第百四十話 生徒たちの思考
林の中にある一本道に捕縛部隊の生徒たちの姿がある。生徒たちがいる一本道はロギュンたちがユーキとアイカの二人と戦った場所で捕縛部隊は十分ほど前にロギュンたちと合流した。
神刀剣の使い手であるカムネス、パーシュ、フレード、フィランの四人と捕縛部隊の指揮官であるアントニウスはロギュンとミスチアの二人と向かい合っており、カムネスたちの後ろにはグラトンが座って待機していた。
他の生徒たちは停めてある荷馬車の見張り、ユーキとアイカの二人と戦って負傷した生徒たちの手当て、周囲の警戒などをしている。
「何をやっているのだ! 十人以上の部隊で挑んだのに捕らえることもできずに逃がしてしまうとは!」
「すみません……」
声を上げるアントニウスにロギュンは目を閉じながら謝罪し、隣に立つミスチアは興味の無さそうな顔をしながら空を見上げている。アントニウスは若干険しい顔をしながらロギュンとミスチアを睨んでおり、その後ろに立つカムネスたちは黙ってロギュンたちをい見ていた。
今から三十分ほど前、ユーキに敗れて気絶していたロギュンは目を覚ました。ロギュンは意識を取り戻すと現状を確認するために近くにいたミスチア、トムリア、ジェリックに声を掛ける。そして、三人からユーキとアイカを逃がしたことを聞かされた。
話を聞いたロギュンは驚くと同時になぜユーキとアイカを逃がしたのか少し興奮しながら三人に尋ねる。自分と違って意識があったにもかかわらず、捕縛対象である二人を逃がしたのだからロギュンが興奮するのも無理はない。
ミスチアたちは自分たちの実力ではユーキとアイカに勝てないこと、生徒会副会長であるロギュンが勝てなかったユーキを捕らえるのは無理なので逃がしたと語り、説明を聞いたロギュンは若干不満そうな表情を浮かべる。
だが、ロギュン自身もユーキに敗北したため、ミスチアたちを責めることはできない。ロギュンは逃がしたのは仕方のないことだと考えて納得した。
それからロギュンはユーキとアイカが逃走してからニ十分近く経過していることを聞かされ、既にユーキとアイカは追いつけない所まで逃げていると考える。仮に近くにいて追いつくことができたとしても、今の自分たちでは二人を捕らえるのは無理だとロギュンは感じていた。
結果、ロギュンは追跡を諦めて負傷した他の生徒たちの応急処置をしながらカムネスたちを待つことにした。その後カムネスたちが合流し、何が起きたのかを説明して現在に至る。
合流した生徒の殆どはロギュンからユーキとアイカに敗北したと聞かされて衝撃を受け、パーシュとフレードも生徒会副会長であるロギュンが負けたと聞かされて驚く。カムネスは話を聞いた時に意外そうな反応を見せていた。
「副会長である君がいながら何という失態だ。それにそっちの混沌士はみすみすルナパレスとサンロードを逃がしたそうじゃないか?」
アントニウスは視線だけを動かしたミスチアを睨み、ミスチアはチラッとアントニウスの方を向いた。
「何を考えているのだ。捕らえるべき対象が目の前にいたのに見逃すとは!」
「……申し訳ありませんでしたわぁ~」
「なっ、何だその態度は! それが反省している態度なのか?」
力の抜けたような声で謝罪するミスチアにアントニウスは目くじらを立てる。ミスチアは険しい顔をするアントニウスを見るとつまらないと思ったのかそっぽを向いた。
「し、指揮官である私に何と無礼な……」
「落ち着いてください、アントニウス先生」
腹を立てるアントニウスをカムネスが静かに宥め、アントニウスは険しい顔をしたままカムネスの方を向いた。
「ルナパレスとサンロードは半ベーゼ化したことで力が高まっています。混沌術の弱点などを見抜かれてしまった上に二人と戦った殆どの生徒が負傷しているのです。そんな状態で捕らえようとしても成功するはずがありません。ロギュンとチアーフルの判断は正しかったと思います」
カムネスは冷静な口調でロギュンとミスチアは間違っていないと語り、ロギュンはゆっくりと目を開けてカムネスを見る。
ミスチアは生徒会長のカムネスが味方をしてくれたことで余裕ができたのか小さくニッと笑いながらアントニウスを見ていた。
