第百三十五話 林での共闘
ユーキの答えを聞いたアイカは小さく微笑みを浮かべる。ウブリャイはユーキを見ながらニッと笑い、ベレマスは若干嫌そうな顔でユーキを見ていた。
「ほぉ? 意外だな。てっきり冒険者の手助けは借りたくねぇとか言うかと思ったが……」
「こっちにはあんまり時間が無いんだ。少しでも早く目的地に辿り着ける方法があるならそっちを選ぶのは当然だろう? それに俺は冒険者を嫌ってるわけじゃない」
「フッ、成る程。お前は俺が思ってる以上に大人ってわけか」
嫌な顔一つせず、借りを作ることになると知っていても冒険者の助力を得ようとするユーキの考えにウブリャイは小さく笑う。
今までメルディエズ学園の生徒は皆、商売敵を嫌う連中ばかりだとウブリャイは思っていたが、ユーキを見て生徒の中にも冒険者を嫌う者ばかりでないと知り、少しだけメルディエズ学園の見方を改めようと考えた。
「それじゃあ、途中まで乗っていくってことでいいんだな?」
「ああ、よろしく頼むよ」
ユーキは改めて荷馬車に乗せてもらうことを頼み、アイカもウブリャイを見ながら目で「よろしくお願いします」と伝える。
ウブリャイはユーキとアイカをニッと笑いながら見つめ、ベノジアは納得できなような表情を浮かべながら二人から目を反らしていた。
通常、護衛や送迎と言った仕事を冒険者に頼む場合は冒険者ギルドに依頼し、ギルドから冒険者に依頼を出してもらうことになっている。
ユーキとアイカも冒険者ギルドに依頼を出して武闘牛の荷馬車に乗せてもらうよう手続きをするべきなどだが、追われている身とは言えメルディエズ学園の生徒である二人が冒険者ギルドに依頼を出せば色々面倒なことになりかねないので依頼を出すことはできなかった。
他にも冒険者は依頼を完遂した後に依頼を受けた町に戻って完遂の報告する必要がある。帝都に向かうことが目的である武闘牛にとってユーキとアイカを送った後にノヴァルゼスの町に戻って依頼完遂の報告をするのは非常に面倒な上に時間が掛かってしまう。それを避けるため、ウブリャイは正式な依頼としてユーキとアイカを荷馬車には乗せず、自分の意思で乗せることにしたのだ。
私情でユーキとアイカを乗せれば当然報酬は出ない。だが、ウブリャイにとっては報酬を得られないこと以上に帝都到着に時間をかけることを避けたかった。
「さっきも話したが、俺たちは帝都であるサクトブークへ向かう予定だ。お前たちの行き先であるルジェヴィラスまでは途中まで道が同じだから乗せてやる」
ウブリャイはユーキとアイカにノヴァルゼスの町を出た後の予定を説明し始め、二人は黙ってウブリャイの話に耳を傾けた。
「ノヴァルゼスから北西へ十数km行った所にサクトブークとルジェヴィラスへ続く分かれ道がある。そこに着いたらお前たちとはお別れた。あとは自分たちの足でルジェヴィラスまで行け」
「勿論です。途中まででも乗せていただけるのですから文句は言いません」
乗せてもらえるだけでもありがたいと思っているアイカはウブリャイの条件を不満に思ったりせずに受け入れる。ユーキもアイカと同じ気持ちであるため、ウブリャイを見ながら小さく頷いて了承した。
「それからお前らは依頼主でもなけりゃ護衛対象でもねぇ。もし移動中にモンスターや盗賊なんかと遭遇したらお前らにも戦ってもらうぞ」
「分かってるよ。アイカもそれでいいよな?」
「ええ」
最初から敵が現れたら武闘牛に加勢するつもりでいたため、ユーキとアイカは嫌な顔一つ見せずに戦う意志があることを伝える。何よりも戦う力があるのに大人しくしているつもりなど無かった。
「ああぁそれと、移動中のメシとかは自分たちで何とかしろよ?」
ユーキとアイカがウブリャイと喋っていると黙って会話を聞いていたベノジアが会話に参加し、ユーキたちはベノジアに視線を向ける。
「俺たちは帝都に着くまでの食料しか持ってねぇんだ。お前らに分けてやる余裕はねぇんだ、メシが食いたきゃ自分たちで用意してもらう。そうっスよね、ボス?」
「まぁ、そうだな。メシぐらいは自分たちで用意してもらわねぇと困る」
