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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
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第百三十六話  犬猿の絆


 ベノジアの解毒と傷の手当てが終わるとウブリャイたちは倒したポイズングリズリーの解体を始めた。モンスターの爪や毛皮、骨などは色んな道具や武具の素材として利用できるため、それを町に持って行けば売ることができる。

 素材を売ることは冒険者たちが依頼の報酬以外で金銭を稼ぐ数少ない方法であるため、冒険者の多くは倒したモンスターの素材は回収する。特に中級以上のモンスターの素材は高値で取引されるため、武闘牛は中級モンスターであるポイズングリズリーの素材をできる限り回収しようと思っていた。

 解体が終わり、広げられたポイズングリズリーの毛皮の上に爪、牙、骨などが並べられる。素材以外にもポイズングリズリーの大きな肉の塊が幾つも置かれており、ウブリャイたちは難しそうな顔で素材を見ていた。


「ボス、結構な量ですけど、どうするんスか?」

「爪や毛皮とかは全部回収するとして、食料になる肉は持てるだけ持って残りは捨てるしかねぇだろうな。無理に全部持って行こうとすれば荷物が増えて移動に時間が掛かっちまう。何よりこれだけの肉を荷馬車に積むことはできねぇ」


 ウブリャイは腕を組みながら必要な分だけ回収することにし、ベノジアたちも仕方がないと言いたそうな顔で納得する。

 武闘牛の荷馬車の荷台はそれほど大きくなく、ユーキたちと彼らの荷物を乗せれば空きのスペースは殆ど無い。ポイズングリズリーの素材や少量の肉を乗せれば空いているスペースも無くなってしまうため、それ以上の積むことはできなかった。

 効率よく、そして短時間で目的地に辿り着くためにも必要な物以外は回収せずに置いていくことにした武闘牛は素材と少量の肉を荷台に積み、残った肉は近くの茂みの奥に隠すように投げ捨てる。

 道の真ん中に肉を残しておけばその匂いを嗅ぎつけたモンスターが集まって来て後から通るかもしれない旅人や商人たちがモンスターに遭遇してしまう可能性があるため、それを防ぐためにもできる限り道から離れた所に肉を捨てる必要があった。

 ユーキとアイカも早く出発できるよう素材の積み込みや肉の片づけを手伝う。二人も効率よく移動するために余計な荷物を積み込むべきではないと考えており、ポイズングリズリーの余っている肉を捨てることには反対しなかった。

 普通なら食料になる肉は捨てずに回収するべきと考えるが、ノヴァルゼスの町で大量に食料を買い込んだユーキとアイカは肉をほしいとは思っていない。


「ポイズングリズリーの爪や毛皮は俺らが全部貰うが構わねぇよな?」


 ウブリャイがポイズングリズリーの爪を荷台に積みながら近くで作業をするユーキに声を掛ける。ユーキは手を動かしながらウブリャイの方を向いて頷いた。


「ああ、構わないよ。メルディエズ学園の生徒はモンスターの素材を回収しても売ることはできないからな」


 ユーキは素材が武闘牛の物になることに不満を見せず、ユーキの返事を聞いたウブリャイは「ならいい」と言いたそうな顔で小さく頷く。

 メルディエズ学園の生徒は冒険者と違ってモンスターを倒し、その素材を回収しても町で売ることはできない。それは生徒たちが学園から食事や寝床などを提供されており、依頼を受ける際は必要な道具や資金を用意されるからだ。

 生徒たちがモンスターを倒し、その素材を売って金銭を得れば冒険者たちが素材を売って得られる金銭の額が少なくなってしまう。それは依頼を受ける以外で金銭を得る冒険者たちにとっては非常に都合の悪く、下手をすれば日常生活に必要な金銭も得られなくなる可能性がある。

 資金をメルディエズ学園から出されている生徒たちがモンスターの素材を売って金銭を得れば冒険者たちの活動に支障が出ると考えた各国の冒険者ギルドの代表たちはメルディエズ学園が設立された時に生徒がモンスターの素材を売ることを禁止するべきだと提案した。ラステクト王国の国王も代表たちの話を聞いて納得し、メルディエズ学園の生徒が素材を売って金銭を得てはならないことにしたのだ。

