第百二十一話 蝕まれた者を救う力
ナトラ村の東にはもう一つの正門がある。東門も西門と同じようにベーゼによって破壊されており、門前の広場の片隅には門の残骸が転がっていた。
広場は瘴気が充満しており、対策もせずに侵入すればあっという間に瘴気に侵されてベーゼ化してしまうほどだ。そんな広場には大量のベーゼの姿があった。
集まっているベーゼは殆どが村人がベーゼ化したベーゼヒューマンでゾンビのようにフラフラと体を揺らしながら呻き声を出し、広場の中央に立っている。ベーゼヒューマンは幼い子供を始め、若者、中年、老人など様々な姿をしており目に光りも無い。人間としての自我を完全に失っているようだ。
ベーゼヒューマンたちの周りにはベーゼゴブリンやベーゼオーガと言ったベーゼ化したモンスターが大勢立っており、ベーゼヒューマンたちを見つめている。まるでベーゼヒューマンたちを見張っているようだった。
「かなりの数の人間をベーゼにすることができたな。予想以上だ」
東門前の広場に建っている二階建ての民家、その屋根の上には若い女の声を出すベーゼがおり、広場に集まっているベーゼたちを楽しそうに見下ろしていた。
そのベーゼは二十代半ばくらいの人間の顔で水色の目を持ち、赤茶色のセミロングヘアーをしている。豊満な胸部とくびれのある腰を持ち、紫色のビキニアーマーを装備しているが、それ以外は人間とは言えない姿をしていた。
太くて長い蛇の下半身、肩の部分から腕を一本ずつ生やした合計四本の腕を持ち、驚くべきことに右手の甲には混沌紋が刻まれている。背中と腕の外側、蛇の下半身は赤い鱗で覆われており、顔や胸郭、腹部、腕の内側の皮膚は青白い。明らかに通常のベーゼとは違う雰囲気を漂わせていた。
赤いベーゼの上半身は1mぐらいだが、蛇の下半身を上手く使えば160cmぐらいの高さになる。蛇の下半身は長く、頭のてっぺんから尻尾の先までは3m以上はあった。
「しかし、ベギアーデもいい性格をしている。わざわざバウダリーの近くにある村を襲撃して連中を挑発するのだからな」
広場を見下ろしながら赤いベーゼは蛇の尻尾を左右に揺らし、不敵な笑みを浮かべながらベーゼヒューマンたちを見ていた。
「近くにある村を襲撃することでメルディエズ学園にこちらの存在を気付かせ、救出に向かわせるよう仕向ける。そして、もし間に合わずに村が全滅した時は連中に屈辱を味あわせ、間に合った時はベーゼヒューマンをぶつけて戦力を確認する。どちらになってもこちらの都合のいい結果になるよう計算しているとは、ある意味で私以上の策士だ」
ベギアーデのことを頼もしく思いながら赤いベーゼは独り言を口にし、同時に敵に回したくないと感じる。
笑みを浮かべながら赤いベーゼは広場にいる蝕ベーゼたちを見つめる。すると、赤いベーゼが乗っている民家の屋根の上に一体のモイルダーが跳び上がり、赤いベーゼの右隣にやって来た。
「どうした?」
赤いベーゼは視線だけを動かしてモイルダーを見ると静かに声をかけた。
モイルダーは赤いベーゼに話しかけるように鳴き声を出す。ただ、それは言葉とは言えないくらい酷く、人間では何を言っているのか理解できないほどのものだった。
しかし、同族である赤いベーゼはモイルダーが何を言っているのか理解できているらしく黙って聞いていた。
「……そうか、やはりメルディエズ学園の生徒たちが来たか。そして、その内の数人がこの東門の方へ向かって進軍している……」
モイルダーの報告を聞いた赤いベーゼは落ち着いた様子で呟く。どうやらモイルダーはメルディエズ学園の生徒がナトラ村に来たことを報告に来たようだ。
前もってメルディエズ学園の生徒がナトラ村に来ることは分かっていたため、赤いベーゼは驚いたり慌てたりすることせず、広場に視線を戻して腕を組んだ。
「メルディエズ学園の生徒が来たのなら、予定どおりベーゼヒューマンたちをぶつけ、ベーゼヒューマンがどれだけの力を持っているのか確認する。ついでにゴブリンやオーガたちもぶつけ、始末することが可能なら此処で奴らを始末してしまおう」
