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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
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第百三十三話  不服と欲望


 正午過ぎのメルディエズ学園は騒がしかった。大勢の中級生以上の生徒は武器や荷物を持って学園の中を走ったり早歩きをしたりして移動している。

 中級生たちの中には生徒会の生徒の姿もあり、中級生たちに荷物を何処へ運ぶか、どのように動くかなどを指示していた。

 慌ただしい様子の中級生や生徒会の生徒たちを下級生たちは呆然としながら見ている。中級生たちの様子から何か重要な依頼の準備をしているのではと想像していた。

 生徒たちが騒いでいる中、生徒会室の隣にある応接室では神刀剣の使い手であるカムネス、パーシュ、フレード、フィランが集まっており、四角い机を囲むようにソファーに座っている。そして、カムネスの左斜め後ろには一枚の羊皮紙を持ったロギュンが立っていた。


「……以上がこの後の予定です。何か不明な点はありますか?」


 羊皮紙を見ているロギュンはチラッと座っているカムネスたちを見る。カムネスは座りながら目を閉じており、向かいのソファーに座るフィランは出された紅茶を静かに飲んでいた。


「不明な点はないけど、不服な点は幾つもあるよ」


 フィランの右隣のソファーに座っていたパーシュは腕と足を組みながらロギュンを見る。その表情は若干険しく、気に入らないことがあって機嫌を悪くしているように見えた。

 パーシュの向かいのソファーに座っているフレードもソファーにもたれながら不機嫌そうな顔をしており、目を鋭くしながらロギュンを睨んでいる。

 ロギュンは自分に鋭い視線を向けるパーシュとフレードを落ち着いた様子で見ている。まるで二人が不機嫌な原因を知っているかのようだった。


「想像はつきますが、一応確認しておきます。何が不服なのでしょうか?」

「ユーキとアイカを捕縛しろってことに決まってるだろう!」


 パーシュは力の入った声を出しながら目の前の机を叩く。叩いたことで机の上に置かれてある三つのティーカップが揺れ、中の紅茶が僅かにテーブルに零れた。

 現在、学園内で騒いでいる中級生たちはメルディエズ学園から逃亡したユーキの捕縛するためにガルゼム帝国へ向かう準備をしていた。

 午前中、中級生以上の生徒たちはロブロスや彼に味方をする教師たちによって会議室に呼び出され、ユーキがベーゼとしてバウダリーの町の軍に引き渡されることや引き渡しが民主主義によって正式に決定したこと、そのユーキが深夜にバウダリーの町を出てガルゼム帝国へ向かったことを聞かされる。

 更に教師たちはユーキのことを話す時にガロデスが失態を犯して謹慎を受け、教頭のロブロスが学園長の代行を務めることも生徒たちに伝えた。

 ユーキが逃亡したことやロブロスが学園長代行になったことを聞かされた生徒たちは衝撃を受けた。集められた生徒の中には神刀剣の使いであるパーシュたちもおり、パーシュとフレードは話を聞いて驚愕する。

 生徒たちは驚きながらも教師たちの話に耳を傾ける。そんな時、一人の女子生徒が会議室にやって来てアイカが学園内にいないことを知らせた。

 教師たちは女子生徒の報告を聞いて一瞬驚くが、アイカがユーキと同じ立場にあることやユーキがメルディエズ学園から逃げ出したことからアイカもユーキと共に逃亡した可能性が高いと考える。

 アイカにはユーキのようにベーゼ化は見られなかったが、絶対にベーゼ化しないと言う保証は無かったため、この時のロブロスたちはアイカもユーキのように何かの弾みでベーゼ化すると不安を感じていた。

 教師たちは逃亡したユーキとアイカがガルゼム帝国でベーゼ化すれば帝国の民たちに被害が及ぶと考えてる。だが、ロブロスだけは民よりもメルディエズ学園の信頼が失われることを心配しており、何としてもユーキとアイカを捕縛しなくてはと思っていた。

