第百三十四話 ノヴァルゼスでの再会
所々に雲が浮かぶ青空の下に城壁に囲まれた大きな町がある。ガルゼム帝国の南東、国境に最も近い町と言われているノヴァルゼスの町だ。平原に囲まれるその町には北、西、南東に一つずつ門が存在しており、隣接するラステクト王国やローフェン東国から来た者は殆どが南東にある門を通過して町に入る。
南東の門には大勢の人が列をなしている。現在は昼過ぎで普段この時間は町の外から来る人は少ないのだが、今回は人数が多く、人々は長い時間並んで待っていた。
並んでいる人たちは早くノヴァルゼスの町に入りたがっているのか退屈そうな顔や不満そうな顔をしており、門の前では警備兵たちが文句を言われる前に並んでいる人たちを町へ入れようと急いで荷物検査や手続きをする。しかし、急いでいるからと言って適当な手続きはできないため、一人ずつ細かく仕事をしていた。
列の前の方にはユーキとアイカの姿があり、二人も早く町に入りたそうな顔をしながら自分たちの番が来るのを待っている。
二人は夜が明けるとすぐにノヴァルゼスの町に向けて出発した。道のりは長く、途中で何度か休憩を取りながら移動し、少し前に町に到着して列に並んだのだ。幸い、町に来るまでの間、モンスターやベーゼに遭遇することも無かった。
前に並んでいる人がゆっくりと進み、一人ずつ門を通過してノヴァルゼスの町に入っていく。そしてようやくユーキとアイカの番が来て二人は町に入るための手続きを行う。
メルディエズ学園の生徒なら学生証を見せれば町にすんなりと入ることができる。しかし、今のユーキとアイカは学園から追われているため、学生証を持っていなかった。
何よりも学生証を門で見せれば二人がその町を訪れたことが記録に残ってしまう。後から来るかもしれないメルディエズ学園の追手に自分たちが町へ来たことを知られないため、たとえ持っていても学生証を見せることはできない。学生証を見せなかったため、二人は念入りに持ち物を調べられた。
しばらく調べて怪しくないと判断した警備兵たちはユーキとアイカがノヴァルゼスの町に入ることが許可する。念入りに調べられたユーキとアイカは若干疲れたような顔をしながら門を通過した。
「フゥ、やっと入れたな。長い時間をかけてようやく町まで来たのにあそこまで調べられるなんて……」
「仕方がないわよ、兵士の人たちも仕事なんだから」
愚痴をこぼすユーキを見ながらアイカは苦笑いを浮かべる。ユーキも怪しい人物を町に入れないためにやっているのだと分かってはいるが、それでも町に入るのに時間が掛かってしまったことに小さな不満を感じていた。
門を通過したユーキとアイカは門前の広場に入ると立ち止まり、周囲を見回す。広場には大勢の人がおり、置かれてある長椅子に座って会話をしたり、街の方へ歩いて行く姿が見えた。
ノヴァルゼスの町はガルゼム帝国の南東、国境に最も近い場所にある町でラステクト王国、ローフェン東国から帝国へ来た者たちが立ち寄った際に不自由が無いよう、教会や冒険者ギルド、複数の宿屋や酒場、武器屋などが存在する。メルディエズ学園の生徒もガルゼム帝国の依頼を受ける際は必ず立ち寄って依頼の準備などを行う。
ユーキはガルゼム帝国の依頼を受けたことが無いため、ノヴァルゼスの町に初めて訪れた。そのため、町の広さや何処に何があるのか分かっていない。一方でアイカは何度か帝国の依頼を受けてノヴァルゼスの町に立ち寄ったことがあるのでユーキよりは町のことに詳しかった。
「結構大きな町だな」
「このノヴァルゼスの町は帝国の町の中で一番王国と東国に近い町だから、帝国を出入りする人たちが苦労しないように食料や雑貨、武器やポーションとかを買えるように色んなお店があるの。だから帝国の中でもかなり大きな町って言われてるわ」
