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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
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第百四十二話  冒険者ギルドの企み


「ちょっと待ってください、どういうことですか?」


 状況が吞み込めないユーキはハリーナに尋ねる。アイカも訳が分からず、驚きの表情を浮かべたままハリーナを見つめていた。

 メルディエズ学園の生徒として活動していたハリーナが冒険者ギルドの人間、それもメ学園と隣接するバウダリーの町の冒険者ギルドに所属していると聞けば驚くのは無理もない。同時になぜ冒険者ギルドの人間が学園にいるのは分からなかった。

 ハリーナは二人の反応が面白いのか再び笑みを浮かべ、自分の胸に左手を当てた。


「あたしはね、冒険者ギルドの指示でメルディエズ学園に入学していたの。学園の情報や活動状況などを調べてギルドの報告するためにね」

「スパイってことですか?」

「そういうこと」


 誤魔化すことなくアッサリと認めるハリーナを見てユーキは僅かに目を鋭くする。今まで同志と思っていた少女がメルディエズ学園に潜入していたと知ってユーキは少し驚いたが、同時に今まで自分たちを騙していたハリーナに対して小さな不快感を感じていた。


「でも、トムズ先輩からは冒険者ギルドに所属していたけど、途中で気が変わって学園に入学したとハリーナさんが言っていたって聞きましたが……」


 アイカは以前トムズから聞かされた情報を確認するように語ると、ハリーナはアイカの方を向いて軽く鼻を鳴らした。


「そんなの嘘に決まってるでしょう。学園に潜入するためにトムズたちが納得しそうな理由を言っただけよ。そもそも自由に過ごせる冒険者をやめて校則なんて面倒なものがあるメルディエズ学園に乗り換えるはずないじゃない」


 笑いながら語るハリーナを見たアイカは軽く目を見開いて驚く。敵対する組織に潜入するのだから嘘をつくのはおかしなことではない。だが、親戚であるトムズやディックスまで騙していたのにそれに対して悪びれる様子も見せないハリーナにアイカは衝撃を受けていた。

 アイカの隣に立つユーキは罪悪感を感じていない様子のハリーナを見て更に不快感を強くする。今までハリーナのことを優秀な先輩だと思っていたが、今のユーキにはそんな気持ちは殆ど無かった。


「……それで? 冒険者ギルドのスパイが俺たちに何の用なんだ?」


 ユーキは僅かに不機嫌そうな声を出してハリーナに尋ねる。アイカはユーキが声を低くし、敬語を使っていないことからユーキがハリーナに対して怒りを感じていると悟った。

 ハリーナはユーキが機嫌を悪くしていることに気付いていないんか、ニッと笑いながら二人の前に現れた理由を語り始める。


「さっきも言ったように、あたしはアンタたちを捕まえに来たわけじゃないわ。保護するために来たのよ」

「保護?」


 ユーキはハリーナの言葉を聞いて思わず訊き返し、アイカも再び目を見開く。冒険者ギルドのスパイであることを明かし、捕縛部隊に参加しているのに自分たち保護しようとしていると聞かされたため、二人はますます意味が分からなくなった。


「どうして俺とアイカを保護するんだ? アンタたちの目的は俺たちを捕まえることだろう?」

「それはメルディエズ学園の目的よ。あたしの目的はアンタたちを保護ことなの」

「何のために?」

「勿論、冒険者ギルドのためよ」


 理由を聞かされたユーキとアイカは反応する。メルディエズ学園と敵対する冒険者ギルドのために自分たちを保護しようとしていると知った二人は何かを企んでいるのではと感じていた。

 ハリーナはユーキとアイカを見るとクスクス笑い、しばらくするとゆっくりと口を動かし始める。


「いいわ、全て教えてあげる。……アンタたちも知ってのとおり、冒険者ギルドとメルディエズ学園は昔から不仲なの。その理由は分かってるわよね?」

「……活動方針が似ているせいで依頼の取り合いをしてるからだろう?」

「それだけじゃないわ」


 依頼以外にも自分たちの知らない理由があると知ったユーキとアイカは思わず真剣な表情を浮かべる。ハリーナは二人の顔を見ながら説明を続けた。


 三十年前に起きたベーゼ大戦、当時の各国の軍や冒険者ギルドは未知の侵略者であるベーゼに手も足も出ずに敗北を続けていた。

 軍や冒険者ではベーゼに勝つことは難しいと考えた各国の王族はベーゼのことを研究しながらベーゼの戦闘に特化した戦士を育てる養成機関、メルディエズを設立する。その結果、メルディエズの戦士や魔導士はベーゼたちを倒していき、徐々に戦況は有利になっていった。