ウブリャイが同意するとベノジアはユーキとアイカの方を向いてニッと笑う。メルディエズ学園の生徒であるユーキとアイカと共に行動することになって気分を悪くしていたベノジアは少しでも二人の困った顔を見ようと嫌がらせのようなことを言い出したのだ。
アイカはベノジアの笑う顔を見ると彼が何を考えているのか察して僅かに目を鋭くする。ユーキとアイカは最初から食事は自分たちで何とかしようとしていたため、食事を出すと言われても断るつもりでいた。
だが、ベノジアがあからさまに食事を出さないような態度を取ったため、食事を用意する気でいたアイカも気分を悪くした。
「ご心配なく、食事はこっちで何とかするよ。と言うか、荷馬車に乗せてもらうのに食事まで要求するほど図々しくない」
アイカと違ってベノジアの言葉を気にしていないユーキはウブリャイと話しながら苦笑いを浮かべ、そんなユーキをウブリャイは軽く笑いながら見ていた。
「んじゃあ、早速荷馬車が停めてある所まで行くか。モタモタしてると置いてくからちゃんとついて来いよ?」
ウブリャイはそう言うと酒場の出入口の方へ歩き出し、ベノジアもその後をついて行く。ユーキとアイカは見失わないように二人のすぐ後ろをついて行った。
酒場を出たユーキたちは北門前の広場までやって来る。そこはユーキとアイカがノヴァルゼスの町に入った時に通過した南東の門前の広場と違って人が少なく静かな場所だった。
ユーキとアイカはウブリャイとベノジアの後ろを歩きながら広場を見回す。広場の隅には冒険者と思われる大勢の男女の姿があり、仲間同士で会話をしたり、持ち物の確認などをしている。
冒険者たちの姿を見たユーキとアイカはこれから依頼やモンスター討伐などに行くために準備をしているのだろうと歩きながら想像した。
しばらく歩くとユーキたちは北門のすぐ近くに停めてある荷馬車の前までやって来た。荷馬車の前には金茶色の髪に薄い褐色の肌をした半袖半ズボンの格好をした女戦士と絹鼠色の体毛を持つ雄のウェアウルフが立っている。武闘牛のメンバーであるラーフォンとイーワンだ。
ラーフォンはウブリャイとベノジアに気付くと軽く手を振り、イーワンも笑いながら二人を見る。そんな中、ユーキとアイカの姿が視界に入り、ラーフォンとイーワンは軽く目を開きながらユーキとアイカを見た。
「おい、ボス。ソイツら……」
イーワンがユーキとアイカを指差しながらウブリャイに声をかけるとウブリャイは立ち止まり、振り返ってユーキとアイカを見る。
「ああ、以前ローフェンで共闘したメルディエズ学園のガキどもだ」
「それは見りゃ分かる。どうしてソイツらが一緒にいるんだよ?」
状況を把握できないイーワンはウブリャイの方を向き、ラーフォンも詳しい説明を求めるかのようにウブリャイを見つめた。
ウブリャイはユーキとアイカと何処で会い、どうして一緒に行動しているのかをラーフォンとイーワンに詳しく説明する。ラーフォンとイーワンも最初は真面目な顔で説明を聞いていたが次第に驚いたような表情へと変わっていった。
それからしばらくして説明が終わるとウブリャイは腕を組みながらラーフォンとイーワンを見つめる。話を聞いたラーフォンとイーワンはどこか呆れたような表情を浮かべた。
「……つまり、コイツらに貸しを作るために途中まで荷馬車に乗せてやることにしたってわけだね?」
「ああ、メルディエズ学園は冒険者ギルドとは違う力や情報を持っているからな。いつか役に立つ時が来ると思って恩を売っておこうと思ったんだ」
ラーフォンはウブリャイの説明を聞いて「成る程」と言いたそうな反応を見せる。しかし、自分とイーワンのいない所で話を進めたことには若干不満を感じており、僅かに目を細くしながらウブリャイを見つめた。
「ボス、あたしは余程とんでもない内容じゃない限りはアンタが決めたことに文句を言う気は無い。だけど、あたしがいる所で話を進めのはやめとくれ。話を聞いた後に色々準備とかをしなくちゃいけないんだから、出発の直前に言われても困るんだよ」
「ああ、俺も同感だ」