アイカからノヴァルゼスの町のことを聞いたユーキはアイカの方を見ながら「へぇ~」と反応する。
大きくていろんな店があるのなら、バウダリーの町やラステクト王国では売っていない商品が手に入るかもしれないため、ユーキは町の中を見て回りたいと思っていた。
だが、今はメルディエズ学園から追われているため、あまりのんびりもしていられない。とは言え、昨日アイカと話したように追われているからと言って無理をすると体を壊してしまうため、体を休めるのも大切だと感じていた。
「とりあえず、町を見て回りながら食料とか必要な物を買い揃えて、少しだけ町で休んでもいきましょう」
「そうだな」
アイカも自分と同じことを考えていると知ったユーキは微笑みながら頷き、アイカもユーキを見ながら優しい笑みを浮かべた。
「それで、最初は何処へ行くの?」
「とりあえず、食料を買いに行こう。今手元にある干し肉やパンだけじゃ目的地に辿り着く前に底を付いちまう」
「そうね。……でも、あまり沢山買うと食料以外の物を買う時にお金が足りなくなるから、気を付けて買わないといけないわね」
「ああぁ、それなら大丈夫だ」
金銭の心配をするアイカにユーキは落ち着いた様子で声をかけ、アイカはユーキの言葉を聞いて不思議そうな顔をする。
「大丈夫って、どういうこと?」
「実は寮を出る時に手元にある金を全部持って来たんだ。だから多少買いすぎても問題ない」
「手元にあるお金を全部? どのくらい持って来たの?」
アイカが手持ち金の額を尋ねるとユーキは自分の鞄に手を入れ、少し大きめの革製の袋を取り出すと中身を見せようとする。
ユーキの持っている袋が財布だと気付いたアイカは袋の中を覗き込んだ。そこには大量の金貨が入っており、アイカは金貨を見て目を大きく見開く。
「ユーキ、このお金って……」
「これまで受けた依頼で貯めた金さ。と言っても、これはほんの一部だけどね」
「えっ、一部?」
ユーキの言葉の意味が理解できないアイカは思わず訊き返した。
「寮にあったのはこの袋に入っている分だけだけど、バウダリーの町にある貸金庫にはこれまで受けた依頼で稼いだ金を全部預けてあるんだ」
「全部って、どれくらい?」
他人の財産の額を訊くのは失礼なことだが、アイカはメルディエズ学園に入学して半年ほどのユーキがどれ程稼いだのか気になってしまい、失礼なことを承知で尋ねる。
アイカの顔を見たユーキは腕を組みながら今まで貯めた金銭の額を思い出す。何度も共に戦った仲間であり、恋人となったアイカに聞かれても困るようなことではないため、ユーキは素直に答えようと思っていた。
「確か最後に貸金庫に預けた時は……金貨千枚くらいだったかな?」
「せ、千枚っ!?」
とんでもない額を聞いてアイカは驚愕しながら声を上げる。その声は少し離れた所にいる者にも聞こえるくらいの大きさだった。
「ア、アイカ、声が……」
驚くアイカを見たユーキは苦笑いを浮かべながら視線を動かして周りを見回す。二人の周りにはアイカの声を聞いて不思議そうな表情を浮かべる町の住民たちの姿があった。
信頼できるアイカに財産の額を聞かれるのは構わないとユーキも思っていたが、縁もゆかりもない他人に聞かれるのは避けたかった。
「あ……ご、ごめんなさい……」
自分のせいで周りの人たちに聞かれていることに気付いたアイカは口を押えながら恥ずかしそうに謝る。アイカの反応を見たユーキは再び苦笑いを浮かべた。
「で、でも、どうやってそんな大金を稼いだの?」
今度は周りに聞かれないよう、ユーキに顔を近づけて小声で尋ねた。
「ほら、俺ってこれまでに何度もパーシュ先輩たちと一緒に難易度の高い依頼を受けただろう? 殆どがその難しい依頼で得た報酬なんだよ」
