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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
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第百三十八話  生徒同士の戦い


 ユーキとアイカはロギュンたちを警戒しながら構える。ロギュンの周りにいる生徒たちも二人が構えるのを見ると一斉に左右に回り込んでユーキとアイカを挟む。戦闘になったら場合、どう動くか打ち合わせをしていたのか無駄な動きはしなかった。

 ロギュンはユーキとアイカの正面から動かず、ミスチアと二人の男子生徒、三人の女子生徒は二人から見て右側に移動し、トムリアとジェリック、四人の男子生徒は左側へ移動する。回り込んだミスチアたちを見てユーキは左、アイカは右を向いて構え直した。


「先程も話したように貴方たちに戻る気が無いのなら捕縛して強引に連れて帰ります。大人しくしてもらうために少々痛い目に遭ってもらうことになりますが、悪く思わないでください?」

「分かっています。副会長たちも仕事で動いているんですから仕方ありません。ただ、俺とアイカも素直に捕まるつもりは無いんで、そっちも怪我することは覚悟してくださいね」


 警告し合ったユーキとロギュンは目を鋭くして目の前の敵を見つめる。二人の会話を聞いていたアイカも怪我を負わせることを伝えたので少しだけ気が楽になった。


「……あの、副会長たちが此処にいらっしゃると言うことは、会長やパーシュ先輩たちも近くにいらっしゃるんですか?」


 アイカは目の前のミスチアたちを見ながらロギュンに尋ねる。

 先程までの会話からカムネスたちも捕縛部隊に参加していることを知り、ロギュンたちと一緒に自分たちを捕まえるために近くまで来ているのではとアイカは予想していた。

 もし今いる林にロギュンたちだけでなく、神刀剣の使い手であるカムネスたちや他の生徒たちもいるのなら確実にカムネスたちとも戦うことになる。そうなればユーキとアイカに勝ち目は無く、メルディエズ学園に連れ帰られてしまう。

 最悪の状況になることを想像したユーキは若干緊迫した表情を浮かべ、アイカも微量の汗を流した。


「いいえ、会長たちはまだ遠くにいると思います。私たちは貴方たちを探すために会長たちよりも先にやってきました。先遣部隊みたいなものです」


 カムネスが近くにいないと聞かされたユーキとアイカは意外そうな表情を浮かべる。同時に最悪の状況になることは避けられたと知って心の中で安心した。


「……もしかして、会長たちが遠くにいるなら逃げられる、なんて思っていませんか?」


 自分たちが相手なら問題無い、そう思われていると感じたロギュンは若干不快な気分になったのか低い声でユーキとアイカに声を掛ける。トムリアとジェリック、ミスチア以外の生徒たちも自分たちが弱く見られていると感じてジッとユーキとアイカを睨んでいた。


「貴方たちは確かに学園でも上位の実力を持っています。しかしこの場にいるのは皆、優秀な生徒です。油断していると痛い目に遭いますよ?」


 ロギュンは鋭い目でユーキとアイカを見ながら警告し、二人はロギュンの言葉を聞くと真剣な表情を浮かべ、視線だけを動かしてロギュンを見る。

 この時にユーキとアイカは神刀剣の使い手であるカムネスたちが遠くにおり、合流するのに時間が掛かるので逃げられるチャンスはあるだろうと思っていた。だが、決してロギュンたちを過小評価しているわけではない。寧ろ面倒な生徒たちが立ち塞がっていると感じている。

 混沌士カオティッカーであり、生徒会副会長であるロギュン、同じく混沌士カオティッカーであるミスチア、そしてトムリアとジェリック、生徒会の生徒たちもいるため、ユーキとアイカは間違い無く楽な戦いにはならないと考えていた。


「こちらには貴方たちの混沌術カオスペルの能力や戦い方を知る生徒もいるんです。貴方たちが勝つ確率は限りなく低いですよ」


 ロギュンの言葉を聞いたユーキとアイカは両手に持つ刀と剣を強く握る。すると二人を挟んでいた生徒たちは戦闘態勢に入り、ユーキとアイカは目の前にいる生徒たちに視線を戻す。

 ユーキは正面にいる生徒たちを警戒しながら様子を窺う。ユーキの目の前にいる生徒の内、二人は剣と柄の長い斧を持った生徒会の男子生徒で、もう一人はレイピアを持った一般の男子生徒だった。

