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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
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第百二十話  蝕まれた者たち


 ナトラ村の北には広場があり、その中には小さな教会が建っていた。普段は村人たちが集まって祈りを捧げる場所も今はベーゼの襲撃によって神聖な雰囲気は感じられず、緊迫した空気が漂っている。

 教会の前ではパーシュや彼女に同行したディックスたちが武器を構えながら周りにいるベーゼたちと向かい合っている。パーシュたちは教会の入口前に集まり、入口に背を向けてベーゼたちを教会に入れないようにしていた。

 パーシュたちの前には六体のベーゼがおり、その内の四体はベーゼゴブリン、残りの二体は虫襖むしあお色の毛と赤い目を持つベーゼ化したコボルトとなっている。ベーゼゴブリン、ベーゼコボルトたちは手に錆び付いた鉈を持っており、殺意の籠った目でパーシュたちを睨んでいた。


「やれやれ、村の北側に来た途端にベーゼと遭遇することになるとはねぇ」

「どうする、クリディック?」


 面倒そうな顔で呟くパーシュにトムズが声をかけると、パーシュは視線だけを動かしてトムズの方を向き、小さく笑みを浮かべる。


「そんなの決まってるだろう? ちゃっちゃと倒して教会の中にいる人たちを助けるんだよ」


 そう言うとパーシュはベーゼたちの方を見てヴォルカニックを握る手に力を入れる。トムズやディックス、二人の女子生徒も武器を構えて戦いに集中した。

 パーシュたちは数分間、ナトラ村の北側にやって来た。村人がベーゼを恐れて建物の中に隠れていると考えたパーシュたちはベーゼの奇襲を警戒しながら村人が隠れていそうのな建物を探す。そんな時、教会の入口前に集まって扉を叩くベーゼたちを見つけた。

 ベーゼたちの様子から教会の中に村人がいると察したパーシュたちは教会に近づき、ベーゼたちを教会の入口から引き離して現在に至るのだ。

 パーシュたちはベーゼたちの動きを警戒しながら様子を窺う。すると、ベーゼゴブリンの一体が鉈を振り上げながらパーシュに突撃してきた。それにつられるように他の三体のベーゼゴブリンもパーシュたちに向かって走り出す。

 何も考えずに突っ込んでくるベーゼゴブリンたちを哀れに感じながらパーシュは間合いに入るのを待つ。そして、一番最初に突撃してきたベーゼがパーシュの間合いに入った瞬間、パーシュはヴォルカニックを素早く振ってベーゼゴブリンに袈裟切りを放つ。ベーゼゴブリンはパーシュを甘く見ていたのか、攻撃にまったく反応できずに斬られ、崩れるように倒れて黒い靄と化した。

 ベーゼゴブリンを一体倒したパーシュはすぐに体勢を整え、走って来る三体のベーゼゴブリンに視線を向けると左手をベーゼゴブリンたちに向け、同時に混沌紋を光らせて爆破バーストを発動させる。


火球ファイヤーボール!」


 魔法を発動させたパーシュの左手からは火球が放たれ、走って来るベーゼゴブリンの一体に命中する。爆破バーストの能力を付与された火球は命中した瞬間に爆発してベーゼゴブリンを粉砕し、近くにいた他の二体も爆風で吹き飛ばす。吹き飛ばされたベーゼゴブリンたちは体勢を崩してその場に倒れた。

 ベーゼゴブリンたちが倒れると同時にトムズたちも動き出した。トムズはロッドを倒れているベーゼゴブリンの一体に向け、ロッドの先端から火球を放つ。

 火球はベーゼゴブリンに命中すると燃え上がってベーゼゴブリンを包み込む。ベーゼゴブリンは痛みと熱さに鳴き声を上げながら転げまわり、しばらくすると動かなくなって黒い靄となった。