ベーゼヒューマンの戦力を確かめると同時に救出に来たメルディエズ学園の生徒を抹殺しようと考えた赤いベーゼは広場にいる蝕ベーゼたちを見回しながらどのベーゼを生徒にぶつけるか考える。
ただ、赤いベーゼの目的はナトラ村の村人たちをベーゼに変え、自分たちに戦力にすることなので折角手に入れた戦力を必要以上に生徒たちにぶつけるのは避けたいと思っていた。
しばらくして、赤いベーゼはモイルダーの方を向き、右肩の腕を伸ばしてモイルダーを指差した。
「ベーゼヒューマンを五六体、そしてゴブリンやオーガたちを使って進軍して来る生徒たちを迎撃しろ。お前は奴らに同行し、ベーゼヒューマンの戦力を確認するんだ」
赤いベーゼが指示を出すとモイルダーは鳴き声を上げて返事をする。下位ベーゼであるモイルダーは蝕ベーゼと比べると知能が高いため、赤いベーゼの指示を理解することができた。
モイルダーに指示を出した赤いベーゼは再び視線を広場にいる蝕ベーゼたちに向ける。その直後、今度は空中から一体のルフリフが降下してきてモイルダーの後ろに着地し、鳴き声を出して赤いベーゼに何かを報告し始めた。報告を聞いた赤いベーゼは小さく反応してルフリフの方を向く。
「……メルディエズ学園は西門前の広場を拠点としており、三人だけが拠点を護っている?」
報告を聞いた赤いベーゼは意外に思った。ベーゼに襲撃されている村を助けるための拠点を護っているのが三人だけなど普通では考えられないことだからな。
「奴らにとって今回の襲撃は突然の出来事のはず。拠点の防衛に人員を回せるほど生徒を集めることができなかったのか、もしく三人だけでも拠点を護る自信があるのか……」
なぜ三人だけに拠点を護らせて残りの生徒を村人の救出に就かせているのか、赤いベーゼは難しい表情を浮かべながら考えた。
メルディエズ学園が予想もできない作戦を立てているかもしれないと赤いベーゼは考え、僅かに目を鋭くする。しばらく考え込んだ赤いベーゼは蛇の下半身を動かしてモイルダーとルフリフの方を向いた。
「……間もなく東門の外にベーゼヒューマンたちを回収する部隊が来る。お前たちはこちらに進軍している生徒たちの相手とベーゼヒューマンたちの引き渡しをしろ。私は西門へ向かう」
赤いベーゼは東門に近づいて来るメルディエズ学園の生徒の迎撃と手に入れた蝕ベーゼたちのことをモイルダーとルフリフに任せると屋根から飛び下りる。着地した赤いベーゼは地面を這うように移動してナトラ村の西へ向かった。
――――――
西門前の広場ではユーキ、アイカ、スローネが周囲を見回しながら広場を護っている。カムネスたちと別れてからそれなりに時間が経過しているが、まだベーゼは一体も広場に現れておらず、ユーキたちは広場の警備と警戒を続けていた。
ただ、ベーゼが現れないからと言って手を抜いたりはせず、ユーキとアイカは真面目に広場を護っている。スローネだけは退屈なのか時々欠伸をしながら警備をしており、依頼しに来た男性は停まっている荷馬車の近くで不安そうにしていた。
「パーシュ先輩たちは村の人たちを助けることができたのかしら?」
ナトラ村の東を見ながらアイカは呟く。未だにパーシュたちが戻って来ていないため、アイカは小さな不安を感じていた。
「先輩たちならきっと大丈夫さ。そろそろ戻ってくると思うぜ」
「……そうね」
ユーキは小さく笑いながらアイカに声をかけ、ユーキの言葉で不安が少し和らいだのかアイカもユーキの方を向いて小さく頷く。
二人から少し離れた所でスローネは北東を見回している。すると、数十m先で何かが動いているの見つけ、スローネは僅かに目を細くして動いた物を見つめた。
目を凝らしてみると、それは四人の村人を連れたトムズと女子生徒で、二人の姿を見たスローネは軽く目を見開いてユーキとアイカの方を向く。
「おぉい、北側の捜索に向かった連中が村人を連れて戻って来たぞ」
スローネの声を聞いたユーキとアイカ、男性は反応して広場の北東の方を向き、トムズと女子生徒が村人たちを連れて自分たちの方に歩いてくる姿を目にした。
