第百四十三話 強欲者への断罪
ユーキたちを見た冒険者の男たちは迎え撃つため、魔導士を除いて一斉にユーキたちに向かって走り出す。
数は自分たちの方が多いため、間違い無く有利に戦えると男たちは確信していた。だが、男たちはすぐにそれが思い上がりだと思い知らされることになる。
先頭を走っている男は正面から距離を詰めてきたカムネスに向けて剣を振り下ろして攻撃する。カムネスは慌てることなく男の剣を見つめ、軽く右へ移動して振り下ろしをかわし、回避した直後にフウガを素早く抜刀して男の腹部を斬った。
斬られた男は苦痛の表情を歪めながら前に倒れ、目を開けたまま動かなくなる。カムネスの一太刀で男は呆気なく命を落とした。
他の冒険者の男たちはカムネスが仲間を斬った姿を見て大きく目を見開く。戦いが始まってからまだ数秒しか経っていないのにいきなり仲間が一人やられたのだから驚くのは当然だった。
カムネスはフウガを鞘に納めると驚いている男たちの方を向き、一番近くにいる男に向かって走り出す。男は走って来るカムネスを見ると我に返り、慌てて持っている棍棒を構えようとするが男が迎撃する前にカムネスが動き、フウガを再び抜刀して男を斬った。
男は声を漏らしながら棍棒を落とし、膝から崩れるようにその場に倒れる。男を倒したカムネスはフウガを振って刀身に付いている血を払い落とし、静かにフウガを納刀した。
「な、何だよあのガキ、あっという間に二人も殺りやがった……」
離れた所に立っている手斧を持った男はカムネスの姿を見ながら小さく震えている。隣では槍を持った男が同じように驚いているが、その目には闘志が宿っており、驚きながらも手斧を持つ男の方を向いた。
「ひ、怯むんじゃねぇ! まだこっちの方が数が上だし、魔法を使える奴もいるんだ。距離を取って戦えば十分勝機はあるはずだ」
「そんなもん、ねぇよ!」
男たちから数m離れた所にいるフレードが力の入った声で男たちに語り掛け、男たちは同時にフレードの方を向く。
フレードは八相の構えを取るとリヴァイクスの刃に水を纏わせ、刃に沿って高速回転させて切れ味を高める。更に伸縮の能力を発動させて剣身を伸ばした。
男たちは突然伸びた剣を目にして驚いており、フレードは離れた所で男たちに向かってリヴァイクスを右から横に振る。
切れ味の増したリヴァイクスは手斧と槍を持った男たちを難なく切り裂いて胴体を両断する。男たち何が起きたのか理解できないまま崩れるように倒れた。
「な、何なんだよ、何が起きてやがるんだ!」
「話が違うじゃねぇか、もっと楽な仕事だって言うから引き受けたのによぉ!」
更に二人の男が倒されたことで別の男たちも驚愕する。彼らはハリーナから命に係わるようなことは無い楽な仕事だと聞かされていたため、自分たちが苦戦し、仲間が倒される姿を見て動揺を隠せずにいた。
フレードに仲間を殺される光景を見ていた二人の男はハリーナの方を向いてどうなっているのか問いただそうとする。だがその時、男たちの右側、少し離れた場所にパーシュが回り込み、ヴォルカニックを持たない左手を男たちに向けた。同時に混沌紋を光らせて爆破の能力も発動させる。
「敵を前によそ見をしてるんじゃないよ。……火球!」
パーシュは左手から火球は男たち向けて放つ。ハリーナに意識を向けていた男たちはパーシュの攻撃に気付くのに遅れてしまい、火球を避けることができない状態だった。
火球は男の一人に命中すると同時に爆発し、近くにいたもう一人の男も爆発に吞まれた。全身を炎に焼かれながら男たちはその場に倒れて動かなくなる。爆発のダメージが大きかったのか二人とも即死していた。
離れた所では三人の男が剣、棍棒、メイスを持ってフィランを取り囲んでいる。男たちは鋭い目でフィランを睨みながら自分の武器を両手でしっかりと握っており、そんな男たちをフィランは無表情のまま目だけを動かして見ていた。
「このガキども、ちょっと有利に戦えてるからって調子に乗りやがって」
「……別に調子に乗ってない」
怒りを露わにする男にフィランは静かに言い返す。そんなフィランを見ながら男たちはより表情を険しくした。
「俺らの仲間を殺した罪、その命で償ってもらうからなぁ!」
