第百三十九話 修復と浮遊の脅威
ユーキたちから少し離れた所ではアイカとミスチアが向かい合っている。アイカはプラジュとスピキュで二の字構えを取り、ミスチアはウォーアックスの振り上げる体勢を取りながら構えていた。
先程まで二人は攻防を繰り広げていたのだが、一度態勢を立て直すためにお互いに後退して距離を取っていた。
戦い始めてからまだ数分しか経過していないが周囲の空気は張り詰めており、アイカは表情を鋭くしながらミスチアを見ている。一方でミスチアは余裕の笑みを浮かべながらアイカを見つめていた。
「なかなかやりますわね?」
どこか楽しそうな口調でミスチアは語り、アイカはそんなミスチアを無言で見つめている。
最初、ミスチアは普通の女子生徒と比べて身体能力の高い自分の方が有利ですぐにアイカを倒すことができるだろうと考えていた。
しかし予想以上に抵抗するアイカにミスチアは驚き、同時に戦い甲斐のある相手だと楽しさを感じていた。
ミスチアが楽しく思っている中、アイカはミスチアを厄介に思っていた。ミスチアが普通のエルフと違って優れた筋力を持っており、しかも混沌術を使えるため、アイカは苦戦を強いられると感じている。
「先生たちから貴女とユーキ君はベーゼ化したことで強くなっている聞きました。ですが、私のここまでやり合えるほど強くなっていたとは思いませんでしたわ」
「以前の私だったらミスチアさんの力に押し切られ、今頃は倒れていたでしょう。ですが、今の私ならミスチアさんと互角に戦えます」
「あら、ご自分の力を自慢してますの? 言っておきますが、少し力が強くなったからと言って私に勝てるとは限りませんわよ」
挑発してくるミスチアをアイカは鋭い目で見つめる。確かに身体能力が強化されたからと言ってミスチアより強いと言うわけではない。油断すれば足をすくわれると感じたアイカは警戒心を強くする。
アイカが警戒している間、ミスチアは両足を曲げ、地面を強く蹴ってアイカとの距離を一気に縮めた。そしてアイカが間合いに入ると振り上げていたウォーアックスを振り下ろし攻撃する。
ミスチアもユーキとアイカを生け捕りにしなくてはいけないことは分かっているため、致命傷を負わせないよう刃がついていない方で殴打するように攻撃した。
振り下ろされたウォーアックスを見たアイカは後ろに跳んで振り下ろしを回避する。かわされたウォーアックスは地面に触れ、同時に大きな音を立てながら地面を軽く凹ませた。
地面の凹んだ箇所を見たアイカは改めてミスチアの筋力に驚き、直撃だけは絶対に避けなくてはと感じる。
ミスチアは攻撃をかわしたアイカの方を見ると彼女を追いかけ、今度は右上から斜めに振って攻撃した。
アイカは咄嗟にスピキュでウォーアックスを防いだ。スピキュとウォーアックスがぶつかったことで左手に衝撃が伝わり、アイカは僅かに表情を歪ませる。
ミスチアはアイカが表情を歪ませるのを見ると不敵な笑みを浮かべ、ウォーアックスを連続で振って攻撃する。ミスチアの連続攻撃をアイカはプラジュとスピキュを器用に扱って防いでいく。
攻撃を防ぐ度にアイカの両手に衝撃が伝わってくる。だが先程と比べて衝撃は軽く、耐えられない程ではないため、アイカは焦らずに防御し続けた。
「やりますわね。これなら少し本気を出しても大丈夫そうですわ」
連撃を繰り出していたミスチアは軽く後ろに跳んでアイカから離れ、突然距離を取ったミスチアを見てアイカは意外そうな表情を浮かべた。
だが、ミスチアは距離を取ってすぐにアイカに向かって跳んで距離を詰め、今度はウォーアックスを右から大きく振る体勢を取っていた。
「彗星旋回打!」
ミスチアはウォーアックスを強く握りながら勢いよく右から横に振ってアイカを攻撃する。アイカは迫って来るウォーアックスを見ると咄嗟にプラジュとスピキュを交差させて攻撃を防いだ。
剣とウォーアックスの柄がぶつかったことで今まで以上の衝撃が伝わり、アイカは体勢を崩さないよう足に力を入れて耐えようとする。しかしミスチアの攻撃は重く、必死に耐えようとしていたアイカだったがそのまま後ろに飛ばされてしまう。
「キャアアアアッ!」
声を上げるアイカは飛ばされ、数m先で背中を地面に擦り付けながら停止する。
背中の痛みにアイカは奥歯を噛みしめ、ゆっくりと上半身を起こしてミスチアを確認した。ミスチアはウォーアックスを肩に担ぎながら近づいて来る。
「やりますわね? 大抵の敵は私の彗星旋回打を受けた直後に吹っ飛ばされてしまうのですが、貴女は攻撃を防いでしばらく耐えていました。大したものですわ」
自分の技に一瞬だが耐えたアイカを見てミスチアは小さく笑う。技に耐えたことに驚いてはいるが、それ以上に耐えられるだけの筋力と気力を持つアイカに感心していた。
仰向け状態のアイカの前まで近づいたミスチアはウォーアックスを両手で握りながらアイカを見下ろす。そんなミスチアをアイカは倒れたまま見つめた。
「まだ戦うつもりですの? これ以上続けても貴女に勝ち目は無いと思いますが」
