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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
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第百二十二話  赤の猛攻


 最上位ベーゼを名乗るリスティーヒを見てユーキたちは驚き、それと同時に広場の空気が変わり始める。

 ただ村を襲うベーゼを討伐するだけの依頼だと思っていたのに強力なベーゼが現れたことに全員が衝撃を受けていた。

 ユーキは表情を鋭くしてリスティーヒを睨みつけ、警戒しながら自分の後方で倒れているアイカの心配をする。スローネも流石に怠惰な態度を取ろうとは思っていないのか、真剣な表情を浮かべながら杖を構えていた。

 トムズも二人から離れたところでロッドを構えており、女子生徒は今まで遭遇したベーゼと雰囲気が違うリスティーヒを見て恐怖を感じているのか小さく震えていた。


(コイツもベギアーデと同じ最上位ベーゼ……まさかこんな所で最上位ベーゼに遭遇することになるなんて!)


 現状から自分たちが不利だと感じていたユーキは心の中で呟きながら焦りを感じる。

 ナトラ村には神刀剣の使い手であるカムネスたちがいるため、彼らが共に戦ってくれれば最上位ベーゼが相手でも問題無いとユーキは思っていた。だが、今カムネスたちは村中に散らばっているため、リスティーヒの存在に気付いておらず、ユーキたちの近くにいない。同じ村にカムネスたちがいても危機的状況だとユーキは考えていた。


「どうして最上位ベーゼがこんな貧相な村にいるんだい? 最上位ベーゼが動かなければならないほどのこの村が重要な場所だとは思えないんだけどねぇ」


 ユーキが焦りを感じている中、スローネがリスティーヒに話しかけた。最上位ベーゼを名乗るベーゼと遭遇すれば驚いて話しかける余裕など無いはずだが、スローネは落ち着いた様子でリスティーヒを見つめている。

 スローネの態度を見たユーキはメルディエズ学園の教師であるため、最上位ベーゼを前にしても冷静でいられる強い精神を持っているのだと感心した。


「確かにこの村は私たちにとって重要な場所ではない。私たちにとってはただの虫けらの棲み処だ」


 リスティーヒをスローネの問いに小さく笑いながら答える。ユーキは質問に答えるリスティーヒを鋭い目で見つめ、スローネはつまらなそうな表情を浮かべながら見ていた。


「じゃあ、何でこの村にいるんだい?」

「フッ、敵であるお前らにそれを教えると思うか?」


 鼻で笑いながらリスティーヒはスローネを挑発し、スローネは質問に答えないリスティーヒを見つめながら自身の髪を指で捩じる。スローネもリスティーヒがナトラ村にいる理由を教えてくれると思っていなかったのか、挑発的な態度を取られても機嫌を悪くしなかった。


「それにしても、メルディエズ学園が村の西側に拠点を作り、三人だけで防衛していると聞いて来てみたが、情報とは少し違っていたな」


 自分が得た情報と拠点の状況が違うことを知ってリスティーヒは少し意外そうな顔をする。ユーキたちはリスティーヒの言葉を聞き、既にナトラ村にいるベーゼたちは自分たちの存在に気付いていると知って面倒に思った。


「それで、アンタは何しにこの広場に来たんだい?」

「この状況でそれは愚問だと思うがな」


 リスティーヒは不敵な笑みを浮かべながら答え、ユーキとスローネは無言でリスティーヒを睨む。これまでのリスティーヒの態度や発言からが自分たちを抹殺しに来たのだとユーキたちは確信する。

 今回のような事態に直面した場合は伝言の腕輪メッセージリングを使って遠くにいる仲間に救援を呼ぶべきなのだが、今回の依頼はベーゼの転移門の封印ではなく普通の討伐任務なのでユーキたちは伝言の腕輪メッセージリングを所持していない。そのため、カムネスたちにリスティーヒのことを伝えることができなかった。

 どうにかしてこの状況を打開する術は無いかユーキはリスティーヒを警戒しながら考える。そんな時、スローネが離れた所にいるトムズと隣にいる女子生徒の方を向いて口を開いた。


