第百三十七話 追いつく追手
日が昇るとユーキとアイカは武闘牛と共に北東へ向けて出発する。ポイズングリズリーや夕食の件もあって武闘牛との距離は少しだが縮まり、ユーキとアイカはノヴァルゼスの町を出た時よりも親しく接することができた。
ラーフォンとイーワンはユーキとアイカになぜガルゼム帝国に来たのか訊いてきたが、体が半分ベーゼ化しており、それが原因でメルディエズ学園から追われているとは言えない。二人は詳しく話せない特別な依頼で帝国に来たと言って誤魔化し、それを聞いてラーフォンとイーワンは納得した。
今までユーキとアイカを毛嫌いしていたベノジアもまだぎこちなさは残っているが二人を少しだけ認めるようになり、挑発的な言動は取らなくなっていた。御者席のウブリャイは手綱を握りながら荷台から聞こえてくるユーキたちの会話を黙って聞いている。
「それじゃあ、帝都にいる知り合いに会うために帝国に来たのか?」
武闘牛がガルゼム帝国にいる理由を聞かされたユーキはベノジアたちを見ながら尋ねる。距離が縮まったため、ユーキは普通に武闘牛が帝国に来た理由を訊くことができた。
「ああ、あたしとイーワンも詳しく聞いたいないけど、ボスとベノジアの古い友人だって話だよ。そうだよね、ベノジア?」
「ん? ああ、まぁな」
ラーフォンの問いにベノジアは静かに答える。昨日までのベノジアならメルディエズ学園の生徒であるユーキとアイカが知りたがっていることを教えようとは思わなかっただろうが、今は嫌そうな顔をすること無く素直に答えた。
ベノジアの態度が昨日と違うのを見てユーキは小さく笑い、アイカは意外そうな表情を浮かべる。ラーフォンもベノジアを見て少しは大人らしい対応ができるようになったと感じながらニッと笑った。
「そう言えば、ウェンフちゃんとリーファさんは今どうしているのですか?」
アイカがベノジアたちに問いかけるとユーキはフッと反応する。
ユーキとアイカは以前、ローフェン東国の依頼を受けた時にキャッシアの少女、ウェンフとその義姉であるフォクシルトの女性、リーファンと出会った。
ウェンフはリーファンを助けるためにユーキに弟子入りして更に混沌術を開花させ、リーファンを助けた後は彼女と共に冒険者になることを決めた。
依頼完遂後に二人がどうなったのかユーキとアイカは何も知らないため、同じローフェン東国で活動する武闘牛なら何か知っていると思い、アイカはウェンフとリーファンのことを訊いてみたのだ。
ベノジアたちはアイカの質問を聞いてお互いに顔を見合う。そして、しばらくするとイーワンがアイカの方を向いて軽く首を横に振った。
「分からねぇ。お前らと出会った日、ミスリルの鉱脈を発見した日からしばらくの間は冒険者として活動してるアイツらをたまに見かけたが、最近は冒険者ギルドでも姿を見てねぇ」
「えっ、どういうことですか?」
イーワンの話を聞いたアイカは軽く目を見開き、ユーキも意外そうな顔をしながら二人の会話に耳を傾ける。
「さあな? ただ、新人冒険者には依頼を失敗ばかりしてギルドから除名される奴らが多い。もしかすると、アイツらも何かが原因で除名されたのかもしれねぇ」
「まさか。リーファンさんは優秀な魔導士だし、ウェンフも混沌術を開花させたんだぞ? その二人が依頼に失敗するとは思えない」
ユーキは自分の弟子であり、混沌士となったウェンフとリーファンの二人が失敗を続けるとは思えず、納得できないような表情を浮かべる。アイカも何処か信じられないような顔をしていた。
混沌術を開花させた者は常人よりも遥かに優れた戦闘能力を得られる。混沌術を上手く使えば、例え戦闘技術の無い者でも敵を倒すことが可能となるため、モンスター討伐と言った依頼で失敗することは殆ど無い。
混沌士が依頼を失敗する可能性が低い、と言うのは冒険者だけでなくメルディエズ学園の生徒と同じで、ユーキとアイカも下級生として依頼を受け始めた頃は簡単な依頼を失敗することは無かった。そのため、二人は混沌士であるウェンフとその姉であるリーファンが依頼を失敗するとはどうしても思えなかったのだ。