報酬が上級生であるパーシュやフレード、カムネスたちと一緒に受けた依頼で得た物だとユーキは説明し、それを聞いたアイカは「成る程」と言いたそうな反応を見せる。
上級生に依頼される仕事は難易度の高いものばかりで並の中級生では受けても苦労するような内容ばかりだ。その分、中級生以下が受けられる依頼と比べて報酬は多い。
ユーキは神刀剣の使い手であるパーシュたちと何度も依頼を受けたため、普通の中級生では得られないような多額の報酬を手に入れていた。
「入学してから何度も先輩たちと一緒に依頼を受けて、いつの間にか貯金もそんな額になっちゃったんだ。君も俺と一緒に依頼を受けたから、結構な額の報酬を得てるだろう?」
「確かに私もパーシュ先輩たちと何度も依頼を受けて大金を得たけど、貴方ほど多くのお金は持っていないわよ?」
「まあ、俺の場合はバウダリーの町で行われた抽選会で得た賞品を売って金に換えたっていうのもあるからな。その分、君よりも沢山の金を持ってるんだと思うよ」
「そう言えば貴方、くじ運が強くて抽選会の時はいつも金賞以上の賞品を取っていたわね」
くじ運も大金を得ることに繋がっていると知ったアイカは改めてユーキのくじ運の強さに驚く。
「とにかく、資金の方は問題無いから必要な物は多く買っても大丈夫だ」
「そう……ん? 待って、もしかしてユーキが買い物のお金を全部出すの?」
「? ああ、そのつもりだけど?」
「そんな、私も払うわ。貴方だけにお金を出してもらうなんて悪いわよ」
共に旅をしているのだから自分にも払う義務があると感じているアイカは自分の金銭も使うことを提案する。アイカもスラヴァに薬を調合してもらうまでの間に必ず金銭を使うと思い、自分の金銭をメルディエズ学園から持ってきていた。
アイカが財布を取りだそうと自分の鞄に手を入れる。するとユーキはアイカの手をそっと掴んで首を横に振った。
「今回の旅は俺が学園から逃げたことが原因なんだ。だから、体が元に戻って学園に帰るまでの資金は全部俺が出す」
「でも、私も貴方と一緒に学園を抜け出して旅をしているのよ。だったら私もお金を出さないと……」
「いいんだよ、気にしないでくれ。……それに、自分の好きな子に金を出させるのは俺のプライドが許さない」
「なっ……」
ユーキの口から出た言葉にアイカは反応して頬を僅かに赤くする。先日、お互いに想いを伝えて恋人同士にはなったが、まだ一日しか経っていないため、好きな子と言われると恥ずかしくなってしまう。
アイカは頬を赤くしながらしばらくユーキを見つめ、やがて小さく息を吐きながら鞄に入れている手を抜いた。
「分かったわ。貴方がそこまで言うなら」
恥ずかしそうな素振りを見せながらアイカはユーキの提案を受け入れる。これ以上粘ったらまたユーキが恥ずかしいことを言ってくるのではとアイカは予想し、恥ずかしいことを言われる前に終わらせてしまおうと思ったのだろう。
「よし、それじゃあ早速買い出しに行こう」
資金の問題が片付くとユーキは街の方を向いて買い出しに行こうとする。アイカは歩いて行くユーキの後ろ姿を黙って見つめた。
(もう、どうしてあんな恥ずかしいことを平気で言えるのかしら)
ハッキリと自分に対する好意を口にするユーキにアイカは恥ずかしさを感じながらユーキの後を追った。
――――――
街に入ったユーキとアイカは食料を購入するために商業区へ向かう。そこには肉や野菜など様々な食材を売っている店が並んでおり、ユーキたちは歩きながらどの店で買い物をするか考える。
しばらく考えた後、ユーキとアイカは野菜やパン、干し肉など必要な食材を購入していく。そんな中、ユーキが加工されていない大きな生肉を買った。
