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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
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第百二十七話  医務室での談話


 メルディエズ学園校舎の一階にある部屋。壁や天井は白く、部屋の中には無数のベッドや様々な種類の小瓶が置かれた棚が並んでいる。生徒たちが授業を受ける教室とは雰囲気が違っていた。

 そこはメルディエズ学園の医務室で学園内で怪我をしたり体調を崩した生徒が尋ねる場所だ。

 異世界には回復魔法やポーションがあるため、医務室など必要ないと思われるが学園内で怪我をした場合、学園は生徒たちにポーションを支給せずに医務室に行かせることにしている。これは生徒たちがポーションを乱費するのを防ぐためだ。

 生徒自身が購入したポーションなら使っても問題無いが、ポーションは高価な物であるため、生徒たちも簡単には使おうとしない。

 回復魔法はポーションと違って自由に使ってもいいのだが、医務室でも治せる程度の傷のために貴重な魔力を使って傷を治そうとする生徒は殆どいない。何より、生徒たちが使える回復魔法は外傷は治せても病気は治せず、疲労も取り除くことはできないため、病気などで気分を悪くした時は医務室を尋ねるのだ。


「ん、んん……」


 医務室のベッドで横になっていたユーキは意識を取り戻してゆっくりと目を開ける。目を半開きにしながら視線だけを動かし、自分が今何処にいるのかを確認した。


「……此処は、学園?」


 部屋の雰囲気からユーキは自分が医務室にいることを知る。ナトラ村にいたはずなのにいつの間にかメルディエズ学園に戻り、ベッドの上にいることを不思議に思った。

 自分に何が起きたのか、ユーキはとりあえず横になったまま過去の記憶を辿ってみる。そして、ナトラ村で自分がベーゼになりかかっていたアイカを助け、アイカを人間に戻した直後に意識を失ったことを思い出した。


「そうだ、俺はアイカが元に戻った後に強い眠気に襲われてそのまま……ッ! そう言えば、アイカは……」


 助けたアイカがどうなったのか気になり、ユーキは目を見開きながら起き上がる。医務室を出てアイカの下へ向かおうとするが、起き上がった直後にその考えは消えた。なぜならベッドの隣でアイカが椅子にもたれながら眠っていたからだ。

 アイカはナトラ村にいた時と違って綺麗な制服を着ており、髪もいつもの赤いリボンで纏めたツインテールに戻っている。ユーキはアイカの姿を見て一瞬驚いたような反応を見せるが、アイカが静かに寝息を立てている姿を見て安心したのか小さく笑みを浮かべた。


「……アイカ、あれから無事に戻ってこれたんだな」


 意識を失っている間、アイカの体に問題が起きておらず、ナトラ村からも無事に帰ってこれたのだと知ってユーキは静かに息を吐いた。

 アイカが大丈夫なことを確認したユーキは医務室の中を見回す。医務室には自分とアイカ以外誰もおらずとても静かだった。

 ユーキはとりあえず目が覚めたことを伝えるためにアイカを起こそうとする。すると医務室の扉が開き、一人の女性教師が医務室に入って来た。

 女性教師は身長160cm強で二十代後半、薄いピンク色の長髪に黄色い大きな目をしている。アイカに負けず劣らずにスタイルをしており、白を強調した教師の制服を着ていた。彼女はメルディエズ学園の医務室の担当教師、ユーキの転生前の世界で言うところの学校保健師のような人物だ。


「あら、目が覚めたのね」


 ユーキが起き上がっているのを見た女性教師は静かにユーキの方へ歩いて行く。ベッドの前まで来るとユーキの顔色などを確認し、問題無いことを知るとニコッと微笑みを浮かべる。


「うん、顔色も良いし、起きても大丈夫そうね」

「ありがとうございます、ナチルン先生」


 軽く頭を下げながらユーキは礼を言い、ナチルンと呼ばれた女性教師は笑ったままユーキの頭を優しく撫でる。


「どうしてお礼を言うの? 私は医務室の担当なんだから、生徒を助けるのは当然のことよ」


 母親のような口調でナチルンは語る。ユーキは頭を撫でられることに照れているのか、僅かの頬を染めながらナチルンを見ていた。

 ナチルン・キュゲーリンはメルディエズ学園の教師の中でも若く、その優しい性格と美しさから生徒たちに人気がある。生徒たちの中に悩みのある生徒がいれば、ナチルンはよく相談に乗って生徒たちに様々なアドバイスをしており、母親のように接するナチルンを生徒たちは慕っていた。

