第百二十六話 重要報告
メルディエズ学園に戻るとカムネスとスローネは生徒たちにやるべきことを指示する。討伐依頼を終えて大勢の生徒は疲れているが、依頼の完遂報告などを全て終わらせてようやく依頼が終了したことになるため、疲れていてもそのまま解散と言うわけにはいかなかった。
カムネスはパーシュやフレード、フィランなど動ける生徒たちに救出した村人たちが寝泊まりできる場所の用意、緊急依頼で使用した道具の片付けを指示する。パーシュたちは言われたとおり与えられた仕事に取り掛かった。
アイカはスローネに言われ、未だに眠り続けているユーキを医務室へ連れて行く。
生徒たちが仕事に取り掛かったのを確認したカムネスは校舎に入り、依頼を終えたことを受付嬢に伝えに向かった。
スローネはカムネスと一緒に行かず、階段を上がって学園長室へ向かう。理由は勿論、手に入れた情報をガロデスや他の教師たちに報告するためだ。
今回の討伐依頼でユーキたちはリスティーヒと言う最上位ベーゼの存在やリスティーヒが混沌術を使えるという重要な情報を得た。特に自分たちの切り札と言える混沌術をベーゼが使えることは今後のベーゼとの戦いに大きく関わる内容であるため、絶対に報告しなくてはいけない。
スローネは一秒でも早くガロデスたちに伝えなくてはという気持ちを懐きながら早足で学園長室へ向かった。
学園長室の前は着くとスローネは焦りからか扉を素早く三回ノックする。すると、すぐに扉の向こうからガロデスの声が聞こえてきた。
「どなたですか?」
「私です、スローネです」
ガロデスの声を聞いたスローネは扉を見つめながら返事をする。今のスローネは普段のように気の抜けた声を出さず、メルディエズ学園の教師らしい声を出していた。
「スローネ先生? ……とりあえず、入ってください」
突然スローネが学園長室にやって来たことを不思議に思いながらもガロデスは入室を許可する。許可が出るとスローネは素早く扉を開けて学園長室へ入った。
部屋の中ではガロデスが自分の机に座りながら書類と思われる羊皮紙にサインをしており、スローネはガロデスの方へ歩き出す。そして、机の前までやって来るとスローネは真剣な表情を浮かべながらガロデスを見つめた。
「いったいどうなさったのですか?」
「学園長、重要な話があります。すぐに重役の教師たちを全員集めてください」
詳しい説明をせずにいきなり教師たちを召集してほしいと言い出すスローネを見てガロデスは驚いたのか軽く目を見開く。
普通ならどうして教師を集めてほしいのか理由を聞き、納得する内容なら召集するのだが、この時のガロデスはスローネの様子と彼女のボロボロになっている服装から何かあると悟っており、詳しく話を聞く必要は無いと考えていた。
「……分かりました、すぐに他の方々を集めましょう」
「ありがとうございます」
スローネは軽く頭を下げてガロデスに礼を言い、ガロデスはスローネを見ると持っている羽ペンをペンスタンドに挿した。
「とりあえず、皆さんが集まるまで少し時間があります。先生も着替えてこられたらどうでしょう?」
ガロデスはスローネのローブを見ながら着替えてくることを勧め、スローネも自分の格好を見て反応する。
スローネはリスティーヒとの戦闘で傷を負い、その時に着ていたローブもボロボロになってしまった。スローネ自身の傷はポーションで綺麗に治っているが服は直らず、所々に血も付着している。
急いで報告したくても教師が集まっていないのでは意味が無い。スローネは自分を落ち着かせるためにも着替えて一度気持ちを切り替えようと考える。何より、これから重要な報告をするのにボロボロの格好のままでいるのは他の教師たちに失礼かもしれないと感じていた。
「分かりました、着替えてくるのでちょっと失礼します」
