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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
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第百二十九話  スローネの推測


 ユーキが地面に罅割れを入れたことで西門前の広場の空気は一気に張り詰めた。広場にいる者たちはあまりにも突然で驚くべき出来事に言葉を失っている。

 倒れる男は児童の拳で顔の横に罅割れた起きたことに衝撃を受け、小さく震えながらユーキの顔を見ている。だが、罅割れを起こすつもりの無かったユーキは男以上に驚いていた。

 ユーキは驚きながら自分の右手を見つめ、ゆっくりと後ろに下がって男から離れた。ユーキが離れると男は怯えた表情を浮かべながら少しだけ上半身を起こしてユーキを見つめる。


「……お、お前、何だよその馬鹿力は……化け物かよ」


 先程まで威勢の良かった男はユーキの力を目にしたことで完全に怯えている。メルディエズ学園の生徒が優れた力を持つ戦士だと言うことは男も知っていたが、今のユーキ程大きな力を持った生徒は見たことが無かったため、男はユーキに対して恐怖を懐いていた。

 自分の手を見ていたユーキはチラッと男に視線を向ける。すると、ユーキと目の合った男は青ざめ、慌てて立ち上がると悲鳴のような声を上げながら走って逃げていった。ユーキは男を追いかけようとせず、黙って男が走り去るのを見つめる。


「ユーキ!」


 ユーキが男を見ているとアイカが駆け寄り、少し遅れて生徒会の生徒たちもユーキに近づいた。グラトンは現状が理解できていないのか不思議そうな様子でゆっくりとユーキの方へ歩いて行く。

 アイカたちに気付いたユーキは右手を下ろしてアイカたちの方を見る。アイカはユーキを心配するような表情を浮かべているが、生徒会の生徒たちはどこかユーキを警戒するような顔をしていた。


「あの人を脅かすつもりだったみたいだけど、さっきのは少しやりすぎだったんじゃない?」


 ユーキが強化ブーストの能力で腕力を強化していたことに気付いていたアイカは能力を強く使いすぎたのではと指摘する。アイカの言葉を聞いたユーキは僅かに表情を曇らせ、自分が殴った地面の方を向いた。


「……俺は地面を凹ませられるくらいしか力を強化しなかった。あんな風に地面を割るつもりなんてなかった」

「え? どういうこと?」


 地面の罅割れはユーキの意思によるものではないと知ったアイカは意外そうな反応をする。ユーキも訳が分からず、真剣な表情を浮かべながら首を横に振った。


「分からない。強化ブーストの能力を全て右腕の強化のみに使えば地面を割ることはできるけど、俺はそこまで右腕の力を強化していない。何より、強化ブーストで強化してもこんな大きな罅割れを入れることはできない」

「じゃあ、どうしてこんな……」


 何がどうなっているのか理解できないアイカは小さく俯いて考えようとする。そんな時、ふとユーキの右手がアイカの視界に入った。


「ッ!?」


 ユーキの右手を見た瞬間、アイカは信じられない物を見たように驚きの反応を見せる。アイカの声を聞いたユーキはフッとアイカの方を向く。


「アイカ?」

「ユ、ユーキ……それ」


 アイカは目を見開いたままユーキの右手を指差す。ユーキはアイカの反応を不思議に思いながら自分の右手を確認した。すると、右手を見た瞬間にユーキも大きく目を見開く。なんとユーキの右手が天色の変色していたのだ。

 先程まで右手は普通だったのにいつの間にか変色していたため、右手を見たユーキは驚愕する。しかも右手の色は自分がナトラ村でベーゼ化していた時の肌と同じ色だったため、それを思い出したユーキは自分の右手がベーゼ化していることを知って更に衝撃を受けていた。

 アイカもユーキがベーゼ化する姿を見ていたため、ユーキの右手がベーゼ化していることに気付いて言葉を失う。グラトンはユーキの隣までやって来るとユーキの右手に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。

 生徒会の生徒たちはユーキが瘴気に侵されていることを知っており、体に何かしらの異変が起きるかもしれないと予想していた。だが、体が変色するとは思っていなかったので驚いている。