 ディックスは残っているベーゼゴブリンに近づくとベーゼゴブリンが起き上がる前に剣を振り下ろして首を切り落とす。

 頭部と胴体が別れたベーゼゴブリンは痛みを感じることなく息絶え、静かに靄となって消える。ベーゼゴブリンは全て倒され、残るは二体のベーゼコボルトだけとなった。

 ベーゼコボルトたちは仲間を倒したパーシュたちが気に入らないのか鳴き声を上げながらパーシュたちに向かって走り出す。

 鉈を構えながら走って来るベーゼコボルトたちを見て女子生徒の一人が弓矢を構え、ベーゼコボルトの一体に矢を放った。

 矢はベーゼコボルトの右肩に命中し、矢を受けたベーゼコボルトは僅かに苦痛の声を漏らす。そこへもう一人の女子生徒が槍を構えながら距離を詰め、ベーゼコボルトの腹部に貫いた。

 槍を受けたベーゼコボルトは声を上げながらよろめき、鉈を持っていない方の手で槍を引き抜こうとする。しかし女子生徒も槍を抜かれないよう両腕に力を入れ、槍先を深く刺そうとしていた。

 深く刺さったことでベーゼコボルトはより強い痛みを感じて声を上げる。そこへ弓矢を持つ女子生徒がベーゼコボルトの頭部に向かって矢を放ち、矢はベーゼコボルトの眉間に命中した。

 眉間に矢が刺さったことでベーゼコボルトは即死し、両腕をブランと下ろしながら息絶える。ベーゼコボルトの体は槍と矢が刺さったまま靄となって消滅した。

 もう一体のベーゼコボルトは仲間が倒されたことに気付くことなくパーシュに向かっていく。パーシュはベーゼコボルトを見ると中段構えを取り、ヴォルカニックの剣身に炎を纏わせてベーゼコボルトが近づいて来るのを待つ。

 ベーゼコボルトはパーシュの前まで来ると鉈を振り下ろしてパーシュに攻撃する。だがパーシュは右に移動して振り下ろしを難なくかわし、炎を纏ったヴォルカニックで袈裟切りを放って反撃した。

 炎を纏ったヴォルカニックはベーゼコボルトの体を切り裂き、斬撃と炎の痛みを同時に与える。ベーゼコボルトは決定的なダメージを受け、炎に体を焼かれながら俯せに倒れ、黒い靄となった。


「よし、これで全部片づけたね」


 最後のベーゼを倒したパーシュはヴォルカニックを軽く振りながら周囲を見回し、他のベーゼがいないかを確かめる。今いる場所は見通しが良く、もし他にベーゼがいるのならすぐに見つけることができた。

 パーシュたちは周囲にベーゼがいないのを確認すると教会の方へ歩いて行く。入口である扉の前までやって来たパーシュは扉に鍵が掛けられていると予想し、いきなり開けようとせずに軽く扉をノックした。


「おーい、ここを開けてくれぇ!」


 教会の中に隠れているであろう村人に呼びかけるが返事はない。先程までベーゼが扉を無理矢理開けようとしていたのだから警戒しているのだとパーシュたちは考えた。


「あたしらはメルディエズ学園の生徒だ、アンタたちを助けに来たんだよ。外にいるベーゼも全部倒した、だから扉を開けてくれ」


 パーシュは自分たちが危害を加えないこと、ベーゼたちを全て倒したことを教会の中にいる者たちに伝える。無理矢理扉をこじ開けようとすれば逆に怖がらせて警戒心を強くしてしまう可能性があるため、問題が起きないようにするためにも内側から開けてもらうしかなかった。

 声をかけてしばらく待っていると鍵が開いた音が聞こえ、教会の扉がゆっくりと内側に開き、扉の隙間から誰かが外の様子を窺う。

 扉の前にいた人物はパーシュたちの姿を見ると安全だと判断したのか扉が大きく開ける。そこには一人の男性が立っていた。

 男性は五十代後半ぐらいで茶色の短髪に顎髭を生やしており、黒一色の服を着ている。雰囲気からしてナトラ村の神父のようだ。

 普通は言葉を聞けば誰かが救出に来たのだと考えてすぐに開けるだろうと思われるが、ベーゼの襲撃で恐怖していてはすぐに開けようとは思わない。しかもベーゼの中には人間の言葉を話せる存在もいるため、声を聞いてもベーゼである可能性が高いと考えて扉を開けなかったのだろう。