 その後もメルディエズの戦士たちは戦いで勝つ続け、少しずつベーゼたちを押し返していった。更に戦争中に混沌術カオスペルまで開花させ、ベーゼ大帝を封印して五聖英雄が誕生する。メルディエズは既に存在していた冒険者ギルド以上に活躍し、各国から強い信頼を得た。

 終戦後も残存するベーゼを倒していき、メルディエズは各国の軍や魔法の研究所などで働く未成年を育成するメルディエズ学園へと名前を変え、冒険者ギルドと同じように貢献していった。


 ハリーナは先程まで浮かべていた笑みを消して過去に起きた戦争の内容を語る。ベーゼ大戦はこの世界で誰もが知っている大事件であるため、性格の捻じ曲がっているハリーナも流石に知っているようだ。

 勿論アイカも知っており、ユーキもこの世界に転生してベーゼの話を聞かされてから歴史の勉強をし、ベーゼのことも学んだ。そのためユーキはベーゼ大戦時に何が起きたのかある程度のことは分かっていた。


「一見、学園と冒険者ギルドは同じくらい活躍し、国民から信頼されているように見えるけど、実際はベーゼと互角に戦えて国から支援を受けている学園の方が活躍し、国民から多くの信頼を得ていた。王国ギルドのお偉いさんたち、特に学園と隣接しているバウダリーのギルド長はそのことに強い危機感を懐いていたのよ」


 冒険者ギルドの幹部たちが不安を感じていたと聞かされたユーキとアイカは反応する。

 てっきりメルディエズ学園と冒険者ギルドの立場や国に対する影響力は同じくらいだと思っていたため、話を聞いてユーキとアイカは意外に思っていた。


「このまま学園が活動を続ければ依頼や国民からの信頼を全て持っていかれ、いつかギルドそのものが無くなるんじゃないかってギルド長は考えていた。そんな時に目を付けたのがアンタたち二人だったのよ」

「私たち?」

「そう。……気付いているかどうか分からないけど、学園はアンタたちがベーゼ化したことを国民は勿論、軍や冒険者ギルドにも報告せず、自分たちの力だけでアンタたちを捕まえようとしているのよ」


 ハリーナの言葉を聞いてユーキとアイカは軽く目を見開いて驚く。メルディエズ学園が極秘裏に自分たちを捕らえようとしていたとは二人も予想していなかった。

 しかし、よくよく考えたらメルディエズ学園を出てから数日の間、ロギュンたちと接触するまでモンスター以外に襲われたことが無かったため、武闘牛やガルゼム帝国の冒険者ギルド、帝国民が自分たちの秘密を知らず、学園関係者だけが知っていたのだと納得する。

 だが、なぜ極秘裏に自分たちを捕らえようとしているのか分からなかった。


「どうして学園が軍や冒険者ギルドにアンタたちのことを教えなかったのか分かる? それは周囲からの信用を失うことを恐れたからよ」


 ユーキとアイカが疑問に思っていることをハリーナが答え、二人はハリーナに視線を向けた。


「学園はアンタたちがいつベーゼ化するか分からないと言う不安から薬や魔法による治療も試さず、これまで学園に尽くしてきたアンタたちを見捨てて軍に引き渡そうと考えた。もしそれが人々の耳に入れば、学園は平気で生徒を切り捨てる冷たい連中だと思われる。そう感じたハージャックは自分たちだけでアンタたちを捕まえることにしたのよ」


 ハリーナはロブロスがメルディエズ学園の立場を護るために密かに動いていたことを明かす。ユーキとアイカは真剣な表情を浮かべながら黙って話を聞いていた。


「ハージャックは学園の信用が失われるのを恐れ、自分たちだけで逃げたアンタたちを追うことを決めた。あたしは捕縛部隊が学園を出発する直前にバウダリーへ行ってギルド長にそのことを伝えたの。そしたらギルド長はあたしにアンタたちを保護してバウダリーに連れて帰るよう命じた」