「ど、どうなってんだよ、これ……」


 驚きの連続でユーキは混乱し、アイカも不安そうな顔をしながらユーキを見つめる。すると生徒会の生徒たちがユーキの左右に移動して彼の右手を広場にいる住民たちに見えないようにした。


「とりあえず、急いで学園に戻るぞ」


 ユーキに同行していた男子生徒がユーキたちにだけ聞こえるよう呟き、男子生徒の言葉を聞いたユーキとアイカはさり気なく周囲を確認する。

 西門前の広場にいた住民でユーキたちから離れた所にいた者たちは何が起きたのか理解できずに困惑している。だが、ユーキたちの近くにいた住民たちはユーキの異常なまでの力を目にして驚いており、助けられた姉妹もどこか怯えたような様子でユーキを見ていた。

 周りの住民たちを見たユーキは自分と男のやり取りを見て、逃げた男のように自分を化け物と思っているだろうと感じていた。

 しかしユーキは混沌士カオティッカーである自分が異常な力を持っていると自覚しているため、化け物のように思われても気にしていない。だが変色した右手を見られ、自分が戦っているベーゼだと勘違いされることは避けたかった。

 ユーキは右手を制服のポケットに入れて隠し、生徒会の生徒たちに挟まれながら早足で西門へ向かい、アイカとグラトンもユーキたちと共に西門へ移動する。ユーキたちが西門へ向かう間、住民たちは困惑した顔のままユーキたちを見ていた。


――――――


 メルディエズ学園に戻ったユーキは体の異変をナチルンに知らせるため、生徒会の生徒たちと別れた後に真っすぐ医務室へ向かう。

 不思議なことに学園に戻った時にはユーキの右手は元に戻っており、ユーキは驚くと同時になぜ戻ったのが疑問に思う。しかし、体に変化が出た以上、放っておくわけにもいかないため、しっかりナチルンに見てもらうことにした。

 アイカもユーキの身に何が起きているのか気になり医務室へついて行く。グラトンは校舎に入れないため、校舎の入口前で待たせることにした。

 医務室に着くとユーキはナチルンに自分の身に起きたことを説明し、ついでに最近自分やアイカの力と感覚が以前と違っていることも細かく話した。

 話を聞いたナチルンはユーキをベッドに座らせると右手や体を生徒では使えない魔法を使って調べ始める。ユーキは小さな不安を感じながら調べてもらい、アイカも黙ってユーキを見守っていた。

 しばらくしてユーキの体を調べ終えたナチルンは深呼吸をしながらユーキの前に立ち、複雑そうな顔をしながらユーキを見た。


「……魔法も使って調べてみたけど、貴方の体に異常は無いわ」

「ええぇ!?」


 ナチルンの口から出た予想外の言葉にユーキは思わず訊き返し、見守っていたアイカも驚きながらナチルンを見た。


「そんなはずありませんよ。ついさっき、俺の手はベーゼ化した時と同じように青くなってたんですから」

「ハイ、私もこの目で見ました」


 ユーキとアイカは僅かに力の入った声で間違い無く異常が起きたことを伝える。


「でも、魔法を使っても異常な箇所は感知できなかったし、毒物や瘴気のような有害物質も体内から検出されなかったわ」

「そんな……」


 悪いところはどこにも無いと言われたユーキは信じられないような顔をする。普通は体に異常が無いと言われれば安心するのだが、病気や怪我と違って体の一部がベーゼ化したため、異常が無いと言われてユーキは逆に不安を感じていた。