「おい、コイツは私たち何とかする。お前たちはこのことをクリディックたちに伝えてきておくれ」


 救援を呼んで来るよう言われたトムズと女子生徒は意外そうな顔をし、ユーキもスローネに視線を向けた。


「俺たち二人でですか? それならコイツだけ行かせて俺は先生たちと一緒に残った方が……」


 トムズはそう言うとチラッと女子生徒の方を向く。相手が最上位ベーゼを名乗る以上、戦う存在は一人でも多い方がいい。そう考えたトムズは上級生の自分はリスティーヒの相手をするために残り、女子生徒だけをパーシュの下に行かせた方がいいと思っていた。

 ユーキもトムズと同じことを考えており、スローネを見ながら女子生徒だけを行かせた方がいいと思っていた。するとスローネは髪を捻じるのを止めてトムズの方を向いた。


「この村にはまだどれだけのベーゼがいるか分からないんだよ? もしかすると、コイツみたいに強力なベーゼがいるかもしれない。そんな中、女子一人を救援に向かわせる気かい?」


 スローネは視線だけを動かしてリスティーヒを見つめる。トムズもスローネの話を聞くと難しい顔をしながらリスティーヒを見た。

 リスティーヒがなぜナトラ村にいるのかは分からない。だが、ベーゼの中でも強大な力を持つと言われている最上位ベーゼがいる以上、その側近とも言える強いベーゼがいる可能性もある。

 もしも一人で救援に向かい、途中でそんなベーゼと遭遇すれば襲われて命を落とすかもしれない。そうなった時に対処できるようスローネは上級生であるトムズを女子生徒と共に救援に向かわせようと思ったのだ。


「……分かりました、急いでクリディックたちに伝えてきます」


 しばらく黙り込んだトムズは救援を引き受け、女子生徒も緊張した様子でスローネを見る。トムズの返事を聞いたスローネは二人を見ながら「頼んだよ」と目で伝えて頷いた。

 トムズと女子生徒はリスティーヒに背を向けるとパーシュたちの下へ向かうために北東へ走る。しかし、リスティーヒも敵が救援を呼びに行くと知って見逃すつもりなど無かった。


「逃がすか」


 リスティーヒは右肩から生えている腕の手の中に紫色の靄を発生させる。靄は独りでに形を変え、変形が済むと靄は消滅して紫色の刀身をした青龍刀が右肩の手の中に出現した。

 リスティーヒは背を向けているトムズと女子生徒に向かって勢いよく青龍刀を投げつけようとする。だがその時、ユーキがリスティーヒとの距離を一気に縮め、青龍刀を投げようとするリスティーヒに月下で袈裟切りを放つ。

 ユーキの接近に気付いたリスティーヒはユーキの方を向くと素早く青龍刀で月下を防ぐ。月下と青龍刀がぶつかったことで広場に剣戟の音が響き渡る。


らせるわけないだろうが!」


 声を上げながらユーキはトムズと女子生徒を襲おうとするリスティーヒを止め、リスティーヒはユーキを見ながら不敵な笑みを浮かべた。

 トムズと女子生徒は自分たちの背後で剣を交えているユーキとリスティーヒを見て、リスティーヒが自分たちを背後から襲おうとしていたことに気付く。自分たちがリスティーヒに殺されていたかもしれないと知ったトムズは走りながら冷や汗を掻き、女子生徒は僅かに青ざめていた。

 再び襲われることを警戒したトムズと女子生徒は走る速度を上げ、急いで北東へ向かう。ユーキはトムズと女子生徒が広場から出ていったことで戦いに集中できると感じ、リスティーヒの青龍刀を払うと大きく後ろへ跳んで距離を取った。


「ルナパレス、相手は最上位ベーゼでどんな力を持っているか分からない。用心して戦うんだよ?」

「ハイ!」


 スローネに返事をしたユーキは月下を右手に持ち、空いている左手で月影を抜いた。

 ユーキは今、左手には瘴気喰いミアズムイートを嵌めているため、いつもと月影を握る感覚が違う。本来なら外してしっかり握れるようにするべきなのだが、最上位ベーゼであるリスティーヒの前では小さな隙も命取りになると考えたユーキは瘴気喰いミアズムイートを外さずに月影を握ることにした。