そう言ってスローネはガロデスに一礼し、着替えてくるために学園長室を出ていく。スローネが退室した後、ガロデスはどのような報告なのだろうと考えながら他の教師たちを呼びに向かった。
それからガロデスはオーストなどメルディエズ学園でも重要な役職を与えられている教師たちを学園長室に集め、スローネが戻ってくるのを待った。そして教師たちが集まってから数分後、ローブから普段着ているメルディエズ学園の教師の制服に着替えたスローネが学園長室に戻って来る。
スローネは学園長室を見回し、集まっている教師たちがを確認する。ガロデスは自身の机に座りながらスローネを見ており、彼の左側には追跡と潜入の顧問であるオースト、魔法顧問のコーリア、数名の重役の教師が立っており、右側には教頭であるロブロスが立っている。全員が静かにしながら入口前に立つスローネに注目していた。
重役の教師を見たスローネはゆっくりと歩き出してガロデスたちの前に移動し、席に座っているガロデスの方を向いた。
「スローネ先生、重役の皆さんは揃っています。早速ですが報告をしていただけますか?」
「ハイ」
スローネは返事をしながら小さく頷く。集まっているオーストたちの中には忙しい中、理由も聞かされずに召集されたため若干不満を感じていたる教師もいる。だが、つまらない理由で召集されるはずがないのでとりあえずスローネの話を聞いてみようと思っていた。
「で、どんな内容なのだ? 忙しい私まで呼び出したのだから当然メルディエズ学園にとって重大な内容なのだろうな?」
自身の髭を整えながらロブロスは低い声でスローネに尋ねる。他の教師たちと違ってロブロスは理由も分からずに召集されたことへの不満をハッキリと顔に出ており、オーストたちは「やれやれ」と言いたそうな顔で不機嫌なロブロスを見ている。
スローネはチラッとロブロスを見た後、もう一度ガロデスの方を向いて静かに口を開いた。
「数時間前、バウダリーの東にあるナトラ村から緊急のベーゼ討伐依頼は入ったんです」
「緊急の? 初耳ですね」
オーストはスローネを見ながら呟き、他の教師たちも意外そうな反応を見せながらスローネの話を聞いていた。
「ナトラ村がかなり危険な状態だったからね。学園長やアンタたちに報告する余裕が無かったんだよ」
「成る程……」
スローネの話を聞いてオーストは納得し、ガロデスやコーリアたち、他の教師たちも同じように納得する。だが、ロブロスだけは不機嫌そうな顔のままスローネを見ていた。
「そんなことを報告するために私たちを集めたのか?」
「まさか、ここからが重要なんですよ。……実は私もその緊急の依頼に参加し、生徒たちと共にナトラ村へ向かったんです。村に着いた直後、私たちは分かれてベーゼの討伐を開始しました」
説明を再開したスローネはナトラ村に着いてから何をしたのか説明していき、ガロデスたちはスローネの話を静かに聞いていた。
「緊急依頼にはルナパレスや神刀剣の使い手が全員参加したため、問題無くベーゼを討伐し、村人たちも救出できると思っていました。ですが、ベーゼによる被害はこっちが予想していた以上に酷く、既に多くの村人が瘴気に侵されて蝕ベーゼと化していました」
「何と言うことでしょう……」
村人を救えなかったことを聞かされたガロデスは小さく俯きながら表情を曇らせ、オーストたちも悔しがったり残念そうな表情を浮かべる。
緊急依頼は受けた時には既に依頼のあった場所の被害が大きくなっており、大勢の犠牲者が出ていることが多い。そのため、生徒たちを派遣しても被害を最小限にすることは難しく、良い結果になる可能性は低かった。
今回スローネたちが受けた討伐依頼も緊急であったため、犠牲者を少なくするのは難しかっただろうと教師たちは考えていた。だがそれでも村人の被害が最小限であってほしかったと思ってしまう。