 男子生徒たちは自分の得物を構えながらユーキに近づき、攻撃た届く所まで近づくと生徒会の生徒たちは同時に攻撃を仕掛けた。

 ユーキは月下と月影で剣と斧を防ぐとそのまま外側に払って男子生徒たちの体勢を僅かに崩す。その一瞬の隙をついて素早く月下と月影の刃を内側に向け、峰の部分を外側に向ける。同じメルディエズ学園の生徒を斬ることはできないユーキは命を奪わないよう峰打ちで攻撃することにした。

 相手を殺さないようにしようと思っているのはアイカも同じで目の前に立つミスチアたちを見ながらプラジュとスピキュを持ち替えて峰打ちができるようにした。

 ユーキが月下と月影を持ち替えると剣と斧を払われた男子生徒たちも体勢を直して武器を構え、レイピアを持った男性生徒もユーキを警戒する。

 もう一人の男子生徒は魔導士なのかロッドを持っており、少し離れた位置に立っていた。そして、ユーキと戦うことに抵抗を感じているトムリアとジェリックはロッドを持つ男子生徒の近くで待機している。

 トムリアたちの立ち位置を確認したユーキは軽く足を曲げながら双月の構えを取り、一番近くにいる剣を持った男子生徒に向かって踏み込むと月影で袈裟切りを放つ。

 男子生徒は正面からの袈裟切りを剣で難なく防いだ。だが、その直後にユーキは無防備となった男子生徒の左脇腹を月下で殴打した。

 左脇腹の痛みに男子生徒は表情を歪める。だが体勢は崩さず、痛みに耐えながらユーキに反撃しようと剣を振り上げた。

 だがユーキは反撃の隙を与える気は無く、月影で男子生徒に逆袈裟切りを放つ。月影を受けた男子生徒は痛みで僅かに声を漏らし、そのまま仰向けに倒れて意識を失った。

 一人目を倒したユーキは続けて斧を持った男子生徒に向かって走り出す。男子生徒は仲間が倒されたのを見て驚いていたため、すぐに迎撃体勢を取ることができなった。


「ルナパレス新陰流、繊月せんげつ!」


 ユーキは男子生徒の右側を通過する瞬間に月下で男子生徒の胴体を斬る。峰打ちなので本当に斬られてはいないが、鋭い痛みが男子生徒を襲い、痛みに耐えられなかった男子生徒はそのまま崩れるように倒れた。

 生徒会の生徒たちを倒したユーキは次にレイピアを持つ男子生徒の方を向く。ユーキと目が合った男子生徒は一瞬驚くがすぐに表情を鋭くしてユーキに向かっていき、右手に持つレイピアでユーキに突きを放った。

 ユーキは慌てることなく男子生徒の突きは月影で払い、月下で左肩に向けて振り下ろす。

 肩の痛みに男子生徒は苦痛の表情を浮かべ、レイピアを落とすと同時にその場に倒れて左肩を押さえる。

 男子生徒に意識はあるが左肩の痛みが酷いのか倒れたまま起き上がろうとしない。ユーキは男子生徒の姿を見ると戦意を失ったので放っておいても大丈夫だと感じる。

 前衛の三人を倒したユーキは後衛のトムリアたちに視線を向ける。すると、ロッドを持つ男子生徒はユーキと目が合うと驚きの表情を浮かべながらビクッと反応した。


「ク、クソォ、石の弾丸ストーンバレット!」


 怯える男子生徒はロッドの先端をユーキに向けると拳ほどの大きさの石をユーキの頭部に向かって放つ。


「馬鹿! 頭を狙って撃つんじゃねぇ!」


 ジェリックは男子生徒がユーキの頭部に向かって石を放ったのを見て思わず声を上げ、トムリアも驚愕の表情を浮かべる。

 生かして連れ帰らなくてはならないのに頭部に当たってしまえば致命傷を負って命を落とすかもしれないため、ジェリックは男子生徒の攻撃を愚行と思った。

 石は勢いよくユーキに向かって飛んで行き、トムリアとジェリックは目を見開きながらユーキを見る。

 前から迫って来る石を見たユーキは慌てずに強化ブーストを発動させ、自身の動体視力と右腕の腕力を強化した。そして、正面からゆっくりと近づいて来る石を月下で難なく叩き落す。

 ユーキが石を叩き落す姿を見たトムリアたちは目を見開いて驚く。動体視力を強化したユーキの目には石はゆっくりと動いて見えたが、トムリアたちには速く動いて見えたため、それを叩き落したユーキを見て衝撃を受けていた。