トムズを先頭に神父、女性二人、少女が後に続き、女子生徒が殿を務めて広場へ向かう。トムズは広場に残っているユーキたちの姿を見るとロッドを持っていない方の手を振り、スローネも手を振り返した。
周囲を警戒しながらトムズたちは移動し、無事に広場に戻ることができた。広場に入った途端、緊張が解けたのか二人の女性と少女はその場に座り込み、神父も深く息を吐く。
トムズと女子生徒も無事に神父たちを連れて来れて安心したのか軽く息を吐き、そんなトムズたちにユーキたちは早足で近づいた。
「スローネ先生、村人四名を保護しました」
「おう、ご苦労だったね」
スローネは無事に村人を救出したトムズたちを見ながら労いの言葉をかけ、ユーキとアイカもトムズたちを見ながら小さく微笑む。
ユーキたちが神父たちを見ていると依頼してきた男性が少し心配そうな様子で神父たち近づいた。
「神父様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、彼らのおかげでな」
神父は男性に無事なことを伝えると座り込んでいる女性たちの方を向く。男性も仲間たちが無事な姿を見て少しだけ安心するが、すぐに不安そうな表情に戻って神父の方を向いた。
「私の家族は何処にいるか分かりますか?」
「分からん。ただ、ベーゼたちが襲ってくる前は教会に近くで仕事をしていたから、北側にいると思うが……」
家族の安否が不明だと聞かされて男性の表情は固まる。もしかすると家族はベーゼの犠牲になっているかもしれないという最悪の結末を予想した男性は青ざめ、それを見たユーキたちも僅かに表情を曇らせた。
「スローネ先生、俺たちは戻って村人の救出とベーゼの討伐を続けますので、彼らのことをお願いします」
トムズはスローネに神父たちのことを任せて捜索に戻ることを伝える。男性の反応を見て少しでも早く彼の家族を助けようと思ったようだ。
スローネもトムズの意思を理解したのか、もう一度男性を見てからトムズの方を向いて頷く。
「ああ、彼らは私たちが死守するから、アンタたちは村人の救出に集中しとくれ」
「ハイ!」
力強く返事をしたトムズは女子生徒を連れて捜索場所である村の北側へ戻ろうとした。その時、北東の方から何者かが広場に侵入し、気配に気付いた全員が北東を確認する。
ユーキたちから約10mほど離れた所に二十代前半ぐらいの若い女性の姿があった。だが、女性の肌は灰色の変色し、目にも光が宿っていない。女性は瘴気に侵されてベーゼヒューマンと化していた。
「あれは、ベーゼヒューマン!」
女性を見たトムズは杖を構え、女子生徒も慌てて槍を構えた。ユーキとアイカも構えて神父たちの前に立ってゆっくりと近づいて来る女性を睨む。そんな中、男性はベーゼヒューマンを見て驚愕の表情を浮かべていた。
「ば、馬鹿な……」
目を見開きながら震える男性に気付いたユーキたちは男性に視線を向ける。彼の反応からベーゼヒューマンは男性の知り合いなのかとユーキたちは予想した。
「わ、私の妻です……」
「何だって!?」
男性から女性の正体を聞かされてユーキは思わず声を上げ、アイカやスローネたちも少し驚いた表情を浮かべながらベーゼヒューマンを見た。
神父も男性の言葉を聞いてベーゼヒューマンの顔を確認する。そして、ベーゼヒューマンが男性の妻であることを確認すると愕然としながら後ろに下がった。
「ま、間違いありません。彼の奥さんです……」
「そんな……」
トムズは信じられないと言いたそうな顔をしながらベーゼヒューマンの方を向く。男性の家族を助けようと決めた直後に男性の妻がベーゼ化した状態で自分の前に現れたため、トムズは助けられなかったことにショックを感じていた。
女子生徒と神父も表情を曇らせており、救出された女性たちもゆっくりと近づいて来るベーゼ化した仲間を見て震えている。男性は変わり果てた妻を見て震えることしかできなかった。
「つ、妻を! 妻を助ける方法はないのでしょうか!?」
男性は近くにいるトムズの制服を掴むと取り乱しながら尋ねる。トムズは男性の顔を見ると表情を僅かに歪ませ、首を軽く横に振ってから女性の方を向いた。
「残念ですが、ああなってしまった以上はもう眠らせてあげるしかありません」