「異常が無いのなら、どうしてユーキの体はベーゼ化してしまったのですか?」

「分からないわ。……ただ異常が無いとなると、ユーキ君の体そのものが以前と違う体になってしまったのかもしれないと考えられるわ」

「以前と違う体?」


 アイカは小首を傾げながら訊き返し、ユーキも気になる言葉を聞いて反応する。自分の体が前と違うと言われればユーキも流石に聞き流すことはできなかった。

 ユーキはナチルンの言葉の意味が何なのか詳しく話を聞こうとする。すると医務室の扉をノックする音が聞こえ、三人は扉の方を向いた。


「ナチルン先生、いるかい?」

「スローネ先生? ……どうぞ」


 突然やって来たスローネを意外に思いながらナチルンは入室を許可した。許可を得たスローネは静かに扉を開けて医務室に入り、ナチルンと彼女の近くにいるユーキとアイカを目にする。


「何だ、ルナパレスとサンロードもいたのかい」

「スローネ先生……」


 ユーキは小さめの声で呟き、アイカも軽く頭を下げて挨拶する。ナチルンからベーゼ化の理由が分からないと聞かされたからか、二人は少し元気が無い。

 スローネはユーキとアイカの様子が変なことに気付くと小首を傾げながらユーキたちの方へ歩き出し、三人の前まで来ると不思議そうな顔でユーキたちを見た。


「どうした、怪我でもしたのかい?」

「いえ、違うんです。……実は」


 ユーキはナチルンに話したように自分の右手がベーゼ化したことなどを話す。ナチルンでは分からないこともスローネに訊けば情報を得られるかもしれないとユーキは思い、何が起きたのか細かく説明した。

 話を聞かされたスローネは最初こそ驚きの反応を見せていたが、すぐに真剣な表情を浮かべ、質問などはせずに黙ってユーキの話を聞く。

 やがてをユーキが全てを話し終えるとスローネは目を閉じながら腕を組む。


「成る程ねぇ、話は分かったよ」

「スローネ先生、ユーキ君の身に何が起きたのか分かりますか?」


 ナチルンが困ったような顔をしながら尋ねると、スローネは目を開けてチラッとナチルンの方を見た。


「ナチルン先生の言うとおり、ルナパレスの体は前と違う体になってるんだと思うよぉ」


 スローネがナチルンと同じ答えを出したことにユーキとアイカは反応する。二人の教師が同じ答えを出したため、ユーキの体が変化しているのは間違い無いとユーキとアイカは感じていた。

 しかし、どのような変化が出たのか詳しくは分からないため、詳しく聞かせてほしいと思いながらスローネを見つめる。

 ユーキとアイカが見つめる中、スローネは視線を動かし、ユーキとアイカを見つめながら口を開く。


「これはあくまで私の推測だけど、恐らくルナパレスの体は既にベーゼ化してるんじゃないかって思ってる」

「ベーゼ化!?」


 ベーゼ化しているという最も避けたい状態になっていると聞かされたユーキは驚愕し、アイカも右手で口を押えながら驚いた。


「落ち着きな。多分ベーゼになったのは半分だけで、もう半分は人間のままのはずだ。もし完全にベーゼになっているのなら、アンタはナトラ村にいた時と同じ姿になってるはずだからね」


 驚くユーキを落ち着かせながらスローネは完全なベーゼになっていないだろうと伝え、スローネの言葉を聞いたユーキとアイカは少し安心したのか静かに息を吐いた。


「……話を続けるよ?」


 ユーキとアイカが話を聞ける状態になったのを確認したスローネは声をかけ、ユーキたちは真剣な顔でスローネを見つめた。


「ルナパレスはナトラ村で瘴気を取り込んで一度ベーゼ化した。恐らくその時にルナパレスの体質の半分がベーゼと同じ、もしくは近いものに変わったんだろう。そして、サンロードの浄化クリアの能力で体内に残っている瘴気が浄化されて人間に戻った。もしかすると、あの時に体内の瘴気を浄化していなかったら精神も侵されて完全にベーゼのようになっていたかもしれないね」


 スローネの話を聞いていたユーキは自分がベーゼになっていたかもしれないと知って軽く悪寒を走らせる。

 アイカが瘴気を浄化してくれたおかげで完全なベーゼにならずに済んだと聞かされたユーキは改めて助けてくれたアイカに心から感謝をした。


「体質の半分が変われば当然体にも変化が出る。身体能力が高くなったり、感覚が鋭くなったのもそのせいだろうねぇ。つまり、アンタはベーゼに似た力と感覚を得たってことさ」

