです。しかし物覚えはよかったので、私の教え子の中では優秀な生徒でしたよ」


 パーシュの話を聞いたスラヴァは楽しそうに笑いながらメルディエズ学園にいた頃のことを思い出す。

 スラヴァはベーゼ大戦が終わった後、メルディエズでベーゼを戦う少年少女を育て、メルディエズがメルディエズ学園に変わった後もしばらく教師を務めて多くの生徒を優秀な魔導士に育てた。その生徒の中には学園の教師となった者も何人かおり、スローネはその内の一人だったのだ。


「そう言えば、スローネ先生って魔導具の開発者なのにベーゼのことに随分詳しかったよな」

「ええ、生徒だった頃に恩師にベーゼのことを教わったって言ってたけど……まさかその恩師がスラヴァさんだったとは思わなかったわ」


 ユーキとアイカはスローネがスラヴァから知恵を授かったことに改めて驚く。

 パーシュもまばたきをしながらスラヴァを見つめており、カムネスは驚きの表情こそ浮かべていないが、少し興味のありそうな様子で会話を聞いていた。


「エンジーアさんであれば、並の魔導士や学者よりも効率よく情報の確認や準備ができるはずです。協力は彼女に頼むことにしましょう」


 スラヴァはスローネなら問題無いと感じながら手紙を懐に仕舞う。ユーキたちもスローネならスラヴァから送られた情報を短時間で理解、分析できると思っていた。


「とりあえず、ベーゼ化をコントロールできるようになる方法が分かるまでは私の薬でルナパレス君とサンロードさんの体を人間の状態に戻します」

「元に戻すって……そんなことをしたらユーキとアイカはもうベーゼ化で手に入れた力を使えなくなっちまうんじゃないのかい?」

「心配いりません。これから作る薬はルナパレス君とサンロードさんの体は一時的に戻す物です。もう一つ、その薬の効力を打ち消す効果がある薬を作りますので、それを飲めばいつでも半分ベーゼ化した体に戻すことができます」


 準備が整うまでの間、ユーキとアイカが問題無く生活できるようにするための処置だと聞いてパーシュは軽く息を吐く。

 折角二人がベーゼ化をコントロールできるようになると決めたのに体を元に戻してしまったら何の意味も無い。パーシュはユーキとアイカがいつでも今の状態に戻れると知って安心する。ただ、メルディエズ学園の生徒が半ベーゼ状態に戻れることに安心するというのは少々複雑な心境と言えた。

 話がまとまると、スラヴァは家の中にある薬草などを使ってユーキとアイカを元に戻す薬の調合を始める。ユーキたちは五聖英雄がどのようにして薬の調合をするのか興味があり、スラヴァの近くで薬の調合を見学した。

 ユーキたちが見られている中、スラヴァは集中力を切らすことなく調合を続けた。数種類の薬草や薬を混ぜ合わせ、ある程度まで作業が進むとスラヴァはユーキとアイカに少量の血液を提供するよう伝える。

 血液を求められたことにアイカは驚くが、ユーキは転生前の世界で血液から病気の情報などを得られることを学んでいたため、スラヴァも血液を使ってベーゼ化した体を元に戻すための情報をを得ようとしているのではと考え、素直に血液を提供することにした。

 アイカもユーキが提供するのなら自分もそうしないといけないと感じ、同じようにスラヴァに血液を提供する。

 特殊な道具を使ってユーキとアイカから少量の血液を抜き取ったスラヴァは混ぜ合わせた薬草に二人の血液を入れると混沌紋を光らせて混沌術カオスペルを発動させる。

 混沌術カオスペルが発動するのを見たユーキたちは驚き、どんな能力かスラヴァに尋ねる。だがスラヴァは笑いながら「秘密です」と言って教えてくれなかった。

 スラヴァは混沌術カオスペルを発動させながら血液と混ざった薬草を確認し、薬草が薄っすらと紫色に光ると小さく笑いながら作業を続ける。それからニ十分ほどが経過した頃、ユーキとアイカの体を一時的に元に戻す薬が完成した。