「……私は最後まで諦めません。それに、勝ち目がないとは思っていませんから」
戦意を失わず、自分に勝機があるとアイカは真剣な表情で語り、そんなアイカを見たミスチアは目元をピクッと動かして目を鋭くする。その表情は自分に勝てると考えているアイカに腹を立てているように見えた。
「でしたら、諦めがつくよう、もう少し痛めつけることにしますわ」
不機嫌そうな様子でミスチアはウォーアックスを振り上げた。だがその直後、アイカは倒れたまま左手をミスチアの下半身に向けて伸ばし、スピキュを握る手の前に白い光を発生させる。
「光の矢!」
アイカは左手から光の矢をミスチアの右足に向けて放つ。ミスチアの命に関わらないよう急所でない箇所を狙った。
ミスチアはアイカの光の矢を見て驚き、急いで避けようとするが至近距離から放たれたため回避が間に合わず、右足の大腿部を掠めてしまう。
右足の痛みにミスチアは表情を歪めながら後ろによろめき、その隙にアイカは立ち上がって隙を見せているミスチアにプラジュで袈裟切りを放った。
反撃してきたアイカを見たミスチアは鬱陶しそうな表情を浮かべながらウォーアックスの柄で袈裟切りを防ぎ、防御に成功する素早く後ろに下がってアイカから離れた。
右足の痛みに耐えながらミスチアはウォーアックスを構え直し、アイカもプラジュとスピキュを構える。お互いに激しく体を動かし、攻撃を受けたことで疲れが出てきたのか僅かに呼吸が乱れていた。
「やってくれましたわねぇ。私に一撃食らわせるなんて……気に入らねぇですわ」
「お互いに傷つくことは覚悟していたはずです。今更怪我をされられて機嫌を悪くされても困ります」
「フン! ……まあ、いいですわ。例え貴女が私に傷を負わせても戦況は何も変わりませんもの」
不機嫌そうな口調で語るミスチアは自身の混沌紋を光らせて混沌術を発動させる。すると、ミスチアの右大腿部の傷も薄っすらと紫色に光り出して見る見る傷が治っていく。そして、光が消えると右大腿部の傷は初めから無かったかのように消えた。
傷が消えるのを見ていたアイカはミスチアが修復の能力で右大腿部の傷を治したのだと知り、敵に回った時の修復は面倒な能力だと感じる。
大腿部の傷が治り、痛みも消えたのを確認したミスチアはニッと笑いながらアイカの方を向いた。
「これで振出しに戻りましたわ。この修復がある限り、私の方が圧倒的に有利ですわ」
アイカは自分と違って負傷しても傷を瞬時に修復できるミスチアを見て微量の汗を流す。
確かに傷を治すことができれば常に万全の状態で戦うことができるため、アイカの方が不利かもしれない。しかしアイカは諦めず、修復に弱点が無いか構えを崩さずに考える。
諦める様子を見せないアイカを見たミスチアは小さく鼻で笑い、自分との力の差を理解できていないと感じる。再びアイカに諦めをつかせるため、ミスチアはもう少し力を出して戦うことにした。
「水撃ち!」
ミスチアは右手にウォーアックスを持つと左手をアイカに向け、手の中から水球を放ってアイカを攻撃した。
アイカは正面から迫って来る水球を右へ移動してかわすとミスチアに反撃しようとする。だがミスチアはアイカが水球をかわしている間に距離を詰め、いつの間にか目の前まで近づいていた。
目の前まで接近にしていたミスチアを見てアイカは目を見開き、ミスチアはウォーアックスを両手で握るとアイカの頭上から振り下ろして攻撃した。
アイカは再びプラジュとスピキュを交差させて振り下ろしを防ぎ、衝撃に耐えながら両腕に力を入れて僅かにウォーアックスを上に押し上げる。その隙に右へ移動してミスチアの左側面に回り込み、プラジュを振り下ろして反撃した。
ミスチアはウォーアックスを器用に操り、柄を横にしてアイカの振り下ろしを止める。防御に成功したミスチアは後ろに軽く跳んで少しだけ距離を取り、続けてウォーアックスを右から横に振ってアイカの左上腕部を殴打した。
ウォーアックスの直撃を受けたアイカはそのまま殴り飛ばされてしまうが、なんとか体勢を直せる状態だったため、足が地面に付くと力を入れて倒れないようにする。
足を地面に擦り付けながら後退し、やがてアイカは体勢を保ったまま停止する。以前のアイカなら飛ばされた時の勢いに耐えられずに倒れていただろうが、今のアイカは強い身体能力を得ているため、体勢を保つことができた。
アイカは痛みに耐えながら態勢を整えてミスチアの方を見た。
ミスチアはアイカと目が合うとウォーアックスの先端をアイカに向けながら走り出し、アイカが間合いに入った瞬間にウォーアックスを右斜め上から振って攻撃する。
アイカは後ろに下がってウォーアックスをかわすとそのままミスチアに向かってジャンプし、僅かに高い位置からプラジュとスピキュを振り上げた。
「サンロード二刀流、陽光剣!」
ミスチアに向けてアイカは振り上げたプラジュとスピキュを同時に振り下ろす。軽い攻撃ではミスチアを戦闘不能にできないと感じたアイカは少し強めの攻撃することにした。