 石を防いだユーキは強化していた動体視力と腕力を元に戻すと、続けて脚力を強化して男子生徒に向かって走り出す。脚力を強化したことで走る速度が上がったユーキは一気に男子生徒の目の前まで近づくことができた。

 一気に距離を詰めたユーキを男子生徒は驚愕し、慌てて魔法で応戦しようとする。だがユーキは魔法を使われる前に月影でロッドを払い飛ばし、そのまま月下で武器を失った男子生徒を攻撃した。

 男子生徒は胴体に峰打ちを受け、苦痛に顔を歪めながら倒れる。魔導士であるため、戦士の生徒以上に打たれ弱かった男子生徒は呆気なく意識を失う。

 三人の男子生徒を倒したユーキとは態勢を整えて残っているトムリアとジェリックの方を向く。ユーキと目が合った二人は一瞬驚きの反応を見せるがすぐに真剣な表情を浮かべ、ゆっくりと身構えた。


「先輩たちも戦うんですか?」


 ユーキは若干小さめの声でトムリアとジェリックに尋ねる。目の前に立つ二人はユーキにとって共に依頼を受けた戦友であるため、できることなら戦わずに自分たちを見逃してほしいと思っていた。

 トムリアとジェリックはユーキの気持ちを察したのか若干暗い表情を浮かべながらユーキを見つめる。


「ああ……正直、恩人であるお前と戦うのは辛い。だけど、上からの命令だから仕方がねぇんだ」

「それに私たちも副会長と同じようで追われながら薬を手に入れるよりも、学園に戻って安全に薬を手に入れた方がいいって思ってるの。だから、貴方とサンロードさんのためにも、此処で貴方たちを捕まえるわ」


 ユーキはトムリアとジェリックが正しいと思った道を選んだこと、自分を助けるために戦うことを決意したことを知り、二人の意志の強さと優しさに感心する。だが、自分とアイカも今の選択を正しいと思っているため、考えを変える気は無い。ユーキは二人の方を向いて双月の構えを取った。


――――――


 プラジュとスピキュを構えるアイカは目の前に立っている剣を持った生徒会の男子生徒と槍を持った生徒会の女子生徒と睨み合っている。

 アイカの近くには彼女に倒された片手斧を握った男子生徒が倒れている。生徒会の生徒たちの後方数mの位置には弓矢を持った二人の女子生徒の姿があり、その更に後ろにはウォーアックスを肩に担ぐミスチアが立っていた。

 戦いが始まってから既に数分が経過し、アイカは最初に正面から向かって来た片手斧を持った男子生徒を返り討ちにした。勿論、殺さないように峰の部分で攻撃したため、男子生徒は生きている。

 生徒会の生徒や後方の女子生徒たちは戦闘が始まってから数分で一人目を倒したアイカに内心驚いていた。

 アイカは足の位置を少しだけ変え、前にいる生徒たちがどんな攻撃を仕掛けてきても対応できる体勢を取る。すると男子生徒がアイカの左側に回り込もうと走り出し、同時に女子生徒は右側に回り込むために走り出す。

 二人の行動を見たアイカは左右から挟み撃ちにしようとしていると気付き、自分が不利になる前に片方を倒してしまおうと倒しやすい剣を持つ男子生徒に向かって走り出す。

 走って来るアイカを見て男子生徒は一瞬驚きの表情を浮かべる。だがすぐに表情を戻して剣を持たない左手をアイカに向けた。


水撃ちアクアシュート!」


 男子生徒は魔法を発動させると左手からアイカに向けて水球を放つ。ただ、アイカを生きたまま連れ帰るため、急所ではない足を狙って撃っていた。

 アイカは水球が迫って来るのを見ると走りながら素早く左に移動して水球を回避し、次の魔法が撃たれる前に距離を詰めようと走る速度を一気に上げて男子生徒の目の前まで近づく。

 距離を詰めれた男子生徒は表情を歪ませながらアイカに袈裟切りを放つ。アイカはスピキュで剣を簡単に防ぐとプラジュを右から横に振って反撃した。だが、男子生徒も負けずと後ろに軽く跳んでプラジュを回避する。