 メルディエズ学園の生徒がモンスターの素材を売ることはできないと知っているユーキとアイカはポイズングリズリーの素材が欲しいとは微塵も思っていない。そもそも荷馬車に乗せてもらっておいてモンスターと素材まで貰おうとは考えていなかった。


「よし、全部積み終わったな。すぐに出発するからさっさと乗れ。モンスターどもが肉の匂いで集まって来る可能性がある、できるだけ早く此処から離れるぞ」


 ユーキたちはウブリャイの指示に従い、素早く荷馬車の荷台に乗り込む。例えモンスターが現れてもユーキたちなら問題無く倒せるだろうが、無駄な戦闘を行って体力を失うことは避けたかった。

 全員が乗り込むとウブリャイも御者席に乗って荷馬車を走らせる。モンスターと遭遇する可能性を少しでも避けるため、ウブリャイは馬を少し速く走らせた。

 再出発したユーキたちは道に沿って林の中を移動する。ポイズングリズリーと遭遇してからはモンスターに襲われたりすることもなく、しばらくして無事に林の外に出ることができた。

 林を出ると広い平原が視界に入り、見通しのよう平原に出たことでユーキたちは少しだけ気を楽にする。

 しかし、いつモンスターが現れるか分からない状況であることには変わりないため、周囲への警戒を怠らずにユーキたちは移動した。

 その後、ユーキたちは休息を挟みながら移動し、夕方になった頃にウブリャイは夜営するを決めて近くの広場に荷馬車を停めた。ユーキたちも暗くなりかかっているため、このまま進むのは危険だと感じて夜営することに賛成する。

 ユーキたちは数本の柱が立つ小さな遺跡のような場所で火を焚いて早めの夕食の準備をする。出発前に交わした約束どおりユーキとアイカは自分たちの食料で夕食を作るため、武闘牛から少し離れた所に火を焚いて食事の支度を始めた。

 武闘牛は林で倒したポイズングリズリーの肉を小さく切り分けると短剣に刺し、座りながら直火で焼き始める。他にも干し肉やパンなどの食料もあるが、保存性の無い生肉を先に片付けてしまおうとポイズングリズリーの肉を先に食べることにしたのだ。


「……あっちはポイズングリズリーの肉を食うのか」


 食事の支度をするユーキは肉を焼くウブリャイたちを見ており、アイカもノヴァルゼスの町で購入した木製の食器を近くにある石の上に置きながら武闘牛のメンバーたちを見ている。


「ポイズングリズリーの肉は栄養があるから冒険者たちは好んで食べるそうよ」

「へぇ、そうなのか。……でも、熊の肉って火を通すと固くなる聞いたことがあるけど、美味いのか?」


 支度の手を止めたユーキはアイカの方を向いて尋ねる。熊肉が焼けば固くなると言う知識は転生前の世界のものなので今いる異世界でもそのとおりとは限らない。

 しかし、異世界と元いた世界の食材は似た物が多いため、食感なども同じかもしれないと考えたユーキはポイズングリズリーの肉も固くなるのではと予想したのだ。


「……確かにポイズングリズリーや普通の熊の肉は焼けば少し固くなって食べ難くなるって聞いたことがあるわ」


 アイカはユーキの方を見ながら答え、ユーキはアイカの返事を聞いて「やっぱり」と言いたそうに複雑そうな表情を浮かべる。実際、ウブリャイたちは焼いたポイズングリズリーの肉を食べ辛そうな顔をしながら食していた。

 ユーキの転生前の世界では熊肉を柔らかくするために様々な調理法を取り入れるが、異世界にはそのような知識が無いため、異世界の人間は普通に煮たり焼いたりして食べるしかなかった。

 因みにユーキは熊肉を柔らかくする方法を知らないため、ウブリャイたちに教えることはできない。仮に知っていたとしてもウブリャイたちはユーキのアドバイスを素直に聞く可能性は低かった。