振り下ろされたプラジュとスピキュを見たミスチアは素早くウォーアックスの柄で振り下ろしを防ぐ。ぶつかったことで衝撃が伝わり、ミスチアは僅かに表情を歪ませた。
押されないようミスチアは腕と足に力を入れて耐える。だが、ウォーアックスの柄は振り下ろしに耐えられず、真ん中から僅かに曲がった。
ウォーアックスが曲がったのを見てミスチアは驚き、咄嗟に後ろに跳んでアイカから離れる。
アイカは着地すると同時にプラジュとスピキュを構え直すが追撃はしなかった。強い攻撃を放ったとは言え、自分の攻撃でウォーアックスの柄が曲がったことにアイカ自身も驚いて追撃することを忘れていたのだ。
「……まさかウォーアックスを曲げてしまうとは思いませんでしたわ。これもベーゼ化によって得た身体能力のおかげでしょうかね」
僅かに曲がったウォーアックスの柄を見ながらミスチアは意外そうな顔で語る。普通、自分の武器が破損すれば戦いが不利になるため、もう少し焦りを見せるのだが、ミスチアは焦りを一切見せていない。
「武器が使えなくなれば、普通の戦士は戦意を失うかもしれません。ですが、私は別ですわ」
そう言ってミスチアは再び修復を発動させる。発動と同時にウォーアックスの曲がった箇所が光り出して形を変えていき、光が消えるとウォーアックスの柄は曲げられる前の形状に戻っていた。
元の形に戻ったウォーアックスを見たアイカは修復が生き物の体だけでなく、破損した無機物も元に戻せることを思い出して小さく声を漏らす。
ミスチアはウォーアックスを頭上で勢いよく回し、使っても問題ないことを確認するとアイカを見ながら石突の部分で地面を強く叩く。
「お分かりになりましたか? 貴女がどれだけ優れた力や技術を持っていようと、この修復を持つ私には敵いません。修復は肉体だろうが武器だろうが、破損した物を一瞬で修復する前の状態に戻すことができます。この修復こそ、最高の能力ですのよ」
勝利を確信したのかミスチアは笑いながらウォーアックスを構え、そんなミスチアを見てアイカは緊迫した表情を浮かべる。
(確かに武器を破壊しようと、ミスチアさん自身を攻撃しようとあの修復がある限り何度でも修復されてしまう。いったいどうすれば……ん?)
対抗策を考えていたアイカは何かに気付いてフッと反応する。
(もしかすると、ミスチアさんの修復は……)
笑いながら構えるミスチアと彼女が持つウォーアックスを無言で見つめながらアイカは考え、やがて真剣な表情を浮かべながらミスチアを見つめる。
(一か八か、やってみるしかないわ!)
アイカは足を軽く曲げて攻撃する体勢を取る。そんなアイカを見たミスチアはまだ諦めていないと感じ、呆れ顔で小さく溜め息をつく。
「まだ戦う気ですの? アイカさんはもう少し賢い方だと思っていましたが、私の勘違いだったようですわね。貴女のような諦めが悪く、お馬鹿な女性はユーキ君の隣に相応しくありません。次で貴女を倒し、それを分からせてあげますわ!」
ミスチアは地面を蹴って走り出すとアイカとの距離を縮めていく。近づいて来るミスチアを見たアイカもジッとミスチアを睨んでいる。この時のアイカはユーキの隣に相応しくないと言われたことで少し腹を立てていた。
プラジュとスピキュを握る手に力を入れたアイカはミスチアがどのように攻撃してくるか予想しながら様子を窺う。やがて一定の距離まで近づいたミスチアはウォーアックスを頭上から振り下ろして攻撃する。
アイカは迫って来るウォーアックスを見ると冷静に左へ移動して振り下ろしを回避し、ミスチアの右側面に回り込むとジャンプしてプラジュとスピキュを振り上げた。
「陽光剣!」
先程と同じ技を使ったアイカはプラジュとスピキュを振り下ろす。今回は前のように手加減はせず、少し機嫌も悪くしていたため、アイカは全力で攻撃した。
ミスチアは同じ技を放つアイカを見ると「何度やっても同じだ」と言いたそうな表情を浮かべ、再びウォーアックスの柄でプラジュとスピキュを止める。だが、今度の攻撃は衝撃が強くなっていたため、ミスチアは奥歯を噛みしめながら表情を歪ませていた。
重さと衝撃に耐えながらミスチアはアイカの攻撃を防ぐが、ウォーアックスの柄は耐えられずに最初の陽光剣を防いだ時以上に大きく曲がってしまう。
ミスチアは曲がった柄を見て面倒そうな表情を浮かべ、修復するために距離を取ろうとする。するとアイカはミスチアが距離を取る前にスピキュを素早く振ってウォーアックスの刃を峰の部分で殴打し、刃に大きめの罅を入れた。
刃に罅が入ったのを見たミスチアは舌打ちをしながら後ろに下がってアイカから離れる。アイカは距離を取ったミスチアを見つめながらプラジュとスピキュを下ろす。
「先程と比べると力はずっと強かったですわね。おかげでウォーアックスが振り回せないくらい曲がってしまいましたわ。……ですが、どんなに滅茶苦茶に破壊しようと無駄ですわ。修復がある限り、私は何度でも戦えますのよ」
ミスチアは笑いながら修復を発動させてウォーアックスの修復を始める。アイカはウォーアックスを直そうとするミスチアを止めようとせず、黙って見つめている。