「……先に私たちを殺そうとしたのは貴方たち。私たちは自分を護るために戦っているだけ、罪を償うのは寧ろ貴方たち」
「うるせぇ! 偉そうなことは地獄で言いやがれ!」
男たちは武器を振り上げるとフィランの正面、右、左斜め後ろの三方向から一斉にフィランに襲い掛かる。頭に血が上っているからか男たちはフィランの反撃など一切警戒していなかった。
フィランはコクヨを中段構えに持つともう一度男たちの立ち位置を確認する。そして、男たちが間合いに入るとコクヨを握る手に力を入れた。
「……クーリャン一刀流、快刀舞陣」
呟いたフィランは素早くコクヨを振って間合いに入った男たちを攻撃する。素早く体を動かして正面の男に逆袈裟切り、右側の男に左横切り、左斜め後ろの男には振り下ろしを放ち、一瞬にして取り囲んだ男たちを斬った。
後先考えずに突撃した男たちはフィランの攻撃をまともに受け、苦痛で表情を歪めながら三人同時にその場に倒れる。フィランは倒れる男たちを興味の無さそうな顔で見ると次の敵を倒すために移動した。
フィランから離れた場所ではグラトンが鳴き声を上げながら目の前にいる六人の男たちを威嚇している。男たちは通常のヒポラングよりも体の大きいグラトンを見て僅かに表情を歪ませていた。
「お、おい、コイツ間違い無く普通のヒポラングじゃねぇぞ。どうやって戦う?」
「何ビビってるんだ。図体がデカくても所詮下級モンスター、囲んで戦えば問題ねぇよ」
剣を持った男は隣で不安がっている槍を持った男に声を掛けるとグラトンの方を向いて剣を構え直す。槍を持つ男や二人の周りにいる四人の男たちも手斧やメイス、杖を構えてグラトンを警戒した。
グラトンの前にいる六人の男の内、四人は戦士で残りの二人は魔導士だった。魔導士たちは戦士の仲間たちを魔法で援護するために後ろに下がり、戦士たちはグラトンと戦うためにゆっくりと移動してグラトンを取り囲もうとする。
男たちの動きを見たグラトンはもう一度鳴き声を上げ、四足歩行状態で男たちに向かって走り出す。突撃してきたグラトンを見た戦士の男たちは体当たりを仕掛けてくると感じて驚き、慌てて左右に跳んでグラトンの前から移動した。
グラトンは戦士たちが正面から移動しても速度を落とさずに走り続け、戦士たちの後ろにいた魔導士たちに向かっていく。そう、グラトンは最初から魔導士たちを狙っていたのだ。
「なっ! く、来るんじゃねぇ! 石の弾丸!」
「闇の射撃!」
魔導士たちは杖の先をグラトンに向けると魔法を発動させ、それぞれ拳ほどの石と闇の弾丸を放ってグラトンに応戦する。
グラトンは魔法が放たれても驚くことなく魔導士たちに向かって走り続ける。その結果、石と闇の弾丸は正面からグラトンの体に命中した。
魔法が命中したのを見て、魔導士たちは「やった」と笑みを浮かべる。しかしグラトンはダメージを受けている様子を見せておらず、走る速度も落とさずに魔導士たちに向かっていき、それを見た魔導士たちは驚いて固まってしまう。
驚きて隙だらけの魔導士たちにグラトンは正面からぶつかった。体当たりを受けた魔導士たちは声を上げながら数m後方に飛ばされ、地面や岩に体を叩きつけられる。
グラトンの体当たりを受けた上に体を叩きつけられたことで魔導士たちは大きなダメージを受け、そのまま意識を失った。
戦士たちは仲間の魔導士を倒したグラトンを見て驚いている。現状から次は自分たちに襲い掛かってくるはずだと考えた戦士たちは横一列に並びながら慌てて武器を構えて態勢を整えた。
グラトンは男たちの方を向くと長い尻尾を器用に動かして近くに落ちている大きめの石を尻尾で拾う。そして拾った石を戦士たちに向かって投げ、一番右端の槍を持つ男の顔に命中させた。
石が当たったことで顔面は潰れ、男は持っていた槍を落とすと同時にその場に倒れる。周りにいる他の男たちは潰れた仲間の顔を見て驚愕しており、その隙をついたグラトンは男たちに向かって走り出す。
男たちはグラトンが迫って来ることに気付くと慌てて迎撃しようとする。だが、既にグラトンは男たちの目の前まで近づいてきていた。
グラトンは太い右腕を振り下ろして三人の内、右に立っている男の頭部を殴った。殴られた男は頭部から地面に叩きつけられるように倒れ、そのまま息絶える。