 薬の入った小瓶を受け取ったユーキとアイカはこれで元の体に戻り、追われることは無くなると安心する。

 スラヴァは安心するユーキとアイカに半ベーゼ状態に戻る薬はベーゼ化をコントロールする方法が分かり次第メルディエズ学園に届けることを伝え、二人はスラヴァに礼を言った。

 それからスラヴァはベーゼ大帝が復活しようとしているため、五聖英雄である自分もできる限り力を貸すと話し、ユーキたちは五聖英雄が協力してくれることを知って心強く思った。

 目的が達成されるとユーキたちは広場にいるフレードたちの下へ向かうためにスラヴァの家を後にする。スラヴァは再びユーキたちに会えることを楽しみにしながら玄関でユーキたちを見送った。


――――――


 広場に戻ってフレードたちと合流したユーキたちは無事に薬が手に入ったことを伝えた。

 薬を入手したユーキとアイカがメルディエズ学園から追われることも無くなると知ったフレードとトムズは安心する。フィランは相変わらず無表情だが、その目は二人が追われなくなったことを喜んでいるように感じられた。

 ユーキとアイカはフレードたちに報告するとスラヴァから受け取った薬を飲んだ。飲んだ直後は体に変化は感じられなかったが、徐々に全身の力や感覚が変わって元に戻っていくことが理解できた。

 無事にユーキとアイカの体が元に戻るとユーキたちはソルトレアの町で待機しているロギュンたちにユーキとアイカ、ハリーナの件を報告するために広場を出る。冒険者たちの遺体や彼らが持ち出した爆裂する薬粉ブラストパウダーをそのままにしておくわけには行かないため、遺体は荷車に積んで森の南にある出入口へ向かった。

 森を出てソルトレアの町に辿り着いたユーキたちは東門から町に入る。門を通過する際にグラトンや荷車に積まれた遺体、爆裂する薬粉ブラストパウダーの樽などについて兵士に色々質問されたが、生徒会長であるカムネスが詳しく説明したおかげで問題無く通過することができた。

 町の住民たちの注目を受けながらユーキたちはロギュンたちが待機することになっている宿屋へ向かい、ロギュンたちと合流する。

 ユーキとアイカの姿を見たロギュンや一部の生徒たちは驚き、指揮官であるアントニウスは二人を捕らえたのだと喜んだ。

 しかし、カムネスがスラヴァの調合した薬でユーキとアイカが元の体に戻ったことを伝えるとロギュンやミスチア、ユーキとアイカの捕縛に抵抗を感じていた生徒たちは二人が元に戻ったことに安心する。

 一方でアントニウスや報酬が目当てだった生徒たちはユーキとアイカの体が元に戻ったことを知って驚愕した。

 捕縛作戦の報酬を手に入れるには半ベーゼ化した状態のユーキとアイカをメルディエズ学園に連れて帰らなくてはいけないため、二人に体が元に戻ったことで報酬を得ることができなくなり、アントニウスたちはショックを受けた。

 報酬を諦めきれないアントニウスは本当にユーキとアイカが元に戻ったのか疑い、メルディエズ学園に戻ってから念入りに二人の体を調べるよう話す。

 カムネスはそんなアントニウスに対し、疑いを晴らすためなら構わないと調べることに賛成し、ユーキとアイカも納得する。

 ユーキとアイカのことを伝え終えたカムネスは次にハリーナが冒険者ギルドのスパイであったこと、メルディエズ学園の信用を失わせるために今回の一件を公表して自分たちを暗殺しようとしていたことをロギュンたちに伝えた。

 話を聞いたロギュンたちは生徒の中に冒険者ギルドの人間がいたと知って驚き、特にディックスはハリーナが親戚である自分を騙し、殺そうとしていたことを知って言葉を失う。

 トムズはディックスに全て真実であること、ユーキたちを助けるために自分がハリーナを殺害したことを素直に話す。トムズの話を聞いたディックスは深刻な表情を浮かべ、しばらく喋ることができなかった。

 だが、トムズがユーキたちのために仕方なくやったことや、ハリーナがやろうとしていたことを考えれば仕方の無いことだと感じ、トムズを責めるような発言はしなかった。

 ディックス自身、ハリーナの死に対してショックは受けていたが、普段からハリーナに見下され、今回の作戦で殺されそうになっていたため、悲しさはほとんど感じていなかった。