長持ちしない生肉をなぜ買ったのかアイカはユーキに尋ねるが、ユーキはなぜか答えず、購入した生肉を大きめの布で包む。
ユーキが生肉を包むのに使った布は包んだ物の腐敗を防ぐ維持する布で何かの役に立つと思いメルディエズ学園から無断で持ち出した物だと話す。
アイカは勝手に道具を持ち出すというユーキの意外な一面に驚いたが、役に立ちそうな道具を持ち出す行動力には感心していた。
食料を買い終えたユーキとアイカは続けて旅で使用する道具を買いに向かう。木製の食器や料理に使うフライパンなどを購入し、それが終わると続けて傷を癒すポーションの購入するために薬屋へ向かった。
普段は依頼中に傷を負ってもメルディエズ学園から支給されるポーションを使って傷を癒すが今回は支給ポーションが無いため、自分たちで購入するしかない。
ユーキの強化の力で治癒力を強化すれば傷を治せるのでポーションは必要無いと思われるが、治癒力を強化しても傷の完治には少し時間が掛かってしまう。そのため、戦闘中に負傷した時にすぐに傷を治せるようポーションが必要なのだ。
薬屋にやって来たユーキとアイカは早速ポーションを確認する。ポーションは数種類売られており、どれも一般人や新人冒険者では買うのが難しいくらいの値段だった。しかし、大金を持つ今のユーキにとっては何の問題もなく、自分とアイカの分を数本購入する。
食料、道具、ポーションの購入が済むとユーキとアイカは次に五聖英雄であるスラヴァの情報収集を行った。
スラヴァが目撃されたのはガルゼム帝国の北西にある森なので南東にあるノヴァルゼスの町では情報を得られる可能性は低い。だが二人はもしかすると情報が手に入るかもしれないと小さな期待を懐いており、町を散歩しながら住民たちに聞いて回ることにした。
冒険者ギルドなら様々な有力情報を得られるのだが、ユーキとアイカは追われているとは言えメルディエズ学園の生徒だ。商売敵である冒険者ギルドに近づけば色々と面倒なことが起きる可能性がある。そのため、町の住民やノヴァルゼスの町の警備兵たちから情報を得られなかった。
それから一時間ほど情報収集を行ったユーキとアイカは休憩をするために北門近くの酒場に入る。まだ昼なので酒場には人が少なく、食事をする数人の客しかいなかった。
「……色んな人に聞いてみたけど、スラヴァさんのことを知ってる人はいなかったな」
「ええ、やっぱり目撃された北西の森の近くにある町でしか情報は得られないのかもしれないわ」
酒場の奥にあるテーブルに座るアイカは若干疲れたような顔をしながら呟き、向かいの席に座っているユーキも軽く溜め息をつきながらテーブルに置かれた木製コップを取って中に入っている水で薄めた果汁を飲む。
酒場にいるのだから酒を注文するべきなのだが、ユーキとアイカは未成年であるため、子供でも飲める果汁を注文したのだ。
「これだけ聞いて回ってまったく情報が得られなかったとなると、これ以上この町で情報を集めても無駄じゃないかしら?」
「ああ、俺もそう思う」
ノヴァルゼスの町で有力な情報を得られないと判断したユーキとアイカは次の町へ向かうことを決める。
少しでも早くスラヴァの情報を得るため、追って来ているかもしれないメルディエズ学園からの追手から離れるため、ユーキとアイカはできるだけ早く町から出た方がいいと考えていた。
「次の目的地はルジェヴィラスの町だったかしら?」
「ああ、帝国のほぼ中央にある町だ。そこなら何か情報が得られるかもしれない」
ユーキはコップの果汁を飲みながら次の町でスラヴァの情報が得られることを祈った。
「それじゃあ、次の目的地はルジェヴィラスね……ただ、今回は荷馬車に乗って移動した方がいいんじゃないかしら?」