続けてグラトンは左腕を外側に振って左に立っていた男を攻撃した。男は大きく殴り飛ばされ、背中から地面に叩きつけられると動かなくなる。残った一人は仲間があっという間に倒された光景に恐怖し、震えながら目の前にいるグラトンを見ていた。
「ば、化け物ぉ!」
勝ち目がないと感じた男は持っていた剣を捨て、グラトンに背を向けて逃げ出す。
逃げる男を見つめるグラトンは尻尾を使って近くに落ちている石を拾い、逃げる男に向かって投げつける。石は男の後頭部に命中し、男は鼻血を流しながら倒れた。
グラトンは全ての男を倒すと周囲を見回す。男たちの中には死んでいる者もいれば、まだ微かに息がある者もいる。グラトンは今回の戦闘でユーキたちから相手を殺すなと言われていなかったので手加減をせずに戦った。そのため、息がある男たちは運よく死なずに済んだ者たちと言える。
広場の隅では杖を構えるトムズが三人の男と戦っている。男の内、一人は手斧を持った戦士で後の二人は杖を持つ魔導士だった。
男たちはトムズの装備から魔導士であることに気付いており、三対一で戦士がいる自分たちの方が有利だと感じていた。
「相手は魔導士のガキ一人だ。俺たちが魔法で攻撃するから、お前は隙をついて近づけ」
魔導士の一人が前に立っている戦士の仲間に指示を出すと戦士は魔導士たちの方を向いて頷く。戦士の承諾を得た魔導士たちはトムズの方を見ながら持っている杖の先をトムズに向けた。
「火球!」
「風刃!」
魔導士たちは杖の先から火球、風の刃を放ってトムズに攻撃する。トムズは迫って来る火球と風の刃を見ると慌てずに自分の杖を横に構えた。
「炎の壁!」
トムズが魔法を発動させると彼の前に幅2m、高さ3mほどの炎の壁が出現し、火球と風の刃を防いだ。男たちは炎の壁を目にして大きく目を見開く。
「あ、あのガキ、中級の防御魔法を使いやがった!」
「生意気な奴だ、俺らでも使えない技を使いやがるとは」
見下していたメルディエズ学園の生徒が中級魔法を使えるのが気に入らないのか魔導士たちは炎の壁をジッと睨む。同時に自分たちより優れた魔導士を生かしておけないと思いながら杖を構え直す。
男たちが次の攻撃に移ろうとしていると、トムズが炎の壁の陰から左に跳び出して杖を空に掲げる。するとトムズの頭上に赤い魔法陣が展開され、魔法陣の中に八つの火球を作り出した。
「追跡する炎弾!」
トムズは魔法陣で作られた火球を一斉に男たちに向けて放つ。火球は魔導士たちに三つずつ、残り二つは戦士に向かって飛んでいった。
迫って来る火球を見た男たちは慌てて火球をかわそうと走り出す。冒険者の中でもランクの低い彼らはトムズのようの防御魔法を使うことができないため、回避するしかなかった。
別々の方角へ走る男たちは火球を見て回避に成功したと考えた。だが、火球は独りでに動いて男たちを追跡し、逃げる男たちに全て命中する。
火球を受けた男たちは炎に包まれ、熱さと痛みに声を上げる。やがて黒焦げになった男たちは炎に包まれながら倒れて動かなくなった。
「……馬鹿な連中だ。ハリーナや冒険者ギルドの計画に乗らなければよかったのに」
自分の意思で協力したとはいえ、冒険者ギルドの欲深い計画に関わって命を落とした冒険者たちをトムズは哀れに思いながら呟いた。
広場の中央付近、爆裂する薬粉の樽が積まれた荷車から少し離れた所でユーキとアイカはハリーナと向かい合っていた。魔導士であるハリーナにとって戦士であるユーキとアイカは戦い難い相手であるため、まずは自分が有利に戦える戦況を作ろうとハリーナは思っていた。
「二対一だからって調子に乗るんじゃないわよ? こっちには多数の敵を攻撃する魔法があるから、距離を取っちゃえば数で劣っていてもアンタたちには勝てるのよ」
「そう言う台詞は俺たちを追い詰めてから言った方がいいぞ。戦う前に言うと強がってるように見える」
「フン、口の減らないガキね。だったらお望みどおり、すぐに追い詰めてやるわよ!」
叫ぶように言ったハリーナは後ろに跳んでユーキとアイカから距離を取るとロッドの先端を二人に向ける。
「火球!」
ハリーナはロッドから火球を二つ放ち、ユーキとアイカに向けて一つずつ飛ばして攻撃した。