「あ、貴女がたはメルディエズ学園の生徒なのですか?」

「さっきそう言っただろう?」


 再確認する神父にパーシュはどこか困ったような表情を浮かべて答える。神父はパーシュたちを見ると安心した表情を浮かべながら手を合わせた。


「おおぉ、神よ。我らに救いの手を差し伸べていただき、感謝します」


 祈りを捧げる神父を見てパーシュたちは複雑そうな表情を浮かべる。まだ村にはベーゼがいるのに祈りを捧げている場合か、とパーシュたちは疑問に思っていた。


「あ~、とりあえず中に入れてくれるかい? 状況と他に誰がいるか確認しておきたいんだ」

「ハイ、どうぞ」


 神父はパーシュたちを招き入れ、パーシュたちは静かに教会の中へと入っていく。最後に教会に入ったトムズはもう一度教会の周囲を確認してから扉を閉めた。

 教会の中は若干暗く、窓から差し込む外の明かりだけで照らされている。普段は神に祈りを捧げる神聖な場所もベーゼの襲撃を受けているせいか若干不気味さが感じられた。

 パーシュたちが教会の奥へ進むと聖卓の前では二人の女性と一人の少女が座り込んで怯えている。特に少女はベーゼの襲撃で恐怖に呑まれているのか涙目を震えていた。


「……此処にいるのはあの三人とアンタだけかい?」


 女性たちを見たパーシュは神父の方を向き、他に村人はいないのか尋ねる。神父はパーシュの方を向くと深刻な表情を浮かべながら俯いた。


「ハイ……突然あの邪悪な者たちが村を襲撃し、村の人たちは皆、散り散りになってしまったのです。私は偶然教会におり、逃げて来た彼女たちを教会に入れて隠れておりました。ですが、しばらくすると奴らが現れてこの教会に侵入しようと扉を叩いてきたのです」