「なぜだ?」


 ユーキが尋ねるとハリーナはニッと笑いながらユーキとアイカを指差した。


「アンタたちを証人にして、学園が治療もせずに生徒を軍に引き渡そうとしていたことを公表するためよ。そして同時に冒険者ギルドがアンタたちの体を元に戻すために保護したことも知らせる。そうなったらどうなると思う? ……学園の信用は失われ、逆に商売敵である学園の生徒を保護したバウダリーのギルドは多くの人々から信頼を得ることになる」

「学園を潰すために俺たちを保護しようとしたのか?」


 冒険者ギルドの狙いを知ったユーキは目を鋭くしながらハリーナを見つめる。

 仲が悪いとは言え、相手組織を信用を失墜させるためにわざと悪行を公表し、そのために自分とアイカを利用しようとする冒険者ギルドのやり方にユーキは少し気分を悪くした。


「でも、いくら私たちを切り捨てようとしたことを公表しても、それだけで学園を潰すのは無理だと思います。例え信用を失ったとしても依頼を受け、ベーゼを討伐すれば、時間は掛かるでしょうが信用を取り戻すことができるはずですから」


 アイカは完全にメルディエズ学園を潰すのは不可能ではないかと語り、ユーキは視線だけを動かしてアイカを見る。ユーキも一つの悪行を明かしたぐらいでは学園の存在に関わるような事態にはならないだろうと思っていた。

 ユーキとアイカがメルディエズ学園は大丈夫だと考える中、ハリーナは笑みを消さず、ニヤニヤと笑いながらアイカを見ていた。


「確かに活動を続けていれば信用を取り戻すことはできるかもしれないわ。……活動ができれば、だけどね」

「……? どういうことですか?」


 言っていることの意味が理解できないアイカはハリーナに尋ねる。するとハリーナは質問には答えず、後ろを向いてロッドを持っていない手を上げた。

 ユーキとアイカがハリーナが見ている方角を確認すると広場の外、森の中から大勢の男たちが二台の荷車と共に広場に入ってくるのが見えた。

 広場に入って来た男は全部で十八人おり、年齢は十代半ばから三十代前半とバラけている。十八人の内、十四人は剣や棍棒、手斧などを持ち、革製の鎧を着た戦士風の格好をしていた。残りの四人は杖を持ち、安物のローブを着た魔導士の格好をしている。

 男たちは四人一組で荷車を引いたり押したりしながら動かし、残りの男たちは荷車を警護するように周りを歩いている。

 ハリーナの両隣まで来た男たちは荷車を停め、男たちが来るとハリーナは笑いながらユーキとアイカの方を向く。


「紹介するわ。あたしと同じバウダリーで活動する冒険者たちよ。アンタたちを保護する計画を話したら協力してくれたの」


 男たちはユーキとアイカを見ながらニヤニヤと笑みを浮かべる。ユーキとアイカは男たちの雰囲気と装備からD級かC級の冒険者だと予想する。


「まぁ、コイツらのことはとりあえず置いといて……これが何か分かる?」


 そう言ってハリーナは荷車に積まれている物を指差し、ユーキとアイカは視線を男たちから荷車に向ける。荷車には大きめの樽が六個ずつ積まれており、荷車から落ちないよう縄でしっかりと固定されていた。