 現状を確認したロブロスたちはアイカもユーキと共にガルゼム帝国へ向かったこと、アイカもベーゼ化する可能性があるかもしれないと生徒たちに伝える。そして、人々の安全とメルディエズ学園の信頼を護るため、ユーキとアイカの捕縛作戦に参加するよう集まっている生徒たちに話し、神刀剣の使い手全員にも作戦に参加させよう言った。


「学園長は二人を五聖英雄の所に行かせて元の体に戻る薬の調合してもらおうって考えてたんだろう? それなのに危険だって勝手に決めつけて捕縛しようなんて無茶苦茶じゃないか!」


 どうしてユーキとアイカを信じ、五聖英雄が調合する薬の賭けようとしないのか、パーシュは数時間前にロブロスたちから言われたことに納得できずに興奮する。

 フレードもこの時はパーシュと同じことを考えており、ロブロスたちの判断に大きな不満を感じていた。

 納得できない様子とパーシュとフレードを見たロギュンは表情を変えずに自分の眼鏡を直す。


「私も同じ気持ちです。ですが、教頭先生が仰っていることにも一理あります。ユーキ君とアイカさんが何らかの弾みでベーゼ化する可能性があるの以上、このまま二人を自由に行動させるのは危険だと思います」

「アンタだってあの子たちの実力は理解してるはずだろう? ユーキとアイカは強いだけじゃなくて心もしっかりしている。一度はベーゼ化して元に戻ってるんだ。二人ならまたベーゼ化の兆候が出ても耐えられるはずだ」

「勿論、あの二人の強いことは分かっています。ですが、先生がたが捕縛すると決定した以上、私たちはそれに従うしかありません」

「……フン、私情よりも立場を優先するのかい」


 パーシュはロギュンの意思に不満を感じ、乱暴にソファーにもたれた。

 ロギュンが生徒会の副会長と言う責任ある立場であるため、教師たちの従わなくてはいないことはパーシュも理解していた。だが、それでもユーキとアイカのことを考え、副会長としてではなく、一人の人間として考えてほしかったと思っていたのだ。


「なあ、お前は納得してんのかよ? ルナパレスとサンロードを捕縛することに」


 フレードは一言も喋らずに黙っているカムネスの方を見ながら尋ねる。カムネスは目を開けてフレードを見ると静かに口を開いた。


「不服じゃないと言えば噓になる。だが、ハージャック教頭たちから捕縛するよう言われた以上、僕らはそれに従うしかない」

「ケッ、お前も副会長さんと同じかよ」


 カムネスの返事を聞いたフレードはチラッとロギュンに視線を向ける。ロギュンはカムネスを小馬鹿にするような発言をしたフレードと目が合うと軽く睨んだ。

 ロギュンが睨んでいることに気付いたフレードは小さく鼻を鳴らしながらソファーにもたれて天井を見上げる。


「しっかし、まさかあんな方法で生徒を作戦に参加させるとはなぁ」


 フレードは呆れたような口調で語るとパーシュとカムネスは反応してフレードの方を向き、紅茶を飲んでいたフィランも視線だけを動かしてフレードを見る。

 ロブロスたちがユーキとアイカを捕縛作戦に参加するよう集まっている生徒たちに話した。だがその時、生徒たちの中にはベーゼ化する可能性があるとは言え、同じメルディエズ学園の生徒である二人を捕らえることに抵抗を感じている生徒もおり、参加することを迷っている様子を見せていた。

 迷ってすぐに判断できない生徒を見たロブロスは小さな苛立ちを感じる。するとロブロスはユーキとアイカの捕縛が成功すれば作戦に参加した生徒に学園から多額の金銭や上級生への昇格と言った望む報酬を出すと言い出した。