「私たちは一人でも多くの村人を救出するために奮闘しました。ですがその時、とんでもない敵が現れたんです」
「とんでもない敵?」
「リスティーヒと名乗る最上位ベーゼです」
「さ、最上位ベーゼ!?」
ガロデスは現れたのが最強クラスのベーゼであると聞かされて驚愕し、ロブロスたちも驚きの反応を見せていた。
「リスティーヒの力は強大でした。しかも奴は……」
スローネはガロデスを見つめながら自分がナトラ村で見たことを静かに説明する。ユーキや自分がリスティーヒに全く歯が立たなかったこと、リスティーヒがベーゼでありながら混沌術を開花させていたことなど、絶対に伝えなくてはいけないことをガロデスたちに全て話した。
更にユーキとアイカがリスティーヒの能力で高濃度の瘴気に侵されたたことや瘴気喰いとアイカの混沌術を使って生き残ったことも伝えた。二人の身に起きたこともこの先、重要になってくるだろうとスローネは考えており、正直に伝えることにしたのだ。
「……以上がナトラ村の討伐依頼で得た情報です」
スローネはナトラ村で起きたことを話し終わると口を閉じ、話を聞いたガロデスたちはとんでもない状況になっていることを知って緊迫した表情を浮かべた。
「まさかベーゼが混沌術を開花させていたとは……」
「学園長、どうしてベーゼが混沌術を?」
ベーゼが混沌術を開花させたことが信じられないコーリアは深刻そうな顔をしながらガロデスに尋ねる。ガロデスはチラッとコーリアの方を見ると難しい表情を浮かべながら口を動かす。
「分かりません。ただ、三十年前のベーゼ大戦から今日までベーゼが混沌術を開花させたという情報は一つもありませんでした」
「なら、リスティーヒとか言うベーゼが嘘を言っていたのでは?」
ロブロスがガロデスを見ながら語り掛け、ロブロスの話を聞いた教師たちはあり得ると感じてロブロスに視線を向ける。
「その可能性は低いと思いますよぉ? リスティーヒの右手の甲には混沌紋が入っていましたし、奴は私の泥の足枷で動きを封じられた時に泥を光らせて拘束から逃れました。きっと混沌術を使って脱出したんだと思います」
「お前はベーゼの言うことを信じると言うのか?」
「可能性は高いと思ってます。何しろこの目で見たんですからねぇ」
気の抜けたような口調に戻ったスローネは自分の目を指差しながら語り、ロブロスはスローネの話を聞くとつまらなそうな顔で舌打ちをした。
ガロデスたちもスローネの話を聞いてベーゼが本当に混沌術を開花させているかもしれないと考えており、嘘をついていると決めつけるべきではないと思っていた。
「……随分昔になりますが、ベーゼが混沌術を手に入れようとしていたという話を聞いたことがあります」
「本当ですか?」
オーストが意外そうな顔でガロデスに尋ねると、ガロデスは小さく頷いた。
「ベーゼは混沌術を手に入れるため、混沌士を捕らえて蝕ベーゼに作り変えていたそうです。ベーゼを研究している魔導士から直接聞きましたから間違い無いでしょう」
「……それで、ベーゼは混沌術を使える蝕ベーゼを手に入れたのですか?」
「いいえ。どういうわけかベーゼに作り変えられた混沌士は混沌術を使えなくなり、混沌紋も消滅したそうです。つまり、作り変えられた混沌士はただのベーゼになってしまったということです」
「なぜです?」
「分かりません。今でも調べているそうですが、まったく情報が得られていないようです」
小さく首を横に振るガロデスを見ながらオーストは難しそうな表情を浮かべた。
「とにかく、ベーゼが混沌術を開花させた可能性が出てきた以上、今までのように戦うのは危険です。一度、集会を開いて全ての生徒たちに忠告し、混沌術を使うベーゼへの対抗策を練る必要があります。あと、陛下にもこのことを報告し、帝国や東国にもお伝えするよう進言するつもりです」