 ユーキの頭から手を退けたナチルンは近くにある自分の机に移動し、椅子に座ると机の上の羊皮紙に目を通す。ユーキはナチルンが机に座るのを見ると視線を寝息を立てているアイカに向ける。


「アイカはずっと此処にいたんですか?」

「ええ。ボロボロの格好で医務室に来て、貴方をベッドに寝かせてから起きるのを待っていたわ。ただ、彼女もボロボロだったから着替えさせるために一度寮に帰したけどね」

「そうですか……」

「着替えて戻って来てからはずっと椅子に座って貴方が目を覚ますのを待っていたわ。でも、彼女も疲れていたんでしょうね。用事で医務室を出る時には眠ってしまっていたわ」


 ナチルンはユーキの方を見ながらアイカが何をしていたのか詳しく説明し、ユーキはアイカを見つめながら嬉しく思い、同時に心の中でアイカに感謝した。

 ユーキがアイカを見つめていると眠っていたアイカがゆっくりと目を開け、アイカが目を覚ましたのを見てユーキはフッと反応する。


「アイカ?」

「んん?」


 眠たそうな声を出しながらアイカはベッドの方を見る。僅かにぼやけている視界には起き上がっているユーキの姿が入り、ユーキを見た瞬間にアイカは目を見開いた。


「……ユーキ? 気が付いたの?」

「ああ、ついさっきな」


 ユーキが小さく笑いながら頷くと椅子にもたれていたアイカは体を前に出し、ユーキの顔の数cm前まで自分の顔を近づけてをマジマジと見つめる。

 突然顔を近づけてきたアイカにユーキは思わず目を見開いて驚く。


「体は大丈夫? 痛みとかは無い?」

「あ、ああ……大丈夫、だと思うよ」


 若干興奮したような態度で尋ねてくるアイカにユーキは驚きながら頷く。

 アイカはユーキを顔をしばらく無言で見つめ、大丈夫だと知ると安心したのかもう一度椅子にもたれた。ユーキは目の前に顔を近づけたアイカを見ながら頬を僅かに赤く染めている。


「本当によかったわ。全然目を覚まさないから、どうしたんだろうって心配してたの」

「そ、そうか、心配かけてゴメンな」


 ユーキは照れくさそうにしながら自分の頬を掻き、アイカはユーキを見つめながら嬉しそうに微笑む。今の二人はまるで再開した恋人のようだった。

 ナチルンは二人のやり取りをまばたきをしながら見ている。だが、すぐに何かに気付いたような反応を見せ、微笑みながら立ち上がった。


「サンロードさん、私はルナパレス君が目を覚ましたことを学園長や他の人たちに知らせてくるわ」

「え? あ、ハイ。分かりました」


 アイカは出かけようとするナチルンを見ながら頷く。ナチルンはユーキとアイカを見ながらどこか楽しそうな笑みを浮かべて入口の方へ歩いて行き、そのまま静かに退室した。

 ナチルンが出て行ったことで医務室にはユーキとアイカの二人だけが残った。アイカと二人っきりになってユーキはどうすればいいのか分からず、気まずそうな顔をする。


「そ、そう言えば、俺はどれくらい眠ってたんだ?」


 気まずい雰囲気をなんとかしようと思ったユーキはアイカに自分が眠っていた時間を尋ねる。声をかけられたアイカはユーキに視線を向けた。


「えっと……ナトラ村で意識を失ってからずっと寝ていたから、四時間以上は経っていると思うわ」

「そんなに眠ってたのか……」


 予想以上に長く眠っていたことを知ったユーキは意外に思い、チラッと医務室の窓の方を向いて外を確認する。外は既に夕方になりかかっており、校舎の外には生徒の姿は殆ど無かった。


「貴方は私よりも体が小さく、暴れた私の攻撃を受けながら瘴気を吸収してたから私よりも疲労が多かったんじゃないかってスローネ先生やナチルン先生は言ってたわ」

「そうか……」


 長く眠っていた理由を聞かされたユーキは納得する。すると、スローネの名前を聞いたユーキはスローネから渡された瘴気喰いミアズムイートのことを思い出す。


「そう言えば、俺が使っていた瘴気喰いミアズムイートはどうなったんだ?」

「ユーキの瘴気喰いミアズムイート? ……確か、私が見た時には壊れていたわ」


 アイカの話を聞いたユーキは「やっぱりな」と言いたそうな顔をする。最上位ベーゼであるリスティーヒの力で発生した高濃度の瘴気を吸収したのなら壊れて当然だろうとこの時のユーキは思っていた。