イーワンもラーフォンの意見に賛同し、困ったような顔をしながらウブリャイを見る。ウブリャイの隣で会話を聞いていたベノジアはラーフォンとイーワンを見ながら「うんうん」と小さく俯いていた。
「分かった分かった、帝都に着いたら勝手に決めた詫びはする。今は早く出発の準備をしろ」
「……たく、仕方ねぇ人だな」
面倒くさそうな顔をするウブリャイを見ながらイーワンは出発の準備に取り掛かる。ラーフォンは一度軽く溜め息をついてから荷馬車を引く馬の状態を確認し、ベノジアは荷馬車の荷台に積まれている荷物の中身を確認した。
ウブリャイはベノジアたちが出発の準備に取り掛かるのを見ると後ろに立っているユーキとアイカの方を向いた。
「すぐに出発するから荷台の乗れ。荷物は邪魔にならねぇように荷台の隅にでも置いておけ」
「ああ、分かった」
ユーキが返事をするとウブリャイは荷台に近づいてベノジアと共に荷物の確認を行う。ユーキとアイカは準備をする武闘牛のメンバーたちの姿を少し離れた所で見ている。
それからしばらくして出発の準備が整うと武闘牛は荷馬車に乗り、ユーキとアイカも荷台に乗り込む。御者席にはウブリャイが座り、荷台にはユーキとアイカ、ベノジアたちが乗って荷馬車の真ん中を向くよう座る。
ユーキは荷台の左側、御者席の近くに座り、アイカはユーキの右隣に座る。ベノジアは右側の後部、ユーキとアイカの正反対の位置に座り、イーワンは左側の後部、ラーフォンは御者席側の右に座った。
「まさかアンタたちと一緒に旅をするとは思わなかったよ」
ラーフォンはユーキとアイカの方を見ながら声をかけ、二人はフッと話しかけてきたラーフォンの方を向いた。
「短い間だけど、お互い気楽にやろうじゃないか」
「ああ、そうだな。少しの間だけど、よろしく」
「よろしくお願いします」
ユーキとアイカはラーフォンに挨拶をし、二人を見たラーフォンは一瞬意外そうな顔をするがすぐにニッと笑う。
商売敵であるメルディエズ学園の生徒は冒険者と関わろうとしないと思っていたが、ユーキとアイカが嫌な顔をせずに挨拶をするのを見て、メルディエズ学園の生徒も多少は見所があるかもとラーフォンは感じていた。
ラーフォンがユーキとアイカの二人と挨拶をしているとイーワンが声を出しながら溜め息をつき、声を聞いたユーキたちはイーワンに視線を向ける。
「俺はラーファンみてぇに必要以上にお前らと接する気はねぇ。用がねぇ時はあまり話しかけんじゃねぇぞ?」
「分かったよ」
ユーキは軽く溜め息をつきながら返事をし、アイカも複雑そうな顔でイーワンを見ていた。
イーワンはローフェン東国で共闘した時にユーキとアイカの実力を少しは認めている。だが、やはり商売敵であるメルディエズ学園の生徒と仲良くしたり、関係を持とうとは思っていないようだ。
ユーキとアイカも冒険者であるイーワンの立場から自分たちを避けようとしていることは理解している。そのため、イーワンが冷たい態度を取っても不愉快にはならなかった。
「俺もお前らと仲良しになる気は全くねぇからな」
ベノジアは腕を組みながら喧嘩腰にユーキとアイカに声をかけ、二人は視線をイーワンからベノジアへ向けた。
「今回はボスが貸しを作るためって言うから仕方なく我慢してるだけなんだ。ボスが一目置いてるからっていい気になるんじゃねぇぞ?」
「ハイハイ、分かってるって」
挑発的なベノジアをユーキは面倒そうな顔で返事をし、ベノジアはユーキの態度が気に入らないのかムッとしながらユーキを睨む。
ユーキの隣に座っているアイカは態度の大きいベノジアを見て僅かに表情をしかめていた。
ラーファンは相変わらずメルディエズ学園の生徒を嫌っているベノジアを見て呆れ顔になり、イーワンはユーキとベノジアに会話に興味が無いのか目を閉じながら黙っている。御者席のウブリャイも興味の無さそうな顔をしながら前を向いていた。
「……ユーキ、こんな調子で大丈夫なのかしら?」
アイカは武闘牛のメンバー、特にベノジアの態度を見てこの後の旅路が大丈夫なのか不安を感じ、不機嫌そうな顔をしながら小声でユーキに声をかけた。
