第百十九話 ナトラ村救出作戦
メルディエズ学園を出発したユーキたちはナトラ村へ向かうために東へ向かって荷馬車を走らせる。少しでも早くナトラ村に着けるよう、三台の荷馬車はもの凄い速さで一本道を走っていた。
ナトラ村に着くまでの間にカムネスたち上級生は同じ荷馬車に乗っているユーキたちに詳しい情報を説明し、ユーキたちは真剣な表情を浮かべながらカムネスたちの話に耳を傾けた。
依頼しに来た村人の話によると突然ベーゼの群れが村に現れ、村人たちを襲い始めたそうだ。ベーゼの正確な数は分かっていないが、現れたのはゴブリンやコボルト、オーガと言った下級モンスターがベーゼ化した存在ばかりでその中には下位ベーゼも数体おり、村に侵入した直後、村中に瘴気をばら撒いたらしい。
カムネスたちから話を聞いたユーキたちはこうしている間も村人たちがベーゼに襲われているはずだと感じながら自分たちの武器を強く握る。御者の生徒も急いでナトラ村へ向かわなくてはと手綱を強く握りながら馬を走らせた。
十数分後、ユーキたちが乗る荷馬車は目的地であるナトラ村が一望できる丘の上に辿り着く。遠くには丸太の柵で囲まれた村があり、村の西側には入口と思われる門があるが破壊されている。そして、村のいたる所では紫色の瘴気が広がっていた。
ナトラ村の状態を目にしたユーキたちは緊迫した表情を浮かべており、一部の生徒は悔しそうな表情を浮かべる。村人がまだ生き残っていることを祈りながらユーキたちは村へ急いだ。
荷馬車は破壊された門を通過してナトラ村に入り、門の前にある広場で荷馬車を急停止させる。荷馬車が停まると荷台に乗っていた生徒たちは一斉に降り、武器を構えながら周囲を確認した。
広場にはベーゼによって破壊されたと思われる荷車や家具などの残骸が転がっており、家畜と思われる馬や牛の死体もある。奥の方では民家や倉庫と思われる小屋がベーゼの瘴気に呑み込まれていた。
「コイツは思った以上に酷いね」
ヴォルカニックを中段構えに持つパーシュが鋭い表情を浮かべながら呟く。彼女の近くには一緒に荷馬車に乗っていたディックスやトムズ、他の生徒たちがおり、ナトラ村の状態を見て表情を曇らせていた。
パーシュたちの右側にはカムネスと彼と同じ荷馬車に乗っていたユーキとアイカ、スローネや二人の生徒がおり、武器を構えて周囲を見回している。そして、カムネスたちの右側にはフレードとフィラン、ハリーナ、依頼をしに来た村人の男性、残りの生徒たちの姿があった。
「そ、そんな、こんな短い時間で……」
男性はナトラ村の現状に愕然とする。自分が村を出る前よりも被害が大きくなっていたため、驚きを隠せずにいた。
「み、皆ぁ! 何処にいるんだぁ!?」
残してきた村人たちのことを心配する男性は村の奥へ走り出そうとする。すると隣にいたフレードが男性の襟を強く掴んで止めた。
「馬鹿野郎! 何も考えずに瘴気が充満している中に突っ込むつもりか!?」
声を上げながらフレードは男性を叱責する。少しでも体内に入れば危険な瘴気の中に何の対策もせずに一人で入ろうとしたのだから当然だ。
フレードが男性を睨んでいると、男性はフレードの方を向くと不安の表情を浮かべた。
「で、ですが、村の奥には私の家族や他の皆がいるんですよ? 今でもベーゼに襲われてるかもしれないのに……」
「んなこたぁ言われなくても分かってらぁ! ソイツらを助けるために俺たちは此処にいるんだろうが。こっからは俺らの仕事だ、お前は下がって大人しくしてろ」
そう言ってフレードは不安がる男性の襟を引っ張って後ろに下がらせる。男性はよろめきながら後ろに下がるとナトラ村の何処かにいる家族たちが心配なのか暗い顔のまま俯く。
男性の様子を見たフレードは小さく舌打ちをし、佩してあるリヴァイクスを抜きながらカムネスの方を向いた。
「どうするんだ、カムネス?」