修復の力によって罅の入ったウォーアックスの刃が光り出し、破損する前の状態に戻る。無事に刃が戻ったのを見たミスチアは小さく笑い、次に曲げられた柄に視線を向けた。ところがなぜ曲がった柄は光らず、いつまで経っても元の状態に戻らない。変化の無い柄を見たミスチアは驚きの表情を浮かべた。
「ど、どうして柄が修復されないんですの!?」
「……どうやら、私の予想は当たったようですね」
驚くミスチアにアイカが声を掛け、ミスチアはフッとアイカに視線を向ける。アイカはミスチアの顔を見ると落ち着いた口調で語り始めた。
「修復は肉体や武器など、破損した物を瞬時に元に戻せる優れた能力、私も最初はそう思っていました。ですが、先程ミスチアさんが言った『修復する前の状態に戻す』という言葉を聞いて、ある可能性が思い浮かんだんです。修復が戻せるのは能力で修復する“直前の状態”までなのではないか、と」
「……何が、言いたいんですの?」
「もし修復する直前の状態に戻すのなら、一度破損させた後に新たに破損させれば、後からできた傷や破損部分を修復するだけで、その前にできた破損は修復されないかもしれないと考えたんです。ですからウォーアックスを曲げた直後、ウォーアックスに新しい傷をつけたのです」
説明を聞いたミスチアは大きく目を見開いてアイカがウォーアックスの刃に罅を入れたのを思い出す。アイカがウォーアックスの刃に罅を入れたのは修復が修復できる限界を確かめるためだったのだと知ってミスチアは衝撃を受けた。
ミスチアは曲がったままのウォーアックスを見ながら奥歯を噛みしめて悔しそうな表情を浮かべる。どうやらアイカの予想は当たっており、ウォーアックスを元に戻すことはできないようだ。
今までミスチアは修復の修復能力の高さから、自分が戦いで後れを取ることは無いと考えていた。だがその思い込みのせいで、いつしか修復の欠点を忘れてしまい、今回のような失敗を犯してしまったのだ。
ミスチアがウォーアックスを直そうとしないのを見て、アイカは自分の仮説が正しかったと知る。もし仮説は間違っていたらミスチアに勝つ手段が浮かばずに負けていたかもしれないため、仮説があっていたことにホッとした。
「武器が使えなくなった以上、貴女に勝ち目はありません。……負けを認めてくださいませんか?」
「クウゥ! ……仕方ねぇですわね。悔しいですが、貴女のおかげで混沌術の弱点を思い出すことができました。……今回は負けを認めてやりますわ」
渋々ミスチアは負けを認める。素手で戦うことも可能だが、修復の弱点を見抜かれてしまった今の状態では勝ち目が無いため、ミスチアは戦いを続けようとは思わなかった。
アイカはミスチアの反応からもう自分を捕らえるような行動はとらないと感じて肩の荷を下ろした。
「ですが、負けを認めるのは今回だけですわよ! もし次に貴女と戦うことがあれば、その時は負けませんからね!?」
「え? ハ、ハイ……」
負け惜しみのような発言をするミスチアを見ながらアイカは小さく頷く。
――――――
時は少し遡り、アイカとミスチアが戦い始めた頃、ユーキも月下と月影を構えながらロギュンと向かい合っていた。緊迫した表情を浮かべるユーキの前では四本の投げナイフを宙に浮かせるロギュンが立っており、鋭い目でユーキを見つめている。
ユーキはロギュンがいつ投げナイフを飛ばしてきてもすぐに対応できるよう浮いている投げナイフに意識を集中させる。勿論、投げナイフを操るロギュンへの警戒も怠らなかった。
「もう一度言わせてもらいますが、本気で戦ってください? でなければ私には勝てませんよ」
「言われなくても全力で戦うつもりです」
ロギュンを見つめながらユーキは本気で戦うことを伝える。ただ、ロギュンの命を奪うことはできないため、他の生徒と戦ったように峰打ちで攻撃しようと思っていた。
ユーキは足を軽く曲げ、すぐに動ける体勢を取りながらロギュンの動きを窺う。すると、ロギュンがユーキを見つめながら目を見開き、それと同時にロギュンの目の前に浮いていた四本の投げナイフが一斉にユーキに向かって飛んで行く。
迫って来る投げナイフを見たユーキは目を鋭くし、素早く月下と月影を振って飛んで来た投げナイフを全て弾き飛ばす。しかし、弾かれた投げナイフは先程と同じように地面には落ちず、宙に浮いたまま切っ先をユーキに向けて再び襲い掛かって来た。
四本の投げナイフの内、二本はユーキの右斜め前と左斜め前、残りの二本は左右からユーキに向かって飛んで来る。ユーキは視線だけを動かして投げナイフの位置を確認すると強化を発動させ、脚力を強化した状態で後ろに大きく跳んで距離を取る。
全ての投げナイフはユーキが後退すると彼を追いかけるように一斉に飛んでいく。真正面から迫って来る投げナイフを見たユーキは月影を握る左手を投げナイフに向けて伸ばした。
「闇の射撃!」
魔法を発動させたユーキの左手から闇の弾丸が投げナイフに向かって放たれる。刀で弾いてもまた襲ってくるのなら魔法で破壊してしまおうとユーキは考えた。