「そ、そんな……」
ベーゼ化してしまったら倒すしか救う道はない、そう教えられた男性は絶望してその場に座り込む。トムズも表情を曇らせるが他に方法が無いため、気の毒に思うことしかできなかった。女性生徒や神父たちも男性に同情して心を痛める。
トムズは救えないことを悔しく思いながらロッドを構えてベーゼヒューマンに魔法を放とうとする。だが、トムズが魔法を放つ前にスローネがトムズの右隣にやって来て左手でトムズのロッドを下ろさせた。
「待ちな、彼女を助ける方法はあるよ」
スローネの口から出た言葉を聞いてトムズは耳を疑い、絶望していた男性もフッと顔を上げてスローネを見た。
「スローネ先生、何を言ってるんですか。ベーゼ化した人間やモンスターはもう元に戻すことはできないんですよ?」
「それは昔の話だろう? 今は昔とは違うんだよ」
トムズは意味が分からずに真剣な顔で語るスローネを見ている。女子生徒もベーゼ化した生物を助けることができるなんて聞いたことが無いため、訳が分からずにいた。
周りの者たちが呆然としている中、スローネは振り返ってユーキとアイカの方を見る。スローネと目が合った二人はスローネが何を考えているのか察してチラッと互いの顔を見た。
「アンタたち、出番だよ」
スローネに声をかけられたユーキとアイカは「やっぱり」と言いたそうな反応をしてスローネの方へ歩いて行く。
ユーキとアイカはスローネの前まで来ると得物を鞘に納め、上着の内ポケットに仕舞っておいた瘴気喰いを取り出す。トムズや女子生徒は見たことの無いマジックアイテムを見て不思議そうな顔をしている。
「アンタたちのどちらかに瘴気喰いを使って彼女を元に戻してもらう」
「分かってます。任せてください」
ユーキは返事をしながら瘴気喰いを左手に嵌め、アイカも同じように左手に嵌めた。二人が瘴気喰いを装備したのを確認したスローネは「よし」と無言で頷く。
「んで、どっちから行くんだい?」
スローネはユーキとアイカを交互に見ながらどちらが最初に使うのか尋ねる。
瘴気喰いを使用した時、スローネは男性と女性とで何か変化があるのかをじっくり観察しようと思っていた。だからベーゼ化した女性を戻す際にはユーキとアイカに同時に使ってもらうのではなく、どっちか一人に使ってもらうと思っていたのだ。
ユーキとアイカは互いの顔を見当てからどちらが先に使うか考える。最終的には二人とも瘴気喰いを使うため順番はそれほど重要ではないのだが、初めて使うマジックアイテムなので緊張しており、先に使うかどうか悩んでいた。
周りが注目する中、ユーキとアイカは難しい表情を浮かべながら考える。するとベーゼヒューマンとなった女性が声を上げながら少しずつユーキたちに近づいて来ており、声を聞いたユーキたちは一斉に女性の方を向く。ベーゼヒューマンを見て悩んでいる暇は無いと感じたユーキとアイカは真剣な表情を浮かべた。
「では、私が行きます」
アイカは瘴気喰いを嵌めた左手を強く握り、アイカの言葉を聞いたユーキもサポートするために真剣な表情を浮かべる。
ユーキとアイカを見たスローネはニッと小さく笑った。
「使い方は分かってるね? なら、すぐに取り掛かっておくれ」
スローネはそう言ってベーゼヒューマンの方を向き、ユーキとアイカは真剣な表情を浮かべながらベーゼヒューマンの方へ歩いて行く。
トムズはユーキとアイカが何をする気なのか理解できず、ただ不思議そうに二人を見ていた。男性や神父たちは本当に救ってくれるのかと不安そうな顔でユーキとアイカを見ている。
ベーゼヒューマンの前までやって来たアイカは黙って動きを観察する。今回は討伐ではなくベーゼヒューマンの体内から瘴気を吸い出すことが目的であるため、傷つけないよう剣は鞘に納めたまま構えた。
アイカは両手が空いた状態でベーゼヒューマンと向かい合う。その後ろではユーキが立っており、彼も月下と月影を納めて強化でアイカの精神力を強化する体勢を取っている。勿論、アイカがベーゼヒューマンに襲われたらすぐに助けられるようにしていた。