ユーキはアイカの顔を見ながら彼女の考えていることを察し、苦笑いを浮かべながら周りにいる武闘牛のメンバーたちを見る。
「まぁ、必要以上に接したりせずに大人しくしてれば大丈夫だろう」
「だといいんだけど……」
静かな旅路は期待できないと思っているアイカは目を閉じながら静かに息を吐き、ユーキは苦笑いを浮かべたままそんなアイカを見ていた。
「よぉし、野郎ども。出発するぞ!」
出発の時間となり、ウブリャイは手綱を握りながら荷台のユーキたちに声をかけ、ユーキたちは一斉に御者席に座るウブリャイに視線を向けた。
ウブリャイが手綱を操作すると馬が歩き出して荷台を引っ張り、ユーキたちを乗せた荷馬車は北門の方へ移動する。
――――――
ノヴァルゼスの町から出たユーキたちは道に沿って北西へと向かう。北門から数百m離れると周囲の警戒を始め、モンスターなどが現れてもすぐに戦闘態勢に入れるようにした。
ユーキたちが乗る荷馬車は所々に木や丘がある見通しの良い平原の中は移動し、ユーキたちは荷馬車に揺られながら別々の方角を見張る。今の時点では何処にもモンスターの姿は見られないが、ユーキたちは気の抜くことなく見張りを続けた。
しばらく平原の中を移動したユーキたちは小さな林に入る。木々に囲まれた道の中を荷馬車は静かに移動した。
「此処からはさっきまでいた平原よりもモンスターと遭遇する可能性が高くなる。今まで以上に警戒して周囲を見張れよ」
「ああ、分かってるよ」
ラーフォンは進行方向の右側を見張りながら返事をし、腰に付けている二本のハンドアックスをいつでも抜けるように手をかけた。
ユーキたちも自分の得物に触れながら周りを警戒する。すると、荷馬車の後方を見張っていたベノジアはチラッとユーキとアイカの方を向く。
「気を抜いてモンスターを見落とすようなことすんじゃねぇぞ? お前らのミスで俺らまで酷い目に遭うのは御免だからな」
「分かっています。少しは私たちのことを信用してください」
「へっ、誰がメルディエズ学園のガキなんて信用するかってん……」
ベノジアがアイカを挑発しようとした時、突然荷馬車が停車して荷台が揺れる。荷台が揺れたことでユーキたちの体も揺れるが、全員倒れたりすることはなかった。
「おい、どうしたんだボス?」
イーワンが御者席のウブリャイに声をかけるとウブリャイ手綱を握ったままユーキたちの方を向いた。
「突然馬が進まなくなったんだ」
ウブリャイの言葉を聞いてユーキたちは馬を確認する。馬は前に進もうとせず、小さな鳴き声を上げながら四本の脚をバタバタと動かし、後退しようとしたり、左右へ体を動かしたりしていた。その姿はまるで落ち着きを失っているようだった。
ユーキたちは驚くと同時に馬に何が起きたのか疑問に思う。そんな中、馬を見ていたウブリャイは何かに気付いたような反応を見せ、腰に付けてある片手ハンマーを手に取った。
「お前ら、武器を取れ! 近くにモンスターがいるかもしれねぇ」
ウブリャイの言葉を聞いた武闘牛のメンバーたちは目を見開いて武器を手にし、一斉に荷台から降りる。ユーキとアイカも荷台から下りると月下と月影、プラジュとスピキュを抜いて周囲を見回した。
緊迫した空気が漂う中、ユーキたちは警戒心を強くする。すると、荷馬車の5mほど先にある大きな茂みから一つの影が飛び出し、影に気付いたユーキたちは構えながら一斉に影の方を向いた。
そこにいたのは体長250cmはある熊の姿をしたモンスターだった。通常の熊と違って体毛は深紫色で前足の爪は黒く10cm近くの長さがある。明らかにゴブリンのような下級モンスターとは雰囲気が違った。
「マジか、ポイズングリズリーじゃねぇか」
ウブリャイは熊型のモンスターを見ると面倒そうな表情を浮かべ、他の武闘牛のメンバーたちも僅かに目を鋭くする。
ポイズングリズリーは獣系モンスターの中では凶暴性の高い中級モンスターでB級以上の冒険者でなければ勝てないと言われているほど手強い。更に前足の長い爪には毒があり、爪で傷つけた生物は数時間で死に至る。