 ロブロスの提案を聞いた教師たちは驚き、依頼でもないのに学園が直接生徒に報酬を出すのは問題があるとロブロスを説得しようとする。それを聞いたロブロスはその場でユーキとアイカの捕縛を生徒たちに依頼すると言い出した。

 依頼であれば正式に生徒を動かし、報酬も問題無く出せるとロブロスは語り、話を聞いた教師たちはメルディエズ学園の規則を破っていないことから、少々強引に感じながらも納得した。

 教師たちが納得するとロブロスは改めて集まっている生徒たちにユーキとアイカの捕縛するよう依頼した。生徒たちは望む報酬を正当に得られると聞き、次々と参加することを志願する。ただ、それでもパーシュたちのようにユーキとアイカを良く思う生徒たちは捕縛作戦に参加しようとはしなかった。

 報酬が出ると知りながらも作戦に参加しない生徒たちを見たロブロスは再び苛つき始め、パーシュたちが参加しないのなら代わりに下級生を何人かを依頼に参加させると言い出す。

 捕縛作戦に参加すれば、上級生に匹敵するユーキとアイカの二人と戦うことになるかもしれないため、流石に実戦経験の浅い下級生を参加させるのは危険だと感じた教師たちもロブロスを止めに入る。

 しかしロブロスは学園長代行の立場を利用して下級生を参加させようとする。更に下級生が危険な依頼に参加しなくてはならないのはパーシュたちが断るからだと遠回しにパーシュたちのせいだと主張した。

 パーシュは自分たちが参加しないせいで下級生を捕縛作戦に参加しなくてはならないことに抵抗を感じ、渋々作戦に参加することを決意する。フレードも立場を利用するロブロスを鬱陶しく思いながら参加を決めた。

 生徒会メンバーであるカムネスとロギュンは不満を口にすること無く参加を受け入れ、フィランは無表情のままロブロスたちの指示に従った。

 結果、大勢の中級生と神刀剣の使い手が参加することになり、この時のロブロスは確実にユーキとアイカを捕らえられると感じていた。


「作戦に参加させるために報酬をちらつかせ、従わなければ下級生や弱い奴らを利用して強制させるなんてあり得ねぇだろう」

「ユーキ君やアイカさんと戦うことになるかもしれないのです。それほど危険な依頼ですから、教頭先生も何とか強い生徒を参加させようと考えたのでしょう」

「依頼じゃなくて命令だろう? やる気のない生徒を強引に作戦に参加させるんだからな」


 納得できないフレードは八つ当たりするような言い方でロギュンに尋ねる。パーシュもロブロスのやり方が気に入らず、呆れたような顔をしながらロギュンを見ていた。


「教師や私たち生徒会には重要性のある依頼に対して特定の生徒を強制的に参加させる権限があります。教頭先生も自身の立場を利用して今回の捕縛作戦を重要性のある依頼とし、神刀剣の使い手である皆さんを参加させたのでしょう。……残念ですが、私や会長でも今回の決定を覆すことは無理です」

「チッ!」


 生徒会も教師の前ではただの生徒でしかない、フレードはそう思いながら小さく舌打ちをした。


「それで結局のところ、何人の生徒が捕縛作戦に参加することになったんだい?」

「私たちを除いて六十六人です。生徒会から二十人、残りの四十六人が一般の中級生となっています」

「合計七十人か、かなりの人数だね。……あたしたち以外に上級生はいるのかい?」

「ええ、トムズが参加しています。流石に上級生全員を作戦に参加させると学園の活動に支障が出るため、教頭先生も周りの先生がたに言われて全ての上級生を参加させることは諦めたそうです」

「あのおっさんも何も考えずに上級生を動かしてるわけじゃないってことかい。……ていうか、あたしらは作戦に参加することを拒んでるんだから、別の上級生を参加させればいいんじゃないのかい?」


 嫌がらる自分たちではなく他の上級生を参加させた方がロブロスにとって都合がいいのではと感じたパーシュはなぜ自分たち以外の上級生を選ばなかったのか疑問に思う。フレードもパーシュの話を聞いて不思議なことに気付き、小首を傾げながら考える。