 男子生徒は攻撃をかわされて隙ができているはずのアイカに反撃しようと剣を両手で握って構え直す。しかし、アイカは隙を突かれる前に次の行動に移っていた。

 アイカは姿勢を低くしながら後退した男子生徒に走って近づき、いつの間にか男子生徒の左側面に回り込んでいた。

 男子生徒は一瞬で自分の横に移動していたアイカを見て目を見開いて驚き、アイカは驚いて隙ができている男子生徒を見ながら腕を交差させる。


「サンロード二刀流、落陽らくよう斬り!」


 交差させている両腕を外側へ振り、男子生徒の腹部と背中に同時に峰打ちを入れる。プラジュとスピキュに挟まれるように攻撃を受けた男子生徒は声を上げ、持っている剣を落とすと倒れて気を失った。

 二人目の男子生徒を倒したアイカは振り返り、反対側にいる槍を持った女子生徒の方を向く。

 十数m先では女子生徒が仲間を倒したアイカを見ながら緊迫した表情を浮かべており、隙ができていると感じたアイカは女子生徒に向かって走り出す。

 だがその時、左の方から二本の矢が飛んで来てアイカの目の前を通過し、矢に反応したアイカは咄嗟に急停止する。

 矢が飛んで来た方角を見ると弓を構える二人の女子生徒の姿があり、先程の矢が女子生徒たちによる援護だと知ったアイカは面倒そうな表情を浮かべた。

 槍を持つ女子生徒と戦う前に弓矢を使う生徒たちを倒した方が戦いやすくなるかもしれない、そう感じたアイカは女子生徒たちの方を向いてプラジュとスピキュを構える。すると、先程まで離れた所にいた槍を持つ女子生徒が距離を詰め、アイカに向けて槍で突きを放っていた。

 攻撃に気付いたアイカは咄嗟にプラジュで槍を払い、後ろに跳んで距離を取る。女子生徒は逃がすまいと下がるアイカを追いかけて連続突きを放って攻撃した。

 アイカは連続突きを目にしても慌てることなく冷静にプラジュとスピキュで全ての突きを防ぎ、弓矢を扱う生徒たちに注意しながら槍を防いで反撃の隙を窺う。

 槍を持つ女子生徒はこのまま攻撃を続けても当たらないと悟ったのか、態勢を整えるために攻撃を辞めて後ろへ跳んで距離を取った。

 アイカは女子生徒が離れるのを見るとチャンスと感じて女子生徒を追いかけようとする。しかし、追いかけようとした直前に再び弓矢を持った女子生徒たちが矢を放つ。矢はアイカの足元に刺さり、アイカは思わず足を止める。

 弓矢を持つ女子生徒たちを何とかしないとまともに戦えないと考えたアイカはスピキュを握ったまま左手を女子生徒たちに向けた。


光の矢ライトアロー!」


 スピキュを握る手から白い光の矢が二発放たれ、女子生徒たちの足元に命中した。突然攻撃されたことに女子生徒たちは驚き、持っている弓を落としたり、その場に座り込んだりして体勢を崩す。

 弓矢を持つ女子生徒たちを怯ませたアイカは今の内に槍を持つ女子生徒を倒そうと女子生徒に向かって走り出す。槍を持った女子生徒は近づいて来るアイカを見ると前に踏み込み、力の籠った突きを放つ。

 アイカは真正面から迫って来る槍を見つめ、走りながら右に移動してかわす。そして、突きをかわされて隙のできた女子生徒にプラジュで袈裟切りを放つ。

 プラジュは女子生徒に左肩に当たり、女子生徒は痛みと衝撃に表情を歪めて持っていた槍を落とし、そのまま俯せに倒れる。ただし気絶はしておらず、苦痛の表情を浮かべていた。

 前衛の生徒を全て倒したアイカは弓矢を持つ女子生徒たちの方を向く。女子生徒たちはアイカと目が合うと驚きの表情を浮かべ、慌てて体勢を整えて弓矢を構える。


「ど、どうしよう? 戦士の生徒は皆倒されちゃったよ?」

「お、落ち着きなさい。大丈夫よ、距離を詰められる前に射抜けば問題無いわ」


 女子生徒の一人は隣に立つ相棒を勇気づけながらアイカに狙い、もう一人も同じようにアイカを狙いながら弦を強く引く。狙いが定まると女子生徒たちはアイカに向けて同時に矢を放った。

 二本の矢の内、一本はアイカの右腕、もう一本は右足に向かって飛んで行く。アイカを死なせずに捕らえるため、女子生徒たちは急所ではない腕や足を狙って矢を放った。

 アイカは軽く左に跳んで二本の矢を回避し、かわした直後に女子生徒たちに向かって走り出す。女子生徒たちは距離を詰めてくるアイカを見ると慌てて新しい矢を放とうとするが、矢を討つ前にアイカは女子生徒たちに近づき、プラジュとスピキュで彼女たちが持っている弓を攻撃した。