「確かに混沌士がいりゃあ、大抵の依頼で失敗しることはねぇだろう」
御者席のウブリャイが会話に加わり、声を聞いたユーキたちは視線をウブリャイに向けた。
「だがな、冒険者ギルドの規則や人間関係に馴染めず、冒険者として活動することができなくなって自分から冒険者を辞める奴も少なくねぇ。お前らのところにもそんな奴がいるんじゃねぇのか?」
「ぬぅ、確かに……」
ウブリャイの言っていることに一理あると感じたユーキは口を閉じ、アイカも黙り込んだ。
「例え力があっても他の連中と上手くやっていけねぇのなら、何時かは居場所も無くなる。そうなりゃあ、居心地が悪くなって自分から除名されようなんて思うのも不思議なことじゃねぇ。そうだろう?」
「ああ」
「まぁ、俺ら冒険者もお前らメルディエズ学園の生徒も生きていくために依頼を受けてるんだ。金に余裕ができたり、余程の事情がねぇ限り自分から辞めようなんて考えねぇさ。多分、あの娘たちも何処かで冒険者を続けてるんじゃねぇのか?」
「……そうだな」
ユーキはウブリャイの言葉を聞いてウェンフとリーファンが今でも何処かで上手くやっているだろうと考える。アイカもウェンフとリーファンの性格と二人のお互いを助け合う姉妹愛があれば大丈夫だろうと感じた。
武闘牛のメンバーたちはウェンフとリーファンの二人とそれほど仲がいいと言うわけではない。だが、ちょっとした縁があり、同じ冒険者である二人が問題無くやっていてほしいと言う気持ちはあるため、心の片隅ではウェンフとリーファンのことを気にしていた。
それからユーキたちは荷馬車に揺られながら色々な会話をし、目的地である分かれ道を目指す。そして、数十分が経過した頃、ユーキたちは分かれ道までやって来た。
道は三叉路になっており、叉である所には道案内の立札が立っている。右の道を指す札にはルジェヴィラスと書かれてあり、左の道を指す立札には帝都と書かれてあった。
看板を見たユーキとアイカは荷台から下りると自分たちのリュックを背負って三叉路の右側へ移動する。
「約束どおり、お前らを送るのはここまでだ。後は自分たちの足でルジェヴィラスへ行ってもらうぞ」
「ああ、分かってるよ。ありがとな」
ユーキは御者席に座ったままのウブリャイに礼を言い、アイカも軽く頭を下げる。約束を忘れず、不満も見せない二人を見たウブリャイはニッと小さく笑った。
「たった一日だったが、お前らとの旅も悪くはなかったぞ」
「ああ、メルディエズ学園の生徒にしちゃあ、結構見どころがあると思ったよ」
「料理もそこそこ良かったしな」
本心を口にするウブリャイに続いて、ラーフォンとイーワンもユーキとアイカを評価する発言をする。ラーフォンとイーワンはユーキとアイカを認めているため、素直に自分が思ったことを口にしていた。
ラーファンとイーワンの隣ではベノジアが何処か照れくさそうな表情を浮かべながらユーキとアイカを見ている。メルディエズ学園の生徒である二人と向かい合って話すことにはまだ抵抗を感じているのか、ベノジアはユーキとアイカを見ようとしなかった。
「んまぁ、何だ……昨日の件もあるし、お前らが少しはできる奴らだってことは認めてやるぜ」
「そ、そうか……」
ベノジアを見ながらユーキは苦笑いを浮かべる。アイカは自分とユーキの方を向かず、照れながら話すベノジアをジト目で見ながら「素直じゃないな」と思っていた。
「い、言っておくが、俺はまだ完全にお前らを認めたわけじゃねぇからな! あと、次会った時に借りを返すってのも忘れんじゃねぇぞ?」
「わ、分かったよ。……でも、少しは認めてくれたんだな、俺たちのこと」
「……ッ! う、うるせぇ!」
顔を赤くしながらベノジアは声を上げてユーキに背を向ける。ベノジアの反応を見たラーファンとイーワンはニヤニヤと笑っており、ウブリャイも「やれやれ」と言いたそうな顔で軽く息を吐く。
「んじゃあ、俺らは行かせてもらう。お互いモンスターやベーゼに殺されないよう、精々頑張ろうぜ」