 リスティーヒを警戒しながらユーキは双月の構えを取る。そんなユーキをリスティーヒは目を細くしながら見つめた。


「ルナパレス? ……そうか、お前がユーキ・ルナパレスか」


 ユーキの顔を見ながらリスティーヒは通常の両腕を組み、ユーキは自分のことを知っているリスティーヒを見て反応した。


「俺を知ってるのか?」

「ああ、メルディエズ学園にユーキ・ルナパレスと言う我らに歯向かう愚かな小僧がいるとベギアーデから聞かされた」

「愚か、ねぇ。俺からしてみれば人間を虫けら呼ばわりするアンタたちベーゼの方が愚かに思えるけどね」


 挑発してくるリスティーヒを呆れ顔で見つめながらユーキは挑発し返す。リスティーヒは挑発しても感情的にならないユーキを面白く思ったのかクスクスと笑った。


「幼稚な体をしているから中身も同じ思っていたのだが、思った以上に度胸はあるようだな?」

「人は見かけで判断するもんじゃないぞ?」

「フフフフ、本当に面白い小僧だな。……折角だ、噂の小僧がどれ程の力を持っているのか、確かめさせてもらおう」


 リスティーヒはニッと笑いながら青龍刀を持つ右肩の腕以外の三本の腕を横に伸ばす。すると三つの手の中に紫色の靄が発生して静かに形を変えていき、左肩の腕の手には青龍刀、通常の両腕の手の中には黒い鉄扇が出現する。

 四つの武器を持つリスティーヒはユーキの方を向いて構え、ユーキは自分の倍の数の武器を持つリスティーヒを見て微量の汗を流す。転生前は勿論、転生してからも四つの武器を一度の扱う敵と戦ったことが無かったため未知の技術を持つ相手にユーキは恐ろしさを感じていた。


「さて、お前の実力とやら、見せてもらうぞ」


 そう言った直後、リスティーヒは地面を這って一気にユーキとの距離を詰める。もの凄い速さで近づいて来たリスティーヒを見てユーキは目を見開いて驚き、そんなユーキにリスティーヒは右手の鉄扇を右上から斜めに振って攻撃した。

 ユーキは迫ってくる鉄扇を見て咄嗟に強化ブーストを発動させて両腕の筋力を強化し、月影で素早く防ぐ。だが、鉄扇を止めた瞬間に衝撃が月影を伝ってユーキに届く。


(お、重い! 強化ブーストで腕力を強化したのにそれでもこの衝撃かよ!)


 予想以上に重い攻撃にユーキは内心驚くが体勢を崩さないよう全身に力を入れて持ち堪える。

 この時のユーキは腕力の強化に強化ブーストの力を四割使っていた。四割の力で強化すればオーガの攻撃も難なく止めることができるのだが、その状態でもリスティーヒの攻撃で重さを感じているため、ユーキは腕力の強化にもう少し強化ブーストの能力を使って戦おうと考える。

 ユーキは左手に力を入れ、月影で鉄扇を押し返す。その直後、腕力の強化に更に強化ブーストの力を使い、五割の力で両腕の腕力を強化する。更にリスティーヒの動きについていけるよう、三割の力を動体視力の強化に使い、万全の状態で戦えるようにした。

 リスティーヒは初撃を防いだユーキを見て小さく笑うと今度は左手の鉄扇を左から横に振って攻撃する。ユーキは慌てず、月下と月影を付かず離れずの位置で動かし、迫って来て鉄扇を月下で防ぐ。

 今回は強化ブーストの力を五割使って腕力を強化したため、先程のような強い衝撃は感じない。強化ブーストの力を全て腕力に強化すれば有利に戦えるのだが、それでは他の部分が強化できなくなってしまうため、ユーキは五割の強化で戦うことにした。

 ユーキが攻撃を防いだ瞬間、リスティーヒは右手の鉄扇を頭上から振り下ろして攻撃する。ユーキは真上から迫って来る鉄扇を素早く月影で防いだ。


「ほほぉ、私の連撃を防ぎ切るとは、ベギアーデの言っていたとおり少しはできるようだな」

「ソイツはどうも!」


 声を上げながらユーキは月下と月影を振って止めている二つの鉄扇を払い、月影で左横切りを放ってリスティーヒに反撃する。しかし、リスティーヒは月影を右手の鉄扇で難なく防いでしまう。ユーキは月影が防がれると月下を右下から斜めに振り上げて攻撃する。だがリスティーヒはこの攻撃も左手の鉄扇で簡単に防いでしまった。