 女子生徒たちの弓はプラジュとスピキュの殴打によって壊され、目の前で弓を壊されるのを目にした女子生徒たちは目を見開く。アイカが弓を簡単に壊せるほどの力を持っているのを知ると同時に武器を失い、女子生徒たちは自分たちでは勝てない悟ってその場に座り込んだ。


「向かってこなければ私も貴女がたに危害は加えません。ですから、このまま大人しくしていてください」


 無駄な争いをしたくないアイカは静かに戦うことをやめるよう女子生徒たちに伝え、女子生徒たちはアイカを見ると暗い顔をしながら無言で小さく俯いた。


「やれやれ、だらしない人たちですわねぇ」


 女子生徒たちの後方に立っていたミスチアはウォーアックスを肩に担ぎながら喋る。声を聞いたアイカはミスチアに視線を向け、女子生徒たちは悔しそうにミスチアを見ていた。


「ミスチアさん、貴女は彼女たちに加勢もせずに戦いを見物していたのですか?」

「ええ、アイカさんがどれだけ強くなったのかこの目で見てみたかったんです。それに貴女とは一対一で戦いたいと思っていましたの」


 ミスチアは小さく笑いながらウィーアックスを両手で握って戦う体勢を取り、アイカも軽く後ろに跳んで距離を取ってからプラジュとスピキュを構える。

 座り込んでいた女子生徒たちはアイカとミスチアを見ると、此処にいては戦いに巻き込まれるかもしれないと感じ、慌てて立ち上がって二人から離れた。


わたくしは最初、この捕縛作戦でユーキ君を捕まえた後、学園には連れて帰らずにユーキ君と一緒に誰も知らない土地へ向かい、そこで彼と二人で暮らそうと思っていましたの」

「はぁ!?」


 アイカはミスチアの口から出て言葉に思わず訊き返した。

 ミスチアが幼いユーキに変わった愛情を懐いているのはアイカも知っていた。そのため、以前のアイカならミスチアがユーキを連れて何処かへ逃げると言ってもふざけて言っていると軽く流していただろう。

 しかし、今のアイカはユーキと両思いになっているため、ミスチアの冗談のような発言を聞き流すことができなかった。


「ですが、それは学園に連れ帰った後に軍へ引き渡される状態だったからですわ。副会長からユーキ君と貴女を学園へ連れて帰っても軍に引き渡さずに薬を調合する時間を稼ぐと聞いて気が変わりましたの。彼を連れて逃げるのはやめて学園に連れて帰りましょう、とね」


 アイカは驚いている中、ミスチアは考えを変えたことを伝え、それを聞いたアイカは少しだけ気持ちが落ち着く。

 しかし、ミスチアがユーキを連れて逃げるのを止めたとしても、自分とユーキをメルディエズ学園に連れて帰ろうとしていることに変わりはないため、アイカはミスチアへの警戒を解かなかった。


「追われながら何処にいるか分からない五聖英雄を見つけるよりも学園に戻って元に体に戻す薬を作ってもらった方がずっと安全ですし、ユーキ君のためになりますわ。ですから抵抗はやめて戻ってください」

「……お断りします。副会長にも話しましたが、此処で戻っては学園長やスローネ先生の覚悟を無駄にすることになります。ですから、私もユーキも学園には戻りません」


 アイカは改めて自分の意思を伝えるとプラジュとスピキュを強く握り、足の位置を変えて戦闘態勢に入る。

 ミスチアはアイカが構えるのを見て考えを変える気がないことを知ると呆れ顔で軽く溜め息をつく。


「……そうですか、なら仕方がありませんわねぇ。副会長が仰ったとおり、痛い目に遭わせてでも連れて帰りますわ」


 アイカを見つめながらミスチアはウォーアックスの柄を握る手に少し力を入れる。アイカも構えを崩さずにミスチアをジッと見つめた。

 ミスチアはエルフとは思えない筋力を持っている上に感も鋭い。先程まで戦っていた生徒たちとは間違い無く実力が違うため、アイカは今まで以上に警戒を強くした。


「先に言っておきますが、手加減して戦おうなんて思わないでくださいね?」

「分かっています」

「結構ですわ。……それと、わたくしは普段からユーキ君と一緒にいる貴女にほんの少しですが嫉妬していましたの。この機会の溜まっている不満などもぶつけさせていただきますわ」