モンスターと遭遇することは予想していたが、ポイズングリズリーのような手強いモンスターが出るとは思っていなかったため、ウブリャイ以外の武闘牛のメンバーは緊迫した表情を浮かべていた。
ユーキとアイカは初めてポイズングリズリーと遭遇したため、どれほど恐ろしい存在なのかハッキリとは分かっていない。ただ、中級モンスターで手強い相手であることは聞いているため、侮ったりはしていなかった。
ポイズングリズリーはユーキたちの方を向くと口からヨダレを垂らしながら唸り声を上げ、ゆっくりとユーキたちに方へ歩き出す。
ユーキたちは荷馬車の前に移動し、ポイズングリズリーから荷馬車を護るように身構える。ウブリャイも御者席から降りるとハンマーを構えてポイズングリズリーを睨んだ。
「ポイズングリズリーの爪に気を付けろ! 奴は毒を持っている上にタフで体毛も硬い。並の攻撃は通用しねぇから注意しろ!?」
『おう!』
ウブリャイの指示を聞いてベノジアたちは声を揃えて返事をした。
「俺とイーワンが前に出て攻撃し、隙ができたら俺が衝撃で強烈な一撃を叩き込む。ベノジアとラーフォンは荷馬車を護りながら隙を窺い、チャンスがあったら奴の急所を攻撃しろ!」
「任せてください、ボス!」
ベノジアは剣を握りながら笑って返事をし、ラーフォンとイーワンもハンドアックスとメイスを構えてウブリャイの方を見る。
仲間たちの姿を見たウブリャイは続けてユーキとアイカの方を見る。ウブリャイの視線に気付いた二人はポイズングリズリーを警戒しながら視線をウブリャイに向けた。
「お前らは自由に戦って構わねぇ。だが、俺らの邪魔をしたり足を引っ張るようなことはすんじゃねぇぞ?」
「それはお互い様だろう?」
ユーキが笑いながら言い返すとウブリャイも鼻を鳴らしながら笑う。言い返すだけの余裕があるのなら心配することは無いとウブリャイは感じた。
武闘牛は以前、ローフェン東国でユーキたちと共闘し、上位ベーゼと戦う姿を見ている。だが、まだユーキとアイカの実力を詳しく理解していないため、この戦いで二人の力を確認してみようと思っていた。
ユーキは双月の構えを取り、アイカもプラジュを上段に持ち、左腕を前に出してスピキュを右に倒す。
戦闘態勢に入ったユーキとアイカを見たウブリャイは視線をポイズングリズリーに向けた。その直後、ポイズングリズリーは鳴き声を上げながらユーキたちに向かって走り出す。
走って来るポイズングリズリーを見て、ウブリャイとイーワンは素早くポイズングリズリーの左右に回り込み、ウブリャイはハンマーでポイズングリズリーの左脇腹、イーワンはメイスで右脇腹を殴打した。
両脇腹の痛みを感じてポイズングリズリーは急停止し、左側にいるウブリャイの方を向く。
ウブリャイはポイズングリズリーを睨みながら構え直し、イーワンは音を立てないようにメイスと盾を構える。ユーキとアイカはポイズングリズリーの意識がウブリャイに向けられている間に左側面に回り込んで隙を窺い、ベノジアとラーフォンはウブリャイに言われたとおりに荷馬車の警護に就く。
ポイズングリズリーは大きな鳴き声を上げると後ろの二本足で立ち上がる。二本足で立ったポイズングリズリーは3mを超え、ユーキたちはポイズングリズリーを見上げながら目を見開く。
ユーキたちが見上げる中、ポイズングリズリーは右前足を振り、正面にいるウブリャイを毒の爪で切り裂こうとする。だが、ウブリャイは後ろに跳んで爪を難なくかわした。
「そんな単純な攻撃が当たると思ってるのか!?」
ウブリャイはポイズングリズリーを馬鹿にしながら右手の甲の混沌紋を光らせて衝撃を発動させ、その状態のまま隙ができているポイズングリズリーの腹部に向かってハンマーを振る。ハンマーの頭はポイズングリズリーに命中し、それと同時にポイズングリズリーの腹部に強い衝撃が伝わった。
ポイズングリズリーは腹部の痛みと衝撃に鳴き声を上げ、その場で俯せに倒れる。硬い体毛を持つポイズングリズリーも混沌術による衝撃は防ぐことができず、かなりのダメージを受けたようだ。しかし、まだ意識は失っておらず、呻き声を上げながらゆっくりと四本足で立ち上がった。