「しかし、まだベーゼが混沌術を使えるかどうかハッキリと分かったわけではありません。今の段階で報告すると軍や国民が混乱する可能性が出てくるのではないでしょうか?」
混乱を招く可能性があると考えたオーストは報告はまだするべきではないとガロデスに進言する。
確かにハッキリと分かっていない状態で悪い知らせをすると騒ぎになる可能性がある。一部の教師たちも報告はやめた方がいいと思ったのか複雑そうな顔をしていた。
「オースト先生の仰るとおり確信はありません。ですが、少しでも可能性がある以上、例え確信を得ていなくても報告はするべきです。ベーゼが混沌術を使える可能性があると知っていればそれだけでも対策を練ることができますから」
ベーゼが混沌術を使える可能性が少しでもある以上、報告してラステクト王国や他の国が対抗できるようにしておいた方がいいとガロデスは語り、それを聞いたオーストや他の教師たちは納得したような反応を見せた。
「勿論、まだ確信を得ていないことは陛下や他の貴族の方々にもちゃんと伝えます。ハッキリ分かっていない状況で間違い無いなどと伝えればそれこそ混乱を招きかねませんから」
「分かりました、生徒たちにも同じように報告することにしましょう」
ガロデスはオーストの方を向くと「お願いします」と軽く頭を下げる。
ベーゼが混沌術を使えるかどうかはこれから少しずつ情報を集めて調べればいい。ガロデスたちはベーゼの情報を得られるようできる限りのことはやろうと思っていた。
「学園長、最上位ベーゼは通常の瘴気よりも濃度の高い瘴気を発生させることができるみたいです。この先、高濃度の瘴気が発生したり、そう言った瘴気をばら撒くベーゼが現れる可能性がありますのでそっちの対策もした方がいいと思います」
リスティーヒの混沌術の話が終わるとスローネは次に高濃度の瘴気の対策方法について話し始め、ガロデスたちはスローネに注目する。
ナトラ村で高濃度の瘴気は瘴壊丸でも分解できないことを知ったスローネは生徒たちが戦いやすいようにするため、高濃度の瘴気に対抗するための薬や道具を開発するべきだと思っていた。
「確かに高濃度の瘴気は毒素も強く、体内に入ってしまったら通常の瘴気よりも早く体が浸食されてしまいます。人々のベーゼ化を防ぐためにもより優れたマジックアイテムなどが必要になるでしょう」
「ええ、ですから私は瘴壊丸の改良と新しいマジックアイテムの開発をするために今まで以上に部屋に籠ることが多くなると思いますので、よろしくお願いしますねぇ」
「分かりました、そちらの方はスローネ先生にお任せします」
ガロデスから自由に活動してもよいという許可を得たスローネは小さく笑った。生徒たちが強力なベーゼと遭遇した時や毒素の強い瘴気を目の当たりにした時に問題無く対処できるようにさせたいと思っているガロデスたちはスローネに優れたマジックアイテムなどを開発してくれることを期待していた。
「……そう言えば、ユーキ君とアイカさんはどうしているのですか?」
瘴気に関する話題が出たことでガロデスはユーキとアイカのことを思い出し、スローネに二人の現状を尋ねた。
スローネから緊急依頼の説明を聞かされた時にガロデスたちはユーキとアイカがリスティーヒの瘴気に侵されてベーゼになりかかったと聞かされた。高濃度の瘴気に体を蝕まれたと聞かされた時はガロデスやオーストたちは衝撃を受けていたが、無事に元に戻り、メルディエズ学園に帰って来たと聞いて安心する。
しかし、戻って来てからどうなったのかはまだ詳しく聞かされていないため、ユーキとアイカが今どうしているのか気になっていたのだ。