「ああ」
ユーキが頷くとウブリャイは手綱を操って馬に指示を出す。荷馬車は帝都サクトブークに続く左の道へ進み、ユーキとアイカは離れていく武闘牛の荷馬車を見送る。
荷台のラーファン軽く手を振り、イーワンは笑いながらユーキとアイカを見ている。ベノジアは二人の方を見ずに相変わらず照れくさそうにしており、ウブリャイは前を向いたまま右手を上げて挨拶をした。
小さくなっていくウブリャイたちを見ながらユーキは手を振り返し、アイカも微笑んだままウブリャイたちを見ている。商売敵である冒険者の中に少しだが親しい存在ができて良かったと二人は思っていた。
やがて武闘牛の荷馬車はハッキリ見えなくなるくらい小さくなり、問題無く見送ったユーキとアイカは右側の道を見る。ユーキは道や遠くを確認すると自分の鞄から地図を取り出した。
「それじゃあ、俺たちも行こう。確か此処からルジェヴィラスまでは7kmくらいだったか?」
「ええ、途中に小さい林があるみたいだけど、モンスターと遭遇する可能性は低い場所だから問題無く進むことができるはずよ」
「となると、休憩を挟んでも今日の昼前には町に辿り着けるかな」
ユーキが地図を見て道のりを確認しながらルジェヴィラスの町への到着時間を予想する。まだ太陽が昇ってからあまり時間が経過していないため、間違い無く明るいうちに次の町へ辿り着けるとユーキは確信していた。
「よし、出発しよう」
「ええ、道なりに進めばさっき言った林に着くはずよ」
ルジェヴィラスの町へ向かうため、ユーキとアイカはまず道中にある林を目指して歩き出した。
――――――
武闘牛と別れた後、ユーキとアイカは休憩を挟みながら広い平原の中のある道を進む。途中で数体のゴブリンや狼の群れに遭遇するが二人は難なく返り討ちにすることができた。
その後は周囲を警戒しながらて移動し、ユーキとアイカは林に辿り着く。モンスターと遭遇する可能性は低い林と言われているが、絶対に遭遇しないと言うわけではないため、二人は警戒を解かずに林の中を進んだ。
「今、私たちはどの辺りにいるの?」
「そうだなぁ……林に入ってそれなりに時間が経っているから、林の真ん中ぐらいかな」
歩きながら地図を見るユーキは現在地を予想し、アイカもユーキの隣を歩きながら地図を覗き込んでいる。
二人が今いるのは左右を林に挟まれ大きな一本道で上を向けば青空を見ることができる。明るく遠くも確認できるため、方角を間違えたりする心配は無かった。
「ノヴァルゼスで聞いた話だと、俺たちが入った林の入口から一番近い出口までは一本道らしい。だからこのまま道なりに進めば大丈夫なはずだ」
「そうね。でも、林を抜けた後はちゃんと道を調べて進んだ方が良さそうよ? 林からルジェヴィラスまでは幾つも道があって、選んだ道によっては一番遠くにある門へ行っちゃうことになりそうだから」
アイカの話を聞いたユーキは地図に描かれてある林の北西を確認する。確かにユーキたちがこれから向かう林の出口からルジェヴィラスの町までは幾つも道があり、一番近い門へ続く道もあれば、遠くにある門へ続く道もあった。
少しでも早くルジェヴィラスの町に入って休息を取り、次の町へ向かうための荷馬車に乗るためにも一番近くの門から町に入らなくてはいけないと感じたユーキとアイカは歩いたまま地図に描かれてある道を確認する。
「地図を見るとルジェヴィラスの周りにも幾つか小さな林があるみたいだから、遠くから門の位置を確認するのは無理そうね」
「と言うことは地図を見たり、分かれ道にある立札とかを見て進む道はちゃんと確かめないといけないってことか。こりゅあ、気を付けないと町に入れずに通りすぎちゃう、なんてことにもなりかねな……」
ユーキが地図を見ながら苦笑いを浮かべていると、突然口を閉じて軽く目を見開き、地図を見たまま立ち止まった。突然立ち止まったユーキを見てアイカもつられるように立ち止まり、不思議そうな顔でユーキを見る。
「ユーキ? どうしたの?」
