第百三十話 緊急会議での対立
メルディエズ学園の一室、中央には大きな長方形の机があり、それを囲むように無数の椅子が置かれてある。そして、部屋の中には大勢の教師の姿があった。
現在部屋ではメルディエズ学園の教師全員が参加する緊急会議が行われている。突然教師全員が召集ことに一部の教師は驚いていたが、重要な会議とだけ聞かされていたため、困惑しながらも会議に参加した。
中央にある机には学園長であるガロデスや教頭のロブロス、重役の教師たちが座っている。机の周りにも沢山の椅子が置かれてあり、そこには重役とは違う教師たちが座って中央のガロデスたちを見ていた。
「……以上が生徒会から報告された内容です」
ガロデスは真剣な表情を浮かべながら教師たちへの説明を終え、話を聞いた教師たち、特に重役ではない教師たちは驚きの反応を見せたり、小声で隣に座る教師とヒソヒソと話をしていた。
教師たちは今、生徒会が得た重要な内容について会議を行っている。その内容はユーキがベーゼ化したことについてだった。
数十分前、バウダリーの町に外出していたユーキとアイカに同行していた生徒会の生徒たちがガロデスや重役の教師たちに町で起きた一件について報告した。
ユーキがとてつもない力で地面を叩き割ったことや彼の右手が変色していたことなど、生徒会の生徒たちは細かくガロデスたちに伝える。話を聞いたガロデスたちはユーキの今後の扱いや学園の方針などを話し合うためにメルディエズ学園に務める教師を全員集めて会議を行うことにした。ガロデスは生徒から聞かされた情報を集まった教師たちに伝えたのだ。
ガロデスや重役の教師たちはユーキにベーゼ化の兆候が見られたという悪い状況に表情を鋭くする。その中でスローネは会議の内容が予想どおりだったことに不満を感じているのか、椅子にもたれながら自身の髪を指で捩じっていた。
重役の教師たちを囲むように座る教師たちは小声でざわついており、教師たちの中でナチルンは不安そうな顔をしながら中央に集まっている教師たちを見ていた。
「やかましいぞ、静かにせんか!」
ざわつく教師たちにロブロスは立ち上がりながら渇を入れる。ロブロスの声で教師たちは静かになり、全員が中央に集まるガロデスたちに注目した。
教師たちが静かになるとロブロスは静かに椅子に座る。
「……学園長、最悪の状況になりましたな?」
ロブロスは視線だけを動かしてガロデスを見つめる。ガロデスはロブロスの方を見ることなく、両肘を机の上に付けながら顔の前で手を組み、考え込むような表情を浮かべていた。
「ルナパレスに兆候が出た以上、自由行動をさせながら様子を窺うと言った甘いやり方はできません。どうなさるおつもりですかな?」
「……勿論、あらかじめ決めておいたようにユーキ君の見張りを強化し、行動の制限は厳しくします」
ガロデスは前を向いたまま静かに答える。二日前の会談でユーキとアイカの状態に変化が出たら監視や行動の制限などを厳しくすると決めていたため、今更変えられないとは言えない。ガロデスは恩人であるユーキの行動を制限しなくてはならないことを心の中で悔しく思った。
スローネやオーストもどこか悔しそうな表情を浮かべており、コーリアも残念そうな顔で軽く俯いている。
一方でロブロスは自分の望んだ状況になっていること、以前自分に恥をかかせたユーキから自由を奪えたことを喜んでいるのかニッと笑みを浮かべていた。
教師たちが様々な表情を浮かべる中、ガロデスは顔の前にある手を下ろし、教師たちを見ながら口を開く。
「ユーキ君の行動の制限を厳しくし、監視も強化します。ですが、どれほど厳しくするかは彼の状態を確認してから決定するつもりです」
「だったら、それほど厳しくする必要は無いと思いますよぉ?」
髪を捻じっていたスローネが空いている手を軽く上げながら発言し、ガロデスや他の教師たちは一斉にスローネに視線を向けた。