迫ってくる火球をユーキは右に、アイカは左に跳んでかわす。かわした直後、二人は反撃するためにハリーナに向かって走り出した。
ハリーナは走って来るユーキとアイカを見ると鬱陶しそうな顔をしながら再び火球を一発ずつ二人に向けて放つ。だがユーキとアイカは走りながら火球をかわし、少しずつハリーナに近づいていく。
「このぉ、いい気になるんじゃないわよぉ! 三つの火矢!」
声を上げるハリーナはロッドの先端に赤い魔法陣を展開させ、そこから三つの炎の矢をユーキとアイカに向けて放つ。火球と比べて攻撃力は低いが、三つ連続で撃てる上に速度も速いため、敵に命中する可能性の高い魔法だ。
三本の炎の矢の内、二本はユーキに、一本はアイカに向かって飛んでいく。炎の矢を見たユーキは走りながら月下と月影で炎の矢を叩き落し、アイカも左へ移動して炎の矢を避ける。身体能力と感覚が強化されている今の二人なら速い炎の矢を防ぐのも回避するのも簡単なことだった。
「ば、馬鹿な! あたしの三つの火矢が!」
中級魔法が通用しないことにハリーナは驚きながらユーキとアイカを見る。そんなハリーナをユーキとアイカは鋭い目で見つめ、二人と目が合ったハリーナは小さな恐怖を感じた。
このままでは危険だと感じたハリーナは慌てて後退し、距離を取るとロッドをユーキとアイカに向け、火球を放って応戦する。だが、炎の矢よりも遅い火球が当たるはずもなく、二人は余裕で火球を回避した。
走る勢いを弱めない二人を見てハリーナの顔から次第に余裕が消えていく。動きの速いユーキとアイカに魔法を当てるためにも何とかして二人の動きを止めたくてはならなかった。
「ちょっと、誰かこっちに加勢しなさいよ!」
ハリーナは視線だけを動かして仲間の冒険者たちに救援を求める。ところが仲間は誰もハリーナの下に来ず、救援が来ないことに苛立ちを感じたハリーナは仲間たちがいる方が奥を向いた。すると共に森へ来た十八人の男が全員倒されている光景が目に入り、ハリーナは驚愕する。
倒れている男たちの近くにはパーシュたちの姿があり、ハリーナと目が合ったパーシュはニッと笑みを浮かべる。それを見たハリーナは仲間がパーシュたちにやられたと知って衝撃を受けた。
「そ、そんな、十八人もいたのに全員が負けたなんて……」
「当然です。いくら大勢いようと上級生で混沌士であるパーシュ先輩たちに勝てるはずがありません!」
アイカはパーシュたちが負けるなどあり得ないと話しながら一気にハリーナとの距離を縮めた。
ハリーナは目の前まで近づいたアイカを見て目を見開き、何とかアイカを迎撃しよとする。だが至近距離で魔法を使えば自分も巻き込まれてしまうため、迎撃することができなかった。
アイカは隙を見せるハリーナにプラジュで袈裟切りを放つ。ハリーナは咄嗟にロッドでプラジュを防ぐが、魔導士であるハリーナに半ベーゼ化しているアイカの攻撃に耐えるだけの力は無く、袈裟切りの重さに思わず表情を歪めてしまう。
必死に攻撃を防ぐハリーナを見たアイカはスピキュを左から横に振ってがら空きになっているハリーナの右脇腹を斬った。
「うあああぁっ!」
脇腹の痛みにハリーナは思わず声を上げる。同時にロッドを持っていた手から力が抜け、プラジュにロッドを払い落とされた。
ハリーナは左手で斬られた右脇腹を押させ、目の前にいるアイカを何とかしようと痛みに耐えながら後ろに軽く跳んで距離を取り、右手をアイカに向けて魔法を発動しようとする。
「よくもやりやがったなぁ! あたしを傷つけたこと、たっぷり後悔させてやる!」
「ふざけたことを言うな!」
憤慨するハリーナの左側にユーキが回り込み、月下で袈裟切りを放つ。アイカに意識を向けていたハリーナはユーキの接近に気付かず、袈裟切りをまともに受けた。
「がああああぁっ!」
胴体を斬られた痛みにハリーナを声を上げる。アイカに脇腹を斬られた時以上の痛みに襲われたハリーナは涙目になり、その場で両膝と右手を地面に付けた。
ユーキは月下と月影を下ろしてハリーナを見つめ、アイカもユーキの隣で同じようにハリーナを見ている。
パーシュたちもハリーナが倒されたのを見て戦いに勝利したと感じ、無言でユーキたちを見ていた。