「そこへあたしらが来てベーゼどもを倒したってことだね?」

「ハイ、本当にありがとうございます」


 神父はパーシュたちの方を向くと頭を下げて改めて礼を言う。怯えていた女性たちも座ったままだが助けに来てくれたパーシュたちを見て頭を下げた。


「礼を言うのは全部終わってからにしな。まだこの村にはベーゼがいるはずだし、瘴気も消えていないんだ」


 真剣な表情を浮かべるパーシュは安心できる状態ではないことを伝え、神父たちは現状を思い出すと不安そうな表情を浮かべる。

 パーシュは聖卓の前にいる女性たちに近づくと姿勢を低くして女性たちの視線に合わせる。


「アンタたち、他の村人たちは何処にいるか分かるかい?」

「い、いいえ、私たちも逃げるのに精一杯でしたので、他の人たちが何処にいるのかまでは……」

「そうかい」


 村人の情報が得られずパーシュは残念に思う。女性は自分たちを助けに来てくれたのに力になれないことを申し訳なく思いながらパーシュを見ていた。


「とにかく、まずはアンタたちを安全な場所へ連れて行く。村の西側にあたしらの仲間がいるからソイツらの所にいれば安全だよ」

「そ、そうですか」


 他にもメルディエズ学園の生徒がおり、安全を保障できる場所があると聞いた神父は小さく笑い、女性たちも安心の表情を浮かべた。


「トムズ、アンタはその子と一緒に神父さんたちをユーキたちの所まで連れて行っておくれ」


 パーシュは槍を持った女子生徒を見ながらトムズに神父たちの護衛を頼んだ。

 村の中では他の村人がベーゼに襲われている可能性が高い。時間を無駄にせず、少しでも早く助けるためにもパーシュたちは神父たちと共に西側へ戻るわけにはいかなかった。

 しかし、だからと言って危険な村の中を神父たちだけで移動させるわけにもいかない。そこでパーシュはトムズと女子生徒に神父たちの護衛を任せることにしたのだ。


「分かった。彼らを正門に連れて行ったらすぐに合流する。それまでは村人の救出は任せるぞ」

「ああ、教会を出たらもう少し北へ行ってみる。終わったらそっちに向かってくれ」


 パーシュはそう言うと自分のポーチから瘴壊丸を四粒取り出してトムズに手渡す。瘴壊丸を受け取ったトムズは神父たちに飲ませる物だと知り、瘴壊丸を神父たちに渡した。


「よし、あたしらはこのまま村人の救出とベーゼの討伐を続ける。ここからは三人になるから、気を引き締めな」

「分かりました!」

「ハイ!」


 ディックスと弓矢を持つ女子生徒は力強い声で返事をする。二人とも早く村人たちを助けたいと強く思っているのか、人数が減っても士気が下がることは無かった。

 二人の反応を見たパーシュは士気に問題は無いと感じると頷き、トムズたちの方を向く。トムズはパーシュと目が合うと「いつでも行ける」と目で伝える。神父たちも瘴壊丸を飲み終えて瘴気の影響を受けない状態になっていた。


「よし、それじゃあ行くよ!」


 パーシュは入口の扉の方へ歩き出し、トムズたちもそれに続く。神父たちは外に出ることに緊張にしているのか、不安そうにしながらパーシュたちの後をついて行く。

 扉の前まで来るとパーシュは扉に耳を当て、教会の前にベーゼの気配がないか探る。気配がないことを確認するとゆっくりと扉を開け、今度は目で外の様子を確かめた。

 教会の外にはベーゼの姿はなく、パーシュは扉を開けるとヴォルカニックを構えながら外に出る。トムズたちもそれに続いて教会の外に出て周囲を警戒した。


「それじゃあ、此処で分かれる。……油断するじゃないよ?」

「お前もな」


 パーシュとトムズは互いに忠告しながら仲間の無事を祈って別れる。パーシュたちは教会から更に北へと向かい、トムズたちは神父たちを連れて正門がある西へと向かった。


――――――


 カムネスたちが村人を探しながら東へ移動している。東側のいたる所にはベーゼの瘴気がばら撒かれており、瘴壊丸を服用していなければ足を踏み入れることができないほど酷い状態だった。

 先頭のカムネスはフウガを鞘に納めたまま歩き、その後ろを剣を男子生徒がついて行く。男子生徒の後ろには村人である若い男女がおり、不安そうな顔をしながら歩いている。そして、二人の後ろでは戦斧を持った男子生徒が殿しんがりを務めていた。

 正門前の広場を出たカムネスたちは真っすぐナトラ村の東へ向かった。だが、広場を出てしばらく移動すると八体のベーゼゴブリンと遭遇する。同行していた男子生徒たちは数の多いベーゼゴブリンを見て焦りを見せていたが、カムネスが一人で全てのベーゼゴブリンを倒し、問題無く先へ進むことができた。

 それからカムネスたちは何度が蝕ベーゼに遭遇しながら東へ移動して村人を捜索した。途中で瘴気が撒かれている場所に辿り着くが瘴壊丸を服用しているカムネスたちにとっては何の問題もない。

 だが、ベーゼを倒してナトラ村を救った後に瘴気が残っていては村人たちが困るため、瘴気を見つけたらフウガの能力や魔法で瘴気を吹き飛ばすようにしていた。

 更に東へ進むと民家に囲まれた小さな広場で男女がベーゼに襲われているところに出くわし、カムネスたちはベーゼを倒して二人を救出する。その後、瘴気に侵されることを警戒して男女に瘴壊丸を飲ませ、他の村人を救出するために同行させて先へ進んだ。