「此処に来る前に私は医務室でルナパレスとサンロードに会いましたけど、性格が変わるといった大きな変化はありませんでした。いつもどおりの二人でしたよぉ?」
「本当ですか、スローネ先生?」
「ええ、間違いありません。医務室にはナチルン先生もいましたしね」
スローネが証人がいることを伝えるとガロデスはナチルンの方を向く。ナチルンはガロデスや周りにいる教師たちに注目される中、少し緊張した様子で頷く。
ナチルンの反応を見たガロデスは情報に間違いはないと考え、オーストや他の重役の教師たちも納得した反応を見せる。
「スローネ先生、貴女がユーキ君に会った時、彼の体はどうなっていました? 生徒会の情報ではユーキ君の右手は青く変色していたと聞きましたが……」
「元に戻っていましたよぉ。恐らく今のあの子は小康状態になっているんだと思います」
「小康状態? どういうことですか?」
ガロデスは詳しく話を聞くためスローネに尋ねる。オーストたちも説明を求めているのか無言でスローネを見つめていた。
スローネはゆっくりと立ち上がり、会議室にいる教師たちに説明する。ユーキの身体能力が強くなっていること、怒りが体をベーゼ化させる引き金になっていることなどを細かく話し、更にアイカの身体能力も高まっていること、彼女もユーキと同じ状態かもしれないことを伝えた。
説明を終えたスローネは静かに椅子に座り、話を聞いたガロデスやオースト、そして一部の教師は難しそうな顔をする。他の教師たちも自分たちが予想していた以上にユーキとアイカに変化が出ていたことを知り、驚きや不安の表情を浮かべていた。
「……つまり、今のユーキ君は瘴気に侵される前と比べて力が強くなり、怒りを感じた時に体に変化が出ると言うわけですね?」
「ええ、私はそう考えています。ただ、怒りがベーゼ化の引き金になっているのかはまだハッキリと分かっていません。怒りとは関係なく、感情の高ぶりなどが原因でベーゼ化するかもしれませんからねぇ」
「成る程……スローネ先生、ありがとうございます」
ガロデスから礼を言われたスローネは「いえいえ」と言いたそうに笑みを浮かべる。ガロデスはユーキの状態に大きな問題がないことを知って安心し、会議室にいる教師たちの多くもホッとした反応を見せていた。
だが、ユーキの状態が安定していると聞いても安心できない教師たちもおり、その者たちは若干暗い顔を顔をしている。特にロブロスは不満そうな顔で笑っているスローネを見ていた。
「スローネ先生の話を聞く限りではユーキ君は力が若干強くなっており、感情が高ぶるような状態でない限り体に変化は出ないようです」
「でしたら、前回の会談でお話ししたようにベーゼ化の兆候が出たルナパレスは学園の外には出さず、他の生徒から距離を取らせて生活させればいいのでは?」
ユーキの状態からオーストはそんなに制限を厳しくする必要は無いと考え、スローネやコーリアもオーストの話を聞いて異議は無い思っているのか無言でオーストを見ている。
「そうですね。……では、ユーキ君には体を元に戻す薬ができるまで外出を控えてもらい、他の生徒たちとは別の場所で生活してもらいましょう」
ガロデスは表情を少し和らげながらユーキの行動制限を決定しようとする。すると、黙って話を聞いていたロブロスがガロデスの方を向いて口を開く。
「学園長、私は制限を強化する必要は無いと思います」
ロブロスの口から出た言葉で会議室の空気が変わり、教師たちは一斉にロブロスに視線を向ける。
メルディエズ学園の教師の中で特にユーキとアイカがベーゼ化することを恐れ、警戒していたロブロスが制限を強化する必要は無いと言ったため、スローネのようなユーキを評価している教師たちは内心驚いていた。
「教頭先生、どういうことですか?」