 ユーキとアイカは樽の中身が何なのか気にしながら見ていると、樽の側面に異世界の文字で何かが書いてあるのが見え、文字を見たアイカは目を見開く。


「まさか爆裂する薬粉ブラストパウダー?」

「ブラストパウダー?」


 聞いたことの無い言葉を聞いたユーキがアイカに尋ねると、アイカはチラッとユーキの方を向いた。


「軍や一部の冒険者ギルドが道を塞いでいる障害物や敵拠点の城壁なんかを破壊する時なんかに使う火薬よ。黒色火薬に特別な薬を混ぜてそれを魔法で強化した物なの」

「黒色火薬を強化した物……」


 ユーキは樽の中身が火薬だと聞かされると意外そうな表情を浮かべ、アイカも真剣な顔で樽を見つめる。

 他の樽にも異世界の文字で爆裂する薬粉ブラストパウダーと書かれてあり、二人は荷台に積まれている樽全てに爆裂する薬粉ブラストパウダーが詰まっていることを知った。


爆裂する薬粉ブラストパウダーが入った樽が六つ積まれた荷車が二台、もしあれが全て爆発したら半径50mは跡形もなく吹き飛んじゃうわ」

「マジかよ……」


 爆裂する薬粉ブラストパウダーの爆発力を聞かされたユーキは目を見開いて驚く。それと同時にどうしてハリーナの仲間がそんな物騒な物を持っているのか疑問に思う。

 ハリーナは積まれている爆裂する薬粉ブラストパウダーを見ているユーキとアイカを見ながら笑い、左側に停めてある荷車に近づいて樽の一つを手で軽く叩く。


「あたしはこの後、別行動を執っているカムネスたちをこの広場に連れて来て、隙をついてこの爆裂する薬粉ブラストパウダーを爆発させてカムネスたちを吹き飛ばすつもりよ」

「何だって!?」


 ユーキはハリーナの口から出た言葉を聞いて驚き、アイカも目を大きく見開きながらハリーナを見ていた。


「会長たちを吹き飛ばすって、何でそんなことを……」

「メルディエズ学園は活動を続ければ、いつかは失った信用を取り戻すわ。でも、それは依頼を受けたりする生徒がいる場合の話。生徒がいなければ依頼を受けられない、つまり活動を続けることができない。神刀剣の使い手であるカムネスたちや優秀な生徒を失えば重要な依頼を受けることもできなくなる。そうなれば失った信用を取り戻すことはできないでしょう?」


 メルディエズ学園が信用を取り戻すのを妨害するためにカムネスたちを始末すると知ったユーキとアイカは驚愕する。

 確かに神刀剣の使い手であるカムネスたちや大勢の生徒を失えばメルディエズ学園はまともな活動ができなくなる。そうなれば信用を取り戻すこともできず、自然と学園は閉鎖してしまう。つまり冒険者ギルドの望んだ結果になってしまうと言うことだ。


「これだけの爆裂する薬粉ブラストパウダーを使えば捕縛部隊に参加した奴を全員吹き飛ばすことができるわ。しかもハージャックの指示で捕縛部隊には学園の中でも優秀な生徒たちが参加している。アイツらが全員死ねば学園はお終いよ」

「……本当に会長たちを手に掛ける気ですか? 捕縛部隊の中には過去に貴女と一緒に依頼を受けた生徒もいるはずです。情報を得るためとは言え、仲間として共に過ごした方々を手に掛けるのですか?」

「仲間ぁ? 生憎あたしはメルディエズ学園の生徒で仲間だと思った奴は一人もいないわ。勿論、トムズとディックスもね」


 他の生徒どころか親戚のディックスとトムズすら仲間ではないと口にするハリーナにアイカは耳を疑い、ユーキも僅かに表情を険しくしながら反応する。自分たちの目の前にいる少女は罪悪感と言うものを持っていないのか、二人はそう思いながらハリーナを見つめた。


「……でも、アンタたちは違うわ。アンタたちは学園に裏切られ、軍に引き渡されそうになっている、言わば学園の被害者。元学園の生徒だとしても私たちは助けるわ。……あぁそれと、もしアンタたちに冒険者になる気があるのなら、ギルドに入れるようギルド長に頼んであげてもいいわよ?」


 ハリーナはユーキとアイカに冒険者ギルドが味方であることを伝えると同時に二人を冒険者ギルドに迎え入れる気があることを話す。ユーキとアイカは混沌士カオティッカーであるため、保護するついでに冒険者ギルドの仲間したいと思っているようだ。


「アンタたちはメルディエズ学園なんて自分勝手な連中がいる組織じゃなく、冒険者ギルドにいるべきなの。これ以上、学園の都合で振り回される必要なんてないわ」


 そう言うとハリーナはユーキとアイカを見ながら南西の方角を指で差した。


「南西にある森の出入口にコイツらが乗って来た荷馬車が停めてあるからそれに乗って待ってなさい。カムネスたちを爆裂する薬粉ブラストパウダーで吹き飛ばした後に五聖英雄のスラヴァ・ギクサーランに会ってアンタたちを元に戻す薬を貰ってきてあげる」