「この辺りは村人たちの家が多く建っているのですか?」


 歩いているカムネスは前を向きながら後ろにいる男女に声をかける。ナトラ村の住人である二人の方が村の構造に詳しいと考えたカムネスは二人に現在地を尋ねることにした。


「あ、ああ、殆どの連中がこの辺に住んでいる。だから、もし化け物たちから逃げて来たのなら、自分の家に逃げ込んでる可能性が高い」


 男性はベーゼの襲撃に怯えているからか、若干怯えた様子でカムネスの問いに答える。男性の答えを聞いたカムネスや男子生徒たちは警戒しながら進んでいく。

 周りには薄い瘴気が充満しており、もしもこの辺りに村人がいたら瘴気に侵されてしまう。カムネスは村人たちの救出を急ぐため、少しだけ歩く速度を上げる。

 早足になったが、カムネスは慌てることなく冷静に周囲を見回しながら進んでいく。勿論、瘴気を消すことも忘れておらず、カムネスたちは魔法で瘴気を掻き消しながら先へ進んだ。

 村人の気配を探りながらカムネスは東へと移動し、他の四人もそれに続く。しばらく進むとカムネスたちは周囲に民家が建っている小さな広場に辿り着いた。その広場にも薄っすらと瘴気が広がっており、カムネスは広場を見つめながらフウガをゆっくり抜いて上段構えを取る。


烈風壊波れっぷうかいは!」


 カムネスはフウガの刀身に風を纏わせると強く振り下ろし、刀身に纏われている風を広場に向けて放った。

 風は音を立てながら広場の瘴気を吹き飛ばし、同時に広場に生えている草なども揺れる。カムネスが風の勢いを弱くしていたため、瘴気は消えても広場の周りにある民家などが壊れることはなかった。

 瘴気が消えるとカムネスはフウガを納刀し、男子生徒たちと共に広場へ入る。瘴気は吹き飛ばしても瘴気の毒素が完全に消えるには時間が掛かるため、カムネスたちは瘴壊丸の効き目が切れる時間を忘れないよう注意した。

 広場の中央にやって来たカムネスたちは周りの民家を見回し、最初にどの民家を調べるか考える。その時、広場の東側から物音が聞こえ、カムネスたちは東側を向いて警戒した。すると、民家の陰から村人と思われる中年男が姿を見せる。


「あっ! あの人、私の隣に住んでいた人です」


 カムネスの後ろにいた女性が中年男性を指差し、女性の隣にいる男性も仲間の無事な姿を見て安心する。しかし、カムネスと男子生徒たちは表情を鋭くしながら中年男性を見ていた。

 よく見ると中年男性は全身の肌が薄い灰色に変色している。目は赤くなっており、光も宿っておらず、まるで意思が無いように見えた。

 中年男性はカムネスたちに気付いたのか、小さい呻き声を出しながらカムネスたちの方を見る。中年男性と目が合った男子生徒たちは警戒を強くし、男性と女性も様子がおかしい中年男性を見て笑みを消す。


「な、何だ? どうなってるんだ?」

「……彼はベーゼ化しています」


 カムネスが静かに語ると男性と女性は目を見開いてカムネスを見る。二人はこれまでベーゼ化したモンスターは見たことがあったが、ベーゼ化した人間は初めて見たため、同じ村の住人がベーゼ化したと言われて衝撃を受けた。

 一方でカムネスはベーゼ化した人間を何度も見たことがあるため驚きはせず、二人の男子生徒も武器を構えながらベーゼとなった中年男性を見ている。


「ベーゼの瘴気に体を蝕まれたモンスターは自我と記憶を失い蝕ベーゼとなり、本能で同じベーゼや位の高いベーゼに従い、我々に襲い掛かります。それは人間も同じで彼も瘴気に侵されてベーゼ化し、ベーゼヒューマンとなったんです」