 その後、カムネスはユーキたちにメルディエズ学園に戻るための準備をすることを伝え、パーシュたちは分かれて準備を進める。

 ユーキとアイカも準備を手伝い、ロギュンたちと合流してから一時間後にソルトレアの町を出てラステクト王国へ向かった。


――――――


 メルディエズ学園の学園長室ではロブロスが学園長の机で書類整理をしている。学園長代行とは言え、一応学園の管理を任されている立場であるため、自分の仕事はしっかりと熟していた。


「まったく、いつになったらあ奴らは戻って来るのだ」


 ロブロスは持っている書類を不機嫌な顔で見ながら呟く。ロブロスが機嫌を悪くしている理由、それはユーキとアイカの捕縛に向かったカムネスたちにあった。

 カムネスたち捕縛部隊がメルディエズ学園を出発してからもうすぐ一週間が経とうとしている。しかし、カムネスたちは未だに戻って来ず、たった二人の生徒の捕縛に時間を掛けていることにロブロスは苛ついていた。

 ユーキとアイカが混沌士カオティッカーであり、メルディエズ学園でも上位の実力を持った生徒であることは分かっている。だが捕縛部隊も神刀剣の使い手や優秀な生徒たちで構成されているため、捕縛に手間はかからないはずだとロブロスは考えていた。


「確実に、そして短時間で捕縛できるよう最高の戦力を送ったと言うのに何をモタモタしているのだ。まったく、こっちは一秒でも早くあ奴らを軍に引き渡して正式に学園長になりたいと言うのに……」


 文句を言いながらロブロスは手元にある数枚の書類に目を通す。そんな中、学園長室の扉をノックする音が聞こえ、ロブロスは作業の手を止めて扉の方を見た。


「何だ?」

「し、失礼します。ユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードの捕縛に向かった部隊が帰還しました」

「何だと!?」


 扉の向こうから聞こえてくる男性教師の言葉にロブロスは反応する。ようやく捕縛部隊が戻ってきたことでロブロスは待ち侘びたと言わんばかりに勢いよく立ち上がった。


「やっと戻って来たか。……それで? ルナパレスとサンロードは捕縛できたのだろうな?」

「えっと……実はそのことで少々問題が……」

「問題? どういうことだ?」

「そ、それが……」


 男性教師のハッキリしない口調にロブロスは小首を傾げる。すると出入口の扉が開き、数人が学園長室に入室した。

 許可していないのに勝手に入って来たことにロブロスは気分を悪くする。だがその不快感も入室した生徒たちの姿を見た途端に消えた。

 部屋に入って来たのは六人でその内の三人はカムネスとロギュン、捕縛部隊の指揮を執っていたアントニウスだった。

 カムネスたちの後ろにはユーキとアイカがおり、二人の近くには若い男性教師が慌てたような顔をしながら立っている。状況から扉をノックしたのは若い男性教師で、許可も無く勝手に部屋に入ったユーキたちに困惑している様子だった。

 入室してきたユーキたちを見たロブロスは目を見開く。現状からカムネスたちは無事にユーキとアイカを捕まえて戻って来たと考え、ロブロスはニヤリと嬉しそうに笑った。


「おおぉ、クフェリア先生! 無事にルナパレスとサンロードを捕縛してきたのだな。よくやったぞぉ!」

「い、いえ……そのことなのですが……」


 アントニウスはロブロスから目を反らしながら表情を曇らせ、アントニウスの顔を見たロブロスは不思議そうな顔をする。


「どうした?」

「ハージャック教頭、ルナパレスとサンロードは元の体に戻りました。彼らはもうベーゼ化することはありません」


 暗い顔をするアントニウスの代わりにカムネスが説明し、カムネスの言葉を聞いたアントニウスは更に表情を暗くする。その顔には僅かだが悔しさのようなものが感じられた。


「な、何だと!? どういうことだ!」


 状況を理解できないロブロスは声を上げ、カムネスの後ろに立ってるユーキとアイカに鋭い視線を向ける。二人はロブロスと目が合っても目を逸らそうとせず、真剣な表情でロブロスを見ていた。