「ベーゼと同じ力と感覚……ん? ちょっと待ってください。と言うことはアイカも……」


 話を聞いていたユーキは何かに気付いてチラッとアイカの方を向き、スローネはアイカを見て小さく頷く。


「ああ、多分サンロードもアンタと同じように体質の半分がベーゼ化してると思うよ」

「私の体も……」


 自分も半分ベーゼになっていると聞かされたアイカは思わず自分の手を見る。だが、どういうわけか自分の体が変化したことに対して恐怖は感じていなかった。


「今のところは身体能力と感覚以外にハッキリとした変化は見られないようだけど、詳しいことは調べてみないと分からないだろうね」


 今の段階では詳しいことは分からないとスローネは語り、ユーキたちも現状では仕方が無いと納得した様子を見せる。


「それで先生、俺の右手がベーゼ化した理由っていうのは……」


 ユーキは最も気になっている点をスローネに尋ねる。どうして自分の右手はベーゼ化したのか原因を知りたいユーキは目を僅かに鋭くしてスローネを見つめた。

 スローネはユーキの方を見ると自身の髪を指で捩じりながら面倒そうな表情を浮かべた。


「残念だけどそれも分からない。……ただ、ここまでの話からアンタの感情が関係してるんじゃないかって思っている」

「感情?」

「ああ……アンタは町娘たちを傷つけた男に腹を立て、脅すために強化ブーストで腕の力を強化して地面を殴った。その時に予想以上の力が出て地面は大きく罅割れ、地面を叩き割った直後に右手が変色していた」


 西門前の広場の一件を確認するようにスローネはユーキの行動を語る。間違っているところは無いため、ユーキとアイカは黙ってスローネの話を聞いていた。


「多分、ルナパレスが男に腹を立てた、つまり怒りを感じたことで右手はベーゼ化したんだろう」

「どうして怒りが原因だと思うのですか?」


 アイカがベーゼ化の原因が怒りである根拠を尋ねるとスローネはアイカの方を見ながら彼女を指差した。


「サンロード、アンタがベーゼ化するきっかけになった堕落の呪印、あれが発動する条件を覚えているかい?」

「条件? 確か強い怒りを感じた時ってリスティーヒが……ッ! もしかして……」


 何かに気付いたアイカは軽く目を見開きながらスローネを見る。アイカと目が合ったスローネは軽く頷いた。


「アンタの堕落の呪印は怒りが発動の切っ掛けとなり、高濃度の瘴気を発生させた。私はその瘴気でベーゼ化したルナパレスの体は怒りに反応して何かしらの変化を出すと推測したんだ。そして今回、怒りを感じた時にルナパレスの右手はベーゼ化した」


 スローネの話を聞いたアイカは少し驚いたような反応を見せる。

 堕落の呪印の発動条件だけでユーキがベーゼ化する切っ掛けまで推測するスローネの知能の高さにアイカ、ユーキ、ナチルンの三人は感服した。

 

「話は戻るけど、怒りが原因でベーゼ化したルナパレスの手と腕の力はベーゼと同等の力となり、その状態で殴ったことで予想以上の力が出たんだと思う」

「つまり、ベーゼ化したことで右腕の力は人間の腕だった時よりも強くなり、その腕が強化ブーストで強化されたことで地面を割るほどの力が出てしまったっということですか?」

「多分ね。しかも地面に大きな罅割れを入れる程の力を出せるってことは、ベーゼ化した時のアンタは上位ベーゼに匹敵する力を持っている可能性が高い」


 スローネの話を聞いたユーキは難しい表情を浮かべながら小さく俯く。

 ナトラ村でリスティーヒから堕落の呪印の話を聞かされた時、高濃度の瘴気に侵された者は強力なベーゼになるとリスティーヒは言っていたため、ユーキはスローネの言うとおり、ベーゼ化した自分は上位ベーゼに匹敵する力を出すかもしれないと思っていた。