フレードが部隊の指揮を執るカムネスに声をかけると、カムネスは視線だけを動かして広場の様子を確認すると前を見ながら口を開く。
「まずは村人たちを救出する。情報では村人たちはベーゼに襲われないよう、民家や倉庫の中に隠れているはずだ。瘴壊丸を服用し、瘴気を消しながら村の奥へ進む」
カムネスの言葉を聞いたフレードは自分のポーチから瘴壊丸を取り出して口の中に入れ、フィランやパーシュたちも瘴気に侵されないよう瘴壊丸を飲む。
ただ、ユーキとアイカだけは瘴壊丸を飲まなかった。理由はスローネから渡された瘴気喰いの実験をするためだ。
生徒たちが瘴壊丸を飲むとカムネスは振り返ってパーシュと彼女の近くにいる生徒たちの方を向いた。
「パーシュ、お前は四人ほど連れて村の北へ向かい、村人たちの救出とベーゼの討伐に当たってくれ」
「分かったよ」
パーシュが小さく頷き、彼女の周りにいるディックスたちも真剣な顔でカムネスを見ている。返事を聞いたカムネスは次にフレードの方を向いた。
「フレード、お前も生徒を四人選んで南へ向かってくれ。僕は残りを連れて村の東へ向かう」
「ああ、任せておけ」
フレードは頷きながら返事をし、隣に立っているフィランは無表情でカムネスを見ている。ハリーナは難なく救助できると思っているのか余裕の笑みを浮かべいた。
「村人を見つけたらこの広場にまで連れて来るんだ。瘴気に侵されている可能性がある、見つけたら念のために瘴壊丸を飲ませろ」
「会長さん、ちょっといいかい?」
カムネスがパーシュたちに指示を出しているとスローネがカムネスに声をかけ、カムネスはスローネの方を向く。
「この広場で救出した村人たちを連れて来るのなら、安全の確保と村人の護衛をする生徒をこの広場に残しておいた方がいいんじゃないかい?」
スローネは持っている杖の先で地面を叩きながら広場に見張りの生徒を残すことを提案する。
救出した村人を広場に連れて来ても、広場にベーゼがやって来て村人に襲い掛かったら何の意味が無い。村人を護るためにもスローネは何人かの生徒を広場に待機させるべきだと思っていた。
「勿論、そのつもりです。ただ、村の中にベーゼが何体いるかは分かっていません。一度に大量のベーゼと戦う可能性があるため、多くの生徒を村人の救出に回したいと思っています」
「つまり、この広場に残せる生徒は僅かと言うわけだね?」
「ハイ、僕としては実力のある人物、二三人を広場の見張りに付けようと思っています」
広場に残すのが三人までと聞いたスローネは「ほおぉ」という顔をしながら小さくコクコクと頷く。
二三人というのは広場の確保と救出した村人の護衛をするには少なすぎると思われる数だが、瘴気に呑まれたナトラ村の中で数が分からないベーゼと戦うことを考えると広場に多くの生徒を残すことはできない。スローネはそれを理解していたため仕方ないと思っていた。
「それなら、広場には私とルナパレス、サンロードの三人が残るよ」
スローネの言葉にカムネスは小さく反応し、スローネの近くにいたユーキとアイカはスローネの方を向く。会話を聞いていたパーシュとフレードは意外そうな表情を浮かべながらスローネの方を見た。
ユーキとアイカは今いる生徒の中でもかなりの実力者であるため、本来は前線に出て村人の救出とベーゼの討伐に就くべきだ。パーシュやフレード、一部の生徒たちもユーキとアイカの力を知っているため、スローネが広場に残る生徒に二人を選んだことに内心驚いていた。
「なぜ、ルナパレスとサンロードを?」
「ルナパレスはアンタたち神刀剣の使い手に匹敵する実力を持っている。彼がいれば仮に強力なベーゼが広場に現れても問題無く対処できるだろう?」
「確かに……」
「サンロードを選んだ理由は浄化の混沌術を開花させているからさ。この広場は村人を避難させる場所であると同時に私たちの活動拠点となる場所だ。もしも此処が瘴気に呑まれてしまったらこちらが不利になる。瘴気に呑まれそうになったら彼女の浄化で瘴気を浄化してもらおうと思ってね」