「お伝えしたとおりです。ルナパレスとサンロードはガルゼム帝国で五聖英雄のスラヴァ・ギクサーラン殿に会い、体を元に戻す薬を調合してもらいました。その薬を飲んでルナパレスとサンロードの体はベーゼ化する前の状態に戻ったのです」

「そ、そんな馬鹿なことがあるはずがない! ……ザクロン、そ奴らを軍に引き渡さないためにいい加減なことを言っておるのではないのか?」


 自分が最も避けたい結果になっていることが信じられないロブロスはカムネスの発言を疑う。するとカムネスの隣に立っていたロギュンが不機嫌そうな顔でロブロスを睨む。


「いいえ、事実です。此処に来る前に医務室に寄ってナチルン先生に二人の体が元に戻っているか確認してもらいましたので」


 ロギュンは少し力の入った声でカムネスが嘘をついていないことを伝え、ロギュンの言葉を聞いたロブロスは僅かに表情を歪ませる。

 ユーキたちは二十分ほど前にメルディエズ学園に戻った。本当ならすぐにロブロスに会ってユーキとアイカが元の体に戻ったことを報告するべきなのだが、同行しているアントニウスを納得させるため、二人が間違い無く元に戻ったことを証明するために最初に医務室に立ち寄ってナチルンにユーキとアイカの体を検査してもらうことにしたのだ。

 医務室に寄った時、ナチルンはユーキとアイカの顔を見て驚いていた。だが、ユーキやカムネスから話を聞かされるとすぐにユーキとアイカの体を魔法で調べ始める。

 しばらく調べ、ユーキとアイカが元の体に戻っていることを確認するとナチルンは満面の笑みを浮かべて二人の体が元に戻ったことを喜ぶ。逆にアントニウスはユーキとアイカが元に戻ったことで報酬を貰えなくなったと知ってショックを受けた。

 ナチルンはユーキとアイカの体が元に戻ったことを証明する書類を書いてそれをカムネスに渡し、書類を受け取ったカムネスはユーキたちと共に学園長室に向かってロブロスに報告したのだ。


「ここにナチルン先生が書いた証明書があります。ご覧になりますか?」


 カムネスは懐からナチルンに書いてもらった証明書を取り出してロブロスに見せる。ロブロスは証明書を見ると奥歯を噛みしめながら悔しそうな表情を浮かべた。

 ロブロスが正式にメルディエズ学園の学園長になるには半ベーゼ状態のユーキとアイカを軍に引き渡して王族に半分ベーゼになった人間を捕らえたと言う功績を知ってもらい、上位の爵位と信頼を得る必要がある。

 だが、ユーキとアイカの体が元に戻ったことでロブロスは新たな爵位と信頼を得ることはできなくなり、正式に学園長になることはできなくなった。

 ナチルンはメルディエズ学園の教師の中でも優秀な魔導士であるため、ロブロスをはじめ、多くの教師たちがナチルンの検査結果は信用できると思っている。そのナチルンが元に戻ったと考えているのだから、ユーキとアイカは本当に元に体に戻ったのだとロブロスやアントニウスは考えていた。

 計画が破綻したことでロブロスは恨めしそうにユーキたちを睨んでいるが、しばらくするとロブロスはユーキたちを睨んだまま椅子に腰を下ろした。


「ルナパレスとサンロードの体が元に戻ったのであれば仕方がない。その二人を捕らえて軍に引き渡すのは中止だ。……一応言っておくが、そのことで私に恨み言を言ったりするな? 軍に引き渡すと言う話は学園に勤める教師全員で相談し、民主主義という正当なやり方で決定したことなのだからな」

「ええ、分かっています」


 自分が責めらるのはお門違いだと語るロブロスを見ながらカムネスは静かに返事をする。その後ろではユーキが鋭い目でロブロスを見ていた。

 ユーキとアイカがメルディエズ学園を出て、追われることになった原因は最初に二人を軍に引き渡そうと進言したロブロスにある。そのため、ユーキとアイカにとってロブロスは怒りをぶつけてやりたい存在だった。