「ハージャック教頭は少しでもルナパレスとサンロードを捕らえる確率を上げたいはずだ。上級生の中でも神刀剣を扱える僕らを参加させて成功率を上げようと思ったのだろう。更に僕らはあの二人と共に何度も依頼を受けている。僕らが参加すれば彼らがどのように動くか予想でき、捕まえやすくなると考えたんじゃないか?」

「要するに教頭はユーキとアイカを捕まえやすくするためにあたしらを参加させたってわけだね」

「ケッ、ずる賢いことだけには無駄に頭が回るぜ、あのデブオヤジはよ」


 パーシュとフレードはロブロスの悪賢さに気分を悪くし、同時にロブロスのために戦友であるユーキとアイカの追手にならなくてはならないことに腹を立てる。

 カムネスは二人の反応を見ると無言で自分のティーカップを手に取って紅茶を飲み、ロギュンはパーシュとフレードを見た後に持っている羊皮紙に視線を移した。


「お前はどう思ってるんだ、ドールスト?」


 フレードはチラッとフィランの方を向いて彼女の意見を聞く。フィランもユーキとアイカの二人となども依頼を共に受けた戦友であるため、フレードはフィランが捕縛依頼に参加することをどう思っているのか気になっていた。

 フィランは持っているティーカップの中の紅茶を無言で見つめ、しばらくすると紅茶を見ながら口を動かす。


「……私は与えられた役目を全うする」


 相変わらず無表情のままフィランは静かに答える。フィランにとってもユーキやアイカは何度も共に戦った存在なのに、二人を捕まえなくてはならないことを不服に思う様子は見せていなかった。


「はあ? 何度も依頼を一緒に受けた奴を捕まえるって言うのに何も感じないってのか? ホントに人形みてぇな奴だな」

「おい、そんな言い方ないだろう」

「ああ? ホントのこと言って何が悪いんだ」


 フレードはパーシュを睨みつけながら八つ当たりするように言い返す。戦友であるユーキとアイカがロブロスの都合で追われる身となり、その二人を自分たちが捕まえなくてはいけない状況に腹を立てているフレードは誰かに苛立ちをぶつけたかった。

 睨んでくるフレードをパーシュも目を鋭くして睨み返す。ユーキとアイカの件や今回の捕縛作戦を不服に思っているのはパーシュも同じで、自分だけが腹を立てていると言いたそうな態度を取るフレードに少し気分を悪くしていた。

 パーシュとフレードはいつものように口論を始めそうな雰囲気になっており、カムネスは無言で二人のやり取りを見ており、ロギュンは迷惑そうな表情を浮かべていた。


「……でも」


 応接室に緊迫した空気が漂う中、フィランが声を出す。睨み合っていたパーシュとフレードはフィランに視線を向け、カムネスとロギュンもフィランを見る。


「……ユーキ・ルナパレスをベーゼと決めつけ、軍に引き渡そうとしていたハージャック教頭のやり方は気に入らない」


 珍しく自分の意思を口にするフィランを見てパーシュとフレード、ロギュンは意外そうな反応を見せる。カムネスも表情こそ変わっていないがフィランの意外な一面を見て少し驚いていた。


「……依頼は受けたけど、ハージャック教頭の思いどおりに動く気は無い。ユーキ・ルナパレスとアイカ・サンロードを捕らえても、そのまま学園には連れて帰らない」

「それって、二人を例の五聖英雄の所へ連れて行って薬を作ってもらうってことかい?」


 パーシュはフィランが考えていることを想像して尋ねる。フィランはパーシュの方を向くと無言で小さく頷いた。

 フィランがただ依頼を熟すのではなく、自分で考えてユーキとアイカを助けようとしていることを知ったパーシュは驚く。だが、すぐにフィランを見つめながら笑みを浮かべる。


「カムネス、あたしもフィランと同じ気持ちだよ。仮にあの子たちを捕まえて学園に戻ってもそのままバウダリーの町にいる軍に引き渡されるだけだ。アイツらを助けるためにも、すぐに学園には戻らず、五聖英雄に探して会ってみるのもいいんじゃないかい?」