闇の弾丸は勢いよく投げナイフに向かっていき、真正面から投げナイフにぶつかると思われた。だが、闇の弾丸が投げナイフにぶつかる直前、ロギュンが右手を投げナイフに向けて軽く手首を捻る。すると四本の投げナイフは蛇のような動きで素早く様々な方向へ軌道を変え、前から飛んで来る闇の弾丸を回避した。
「何ぃ!?」
投げナイフの動きを見てユーキは驚愕する。ロギュンの浮遊が物を自在に動かせることは分かっていたが、生き物のような動きができ、しかも闇の弾丸にぶつかる直前に素早く移動させられることができるとは思っていなかったので衝撃を受けた。
闇の弾丸を回避した投げナイフは再びユーキに向かって飛んでいく。今度は先程よりも速く、あっという間にユーキとの距離を詰めた。
ユーキは上半身を右へ反らして飛んできた四本の投げナイフを回避する。だが投げナイフは回避した直後に弧を描くように動いて向きを変え、背後から再びユーキに向かって飛んでいく。
振り返ったユーキは双月の構えを取って飛んでくる投げナイフを見つめ、同時に強化で自分の動体視力を強化して投げナイフがゆっくり動いて見えるようにした。
投げナイフが間合いに入ると素早く月下と月影を振り、二本の投げナイフを叩き落とす。残りの二本はユーキの脇腹に向かって飛んで行くが、刺さる寸前にユーキは左へ軽く跳んで投げナイフをかわす。動体視力を強化したおかげでユーキは投げナイフを問題無く回避することができた。
その後も投げナイフは何度もユーキの周りを飛び回りながら襲ってくるが、動体視力を強化した状態で双月の構えを取るユーキは全ての投げナイフを防御、回避した。その様子を離れた所から見ていたロギュンは真剣な表情を浮かべていた。
「流石はユーキ君ですね。強化の力を使って投げナイフの動きを見極め、全ての攻撃を防いでいる。……これは、もう少し本気を出さないといけませんね」
目を鋭くしながらロギュンは左手を飛び回っている投げナイフに向けてかざす。すると四本のナイフは突然速度を上げ、先程よりも速く動いてユーキを襲う。
(何だ、いきなり速くなったぞ?)
投げナイフの速度が変化したことにユーキは一瞬驚くが、すぐに気持ちを切り変えて投げナイフを防ぐことに集中する。
ユーキは前後左右から襲ってくる投げナイフを全力で防御する。しかし、速度が上がったことで反応するのが難しくなり、ユーキは少しずつ余裕を失っていく。そんな中、左斜め前から一本の投げナイフが迫ってくるが、反応に遅れたユーキはその投げナイフを防げずに左肩を切られてしまった。
左肩に走る痛みにユーキは表情を歪める。肩を切られたことでユーキは隙を作ってしまい、飛び回っているは投げナイフはその隙をつくかのようにユーキに向かっていく。
ユーキは痛みに耐えながら飛んでくる投げナイフを防ごうとするが、全てを防ぐことはできず、防げなかった投げナイフに腕や足を切れてしまう。
(グゥッ! このままじゃいつか動けなくなっちまう。何とかしないと……)
ユーキは投げナイフを防ぎながら打開策を考える。そんな中、遠くから自分を見ているロギュンの姿が目に入り、ユーキはフッと反応した。
投げナイフはロギュンの浮遊の能力で動いているため、彼女を何とかすれば投げナイフの猛攻も止まるかもしれないとユーキは予想した。
ユーキは月下と月影を強く振り、周りを飛び回っている四本の投げナイフを遠くへ弾き飛ばした。投げナイフを遠くへ飛ばしたことで猛攻が止み、ユーキはその間にロギュンに向かって走り出す。
ロギュンは走って来るユーキを鋭い目で見つめている。だが、どういうわけか迎撃する体勢は取らず、棒立ちしたまま走って来るユーキを見ていた。
体勢を変えずに立っているロギュンを見てユーキは不審に思う。メルディエズ学園でも五本の指に入る実力者のロギュンが何もせずに立っているなど明らかにおかしいからだ。
本来はもう少し警戒すべきだが、反撃のチャンスを逃してはいけないと考えるユーキは警戒しながらロギュンとの距離を詰めていく。
ロギュンが間合いに入った瞬間、ユーキは月下で袈裟切りを放ち攻撃する。だが次の瞬間、ロギュンは体勢を変えずに後ろに移動して月下を難なく回避した。
「なっ!?」
ユーキは攻撃をかわしたロギュンを見て思わず声を漏らす。攻撃をかわされることは大した問題ではないが、ロギュンの動きに驚かされた。なぜならロギュンは後ろに跳んだり、後退したのではなく、体勢をまったく変えずに後ろに下がったからだ。
ロギュンが何をしたのかユーキは態勢を整えながら考える。そんな中、ロギュンの制服が薄っすらと紫色に光っているのが目に入った。しかもよく見るとロギュンの体は地面から5cmほど浮いており、ユーキはロギュンを見た瞬間にフッと反応した。
(そうだ、副会長は自分の制服を浮遊で浮かせて空中を移動することができる。高く浮かせることができるんだから、低く浮かせることもできるはずだ。……さっき攻撃をかわしたのも、少しだけ自分の体を浮かせて、俺が攻撃した瞬間に後ろに下がらせて避けたんだ!)