アイカは自分の果汁を飲みながらチラッと足元を見る。そこにはノヴァルゼスの町で購入した物が詰まった大きめのリュックが二つ置かれてあった。
必要な食材や道具などを買ったのはよかったのだが、あまりにも沢山買ってしまい、二人が持っている鞄には入り切らなかった。そのため、全ての荷物を運べるようリュックを買ってその中に荷物を入れたのだ。
「そ、そうだな。これを持って徒歩で移動すると疲れるし、時間もかかっちまうからな」
苦笑いを浮かべながらユーキは荷馬車に乗ることに納得する。同時に少なめに買えばよかったと少し後悔した。
ユーキとアイカは果汁の代金をテーブルの上に置き、床に置いてあるリュックを背負おうとした。
「おい、お前らこんな所で何やってるんだ」
突然男の呼びかける声が聞こえ、ユーキとアイカは声が聞こえた方を向く。そこにはスキンヘッドで口を覆い隠すほどの髭を生やし、左目に眼帯を付けてハーフアーマーを装備した四十代くらいの男が立っており、その後ろにはもう一人、銀髪で頬に十字の傷をつけた三十代の剣士風の男が立っていた。
男たちの雰囲気から冒険者だとユーキとアイカはすぐに気付く。どうして冒険者が声をかけてきたのか不思議に思っていたが、スキンヘッドの男の顔を見た途端に二人は意外そうな表情を浮かべた。
「あっ! アンタ、確か武闘牛の……」
「おう、また会ったな」
スキンヘッドの男は右手を軽く上げてユーキに挨拶をし、後ろにいる男はどこか鬱陶しそうな顔をしながらユーキとアイカを見ている。
ユーキとアイカの前に現れたのは以前、ローフェン東国で依頼を受けた時に出会ったB級冒険者チーム、武闘牛のメンバーでリーダーのウブリャイとその仲間のベノジアだった。
「ケッ、まさかこんな所で学園のガキどもに会っちまうとは、気分ワリィぜ」
メルディエズ学園の生徒を嫌うベノジアはユーキとアイカを見ながら挑発的な態度を取る。ベノジアの反応を見たユーキは軽く肩を竦め、アイカは軽くムッとしながらベノジアを見ていた
「おい、やめねぇか。ガキ相手に見っともねぇことするな」
ウブリャイはベノジアを低い声で注意し、ベノジアは少し不満そうな顔をしながら小さく舌打ちをする。
前の依頼で会った時もベノジアはユーキたちを小馬鹿にするような態度を取っていたため、相変わらずだなとユーキはベノジアを見ながら思っていた。
「それで、どうしてアンタたちが此処に?」
「そりゃあこっちの台詞だ。何でお前らが帝国にいんだ?」
「ん? まぁ、色々事情があってね。……そう言うアンタたちどうしてこの町にいるんだ?」
「いちゃワリィか?」
「いや、別に悪くは……」
若干不機嫌そうな顔をするウブリャイを見ながらユーキは軽く首を横に振った。
「個人的な用があって来ただけだ、俺は元々帝国出身だからな。町を出る準備をしている時に偶然お前らを見かけたから声をかけただけだ」
「ああぁ、成る程ね」
ガルゼム帝国出身なら祖国にいても別に不思議ではないとユーキはウブリャイの話を聞いて納得する。
メルディエズ学園の生徒や冒険者は商売敵同士であるため、町などで相手を見かけてもよほどの事情が無い限り声をかけたり関わったりしようとしない。しかし、ウブリャイは以前ユーキと出会った時、彼に少し興味を持つようになったため、メルディエズ学園の生徒であるユーキに自分から声をかけたのだ。
「あっ、そうだ。……アンタたち、スラヴァ・ギクサーランって人のこと、何か知らないか?」
冒険者ならスラヴァの情報を何か持っているかもしれないと考えたユーキはウブリャイに尋ねる。冒険者ギルドに近づくことができないため、顔見知りである武闘牛に訊くぐらいしか有力な情報を得る方法が無かった。
「スラヴァ・ギクサーラン? 五聖英雄のギクサーランか?」