 この後、予定どおりに事が運ぶと考えるハリーナは笑いながらユーキとアイカに指示を出す。仲間である男たちも同じ気持ちなのか余裕の表情を浮かべていた。


「薬を貰ったらバウダリーに戻ったら冒険者として新しい人生を歩めばいいわ。ただ薬を飲んで体が完全に戻ったと判断されるまでは大人しくしててもらうけどね」

「……」


 ユーキは無言でハリーナを見つめ、鞘に納めてある月下と月影を抜く。ユーキが抜刀する姿を見てハリーナや男たちは目を見開いた。


「アンタ、何の真似よ」

「見て分からないか? アンタたちと戦うってことだよ」

「はあ? どうしてよ、あたしらはアンタたちを保護するって言ってるでしょうが」


 予想外の行動を取るユーキにハリーナは理解ができず、周りの男たちも驚きながらユーキを見つめる。

 ハリーナたちが驚く中、アイカもプラジュとスピキュを抜いて戦闘態勢に入った。ユーキに続いてアイカまで剣を抜く姿を見たハリーナはアイカも自分たちと戦うつもりだと知って更に驚いた。


「いったい何を考えてるのよ。学園がアンタたちに何をしたのか忘れたの? ベーゼ化する可能性があるからと言ってロクな対処もせずにアンタたちを軍に引き渡そうとしたじゃない。カムネスたちだってそうよ、学園に連れ帰った後に教師たちを説得するなんて言ってるけど、本当にアンタたちのことを考えてるのなら、例え教師に命令されても捕縛部隊に参加しないはずでしょう」


 力の入った声を出すハリーナはユーキとアイカを説得しようとし、二人はそんなハリーナを無言で見つめている。


「結局アイツらは自分たちの立場を護ることしか考えていないのよ。なのにどうしてアンタらはそんな連中のために戦うの? 馬鹿なこと考えないでさっさと荷馬車の所へ行きなさい」


 ハリーナは再び南西を指差して出入口へ向かうようユーキとアイカに指示する。だが、二人はその場を動こうとしなかった。

 ユーキはハリーナを見た後にゆっくりと目を閉じてカムネスやこれまで出会ったメルディエズ学園の生徒たち、ガロデスとスローネのことを思い出し、目を開けると双月の構えを取りながらハリーナと仲間の男たちを睨んだ。


「メルディエズ学園は俺たちの家、そして会長たちは家族だ。アンタらの勝手な都合で学園を潰させないし、会長たちもらせない!」

「私も同じです。家族と帰る家を護るために、貴女たちと戦います!」


 ユーキに続いてアイカもハリーナたちに従う気がないことを伝える。アイカもユーキと同じで家族の大切さを理解しているため、自分にとって家や家族同然であるメルディエズ学園とカムネスたちを裏切ろうなどとは思っていなかった。

 ハリーナは自分に従わず敵対する道を選んだユーキとアイカを見つめ、しばらくすると見下すような表情を浮かべながらロッドを肩に担いだ。


「……あっそ、従わないって言うのなら計画を変えるしかないわね」


 そう言うとハリーナはロッドを持たない手を軽く上げる。すると、周りにいる戦士風の男たちは一斉に腰の剣や棍棒などを手に取り、魔導士の男たちも杖を構えた。

 戦闘態勢に入った男たちを見たユーキとアイカは咄嗟に一歩下がる。


「接触した直後にアンタたちが完全にベーゼ化して暴走、襲ってきたからあたしらが討伐したってことにするわ。アンタたちが死ねば学園の悪行を証明することはできなくなるから、信用を失わせることは難しいだろうけど、学園から逃げ出した半分ベーゼの生徒を冒険者が倒したことを発表すればギルドの信頼は増すはずよ」

「俺たちが従わなければ消すって言うのも冒険者ギルドの指示か?」

「ええ」


 頷くハリーナを見つめるユーキは冒険者ギルドの無茶苦茶な行動に腹を立て、月下を握る手に力を入れる。強い怒りを感じればベーゼ化するため、ユーキはベーゼ化しないよう必死に冷静さを保とうとしていた。