「勝負あったな、ハリーナ。その傷じゃあ、もうまともに魔法を使うこともできない」
動けなくなったハリーナを見下ろしながらユーキは遠回しに自分たちの勝ちだと言うことを伝える。ハリーナは顔を上げると痛みに耐えながら涙目でユーキと隣にいるアイカを睨んだ。
「……どうしてよ。素直にあたしの言うことを聞いていれば、アンタたちは優秀な冒険者になれたし……あたしも、ギルドを蘇らせた英雄になれたのに……」
掠れた声を出しながらハリーナは目的が達成されなかったこと、自分が名誉を得られなかったことを悔しく思う。
ユーキたちは小さな欲のために皆を騙し、自分たちまで殺そうとしていたハリーナを哀れむように見ていた。
ハリーナは自分の計画を台無しにしたユーキたちに何とか一泡吹かせてやりたいと考え、視線を動かして周囲を確認する。そんな時、仲間たちが持って来た二台の荷車が目に入り、ハリーナは何か思い付いたのか、右手をユーキとアイカに向けると火球を放って二人を攻撃した。
突然ハリーナが火球を放ったことにユーキとアイカは驚き、咄嗟に回避行動を執る。ユーキは右斜め後ろ、アイカは左斜め後ろに跳んで火球をギリギリでかわした。
勝負がついたはずなのにユーキとアイカに攻撃するハリーナを見てパーシュとフレード、トムズは目を見開き、カムネスは目を鋭くする。フィランは表情を変えていないが、僅かに目元を動かした。
ハリーナはユーキとアイカが回避行動を執って自分から離れるのを見ると今度は右手を荷車に向けた。
「こうなったら、もう学園や冒険者ギルドの信頼なんてどうでもいい……此処で捕まるくらいなら、アンタたちを道連れにして死んでやる!」
邪魔をしたユーキたちに復讐するため、ハリーナは魔法で荷車ごと爆裂する薬粉の樽を爆発させようとする。もし爆発すれば荷車の近くに集まっているユーキたちは爆発に呑み込まれ、跡形もなく消し飛ばされてしまう。
「やめろ、ハリーナ!」
ユーキはハリーナが爆裂する薬粉の樽を爆破させようとしていることに気付くとハリーナを止めるために走り出す。アイカは驚きの表情を浮かべながらハリーナを見ており、パーシュ、フレード、カムネスもハリーナを止めようと走った。
ハリーナはユーキの制止を聞こうともせず、荷車を睨みながら右手の中に火球を作り出し、荷車に向かって放とうとする。間に合わないと感じたユーキとアイカ、パーシュとフレードはハリーナを見つめながら緊迫した表情を浮かべた。
だがその時、ハリーナに向かって一発の火球が放たれ、火球はハリーナの胴体に直撃する。火球が命中したことでハリーナは炎に呑まれ、魔法の発動もキャンセルされた。
火だるま状態となったハリーナは炎の熱さから声を上げ、ユーキたちも突然の出来事に驚きの反応を見せる。
一同が火球が飛んで来た方を見ると、そこには杖の先端をハリーナに向けているトムズの姿があった。現状からハリーナに火球を放ったのはトムズで、荷車の爆発を防ぐために魔法で攻撃したのだとユーキたちは気付く。
「ト……トムズ、ア……ンタァ……」
全身を炎で焼かれながらハリーナは自分を攻撃したトムズを恨めしそうに見つめる。親戚である自分の火球を撃ち込んでトムズに対し、ハリーナは驚き以上に怒りを感じていた。
ユーキたちもトムズの行動に驚いて彼に注目している。カムネスとフィランは驚いたりせずに無言でトムズを見ていた。
トムズは自分を睨むハリーナをどこか寂しそうな顔で見つめている。トムズはこの時、進む道を誤ったハリーナに対する哀れみと、止めるためとは言え親戚を火だるまにしたことに対する罪悪感を感じていた。
「ハリーナ、先に地獄で待ってろ。時間は掛かるだろうが、俺も必ずそっちに行く……」
「……こ、このぉ……親族……殺しぃ……」
恨み言を口にしながらハリーナは倒れ、そのまま動かなくなった。
炎で焼かれるハリーナをトムズは黙って見つめる。仲が悪かったとはいえ、やはり親戚が死ぬことは辛いのか表情を曇らせていた。
トムズがハリーナの死体を見ていると、フレードがトムズの隣にやって来て左手をハリーナに向け、手から水球を放って死体に当てた。
水球が当たったことでハリーナの死体を燃やしている炎は消え、制服と体の一部が焦げたハリーナが現れた。