 ユーキとアイカを元に戻し、以前と同じように二人と過ごしたいと思っているパーシュはカムネスに五聖英雄に賭けてみないか尋ねる。カムネスはパーシュの提案を聞くと腕を組んで考え込む。

 カムネスもパーシュと同じでユーキとアイカを元に戻すことができるのなら戻したいと思っているため、悪くない提案だと思っていた。


「お前にしちゃあ珍しいじゃねぇか? 教頭の依頼は捕らえたら速やかに連れて帰れって内容なのに、それに従わずに勝手に行動しようとするなんてよ」

「あたしはあの二人を助けたいと思っているだけだよ。そう言うアンタはどうなんだい?」

「俺だってお前と同じだ。このまま教頭の思いどおりに動く気なんかねぇよ」

「フン、結局アンタも同じじゃないか。いちいちカッコつけた言い方するんじゃないよ」

「ああぁ? 誰がカッコつけてるって?」


 フレードは挑発するパーシュを睨み、パーシュもフレードを睨み返す。ロギュンは再び口論を始める二人を見て小さく溜め息をついた。


「……確かに全てを問題無く解決するには五聖英雄であるスラヴァ殿に調合を依頼するのが一番だろう。だが、そう都合よく事は運ばないと思うぞ」

「何でだい?」


 カムネスの言葉を聞いてパーシュは訊き返し、フレードとフィランもカムネスを見つめる。


「今回の捕縛作戦に参加する生徒の大半は報酬が目当てで参加している。ベーゼ化する可能性があるルナパレスとサンロードを捕らえ、学園に連れ帰れたら報酬を受け取ることができるんだ。スラヴァ殿に会い、薬を調合して元に体に戻してから学園に連れ戻すなんて報酬目当ての生徒たちが納得するはずがない」

「ああぁ、そうだな……」


 ロブロスから報酬を出すと言われた時の生徒たちの反応を思い出したフレードは呆れ顔になる。パーシュもその時のことを思い出して複雑そうな表情を浮かべていた。


「それに今回の作戦の指揮はハージャック教頭と同じようにルナパレスを軍に引き渡すことに賛成した先生が執ることになっている。お前たちの言い分に耳を傾けることは無いと思うぞ?」

「うわぁ、最悪だねぇ……」


 ユーキとアイカを元に戻して学園に連れて帰るのが難しいことを知ってパーシュは僅かに表情を歪ませる。フレードも気に入らなそうな顔をしながら舌打ちをした。


「おいカムネス、お前生徒会長だろう? お前の権限で指揮を執る先生を説得できねぇのか?」

「残念だが無理だ。作戦が開始したら全ての生徒は指揮を執る先生の指示に従うようにとハージャック教頭が言っていた。その生徒の中には僕とロギュンも含まれている。つまり、生徒会も先生の指示に従わなくてはならないと言うことだ」

「恐らく教頭先生は会長がユーキ君とアイカさんを助けるために動くことを警戒し、指揮を執る先生の指示に従わなくてはいけないようにしたのでしょう」


 ロギュンがロブロスの狙いを説明するとフレードは奥歯を噛みしめる。パーシュも拳を強く握りながら悔しそうな顔をする。


「とにかく、今の状況では先生や他の生徒たちを説得するのは難しい。どうやって二人を助けるかは帝国むこうで情報を集め、ルナパレスとサンロードを見つけてから考えるしかない」

「仕方がないね」

「ああ……」


 現状ではどうすることもできないと感じたパーシュとフレードは不服そうな顔をしながらも納得する。フィランはカムネスたちを見ながら持っているティーカップをテーブルの上に静かに置いた。