ガロデスは意外そうな顔で尋ねると、ロブロスは目を細くしながら自身の髭を指で整える。
「私はルナパレスをベーゼと見なし、バウダリーに駐屯する軍への引き渡しを進言します」
ロブロスの言葉を聞いたガロデスは目を見開き、スローネやオーストは耳を疑うような反応を見せる。他の教師たちも驚いており、ロブロスは周囲の視線を気にすることなくガロデスを見つめた。
「……教頭先生、今何と仰いましたか?」
低い声を出すガロデスは僅かに目を鋭くしながらロブロスを見つめる。ロブロスはガロデスを見ると呆れたような表情を浮かべた。
「ユーキ・ルナパレスをベーゼと見なし、バウダリーの町の軍にその身柄を引き渡すべきだと言ったのです」
ロブロスは先程と同じ内容を口にし、それを聞いたスローネとオーストは納得できずにロブロスを睨みつける。コーリアやナチルンは困惑したような顔をしており、他の生徒たちも驚きながらロブロスを見ていた。
ユーキは確かに片手がベーゼ化し、とてつもない力を発揮した。だが、体の一部が一時的にベーゼ化しただけで自我も失っておらず、思考や性格もベーゼのようになっていない。大きな危険は無く、元の体に戻る可能性があるのにベーゼと見なし、ラステクト王国の軍に引き渡すと言われれば納得できない教師がいてもおかしくなかった。
ガロデスは他の教師たちと違って表情に大きな変化は出ていないが、やはりロブロスの提案に納得できず、目を鋭くしたままロブロスを見ていた。
「ユーキ君の体にベーゼ化の兆候が出たら生徒たちから引き離し、学園で厳重に監視すると前回の会議で決定したはずですが?」
「確かに兆候が出たら監視すると言う話になっています。ですがあ奴は片手をベーゼ化させた、言ってみればあ奴は半分ベーゼになっていると言うことです。ベーゼになっている以上、危険な存在として軍に引き渡すのは当然でしょう」
「ユーキ君の左手は学園に戻った時に元に戻ったとスローネ先生が仰ったはずです。片手が変化しただけでベーゼになったと決めつけるのは軽率です」
ユーキをベーゼと考えるロブロスにガロデスは少し力の入った声で言い返す。ガロデスが声に力を入れたことで会議室に僅かに緊張が走った。
「ユーキ君は力こそ高まっていますが、性格や思考は以前と変わっていません。肉体のベーゼ化もユーキ君の感情の高まりが引き金になっているのです。元に戻す薬ができるまで、その点に注意しながら監視すれば問題無いはずです」
「学園長、まだそのような考え方をされておられるのですか? 薬など調合できるかどうかも分かりませんし、確信のない情報だけであの小僧が安全だと決めつけるなど甘すぎます。そもそもエンジーアのようないい加減な者の分析など当てにできません」
力の入った声を出しながらロブロスは視線を動かしてスローネを見る。スローネはロブロスの発言が癇に障り、眉間にしわを寄せながらロブロスを見つめた。
「ハージャック教頭、ルナパレスはナトラ村で一度ベーゼ化しながらも元の姿に戻りました。混沌術の力にも頼ったようですが、彼はそれだけ強い精神を持っています。ルナパレスなら再びベーゼ化が起きたとしてもベーゼにならず、人間としての理性と自我を失わずにいられるはずす」
オーストはユーキが完全なベーゼにならずに自我を保った点から、再びベーゼ化の兆候が出ても大丈夫だとロブロスを説得する。
オーストの周りにもユーキなら大丈夫だと思っている教師がおり、そういった教師たちは考え直してほしいと思いながらロブロスを見つめていた。
「マルコシス先生も甘い考え方をするのだな。そんなことでどうにかなるほど、ベーゼの力は甘いものではない。そもそも再び同じことが起きて無事に戻れるという保証など無いではないか」
「人間の自我を保ち、元の姿に戻っているのですから可能性としては十分あり得ると私は思いますが?」