「シッ!」
声を掛けてくるアイカをユーキは静かにするよう伝える。アイカはユーキの態度を見ると何か異変が起き、ユーキがそれに気付いたのだと知って目を見開いた。
ユーキは視線だけを動かして周囲を確認しながら地図をゆっくり鞄に仕舞い、アイカも周囲を警戒する。
二人の周りには誰もおらず、林の奥や近くにある茂みにも人影らしきものはない。アイカはユーキが何を感じ取ったのか疑問に思いながらプラジュとスピキュにそっと手を掛けた。
「見つけましたよ、二人とも」
聞き覚えのある声が聞こえ、ユーキとアイカは同時に振り返って後ろを見る。そこには腕を組みながら宙に浮いているロギュンの姿があった。
ロギュンはユーキとアイカから30mほど離れた位置におり、二人を見下ろせる高さに浮いている。更にその後ろには馬と繋がっていない荷馬車が二台浮いていて荷台には六人ずつ生徒が乗っていた。
よく見るとロギュンの制服と荷馬車は薄っすらと紫色に光っており、ユーキとアイカはロギュンと馬車が浮遊の能力で浮いているのだと知る。
ロギュンは無言でユーキとアイカを見つめながらゆっくりと降下し、荷馬車もそれに続いて降下、ロギュンと荷台の荷馬車は静かに地面に下り着いた。
荷馬車が下りると荷台に乗っていた生徒たちが一斉に荷馬車を降りてロギュンの左右に移動する。生徒の中には生徒会の生徒が四人おり、ミスチア、トムリア、ジェリックの姿もあった。
知り合いの生徒がいることにユーキとアイカは一瞬意外そうな表情を浮かべる。だが、ロギュンが大勢の生徒と共に自分たちの前に現れた理由を察していた二人はすぐに表情を鋭くしながらロギュンたちを見つめた。
「副会長……」
「予想では既にルジェヴィラスの町を通過していると思っていたのですが、まだこんな所にいたのですね」
「その様子だと、やっぱり目的は俺とアイカを捕まえること、なんですね?」
「そのとおりです」
誤魔化すことなく認めたロギュンを見てユーキは面倒そうな表情を浮かべる。
追手が差し向けられることは予想していたが、メルディエズ学園の中でも指折りの実力者であり、生徒会副会長であるロギュンが来るとはユーキも思っていなかった。しかも同行する生徒の中にはミスチアもいるため、ユーキとアイカは厄介な状況だと感じている。
「単刀直入に言います。私たちと一緒に学園へ戻ってください」
「お断りします」
迷わずに答えるユーキをロギュンは僅かに目を細くする。ユーキの性格から大人しく従うことは無いだろうとロギュンも予想していた。だが、素直に従ってくれるかもしれないと言う考えもあったため、ユーキが断ったことを少し残念に思っていた。
「学園からは貴方たちが抵抗するのなら、力づくで捕らえるよう言われています。そして貴方たちを捕縛する部隊には私たちだけでなく、会長や神刀剣の使い手が全員参加しています」
「なっ! 会長やパーシュ先輩たちが!?」
アイカは親しい関係にあるパーシュたちまでもが自分とユーキを捕まえようとしていると知って衝撃を受け、ユーキも流石に驚いて大きく目を見開いた。
「……誤解しないように言っておきますが、私も会長たちも自ら望んで捕縛部隊に参加した訳ではありません。私たちが参加しなければ戦闘経験の浅い下級生が参加させられることになってしまうため、仕方なく参加しているのです」
ロギュンやカムネスたちが好きで捕まえようとしているのではないと聞かされたユーキとアイカは反応する。親しい存在が自分たちを裏切ったわけではないと聞かされて二人は少しだけ安心した。
しかし、ロギュンやカムネスたちが自分たちを捕まえようとしていることには変わりはない。ユーキとアイカはカムネスたちとの絆が壊れていないことを良く思いながらも、目の前にいるロギュンたちへの警戒を強くする。
「私や会長たち、一部の生徒は渋々捕縛に参加しています。ただ、大半は貴方たちを捕らえれば望む報酬を得られると言う話に釣られて参加しましたがね」