「ああ、俺たちはそのスラヴァさんを探すために帝国に来たんだ」
どうして五聖英雄を探しているのか、ウブリャイは不思議に思いながらユーキを見つめる。ただ、探している理由は気にならなかったため、訊こうとは思っていなかった。
「……生憎だが、五聖英雄のことは何も知らねぇ。しばらく帝国に戻ってなかったし、五聖英雄にも興味ねぇからな」
「そのとおりだ。仮に知ってたとしても、商売敵であるお前らにタダで教えることはできねぇな」
ウブリャイに続いてベレマスも鼻で笑いながら語り、ベレマスを見ながらアイカはムッとする。
以前はベーゼとの戦いで共闘し、ユーキたちと武闘牛はお互いに相手を少しだけ認めるようになった。だが、ベレマスは相変わらずユーキとアイカを良く思っていないため、アイカも失礼な発言をするベレマスに少し機嫌を悪くする。
ユーキはウブリャイの様子から彼が嘘をついていないと感じており、ウブリャイを疑うようなことは言わなかった。ベレマスに関しても、リーダーであるウブリャイが知らないのだから、ベレマスも何も情報を持っていないと考えている。
「そっか。やっぱり別の町で情報を集めるしかないか」
ウブリャイから情報を得られなかったことを残念に思いながらユーキは床に置いてあるリュックを背負い、アイカももう一つのリュックを背負った。
「ありがと、俺たちはもう行くよ。……アイカ、北門へ行こう」
「そうね、早くしないとルジェヴィラス行きの荷馬車に乗れなくなっちゃうもの」
ユーキとアイカは北門へ向かうために酒場を出ようとする。
各国の町には移動手段として荷馬車が出るようになっており、自分の荷馬車や馬を持たない住民や商人などはその荷馬車に乗って別の町へ移動するのだ。
荷馬車に乗れば当然金は掛かってしまうが、多くの荷物を持つ今のユーキとアイカにとっては必要な物だった。それに移動時間や追手に追いつかれる可能性があるのを考えれば荷馬車に乗っておいた方がいい。
「……おい、ルジェヴィラスの町へ向かう荷馬車はもう出ねぇぞ?」
ウブリャイはユーキとアイカの後ろ姿を見ながら声をかけ、二人はウブリャイの言葉を聞くと足を止めて振り返った。
「は? 出ないって、どういうことだよ?」
「今日この町から出る荷馬車は午前中に全部出ちまったんだよ。今日はもう一台も出ねぇよ」
「ええぇ!? ……ホント?」
「こんなことで嘘ついてもしょうがねぇだろう」
呆れたような顔をするウブリャイを見たユーキは本当に荷馬車が出ないのだと感じて表情を僅かに歪め、アイカも面倒そうな表情を浮かべる。
ウブリャイはユーキとアイカを無言で見つめ、ベレマスはニヤニヤと笑いながら二人を見ていた。
「どうするの、ユーキ?」
「どうするって言っても、荷馬車が出ないんじゃ歩いて行くしかないだろう」
「でも、此処からルジェヴィラスの町までは結構あるわよ? 今から歩いて行くと二日は掛かっちゃいかもしれない」
「じゃあ、今日はこの町の宿屋に泊まって明日の朝、荷馬車に乗っていくか?」
ユーキが困り顔で尋ねるとアイカは難しい顔で考え込む。
メルディエズ学園から追われているかもしれないため、できるだけ早くルジェヴィラスの町へ向かいたい。だが、急いでいるからと言って徒歩で移動すれば時間が掛かってしまう。
もしメルディエズ学園から追手が差し向けられているとしたら、ルジェヴィラスの町に向かっている間に追いつかれてしまうかもしれない。かと言ってノヴァルゼスの町で一日過ごせばその間に追手が町に来てしまう可能性もあった。
徒歩でノヴァルゼスの町を出ても、町で一日過ごしても追手に追いつかれる可能性がある現状にユーキとアイカはどうすればいいか頭を悩ませる。そんな二人の様子をウブリャイは腕を組みながら見ていた。