 ハリーナはユーキとアイカを見つめながらロッドを構え、戦士風の男たちもゆっくりと動いてユーキとアイカを取り囲もうとする。

 ユーキとアイカは構えを崩さす、視線だけを動かした男たちの動きを警戒した。


「あたしらはこの後、カムネスたちも吹き飛ばさなくちゃいけないの。だからちゃっちゃとアンタたちを消させてもらうわ」

「そんなことさせないよ!」


 広場に響く女性の声にその場にいた全員が反応し、声が聞こえた広場の南側に視線を向ける。そこには森から広場に入って来るパーシュの姿があった。

 ユーキとアイカはパーシュが森にいることに驚いて目を見開き、ハリーナたち冒険者側も驚愕している。しかもよく見るとパーシュの周りにはフレード、カムネス、フィラン、グラトン、そしてトムズの姿もあり、フィランとグラトン以外は真剣な表情を浮かべてユーキたちを見ていた。


「ユーキ、アイカ、大丈夫かい?」

「パーシュ先輩!」


 パーシュと目が合ったアイカは思わず呼びかける。メルディエズ学園を出てから数日しか経っていないのに数ヶ月ぶりに再会したような感覚がした。

 ユーキも数日ぶりに会ったパーシュたちを見て懐かしさを感じており、先程まで感じていたハリーナに対する苛つきが少しだけ和らいだ。


「まさか本当にソウラムの奴が森に来てたとはな。相変わらず勘が鋭いぜ、ウチの会長様はよ」


 ハリーナたちを見ていたフレードはチラッと隣に立っているカムネスに視線を向ける。

 今から十五分ほど前、ハリーナがソルトレアの町の北にある森に向かったと予想したカムネスは自分以外の神刀剣の使い手とグラトン、ハリーナの親戚であるトムズを連れて森へ向かった。

 一秒でも早く森に辿り着きたかったカムネスたちはグラトンと荷馬車を引いていた馬に乗って移動し、森に到着すると馬だけを出入口に残して森へ入る。その後はグラトンの嗅覚を頼りにユーキとアイカを探し、今いる広場に辿り着いたのだ。


「ア、アンタたち、どうして此処にいるのよ? まだソルトレアの近くでルナパレスとサンロードを探しているはずでしょう?」


 予想よりも早くカムネスたちがやって来たことにハリーナは僅かに動揺を見せる。驚いているハリーナをカムネスたちはジッと見つめ、その中でもフレードは表情を険しくしてハリーナを見ていた。


「うるせぇ! んなことはどうでもいいんだよ。……それにしても、まさかテメェが俺たちを始末しようとしていたとはな」

「……ッ!」


 ハリーナはフレードの言葉に思わず目を見開く。ハリーナはこの時、カムネスたちに先程の会話を聞かれており、既に自分の正体と目的にも気付いていると悟って面倒そうな表情を浮かべていた。


「……何時から聞いてたのよ?」

「テメェがバウダリーの冒険者ギルドに捕縛部隊が出発することを話したって言ってた辺りからだ」

「正直、驚いたよ。学園を潰すためにユーキとアイカを保護して軍に引き渡そうとしていたことを公表し、あたしらまで抹殺しようとしてたんだからね」


 フレードに続いてパーシュが不機嫌そうな声で語り、ハリーナは悔しそうに声を漏らしながらパーシュを睨んだ。


「……ハリーナ、お前本当に俺たちを殺すつもりでいたのか?」


 険しい顔をするフレードの隣ではトムズが信じられないような顔でハリーナを見つめている。

 カムネスから話を聞かされた時、最初はハリーナが手柄の独り占めか、ユーキとアイカの説得をするために独断で動いたとトムズは思っていた。しかし、ハリーナが冒険者ギルドの命令で二人を保護し、自分たちを抹殺しようとしているのを本人の口から聞いて衝撃を受けた。


「……ええ、そうよ! これも目障りなメルディエズ学園を潰してバウダリーの冒険者ギルドが国民の信頼や支持を得るため。ギルドのために学園の生徒を利用して犠牲にする、それがいけないこと?」