 不敵な笑みを浮かべながらミスチアは自分の本心を口にし、アイカはミスチアを見ながら心の中で彼女の行動を迷惑に思った。


――――――


 ユーキとジェリックは得物を構えながら向かい合っていた。ユーキは双月の構えを取り、ジェリックは剣を両手で握りながら中段構えを取っている。そして、ジェリックはの後ろではトムリアが杖を構えながら立っていた。

 先程までユーキとジェリックは激しい攻防を繰り広げており、トムリアも魔法でジェリックを援護していた。

 二対一の戦いなのでユーキの方が不利だと思われそうだが、ユーキはジェリックよりも剣の腕が上で混沌術カオスペルも使えるため、二人が相手でも問題無く戦えている。更に今のユーキは半ベーゼ化したことで身体能力が高まっているため、実際はユーキの方が有利だった。

 ユーキは構えを崩さずに真剣な表情を浮かべながらジェリックを見つめる。一方でジェリックは先程までの攻防で疲労が出たのか少しだけ呼吸が乱れており、微量の汗も流していた。


「やっぱり、お前はつえぇな。フレード先輩が一目置くだけのことはある」

「そう言う先輩だって強いですよ。戦い初めてからまだ一撃も入れられてないんですから」


 ジェリックの剣が優れていることをユーキは表情を変えずに語り、それを聞いたジェリックは小さく笑う。

 ユーキもジェリックも目の前にいる仲間と戦いたくないと思っている。しかし、目的を達成するため、自分たちが正しいと思った道を歩むためには戦うしかないため、二人は感情を押し殺して戦いに集中した。

 ジェリックは剣を握る手に力を入れると正面からユーキに袈裟切りを放って攻撃し、ユーキは月影でジェリックの攻撃を防ぐ。だが攻撃を防いだ直後にジェリックは素早く左から剣を斜めに振って逆袈裟切りを放った。

 攻撃を防いだ直後に攻撃されれば防御は難しく、後退するなどして回避するしかない。だが双月の構えを取っていたユーキは慌てずに月下で逆袈裟切りを防いだ。

 付かず離れずの距離を保って月下と月影を同時に動かす双月の構えは攻撃と防御の片方に重視させることができる構えであるため、ユーキは攻撃を防いだ直後に来る新たな攻撃も問題無く防ぐことができた。

 簡単に攻撃を防いだユーキを見てジェリックは驚いたような反応を見せるがすぐに表情を戻し、右へ跳んでユーキの正面から移動した。その直後、ジェリックの後ろにいたトムリアが杖の先端をユーキに向けて魔法を発動させる。


光の矢ライトアロー!」


 トムリアは杖の先から光の矢を放ってユーキに攻撃する。勿論、命に関わるような傷を負わせないために急所にならない箇所を狙った。

 ユーキは向かってくる光の矢を見ると右へ移動して光の矢をかわす。魔法による援護を面倒に思ったユーキは先にトムリアを何とかしようと彼女の方を向く。だが、ユーキがトムリアに近づこうとした時、ジェリックが左から近づいて袈裟切りを放ってきた。

 攻撃に気付いたユーキは咄嗟に左を向いて月影でジェリックの剣を防ぐ。攻撃に失敗したジェリックは素早く剣を引き、今度は左から横に振ってユーキの足を攻撃しようとする。しかしユーキは月下を器用に扱い、足を斬られる前に剣を止めた。

 ジェリックは再び攻撃に失敗したのを見て若干悔しそうな表情を浮かべ、次の攻撃に移るために一旦ユーキから距離を取ろうとする。だが、ユーキはジェリックが離れる前に月影で袈裟切りを放ち反撃した。

 ユーキの攻撃に一瞬驚きの反応を見せるジェエリックだったが、慌てずに剣で袈裟切りを防いだ。しかし防いだ直後、ユーキは続けて月下で袈裟切りを放つ。今度は最初の袈裟切りよりも僅かに角度をずらして攻撃した。

 防御した直後に攻撃されたジェリックは反応に遅れてしまう。更に違う角度から攻撃されたことで防御が間にあわず、ジェリックは左上腕部に峰打ちを受けてしまった。

 左腕から伝わる痛みにジェリックは奥歯を噛みしめ、痛みに耐えながら後ろに跳んでユーキから離れる。ジェリックが攻撃を受けたのを見たトムリアは目を見開いて杖をジェリックに向けた。