 攻撃を全て防いだリスティーヒをユーキは鋭い目で睨む。相手は最上位ベーゼなので攻撃が防がれることは予想していたユーキは動揺したりせず、落ち着いてリスティーヒの動きを警戒した。

 ユーキは後ろに跳んでリスティーヒから離れると月下と月影を構え直す。普通に攻撃してもリスティーヒにダメージを与えられないと考えたユーキは少し戦い方を変えることにした。

 しばらくリスティーヒを睨んでいたユーキはリスティーヒの左側面に回り込もうと右へ走り出す。リスティーヒも構え直して側面に回り込もうとするユーキを目で追った。


闇の射撃ダークショット!」


 ユーキは走りながら月影を握る左手をリスティーヒに向けて伸ばし、左手から弾丸状の闇の放つ。リスティーヒは飛んでくる闇の弾丸を見ると鼻を鳴らし、右手の鉄扇で簡単に払い落す。

 防がれた闇の弾丸は静かに消滅し、それを見たユーキは悔しそうな声を出すが、すぐにまた闇の弾丸を放つ。今度は二発連続で放ってリスティーヒを攻撃した。

 リスティーヒは飛んでくる二発の闇の弾丸を両手の鉄扇で叩き落す。二発撃たれても問題ではないのか、リスティーヒは表情を変えなかった。その後もユーキは走りながら闇の射撃ダークショットを撃ち続け、リスティーヒは全ての闇の弾丸を鉄扇で防いでいく。

 低級魔法を連続で撃ち続けるユーキを見てリスティーヒは呆れたような表情を浮かべる。戦いを楽しませてくれると思っていたのに無駄な魔法攻撃を繰り返すユーキにリスティーヒは内心ガッカリしていた。

 これ以上続けてもつまらないと感じたリスティーヒは戦いを終わらせようと思いながら飛んできた最後の闇の弾丸を叩き落とす。だが次の瞬間、自分の左斜め前まで距離を詰めていたユーキが視界に入った。


「何?」


 いつの間にか目の前まで近づいていたユーキを見てリスティーヒは驚く。何が起きたのか最初は理解できなかったが、今までの攻撃を思い出し、ユーキが闇の射撃ダークショットを撃ち続けていたのは闇の弾丸を防ぐことに意識を向けさせ、接近する隙を作るためだったのだと気付く。


「この攻撃は自慢の鉄扇でも防げないだろう!?」


 ユーキは声を上げながらリスティーヒを見上げ、月下と月影を強く握った。


「ルナパレス新陰流、上げ――」

「甘い!」


 ユーキが技を放とうとした瞬間、リスティーヒは自身の尻尾を左から大きく横に振ってユーキを攻撃する。

 右から迫って来る蛇の尻尾を見たユーキは目を大きく見開いて驚き、攻撃を中断すると咄嗟に左へ跳んだ。その直後、リスティーヒの尻尾はユーキの右脇腹にめり込むように命中する。


「ぐううぅっ!!」


 右脇腹から伝わる痛みと重さにユーキは奥歯を噛みしめ、そのまま大きく殴り飛ばされた。飛ばされたユーキは背中から地面に一度叩きつけられ、そのまま後ろに一回転する。

 脇腹に続き背中にも痛みが走ってユーキは表情を歪めるが、痛みに耐えながら体勢を整えて両足を地面に付ける。殴り飛ばされた時の勢いは弱まらず、ユーキは足を地面に擦り付けながら月影を地面に刺して勢いを殺し、そのまましばらく後退してからようやく止まった。

 地面に刺さっている月影を抜いたユーキは痛みに耐えながら構え直してリスティーヒを見る。リスティーヒは態勢を整えたユーキを見つめながら右手の鉄扇を開いて自分を扇ぐ


「ほお? 尻尾で殴られる直前に反対方向へ跳んでダメージを削ったか。先程の闇の射撃ダークショットと言い、少しは頭脳戦ができるようだな。しかも私の攻撃を受けても取り乱すこともない、こちらが予想していた以上にできるということか」