「でも先生、どうしてユーキは右手だけがベーゼ化したのでしょうか?」


 アイカは右手だけベーゼ化した理由が分からずスローネに尋ね、ユーキもアイカの質問を聞いてどうして右腕だけなのか不思議に思ってスローネの方を見た。


「きっと右手で地面を殴ろうとしたから右手だけが勝手にベーゼ化したんだろうね。殴った後に手が変色したのは一度人間に戻った後にベーゼ化したから右手が変化に追いついていなかったんだと思うよ」

「成る程……でも、どうして一度ベーゼ化したユーキの右手が元に戻ったのですか?」


 続けて右手も元に戻った理由を尋ねるとスローネはチラッとユーキの方を向き、スローネと目が合ったユーキは小さく反応する。


「広場から学園に戻るまでの間、ルナパレスは怒りを感じるような出来事とかは起こらなかったんだろう? 恐らく冷静さを取り戻したことで怒りで変化していた腕が戻ったんだと思う」

「頭が冷えたからベーゼ化も解けて元に戻ったってことですか?」

「ああ、一種の小康状態みたいなものだろうね」


 怒りが静まれば自然に元に戻ると聞かされたユーキは安心したような反応を見せる。しかし、逆に言えば怒りを感じれば再びベーゼ化するかもしれないため、気を付けなくてはいけないとユーキは思っていた。


「それにしてもスローネ先生はベーゼのことに詳しいのですね? いつもは面倒くさそうな顔をしてどこか頼りなく見えてたのに」


 ナチルンはベーゼに関して知識が豊富なスローネを意外に思いながら笑い、ナチルンの言葉を聞いたスローネは目を僅かに細くしながら視線だけを動かしてナチルンを見る。


「悪かったね、頼りなさそうで?」

「あ、いえ、そのぉ~、アハハハハ……」


 スローネの機嫌を損ねてしまったと感じたナチルンは苦笑いを浮かべ、そんなナチルンをユーキはジト目で、アイカは苦笑いを浮かべながら見ていた。

 笑って誤魔化すナチルンを見たスローネは呆れたような顔で溜め息を付きながら掛けている眼鏡を指で押し上げた。


「これでも私はベーゼに対抗するためのマジックアイテムを開発する立場なんだよ? 戦う相手の情報や知識くらいは持っているつもりさ」

「そ、そうなんですね……」

「あと、私が学園の生徒だった時の恩師がベーゼに詳しい人だったから、その人に色々と教わったんだよ」


 昔話をしながらスローネは自分がそれなりにベーゼに詳しいことを話す。ユーキたちはこの時、普段気の抜けた口調で喋り、面倒くさそうな態度を取っているスローネが頼もしい存在に感じていた。

 もし次にベーゼに関することで分からないことがあったらスローネに訊いてみようとこの時のユーキとアイカは思っていた。


「とにかく、強い怒りが原因でベーゼ化するかもしれないんだ。できるだけ慎重の行動するようにしなよ? 今回のようなベーゼ化が何度も続けば、いつか完全なベーゼになっちまう可能性だってあるんだからね」

「分かりました」


 忠告されたユーキは真剣な表情を浮かべて返事をする。スローネと話をしたことで疑問に思っていたことが解決し、ユーキは少しだけスッキリした。

 まだ確信は持てないが、分からないままでいるよりはずっといいのでユーキは今回得られた答えでとりあえず満足した。


「それからサンロード、アンタも十分気を付けるんだよ? ルナパレスがベーゼ化した以上、アンタも怒りに反応してベーゼ化するかもしれないんだからね」

「ハイ」


 ユーキと同じように瘴気に侵されて一度ベーゼ化した自分もユーキと同じ条件でベーゼ化し、力を制御できなくなる可能性が高い。アイカは周囲に迷惑をかけないためにもできるだけ強い怒りを感じないよう気を付けようと自分に言い聞かせる。