「目の前に捕縛対象がいるのに逃がしたことが正しいと言うのかね? 捕らえるチャンスが少しでもあるのなら例え負傷していても自らの体に鞭を打って捕らえるべきではないのか?」
どんな状況でも結果を優先して行動するべきと語るアントニウスにミスチアは「ああ?」と不機嫌そうな反応をし、黙って話を聞いていたパーシュとフレードも聞き捨てならないと感じたのか目を鋭くしてアントニウスを睨んだ。
カムネスと向かい合っていたアントニウスは周りの鋭い視線に気付くと少し驚いたような表情を浮かべながらカムネスたちを見回した。
「な、何だその目は? どんなことがあってもユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードを生け捕りにするのが私たちの役目だ。なら例えボロボロの状態だとしても二人を捕らえようと考えるのが当然だろう」
「何だと? テメェ、もういっぺん言ってみ……」
フレードがアントニウスに文句を言おうと前に出ようとするが、カムネスが腕をフレードの前に出して止めた。
制止するカムネスを見たフレードは「何で止めるんだ」と目で訴えようとする。だが、カムネスが僅かに表情を鋭くしていることに気付くと意外そうな表情を浮かべた。
「……アントニウス先生、僕もどちらかと言うと結果を優先する性格なので目的のためなら少々荒いやり方をしますし、卑劣な手段も取ります」
「ほぉ、流石は生徒会長だ、よく分かっているね」
「ですが……」
カムネスは僅かに低い声を出しながらアントニウスを見つめ、カムネスを見たアントニウスは迫力を感じたのか思わず目を見開く。
「負傷している生徒を無理矢理前線と向かわせるような非人道的な手段は取りません。そんなことをしても失敗するのは目に見えています。何よりも生徒の命を危険に晒すことなどできません」
「な、何だと? 私が非人道的だと言いたいのか?」
「いいえ。……ただ、結果よりも生徒たちのことを優先してほしいと思っただけです。貴方は指揮官である以前に教師なのですから」
静かに語るカムネスを見てアントニウスは言葉に詰まり、視線を動かして周りにいるパーシュたちを見る。
パーシュたちはカムネスと同じ気持ちなのか、「生徒を大切にしろ」と言いたそうに鋭い視線を向けていた。フィランは相変わらず無表情のままアントニウスを見つめている。
生徒たちは指揮官である自分の指示には必ず従う、そう思っていたアントニウスはカムネスたちが反抗的な態度を取ったことに驚いて表情を僅かに歪める。しばらくカムネスたちを見ているとアントニウスは苦笑いを浮かべた。
「……わ、分かっている。私も教師である以上、生徒を危険な目に遭わせることは避けたいからね」
(さっきはボロボロになってもルナパレスとサンロードを捕まえろって言ってたじゃねぇか。まったく、調子のいい野郎だ)
立場が悪くなった途端に考え方を変えたアントニウスを見てフレードは心の中で呆れた。
「だ、だが、この部隊の指揮を執っているのは私だ。実行可能な指示には従ってもらうぞ?」
「ええ、勿論です」
「では、急いで周囲の捜索を終わらせて出発の準備をしなさい!」
指示し終えたアントニウスはこれ以上この場にいたくないのか、逃げるかのようにカムネスから離れていく。アントニウスが去るのを見届けたフレードは鼻を鳴らし、パーシュも呆れたように溜め息をつく。
「……それで? これからどうするんだい?」
アントニウスがいなくなって気が楽になったのか、パーシュは少し疲れたような表情を浮かべながらカムネスに尋ねる。
カムネスはパーシュに視線を向け、フレードやロギュンも話の内容が変わると表情を和らげてパーシュの方を見た。
「ロギュンと接触したことでルナパレスとサンロードは僕たちが近くまで来ていることを知ったはずだ。となると、少しでも僕たちから距離を取るために急いで目的地の森へ向かうだろう」
「つまり、この先にあるルジェヴィラスには立ち寄らずに森を目指すってことかい?」
「可能性は高いだろう」
カムネスの話を聞いてパーシュは腕を組みながら難しい顔をする。
「それなら、あたしらもルジェヴィラスには寄らず、このまま五聖英雄がいると思われる森を目指して移動した方がいいね」