 開き直るような口調で語るハリーナを見てトムズは更に驚きの反応を見せる。

 ハリーナは普段からディックス、一部の生徒を見下しているが、仲間や親戚を傷つけるようなことはしないとトムズは思っていた。

 だが、ハリーナは冒険者ギルドのために多くの生徒を平気で犠牲にすると話し、トムズはそのハリーナの冷酷な答えにショックを隠せずにいた。

 ハリーナの本心を知ったトムズは小さく俯いて黙り込む。だが、すぐに拳を強く握りながら顔を上げ、鋭い目でハリーナを睨みつける。


「お前は子供の頃から性格が悪いと思っていたが、まさかここまで酷くなっていたとは。……お前はもう俺とディックスの親戚じゃない。今日から赤の他人、メルディエズ学園を潰そうとする悪党だ」

「ハッ、何よそれ? 悲劇の主人公を気取ってんの? アンタもディックスと同じで甘いのよ。この世界は食うか食われるか、騙す方じゃなくて騙される方が悪いのよ!」


 ハリーナの言葉にトムズは表情を険しくし、パーシュとフレードも鋭い目でハリーナを睨みつける。勿論、ユーキとアイカも罪悪感を感じていないハリーナの腹を立てていた。

 カムネスはジッとハリーナを見つめながら腰に納めてあるフウガを握って抜刀できる体勢を取る。彼もユーキとアイカと同じようにハリーナと戦うつもりのようだ。

 戦闘態勢に入ったカムネスを見たフィランは無表情でコクヨを抜いて中段構えを取り、パーシュとフレードもヴォルカニックとリヴァイクスを抜く。

 トムズはハリーナを睨みながら持っている杖を構え、グラトンは四足状態で姿勢を低くしながら唸り声を出す。もはや広場にいるメルディエズ学園の生徒の中でハリーナと戦うことに抵抗を感じる者は一人もいなかった。

 ユーキとアイカもハリーナの方を見ながら得物を強く握る。今回は峰の分ではなく、刃の部分を外側に向け、敵を斬ることができるようにしていた。

 ロギュンやミスチアたちと戦った際は仲間である彼女たちを殺さないよう、ユーキとアイカは峰打ちだけで戦っていた。しかし、ハリーナは自分たちを利用し、カムネスたちを殺そうとしているため、二人はハリーナたちを殺さないように戦おうなどとは思っていない。

 増してやハリーナは罪悪感を感じておらず、親戚のトムズにも殺意を向けるような女であるため、ユーキとアイカに容赦する気など無かった。


「ルナパレス、サンロード、ソウラムたちを倒す。手を貸してくれ」

『ハイ!』


 ユーキとアイカは共闘を要請するカムネスに声を揃えて返事をする。もともとカムネスたちと戦う気など無い二人にとってカムネスたちと共闘することは願ってもないことだった。

 標的同士が手を組んだのを見てハリーナは鬱陶しそうな表情を浮かべながらロッドを強く握った。


「どいつもこいつも気分を悪くさせるようなことしやがってぇ……いいわ、アンタたち全員、この場でぶっ殺してやるわよ!」


 声を上げながらハリーナはロッドをユーキたちに向け、周りにいる冒険者の男たちも自分の武器を構えてユーキたちを睨む。

 ユーキたちも得物を握りながら敵意を向けるハリーナたちを見ている。自分たちに殺意を向け、非合法な手段でカムネスたちを暗殺しようとしたハリーナたちにユーキたちは情けを掛けようとは思っていない。


「フン、アイツら、この状況で勝ち目があると思ってやがるのか?」


 神刀剣の使い手全員とメルディエズ学園でも指折りの実力を持つユーキたちを相手にするのに勝ち目があると思っているハリーナたちを見てフレードは呆れ果てる。隣にいるパーシュも同じ気持ちなのか目を細くしながらハリーナたちを見つめていた。


「もしそう思ってるなら、テメェらに教えてやろうよ。……お前らに勝ち目なんてねぇことを。そして、俺らの“家族”を殺そうとしたことが、どれだけ愚かなことかってのをな」


 フレードは呟くとリヴァイクスを霞の構えに持ちながら鋭い目でハリーナたちを睨みつける。

 ユーキたちはハリーナたちの方を見ながら自分が戦う相手を選ぶ。そして、一斉にハリーナたちに向かった走り出した。


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