そう言ってロギュンは自分の右側にいる生徒をチラッと見る。ロギュンと目が合った数人の生徒は居心地の悪そうな顔をしながら目を背け、そんな生徒をロギュンは呆れたよう顔で見た。
トムリアやジェリック、生徒会の生徒も報酬が目当ての生徒たちを軽蔑するような目でさり気なく見ている。ミスチアだけは興味の無さそうな顔で呑気の空を見ていた。
参加した生徒が報酬が目的で自分たちを捕まえようとしていると知ったユーキは不快に思ったのか僅かに表情を険しくし、アイカも少し表情を曇らせる。パーシュたちと違って多くの生徒が自らの意思で自分たちを捕まえようとしているのだから不快に思ったり、ショックを受けるのは当然だった。
「報酬に釣られる連中も問題ありますけど、報酬をちらつかせて参加させようとする先生たちもどうかしてます。……俺とアイカを捕まえるよう指示したのは誰なんです?」
ユーキは小さな苛立ちを感じながらロギュンに尋ねる。これまでの情報から指示したのは学園長であるガロデスやスローネではなく、軍へ引き渡すことに賛成した教師の誰かだと確信していたが、誰が指示したのはハッキリさせておきたかったため、詳しく聞こうと思っていた。
「指示を出したのは教頭先生です。本人曰く、貴方たちの捕縛は命令ではなく正式な依頼のようです」
「やっぱり……」
予想していた人物であったことを知ったユーキは呆れ顔になり、隣に立っているアイカもロブロスが命令したと知ってムッとしていた。
「因みに学園長はユーキ君を学園から逃がしたこと、スローネ先生は今回の一件を引き起こした張本人と言うことから責任があると指摘され、現在謹慎処分を受けています。そして、学園長が謹慎されていることから教頭先生が学園長の代行となっています」
「つまり、学園長代行となった教頭先生はご自身の立場を利用して生徒を集めたり、私とユーキを捕まえることを不服に思うパーシュ先輩たちを無理矢理参加させたということですか?」
「そういうことです」
学園長代行としての権限を利用してやりたい放題するロブロスにユーキとアイカは目を鋭くする。他にも学園長代行に相応しい教師はいるはずなのに、どうしてロブロスが代行になったのだろうと二人は不服に思っていた。
「……話を戻しましょう。今回の捕縛作戦に参加した生徒は私や会長たちを含めて七十人。会長やパーシュさんたちがいる以上、抵抗しても貴方たちに勝ち目はありませんし、逃げ切るのも難しいと思います。……私たちも手荒なことはしたくないのです。ですから大人しく従ってください」
ユーキとアイカを見つめながらロギュンはもう一度学園に戻るよう説得する。七十人の追手、その中に神刀剣の使い手がいると聞けばユーキとアイカも流石に諦めるだろうとロギュンは感じていた。
ロギュンの言葉を聞いたユーキとアイカは色々な気持ちを懐きながら考える。神刀剣の使い手全員が捕縛部隊におり、数も七十人と多いため、まともに戦ったらいくらユーキとアイカでも勝ち目はない。
戦闘で勝てないのなら戦わずに目的地まで逃げ続ければいいと思われるが、生徒の数から捕縛部隊は間違い無く荷馬車で移動している。そのため、徒歩で移動しているユーキとアイカはすぐに追いつかれてしまう。ロギュンの言うとおり逃げ切るのも難しい状況だった。
普通なら戦闘でも逃走でも不利な状況と知れば諦めて大人しくロギュンの要求に従うべきだと考えるだろう。だが、ユーキとアイカは大人しくメルディエズ学園に戻ろうとは思っていなかった。
「副会長、俺たちは戻りません」
ユーキの返事を聞いたロギュンは軽く目を見開き、周りにいる生徒もミスチア以外の全員が驚いた反応を見せる。
「ここで諦めてしまったら俺とアイカを元に戻すために協力してくれた学園長に合わせる顔がありません。学園長のためにも俺たちは必ず元に体に戻って学園に帰ります」
「私も同じ気持ちです。スローネ先生は私がユーキと一緒にスラヴァさんに会えるよう力を貸してくださいました。どの努力を無駄にしないためにも、スラヴァさんの下へ向かいます」