体勢を直したポイズングリズリーを見て後方にいたイーワンは走って近づき、メイスでポイズングリズリーの背中を攻撃する。
背後から攻撃を受けたポイズングリズリーは後ろを向き、振り返りながら、左前足を横に振ってイーワンに反撃した。
イーワンはポイズングリズリーの大きさと腕を振る力から盾で防ぐのは無理だと判断し、後ろに跳んで反撃を回避する。ポイズングリズリーは攻撃をかわされたことに腹を立てたのかイーワンの方を向いて彼を睨みつけた。
「背中ガラ空きだぞ!」
背を向けるポイズングリズリーを見たウブリャイは再び衝撃発動させ、無防備な背中をハンマーで殴る。ハンマーが命中したことで強い衝撃がポイズングリズリーを襲い、ポイズングリズリーは苦痛の鳴き声を上げた。
二度目の攻撃に成功したウブリャイはニッと笑い、ポイズングリズリーの反撃に備えて後ろに下がって距離を取る。
二度も衝撃による強烈な一撃を受けたポイズングリズリーは苦しそうな声を漏らしながらふらつき、ユーキたちは次の攻撃で倒せると感じた。
「よっしゃあ、このまま一気に畳みかけてやるぜ!」
勝利を確信したベノジアは剣を構えながらポイズングリズリーに向かって走り出す。既にポイズングリズリーはボロボロなため、荷馬車から離れて攻撃しても問題無いと思ったようだ。
「お、おい、下手に近づくんじゃないよ!」
ラーフォンは突っ込むベノジアを止めようとするがベノジアは走ろ速度を落とさずにポイズングリズリーに近づき、左側から剣でポイズングリズリーの頭部に攻撃しようとした。その時、ポイズングリズリーは近づいてきたベノジアを睨みながら右前足でベノジアに襲い掛かる。
ベノジアはポイズングリズリーが攻撃してきたのを見ると驚愕し、急停止して攻撃をかわそうとする。だが反応が遅れてしまい、ポイズングリズリーの爪はベノジアの左腕を切り裂いてしまった。
「ぐおあぁっ!?」
左腕の痛みにベノジアは声を上げ、それを見たウブリャイたちは衝撃を受ける。ユーキとアイカもベノジアが傷ついたのを見て目を見開いていた。
ベノジアは痛みに耐えながら後ろによろめき、傷ついた左腕を確認する。左腕の上腕部には三つの大きなひっかき傷が付いて血が流れていた。
傷はそれほど深くはないが出血を止めなければまともに戦うことはできない。何よりもポイズングリズリーの爪には毒があるため、解毒をしないと命が危なかった。
「ク、クソォ、たかがポイズングリズリーに俺が……」
「ベノジア、前を見ろ!」
ウブリャイの声が聞こえ、ベノジアは前を見る。そこには右前足でベノジアに襲い掛かろうとするポイズングリズリーの姿があった。
ベノジアは攻撃態勢に入っているポイズングリズリーを見て緊迫した表情を浮かべる。ウブリャイやイーワンはポイズングリズリーの意識をベノジアから自分たちに向けるために攻撃を仕掛けようとするが、既にポイズングリズリーは攻撃態勢に入って間に合わない状態だった。
ポイズングリズリーは右前足でベノジアに攻撃し、ベノジアはやられると感じて表情を歪ませる。だがその時、右からユーキがベノジアとポイズングリズリーの間に入り、月下と月影を交差させてポイズングリズリーの右前足を防いだ。
「お、お前……」
「今の内に早く離れろ!」
ユーキはポイズングリズリーの攻撃を止めながらベノジアに指示し、ベノジアはユーキの声を聞くと慌てて立ち上がって後ろに下がった。
ポイズングリズリーはユーキを睨みながら右前足を引き、そのまま頭上から振り下ろしてユーキに襲い掛かる。だが、ユーキは慌てずに強化を発動させて月下の切れ味を強化し、素早く月下を振ってポイズングリズリーの右前足を切り落とした。
前足を切り落とされたポイズングリズリーは鳴き声を上げながら暴れ、ユーキは月下と月影を構え直して警戒する。ウブリャイたちは硬い体毛で護れたポイズングリズリーの前足を簡単に切り落としたユーキを見て目を見開いていた。