「先に言っておくけど、あたしは指揮を執る先生からユーキとアイカを捕まえろって言われても従う気は無いよ? 例え従わなければ罰が下されると言われてもね」

「俺もだ。命令されても全部無視してやる」


 ユーキとアイカを助けるためにも捕縛命令には従わないとパーシュとフレードは強い口調で語る。それを聞いたカムネスは目を閉じながら小さく俯く。


「好きに行動すればいい。……だが、生徒会長である僕は生徒たちの手本とならなくてはいけない存在だ。手本となる存在が教師の命令に従わないわけにはいかない」

「つまり、ルナパレスとサンロードを捕まえろって命令されたらお前はそれに従うってことか?」

「ああ。……だが、僕もあの二人を仲間だと思っている。手荒なことはしないつもりだし、可能であれば助けようと思っている」

「チッ、どっちの味方なのか分からねぇ奴だな」


 フレードはソファーにもたれながらカムネスの考え方に対して不満を口にする。カムネスが生徒会長と言う重要な立場にあるのは分かるが、それでも戦友のため、ガロデスと同じように判断してほしいとフレードとパーシュは思っていた。

 それからパーシュたちは捕縛作戦の簡単な流れやガルゼム帝国に入国した後にどのように動くかを確認する。ユーキとアイカを追ってメルディエズ学園を出発するのは今日の夕方となっているため、話が終わるとパーシュたちは準備をするために応接室を後にした。

 夕方になるとパーシュたちは依頼に参加した生徒たちと共にメルディエズ学園を出発し、ガルゼム帝国へと向かった。


――――――


 星空の下にある平原、その中にある川の近くでユーキとアイカは夜営し、遅めの夕食を取っている。焚き火に当たりながらユーキとアイカはメルディエズ学園から持ってきた干し肉とパンを少しずつ口にした。

 ユーキとアイカがいる平原はモンスターが現れる可能性が低いと言われている場所だ。しかしモンスターと遭遇する可能性はゼロではないため、二人は周辺を注意しながら食事をしている。

 食事が済むと湯を沸かし、干し肉やパンと同様メルディエズ学園から持ち出した紅茶を入れる。平原には少し冷たい風が吹いており、ユーキとアイカは紅茶を飲んで体を温めた。


「このペースで移動すれば明日の昼過ぎには一番近くにあるノヴァルゼスの町に着くはずだ」

「それじゃあ、その町で食料や使えそうな道具を買えるだけ買っておいて方がいいわね」


 地図を見るユーキの隣で紅茶の入った木製カップを持ちながらアイカが地図を覗く。二人は地図を見ながら目的地であるガルゼム帝国の北西までの道のりを確認し、どのように移動するかを考える。

 バウダリーの町を出た日、ユーキとアイカはガルゼム帝国領に入るため、そして少しでもバウダリーの町から離れるために一睡もせずにガルゼム帝国へ向かう。しかし、休まずに移動するのは流石に厳しいため、仮眠は取らずに何度か軽い休憩を取りながら帝国を目指した。

 深夜なので夜行性のモンスターと遭遇するかもしれないと二人は警戒しながら移動したが、その時は運よくモンスターやベーゼと遭遇することは無かった。

 数時間かけて移動し、まだ周囲が暗い時間にユーキとアイカは無事にガルゼム帝国に辿り着く。帝国領内に入った二人はしばらくはメルディエズ学園からの追手の心配はないと考え、夜が明けるまで国境の近くにある林で休むことにした。

 朝になって目が覚めるとユーキとアイカは移動を再開し、一日かけてガルゼム帝国でもモンスターと遭遇する可能性が低いと言われる今いる平原に到着した。バウダリーの町を出た時と違い、すぐに追手に追いつかれる可能性は無いため、二人はゆっくり休むことにしたのだ。