「ベーゼヒューマン……」


 カムネスの説明を聞いた男性はベーゼヒューマンとなった中年男性を見つめる。

 もしメルディエズ学園の生徒に助けられず、自分も瘴気を吸っていたら彼のようになっていた。そう考えた男性と女性はは恐怖のあまり背筋を凍らせる。


「あ、あの、彼を助ける方法はないのでしょうか?」


 女性はカムネスにベーゼヒューマンを元に戻す方法がないか尋ねる。ベーゼ化した中年男性は女性の隣人であるため、このまま放っておくことはできなかった。

 カムネスは黙って女性の方を向き、顔を見るともう一度ベーゼヒューマンの方を向いた。


「残念ですが、今は無理です。現在、学園では蝕ベーゼを元に戻すマジックアイテムの開発が進めていますが、まだ完成していません」

「そ、それはじゃあ彼は……」


 女性が不安そうな表情を浮かべるとカムネスは腰に差してあるフウガを握る。


「助けることができない以上、彼は此処で倒すしかありません。それに放っておけば、必ず貴方たちに襲い掛かります」


 ナトラ村の住人たちを護るため、ベーゼ化した中年男性を救うためにも倒すしかないと判断したカムネスは目を鋭くしてベーゼヒューマンを見つめ、男子生徒たちも戦闘態勢に入る。

 男性と女性はベーゼヒューマンと向かい合うカムネスを見つめている。仲間が斬られそうになっているのなら止めるのが普通だが、中年男性は既にベーゼとなっており、元に戻すことはできない。そして、放っておけば他の村人に危害を加える可能性があると聞かされれば倒してもらうしかないと二人は考えていた。

 仲間が倒されることに辛さを感じながら男性と女性は無言で見守る。カムネスは男性と女性が見ている中、フウガの鯉口を切ってベーゼヒューマンとの間合いを詰めようとした。だがその時、周りにある他の民家の陰なら新たに八体のベーゼヒューマンが姿を見せる。

 現れたベーゼヒューマンたちは中年女性や若い男女、幼い男の子など様々な姿をしており、ゆっくりと動いてカムネスたちを取り囲む。ベーゼヒューマンたちを見た男子生徒たちは目を見開き、男性と女性も驚愕の表情を浮かべる。


「こ、これは……」

「こんなに大勢の村人が蝕ベーゼになっていたのかよ……」


 二人の男子生徒は周囲を見回しながら驚いており、カムネスは視線だけを動かしてベーゼヒューマンたちの位置を確認した。


(既にこれだけの被害が出ているとは……やはり到着するのが遅かったか)


 ベーゼ化した村人の数を見てカムネスはナトラ村に来るのが遅れたとを改めて実感させられた。

 もう少し早く到着できていればこれほどの被害は出なかったかもしれない、そう感じたカムネスはベーゼヒューマンとなった村人たちを見ながら心の中で申し訳なく思う。せめて村人たちをベーゼ化という苦しみから解放しようと考えたカムネスは全てのベーゼヒューマンを倒すことを決意する。


「僕はベーゼヒューマンを倒す。君たちは彼らを護ってくれ」

「えっ、会長一人で戦うんですか?」


 男子生徒は自分たちに男性と女性の護衛を任せ、一人でベーゼヒューマンの相手をすると言い出したカムネスに驚きの反応を見せる。カムネスは前を向いたまま抜刀の体勢を取った。


「僕らにとって最も優先するべきことは村人の救出だ。全員がベーゼヒューマンと戦ったから二人を護ることはできなくなる。それなら神刀剣の使い手である僕が一人で彼らと戦った方がいい」


 カムネスの言葉を聞いた男子生徒たちは「確かに」と言いたそうな表情を浮かべる。村人が助からなければナトラ村にいるベーゼを全て倒しても意味が無い。村のため、村人たちのためにもまずは彼らの身を護ることが重要だった。