 しかし、ロブロスの言うとおり二人を引き渡すことは民主主義によって決定したことであるため、ロブロスに文句を言うことはできなかった。


「それと、ガロデス学園長は未だに謹慎中であるため、学園長が謹慎を終えるまでは私が代行を続けさせてもらうぞ」

「その必要はありません」


 学園長室に響く男性の声を聞いて部屋にいた全員が出入口の方を向く。そこには謹慎を受けているはずのガロデスとスローネの姿があった。

 自宅と教師寮にいるはずのガロデスとスローネが目の前にいることにロブロスやアントニウスは驚愕し、ユーキとアイカは意外そうな表情を浮かべる。ユーキとアイカを見たガロデスは無言で微笑み、スローネはニッと笑っていた。


「が、学園長、どうして二人が此処に!? 謹慎処分を受けているはずです!」

「ユーキ君とアイカさんが学園に戻ったと聞きましたので、お二人の様子を見ようと学園に顔を出したのです。スローネ先生とは此処に来る途中で出会ったので同行していただきました」

「な、何を勝手な! 私は謹慎を解いた覚えはありませんぞ!」

「あれぇ~、おかしいですねぇ?」


 真剣な表情を浮かべるガロデスの後ろでスローネが気の抜けたような口調で語る。ロブロスは口を挟んできたスローネをキッと睨みつけた。


「ハージャック教頭はルナパレスの一件が片付くまで私と学園長に謹慎処分を受けてもらうって言ってましたよ? ルナパレスとサンロードが体を戻して学園に戻って来たんだから、その時点でルナパレスの一件は片付いたってことになります。まさか忘れたなんて言いませんよねぇ?」

「ぬっ!」


 スローネの言葉にロブロスは表情を歪ませながら黙り込む。

 確かにユーキとアイカが学園から姿を消した日の朝、ロブロスはガロデスとスローネにユーキとアイカの問題が片付くまでの間、自宅と教師寮で大人しくするよう言っていた。それはユーキとアイカの問題が片付くまでの間が謹慎期間と言うことを意味する。

 自分が言った言葉を思い出したロブロスは言い返すことができず、拳を強く握って震わせる。しかもスローネに言われる前にも自分の口でユーキとアイカの件が終わったことを口にしたため、今更言っていないなどとは言えなかった。

 ガロデスはユーキたちの間を通ってロブロスに近づき、机の前まで来ると座っているロブロスをジッと見つめる。ガロデスと目が合ったロブロスはその迫力に圧されて思わず椅子にもたれかかった。


「私は教頭先生の仰ったとおり謹慎を終えました。正式に学園長を任されている私が謹慎を終えて学園に戻った以上、教頭先生が学園長代行を務める必要はありません」

「ぬぐぅぅぅ……」


 遠回しに学園長代行を止めて教頭に戻れ、というガロデスの言葉にロブロスは呻き声のような言葉を出しながらゆっくりと立ち上がり、学園長の席をガロデスに譲る。

 ガロデスが学園長に戻ったのを見てユーキとアイカが小さく笑い、スローネはロブロスを見ながら「いい気味」と言いたそうに笑った。

 ロブロスは悔しそうに俯きながらガロデスの横を通過しようとする。するとガロデスは視線だけを動かしてロブロスを見つめた。


「ところで教頭先生。生徒会の生徒から聞いたのですが、私が謹慎している間、貴方はユーキ君とアイカさんを捕縛するために報酬を出すことを条件に大勢の生徒を捕縛部隊に参加せたそうですね?」


 声を掛けられたロブロスは足を止め、ガロデスと同じように視線だけを動かしてガロデスを見る。


「聞いた話では、生徒の中には捕縛部隊に参加することを拒んだり、捕縛に抵抗を感じている生徒もおり、そんな生徒には、参加しなければ代わりに戦闘経験の浅い下級生を参加させる、と脅迫するようなことを言って強引に参加させたとか?」

「なっ、なぜそれを……」

「ユーキ君とアイカさんのことを知らせてくれた生徒から聞きました。あと、それでも参加したがらない生徒がいたら退学処分にするとまで言ったそうですね?」


 ガロデスは僅かに目を鋭くしてロブロスを睨む。普段穏やかで物静かなガロデスが珍しく怒りを露わにしてるのを見てロブロスだけでなく、ユーキやアイカ、ロギュンも少し驚いたような反応を見せていた。