「買い出しが済んだらすぐに町を出て北西を目指そう。もし学園が俺たちが逃亡したことに気付いていたら既に追手が差し向けられているはずだ。追いつかれる前に少しでも目的地である森に近づいた方がいい」

「そうね。……でも、あまり無茶をすると体を壊して動けなくなるわ。追いつかれないようにすることも大切だけど、体を休めることも大切じゃないかしら?」

「ん? まぁ、確かに……」


 アイカの話を聞いてユーキは難しい顔をしながら考える。確かに追われているとはいえ、逃げることだけか考えて無茶をすればいつかは疲労で倒れてしまうかもしれない。そうなったら目的地に辿り着くことは愚か、追手から逃げることも難しくなってしまう。


「宿屋とかに泊まったりはしなくても、少し町で休むくらいはいいんじゃない? もしユーキの言うとおり追手が差し向けられているとしても、すぐに私たちに追いつくことは無いだろうし」


 優しい口調で話すアイカをユーキは無言で見つめる。暗い中、焚き火の明かりで照らされるアイカの顔はとても綺麗に見えた。

 以前ならその美しさに見惚れて呆然としていたかもしれないが、今のユーキはアイカに対する感情に気付いているからか、アイカの顔を見ても呆然とすることは無かった。


「……確かにそうだな。追われているとしても少しは休んでおかないと体が持たなくなっちまう」

「じゃあ、ノヴァルゼスの町に着いたら、買い出しをしながら少し休んでいきましょう」

「ああ」


 ユーキは笑いながら地図を丸めて自分の鞄に仕舞う。地図を片付けると隣に置いてある自分の木製カップを取って中の紅茶を静かに飲み、アイカもつられるように紅茶を飲んだ。


「ねぇ、ユーキ。貴方、心から元に戻りたいって思ってる?」

「ん? 何だよいきなり。そんなの当たり前だろう」


 不思議なことを訊いてくるアイカを見てユーキは迷うことなく答える。

 感情の高ぶりでベーゼ化するかもしれない体のままでいたいとは思っていない。以前と同じ暮らしを取り戻すためにもユーキは元の体に戻りたいと思っていた。

 ユーキの返事を聞いたアイカはどこか切なそうな顔をしながら紅茶を飲み、ユーキはそんなアイカを不思議そうに見つめる。


「……私ね、できればこのベーゼの力を残して自分の物にしたいって思ってるの」

「ベーゼの力を?」


 アイカの言葉を聞いてユーキは意外そうな顔をする。アイカはベーゼによって大切な家族を奪われ、人生も無茶苦茶にされている。それなのにベーゼの力を自分の物にしたいと言い出したのでユーキは少し驚いていた。


「私は、貴方やパーシュ先輩たちのように強くない。混沌術カオスペルも戦闘向きじゃないし、剣の腕も常人より少し強いくらい。今の状態じゃあ、この先強いベーゼと遭遇してもまともに戦える自信がない。増してや最上位ベーゼであるリスティーヒには勝てないわ……」


 自分が周囲の人間と比べて力が弱く、強いベーゼと戦っても敵わないかもしれないことをアイカは悔しそうな口調で語る。ユーキは紅茶を飲むのをやめ、アイカの話を黙って聞いた。


「でも、今の私は以前よりも力が強く、感覚も鋭くなっている。もし、体のベーゼ化を防ぐことができて、力や感覚をそのまま残せるのなら、強いベーゼと遭遇しても互角に戦えるかもしれない。だから、もしできるのなら今の力を自分の物にしたいなって思ったの」


 アイカの考えを聞いたユーキは意外そうな顔をする。自分はベーゼ化するのを防ぐために元の体に戻りたいと思っていた。元に戻ることだけを考えていたため、ベーゼ化で得た力を残して戦いに役立てようという考えは頭に浮かばなかったのだ。