自分の考えが正しいと思っているオーストとロブロスはお互い一歩も引かずに睨み合い、周りの教師たちは口論する二人を見ている。
会議室にいる教師たちの中にはガロデスたちのようにユーキは危険でないと考える者がいるが、逆にユーキがメルディエズ学園にとって危険な存在になるかもしれないと不安に思う者も多くいる。教師たちはオーストとロブロスの内、自分と同じ考えをする方を見ながら相手を言い負かしてほしいと思っていた。
「教頭先生、私もオースト先生と同じ気持ちです」
オーストの背中を押すように黙っていたガロデスが発言する。ロブロスはいきなり発言してきたガロデスを鬱陶しそうに見ながら小さく声を漏らす。
「ユーキ君ならベーゼ化が起きたとしても決してベーゼにならないと信じています。それにユーキ君は混沌士、危険な存在かハッキリしない状況で彼を軍に引き渡し、もし彼が戻ってこないようなことになれば学園が大きな戦力を失うことになります」
「混沌士だから軍に引き渡すのを止めろと言うのですか? フン、立場や力だけでその者を特別扱いするなどあってはならないことでしょう」
それを貴方が言うのか、ガロデスやオースト、二人の考えに賛同する教師たちはロブロスを見ながら心の中でそう思った。
「とにかく、ユーキ君が完全なベーゼではなく、元に戻す可能性がある以上は軍に引き渡すことはできません。それに他の教師の方々の意見も聞く必要もあります」
「ほお? では今ここでハッキリさせようではありませんか。あの小僧をこのまま学園に残すか、軍に引き渡すかを」
「と言いますと?」
「多数決ですよ。此処にいる教師たちに私と学園長、どちらの考えに賛成か訊いてみるのです」
突然多数決は提案してきたロブロスにガロデスは小さく反応する。単純なやり方だが、会議室にいる教師たちの意見を聞き、短時間で結果を出すには一番の方法だった。
「……分かりました」
ガロデスはロブロスの提案を受け入れ、多数決を行うことにした。ユーキを護るためなら多数決などせず、学園長の権限を利用すればいいのだが、ガロデスは権力を利用して他人を強引に従わせるようなやり方を嫌っているため、皆が納得する方法で結果を出したいと思っていた。
多数決の許可が出るとロブロスは小さく不敵な笑みを浮かべながら立ち上がり、会議室に集まる教師たちを見回す。
「諸君、これからルナパレスの今後の扱いについて多数決を行うが……ルナパレスの状態と現状、ベーゼ化する可能性、それらをよく考えてからどうするべきか決断してほしい」
ロブロスの話を聞いた教師たちはユーキを信じる気持ちやベーゼ化するかもと言う不安を懐きながらどちらを選ぶべきが考える。教師たちが考え込んだことで会議室は静まり返った。
静かになってから数秒後、ロブロスは立ち上がったままもう一度会議室にいる教師たちを見回した。
「では始めるぞ? 学園長と同じようにルナパレスを監視すべきと思う者は座ったまま、ルナパレスを軍に引き渡すべきと思う者は立ち上がれ」
教師たちは真剣な顔や不安そうな顔など、様々な表情を浮かべながら会議室の中央にいるガロデスたちを見る。まだ答えが出ていない教師もおり、そんな教師は隣に座る教師と顔を見合ってどうするべきか考えた。
多数決が始まってから数秒が経った頃、一人の男性教師が不安そうな顔をしながらゆっくりと立ち上がる。どうやら彼はユーキのことを危険な存在だと感じているようだ。
男性教師に続き、近くに座っていた女性教師も立ち上がる。すると、つられるようにまた一人、また一人と立ち上がっていき、ロブロスは立ち上がる教師たちを見ながら笑っていた。
スローネやオーストはロブロスの考えに賛同する教師が多いことに驚いて目を見開き、ナチルンも困惑するような顔で立ち上がる教師たちを見ている。
ガロデスは真剣な表情を浮かべながら立ち上がる教師たちを見ているが、内心ではユーキを危険に感じる教師が多いことに驚いていた。