 幼いユーキが優れた戦闘技術を持っていることにリスティーヒは意外に思いながら小さく笑う。ユーキは激しい攻防を繰り広げながら余裕を崩さないリスティーヒを見て汗を流しながら奥歯を噛みしめる。

 これまでユーキは強化ブーストの能力を使うことでベーゼとの戦いで有利に立ち、勝利することができた。しかし目の前にいるリスティーヒは強化ブーストの能力を使っても有利に戦うことができない。ユーキは最上位ベーゼが予想以上に手強い存在だと改めて理解した。


(このまま一人で戦い続けてもリスティーヒに勝てる可能性は低い。誰かと協力して戦わないと……)


 今の自分の実力では最上位ベーゼに勝つのは難しいと感じたユーキは誰かの助力を得て戦うしかないと考えながらリスティーヒを警戒した。

 リスティーヒはユーキの反応を見て彼が焦っていることに気付いたのか笑いながら開いている鉄扇を閉じた。


「どうした、一撃食らっただけで戦意を喪失したか? 言っておくが、戦意を失ったからと言って手を抜く気など無いからな」


 リスティーヒは手加減しないことをユーキに伝えると鉄扇と青龍刀を構え、ユーキは月下と月影を強く握りながら警戒心を強くした。すると、リスティーヒの周りに無数の小さな氷柱が出現し、宙に浮いたままリスティーヒを取り囲む。


「これは……」

「これで逃げ場はないよ」


 スローネの声が聞こえ、ユーキは声のした方を向く。ユーキの右側数m離れた所には杖をリスティーヒに向けて立っているスローネの姿があり、杖の先端には青い魔法陣が展開されていた。


「スローネ先生!」

「感謝するよ、ルナパレス。アンタがソイツの相手をしてくれたおかげで動きを観察できたし、魔法を発動する時間も作れた」


 スローネはユーキの方を見ると小さく笑って礼を言い、ユーキはスローネを見ると意外そうな表情を浮かべた。

 リスティーヒとの戦闘が始めてからユーキは戦いながら近くにいるアイカやスローネがどうしているか気になっていた。てっきりスローネは倒れているアイカを護っているのではと思っていたが、自分と一緒に戦おうとしてくれていたと知ってユーキは安心する。教師であるスローネが援護してくれれば一人で戦うよりも勝率が上がると思ったからだ。


氷柱の檻アイシクル・ケージ!」


 スローネはユーキとリスティーヒが見つめる中、魔法の名前を口にする。すると杖の先の魔法陣が静かに消え、同時にリスティーヒを取り囲んでいる氷柱が一斉にリスティーヒに向かって放たれた。

 リスティーヒは視線だけを動かし、周囲から迫って来る氷柱の位置を確認すると素早く鉄扇と青龍刀を振って氷柱を叩き落していく。

 前後左右、様々な角度から氷柱が一斉に放たれているにもかかわらず、リスティーヒは上半身と四本の腕を大きく動かし、冷静に全ての氷柱を防ぐ。しかも氷柱は一つも当たっておらず、リスティーヒは無傷だった。

 全方向からの攻撃を防ぐリスティーヒを見たユーキは目を大きく見開く。いくら最上位ベーゼでもあらゆる方向から飛んでくる氷柱を無傷で防ぐとはユーキも思っていなかった。一方でスローネは氷柱を防がれても驚いたりせず、意外そうな表情を浮かべている。


「やっぱ、中級魔法とは言え普通に攻撃しても傷はつけられないか。……なら、これならどうだい?」


 そう言うとスローネは杖を両手で縦に持ち、石突の部分で強く地面を叩いた。その直後、リスティーヒの真下に黄色い魔法陣が展開される。


泥の足枷マッド・シャックル!」


 スローネが新たに魔法を発動するとリスティーヒの足元の地面が突如泥に変わり、リスティーヒの蛇の下半身を僅かに沈める。


「何?」


 リスティーヒは自分のいる場所が泥に変わったことに驚きの反応を見せる。周りの地面は普通なのに自分の真下だけが突然泥に変わったのだから当然だ。

 泥は蛇の下半身を沈めると同時に絡み付いてリスティーヒの動きを鈍らせる。リスティーヒは鬱陶しそうな顔をしながら泥から脱出しようとするが思うように動けない。それを見たスローネはニッと笑みを浮かべた。