「待てよ、アイツらがこっちの裏をかいている可能性だってあるぞ」
パーシュの隣にいるフレードが声を掛けると、パーシュはチラッとフレードの方を向いた。
「俺らがルジェヴィラスに入らずに先を急ぐと予想し、敢えてルジェヴィラスに入って俺らを撒こうって考えてるんじゃねぇか?」
「確かにその可能性もゼロではありませんわね」
フレードの予想を聞いたミスチアは一理あると感じて考え込む。だが、パーシュはフレードの話を聞いて呆れたような表情を浮かべていた。
「単純な考え方だね。もう少しよく考えたらどうだい?」
「ああぁ? 何だとテメェ」
予想を否定されたフレードは鋭い目でパーシュを睨みつける。ユーキとアイカのどう動くか考えて発言したのにそれを単純と言われたフレードは一気に機嫌を悪くした。
パーシュは自分を睨むフレードと向かい合うと真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「いいかい? あの子たちの目的は北西の森にいるかもしれない五聖英雄に会って薬を作ってもらい、自分たちの体を元に戻すことだ。少しでも早く、そして何の問題も無く元の体に戻りたい思ってる二人はあたしらに追いつかれる前に五聖英雄に会いたいと思ってるはずだよ。わざわざルジェヴィラスに入って森に辿り着く時間を遅らせる必要は無いだろう?」
「……確かに、な」
フレードはパーシュの説明を聞いて一理あると感じて呟く。ただ、その声からは仲の悪いパーシュに説得力のある言葉を言われたことに対する悔しさのようなものが感じられた。
「それだけではありません」
パーシュに続いてロギュンが語り、パーシュとフレードはロギュンの方を向く。
「もしルジェヴィラスの町に入れば、間違い無く私たちはユーキ君とアイカさんよりも先に目的との森に辿り着きます。二人は私たちが先に森に着けば自分たちを捕らえるために待ち伏せするに違いない、と考えるはずです」
「つまり、待ち伏せされるのを防ぐためにもルジェヴィラスには寄らずに北西へ向かうってことか」
「ええ。ただ、森から一番近くにあるソルトレアの町には立ち寄ると思います。情報では五聖英雄、スラヴァ・ギクサーラン殿と思われる人物は森とソルトレアの町を行き来しているそうです。その人の情報を得るために二人が町に入る可能性は十分あるでしょう」
寄り道せずに北西の森を目指す可能性が高い理由を聞かされたフレードは流石に納得してルジェヴィラスの町には立ち寄りないと考える。同時にフレードたちはユーキとアイカがソルトレアの町に必ず入るだろうと予想した。
「それじゃあ、俺たちもこのままルジェヴィラスには入らず、北西を目指して移動するってわけだな?」
「ああ。周囲で捜索をしている生徒を集め、すぐに出発する。……フレード、お前は生徒を集め、目的地を伝えながら全員揃っているかを確認しろ」
「了解だ」
「ドールスト、君はフレードを手伝ってくれ」
「……分かった」
返事をしたフレードとフィランは捜索や周囲の警戒をしている生徒を集めに向かう。
二人を見送ったカムネスは続けてロギュンとミスチアに視線を向けた。
「ロギュン、チアーフル、お前たちはルナパレスとサンロードと戦って負傷した生徒たちの状態を確認し、まだ傷が治っていないのなら回復魔法が使える生徒に治させるんだ。それで戦える状態まで回復したら再びルナパレスとサンロードの捕縛に参加させる」
「了解しました」
「分かりましたわぁ」
ロギュンとミスチアは自分たちと共に戦った生徒たちの様子を見に向かう。
ユーキとアイカと戦った生徒たちは全員峰打ちを受けたため命に別状は無く、打撲傷だけ負っていた。しかし、中には未だに痛みが引いていないほどの攻撃を受けた生徒もおり、そんな生徒たちは今でも休んでいる。
カムネスは残っているパーシュの方を向き、目が合ったパーシュも自分の何か仕事があると悟る。
「パーシュはお前はグラトンにルナパレスとサンロードの匂いを覚えさせてくれ」
「へ? グラトンに?」
予想外の仕事を任されたパーシュは思わず訊き返す。