 ロブロスはガロデスの鋭い視線に怯み、思わず一歩下がる。ガロデスはゆっくりとロブロスの方を向いて話し続けた。


「ご自分の立場を利用し、生徒たちを強引に捕縛作戦に参加させ、従わない生徒に対して脅すような発言をする。メルディエズ学園の管理を任された者として、貴方の行いを見過ごすことはできません」

「うううぅ……」


 低い声で喋るガロデスに恐怖を感じるロブロスはガロデスの顔を見ることができず小さく俯く。


「後日、貴方やアントニウス先生のように、貴方のやり方に賛同した先生方にはそれ相応の処分を下すつもりです。それまでは教師寮で謹慎していてください」

「……分かり、ました」


 恐怖と悔しさからロブロスは声を小さく震わせながら返事をする。ロブロスの味方をしていたアントニウスも暗い顔で俯いていた。

 ガロデスが再び学園長としてメルディエズ学園に戻ったことをユーキたちは嬉しく思い、笑いながらガロデスを見ている。カムネスも目を閉じて小さく笑っていた。

 それからユーキたちはスラヴァに会うまでの道中で起きたことやスラヴァが力を貸してくれること、そしてハリーナがバウダリーの町の冒険者ギルドから派遣されたスパイであることを詳しく説明した。

 学園の中に冒険者ギルドのスパイがおり、そのスパイが大勢の生徒を暗殺しようとしていたことを知ったガロデスは驚き、同時に決して見過ごせないことだと考え、後日バウダリーの町の冒険者ギルドに対して真相確認と抗議の会談を行うことを決めた。

 ガロデスは今後のことを話し合うためにその場にいる教師だけを学園長室に残し、生徒であるユーキたちは解散させた。


――――――


 その日の夕方、ユーキとアイカは本校舎の屋上で長椅子に座りながら夕焼けを眺めていた。

 学園長室で解散した後、ユーキたちは自身の荷物や捕縛部隊が使用した道具などを片付けるために分かれた。

 ユーキとアイカは学生寮に戻って自分の荷物を片付けた後、部屋にあった制服の上着を着て寮を出る。

 その後、二人は久しぶりに帰って来た学園内を見回りながらのんびり過ごした。一緒に時間を潰し、夕方になる頃に空を眺めるために屋上に上がって来たのだ。


「今回は本当に大変だったわね」

「ああ、まさか半分ベーゼになったせいで学園から追われることになるとは思わなかった」

「でも、スラヴァさんのおかげで元も体に戻れたし、もう追われることも無いわ」


 隣に座るユーキを見ながらアイカは微笑み、ユーキもアイカを顔を見ながら笑みを返す。以前と違って両想いになった二人は恥ずかしがったりすることなく、目の前にいる想い人を見つめていた。

 二人が見つめ合っていると屋上の扉が開き、音を聞いたユーキとアイカは扉の方を向く。そこには自分の頭を掻きながら屋上に入って来たスローネの姿があった。


「おおぉ、アンタたち。此処にいたのかい」

「スローネ先生」


 スローネの反応から自分たちを探していたと知ったユーキは意外そうな顔をし、アイカも同じようにスローネを見ている。スローネは二人の目の前まで移動し、両手を腰に当てながら笑みを浮かべた。


「改めてお疲れさん。無事に戻って来てくれて嬉しいよ」

「俺たちもまたスローネ先生に会えて嬉しいです」

「先生、今回は本当にありがとうございます」

「気にすることはなよ」


 礼を言うアイカを見ながらスローネは笑って首を横に振る。スローネの態度を見たユーキとアイカはいつものスローネだと知って嬉しそうな顔をした。


「それはそうと、スラヴァ先生は元気だったかい?」


 恩師のことが気になるスローネはユーキたちにスラヴァのことを尋ねた。


「ハイ、ソルトレアの町を行き来しながら森で静かに暮らしているそうです。預かっていた手紙も渡しました」

「そうかい。……それで、先生はアンタたちのことで何か言ってたかい?」


 笑みを消して真剣な表情を浮かべるスローネを見たユーキとアイカもつられるように真面目な顔をする。

 二人は森でスラヴァと話した内容やユーキとアイカがベーゼの力を上手くコントロールするための方法を考えていること、そのためにスローネに協力を要請することなどを細かく話した。