「アイカ、確認するぞ? まずは彼女を動きを封じてその後に瘴気喰いを体に押し付けて瘴気を吸い出すんだ。いいな?」
「ええ、大丈夫よ。貴方も私の精神の強化、忘れないでね?」
「ああ、任せてくれ」
ユーキはアイカを見つめながら左目でウインクし、アイカもユーキを見て頼もしく思い微笑みを浮かべる。お互いに確認し合うと二人は真剣な表情を浮かべてベーゼヒューマンの方を向いた。
二人がベーゼヒューマンの方を向いた直後、ベーゼヒューマンは高い声を上げながら近くにいるアイカに手を伸ばして襲い掛かる。
アイカは咄嗟に姿勢を低くして手をかわすと左側面に回り込んでベーゼヒューマンを捕まえようとした。だが、ベーゼヒューマンは大きくて腕を振り回して暴れるため、アイカは近づくことができなかった。
どうすればベーゼヒューマンに近づくことができるのかアイカは難しい顔をして考える。するとユーキがベーゼヒューマンの右側面に回り込んで素早くベーゼヒューマンの足を払う。足を払われたベーゼヒューマンはバランスを崩し、その場に尻餅をついた。
「アイカ、今だ!」
隙を作ったユーキはアイカに声をかけ、アイカはチャンスを逃がすまいと素早くベーゼヒューマンに近づき、彼女を仰向けに押し倒す。そして、押さえつけて動きを封じると瘴気喰いを付けた左手をベーゼヒューマンの胸に強く押し付けた。
瘴気喰いを押し付けると手の甲の水晶が緑色に光り出し、手の平に付いている吸収石がベーゼヒューマンの体内にある瘴気を吸収し始め、そのままアイカの体内に流れ込んでいく。
「なっ!? スローネ先生、あれはいったい何なのです?」
「いいから、黙って見てな」
状況を理解できないトムズはスローネに尋ねるが、スローネは質問に答えずアイカを見ている。現状を理解できないトムズは困惑しながらアイカに視線を向け、男性や神父たちも無言で見つめた。
ベーゼヒューマンは瘴気が吸収されることで苦しさを感じているのか声を上げながら暴れ始め、アイカは必死にベーゼヒューマンを押さえつけた。同時に体に流れ込んでくる瘴気によって不快感と軽い頭痛、目眩に襲われて表情を歪ませる。
アイカがベーゼヒューマンの瘴気を吸い出すのを見たユーキはアイカに近づくと強化を発動させて両手をアイカの両肩に置き、アイカの精神力を強化する。
強化で精神力が強化されたことで少しだけ不快感と痛みが和らぎ、アイカも楽になった。だが、それでも完全に消えたわけではないため、アイカはベーゼヒューマンを元に戻すために不快感と痛みに耐えながら瘴気を吸い出していく。
スローネは少し離れた所でアイカが暴れるベーゼヒューマンから瘴気を吸い出す姿を観察し、瘴気喰いの性能確認や改善するべき点がどこなのか調べる。瘴気喰いが実用化できるようにするためにもスローネは細かく観察して問題点を探した。
体内から瘴気を吸い出されたせいかベーゼヒューマンは少しずつ大人しくなっていった。だが逆にアイカの体内には瘴気が溜まり始めているため、アイカの顔色は悪くなっていく。
「アイカ、頑張れ!」
「うっ、ぐううぅ!」
ユーキに声をかけられたアイカは奥歯を噛みしめ、目の前で仰向けにっているベーゼヒューマンを見つめる。早く全ての瘴気を吸い出してほしい、心の中でそう願いながらアイカは耐え続けた。
瘴気を吸収し始めてから二分ほど経過した頃、暴れていたベーゼヒューマンはすっかり大人しくなった。灰色になっていた肌は見る見る肌色になっていき、半開きの目にも光が戻り始める。そして、目と肌が完全に戻るとベーゼヒューマンは元の女性に戻り、女性は眠るように動かなくなった。
女性が大人しくなるとアイカは女性の上から移動して地面に座り込み、ユーキはアイカの隣に来て片膝をつく。男性は女性に駆け寄って仰向けになっている女性を抱き起し、神父たちも女性に近寄った。
ユーキは男性たちに囲まれている女性を確認するとアイカの方を向いて彼女の顔色を確認する。
「大丈夫か?」
「え、ええ……」
「彼女はもう大丈夫そうだ。君も早く体内の瘴気を浄化しろ」
アイカは言われたとおり浄化を発動させて自身の体内に溜まっている瘴気を浄化する。浄化によってアイカの中の瘴気はあっという間に消滅し、アイカの顔色も良くなった。