「そうだ。少しでも早く追いつけるよう、グラトンに二人の匂いを嗅がせて追跡する」
「ああぁ、成る程ね」
納得したパーシュは座り込んでいるグラトンの方を見た。
ヒポラングであるグラトンは嗅覚が鋭く、遠くにいる獲物や敵の嗅ぎ分けることができる。パーシュは初めてグラトンに会った時にそれを目にしているため、ユーキとアイカから離れていても十分後を追えると思っていた。
「分かったよ、ユーキとアイカの持ち物を持ってきてるからその匂いを覚えさせておく。と言うか、あの子たちの匂いを追わせるためにグラトンを連れてきたんだけどね」
パーシュはカムネスの方を向くと頷きながら言った。実はグラトンを捕縛部隊に参加させたのはパーシュで、居場所が分からないユーキとアイカを見つけるためにグラトンの優れた嗅覚を役立てようと思っていた。
「では、任せるぞ。僕はアントニウス先生に今話したことを伝えてくる」
カムネスはそう言ってパーシュに背を向けてアントニウスの下へ向かう。残ったパーシュはグラトンの方を向くと両手を腰に当てて苦笑いを浮かべた。
「アンタには色々迷惑をかけることになっちまうけど、あの子たちを見つけるためだから協力しとくれよ?」
「ブオォ?」
パーシュを見るグラトンは不思議そうに小首を傾げながら鳴き声を出した。
グラトンは通常のヒポラングと違って知能が高いため、単純な言葉は理解できる。だが、難しい言葉は理解できないため、ユーキとアイカがメルディエズ学園から逃亡したことを理解しておらず、なぜ逃亡したのかも分かっていない。だから、どうして捕縛部隊に参加させられているのかも理解できていないため、ただパーシュに連れられて来たのだ。
「じゃあ、あたしはユーキとアイカの持ち物を持ってくるから、ちょっと此処で待っててくれよ?」
そう言ってパーシュは荷馬車が停められている方へ走っていく。パーシュはグラトンをユーキとアイカを捕らえるのに使おうとは思っておらず、あくまでも追跡するためだけに連れて来たため、二人と戦闘になっても前線に出そうとは思っていなかった。
――――――
一本道の片隅ではディックスが一台の荷馬車に積まれてある荷物の確認をしており、隣ではトムズが荷物の種類や数が記入された羊皮紙を見ながらディックスが確認する荷物を見ている。
荷物の中には食料や武器、ポーションなど様々な道具が積まれており、二人は足りない物が無いか調べていたるのだ。
「食料は問題無いな。これなら次に町に立ち寄るまで十分持つだろう」
「そうだね……」
ディックスは作業をしながら小さな声で返事をする。その声には元気が無く、トムズはディックスを見ると複雑そうな表情を浮かべた。
「……まだ納得できていないのか? ルナパレスとサンロードを捕まえることに」
「当然だよ。いくらベーゼ化したからと言って、薬とかで体を戻そうともせず、いきなり軍に引き渡すなんて無茶苦茶だ」
作業の手を止めたディックスはトムズの方を見ながらどこか悔しそうな表情を浮かべて答える。トムズは力の入った声を出すディックスを見ると小さく溜め息をついた。
「俺だってお前と同じ気持ちだ。あの二人をベーゼとして引き渡すことに納得していない」
「だったら……」
「だけどな、先生たちが民主主義によって決定した以上、正当なやり方ではどうすることもできない。だから会長はルナパレスとサンロードを学園に連れ帰っても先生たちに引き渡さず、時間を稼ぎながら薬が出来上がるのを待つって強引なやり方をすることにしたんだ」
「その方法で本当にユーキ君とアイカ先輩を助けることができるの?」
「分からない。今はハージャック教頭が学園長の代行をしているからな、あの人やその味方をする先生たちを説得するのも難しいだろう。……俺たちにできるのは会長や副会長を信じることぐらいだ」
深刻な顔をしながらトムズは羊皮紙に目をやる。トムズもユーキとアイカを助けたいと思っているため、二人をメルディエズ学園に連れ帰った後、カムネスたちが教師たちを上手く説得してくれることを願っていた。
ディックスはトムズを見ながら生徒である自分が無力なことを知り、俯きながら悔しそうな顔をする。同時にベーゼ化する可能性があるからと言ってユーキとアイカをアッサリ切り捨てようと考えたロブロスや彼に賛同した教師たちに腹を立てた。