「私の瘴気喰いミアズムイートは三分くらいで壊れちゃったのに、ユーキが五分以上瘴気を吸収し続けることができるとは思わなかったってナトラ村から戻る時にスローネ先生が驚いてたわ」

「ハハハ、俺ってくじ運だけはいいからな。瘴気喰いミアズムイートを選ぶ時も運よく吸収石の耐久度が高い物を取ったんだと思うよ? もしも吸収石の耐久度が低かったら、俺も君もどうなっていたか……」


 くじ運の強さに救われたとユーキは苦笑いを浮かべながら自身の左手に視線を向ける。ユーキの言葉を聞いていたアイカは自分が瘴気に蝕まれたせいでユーキが危険な目に遭ったと僅かに表情を暗くした。


「……ごめんなさい」

「ん? 何だよいきなり」


 アイカが謝る理由が分からないユーキは不思議そうな顔でアイカを見た。


「私がリスティーヒに堕落の呪印を入れられたせいで貴方を危険な目に遭わせてしまった。下手をすれば貴方もあの時にベーゼになっていたかもしれない……だから」


 自分のせいでユーキがベーゼになりかかったことに罪悪感を感じるアイカは辛そうな声を出しながら俯く。

 ユーキは暗くなっているアイカを見るとベッドの上を移動し、椅子に座っているアイカと向かい合うようにベッドの端に座った。


「あれは君のせいじゃない。悪いのはリスティーヒなんだ、だから謝る必要なんてないよ」

「でも……」

「それにあの時は俺が自分の意思で決めたんだ。俺が君を助けたいと思ったから助けた。だから気にしなくていい」


 優しいユーキの言葉を聞いたアイカは顔を上げ、軽く目を見開きながらユーキを見る。

 目の前にいる少年は自分のために命まで懸けてくれた、アイカはユーキの優しさと覚悟に驚くと同時に嬉しさを感じていた。


「……ユーキ、どうしてそこまでしてくれるの?」

「ん?」

「ユーキが強くて優しいことは知ってる。でも、だからと言ってあそこまでするなんて危険すぎるわ。助けられるかどうか分からない状況なのに私のためにあんなこと……」


 アイカはユーキがなぜ危険を冒してまで自分を助けたのか分からず、ユーキの目を見ながら尋ねる。この時のアイカはユーキの意思を知りたく、真剣な表情を浮かべてユーキを見つめていた。

 ユーキはアイカの顔を無言で見つめ、しばらくすると目を閉じながら俯いて小さく笑う。


「……君だからやったんだよ」

「え?」


 アイカはユーキの言葉を聞いて思わず反応する。声は小さかったが、二人だけの静かな医務室ではユーキの小さな声はアイカにハッキリと聞こえていた。

 小さな声で言ったのにアイカが反応したことで自分の言葉が聞こえていたと知ったユーキは思わず目を開けて驚きの反応を見せる。顔を上げてアイカの方を見ると、そこには不思議そうな顔で自分を見つめるアイカの顔があった。


「ユーキ、今のってどういう意味?」

「え? あ~いや、そのぉ……」


 ユーキは頬を赤くしながら自身の頭部を掻き、視線を動かしてアイカの顔を見ないようにする。この時、ユーキはアイカの顔を見て鼓動が高まり、落ち着くことができない状態だった。

 過去にも似たような体験をしていたユーキは自分がアイカに懐いている感情が何なのか少しずつ分かるようになっていた。だが、転生前も経験したことが無かったことなので、どうすればいいか分からずにいる。

 アイカはユーキを見つめながら彼が答えるのを待つ。アイカの視線を気にしながらユーキはどうすればいいのか考える。しばらく考えた後、ユーキは深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、静かにアイカと向かい合う。


「……アイカ、君に伝えようと思っていたことがあるんだ」

「え?」


 突然真剣な顔で自分を見つめるユーキにアイカは驚く。この時、アイカにはユーキが十歳の児童ではなく十八歳の少年に感じられ、緊張しながら頬を薄っすらと赤く染めていた。

 静かな医務室でユーキとアイカは無言で見つめ合う。今ならどんなことでも口にでき、誰にも聞かれることは無い。秘密の会話をするにはうってつけの状況だった。


「えっと……伝えたいことって?」


 アイカは恥ずかしそうな顔をしながら小さな声で尋ね、ユーキは同じような表情を浮かべながらアイカを見つめた。


「アイカ……実は俺……君が……」


 ユーキは勇気を出して自分の気持ちをアイカに伝えようとし、アイカも黙ってユーキの言葉を待つ。

 だがその時、静かだった医務室の扉が勢いよく開き、医務室に大きな音が響いた。


「おーい、ルナパレス! 目が覚めたって本当かぁ!?」

『!!?』


 聞き覚えのある男性の声にユーキとアイカは驚き、同時に入口の方を向く。そこには笑いながら右足を上げるフレードの姿があった。どうやらフレードは勢いよく扉を蹴り開けたようだ。