 ユーキは苦労して肉を食べる武闘牛のメンバーたちを気の毒に思いながら食事の支度を続ける。


「私たちは何を食べる?」


 アイカはリュックに中を覗きながら尋ねると、ユーキはアイカの隣に来ると同じようにリュックの中を覗き込んで考える。


「……今日の夕食なんだけど、俺に任せてくれないか? ちょっと試してみたいことがあるんだ」

「試してみたいこと?」


 不思議そうな顔をしながらアイカはユーキの方を向くとユーキは小さく笑いながらアイカの顔を見ている。

 アイカはユーキの顔を見て何か考えがあると感じ、夕食をユーキに任せていいかもしれないと考えた。


「それじゃあ、お願いするわ」

「OK! 任せてくれ」


 そう言うとユーキはリュックから必要な物を一つずつ取り出し、アイカは黙ってユーキを見守る。

 ユーキはまず、ノヴァルゼスの町で購入した小さめの包丁とまな板、そして生肉の塊を取り出し、まな板の上で肉を少し厚めに二枚切る。切り終わると残っている生肉は維持する布メインテインカバーに包んでリュックに戻し、新たに手の平サイズの小さな袋を二つ取り出した。

 二つの袋の内、一つを切った肉の近くに置いたユーキはもう一つの袋を開けて中を見る。その中には小さな黒い実が大量に入っており、中身を確認したユーキは袋をアイカに手渡した。


「アイカ、コイツを少しだけ取り出して、ハンカチかなんかで包みながら叩き潰してくれ」

「潰すって、このコショウを?」


 アイカが確認するとユーキは小さく頷く。ユーキが取り出した袋に入っていた黒い実は黒コショウでこれもノヴァルゼスの町で購入した物だった。

 黒コショウと言うのは異世界では金と同等の価値があると言われ、平民は買うことは難しく、料理でも滅多に使われないと言われていた。

 ノヴァルゼスの町でもかなりの値段で売られており、購入できる住民は殆どいない。しかし、大量の金貨を所持していたユーキは料理で使うため、黒コショウを購入していたのだ。

 アイカに黒コショウを潰すことを任せたユーキは視線をまな板の上に置かれた二枚の肉に向ける。その姿を見てアイカは少し意外そうな表情を浮かべた。


「ユーキって転生する前も料理をしていたの?」

「ああ、爺ちゃんと二人暮らしだったからな。小さい頃は爺ちゃんが作ってくれてたけど、十二歳頃からは俺も作るようになったんだ」


 ユーキが幼い頃から料理をしていたと知ったアイカは感心し、同時にユーキは体は小さくても中身は十八歳なのだと改めて実感する。

 アイカが感心する中、ユーキは鉄製のフォークを手に取り、二枚の肉をフォークで何度も刺し始める。アイカは初めて見る調理法を目にして軽く目を見開いた。


「ユーキ、さっきから何をしているの?」

「フォークで穴をあけてるんだよ。こうすることで肉を焼いた時に焼き縮みを穏やかにして固い食感になるのを防げるんだ」

「そ、そうなのね……」


 自分の知らない方法で下準備をするユーキにアイカは呆然とする。アイカが見ている中、ユーキは二枚の肉に穴をあけ終え、裏返すと近くにある小さな袋を取った。

 袋の中には塩が入っており、ユーキは肉に塩を軽く振りかけた。それを見たアイカは自分のやるべきことを思い出し、慌てて黒コショウを布で包み、石の上に置くと近くにある手の平サイズの石を取って黒コショウを潰していく。

 黒コショウを潰し終えるとアイカは布を広げ、ちゃんと黒コショウが潰れているのを確認するとユーキの前に持っていく。

 ユーキはアイカが潰した黒コショウを持って来ると少し摘まんで肉の塩をかけた面にかけた。

 肉の下ごしらえが済むとユーキは次にレタスのような野菜と大きめのフライパンを取り出す。野菜とフライパンもノヴァルゼスの町で買い出しをした時に買った物だ。

 ユーキは野菜を食べやすい大きさに切り、それが済むとフライパンを焚き火にかけて熱する。この時、フライパンを火にかけながら置いておく台などは無いため、ユーキはフライパンを持ったまま熱した。


「……そろそろかな」


 ある程度フライパンが温まるとユーキは肉を一枚ずつフライパンに乗せる。フライパンの上に乗ったことで肉は高い音を立てながら焼かれ、アイカは驚いたような顔をしながらユーキの調理を見ていた。