泥の足枷マッド・シャックルは中級魔法の中でも強力な魔法で相手の動きを封じるのに優れている。その泥に捕まったら簡単には脱出できないよ」


 魔法の効力をスローネは自慢げに語り、リスティーヒはスローネを見ると小さく舌打ちをする。

 スローネはメルディエズ学園の生徒だった時、水属性を得意属性としていた。そのため彼女は水属性の魔法を得意としている。しかし、得意属性が水属性だからと言って水属性の魔法しか使えないと言うわけではない。

 得意属性というのはメルディエズ学園の生徒が最も習得しやすい魔法の属性で他の属性の魔法と比べると短時間で習得できるのだ。

 他の属性の魔法を使いたい場合は普通に特訓すれば習得できるが、得意属性と比べると他の属性の魔法は習得するのに時間が掛かってしまう。そのため、メルディエズ学園では自分の得意属性の魔法しか覚えない生徒が多い。勿論、生徒の中には複数の属性の魔法を使える生徒もいる。

 スローネは水属性を得意属性としているが、生徒だった時に他の属性の魔法も幾つか学んでいた。そのため、土属性魔法である泥の足枷マッド・シャックルも使えたのだ。


「ルナパレス、私が強力な魔法を撃ち込んでアイツを怯ませる。その隙にアンタは強力な一撃を喰らわせてやりな」

「ハイ!」


 連携を指示されたユーキは両足を曲げていつでも動ける体勢に入る。

 スローネはユーキを見ると杖の先端をリスティーヒに向けて魔法を発動させようとした。すると、リスティーヒはスローネの方を向き、鋭い目で睨みつける。


「虫けらが、この程度で私の動きを封じたつもりか」


 リスティーヒは左手の鉄扇を開くと魔法を発動しようとしているスローネに向かって投げた。鉄扇は手裏剣のように回転しながらスローネに向かって行き、スローネは飛んできた鉄扇を見ると目を見開き、姿勢を低くしてギリギリで回避する。

 スローネが魔法発動を中断するとリスティーヒは空いた左手で泥に触れた。その直後、リスティーヒの動きを封じていた泥が薄っすらと紫色に光りだす。

 泥が光るのを見たリスティーヒは不敵な笑みを浮かべながらユーキの方を向き、そのままユーキの方へ前進しようとする。次の瞬間、リスティーヒは氷の上を滑るかのように移動して泥から脱出した。


「何ぃ!?」


 リスティーヒが泥から脱出するのを見たスローネは声を上げた。相手の動きを封じることに特化した泥の足枷マッド・シャックルの泥から抜け出したことが信じられず、スローネは驚愕しながらリスティーヒを見つめる。

 勿論、ユーキもリスティーヒが脱出したことに驚いており、月下と月影を構えたまま目を見開く。だが、凄い速さで地面を這いながら迫って来るリスティーヒを見ると我に返り、地面を強く蹴って迫って来るリスティーヒに向かって走り出す。

 ここまでの攻防から迎撃するよりも攻撃を仕掛けた方がいいと思ったユーキは防御態勢は取らずに攻めることにした。

 走って来るユーキを見たリスティーヒは小さく鼻で笑うと両肩の腕を振り上げて持っている二本の青龍刀の刀身に炎を纏わせる。それを見たユーキは先手を打たれる前に仕掛けようと走りながら双月の構えを取った。


「ルナパレス新陰流、朏魄ひはく!」

魔蛇の炎剣シュランゲ・フランシュヴェー!」


 リスティーヒの目の前まで近づいたユーキは月下と月影で同時に振って袈裟切りを放ち、リスティーヒも炎を纏った二本の青龍刀で袈裟切りを放つ。二本の刀と二本の青龍刀はぶつかり、広場に大きな金属音を響かせると同時にユーキとリスティーヒの周りに衝撃を広げる。