「……お前ら、急いでんのか?」
ウブリャイが声をかけるとユーキとアイカはフッとウブリャイの方を向く。
「まあ、急いでるっちゃあ、急いでるかな」
「そうか……」
呟いたウブリャイを見てユーキは小首を傾げる。ウブリャイがなぜ急いでいるのかを聞いたのか理解できず、ユーキとアイカは黙ってウブリャイを見つめた。
「……ルジェヴィラスに行きてぇなら、途中まで俺らの荷馬車に乗せてやってもいいぜ?」
「はあぁ?」
ベレマスは予想外の言葉を口にするウブリャイを見て目を見開き、ユーキとアイカも驚きながらウブリャイを見つめる。
「ま、待ってくださいボス、どういうことスか?」
「俺たちはこれから帝都へ向かうだろう? 帝都とルジェヴィラスは途中まで道が同じだ。だからコイツらに乗る気があるなら乗せてやろうって言ってんだよ」
「それは分かってるっスよ。どうしてコイツラを乗せようって思ったのかって訊いてるんです」
商売敵であるメルディエズ学園の生徒に親切にする理由が分からず、ベノジアは困惑した様子でウブリャイに尋ねる。ユーキとアイカもベノジアと同じことを考えており、どうしてウブリャイが自分たちを荷馬車に乗せようと思ったのか理解できなかった。
ユーキたちが見つめる中、ウブリャイは腕を組みながらベノジアの方を向いた。
「別に親切心でコイツらを乗せてやろうってんじゃねぇ。コイツらは混沌士でメルディエズ学園でもそれなりの腕を持っているはずだ。お前もローフェンで一緒に戦った時に見ただろう?」
「あ、ああ……」
ベノジアはローフェン東国でユーキたちと一緒に上位ベーゼと戦った時のことを思い出す。その時にベノジアもユーキとアイカの活躍を見ていたため、若干不服に感じながらも二人は優れた剣士だと思っていた。
「メルディエズ学園でも優れた戦士であるコイツらにここで貸しを作っときゃあ、何か遭った時に役に立つはずだ」
ウブリャイがベノジアに説明しているのを聞いたユーキは納得したような表情を浮かべた。自分たちに貸しを作っておけば武闘牛にとって都合の悪い事態になった時に無条件で力を借りることができ、乗り越えることができる。ウブリャイはイザという時の保険として貸しを作っておこうと考えていたのだ。
ユーキは先のことを考えて貸しを作っておこうとするウブリャイの行動力と頭脳に驚くと同時に感心していた。
「た、確かに色々と役に立ちそうスけど、メルディエズ学園のガキどもの力を借りるなんて冒険者としてのプライドが……」
「プライドなんてイザって時には何の役にも立たねぇ。プライドにこだわって死んじまったら、商売敵の力を借りることよりも無様だろうが」
「うう……」
ウブリャイの言葉にベノジアは口ごもってしまう。
ベノジアが何も言わなくなるとウブリャイはユーキとアイカの方を向き、ウブリャイと目が合った二人はは真剣な表情を浮かべる。
「で、どうするんだ? お前らが俺らに借りを作りたくねぇって言うのなら断っても構わねぇぞ」
「ユーキ、どうする?」
アイカはウブリャイの申し出を受けるかユーキの方を向いて尋ねる。
ウブリャイを初めて会う冒険者よりは信用できると思っているアイカは荷馬車に乗せてもらうと思っている。だが、ユーキがどう思っているかは分からないため、ユーキの意見を聞いて決めることにした。
普通なら商売敵である冒険者から荷馬車に乗せてやると言われば何か裏があるのではと怪しむだろうが、ユーキはローフェン東国で武闘牛がどんなチームなのか少しだけ理解しており、ウブリャイも貸しを作るために乗せると言っているため、やましい気持ちは無いと思っていた。
ユーキは小さく俯いて考え込み、しばらくすると顔を上げてウブリャイの顔を見つめた。
「……それじゃあ、お願いしようかな」