「学園に戻った直後、二人は医務室へ向かいましたよ。短い時間とは言えベーゼ化してしまいましたからねぇ、医務室で体に異常が無いか調べるよう言っておきました」
「学園に戻った時、お二人はどんな状態だったのです?」
「サンロードは意識がありましたけど、ルナパレスはナトラ村を出発してからずっと眠ったままでしたよ。何しろサンロードの体から瘴気を自分に体に流し込んだ上、暴走していたサンロードの攻撃を受けてましたからねぇ。サンロード以上に体に負担が掛かっていたはずですよ」
ナトラ村を出てからメルディエズ学園に戻るまでの間、ユーキの意識が戻ることは無かったと聞かされガロデスは不安そうな表情を浮かべた。
メルディエズ学園の生徒とは言え、まだ十歳の児童なのでガロデスはユーキが無事なのか心配していた。しかも自分を盗賊から助けてくれた恩人であるため、誰よりもユーキの身を案じている。
「……ユーキ君とアイカさんは今も医務室に?」
「多分まだいると思いますよ。眠っているだけとは言え、寮の自室に一人で寝かせるわけにもいきませんからね。サンロードも責任を感じてルナパレスの傍にいると思います」
「そうですか。……こればかりは私たちにはどうすることもできません。ユーキ君が早く目を覚ましてくれることを祈りましょう」
自分にできるのはユーキの体力を信じ、意識を取り戻すことを願うだけだと感じたガロデスは呟き、スローネやオーストたちもガロデスと同じ気持ちなのか黙ってガロデスを見ていた。
「ところで、ルナパレスとサンロードは問題無いのか?」
黙って話を聞いていたロブロスがスローネに声をかけ、スローネはロブロスに視線を向ける。
「さっきも言ったようにルナパレスは眠っているだけですし、サンロードも意識はあります。突然状態が悪くなるような事態にはならないと思いますよぉ?」
「違う、そう言う意味ではない」
ロブロスはスローネの方を見ながら首を軽く横に振り、ロブロスの反応を見たスローネは反応する。てっきりユーキとアイカの身を案じているのだと思っていたのに、ロブロスが二人の体を心配しているのではないと知って少し驚いた。
スローネやオーストたちが見つめる中、ロブロスは自分の髭を整えながら目を僅かに鋭くした。
「あ奴らが再びベーゼ化する可能性はあるのかと訊いているのだ」
ロブロスの口から出た言葉を聞いてスローネたちは黙ったまま目を見開き、ガロデスは反応してロブロスに視線を向ける。ロブロスの発言で学園長室の空気は僅かに張り詰めたような空気へと変わった。
「ハージャック教頭、それはどういう意味ですか?」
オーストが僅かに低い声で尋ねると、ロブロスは自分の言葉の意味を理解できないオーストを面倒そうな顔で見た。
「あの二人は最上位ベーゼが作り出した濃度の高い瘴気に体を蝕まれ、一度はベーゼ化したのだろう? 今は人間の姿に戻っているようだが、一度ベーゼ化した存在がそのまま何事も無く人間として生活できるとは思えん。何かの弾みで再びベーゼと化し、周囲の人間に危害を加える可能性があると私は思っている」
ロブロスの発言にガロデスとコーリアは反応し、オーストとスローネは不満そうな表情を浮かべる。いくら一度ベーゼ化したとはいえ、ナトラ村を救うために命を懸けて戦った生徒を危険な存在だと言ったため、ガロデスたちはロブロスの発言に内心驚いていた。
「……教頭先生、何の根拠も無しに二人が再びベーゼになると決めつけ、危険視するのはどうかと思いますよ?」
「甘いですぞ、学園長。一度でもベーゼになったのですから、再び同じ状態になると考えるのは当然のことでしょう。もしあ奴らがもう一度ベーゼ化して周りの生徒やバウダリーの町の住民たちを襲ったらとんでもないことになります」
ユーキとアイカが危害をもたらす存在だと語るロブロスをガロデスは真剣な表情で見つめる。