軽度治癒マイナーヒーリング!」


 ジェリックの傷を癒すためにトムリアは回復魔法を発動させる。魔法が発動したことでジェリックの体は薄っすらと水色に光り、左上腕部の痛みに引いていく。

 ジェリックは傷を癒してくれたトムリアに礼を言わず、無言で彼女を見つめている。だが、心の中では回復してくれたことに感謝していた。

 トムリアは回復が済ませるとユーキに杖を向け、再び光の矢を放ってユーキを攻撃する。ジェリックがユーキを捕まえられるよう、魔法で攻撃してチャンスを作ろうと思っていた。

 ユーキは迫って来る光の矢を左に移動して回避し、そのままトムリアに向かって走り出す。近づいて来るユーキを見たトムリアは魔法で迎撃しようとするが、ユーキは一瞬でトムリアの目の前まで近づいたため、迎撃が間に合わない状態だった。

 距離を詰めたユーキはトムリアの杖を持っている右手の前腕部に月下で軽い峰打ちを打ち込んだ。


「ああぁっ!」


 右腕に走る痛みにトムリアは声を漏らし、持っていた杖を落とすと左手で殴打された箇所を押さえた。

 ユーキは痛みに耐えるトムリアを見ると彼女はもう戦えないと感じて残っているジェリックの方を向く。すると、剣を構えながら走って来るジェリックの姿が視界に入り、ユーキは素早く双月の構えを取る。

 ジェリックはユーキに近づくと逆袈裟切りを放って攻撃する。ユーキは迫って来る剣を見て、防御すれば先程と同じことの繰り返しだと感じ、別の方法で迎撃することにした。

 ユーキは素早く姿勢を低くして逆袈裟切りをかわし、月下と月影を同時に横に振ってがら空きになっているジェリックの腹部に峰打ちを打ち込もうとする。だがジェリックはユーキが腹部を攻撃しようとしていることに気付くと咄嗟に後ろに跳んで距離を取った。

 離れたことで攻撃を受ける心配はないと感じたジェリックは少しだけ安心する。だがユーキは後ろに跳んだジェリックを追いかけるように距離を詰め、月影を右から横に振ってジェリックの左脇腹に峰打ちを放つ。後ろに跳んだ直後の追撃だったため、ジェリックは攻撃を回避行動を取れずに直撃を受けた。


「ぐああぁっ!」


 峰打ちを受けたジェリックは声を上げ、そのまま仰向けに倒れる。左脇腹の痛みに表情を歪めながら左手で峰打ちを受けた箇所を押さえ、ユーキに視線を向けた。ユーキは月下と月影を下ろしながら倒れるジェリックを見ている。


「勝負ありですね、先輩?」


 ユーキはジェリックにそう言うとトムリアの方を向く。トムリアは右前腕部を押さえたまま曇った表情を浮かべてユーキを見ており、その表情からはユーキを捕まえられなかったこと残念に思う意志が感じられる。

 倒れているジェリックは痛みに耐えながら起き上がり、座ったままユーキの方を見る。


「……ハァ、ダメだったか。もしかしたら勝てるかもしれねぇと思ったんだがな」

「パーシュ先輩たちと何度も依頼を受けているだけはあるわね」


 もしかすると勝つことができるかもと思っていたジェリックとトムリアは本音を口にする。しかし、神刀剣の使い手と共に依頼を熟したユーキの実力は自分たちよりも上だと実感し、今の自分たちではユーキを捕らえるのは無理だと理解した。

 ユーキはトムリアとジェリックを見て自分を捕らえるのを諦めたと知ると、軽く息を吐いて気持ちを楽にする。だが、まだ全ての生徒を倒した訳ではないため、ユーキをすぐに気を引き締め直した。


「正直、ここまでとは思いませんでした」


 背後から声が聞こえ、ユーキがゆっくり振り返るとそこには腕を組みながらユーキを見ているロギュンの姿がった。


「少人数で移動するので腕の立つ生徒を選んで連れて来たのですが、まさか全員倒されてしまうとは……」


 眼鏡を直したロギュンはチラッとトムリアとジェリックの方を見る。トムリアとジェリックは申し訳なさそうな顔をしながらロギュンを見ており、二人を見てロギュンは小さく溜め息をつく。

 ロギュンは最初、連れて来たトムリアたちだけでユーキとアイカを捕らえることができると思って戦いを見物していた。しかし、二人が次々と生徒たちを倒す姿を見てロギュンはユーキとアイカがベーゼ化の影響で強くなっていると知ったのだ。


「他の生徒たちが倒された以上、私が動くしかありませんね」


 そう言ってロギュンは両足の大腿部に付けているホルスターから投げナイフを二本ずつ取り出す。ユーキは戦闘態勢に入ったロギュンを見ると素早く双月の構えを取る。


(副会長は間違い無くシェシェル先輩たちよりも強い。正直、勝てるかどうか分からない……だけど、スラヴァさんに会うには此処で副会長に勝って先へ進むしかない!)