例え冒険者ギルドのスパイだったとしても、仲間であるトムズの親戚、それも死んだ者が焼かれるのを見るのは気分のいいものではないため、フレードは水撃ちで消火したのだ。
「……ありがとな、ディープス」
フレードの行動の意味を察したトムズはフレードに礼を言う。フレードはトムズを見ると何も言わずに背を向けてパーシュとカムネスがいる方へ歩いて行く。周りにいるユーキたちもフレードの本意に気付き、無言でフレードを見つめていた。
トムズはフレードが離れるともう一度ハリーナの死体を見つめ、しばらくするとカムネスの方へゆっくりと歩いて行き、カムネスの前まで来ると軽く頭を下げた。
「会長、今回はハリーナが迷惑を掛けました。全て、親族でありながらアイツの本心や正体に気付けなかった俺の責任です」
「気にするな。僕も含めて学園の誰一人、ソウラムの正体に気付かなかったんだ。恐らく彼女は怪しまれないよう、入学式の時から潜入していたのだろう。それなら気付けないのも仕方がない」
正体がバレないようハリーナが長い時間を掛けてメルディエズ学園に馴染み、情報を集めていたとカムネスは語る。
トムズやユーキたちはカムネスの話を聞いて、もしかするとハリーナ以外にも冒険者ギルドから送り込まれたスパイがいるかもしれないと感じる。
勿論、カムネスもユーキたちと同じことを考えており、メルディエズ学園に戻ったら一度生徒たちの身元を調べてみた方がいいと思っていた。
「とりあえず、冒険者たちの遺体を一ヵ所に集める。運よく生き残った冒険者もいるようだし、彼らも遺体の傍で拘束しておく。その後どうするかはロギュンたちと合流した後に考えればいい」
「分かりました」
トムズは返事をするとハリーナの遺体の所へ戻り、静かに遺体を運ぶ。ユーキたちも他の冒険者の男たちの遺体を集めるため、遺体がある方へ歩き出した。
遺体は広場の隅にある大きな木の近くに運び、木陰になっている場所に並べられた。運よく生き残った冒険者は二人おり、縄で縛られながら遺体の近くに座っている。
今回のような場合、遺体の腐敗を防ぐために維持する布を使うべきなのだが、今は手元に無い。ユーキとアイカは持っているが、生肉の腐敗を防ぐために使っている。何よりも遺体を包むには小さすぎた。
腐敗を防ぐことができないのなら、せめて腐敗の時間を稼ぐために日が当たらない場所に置いておこうとユーキたちは考え、木陰に移動させたのだ。
全ての遺体を運び終わるとユーキは軽く息を吐く。隣に立っているアイカも疲れたのか静かに深呼吸をした。そんな時、グラトンがゆっくりと二人の下にやって来る。それに気付いたユーキはグラトンの方を向いて小さく笑った。
「グラトン、まさかお前まで来てたとはな」
「ブォ~」
グラトンは数日ぶりに見たユーキに顔を近づけて匂いを嗅ぎ、匂いを嗅ぎ終わると顔を擦り付ける。ユーキはグラトンの行動に思わず苦笑いを浮かべ、アイカもクスクスと笑っていた。
ユーキとアイカが笑っているとパーシュたちも集まって来る。先程までハリーナたちと戦っていたため、パーシュたちを見たユーキとアイカはようやく落ち着いて話せると感じていた。
「元気そうだね、二人とも」
「ええ、何とか」
満面の笑みを浮かべるパーシュを見ながらアイカも微笑みながら答える。以前のようにパーシュと笑いながら会話ができることをアイカは嬉しく思っていた。
笑っているパーシュの隣ではフレードが何処か呆れたような顔をしながら腕を組んでユーキとアイカを見ていた。
「まったく、お前らが学園を出たって聞いた時は驚いたぜ。……せめて一言声を掛けてもらいたかったなぁ?」
「す、すみません、フレード先輩……」
不満そうな口調で語るフレードを見てユーキは苦笑いを浮かべながら謝る。迷惑が掛かけないために黙ってメルディエズ学園を出てきたが、フレードにとっては納得できない行動だったようだ。
「この子たちはあたしらに迷惑を掛けないために黙って学園を出たんだよ。そんなことも分からないのかい?」
「ああぁ? んなことは分かってらぁ。それでも戦友である俺らぐらいには挨拶してほしかったって言ってんだよ」
いつものようにパーシュとフレードは口喧嘩を始め、ユーキとアイカはそんな二人を見ながら懐かしさを感じていた。