どんな方法で攻撃をかわしたのか気付いたユーキは面倒そうな表情を浮かべた。投げナイフを浮かせて遠隔操作するだけでなく、相手に気付かれないように宙に浮き、体勢を崩さずに回避行動を取れるロギュンは非常に手強い存在と言える。
ロギュンはユーキから距離を取ると左大腿部のホルスターに納めてある投げナイフを抜いてユーキに向かって投げる。体勢を崩していないため、正確にユーキを狙って投げナイフを投げることができた。
ユーキは真正面から飛んでくる投げナイフを月影で弾くと距離を取ったロギュンを追撃しようとする。だが走ろうとした瞬間、後ろから先程弾き飛ばした四本のナイフがユーキに向かって飛んで来た。
後ろからの気配に気づいたユーキは振り返り、切っ先を向ける投げナイフを目にする。投げナイフの方を向き、一本ずつ月下と月影で叩き落していく。
ユーキが投げナイフを防ぐ中、最初に月影で弾き落とした投げナイフが独りでに動き、ユーキの左大腿部の刺さった。ロギュンは新しく投げたナイフにも浮遊の力の付与していたようだ。
左大腿部から伝わる痛みにユーキは奥歯を噛みしめる。更に痛みで僅かに体勢を崩してしまい、その隙に残りの四本の投げナイフも一斉にユーキに迫り、腕や足、脇腹を掠めて切傷を付けた。
連続で体を切られたユーキは僅かにふらつき、倒れたないよう体勢を保ちながらロギュンの方を向く。
ロギュンは宙に浮いたままユーキを見ており、投げナイフはユーキの足に刺さっている物以外の全てがゆっくりと移動してロギュンの方へ飛んで行き、彼女の目の前で停止した。
(クゥッ……副会長、敵に回すとこんなに厄介とは……!)
改めて生徒会副会長であるロギュンの強さに驚くユーキは体中の痛みに耐えながら構えた。
ロギュンは傷だらけになってもまだ戦意を失っていないユーキを見て凄い精神力だと感心する。だが同時に往生際が悪いと感じて内心呆れていた。
「これ以上続けても貴方に勝ち目はありません。諦めて学園に戻ってください」
「……嫌です。どんなに不利な状況だろうと、俺は最後まで戦います」
「ハァ……私もこれ以上、貴方を傷つけたくないんです。お願いですから、言うとおりにしてください」
呆れた顔をしながらロギュンはユーキに降参するよう勧めるが、ユーキは構えを解かずも戦意の宿った目でロギュンを見つめた。ロギュンはユーキの顔を見ると何を言われても諦めないのだと悟り、深く溜め息をつく。
「仕方がありませんね。こうなったら貴方を気絶させて連れて帰ることにします」
そう言うとロギュンは右手をユーキに向けて伸ばし、目の前に浮いている四本の投げナイフを動かす。更にユーキの左大腿部に刺さっている投げナイフも操って引き抜き、目の前まで移動させた。
投げナイフを抜かれた時の痛みでユーキは表情を歪ませるが、すぐに真剣な表情を浮かべて正面で浮いている五本の投げナイフを見つめる。
(確かにこのまま戦っても俺が勝つのは難しい。刀でナイフを弾いても意味無いし、接近しても後退されてしまう。……距離を取りながら副会長を攻撃して隙をつくしかない。となると魔法で攻撃するべきだが、魔法は目で確認できるから簡単にかわされちまう。副会長が避けられないような攻撃をしないと……)
攻撃を成功させるためにも、ロギュンが予想もできないような方法で攻撃しないといけない。ユーキは何かいい案が無いか難しい顔で考える。すると何かに気付いたような反応を見せ、視線だけを動かして自分のズボンのポケットを見た。
(……もしかすると、あれを使えば副会長の隙をつけるかもしれない。……他にいい手も無いんだし、試してみるか)
ユーキはロギュンに隙を作らせるため、思い浮かんだ方法を試してみることした。ユーキはロギュンを警戒しながら月影を鞘に納め、月下は右手でしっかり握りながら中段構えを取る。
ロギュンは今まで二刀流で戦っていたユーキが月影を鞘に納めるのを見て意外そうな表情を浮かべる。
刀を鞘に納めれば普通の人間は戦うのを諦めたのだと考えるだろう。だがユーキはまだ月下を握っており、最後まで戦うと言ったため、ロギュンはユーキが諦めたわけではないと確信していた。
(なぜ刀を鞘に納めたのかは分かりませんが、ユーキ君が何かを企んでいるのは間違い無いでしょう。彼が仕掛けて来る前に攻撃して気絶させた方が良さそうです)