自分たちを信じて手を貸してくれたガロデスとスローネのためにも必ず元に体に戻る、ユーキとアイカは真剣な目で見つめながら自分たちの覚悟と意思をロギュンに伝えた。
「五聖英雄であるギクサーラン殿でも貴方たちの体を元に戻せるかどうか分からないのですよ。それでも行くのですか?」
「勿論です。それに学園に戻っても俺とアイカは軍に引き渡されるんでしょう? 引き渡されると分かっていて戻ろうなんて考えませんよ」
「……そのことですが、私や会長は貴方たちを学園に連れ戻しても先生方に差し出そうとは思っていません」
「は?」
ロギュンの口から出た言葉にユーキは反応し、アイカも意外そうな表情を浮かべてロギュンを見た。
ミスチアや他の生徒たちもロギュンの話を聞いて驚きの反応を見せている。ミスチアたちの反応から彼女たちはロギュンの考えをまったく知らなかったようだ。
「会長は貴方たちを学園へ連れ戻した後、先生方に貴方たちを軍へ引き渡さないよう説得すると言われました。そして説得した後はこれまでどおり、貴方たちの体を元に戻す薬が調合されるのを待ち、調合され次第、貴方たちに服用させて元の体に戻そうと会長は考えています」
ユーキとアイカはカムネスは自分たちを捕らえようとしているが、捕らえた後にちゃんと助けるようとしていることを知って少し驚いた反応を見せる。
カムネスは生徒会長と言う立場上、ユーキとアイカを捕らえろと言う命令には逆らえない。だが、逆らえないからと言って何度も共に戦った二人を見捨てようとは考えず、自分にできる方法でユーキとアイカを助けようと思っていた。
「このまま学園に追われながら元に戻る薬を手に入れるよりはその方が安全だと会長は考えています。私も会長の考えに賛成ですし、パーシュさんたちも貴方たちを助けられるのなら、それでいいと言っていました。ですから戻って来てください」
「私もそれがいいと思うわ」
ロギュンの左隣にいるトムリアが会話に参加し、ロギュンの考えに賛同する。ユーキとアイカ、ロギュンたちもトムリアに一斉に視線を向けた。
「私は最初、貴方たちを捕まえることに反対していたの。学園に連れ帰ってもベーゼとして軍に引き渡されるのなら、このまま五聖英雄の所へ行かせた方がいいんじゃないかって。だけど、副会長の話を聞いて学園に連れ戻した後も助けられるのなら、学園に戻った方がいいと思うわ」
「俺も同感だ。お前らが少しでも安全に元の体に戻る可能性があるのなら、そっちがいいと思うぜ」
トムリアに続いてジェリックもユーキとアイカをメルディエズ学園に連れ戻すことに賛成する。生徒会長であるカムネスやパーシュたちなら教師たちを説得して薬ができるまで時間を稼いでくれるかもしれないとジェリックは思っていた。
珍しく自分と同じ考え方をするジェリックを見たトムリアは意外そうな表情を浮かべた。
他の生徒たちもユーキとアイカをメルディエズ学園に連れて帰った後に助けられる可能性があるのなら、そっちの方がいいと考えている。報酬が目当てで捕縛部隊に参加した生徒たちもユーキとアイカを連れて帰るのだから報酬も問題無く貰えると思い、不満を露わにしたりはしなかった。
「まぁ、学園に戻っても大丈夫って言うのでしたら、私はそれでも構いませんわ」
ミスチアも文句を言わずにロギュンの考えに賛成する。最初はユーキを捕まえた後に二人っきりで何処かへ逃げようと思っていたミスチアだが、メルディエズ学園に戻って今までどおりユーキと接することができるのなら、そっちがいいと考えたようだ。
トムリアとジェリックはミスチアの言葉を聞くとジト目になりながら彼女を見る。二人は前にミスチアからユーキを捕まえた後どうするか聞いていたため、コロッと考え方を変えるミスチアに呆れていた。
「ユーキ君、アイカさん、私たちと一緒に戻りましょう」
ロギュンはもう一度ユーキとアイカにメルディエズ学園に戻るよう伝え、トムリアたちも戻って来てほしいという意思の籠った視線を向ける。
ユーキはしばらく目を閉じて黙り込み、しばらくすると目を開けてロギュンを見つめた。