ユーキはアイカが大丈夫なことを確認すると安心して軽く息を吐く。そんな中、男性に抱き起されていた女性がゆっくりと目を開け、自分の周りにいる男性や神父たちを見回す。
「……此処、何処?」
「お前、大丈夫か!?」
「……貴方?」
状況が理解できない女性は不思議そうに男性を見る。どうやら体内の瘴気を無事に全て吸い出すことができ、人間に戻れたようだ。
男性は妻が人間に戻ったことが信じられないのか目を見開いて驚く。だが、それ以上に妻が助かったことに大きな喜びを感じており、涙を流しながら女性を抱きしめた。
女性は突然抱きしめてくる男性に困惑しながら周りを見回す。神父や他の女性たちも驚きや喜びの表情を浮かべていた。
ユーキとアイカは女性が人間に戻れたのを見て小さく笑う。ベーゼ化してしまった女性を助けることができて二人も嬉しく思っていた。そんな二人の下にスローネがやって来てニッと笑いながらユーキとアイカは見下ろす。
「お疲れさん、よくやってくれたね。アンタたちのおかげで瘴気喰いの問題点が大体わかったよ」
「お役に立ててよかったです」
アイカはスローネを見上げながら少し疲れたような声を出す。今は浄化されているが、先程までベーゼの瘴気を体内に取り込んでいたためアイカも精神的に疲れているようだ。
「あとはルナパレスが使うところを確認してサンロードが使っていた時との違いを確認するだけだ。頼んだよ、ルナパレス?」
「ええ、分かってます」
ユーキはそう言って立ち上がり、座り込んでいたアイカもゆっくりと立つ。立ち上がった時にアイカはふと自分の手に嵌められていた瘴気喰いに目をやった。よく見ると手の甲についている水晶は赤く光って耐久度の限界を表している。
アイカはニ分程度瘴気を吸っただけで耐久度に限外が来ている瘴気喰いを見て驚く。その直後、手の平についている吸収石が砕けて地面に落ちた。
吸収石が砕けたことにアイカと隣にいるユーキは驚いて目を見開く。スローネも壊れた瘴気喰いを見て意外そうな顔をしていた。
「おやおや、もう壊れちまったのかい」
「ス、スローネ先生、これはいったい……」
「どうやらサンロードが選んだ瘴気喰いは二分程度しか瘴気を吸収できなかったみたいだねぇ。ハズレだったようだ」
「ハズレって、そんなくじ引きみたいな言い方……」
笑いながら語るスローネを見て、アイカは瘴気喰いを外しながら困り顔になる。ユーキもスローネを見ながらジト目をしていた。
ユーキたちが会話をしているとトムズが女子生徒を連れて近づいて来る。二人は何が起きたのか全く理解できないため、ユーキたちから詳しく話を聞こうと思っていた。
「スローネ先生、さっきのはいったい何なんですか? どうやってベーゼ化した彼女を元に戻したんです? 説明してください」
トムズは少し力の入った声でスローネに問いかけ、スローネはどこか面倒そうな顔をしながら自分の髪を指で捻じる。
「ハァ、うるさいねぇ……説明してやるから少し落ち着きな」
スローネは力の抜けたような声でトムズを落ち着かせる。スローネが説明してくれると言ったことでトムズは少しだけ落ち着いてスローネが話すのを待つ。女子生徒も興味がありそうな顔でスローネを見ており、ユーキとアイカはスローネたちのやり取りを近くで見ていた。
「まず、さっきのは瘴気喰いという私が新しく作ったマジックアイテムだ。あれは充満している瘴気やベーゼ以外の生物の体内に入り込んでいる瘴気を吸収することができるんだよ」
「ええぇ!? そんなマジックアイテムがあるんですか?」
聞いたことの無いマジックアイテムの話を聞かされたトムズは驚く。スローネは驚くトムズを見て何処か呆れたような表情を浮かべた。
「生徒会には前もって開発している最中だって報告したはずだけど、聞いてないのかい?」
「えっ?」
トムズは反応すると小さく俯いて思い返す。そして、過去に行った生徒会の会議でメルディエズ学園が他人の体内から瘴気を吸い出すマジックアイテムが開発されているとカムネスから聞かされていたことを思い出した。