「相変わらず甘い考え方をするのね?」
不満を感じているディックスとトムズに誰かが声を掛け、二人は同時に声が聞こえた方を見る。そこには両手を腰に当てながら呆れ顔をしているハリーナの姿があった。
「先生たちがあの二人を軍に引き渡すって判断したんだから、難しいことは考えずに捕まえればいいでしょう? 何でそこまでしてあの二人を助けようと考えんのよ?」
「……ハリーナ、お前こそ何を言ってるんだ? 同じメルディエズ学園の生徒が碌な治療も受けさせてもらえずに軍に売られようとしてるんだぞ。それなのにどうしてそんな冷たいことが言えるんだよ?」
「だってあの子たちは半分ベーゼなんでしょう? ベーゼである以上、危険な存在として軍に引き渡すのは当然じゃない。あたしは教頭先生たちの考えは間違ってないと思うけど?」
「何だと!?」
ディックスはあまりにも酷い発言をするハリーナに表情を険しくし、ハリーナは興奮するディックスを見ながら小さく鼻で笑った。
「なぁに? あたしはメルディエズ学園の生徒と言う立場から正しいと思ったことを言っただけよ。アンタもメルディエズ学園の生徒なら平和のためにベーゼになったあの子たちを捕まえて軍に引き渡そうと考えるべきなんじゃないの?」
「ユーキ君とアイカ先輩はまだベーゼになっていない。元の生活に戻るため、もう一度メルディエズ学園の生徒として生きるために必死に薬を手に入れようとしているんだ。それに僕は仲間であるユーキ君を見捨てるようなことはしたくない」
「そんなこと言って捕縛部隊に参加してるじゃない。言ってることとやってることが矛盾してるんじゃないの?」
「仕方がないだろう。僕らが参加しなきゃ下級生が参加させられることになってたし、それでも参加しない生徒には『校則違反と見なして処分を下す』って横暴なことを言ってきたんだ。僕もトムズ兄さんも仕方なく参加してるんだよ」
「フ~ン。まぁ、そう言うことにし解いてあげるわ」
興味の無さそうな顔をしながら返事をするハリーナを見てディックスは拳を震わせる。自分は本当にユーキとアイカを心配しているのに信用していない態度のハリーナを見てディックスは気分を悪くした。
「それにしても、元に戻れるかどうか分からないのに薬を手に入れようとするなんて、あの子たちも意外と馬鹿よねぇ。と言うか、本気に元に戻れると思ってるの?」
「……ッ! ハリーナ、いい加減にしろよ。人を見下したり、努力を嘲笑うような言い方ばかりして、恥ずかしくないのか?」
力の入った声を出しながらディックスはハリーナの傲慢さを指摘する。自分を見下すのならともかく、必死に元に戻ろうとしているユーキとアイカを馬鹿にしたため、ディックスも流石に我慢できなかった。
ハリーナはディックスの言葉を聞くと一瞬笑みを消すが、すぐに不敵な笑みを浮かべてディックスを見つめた。
「随分偉そうなことを言うじゃない。学園でも並の成績した出せず、ベーゼとの戦闘経験も浅い落ちこぼれのくせに……いつからそんなにデカい口が利けるほど偉くなったのよ」
僅かに低い声を出しながら話しかけるハリーナを見てディックスは僅かに寒気を感じる。今のハリーナは笑ってこそいるが、その目からはディックスに対する苛立ちが感じられ、ディックスは思わず身構えた。
「お前たち、それくらいにしておけ」
トムズが口論する二人を止め、ディックスとハリーナはトムズの方を向く。トムズは二人が自分に注目しているのを確認すると、軽く溜め息をついてからハリーナの方を向いた。
「ハリーナ、お前がルナパレスとサンロードをどう思うかは自由だ。だけどな、ディックスの言うとおりあの二人は元に戻るために必死に薬を手に入れようとしている。その努力を馬鹿にするようなことはするな」
「……ハイハイ、分かったわよ」
そう言うとハリーナはディックスとトムズに背を向けて離れていく。ディックスはハリーナの後ろ姿を睨んでおり、トムズも無言で見つめている。
(あ~イライラする! 落ちこぼれディックスのくせにあたしにあんな口を利くなんて生意気としか言えないわ。トムズもディックスの味方をするなんてどうかしてるわよ)