 肉が焼かれる音はウブリャイたちの耳にも届いており、ユーキが何をしているのか気になっているウブリャイたちは食事の手を止めてユーキとアイカの方を見ている。

 片面がある程度焼けるとユーキはフォークを使って肉をひっくり返す。最初に焼かれた面はいい色に焼かれており、アイカは美味しそうに焼かれている肉を無言で見つめる。

 やがてもう片方の面も焼き終え、ユーキはフォークで用意されていた木製の皿に肉を乗せ、その後に予め切っておいた野菜を肉の近くに添えた。


「よし、できたぞ」


 料理が完成するとユーキは皿の一つをアイカに差し出す。受け取ったアイカは近くにある石の上に座って皿に乗っている肉を見ながらまばたきをした。


「ユーキ、これは何て言う料理なの?」

「ステーキだよ」

「ステーキ?」

「ああぁ、そっか。こっちにはステーキなんて料理は無いんだっけ」


 今いる世界の料理に関する知識を思い出したユーキは納得したような顔をする。

 ユーキが転生した異世界は中世ヨーロッパに近い文明で肉料理はローストやソーセージなどが多く、他にも長期保存ができる燻製や塩漬け肉などにして食べられている。そのため、ステーキと言う料理は存在していない。

 アイカもステーキなど食べたことが無いため、目の前にある未知の料理に驚いていた。


「味付けは塩とコショウだけだ。本当はステーキソースとかがあればいいんだけど、そんな物は無いしな」

「そ、そうなのね……」


 苦笑いを浮かべるユーキを見てアイカは困惑した様子で返事をした。

 ユーキは地面に座ると胡坐をかき、足の上に皿を乗せてナイフで肉を食べやすい大きさに切る。一口サイズに切るとフォークで肉を口へと運び、ゆっくりと噛んで味と肉の固さを確認した。

 しばらく味わうとユーキは納得したような反応を見せて小さく頷く。ユーキが食べるのを見たアイカはとりあえず食べてみることにし、ナイフで肉を切る。すると肉は楽に切ることができ、殆ど固さを感じなかった。

 意外な感触にアイカは驚き、フォークで刺した肉をしばらく見てから口の中に入れる。


(柔らかい! 肉の味もしっかり詰まってるし、凄く美味しい!)


 初めて食べる料理に最初は抵抗を感じていたアイカだったが、食べた瞬間にステーキの美味しさに衝撃を受けた。今まで食べたどの肉料理よりも美味しい、アイカはそう感じながらステーキを味わう。

 アイカが美味しそうに食べるのを見たユーキはニッと小さく笑う。料理を作ったのは久しぶりで美味しくできるか少し不安だったが、アイカの反応を見て上手くできたのだと知って安心し、それと同時に自分の料理でアイカが喜んでくれたことが嬉しく思った。

 ユーキは冷める前に食べてしまおうと皿に残っている肉と野菜を食べていき、アイカも笑いながら肉を食べ進めていく。

 離れた所ではウブリャイたちがユーキとアイカが食事をする姿を見ている。ユーキとアイカが変わった料理を美味しそうに食べている姿を見てキョトンとしており、どんな料理を食べているのか気になっていた。


「なあ、アンタたち! いったい何を食べてるんだい?」


 気になって仕方のないラーフォンは少し大きめの声を出したユーキとアイカに声を掛ける。ユーキとアイカは手を止めると武闘牛の方を向いた。


「ステーキだよ。肉を軽く焼いただけの簡単な料理だ」

「ステーキ……それって美味いのかい?」


 ラーフォンは興味のありそうな顔をしながら詳しく話を聞こうとする。ウブリャイや他の二人は料理のことを詳しく聞こうとするラーフォンが子供っぽく見えたのか軽く溜め息をついた。

 ユーキはラーフォンをまばたきをしながら見ており、しばらく見た後に自分たちのリュックに視線を向ける。そして、皿に残っている肉を全て食べると武闘牛の方を向いた。


「……よかったら食べてみるか?」


 ユーキの言葉を聞いたウブリャイたちは軽く目を見開く。メルディエズ学園の生徒が商売敵である冒険者に料理を出そうとしていることに武闘牛のメンバー全員が驚いていた。


「食べてみるかって、そのステーキっつうのをか?」


 ウブリャイが確認するとユーキはウブリャイの方を見ながら頷いた。


「ああ、もしまだ食べられるのならアンタたちの分も作るよ。味の感想とかも聞きたいし、何より荷馬車に乗せてもらった礼もしたいから」


 ユーキの言葉を聞いてウブリャイは難しそうな顔で考える。荷馬車の謝礼とは言え、メルディエズ学園の生徒が冒険者に無償で料理をご馳走するなどあり得ないと普通なら思うだろう。