パーシュとフレードが言い合いをしているとカムネスとフィラン、トムズもユーキとアイカに近づき、二人は視線をカムネスたちに向ける。
「改めて、元気そうだな」
「ハイ」
「正直、君たちがこの森まで辿り着くとは思っていなかったよ。此処に来る途中で追いつき、学園に連れ帰るつもりでいたからね」
カムネスが静かに語るとユーキとアイカは真剣な表情を浮かべながらカムネスを見つめ、周りにいるパーシュたちもユーキたちを見ながら会話に耳を傾ける。
「……会長、この森には五聖英雄のスラヴァさんがいると言う情報をソルトレアの町で手に入れました。スラヴァさんに会って俺とアイカの体を元に戻す薬を作ってもらえば、俺たちが追われる理由も会長たちと戦う理由も無くなります。このまま俺たちを見逃してくれませんか?」
「会長、お願いします」
ユーキとアイカはカムネスを見つめ、スラヴァと会うことを許してほしいと頼む。パーシュとフレードも近くに五聖英雄がいるのなら、このまま見守るべきではないかと考えながらカムネスを見ている。
トムズもどうするのか気になっているような顔をしながらカムネスを見つめており、フィランは相変わらず無表情でカムネスを見上げていた。
「……僕は君たちを連れ戻すつもりは無いよ」
「え?」
カムネスの口から出た言葉にユーキは思わず聞き返し、アイカも少し驚いたような反応を見せた。
「ロギュンから聞いていると思うが、僕は最初から君たちをハージャック教頭たちに差し出す気は無い。君たちを元に戻すために学園に連れ帰っても薬が完成するまで時間を稼ぐつもりだった。だから五聖英雄に薬の調合を依頼できる状況で君たちを連れて帰ろうとは思っていない」
「それじゃあ……」
「このまま五聖英雄であるスラヴァ・ギクサーラン殿に会いに行けばいい。ただ、念のために僕も同行させてもらうよ」
ユーキとアイカは意外そうな表情を浮かべながらしばらくカムネスを見ていたが、すぐに小さく笑みを浮かべた。
「会長、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
許可してくれたカムネスにユーキとアイカは笑いながら礼を言う。
ユーキとアイカを見たカムネスはチラッと二人の近くにいるパーシュとフレードに視線を向ける。
「お前たちはどう思っている?」
「当然賛成だよ。五聖英雄ならそこらの薬師や調合師よりも凄い薬を作ってくれるだろうからね」
「ああ、それに五聖英雄がどんな奴なのか興味もあるしな」
パーシュとフレードは迷うことなく賛成し、カムネスは予想どおりの反応をした二人を見て「フッ」と笑った。
グラトンはパーシュたちがどんな答えを出そうと、ユーキと一緒に行動するつもりでいるのか、ユーキの隣に座りながら自分の出腹を掻いていた。
パーシュとフレードの意見を聞いたカムネスは続けてフィランとトムズの方を見る。フィランはカムネスと目が合うと表情を変えずに静かに口を開く。
「……二人が元に戻れるのなら、私はそれで構わない」
「俺も賛成です。クリディックの言うとおり、五聖英雄の方が優れた薬を作ってくれると思いますから」
フィランに続いてトムズもスラヴァに会うことに賛成した。
全員が賛成であることを知ったユーキとアイカは笑みを浮かべ、自分たちの味方をしてくれるパーシュたちに心の中で感謝した。
スラヴァに会うことが決まるとユーキたちは早速どう動くか計画を練り始める。広場には捕らえた冒険者がおり、爆裂する薬粉を積んだ荷車や遺体もあるため、それらを見張るためにも全員でスラヴァを捜索するわけにはいかなかった。
ユーキたちは自分たちの能力を確認しながら誰が見張りに適しているか、誰をスラヴァの捜索に行かせれば短時間で見つけられるか考えた。
「大丈夫ですか?」
突如広場に男性の声が響き、反応したユーキたちが一斉に声が聞こえた方を向くと、ユーキたちから数m離れた所に茶色いローブを着た男性が立っていた。
「騒音が聞こえたので来てみたのですが、状況から戦闘があったようですね?」
そう言って男性は少し驚いたような顔をしながら広場を見回す。