確かにロブロスの言うとおり、ユーキとアイカが再びベーゼ化する可能性は無いとは言えない。だが、二人がベーゼ化する根拠も無いため、ガロデスはロブロスの考えはただの思い込みだと思っていた。
「……絶対にあり得ないと断言はできないでしょう。しかし、ベーゼ化する兆候も見られません。今の段階で二人を危険な存在と決めつけるべきではないと思います」
「そうですよぉ。二人には大きな異常は無いし、サンロードの浄化で体内の瘴気は浄化したんですよ。そこまで心配する必要は無いでしょう?」
ロブロスの考えをおかしく思うスローネは自分の髪を指で捩じりながら言う。すると、スローネの言葉を聞いたロブロスは表情を険しくしてスローネに鋭い視線を向ける。
「お前は危機感が無さすぎるのだ! そもそもあ奴らに瘴気喰いなどと言うマジックアイテムを使わせてこんな事態を招いたお前が何を言う。今回の件、お前にも少なからず責任はあるのだぞ!」
「酷い言われようですねぇ。私は二人に瘴気喰いの欠点をあらかじめ伝えていましたし、二人もそれを理解した上で瘴気喰いを使うことを引き受けてくれたんです」
「自分には責任は無いと言いたいのか?」
「まさかぁ。教頭の言うとおり、私にも責任はあります。……ただ、貴方にそこまで言われる筋合いはないと思っただけですよ」
「何だとぉ!? 教頭である私に向かってなんと無礼な……」
顔を僅かに赤くしながらロブロスは声を上げ、スローネは髪を捻じりながらそっぽを向く。二人の口論で学園長室の空気はますます張り詰め、コーリアや他の教師はこのままだと暴力沙汰になるのではと感じていた。
「お静かに願います!」
コーリアたちは不安を露わにしているとガロデスが少し大きめの声を出す。オーストやコーリアたちはガロデスの方を向き、スローネとロブロスも口論を中断してガロデスに視線を向けた。
「最上位ベーゼの存在、ベーゼの混沌術開花、ユーキ君とアイカさんの身に起きた異変、様々な問題が起きている状況で教師である我々が揉めている場合ではありません。冷静になってください」
「……すみませ~ん」
「……チッ!」
ガロデスに注意されてスローネは力の抜けた声で謝罪し、ロブロスは若干納得できないような反応を見せながら舌打ちをする。
「……教頭先生、貴方はユーキ君とアイカさんを危険視されているようですが、貴方はお二人をどうするべきだと思っておられるのですか?」
冷静になったロブロスにガロデスは静かに問いかける。声をかけられたロブロスは気持ちを切り替えるために軽く咳した。
「ベーゼ化する可能性がある以上、あ奴らを放っておく訳にはいきません。速やかに身柄を確保し、牢獄などに幽閉しながら監視するべきだと思っています」
ユーキとアイカはメルディエズ学園から追い出して閉じ込めるべきと考えるロブロスをガロデスとオーストは無言で見つめ、コーリアは複雑そうな表情を浮かべる。スローネに至ってはロブロスの考え方に呆れてしまい、溜め息を付いていた。
「少しでも危険性のある存在は学園から追放し、軍の者たちに監視させるべきです。そして、監視させながらあ奴らの体を調べ、ベーゼに対抗するための情報を得るのです」
「まるでモンスターの生態調査ですね」
ロブロスの考え方が気に入らないオーストは低い声で指摘する。ロブロスはオーストの方を見ると興味の無さそうな顔で鼻を鳴らした。
「ベーゼもモンスターも似たような存在であろう? 一度ベーゼと化したあ奴らも、もはやベーゼやモンスターと同じだ。……いっそ今の内にベーゼとして始末した方が安全かもしれんな」
「ハージャック教頭……!」
あまりにも酷い発言にオーストはロブロスに言い返そうとする。すると、自分の机に座っていたガロデスが立ち上がり、ガロデスが立ち上がったことに気付いたオーストたちは一斉にガロデスに視線を向けた。