 しかし、ウブリャイはユーキのこれまでの言動やベノジアがポイズングリズリーの毒に侵された時に無条件で毒を浄化してくれたことから、ユーキに下心が無いことやそんなことをする子供ではないと考え、本当にただ料理を食べさせたいと思っているのではと感じていた。


「それじゃあ、遠慮なく作ってもらおうじゃないか」


 ウブリャイが考えているとラーフォンがステーキを希望する。ウブリャイは勝手に決めるラーフォンを軽く目を見開きながら見た。


「待て、お前だけ食わせてもらう気か? 俺にも食わせろ!」


 ラーフォンに続いてイーワンもステーキを注文し、ユーキはそんなイーワンを見て思わず苦笑いを浮かべ、アイカもステーキを食べながら目を丸くしている。

 ウブリャイは未知の料理によって冒険者らしからぬ反応を見せるラーフォンとイーワンを見て再び溜め息をつく。だが、ウブリャイ自身もステーキがどんな料理なのか興味があり、食べられるのなら食べてみたいと思っていた。


「まぁ、固くて食い難いポイズングリズリーの肉じゃあ食った気にはなれねぇしな……食わせてもらおうじゃねぇか、そのステーキってやつをよ」

「ボス、本気ですか? メルディエズ学園のガキから料理をご馳走してもらうなんて……」


 隣にいるベノジアは驚きながらウブリャイに声を掛けるとウブリャイはチラッとベノジアの方を見た。


「下心があるわけじゃねぇみてぇだし、アイツがタダで食わせてくれるって言ってんだから気にすることはねぇだろう」

「そ、そうっスけど……」


 確かにリスクが無く、相手が食べさせてくれると言うのなら食べた方がいいだろう。だが、ベノジアは冒険者としての立場上、素直に料理を食べさせてもらおうとは思えなかった。


「何だ、お前はアイツの作る料理が気にならねぇのか?」

「そ、そりゃあ少しは……」

「だったら食わせてもらえ。冒険者のプライドにこだわってチャンスを捨てるなんて間抜けな話だぞ」

「ううぅ……」


 ベノジアが少し悔しそうな表情を浮かべるとウブリャイはユーキたちの方へ歩き出し、ベノジアも少し遅れてユーキたちの所へ向かった。

 武闘牛のメンバーがやって来るとユーキは再びリュックから生肉の塊を取り出して人数分切り、先程と同じように調理を進めてウブリャイたちのステーキを作っていく。ウブリャイたちは興味のありそうな顔をしながらユーキの調理を見学した。

 調理が終わるとユーキは皿にステーキと野菜を乗せてウブリャイたちに渡す。皿を受け取ったウブリャイたちはナイフで細かく切ったり、フォークで刺してそのままかぶり付くなどしてステーキを食べる。


「うめぇ! 何じゃこりゃあ!?」

「こんな肉、今まで食ったことねぇよ!」


 イーワンとラーフォンはステーキの味と食感に興奮しながら勢いよく食べ進めていく。その豪快な食べっぷりにユーキはまた苦笑いを浮かべ、アイカもまばたきをする。


「うむ、確かにコイツはうめぇな。過去に一流の宿屋で肉料理を食ったことがあるが、それ以上だ」


 ウブリャイは切り分けたステーキを見ながら呟く。美味いとは言え、流石にリーダーである自分が料理で興奮するのは見っともないと思ったのか冷静に感想を言った。

 静かにステーキを食べるウブリャイの隣ではベノジアが同じように切り分けた肉を食べていた。今まで口にしたことの無い柔らかい肉にベノジアは目を見開いて驚く。


「どうだ、感想は?」


 ウブリャイがベノジアに尋ねるとベノジアはフッと我に返ってウブリャイの方を向く。そしてすぐに俯き、照れくさそうな表情を浮かべた。


「……う、美味いっス」


 ベノジアの返事を聞いたウブリャイはニッと笑う。

 最初はメルディエズ学園の生徒が作った料理なので食べても美味くないと言うのではと思っていたが、プライドを捨てて感想を言ったベノジアを見て素直良いとウブリャイは感じていた。


「アンタ、こんな料理を作れるなんて、ガキのくせに結構やるじゃないか」

「戦闘だけじゃなくて料理までできちまうとは。お前、何モンだよ?」


 ラーフォンは笑いながら、イーワンは興味のありそうな顔でユーキに語り掛ける。二人は既にユーキのことを戦士として、そして一人の人間として優秀な存在だと認めているようだ。