「……分かりました。二人は僕らが命を懸けて護ります」


 カムネスの期待を裏切らないためにも男性と女性は必ず護ると決意した男子生徒は力強く返事をし、もう一人も真剣な顔で頷く。

 男子生徒たちの反応を見たカムネスはベーゼヒューマンたちの方を向くと足を曲げ、ベーゼヒューマンたちの向かって走ろうとした。その時、民家の屋根の上から無数の影が飛び下りてカムネスの前に着地する。

 突然目の前に下り立った影にカムネスは一瞬驚きの反応を見せるが、すぐに平常心を取り戻して影の正体を確認する。

 カムネスの前には石斧を持った三体のベーゼゴブリンが立っており、ベーゼゴブリンたちはカムネスたちを睨みながら口からヨダレを垂らした。

 新たに蝕ベーゼが現れてカムネスは面倒に思うが、ベーゼヒューマンたちを倒すには目の前にいるベーゼゴブリンたちを倒さないといけない。

 カムネスはまずは目の前にいるベーゼゴブリンを倒そうとフウガの柄を握る。だがその直後、今度は五時の方向から突然大きな音を響き、音を聞いたカムネスたちは民家の方を見た。

 視線の先にはベーゼオーガの姿があり、持っている丸太の棍棒で民家の壁を叩き壊していた。ベーゼオーガの姿を見たカムネスたちは先程の音が民家を壊した音だと知り、同時に新たに蝕ベーゼが現れたことを面倒に思う。


「おいおい、ゴブリンの次はオーガかよ。流石にちょっとマズいんじゃないか?」

「馬鹿! 弱気になるな。僕たちには会長が付いてるんだ。それにさっき命を懸けるって言ったばかりじゃないか」


 予想外のことが連続で起きたことで男子生徒の一人が弱気になり、もう一人が声をかけて仲間を勇気づける。

 様々な思いを懐きながら男子生徒たちは武器を握ってベーゼオーガを見上げ、男性と女性は男子生徒とカムネスの後ろで怯えた表情を浮かべた。

 カムネスたちがベーゼゴブリンたちとベーゼオーガを警戒している間、ベーゼヒューマンたちは静かに移動し始める。不思議なことにカムネスたちを襲おうとせず、ベーゼヒューマンたちは村の東の方へ歩いていく。まるで誰かに呼ばれてその人物の下へ向かうようだった。


「お、おい、皆が行っちまうぞ」


 男性は村の奥へ移動するベーゼヒューマンたちを指差しながらカムネスに声をかける。ベーゼになってしまった村の仲間たちを少しでも早く苦しみから解放してほしいと思っていた男性は移動するベーゼヒューマンたちを見て少し焦りを感じていた。


「落ち着いてください。まずはコイツらを倒して貴方がたの安全を確保します」


 焦る男性にカムネスは落ち着いて声をかける。男性はカムネスの言葉を聞くと現状を思い出し、ベーゼゴブリンとベーゼオーガを見ながら口を閉じた。

 ベーゼゴブリンたちとベーゼオーガは鳴き声を上げながらゆっくりとカムネスたちに近づく。カムネスと男子生徒たちは構えながらベーゼたちの動きを窺う。


(それにしても妙だな。このナトラ村に来て何度かベーゼに遭遇したが、遭遇したのは全て蝕ベーゼだけだった。他のベーゼにはまだ一度も遭遇していない)


 カムネスはベーゼゴブリンとベーゼオーガを見ながらこれまで遭遇したベーゼのことを思い出し、それと同時に一つの疑問を懐いていた。

 蝕ベーゼは下位ベーゼよりも知能が低く、位が上で知能が高いベーゼの命令が無ければ複雑な行動を執ることはできない。命令するベーゼがいなければ蝕ベーゼたちはただ人間たちを襲ったり、何も考えずに暴れることしかできないのだ。

 だが、ナトラ村にいる蝕ベーゼたちは村人たちを探し回ったり、命令も無いのに何処かへ移動すると言った行動を執っている。カムネスはなぜ蝕ベーゼが複雑な動きができるのか不思議に思っていた。


(蝕ベーゼたちは命令が無ければ本能だけで行動する。さっきのベーゼヒューマンたちも普通なら一斉に僕たちに襲ってきたはずだ。それなのに僕らを襲わずに奴らは村の奥へ移動した。つまり、この村には奴らに命令を出すベーゼがいると言うことだ。……だが、未だのそのベーゼは姿を見せてない。なぜだ?)