 笑っているフレードの後ろにはパーシュの姿があり、呆れたような顔をしながらフレードを見ていた。


「おお? 本当に起きてやがったか」

「せ、先輩たち、どうしたんですか?」


 ユーキが動揺しながら尋ねるとフレードは笑いながら医務室に入り、パーシュのその後に続いて入室した。


「さっきそこでナチルン先生と会ってお前が目を覚ましたって聞いたんだよ。それで様子を見に来たってわけだ」

「そ、そうだったんですね。わざわざすみません……」


 苦笑いを浮かべながらユーキは礼を言い、アイカも同じように苦笑いをしながらパーシュとフレードを見つめる。

 二人は先程まで見つめ合っていたため頬がまだ赤く、パーシュとフレードにさっきのやり取りを見られていたのではと心配していた。だが、二人の様子から気づいていないと知って安心する。


(折角いい雰囲気だったのに、タイミング悪いなぁ……)


 ユーキはパーシュとフレードを見つめながら心の中で呟く。しかし二人も自分を心配して様子を見に来てくれたため、不満などは感じずに感謝した。


「気分はどうだい? どこか痛んだりするかい?」


 パーシュはアイカの隣まで来ると座っているユーキに体が問題はないか尋ねる。高濃度の瘴気を取り込んだため、パーシュはユーキの体に異常が無いか心配していた。


「大丈夫です。痛みはありませんし、体が怠いとかそう言ったこともありません」

「そうかい。……でも、気を付けな? アンタは高濃度の瘴気を体に入れちまったんだ。今は何もなくても後で問題が起きる可能性だってあるんだ。何か起きたらすぐに教師に相談するんだよ?」

「勿論」


 ユーキは心配してくれるパーシュは見ながら頷く。パーシュの隣にいるアイカはユーキを見て小さく笑っていた。

 アイカが笑っているとパーシュはチラッとアイカの方を向き、目を細くしながら彼女を見つめる。


「アイカ、笑っているけど、アンタも瘴気を体内に流し込まれてるんだよ? アンタの体にも何かしらの異常が起きても不思議じゃないんだから、気を付けな?」

「え? ……あ、ハイ」


 忠告を受けたアイカは少し驚いた顔をしながら返事をし、パーシュは返事を聞くと「よし」と言いたそうな笑みを浮かべ、アイカの頭を優しく撫でる。頭を撫でられたアイカは恥ずかしそうな顔をしながらパーシュを見た。


「コイツらはお前が思っている以上に体が丈夫なんだよ。必要以上に心配しなくてもいいだろう」


 アイカの頭を撫でるパーシュを見ながらフレードは呆れた口調で声をかける。フレードの声を聞いたパーシュはアイカの頭を撫でるのを止め、僅かに不機嫌そうな顔をしながらフレードの方を向く。


「先輩が後輩の心配をして何が悪いんだい? あたしはアンタと違って自分の後輩を大切に思ってるんだよ」

「俺が後輩を大切にしてねぇってのか? 俺はコイツらが瘴気ごときに負けるわけねぇって信じてたんだよ。心配ばかりして後輩を信じられねぇテメェと一緒にすんじゃねぇ」


 お互いに低い声を出して喋るパーシュとフレードは目を鋭くして睨み合う。二人はユーキとアイカは信用し、体の方も心配している。しかし、お互いの考え方や心配の仕方が違うため、相手の考え方が納得ができず口論になってしまった。