会議で聞かされていたことを思い出したトムズは自分がちゃんと聞いていなかったことに気付いて気まずそうな反応を見せる。スローネはトムズの反応を見ると忘れていたことを知って溜め息を付き、ユーキとアイカもトムズを見て苦笑いを浮かべていた。
ユーキたちが瘴気喰いのことを話していると男性たちがユーキたちの下にやって来る。ベーゼ化していた女性も体力が戻ったのか男性の肩を借りて歩いていた。
「皆さん、妻を救っていただき、ありがとうございました」
「いいや、気にしないでいいよ。私らはやるべきことをやっただけなんだからね」
礼を言う男性を見てスローネは笑い、男性と女性たちはユーキたちを見ながら感謝の笑みを浮かべる。神父も手を合わせて感謝するような素振りを見せた。
女性が元に戻り、ユーキは広場から脅威と言えるものが無くなったと判断する。しかし、まだ村のあちこちにはベーゼがおり、瘴気も広がっているため安心はできない。ユーキは月下だけを抜いて何が起きても対応できる態勢を取り、アイカもプラジュとスピキュを抜いた。
ユーキたちは広場に来た神父たちを護るため、西門の近くへ移動させようとする。だがその時、広場の東側にある民家の屋根の上から大きな影が広場に飛び込んでユーキたちの前に着地した。
突然の出来事にユーキたちは驚きながら広場に飛び込んできた何かを確認した。そこには人間の女性の上半身と四本の腕、蛇の下半身を持ち、赤い鱗で覆われた生物の姿があり、ユーキたちは生物を見て緊迫の表情を浮かべる。だが、現状からユーキたちは目の前にいる生物がベーゼだとすぐに気付く。
「邪魔だ!」
赤いベーゼは声を上げながら蛇の尻尾を右から横に振って目の前にいる男性と妻の女性、神父の三人を男性を払い飛ばし、続けて尻尾を左から振って残っている二人の女性と少女も払い飛ばした。
尻尾の直撃を受けた男性たちは宙を舞い、勢いよく地面に叩きつけられる。男性や神父たちは倒れたまま動かなくなり、ユーキたちは襲われた男性たちを見て驚愕した。
「……クウゥッ!」
驚いていたアイカは男性たちを傷つけられたことに腹を立て、目を鋭くしながら赤いベーゼの方を向く。だが、アイカが振り向いた瞬間に赤いベーゼは尻尾を器用に操り、尻尾の先端でアイカに突きを放つ。
迫ってきた尻尾を見てアイカは咄嗟にプラジュとスピキュで防御しようとするが間に合わず、尻尾の先端はアイカの右胸に命中してしまう。
「うあぁぁっ!!」
「アイカァ!」
攻撃を受けたアイカを見てユーキは思わず声を上げる。アイカは大きく後ろに突き飛ばされて背中から地面に叩きつけられた。
アイカは赤いベーゼの攻撃を受けたことで苦痛の表情を浮かべる。制服の胸元は僅かに破れており、ツインテールの左側もリボンが解けてばらけていた。幸い制服に付与された魔法がダメージを軽減してくれたおかげなのか意識はある。
ユーキはアイカが倒れる姿を見て目を大きく見開いており、スローネやトムズ、女子生徒も驚いている。すると赤いベーゼは倒れているアイカを見ながら楽しそうに笑い出した。
「私の攻撃を受けてまだ意識が残っているとは、やはりメルディエズ学園の制服はそこら辺の衣服とは違うな」
「……ッ!」
赤いベーゼの声を聞いたユーキは表情を険しくし、赤いベーゼの方を向いて月下を構える。その目にはアイカを傷つけた赤いベーゼに対する怒りが宿っていた。
「それにしても、ベーゼヒューマンを元の人間に戻す術があるとは驚いた。メルディエズ学園は我々が思っている以上に力を付けているようだな」
ユーキの視線に気付いていないのか、赤いベーゼは少し驚いたような口調で語る。どうやらアイカが瘴気喰いで女性を元に戻すところを見ていたようだ。
「誰だ、お前は!?」
力の入った声を出しながらユーキは赤いベーゼに尋ねる。スローネやトムズたちも武器を構えながら赤いベーゼから距離を取って警戒する。
ユーキたちが睨む中、赤いベーゼは不敵な笑みを浮かべながらユーキに視線を向ける。
「私の名はリスティーヒ、誇り高き最上位ベーゼだ」
赤いベーゼは四本の腕を広げ、自分の立場を自慢するかのように名を名乗った。