先手を打つべきだと感じたロギュンは浮いている五本の投げナイフを一斉にユーキに向けて飛ばした。投げナイフは刃を光らせながら勢いよくユーキに迫っていく。
ユーキは投げナイフを見ながら強化を発動させて再び動体視力を強化し、飛んできたナイフを月下で素早く弾き飛ばす。月影を使わず、月下だけで防いでいるため少し苦労しているが、動体視力を強化しているため大きな問題は無かった。
飛んできた投げナイフを全て弾いたユーキはロギュンの視線を向けた。ユーキと目が合ったロギュンは弾かれた投げナイフを操り、宙に浮かせると切っ先をユーキに向けて攻撃しようとする。
ロギュンが投げナイフを操る中、ユーキは左手をズボンのポケットに入れて何かを取り出す。ユーキの手の中には無数の小さな鉄球があり、それを確認したユーキは動体視力を強化したまま左手の指の力も強化で強化する。そして、親指で鉄球の一つを弾き、ロギュンに向けて飛ばした。
飛ばされた鉄球は勢いよくロギュンに向かって飛んで行き、ロギュンの右肩に命中する。鉄球が当たったことで肩に鈍い痛みが走り、ロギュンは思わず攻撃を中断した。
「なっ! い、今のはいったい……」
何が起きたのか理解できないロギュンは困惑する。そんなロギュンに向けてユーキは再び鉄球を指で弾き飛ばして攻撃した。今度はロギュンの左腕に命中し、ロギュンは再び走る痛みに表情を歪ませる。
ユーキがロギュンに勝つために使った方法、それは指弾だった。魔法と違って小さな鉄球を撃つ指弾なら目で捉えるのは難しく、避けられる可能性も低い。
更に指弾は魔法よりも早く攻撃することができるため、ロギュンが態勢を立て直すのを妨害することもできる。
しかも指弾は異世界には存在しない技術であるため、指弾を知らないロギュンを動揺させることもできた。
ロギュンは左腕の痛みが和らぐと鋭い目でユーキを見た。現状からユーキが攻撃を仕掛けてきているのは間違い無いとロギュンは考えるが、目で確認することができないため防御することができない。
攻撃を防ぐことができないのなら攻撃を仕掛けて止めようと考えたロギュンは右手を前に伸ばして投げナイフを操ろうとする。だがユーキはロギュンに反撃の隙を与えないよう、連続で指弾を放ち攻撃した。
弾かれた三つの鉄球はロギュンの右手、左肩、腹部に命中し、ロギュンは痛みで奥歯を噛みしめる。このままでは未知の攻撃を受け続けると感じたロギュンは態勢を整えるため、宙に浮いた状態で後ろに下がった。
ユーキは距離を取ったロギュンを見ると体勢を立て直させるわけにはいかないと考え、走ってロギュンの後を追う。
走って来るユーキを見たロギュンは僅かに険しい表情を浮かべて左手を前に伸ばす。すると、五本の投げナイフがもの凄い速さでロギュンのところへ戻り、ユーキとロギュンの間に入るとユーキに向かって飛んでいく。
攻撃するのなら正面からではなく背後からの方が当たりやすいと思われるが、この時のロギュンはユーキが距離を詰めようとしていることから危機感を感じており、身を護るために正面に投げナイフを移動させて攻撃したのだ。
投げナイフを見たユーキは速度を落とさずに走り続け、投げナイフが目の前まで来ると月下を素早く振って投げナイフを叩き落す。だが五本の内、一本は弾くことができずユーキの右大腿部を掠めた。
ユーキは右足の痛みに耐えながら走り続け、左手の中にある三つの鉄球を全てロギュンに向けて放つ。
三つの鉄球はロギュンの胸部と腹部、右大腿部に命中し、ロギュンは痛みで思わず体勢を崩す。ロギュンに隙ができたのを見たユーキは走る速度を上げて一気にロギュンとの距離を詰めた。
「クッ!」
全速力で走って来るユーキを見たロギュンは右大腿部のホルスターに残っている投げナイフを抜くとユーキに向けて投げようとする。だがロギュンが動くより先にユーキが仕掛けた。
「繊月!」
ユーキは月下を両手で握り、ロギュンの左側を通過する瞬間に腹部に峰打ちを打ち込んだ。
腹部から伝わる衝撃と痛みにロギュンは声を漏らす。強い攻撃を受けたことで意識が朦朧とし、集中力が途切れて発動していた浮遊も強制的に解除された。
浮遊の効力を失ったロギュンは地面に下り立ち、そのまま両膝を付けて峰打ちを受けた箇所を押さえる。同時に宙に浮いていた投げナイフも全て落ちた。