 ユーキとアイカは自分たちが原因で口喧嘩が始まってしまったと感じ、僅かに複雑そうな表情を浮かべながらパーシュとフレードを見ていた。


「あたしだってこの子たちを信じてたさ。だけどね、信じていても後輩の体を心配するのは当たり前のことだろう?」

「心配し過ぎると逆に後輩たちから自分たちを信じてくれてねぇって思われちまうぞ」

「心配してくれない冷たい先輩だって思われるよりはマシさ」


 パーシュはフレードを睨みながら腕を組み、フレードも遠回しに自分を冷たい男だと言うパーシュを睨んで拳を鳴らす。

 ユーキとアイカはパーシュとフレードの様子を見て、二人を止めなくてはと少し慌てるような顔をする。すると、再び医務室の扉が開いて誰かが入って来た。


「医務室で揉めるのは感心しないな」


 声を聞いたユーキとアイカは入口の方を向き、パーシュとフレードも口論を中断して扉の方を向く。四人の視線の先にはこちらを見ているカムネスが立っており、その隣には無表情のフィランの姿があった。


「会長、フィラン」

「ナチルン先生から君が目を覚ましたと聞いて様子を見に来た」


 パーシュとフレードに続いてカムネスとフィランまでもが来てくれたことにユーキは意外そうな顔をし、アイカも軽く目を見開いてカムネスとフィランを見ている。

 カムネスとフィランは静かにユーキたちの方へ歩いて行き、ユーキが座っているベッドの前まで来るとカムネスはユーキの方を見た。


「ルナパレス、体調はどうだ?」

「あ、ハイ。どこも異常はありません」

「そうか」


 ユーキが大丈夫なことを知ったカムネスは表情を変えずに静かに呟く。

 パーシュはカムネスが自分と同じようにユーキの体調を気にするのを見て生徒会長も後輩の心配をするのだと知り、フレードの方を見ながらニッと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。フレードはパーシュが何を考えいるのか察し、小さく舌打ちをした。


「わざわざありがとうございます」

「気にしなくていい。僕も君に話があったからね」

「そうですか……フィランもありがとな?」

「……ん。瘴気に耐えた二人が気になって見に来た」


 カムネスの隣に立つフィランは無表情のまま語る。普段、人と関りを持とうとしないフィランが自分に会いに来てくれたことにユーキは内心驚いていたが、フィランが自分のことを気にして来てくれたのかもしれないと感じ、少しだけ嬉しく思っていた。


「それで会長、ユーキに一体どのようなお話が?」


 アイカはカムネスの話とやらが気になって尋ねた。


「正確にはルナパレスと君に話がある。君が医務室にいてくれたのはラッキーだったよ。探す手間が省けた」

「私にも、ですか?」


 ユーキだけでなく自分にも関係する話だと聞いてアイカは不思議そうな表情を浮かべる。ユーキやパーシュ、フレードもどんな話なのか気になってカムネスに注目した。

 周りを見てユーキたちが自分の話を聞く状態であることを確認したカムネスは静かに口を動かした。


「……既に察していると思うが、話というのは君たち二人のベーゼ化についてだ」


 カムネスが話し始めると、ユーキとアイカは「やっぱり」と思いながら真剣な表情を浮かべる。パーシュとフレードも薄々気付いていたのか黙って話を聞いており、フィランは無表情のままカムネスを見ていた。


「今回の緊急依頼でルナパレスとサンロードは高濃度の瘴気に侵され、短い時間だがベーゼ化してしまった。教師たちは君たちに異常が無く、人間に戻ったことで何も問題は無いと考えている。だが、ハージャック教頭は君たち二人が再びベーゼ化するかもしれないと危険視し、幽閉して監視するべきだと言っていたそうだ」

「ハージャック教頭が?」

「ケッ、コイツらがどんな状態なのかハッキリと分かっていねぇのに危険だと決めつけやがったか。態度はデケェくせに気は小せぇな、あのデブは」


 ロブロスの意思を聞いたパーシュは僅かに目を細くし、フレードは苛立ちを露わにする。ユーキとアイカはロブロスが自分たちを幽閉しようとしていると知って僅かに眉間にしわを寄せた。

 カムネスはユーキたちの反応を見るとそのまま話を続けた。


「学園長や重役の教師たちは君たちが人間に戻ったことでベーゼ化する可能性は低くと考えている。だが、絶対にベーゼ化しないとも言い切れない。そこでしばらくの間、君たちの体を検査しながら様子を見ることにしたそうだ」

「それは学園長が決めたことですか?」


 ユーキが尋ねるとカムネスは小さく頷いた。


「学園長もメルディエズ学園の責任者だ。他の生徒や周囲の人間に危険が及ぶ可能性がある以上、何もせず君たちにいつもどおりの生活を送らせることはできないと考えたのだろう」