男性は四十代半ばくらいで身長170cm強、茶色の目に肩まである小豆色の髪に同じ色の顎髭を生やし、着ているローブは何処でも手に入りそうな安物だ。そして、男性の右手には数種類の薬草が入った籠が握られ、手の甲には混沌紋が入っていた。
ユーキたちは男性を見ながら目を見開いている。先程まで会話をしていたユーキたちだったが、モンスターが現れる可能性があるため、会話をしながらも周囲を警戒していた。
だが男性はユーキたちの気付かない内に広場に入り、しかもすぐ近くまで来ていたため、ユーキたちは勿論、常に平常心を保っているカムネスも驚きの反応を見せていた。
目の前に現れた男性は何者なのか、ユーキたちは男性を警戒しながら自分の得物に手を掛ける。そんな中、男性はユーキたちの服装を見て意外そうな顔をした。
「その服、君たちはメルディエズ学園の生徒ですね?」
男性が落ち着いた口調で喋るとユーキたちは小さく反応する。喋り方から目の前にいる男性は自分たちに敵意を懐いていないと感じ、ユーキたちは少しだけ警戒を緩めた。
「貴方は?」
「おっと、これは失礼しました」
ユーキから声を掛けられた男性は軽く頭を下げてから静かに口を開いた。
「私はこの森で暮らしている、ギクサーランと言います」
男性の名を聞いた瞬間、ユーキたちは一斉に反応した。
目の前にいる男性が五聖英雄の一人であるスラヴァ・ギクサーランであることを知ってカムネスとフィラン以外の全員が驚きの表情を浮かべる。
「貴方がスラヴァ・ギクサーランさん?」
「ハイ」
返事をしたスラヴァを見てユーキは目を見開き、アイカも呆然とする。最初は驚いていた二人だったが、気持ちが落ち着くとスラヴァの方から自分たちの前に現れたことで探す手間が省け、すぐに薬の調合を依頼できると考えるようになっていった。
「皆さんは何か依頼を受けてこの森に来られたのですか?」
スラヴァは不思議そうな顔をしながらユーキたちに尋ねる。ユーキたち以外には樽の積まれた荷車が二台と並べられている複数の遺体、それを見たスラヴァはユーキたちが盗賊かモンスターの討伐をするために森に来たのではと考えた。
しかし、森で盗賊やモンスター関係の騒ぎや依頼があれば、森に住んでいるスラヴァの耳に入る。スラヴァはこの数日、そのような話は聞いていないため、ユーキたちは依頼で森に来たわけではないのかもと予想する。
「いいえ、此処には個人的な事情で来ました」
ユーキは真剣な表情を浮かべながら答え、アイカやパーシュたちも同じように真面目な顔をしながらスラヴァを見つめる。
「実は俺たち、学園長に言われてスラヴァさんに会いに来たんです」
「私に?」
「ハイ、スラヴァさんに薬を調合してもらいたくて」
スラヴァは薬の調合を頼むために来たと聞いて意外そうな表情を浮かべる。
薬を調合してもらうだけならわざわざ自分を訪ねたりせず、メルディエズ学園に隣接しているバウダリーの町の薬師や調合師に依頼すればいいのになぜ自分に調合を依頼しに来たのかスラヴァは分からなかった。
「薬の調合を頼むのなら私に頼んだりせず、バウダリーの薬師に依頼した方がいいのでは?」
「いえ、バウダリーでは薬の調合を頼めないんです」
ユーキは小さく俯きながら低めの声で呟く。アイカは深刻そうな顔でユーキを見つめ、パーシュたちも無言でユーキとアイカに視線を向けた。
「……何か事情がありそうですね」
スラヴァはユーキたちの反応を見ると僅かに目を鋭くし、ユーキたちも一斉にスラヴァの方を見た。
「此処では何ですから、私の家までいらっしゃってください。そこで詳しくお話を聞きましょう」
そう言うとスラヴァは広場の北東を指差す。ユーキはスラヴァが話を聞いてくれることを嬉しく思って小さく笑う。
それからユーキたちは話し合い、スラヴァについて行くメンバーと広場に残って冒険者たちと爆裂する薬粉の見張りをするメンバーを決める。
話し合った結果、薬を作ってもらいたいユーキとアイカ、カムネスとパーシュの二人がスラヴァについて行くことになり、残ったフレードとフィラン、グラトン、トムズは広場に残って冒険者たちの見張りをするになった。
メンバーが決まるとスラヴァはユーキたちと共に自宅へ向かい、フレードたちはスラヴァについて行くユーキたちを見送った。