「そう言えばスローネ先生、何か御用があったんじゃないんですか?」


 ナチルンはユーキとアイカの話が終わるとスローネが医務室にやって来た理由を訊いた。スローネはナチルンの問いかけに反応すると難しそうな表情を浮かべる。


「……学園長からメルディエズ学園の教師全員を集めて緊急会議を行うって言われてね。ナチルン先生を呼びに来たんだよ」

「緊急会議、ですか?」


 突然の会議、それもメルディエズ学園で働く全ての教師が参加すると聞かされてナチルンは意外に思う。

 スローネは難しい顔のままナチルンの方を向き、スローネの顔を見たナチルンは少し緊張したような反応を見せた。


「……会議の内容なんだけど、恐らくルナパレスのことだね」

「え、俺の?」


 緊急会議の議題が自分のことだと知ったユーキは反応し、アイカも驚きの表情を浮かべながらスローネを見る。驚くユーキとアイカに気付いたスローネは二人の方を向くと静かに口を動かす。


「直接学園長から聞いたわけじゃないんだけど、今日アンタたちの外出に同行していた生徒会の生徒から重要な報告を受け、その内容について会議をすると言っていた。今アンタたちから聞いた話のことを考えると、ルナパレスがベーゼ化した件である可能性が高い」

「……面倒なことになりそうですか?」


 ユーキが目を細くしながら尋ねるとスローネは僅かに表情を曇らせて頷く。


「多分ねぇ。生徒会のことだからアンタがベーゼ化したことは既に学園長や他の教師たちに報告してるはずだ。今回の会議でアンタの今後の立場や扱いが変わると思うよ」

「スローネ先生、ユーキはどうなるのでしょうか?」


 右手だけとは言えベーゼ化してしまったユーキがどうなるのか不安なアイカはスローネを見つめ、スローネはアイカを見ながら再び自分の髪を捻じる。


「まだ分からない。ただ、体の一部がベーゼ化すると言う事態になっちまったから、少なくとも今までと同じ生活は送れなくなると思うよ」

「そんな……」


 ユーキが今以上に不自由な生活を強制される可能性があると聞いたアイカは不安そうな顔をする。ユーキが今のような生活を送る羽目になったのは自分が原因であるため、アイカはユーキが不自由な生活を送ることに心を痛めていた。

 アイカの顔を見たスローネは気の毒に思うような表情を浮かべる。ユーキとアイカの行動が制限され、見張られるようになった原因が自分にもあるため、スローネは何とかユーキを助けてやりたいと思っていた。


「そんな暗い顔するんじゃないよ。私も制限を厳しくしないよう学園長たちに言ってみる。アンタたちがこうなった責任は私にもあるんだしね」


 できる限りのことはすると言うスローネの言葉を聞いてアイカはゆっくりと顔を上げ、スローネを見ながら目で「よろしくお願いします」と伝えた。


「とりあえず今はこれまでどおり決められた制限内で行動してな。……さっきも言ったようにベーゼ化に繋がるような行動は控えなるんだよ?」

『ハイ』


 ユーキとアイカはスローネの顔を見ながら声を揃えて返事をする。二人もベーゼ化して問題が起こそうとは思っていないため、目立った行動などは取らずに大人しくしていようと思っていた。

 返事を聞いたスローネはこれから始まる緊急会議に参加するため医務室から出て行き、ナチルンもユーキとアイカに手を振ってからスローネの後をついて行く。

 二人が医務室から出て行くとアイカはユーキの方を向いて若干不安そうな表情を浮かべる。


「学園長たちは貴方をどうするつもりなのかしら?」

「さあな、学園長たちにも立場ってものがあるし、このまま何も無しってことにはならないと思うよ」


 ユーキは真剣な表情を浮かべながら腕を組み、アイカはそんなユーキを無言で見つめる。


「まっ、今の俺たちにできるのは学園長たちが慈悲深い結論を出してくれることの祈るだけだ。とりあえず、会議が終わるまではいつもどおり過ごしてよう」

「ええ、そうね……」


 話が終わるとユーキとアイカは静かに医務室から出て行った。


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