「まあ、当然でしょうね」


 ガロデスの考え方は間違っていないと考えるユーキは納得し、アイカも仕方が無いと思いながらユーキを見た。

 ユーキとアイカにはベーゼ化する気など無く、ベーゼ化する感覚なども一切無い。それなのに危険な存在と見られれば普通は不快に思うだろう。だが二人は教師たちが不安になるのも無理はないと思っているため、文句を言おうとは思っていなかった。


「学園はしばらくの間、君たちに依頼を受けさせず、ベーゼ化しないか見張るそうだ。そして、ベーゼ化の心配が無いと判断したら依頼を受けることを許可するらしい」

「依頼を受けるのも禁止なのですか?」


 アイカは少し驚いたような顔をしながらカムネスに尋ねる。するとカムネスの代わりにパーシュがアイカの問いに答えた。


「大方、依頼を受けて町の外に出た時にベーゼ化したら面倒なことになると思って禁止したんだろう。あと、自分たちの目の届くところに置いておきたいって気持ちもあるんだろうね」

「な、成る程……」


 パーシュの説明を聞いてアイカは納得する。確かに危険な存在を見張るのに目の届かないところに置いておこうなど考えない。もし自分が見張る側なら同じことを考えているだろうとアイカは思っていた。


「改めて通達する。ルナパレス、サンロード、君たちにはしばらくの間、決められた制限内で生活してもらう。……とは言え、許可が出るまで学園から出るなというのも厳しすぎる。学園長たちもバウダリーまでなら外出を許可するそうだ」

「えっ、ホントですか?」


 メルディエズ学園に隣接するバウダリーの町になら行っても構わないと聞かされたユーキは意外に思う。てっきり学園から出ることはできないと思っていたため、外出できることにユーキとアイカは内心喜んでいた。


「ただし、町に行く際には生徒会のメンバーが同行する。外出している間の君たちの状態確認や問題が起きた時に対処するためにね」


 見張りがついて来ると聞かされたユーキとアイカは状況から仕方が無いと思ったのか嫌そうな顔はせずにカムネスの話を聞いている。


「行動制限は明日から始まる。制限内であれば授業を受けるなり、訓練をするなり、何をしても構わない。外出する際は必ず生徒会室に来て手続きをしろ」

「分かりました」


 ユーキはカムネスを見ながら返事をし、アイカも理解したのか無言でカムネスを見ている。明日から問題無く行動するためにもカムネスの話はしっかり聞いておこうと二人は思っていた。

 それからカムネスは外出できる時間の説明や行動制限中の注意事項などを説明し、ユーキとアイカは忘れないようにしっかりと覚えた。

 やがてカムネスの話が終わり、真剣に話を聞いていたユーキとアイカは少しだけ気持ちを落ち着かせる。

 説明を済ませたカムネスは話を聞いていたパーシュとフレードに視線を向けて声をかけた。


「さて、僕はこれで失礼するが、お前たちはこれからどうする?」

「あたしも行くよ。ちょっと図書室で調べたいことがあるしね」

「俺は寮に帰るわ、校舎にいてもやることなんてねぇしな」


 パーシュとフレードの答えを聞いたカムネスは続けてフィランの方を向き、彼女の意思を確認しようとする。


「……二人を見たから、もう行く」


 そう言うとフィランは医務室の入口の方へ歩いて行き、ユーキとアイカは歩いて行くフィランの後ろ姿を黙って見つめる。


「それじゃあ、あたしらも行くよ。ユーキ、アイカ、色々大変だろうけど、頑張りなよ」

「じゃあな」

 

 パーシュとフレードはユーキとアイカに挨拶をするとフィランの後を追うように出入口の方へ歩いて行き、カムネスも無言で二人の後をついて行く。四人は静かに医務室を後にし、残されたユーキとアイカはパーシュたちを見送った。

 四人がいなくなり、再び医務室で二人っきりになったユーキとアイカはお互いの顔を見てパーシュたちが来る前の話の続きをしようとする。だがそこへ医務室を出ていたナチルンが戻り、二人っきりの時間は終わってしまった。

 ナチルンが戻ったことでユーキはアイカと二人だけで話をするチャンスを失う。目が覚めたことで医務室にいる必要も無くなったため、結局その日は自分の気持ちを伝えられずに男子寮へと戻っていた。

 アイカもユーキの話を聞けなかったことを残念に思いながら女子寮へ戻って行く。寮に向かう間に話してほしいと言ったのだが、学園内にはまだ他の生徒たちがおり、ユーキが周りに人がいる時には話したくないと言ったため諦めた。


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