ハリーナは歩きながら心の中でディックスとトムズの態度を不満に思う。プライドが高いハリーナはディックやトムズを下に見ていたため、その二人に注意されたことに腹を立てていた。
(……まぁいいわ。もうすぐアイツらも学園と一緒に終わるんだから、今の内に好き勝手やってればいいのよ)
落ち着きを取り戻したハリーナは立ち止まって小さく俯く。この時のハリーナは何かを企んでいるようだったが、誰もそのことに気付いていない。
(それにしてもロギュンたちを倒しちゃうなんて、ユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードはかなりの力を持っているみたいね。……何としてもあの二人に追いついて接触しないと)
心の中で呟くハリーナは顔を上げると再び歩き出して出発の準備をしに行く。
その後、全ての準備を終えたカムネスたちは荷馬車に乗り、逃走したユーキとアイカの追跡を再開した。
――――――
月が昇る夜空、幾つもの丘がある平原の中にユーキとアイカの姿がある。二人の近くには先程まで燃えていたと思われる焚き火があり、薄っすらと煙を上げていた。
現在、ユーキとアイカはルジェヴィラスの町から西へ行った所にある平原におり、夜営をして一夜を過ごしている。最初はルジェヴィラスの町で荷馬車に乗って次の町へ向かうつもりでいたが、ロギュンたちと接触したことで追手が近くまで来ていることを知り、少しでも追手から距離を取るためにルジェヴィラスの町に立ち寄らずに先を急いだ。
暗くなるまでに行ける所まで行こうと考えた二人は歩き続け、夜になった頃に今いる平原に辿り着き、これ以上進むのは危険だと判断して休むことにした。
ユーキは腕を組みながら周囲を見回して近づいてきている者がいないか見張っている。ロギュンの戦闘でボロボロになってしまった服は捨て、メルディエズ学園から持って来た予備の白い長袖に着替えていた。そして、ユーキの近くではアイカが布を掛けながら静かに寝息を立てている。
休んでいる間に追手が来る可能性があると考えたユーキとアイカは交代で夜中の見張りをすることにし、今はアイカが休んでユーキが見張りをしている。
暗い中、追手が近づいて来ているかを確認するのなら明かりを得るために焚き火を付けるべきだと思われるが、それでは追手であるカムネスたちに居場所がバレてしまうため、敢えて焚き火は付けずに見張りをすることにした。
「……会長たちの姿は、無いな。このまま何事もなく夜を過ごすことができればいいんだけど……」
ユーキは周囲を見回しながら呟く。焚き火の明かりが使えないため、ユーキは強化で自身の視力を強化して夜目が利くようにし、暗い中でも遠くが見えるようにしていた。
「このまま会長たちから上手く逃げ切って森に辿り着くことができればスラヴァさんに会うことができる。あとは体を元に戻す薬を作ってもらい、薬を飲んで元に戻ってから会長たちと合流すれば学園に戻れるはずだ」
自分たちが追われている原因は体が半分ベーゼ化していることなので、元の体に戻ればカムネスたちと争うことはないとユーキは確信しており、必ず目的地である北西の森へ向かい、スラヴァを見つけようと考えていた。
「……とは言え、スラヴァさんが森の何処にいるかは分かってないからな。森に入る前にスラヴァさんがよく行き来しているって言われているソルトレアの町に行って情報を集める必要があるな」
情報が無ければ森に入ってもスラヴァを見つけるのは困難だと考えたユーキは先にソルトレアの町に立ち寄ろうと考える。
カムネスたちに追跡され、いつ追いつかれてもおかしくない状況で寄り道をするのは危険だが、確実にスラヴァを見つけるには情報を集めるしかなかった。
「明日の朝に出発し、何事もなく移動できれば正午くらいにはソルトレアに着くはずだ。……次の交代でアイカが起きた時に町に寄るって伝えておこう」
そう言ってユーキは眠っているアイカの方を向く。月明かりに照らされながら静かに眠っているアイカの顔はユーキにはとても美しく見えた。
ユーキはアイカの顔を見て小さく微笑むと前を向いて周囲の見張りを続けた。