やがて全ての教師の動きが止まり、多数決は終了した。ガロデスとロブロスは座っている教師と立ち上がっている教師の数を数え始める。そして、数え終わるとガロデスとロブロスをお互いに相手の顔を見合った。
「二十五人中、引き渡しに賛成する者は私を含めて十四人、監視に賛成する者は十一人。……決まりですな? 学園長」
「……」
ガロデスを見ながらロブロスは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ガロデスはロブロスを見て黙り込む。
ユーキが優秀な生徒であることはメルディエズ学園の生徒や教師の大半が知っている。体の一部がベーゼ化したとは言え、ユーキの優秀さを考えれば監視を続けることに教師たちは賛成してくれるとガロデスは思っていた。
しかし予想に反して軍に引き渡すことに賛成した教師が多かったため、ガロデスは予想外の事態に衝撃を受けていた。
「おいおい、ちょっと待っとくれよアンタたち」
多数決の結果に納得できないスローネは立ち上がる教師たちに声をかけた。
「ルナパレスが凄い生徒だってことはアンタたちも知ってるだろう? 力だけでなく、高濃度の瘴気に耐えられるだけの精神力を持っている。アイツなら薬が完成するまでベーゼ化せずにいられるはずさ」
「わ、私もそう思います。皆さん、考え直していただけませんか?」
スローネに続いてナチルンも引き渡しに賛成する教師たちを説得しようとする。ナチルンもユーキの監視を続けることに賛成する教師の一人でユーキなら大丈夫だと信じていた。
必死にユーキを残すよう説得するスローネとナチルンを見て、引き渡しに賛成する教師たちは目を反らしたり、表情を曇らせながら俯いたりする。
引き渡しに賛成する教師たちもユーキが優れた生徒であることは十分理解していた。だが、安全が保証されておらず、何が原因でベーゼ化するかハッキリ分かっていない存在を学園に残すことに恐怖を感じていた彼らはユーキを軍に引き渡した方がいいと考えていたのだ。
「見苦しいぞ、お前たち!」
ロブロスは力の入った声でスローネとナチルンを怒鳴る。スローネはロブロスを不満そうな顔で見つめ、ナチルンは怯えたような顔でロブロスを見た。
「お前たちも多数決で結果を出すことに納得したはずだ。自分たちが負けたからと言って往生際の悪いことをするんじゃない!」
「ぬぅ~!」
スローネは優勢に立っているロブロスを悔しそうな顔で見つめる。いつもならここで言い返すところだが、今回はロブロスの言っていることが正しいため、言い返すことができなかった。
「我がメルディエズ学園では今回のような重要な結論を出す際は民主主義によって決めることになっている。そうですね、学園長?」
ロブロスが黙っているガロデスに確認すると、ガロデスはチラッとロブロスの方を向いた。
「ええ、そのとおりです」
「因みに民主主義によって決定すると決められたのは、どなたですか?」
「……私です」
ガロデスは目を閉じながら静かに答え、それを聞いたロブロスはニッと笑いながらスローネとナチルンの方を向いた。
「聞いただろう? 民主主義による決定は学園長がお考えになられたこと。それでもお前は納得できないと言うのか、エンジーア?」
「……チッ!」
遠回しにガロデスの考え方に従えと語るロブロスを見てスローネは舌打ちをする。ナチルンもこれ以上意見するのはガロデスに逆らうことになると考えたのか、俯いて黙り込んだ。
スローネとナチルン以外にユーキの監視を続けようと考えるオーストやコーリア、他の教師たちも現状で決定を覆すことはできないと悟ったのか全員が黙り込む。ロブロスはスローネたちが大人しくなると視線をガロデスに戻した。
「学園長、エンジーアたちは渋々ながらも納得してくれたようです。学園長もルナパレスを軍に引き渡すことに納得していただけますね?」