「アハハハ、俺はそんな大した人間じゃない。ただの十歳児さ」


 正体を言えないユーキは小さく笑いながら納得しそうな答えを言う。ノヴァルゼスの町にいた時と態度の違うラーフォンとイーワンに驚いていたが、自分のことを認めてくれたことをユーキは少しだけ嬉しく思っていた。

 犬猿の仲とは言えユーキは冒険者や冒険者ギルドの人間を嫌っているわけではない。寧ろ可能であれば少しずつ仲を深めていき、手を取り合えるようになれたらいいと考えていた。

 それからユーキはラーフォンとイーワンから色んな質問をされ、一つずつ答えていく。勿論、自分が異世界転生した存在や中身は十八歳であることを悟られないよう二人が納得するような答えを言った。


(凄い、町にいた時は仲の悪かった冒険者とあんなに親しく接してるなんて、ユーキって人の心を動かす不思議な力があるのかしら……)


 離れた所で座っているアイカは武闘牛のメンバーと普通に会話をするユーキを見ながら心の中で感心する。

 メルディエズ学園と冒険者ギルドは不仲だが、双方に所属している人間全てが相手を毛嫌いしているわけではない。中には相手を理解し、関係を良くしようとする者もいる。

 アイカはユーキたちを見ながら時間が掛かってもいいから二つの組織が認め合える日が来ればいいと思っていた。


――――――


 同時刻、ノヴァルゼスの町の南東の門の前にある広場では町の住民たちが帰宅したり、酒場へ向かうために街の方へ移動していた。

 広場にいる住民たちの大半は広場の中央を見ながらざわついている。広場の中央には大勢のメルディエズ学園の生徒の姿や彼らが使っている荷馬車が数台停められていた。

 メルディエズ学園の生徒は全部で七十人おり、その殆どが中級生で中には数人の上級生もいる。全員が愛用の武器を持って整列しており、それを見た住民たちは何か大きな事件やベーゼの討伐があるのではと不安を露わにしていた。

 広場に集まっているメルディエズ学園の生徒たちは逃亡したユーキとアイカを捕まえるために学園から送り込まれた捕縛部隊。二日前にユーキとアイカを捕らえるためにバウダリーの町を出発し、ついさっきガルゼム帝国の国境に最も近い町であるノヴァルゼスの町に辿り着いたのだ。


「よし、ではこの後の説明をする。よーく聞くように!」


 整列している生徒たちの前にはメルディエズ学園の教師の制服を着た一人の男が立っている。四十代前半くらいで金色の短髪に細いペンシル髭、茶色い目を持ち、身長は160cmぐらいの外見をしていた。

 男の名前はアントニウス・クフェアリ。メルディエズ学園でも数少ないロブロス・ハージャックの味方をする教師で今回の捕縛部隊の指揮をロブロスから任された存在だ。

 アントニウスの両脇には神刀剣の使い手であるパーシュたちとロギュンが控えており、右側にパーシュとフレード、左側にカムネスとロギュン、フィランの三人が立っている。そして、パーシュたちの後ろにはグラトンが座っていた。

 左側に立つカムネスたちは黙って生徒たちを見ているが、パーシュとフレードはロブロスの味方であるアントニウスを不服そうな顔で見ていた。

 整列している生徒の中にはユーキとアイカの知り合いの姿もあった。過去に共に依頼を受けたことのあるミスチア・チア―フル、ジェリック・トルフェクス、トムリア・シェシェル。ユーキの同期であるディックス・ダイナ、その親戚であるトムズ・ダッスト、ハリーナ・ソウラムの姿もある。

 ディックス、トムズ、ジェリック、トムリアの四人はユーキとアイカの捕縛に納得しておらず、今回の依頼にも強引に参加させれたため、不満そうな表情を浮かべながらアントニウスを見ている。一方でミスチアとハリーナはどこかワクワクしたような顔をしていた。


「今回の任務は非常に重要なものだ。メルディエズ学園だけでなく、この大陸に存在する全ての国の未来に大きく関わる。必ずあの二人を捕らえるのだ!」


 アントニウスは力の入った声で生徒たちにユーキとアイカを捕縛するよう伝える。彼もユーキをベーゼとしてバウダリーの町に駐屯する軍に引き渡すことに賛成した教師の一人であるため、今回のユーキとアイカの捕縛にとても気合いを入れており、何がなんでも二人を捕まえようと思っていた。