 指揮を執るベーゼがなぜ現れないのか、カムネス体勢を変えず視線だけを右に動かして考えた。

 カムネスの前では三体のベーゼゴブリンがカムネスを威嚇するように鳴き声を上げている。だが、カムネスはベーゼゴブリンの鳴き声が聞こえていないのか視線を逸らしたまま黙っていた。

 ベーゼゴブリンたちはカムネスが自分たちを見ていない今が攻撃するチャンスだと思ったのか、石斧を振り上げながら一斉にカムネスに飛び掛かる。

 カムネスとの距離を縮めたベーゼゴブリンたちは石斧で攻撃しようした。だが次の瞬間、カムネスは視線をベーゼゴブリンたちに向け、素早くフウガを抜刀して三体のベーゼゴブリンをもの凄い速さで一度ずつ斬る。

 攻撃を終えたカムネスは静かにフウガを鞘に納め、完全に納刀した瞬間、ベーゼゴブリンたちの胴体に切傷が生まれた。

 斬られたベーゼゴブリンたちは鳴き声を上げながら地面に叩きつけられ、そのまま黒い靄と化して消滅した。男子生徒たちはカムネスの素早い攻撃を目にして感心し、男性と女性は目にも止まらぬ速さでベーゼゴブリンたちを倒したカムネスを見て呆然としている。


(……今はそんなことを考えている場合じゃないな。まずは目の前にいる敵を片付け、村人たちを救出するのが先だ。ベーゼヒューマンや指揮を執っているベーゼのことはその後に考えればいい)


 男子生徒たちが見ていることに気付いていないのか、カムネスは冷静に何をするべきかを考え、ベーゼオーガの方を向いた。

 ベーゼオーガは鳴き声を上げながら棍棒を振り上げてカムネスたちに襲い掛かろうとする。カムネスを見ていた男子生徒たちは鳴き声を聞くと驚いたのか目を見開いてベーゼオーガをの方を向き、男性と女性は怯えながらベーゼオーガを見上げた。

 男子生徒たちは攻撃態勢に入ってるベーゼオーガを見ながらどう対処するか考える。そんな時、カムネスがベーゼオーガに向かって走り出し、ベーゼオーガの前まで近づくと高くジャンプしてベーゼオーガの胴体と同じ高さまで跳び上がった。

 カムネスは目を鋭くしてベーゼオーガの動きや体形などを分析し、それが終わるとジャンプしたままフウガの鯉口を切った。


「グラディクト抜刀、竜首斬りゅうしゅざん!」


 フウガを強く握りながらカムネスは抜刀し、勢いよく横に振る。フウガはベーゼオーガの胴体を深く切り裂き、ベーゼオーガは鳴き声を上げながらふらつく。

 竜首斬は相手の動きや体形を分析し、最高のタイミングで攻撃する技であるため、ベーゼオーガの強靭な肉体を難なく切ることができた。

 カムネスの一撃でベーゼオーガは致命傷を負い、ゆっくりと仰向けに倒れて静かに黒い靄となって消える。ベーゼオーガを倒したカムネスを見た男子生徒たち、男性と女性は目を丸くして驚いていた。

 ベーゼオーガを倒したカムネスは着地するとフウガを納刀し、驚いている男子生徒たちの方を向いた。


「さあ、村人の捜索を再開しよう。まだ無事な村人は大勢いるはずだ、急がなければ彼らもベーゼヒューマンになってしまう」

「ハ、ハイ!」


 声をかけられた男子生徒は返事をし、他の三人も我に返る。カムネスたちは他の村人たちが無事なことを祈って先へ進んだ。


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