ポイズングリズリーは自分の前足を切り落としたユーキを睨みながら大きく口を開け、その小さな頭に噛み付こうとする。
ユーキは鋭い目でポイズングリズリーを見つめながら応戦しようとした。すると、左の方からアイカが勢いよく跳んでポイズングリズリーの真上を通過しようとする。
アイカは真下にあるポイズングリズリーの頭部を見ると跳びながらプラジュとスピキュを強く握る。
「サンロード二刀流、太陽十字斬!」
叫んだアイカは素早くスピキュを右から横に振り、続けてプラジュを振り下ろしてポイズングリズリーの頭部を十字に斬る。以前のアイカの力ではポイズングリズリーの頭部を切り裂くのは難しかっただろうが、今のアイカはベーゼ化の影響で力が強くなっているため、簡単に斬ることができた。
頭部を斬られたことで致命傷を負ったポイズングリズリーは鳴き声を上げながら俯せに倒れ、そのまま動かなくなる。ポイズングリズリーが死んだのを見たユーキは構えを解き、アイカもポイズングリズリーの近くに着地した。
「……よし、とりあえず倒せたな」
ユーキはポイズングリズリーを見た後、ベノジアに視線を向ける。ベノジアは右手で左腕の傷を押さえており、その隣ではラーフォンとイーワンがベノジアの傷の状態を確認していた。
「おいアンタ、傷は大丈夫か?」
「ん? こんな傷、大したことねぇ。お前らに心配されるほど俺はヤワじゃねぇ……イテテッ!」
強がるベノジアだが左腕に痛みが走ると表情を歪めた。ユーキはベノジアを見ながら軽く肩を竦め、アイカやラーフォン、イーワンは呆れたような表情を浮かべる。離れた所にいるウブリャイも軽く溜め息をついていた。
「おい、荷物の中に解毒剤とポーションがあっただろう? それでベノジアを手当てしてやれ」
「分かったよ、ボス」
ラーフォンは回復用のポーションと解毒剤を取ってくるために荷馬車の方へ向かおうとする。するとそれを見たユーキがラーフォンに声をかけた。
「ちょっと待った、アイカの混沌術なら毒を浄化できる。解毒剤を使うのも勿体ないし、アイカの混沌術で解毒するよ」
「何?」
提案を聞いたラーフォンは足を止めてユーキの方を向き、ウブリャイも意外そうな顔でユーキを見る。
「いいよな、アイカ?」
「ええ、私は構わないけど……」
ユーキが確認するとアイカは不服そうな様子も見せずに小さく頷く。
貸しを作るために荷馬車に乗せたメルディエズ学園の生徒が自分たちのために混沌術を使おうとしていることに武闘牛は驚きを隠せなかった。
「……まさかと思うが、解毒するから荷馬車に乗せる貸しを無かったことにしてくれ、とかは言うんじゃねぇだろうな?」
「いやいやいや、そんなつまりは全然無いよ」
ユーキはウブリャイの方を見ながら首を横に振り、ウブリャイはユーキの反応を見て本当に解毒するために提案したのかと感じる。
混沌術を使って解毒できるのなら解毒剤を使うことも無いため、武闘牛にとっては都合のいいことだが、どうしてユーキたちがそこまでしてくれるのか理由は分からない。
しかし、ユーキに下心が無く、無条件で解毒してくれると言うのなら断る必要も無かった。
「……それじゃあ、お言葉に甘えるとしよう」
「了解。アイカ、頼むよ」
「分かったわ」
指示されたアイカはプラジュとスピキュを鞘に納めながらベノジアに近づき、傷ついたベノジアの左手に手をかざして浄化を発動させる。
「よ、余計なことするんじゃね! 大丈夫だっつてんだろう」
「毒を受けて大丈夫なはずがないでしょう。いいからジッとしていてください」
真剣な顔をするアイカを見てベノジアは複雑そうな顔をする。毛嫌いしているメルディエズ学園の生徒に助けられることでベノジアは小さな悔しさと恥ずかしさを感じていた。
「ベノジア、自分のミスで怪我をしたんだ。文句を言わずに大人しく解毒を受けろ」
「ぬうううぅ~」
悔しそうな顔をしながらベノジアは大人しく毒を浄化してもらい、ラーフォンとイーワンはベノジアを見ながら笑う。
ユーキも小さく笑っており、ウブリャイは呆れ顔のままベノジアを見ていた。