 集まっている生徒たちもアントニウスの言葉を聞いてやる気を露わにしたり、隣にいる仲間と話したりする。

 今回の捕縛作戦に参加した生徒の殆どはユーキとアイカの二人と面識が無く、二人を捕らえることやその後に軍に引き渡すことに不満や躊躇ためらいなどは感じていない。依頼完遂後に出される自分たちの望む報酬のことを考えて依頼に参加していた。


(アイツら、学園や各国を護るって名目で参加してるようだが、実際は望んでいる褒美を手に入れることだけしか考えてないに違いねぇ。本心は表に出さずに善人面して動く……チッ、気に入らねぇ)


 フレードは集まっている生徒たちが自分たちと違って報酬のために捕縛部隊に加わったという本心を見抜き、心の中で不満に思う。隣に立っているパーシュもフレードと同じ気持ちでどこか不機嫌そうな目で集まっている生徒たちを見ていた。

 生徒たちが気合いを入れる姿を見たアントニウスはゆっくりと左を向き、黙って立っているカムネスを見る。カムネスはアントニウスに見られていることに気付くと視線だけを動かしてアントニウスを見た。


「私は今回の作戦の指揮をハージャック教頭から命じられている。部隊に参加する生徒たちは私の意思で自由に動かすことができる。ザグロン会長、君もこの部隊に参加している以上は私の指示に従ってもらうよ?」

「……ええ、分かっています」


 カムネスは目を閉じながら答え、アントニウスはカムネスの返事を聞いてニッと笑う。メルディエズ学園最強の生徒である生徒会長のカムネスが自分の命令に従うことにアントニウスは優越感を感じていた。

 アントニウスの笑う姿を見たロギュンはムッとする。自分の前でカムネスを支配下に置いて楽しそうにしているアントニウスにロギュンは不快感を感じていた。

 だがカムネスがアントニウスに従う以上、副会長である自分にもその義務があると感じて苛立ちを抑え込む。

 笑っているアントニウスは続けてパーシュとフレードの方を向き、目が合った二人は目を細くしてアントニウスを軽く睨んだ。


「君たちも私の指示には従ってもらうぞ?」

「ああ、分かってるよ」

「いちいちこっちを見て言うんじゃねぇ!」


 見下したような笑みを浮かべるアントニウスを睨みながらパーシュとフレードは不機嫌な声で返事をする。カムネスだけでなく、パーシュとフレードまでも自由に動かせる現状にアントニウスはとても気分を良くした。


「まさか、ルナパレス君とサンロードさんが捕まえないといけないなんて……」

「先生たちは学園や国のためにアイツらを捕まえるって言ってたが、やっぱ気に入らねぇな」


 整列する生徒たちの中でトムリアとジェリックがユーキとアイカを捕縛することに対する辛さや不満を口にする。

 トムリアとジェリックは他の生徒と違って報酬目当てで部隊に参加したのではなく、自分たちが参加しなければ実戦経験の浅い下級生が参加させられるという話を聞いて渋々参加したのだ。しかも二人は過去にユーキに助けてもらった恩がある。そのため、今回のユーキとアイカの捕縛に未だに納得できていない。


「あの二人はこれまで多くの依頼を完遂させた実績があるんだろう? それなのにベーゼ化したからって薬とかも試さずに軍に引き渡すなんてあり得ねぇよ」

「分かってるわ。だけど先生たちが軍への引き渡すことを民主主義で決定しちゃった以上は学園長も正当な方法ではルナパレス君を救えないって思ったのよ」

「民主主義で決めたからって生徒を軍に売るような真似が許されるってぇのか!?」

「私に当たらないでよ!」


 若干興奮しているジェリックをトムリアはジッと睨みながら落ち着かせる。トムリアとジェリックもユーキとアイカが軍に引き渡されること、二人を捕縛しなくてはいけないことに不満を感じているらしく、目の前にいる幼馴染に八つ当たりをしたくなる状態だった。