「教頭先生、流石に今の発言は聞き捨てなりません。ユーキ君とアイカさんはベーゼでもモンスターでもありません、人間です。危険視するだけならまだしも、一度ベーゼ化したからと言って彼らをベーゼと決めつけて、その命まで奪おうと考えるなど許されることではありません」
「では、学園長はあの二人を今後どのように扱うおつもりですか?」
ロブロスは不満そうな様子でガロデスにユーキとアイカの処遇を尋ねる。ガロデスは両手を後ろに回しながら振り返り、机の後ろにある窓から校舎の外を眺めた。
「とりあえず、ユーキ君とアイカさんにはしばらくの間、依頼を受けるのを控えてもらい、バウダリーの外には出ずに生活していただきます。我々はその間、様子を窺いながら二人の体を検査し、ベーゼ化する心配がない判断できましたら、これまでどおり依頼を受けてもらいます」
「もしも何かしらの異変が起きたらどうするおつもりですか?」
悪い方へ進んだ時はどのように対処するのか、ロブロスは低い声で尋ねる。ガロデスはゆっくりと振り返るとロブロスの方を向いて口を開く。
「その時はお二人を学園の外には出さず、他の生徒たちから引き離します。ただし幽閉などはせず、彼らには学園内で他の生徒から距離を取りつつ生活をしてもらいます」
「何?」
予想外の言葉を口にしたガロデスを見てロブロスは思わず訊き返した。
「もし、ユーキ君とアイカさんの身に異変が見られた場合、生徒会や教師の皆さんにお二人を見守っていただき、その間にユーキ君とアイカさんの体を元に戻す薬やポーションをバウダリーの町にいる薬師に調合してもらいます。もし、バウダリーの町で調合できなかった場合は首都にいる優秀な薬師に依頼するつもりです」
ユーキとアイカを傷つけるような手段は取らず、平和的な方法で二人を助けようとするガロデスの意思にスローネはニッと笑い、オーストとコーリア、他の教師たちも安心したような反応を見せる。
オーストたちは納得した様子を見せているが、ロブロスだけはガロデスのやり方を甘いと思っているのか不服そうな顔をしていた。
「学園長、そのような甘いやり方をして、もしもルナパレスとサンロードが完全なベーゼとなったらどうするおつもりですか? 下手をすればメルディエズ学園の信頼は大きく低下することになりかねません!」
「その時は私が全ての責任を取ります」
「クッ……」
覚悟を決めた目をするガロデスを見てロブロスは悔しそうな声を漏らす。メルディエズ学園の代表であるガロデスが責任を取ると言った以上、ロブロスはもう何も言えなかった。
「他の教師の皆さんも、それで構いませんか?」
ガロデスがオーストたちに尋ねると教師たちは誰一人反対することなく、黙ってガロデスを見ている。教師たちの反応を見たガロデスは反対する者はいないと知り、真剣な表情を浮かべた。
「では、ユーキ君とアイカさんの件は様子見ということで決定します。リスティーヒの件も先程お話しした内容で進めていきますので……」
方針が決まるとオーストたちはガロデスを見ながら無言で頷き、ガロデスは教師たちを見ながら目で「よろしくお願いします」と伝えた。
それからガロデスたちは今回話し合った内容を生徒や王族にいつ伝えるかを決めるために話し合いを始める。ガロデスたちは真剣な表情を浮かべながら相談し、そんな彼らを少し離れた所からロブロスが不満そうな顔で見ていた。
(チッ、どいつもこいつも甘い考え方ばかりしおって! そんなことではいつかはこの学園は崩壊するぞ。……ガロデスではなく私が学園長であれば、この学園を誰もが認める強い組織にできると言うのに……)
ロブロスはガロデスや他の教師たちのやり方に不満を懐きながら心の中で呟いた。