「……すみません、副会長。やっぱり戻れません」
謝罪するユーキを見たロギュンは目を見開いて驚く。メルディエズ学園に戻った後に教師たちを説得すると説明したにもかかわらず学園に戻ることを拒否したため、ロギュンだけでなくトムリアたちも驚いていた。
「どういうことですか?」
「さっきも言ったようにここで学園に戻ってしまったら俺とアイカを助けようとした学園長やスローネ先生に顔向けできませんし、二人の覚悟を無駄にすることになります。二人は俺とアイカを信じ、俺たちの意思を優先してくれました。その気持ちに答えるためにもスラヴァさんに会って薬を調合してもらいます」
「そこまでしてスラヴァ・ギクサーラン殿に会う必要があるのですか? どちらにしても元に戻る薬を得られるのですから、追われながら薬を手に入れるよりも学園に戻って薬を得た方がいいでしょう」
「本当に学園に戻ったら薬を手に入れることができるんでしょうか?」
「……? どういう意味ですか」
ユーキの言葉の意味が理解できず、ロギュンは真剣な表情を浮かべてユーキに尋ねた。
「教頭先生は誰よりも俺とアイカを軍に引き渡そうと考えています。俺とアイカが学園に戻った直後に軍へ引き渡そうとするかもしれません」
「そんなことはさせません。会長や私が必ず教頭先生や他の先生がたを説得し、お二人を元に戻す時間を稼ぎます」
「他の先生たちはともかく、プライドの高い教頭先生が説得に応じるとは思えません。ましてや今の教頭先生は学園長の代行です。学園長としての立場を利用するという強引な手段を取る可能性だってあります」
ロギュンはユーキの言葉を聞いて僅かに表情を歪める。確かにロブロスの性格なら学園長代行の権利を使って自分に文句を言ったり逆らったりする存在を黙らせようとするかもしれない。それを考えるとユーキの考えを否定することはできなかった。
ユーキもロギュンやカムネスが自分とアイカのことを思ってメルディエズ学園に連れて帰ろとしていることは分かっている。しかし、ロブロスが学園長代行である以上、ベーゼ化する可能性がある体のまま学園に戻ることはできない。
それにユーキとアイカにはベーゼ化の影響で得られた高い身体能力と感覚をそのまま残し、体だけを以前のように戻したいと言う目的がある。そのためにも普通の薬師ではなく、五聖英雄であるスラヴァに薬の調合を依頼する必要があった。
「……アイカさん、貴女はどう思っているのですか?」
ユーキの意思が変わらないことをしたロギュンは同行するアイカに尋ねた。
「私は、どんな時でもユーキと一緒です」
アイカの返事を聞いたロギュンはアイカもユーキと同じ気持ちだと知って僅かに目を鋭くする。トムリアとジェリックも二人が学園に戻らないと知って残念そうな顔をしていた。そんな中、ミスチアだけはアイカを意外そうな顔で見ている。
「……貴方たちの意思は分かりました。ですが、私も貴方たちを学園に連れて帰るよう言われています。生徒会副会長として、教師の指示には背けません。……此処で捕縛させていただきます!」
ロギュンはユーキとアイカを見ながら右手を軽く上げる。すると周りにいる生徒たちは一斉に武器を構え、トムリアとジェリックも遅れて杖と剣を構える。ミスチアだけは構えずにウォーアックスを肩に担いでいた。
ユーキとアイカはロギュンたちが戦いに勝って自分たちを連れ帰ろうとしていると気付くと背負っているリュック、肩に掛けている鞄を地面に下ろし、月下と月影、プラジュとスピキュを抜いた。
同じメルディエズ学園の生徒と戦うのは抵抗があるが、此処で捕まるわけにはいかないため、二人は感情を抑えて戦うことにした。
「皆さん、ユーキ君とアイカさんを捕らえます。お二人は強いです、油断しないでください」
『ハイ!』
ロギュンの指示を聞いてミスチア以外の生徒は声を揃えて返事をする。
ユーキとアイカも相手にロギュンやミスチアがいる以上、手加減して戦うことはできないと感じながら得物を強く握った。