「……」
「まさか、メルディエズ学園の代表であり、民主主義による決定をお決めになられたご本人が決定に従えないと仰るの訳ではありませんよね?」
返事をしないガロデスにロブロスは嫌味を言うように確認する。スローネとオーストはガロデスに対するロブロスの態度を不快に思いながらジッとロブロスを見つめた。
ロブロスが返事を待つ中、ガロデスはゆっくりと目を開け、視線だけを動かしてロブロスを見た。
「……分かりました。教頭先生の仰るとおり、ユーキ君を軍へ引き渡します」
小さな声で答えるガロデスを見てスローネたちは反応する。学園長であるガロデスならロブロスを説得してくれるのではと思っていたのか、ガロデスの答えにスローネたちは驚く。
「フフフ、流石は学園長。立場をご理解していらっしゃるようですな」
自分の望んだ結果になったことに満足したのかロブロスは笑いながら自分の椅子に座る。ロブロスが座ると同時に立っていた教師たちも一斉に着席した。
ガロデス自身はロブロスを説得してユーキを助けたいと思っている。しかし民主主義で決められた状況と自分の立場から決定を変更ことはできないと悟り、悔しく思いながらもロブロスの言うとおりにすることにしたのだ。
「ユーキ・ルナパレスは軍に引き渡すことになった。ならついでにアイカ・サンロードも一緒に引き渡した方がいいかもしれんな」
ロブロスの言葉にガロデスは反応し、スローネたちもロブロスに注目する。ユーキに続いてアイカまで軍に引き渡そうと言い出したため、ガロデスたちは驚いた。
「待ってください、教頭先生。なぜアイカさんまで軍に引き渡す必要があるのでしょう?」
「決まっています。あ奴もルナパレスと同じように高濃度の瘴気に侵され、ナトラ村で一度ベーゼ化したのです。あ奴もいつかは何らかの弾みでベーゼ化するに決まっています。だったら早いうちに軍に引き渡した方が安全でしょう?」
「アイカさんは力の変化はありましたが、ユーキ君のように体が直接変化した訳ではありません。生徒会の報告ではアイカさんはナトラ村から戻った後も今までと変わらない生活を送っているそうです。今の段階でアイカさんを軍に引き渡すことはできません」
「なぜです? サンロードはルナパレスと同じ瘴気に侵されて一度ベーゼ化し、常人以上の力を手に入れました。軍に引き渡す理由としては十分だと思いますが?」
「アイカさんは元の姿に戻ってから一度もベーゼ化していません。ユーキ君と違ってこの先、体に変化が出ないかもしれません」
今回のロブロスの考えは流石に強引だと感じたガロデスは反対し、オーストたちもガロデスと同じことを考えながらロブロスを見ていた。
「ベーゼ化しないとなぜ断言できるのですか? それにエンジーアはルナパレスの状態を説明する時にサンロードも同じように怒りや感情の高ぶりでベーゼ化する可能性があると説明しました。あ奴もルナパレスと同じようにベーゼ化すると考えるのが自然というものでは?」
「あれぇ? さっきは私の分析は当てにできないって言ってたのにそこだけは間違い無いって言うんですか?」
「うるさい、黙れ!」
矛盾を指摘するスローネにロブロスは声を上げる。ロブロスに少し仕返しができたような気がしたスローネは髪を指で捩じりながら鼻で笑った。
「とにかく、アイカさんが危険だと証明できないのなら、彼女を軍に引き渡すことはできません。何より、今回はユーキ君のことを話し合う会議です。アイカさんのことを話す必要はありません」
「……チッ」
アイカをどうするかと言う話を終わらされたロブロスは小さく舌打ちをして不満を露わにする。集まっている教師たちはアイカが自分たちにとって脅威となるのか、ならないのかなどを隣の教師と小声で話していた。
教師たちが小声で話す姿を見たガロデスは声を出しながら咳をして教師たちの注目を集める。全員が自分を見ていることを確認したガロデスは教師たちを見回しながら口を動かす。