 奥歯を噛みしめながらユーキは両腕に力を入れてリスティーヒの青龍刀を押し戻そうとする。だが、強化ブーストの能力で腕力を強化しているにもかかわらず、青龍刀を押し戻すことはできなかった。

 リスティーヒは必死な表情を浮かべるユーキを嘲笑い、両肩の腕に力を入れて逆に月下と月影を押し戻し始めた。

 ユーキは押されていることに気付くと強化ブーストの能力を腕力だけに使おうとするが、ユーキが動く前にリスティーヒは一気に両肩の腕に力を入れて月下と月影を押し返す。この時、体勢を崩したユーキの体を青龍刀は僅か斬り、同時に刀身の炎がユーキを襲った。


「ぐああああぁっ!」


 体を斬られた痛みと炎の熱さでユーキは思わず声を上げてしまう。痛みに耐えながら後ろにふらつくユーキは倒れないようにするが、リスティーヒはそんなユーキの見ながら笑い、尻尾の先端でユーキの腹部を突いた。

 腹部を突かれたユーキは表情を歪ませながら大きく後ろに飛ばされ、背中を地面に擦り付けながら倒れているアイカの近くで止まる。それと同時に瘴気喰いミアズムイートを嵌めていることで握りが甘かった月影もユーキの手を離れ、ユーキの近くに落下した。


「ルナパレス!」


 スローネは攻撃を受けたユーキを見て声を上げ、リスティーヒを警戒しながらユーキの下へ走ろうとした。だがその時、スローネの後方から先程避けたリスティーヒの鉄扇が回転しながら戻って来てスローネに向かっていく。

 気配を感じ取ったスローネは振り返り、飛んでくる鉄扇を見て驚く。なぜ避けたはずの鉄扇が独りでに戻ってくるのかは分からなかったが自分が危険な状況であることは理解できたため、スローネは咄嗟に左へ移動して回避しようとする。だが、スローネの回避は間に合わず、鉄扇は彼女の右上腕部を掠めて切傷を付けた。


「うぐっ!」


 右腕の痛みにスローネは声を漏らし、左手で斬られた箇所を押させた。鉄扇が勝手に飛んできたことには驚いたが、鋭利な刃物のように腕を切ったことにも驚かされ、スローネは痛みに耐えながら鉄扇は魔法の武器なのかと疑問に思う。

 スローネの腕を切り裂いた鉄扇はリスティーヒの左手の中へと戻る。鉄扇を手にしたリスティーヒはスローネと倒れるユーキを見ると開いている鉄扇を閉じて笑みを浮かべた。


「あれだけ大口を叩いてこの程度か。メルディエズ学園の生徒に教師と言っても所詮は人間、私を楽しませてくれるほどの存在ではなかったということか」

「……言ってくれるじゃないか」


 仰向けに倒れていたユーキはゆっくりと起き上がってリスティーヒを睨む。斬られた箇所と腹部にはまだ痛みが残っているが、いつまでも倒れているわけにはいかないため、ユーキは痛みに耐えながら立ち上がる。


「まだ動けるのか。虫けらの子供にしては大した根性だな?」

「フン、ガキだからってナメるなよ?」


 ユーキは月下を中段構えに持ちながら月影が落ちている場所を素早く確認し、リスティーヒを警戒しながら月影を拾うチャンスを窺う。


「……へぇ、あんな状態になってもまだ戦意を失っていないとは、想像以上にできるみたいだね、ルナパレス」


 遠くからユーキが立ち上がる姿を見たスローネはユーキの体力と精神力に感心する。生徒であるユーキがここまで頑張っているのだから、教師である自分も負けていられない、そう感じながらスローネはリスティーヒを警戒した。


「フッ、やる気があるのは結構だが、それだけでは私には勝てんぞ?」

「クッ!」


 嘲笑うリスティーヒを睨みながらユーキは悔しそうな声を出す。確かに気持ちだけではリスティーヒに勝つことはできない。ユーキはリスティーヒを見つめながらパーシュたちが来てくれることを心の中で願う。

 険しい顔をするユーキの左斜め後ろではアイカは仰向けのまま掠れた声を漏らしていた。


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