「やっぱり、ベーゼ化で手に入れた力を残して強くなるなんて、おかしいかしら?」


 少し不安そうな顔をしながらアイカはユーキに尋ねる。敵であるベーゼの力を手に入れ、戦いに利用するなど間違っているとユーキに言われるのではと思っていた。


「……いや、そんなことは無いと思うよ」


 ユーキの口から出た言葉を聞いたアイカは軽く目を見開く。てっきり否定されると思っていたのにユーキが否定しないことに驚いていた。


「君はその力をベーゼと戦うため、つまりこの世界を護るために使おうと思っているんだろう? 戦いに勝つため、大切な人や物を護るために敵の力を利用することを俺はおかしいとは思わない」


 メルディエズ学園の生徒がベーゼの力を手に入れようと考えるなどおかしい、と普通の人なら思うだろう。だがアイカは人々や世界を護るためにベーゼの力を役立てたいと考えている。

 私利私欲のためでなく、誰かのために力を使おうとするアイカの考え方をユーキは間違いだとは感じていなかった。


「俺、元の体に戻ることだけを考えてベーゼの力を残しておこうって考えは思いつかなかった。だから君の話を聞いて、ベーゼ化だけを防いで力はそのままにしておくのもいいかもしれないって思ったんだ」

「ユーキも?」

「ああ。だから、スラヴァさんに会ったら今の力と感覚はそのまま残して、ベーゼ化だけを防げる薬を作ってくださいって頼もうかなって思ってるんだ」


 ユーキもベーゼの力を自分の物にしようと考えていると知ったアイカは一瞬驚いたような顔をするがすぐに小さく笑みを浮かべる。好きな人が自分の考え方を否定し、嫌いになってしまうのではと不安を懐いていたが、ユーキが同じ考え方を持っていると知ったことでアイカは安心と喜びを感じていた。


「私もスラヴァさんがそんな薬を調合できるのなら、頼んでみようと思ってるわ」

「じゃあ、決まりだな」


 スラヴァを見つけたら力だけは残る薬を作ってもらうよう頼むことを決め、ユーキとアイカは笑いながら互いの顔を見た。


「……あっ、でも大丈夫かしら?」

「何が?」

「ほら、混沌士カオティッカーがベーゼになったら混沌術カオスペルは使えなくなるでしょう? もし私たちがベーゼの力を手に入れたら混沌術カオスペルが無くなる、なんてことにならないかしら?」

「あぁ~……」


 大事なことを思い出したユーキは複雑そうな表情を浮かべた。確かにこれまでの情報ではベーゼと化した混沌士カオティッカー混沌術カオスペルが使えなくなっていることが分かっている。もしユーキとアイカがベーゼ化によって得た力と感覚を残せば混沌術カオスペルが消滅する可能性があった。


「……ま、まぁ、完全にベーゼ化するわけじゃないんだし、大丈夫なんじゃないか? 現に一度ベーゼ化したのに俺も君も問題無く混沌術カオスペルを使えるわけだし……」

「それはそうだけど……」


 先程まで力の感覚を残して強くなろうと決意したのに混沌術カオスペルを失う可能性が出た途端に二人は不安を感じるようになった。例え高い身体能力と鋭い感覚を得ても混沌術カオスペルを失えば、力と感覚を得る前よりも弱くなってしまう可能性があるからだ。

 そもそも五聖英雄でも力と感覚を残してベーゼ化を防ぐ薬を調合できるかどうかも分からない。


「……とりあえず、このことはスラヴァさんに会った時に考えよう」

「そ、そうね……」


 どうなるか分からないことを今考えても仕方がないと感じたユーキとアイカはまずスラヴァに会うため、ガルゼム帝国の北西を目指すことだけを考えることにした。ベーゼ化によって得た力と感覚を残すと決めてもスラヴァに会えなければどうすることもできない。

 話が終わるとユーキとアイカは明日の準備を簡単に済ませ、一度周囲にモンスターがいないことを確認してから眠りについた。


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