「……成る程ね。先生はアンタたちがベーゼの力をコントロールできるようになるため、その方法を研究しているのか」


 全ての話を聞いたスローネは腕を組み、難しい顔で考え込んだ後のユーキとアイカを見つめる。


「そう言うことなら、私も力を貸すよ」


 スローネは笑みを浮かべながら助力することを引き受ける。彼女もスラヴァと同じでベーゼとの戦いを有利に進めるためならベーゼの力も利用するべきだと考えており、ユーキたちの計画に反対しようとは思っていなかった。


「ベーゼの力を扱えるようになることでアンタたちが強くなるってんなら協力するよ。面白そうだし、他でもない先生の頼みだからね」

「ありがとうございます、スローネ先生」

「ありがとうございます」


 ユーキとアイカは軽く頭を下げながらスローネに感謝する。スローネは二人を見ながらニッと小さな笑みを浮かべた。

 協力してくれるスローネを頼もしく思いながらユーキとアイカは笑いながら見つめ合い、スローネもそんな二人を見ていた。そんな中、スローネは何かを思い出したような反応をする。


「あっ、そうだ。アンタたちにもう一つ訊いておきたいことがあるんだった」

「何ですか?」


 突然話題を変えるスローネを見ながらユーキが尋ねると、スローネはユーキとアイカに顔を近づけて目を細くした。


「……ルナパレス、アンタってサンロードより年上なのかい?」

『!!?』


 スローネの口から出た言葉にユーキとアイカは言葉を失う。スローネがユーキの正体に気付いているかもしれない、そう感じたユーキは固まり、アイカは微量の汗を流す。


「ど、どうしたんですか、急に?」

「私ね、アンタたちが学園を出た日の夜、アンタたちが二人っきりで話してるのを聞いてたんだよ。その時にサンロードがルナパレスに『体は十歳でも中身は私より年上でしょう?』って言ってるのを聞いたんだよ」


 静かに語るスローネを見てユーキは目を大きく見開く。あの時、スローネが自分とアイカの話を聞いていたことを知って衝撃を受け、同時に深夜だからと言って周囲を警戒しなかったことを後悔する。

 アイカも自分の発言のせいでユーキの正体が勘付かれてしまったことを知って強い罪悪感を感じ、ユーキに対して申し訳ない気持ちになりながら俯いた。

 ユーキとアイカの反応を見たスローネは表情を変えず、静かに息を吐いた。


「……その反応を見て分かったよ。どうやら本当にルナパレスはサンロードよりも年上みたいだね」


 スローネが確信するとユーキは更に驚いた反応を見せ、もう誤魔化すのは無理だと感じると深く溜め息をついた。


「アイカ以外の人にはバレないようにするつもりだったのに、まさかこんなことになっちまうとはな……」

「ごめんなさい、ユーキ……」

「いや、俺もあの時気を抜いて周囲を警戒してなかったんだ」


 ユーキはアイカに責任は無いことを伝えるとスローネの方を向く。スローネは顔をユーキとアイカから離すとゆっくり腕を組んだ。


「スローネ先生、一つだけお願いがあります。今から話すことはこの場にいる俺たちだけの秘密にしてください。大勢に知られるとパニックになるかもしれないので……」

「内容によるけど、学園にとって問題無いと判断したら黙ってるよ」


 スローネが黙っていることを約束するとユーキは真剣な顔でスローネを見つめた。

 アイカより年上であることがバレた以上、どうして今まで実年齢を隠していたのか詳しく話す必要がある。そして、スローネを納得させるにはユーキが転生した人間であることも話さなければいけない。

 誤魔化すと言う選択肢もあるが、誤魔化し切れるかどうか分からない状況で下手に嘘を付いたり、適当なことを言えば返って不信感を懐かれることになる。ユーキはスローネを納得させるため、自分がメルディエズ学園にとって危険な存在でないことを証明するためにも正直に自分の正体を話すことにした。