 ユーキは心の中で呟きながら必ず勝つと決意し、トムリアたちと戦った時と同じ感覚で戦うとすぐにやられてしまうと自分に言い聞かせながらロギュンを見つめる。

 ロギュンは僅かに目を鋭くしながらユーキを睨み、ユーキも構えを変えずにロギュンを警戒する。トムリアとジェリックは睨み合うユーキとロギュンを見て凄い戦いになると感じ、脇腹と腕の痛みを我慢しながら静かに離れた。

 トムリアとジェリックが離れた直後、ロギュンは右手の混沌紋を光らせて浮遊フローティングを発動させる。浮遊フローティングが発動したことで両手に持っている投げナイフは薄っすらと紫色に光り、ロギュンは右手に持っている二本の投げナイフをユーキに向かって投げた。

 ユーキは正面から飛んでくる投げナイフを月下と月影を素早く振って弾き飛ばし、投げナイフは地面に向かって落ちていく。だが、弾かれた二本の投げナイフは地面の数cm上で停止し、独りでに動いて切っ先をユーキの右足に向ける。そして、そのまま勢いよくユーキの右足に向かって飛んで行く。

 弾いた投げナイフが迫って来るのを見たユーキは目を見開いて驚き、咄嗟に後ろに跳んで投げナイフをかわした。かわされた投げナイフは二本とも弧を描くように動いて再び切っ先をユーキに向け、今度は左腕に向かって迫って来る。

 ユーキは僅かに表情を歪ませながら月下と月影で飛んで来る投げナイフを一本ずつ弾く。しかし弾いた投げナイフはまた空中で停止して向きを変え、切っ先をユーキに向けた。今度は右斜め前と左斜め前から一本ずつ宙に浮いている。


「クッ、弾いても弾いても戻って来るなんて、これが副会長の浮遊フローティングの力かよ!」

「目の前のナイフだけを見てていいのですか?」

 

 前からロギュンの声が聞こえ、ユーキは視線をロギュンに向ける。その直後、ロギュンは左手に持っていた二本の投げナイフをユーキに向かって投げた。

 ユーキは驚きながらも飛んできた二本を叩き落す。だが防御してすぐに浮いていた二本の投げナイフもユーキに向かって飛んでくる。

 投げナイフに気付いたユーキは急いで防ごうとするが、ロギュンが投げた二本を弾いた直後だったため間に合わず、投げナイフはユーキの右上腕部と左大腿部を掠めた。


「ううっ!」


 腕と足を切られたユーキは痛みで僅かに表情を歪める。ユーキを傷つけた二本と叩き落とされた二本は宙に浮き、ロギュンの方へ戻って行くと彼女と手前で横一列に並び、切っ先をユーキに向けた。

 ユーキは構え直してロギュンの下に戻った投げナイフを見つめる。ロギュンは態勢を整えたユーキを腕を組みながら見ていた。


「ユーキ君、私は貴方の命を奪う気はありません。ですが、先程も言ったように学園に連れて帰るために多少の怪我は負わせるつもりでいます」


 ロギュンは自分がユーキを傷つけることに抵抗を感じていないことをもう一度伝え、ユーキは冷静に語るロギュンを見ながら微量の汗を流す。


「私がさっきまで戦った生徒たちと違うことは貴方も理解しているはずです。……私に重傷を負わせないために手加減しよう、なんて思わないでください? 本気で来ないと、貴方が重傷を負うことになりますよ」


 眼鏡を光らせながらロギュンは全力で戦うよう警告する。ユーキはロギュンを視線を合わせながら足の位置を少し変えて自分が動きやすい体勢を取った。

 確かに上級生であり、生徒会副会長であるロギュンは他の生徒とは強さが違う。手を抜いて戦ったら一瞬で傷だらけにされて動けなくなるかもしれないとユーキは感じた。


(こりゃあ、少しでも気を抜いたら負けるな……)


 ユーキは月下と月影を強く握りながらロギュンの強さと恐ろしさを実感する。


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