「あらあら、こんな時に夫婦喧嘩ですのぉ?」


 睨み合う二人にミスチアが声を掛け、トムリアとジェリックはフッと反応してミスチアの方を向いた。


「チ、チアーチルさん……」

「ふ、夫婦喧嘩なんてしてねぇよ!」

「ハイハイ、そう言うことにしておいてやりますわぁ」


 面倒くさそうな声を出すミスチアにトムリアは僅かに頬を赤くし、ジェリックも同じように頬を染めながらミスチアを睨む。

 ミスチアが会話に割って入ったことで二人の中から苛立ちが消え、トムリアとジェリックは少しだけ落ち着きを取り戻した。


「それにしても、わたくしが依頼で学園の外に出ている間にあのお二人がベーゼ化し、しかも追われる身となっていたなんて……あぁ、嘆かわしいですわぁ」

「……やっぱりチアーチルさんもルナパレス君とサンロードさんを軍に引き渡すことや捕縛することに反対してるの?」


 トムリアが表情を暗くしながら尋ねるとミスチアはトムリアの方を向いて持っているウォーアックスを肩にかける。


「う~ん、ちょっと違いますわねぇ。確かに軍への引き渡しには反対ですが、捕縛することは反対ではありませんの」

「はあ? どういう意味だよ」


 ミスチアの言っていることが理解できないジェリックは小首を傾げながら尋ねる。するとミスチアは小さく不敵な笑みを浮かべた。


「この捕縛依頼でユーキ君を捕まえたら、学園へは連れて帰らずに二人だけで何処かへ逃げちゃおうかなぁ、て思っていますの」

「な、何だとぉ?」


 とんでもないことを言い出すミスチアにジェリックは目を見開き、トムリアも驚いてミスチアを見ていた。


わたくし、アイカさんはともかく、ユーキ君のことが大好きですの。あんな可愛い子を軍に引き渡すなんて許せませんの。ですから、私が誰よりも先にユーキ君を捕まえて、あのアントニウスとか言うおっさんに見つかる前に二人っきりで何処かへ行こうって思ってますのよ」

「そ、そんな勝手なことをしたらチアーチルさんもただじゃ済まないわよ? 下手をしたら貴女も追われることになってしまうかも……」

「ああ、まったくだ。と言うか、あんな小さな子供を捕まえて二人で駆け落ちみたいなことをしようと思ってたのか?」

「あら、殿方を愛するのに年齢は関係ありませんわ。それに……」


 ミスチアはウォーアックスを持たない方の手を口に近づけて不敵な笑みを浮かべる。


「好きな殿方のためならどんなことでもする、それがわたくしのやり方ですの」

『……ッ』


 僅かに低い声を出すミスチアを見てトムリアとジェリックは軽い悪寒を走らせる。目の前にいるハーフエルフの少女が本当は何を考えているのか、二人には理解できなかった。

 ミスチアは不敵な笑みを浮かべたまましばらくトムリアとジェリックを見つめ、しばらくすると表情を普通の笑顔に戻した。


「とにかく、わたくしは軍へ引き渡すことは反対ですがユーキ君とアイカさんを捕まえることには不満は感じていませんの。ですからユーキ君とアイカさんを捕まえろと言う指示が出れば全力で捕まえますわ」

「そ、そうなのね……」


 トムリアはミスチアが冗談で言っているわけではないと悟ると微量の汗を流す。ジェリックも同じように汗を掻きながらミスチアを見ていた。


「さてと、わたくしは他の方々にご挨拶してきますので、これで失礼いたしますわ。……あっ、できれば先程お話ししたことは内緒で♪」


 ミスチアはトムリアとジェリックにウインクをすると背を向けて去っていき、二人はミスチアの後ろ姿を無言で見つめてる。

 その後、アントニウスはノヴァルゼスの町でユーキとアイカを見た者がいない生徒たちを使って情報を集める。その結果、ユーキとアイカらしき人物を目撃したと言う情報は幾つか得られたが、何処にいるのかと言う有力な情報は得られなかった。

 アントニウスは使えそうな情報が得られなかったことに不満を感じていた。だが、ユーキとアイカがガルゼム帝国の北西を目指していることは分かっているため、ノヴァルゼスの町で有力な情報が得られないと考えたアントニウスは生徒たちと共に北門から町を出る。

 ノヴァルゼスの町を出たアントニウスは生徒たちを率いて北西へ向かう。しかし既に夕方になっているため、生徒たちは周辺が暗くなると移動を中断し、夜営を行って一夜を過ごした。


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