(そ、そんな、一撃受けただけで気が遠くなるなんて……)
一度の攻撃で意識を失いかけていることが信じられないロギュンは驚きの表情を浮かべながら俯く。
上級生として様々な訓練、戦闘経験を受けた自分は余程強力な攻撃を受けない限り意識を保つ自信があった。にもかかわらず、ユーキの攻撃を受けて意識が朦朧としているため、ロギュンは驚きを隠せずにいる。
(これが、ベーゼ化したユーキ君の強さ……彼は、私たちが思っている以上に……強くなって……)
心の中で驚いていたロギュンは意識を失い、そのまま俯せに倒れて動かなくなった。離れた所で戦いを見ていたトムリアとジェリックはロギュンがユーキの負けたことが信じられず驚愕している。
ユーキは振り返ってロギュンが戦闘不能になったのを確認すると息を軽く吐きながら月下を下ろした。するとそこへ、分かれて戦っていたアイカが駆け寄って来る。
「ユーキ、大丈夫!?」
「ああ、何とかな……」
駆け寄って来たアイカを見ながらユーキは問題無いことを伝える。口では大丈夫だと言ってはいるが、ユーキは体中に無数の切傷や刺傷ができており、それを見たアイカは驚きの表情を浮かべた。
「どう見ても大丈夫って言える状態じゃないでしょう!? 早くポーションを飲んで!」
「あ、ああ」
ユーキは若干興奮するアイカを見て頷くと月下を鞘に納めて自分の鞄が置かれてあるところへ向かい、鞄の中からノヴァルゼスの町で購入したポーションを取り出して飲む。
アイカも自分の傷を癒すため、プラジュとスピキュを納めると鞄の中に入っているポーションを飲んだ。
ポーションを飲んだユーキの傷は一瞬で治り、アイカはユーキの傷が治ったのを見て安心する。もっとも戦闘でボロボロになった服の傷は直らないため、アイカは後で着替えた方がいいかもしれないと思った。
ユーキとアイカが傷を治しているとトムリアとジェリック、ミスチアが二人に近づき、三人に気付いたユーキとアイカは振り返ってミスチアたちの方を見る。
「これからどうするつもりなの?」
「……勿論、先へ進みます。会長たちが近づいてきている以上、いつまでも此処にはいられませんからね。追いつかれないよう、少しでも離れるつもりです」
「そう……」
トムリアはユーキの言葉を聞くと、やはりメルディエズ学園に戻る気は無いと知って少し残念そうな顔をする。
「皆さんはどうなさるのですか? 会長たちが来るまで私たちの足止めをするのですか?」
アイカはミスチアたちを見ながらこの後どうするか尋ねる。もしもミスチアたちにまだ戦う意志があるのなら自分も戦う、アイカはそう考えながらそっとプラジュとスピキュに手を掛けようとした。
「いいえ、私はこのまま貴方たちを見逃そうと思ってますわ。先程アイカさんと戦った時に負けを認めましたし、この状況で貴方たちの邪魔をするのは私のプライドが許しません」
「俺もお前らを止める気はねぇよ。俺とトムリアもルナパレスと戦って負けてるし、何よりも副会長やチアーフルに勝ったお前たちに勝つ自信はねぇ」
「うん、それに傷ついた皆の手当てもしないといけないから」
ミスチアたちに戦意が無いことを知ったユーキは親しい関係である三人と戦わなくていいと知って安心し、アイカもホッとしてプラジュとスピキュに掛けようとしていた手を下ろした。
ユーキとアイカは鞄を肩にかけ、リュックを背負って出発する準備をする。ロギュンから聞いた話ではカムネスたちは近くまで来ているため、一秒でも早く移動したいと思っていた。
準備が済むとユーキとアイカはミスチアたちの方を見る。三人は困ったような顔、心配するような顔、つまらなそうな顔をしながらユーキとアイカを見ている。
「それじゃあ、俺たちは行きます」
「ああ、無茶すんじゃねぇぞ」
「気を付けてね」
「また追いつかれないよう、せいぜい頑張りやがれですわぁ~」
三人が別れの挨拶をするとユーキとアイカは背を向けて走り出し、林の出口へと向かう。ミスチアたちは宣言したとおり、ユーキとアイカが逃走しても妨害はせず、黙って二人を見送った。
ユーキとアイカの姿は林の奥へ消えると、ミスチアたちは気絶しているロギュンたちを一ヵ所に集め、回復魔法やポーションなどで傷の手当てをしながらカムネスたちが来るのを待った。