 ユーキは自分が今いる世界とは別の世界から転生した存在であることをスローネに話し、アイカもユーキが本当に転生者であることを信じてもらうため、ユーキと一緒にスローネに説明する。

 スローネは最初、疑うような表情を浮かべながら話を聞いていたが、少しずつ信用するような表情を浮かべていった。

 全てを話し終えたユーキはスローネが自分をどう思っているのか不安になりながらスローネの顔を見る。だが、ユーキの予想に反してスローネは不信に思うよな顔はしておらず、興味のありそうな表情を浮かべていた。


「……面白い話じゃないか! この世界と全く違う世界から転生したなんて!」


 スローネは若干興奮しているような口調で語る。普段面倒そうな態度を取るスローネが熱くなっているのを見てユーキとアイカは目を丸くしていた。


「この世界には死んだ人間を蘇らせる魔法や混沌術カオスペルは確認されていないんだ。それなのに前世の記憶を持ったまま転生するなんて、すっごいことだよ!」

「え、え~っと……そうなんですね……」


 新しい玩具を手に入れてはしゃぐ子供のようなスローネを見てユーキは苦笑いを浮かべ、アイカはまばたきをしながらスローネを見ていた。


「なぁなぁ、もっと詳しく聞かせてくれよ? もしかすると、新しい魔導具を開発するためのアイディアとかが思いつくかもしれないし!」

「わ、分かりました……」


 ユーキは自分が知ってる知識の中で話しても問題無いことを選んでスローネに話し、スローネもワクワクした様子で話を聞く。

 それからユーキは自分がいた世界のことを分かりやすくスローネに話していった。

 話は長いこと続き、周囲は徐々に暗くなっていく。このままだと夜中まで話すことになると予想したユーキは少し強引に話を終わらせる。

 途中で終わってしまったことをスローネは残念に思っていたが、時間が時間なので仕方が無いと納得する。

 だが、全ての話を聞けていないスローネは満足しておらず、屋上を去る際に聞けなかった分は明日以降聞かせてほしいと言って屋上から出て行った。

 スローネが屋上から出て行くとユーキはどっと疲れを感じて長椅子の上で横になり、アイカは苦笑いを浮かべながら疲れているユーキを見て気の毒に思う。

 予想外の事態になってしまったが、アイカ以外に転生前の世界のことを話せる人ができたため、少しだけ気持ちに余裕が持てるようになった。


今回で第八章が終了します。

もう少し短めになると思っていたのですが、思った以上に長い内容とになってしまいました。

まず、今までどおり少ししたら投稿を始めるつもりです。ですが今回は予想以上に長くなったので、今までよりも再投稿までの時間が長くなるかもしれません。


今回も登場キャラクターの名前の由来を説明していきます。

まず、五聖英雄であるスラヴァの名前ですが、彼の名前はロシア語で栄光を意味する「スラーヴァ」から来ています。

次にメルディエズ学園の生徒であるディックス、トムズ、ハリーナについてです。

気付いておられる方もいると思いますが、この三人の名前には共通点があります。

ディックス・ダイナは「ディック」、トムズ・ダッストは「トム」、ハリーナ・ソウラムは「ハリー」から来ています。

この三つの名前は映画「大脱走」で掘られたトンネルの名前となっています。どんな映画か直接観て確かめてください。

因みに三人の名字の頭二文字を繋げると大脱走になります。


続いてベーゼたちの名前です。今回は五凶将の名前の説明をさせていただきます。

リスティーヒはドイツ語で狡猾を意味する「リスティヒ」が由来です。

ヴァーズンはドイツ語で狂気を意味する「ヴァーンズィン」から来ています。

エアガイツはドイツ語で野心の「エーアガイツ」が由来です。

ユバプリートはドイツ語で傲慢を意味する「ユーバーヘープリヒ」が元となっています。

カルヘルツィはドイツ語で冷酷を意味する「カルトヘルツィヒ」が由来です。

これを見ればわかると思いますが、五凶将の名前はチャオフーたちの名前の元となった言葉のドイツ語です。


これからも新しい重要キャラやベーゼが登場したら解説していくつもりです。

では、今回はこれで失礼いたします。これからも児童剣士のカオティッカーをよろしくお願いします。

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