「話を戻します。……ユーキ君を軍へ引き渡すことについてですが、バウダリーに駐屯する軍に出す新書や手続きなど、準備することは色々あります。そのため、ユーキ君を引き渡すのは明日以降となります。それまではユーキ君には普通の生活を送っていただきます。よろしいですね、教頭先生?」
「ええ、今日があ奴にとって最後の学園生活になるでしょうからね。最後くらいは自由にさせてやるのもいいでしょう。見張りは付けることになるでしょうけどね」
ロブロスは髭を整えながら愉快そうに笑い、ガロデスはロブロスの笑顔を見て僅かに目を鋭くする。スローネやオーストも不快に思いながらロブロスを睨んでいた。
「引き渡しのことは私からユーキ君に伝えます。皆さんはこれまでどおり職務を全うしてください。……以上です」
ガロデスがそう言うと教師たちは解散だと知って一斉に立ち上がり、会議室の出入口である扉の方へ歩き出す。会議の内容は重く暗いものだったせいか、教師の殆どが複雑そうな表情を浮かべていた。
重役の教師たちも様々な表情を浮かべながら会議室から出ようとする。そんな中、スローネは座っているガロデスを見つめいた。
教師の半分以上が退室するとガロデスも立ち上がって会議室から出て行く。それを見たスローネも立ち上がり、ガロデスの後を追いかける。
会議室を出たガロデスは誰もいない静かな廊下を歩いて行く。すると、ガロデスの後をついて行ったスローネが追いついた。
「学園長、あれでよかったんですか?」
スローネが声をかけるとガロデスはスローネに背を向けたまま立ち止まった。ガロデスが立ち止まるとスローネはゆっくり近づいてガロデスの真後ろまでやって来る。
「ルナパレスは完全なベーゼになったわけではない。今回はたまたま片手がベーゼ化しただけで学園にとって危険な存在になったわけじゃないんです。それなのに軍への引き渡しを承諾するなんておかしいと思いますけどぉ?」
「……仕方がありません。軍へ引き渡すことに賛成する人が多いのならそれに従うしかありません。何より教頭先生が仰ったように民主主義で結論を出すと決めたのは私です。学園長が学園の規律を破るようなことはできませんから……」
「でも、それじゃあルナパレスが気の毒すぎますよぉ。アイツは学園長の命の恩人でしょう? 立場があるからと言ってその恩人を見捨てる気ですか?」
腕を組むスローネは呆れ顔でガロデスに尋ねる。ガロデスはスローネの質問にすぐには答えず、目を閉じながら小さく俯く。
「私はメルディエズ学園の学園長、多くの教師や生徒たちの上に立つ者として学園長らしからぬ行動を取ることはできません」
ガロデスの答えを聞いたスローネは俯きながら溜め息を付く。学園長としての立場があるのは分かるが、それでもガロデスにはユーキを助けるために軍への引き渡しを止めてほしかったとスローネは思っていた。
「ただ、学園長としてでなく、一人の男として考えるのなら、このまま何せずにいる気はありません」
「……え?」
先程と違ってどこか活気の入った声を出すガロデスにスローネはフッと顔を上げる。ガロデスはゆっくりと振り返り、真剣な表情を浮かべてスローネを見た。
「私も人間です、窮地に立たされている恩人を見捨てるほど堕ちてはいないつもりです」
「どういうこと、ですか?」
ガロデスが何を考えているか分からないスローネは小首を傾げる。
「スローネ先生、私にはやらなくてはならないことがあります。貴女はこれまでどおりマジックアイテムの開発に取り込んでください」
そう言ってガロデスはスローネに背を向けて歩き出す。
(学園長、何を考えてるんだろうね……)
スローネはガロデスの狙いがまったく分からず、心の中で疑問に思いながら遠くにいるガロデスの後ろ姿を見ていた。