スローネがユーキとアイカを選んだ理由を話すとカムネスは腕を組み、「成る程」と言いたそうな反応をする。どちらも二人を広場に残す理由としては納得できるものだとカムネスは感じていた。
「……分かりました。二人には貴女と共に広場に残ってもらいます」
カムネスはスローネの案を受け入れ、ユーキとアイカを広場に残すことにした。パーシュとフレードはカムネスの答えを聞いて驚いたような反応を見せた。
「カムネス、いいのかい? 二人が前線に出ればこっちがかなり有利になると思うんだけど?」
パーシュは本当にユーキとアイカを広場に残して良いのか尋ねる。
「スローネ先生の言うとおり、この広場は我々にとって重要な場所だ。此処を失えば村人たちを助けることは愚か、何か遭った時に村から出ることもできなくなる」
「そりゃあ、そうかもしれないけど……」
カムネスが言葉を聞いたパーシュはどこか納得できないような顔をしながら小さく俯く。パーシュとしては短時間で村人を救出し、ベーゼを討伐するためにもユーキとアイカを前線に出すべきだと思っていた。
俯いているパーシュを見たカムネスは振り返り、瘴気が充満している村の奥を見つめた。
「今は時間が無い。広場は三人に任せ、僕らはベーゼたちを倒しながら急いで村人たちを救出する」
「そうだぞ? つまらねぇことでいちいち悩んでねぇで目の前のことに集中しろ」
「アンタにだけは言われたくないよ!」
カムネスの続いて語り掛けてくるフレードにパーシュは軽く目くじらを立てて言い返す。普段、細かいことを考えずに行動することが多いフレードに言われて苛ついたようだ。
フレードは自分を睨むパーシュを見ながら鼻で笑い、パーシュはフレードの反応を見て奥歯を噛みしめる。カムネスは二人の方を見ることなく生徒たちに声をかけた。
「各自、ベーゼの襲撃に警戒しながら村人を救出しろ。救出中にベーゼが現れた場合は素早く討伐しろ」
『ハイ!』
生徒たちは声を揃えて返事をし、パーシュとフレードも気持ちを切り替えて村人を救出することに集中する。フィランは相変わらず無表情のまま村の奥を見つめていた。
カムネスは二人の男子生徒を連れて村の東の方へ走り出し、パーシュはディックスとトムズ、二人の女子生徒を連れて北へ向かう。フレードもフィランとハリーナ、男子生徒二人を連れて南へ向かって走り出した。
「……皆、行きましたね」
広場に残ったユーキは走っていくカムネスたちの後ろ姿を見つめる。アイカとスローネもユーキと隣でカムネスたちが走っていく姿を見ており、依頼しに来た男性も不安そうな表情を浮かべて村の奥を見ていた。
「さぁて、私たちは会長さんたちが村人を連れてくれるまで周囲の警戒をしておくかねぇ」
スローネは気の抜けたような声を出しながら右肩を回して周囲の見張り始める。そんなスローネをユーキとアイカは見つめていた。
「あの、スローネ先生? もしかして俺たちを広場に残したのって、広場にベーゼが現れた時に瘴気喰いを使わせるためですか?」
「ああ、そのとおりだよ」
ユーキの問いにスローネは周囲を見回しながら答えた。
スローネはカムネスにユーキとアイカが広場に残る生徒に一番適任だと話していたが、それ以外にもユーキとアイカが瘴気喰いを使うところを見たいという理由もあった。
前線に出るということは瘴気が充満している所に行かなくてはいけないため、必ず瘴壊丸を服用することになる。スローネとしては瘴壊丸を服用していない状態で瘴気喰いを使ってもらいたいため、ユーキとアイカを瘴気が無い広場に残したかったのだ。
「スローネ先生、俺もアイカも瘴気喰いを完成させるのに協力するとは言いましたけど、今回俺たちはナトラ村の人たちを助けるために来たんです。ですから、村人が危険な状況になった場合は瘴気喰いの実験よりも救出を優先させてもらいますが、構いませんか?」
「勿論だ。私もメルディエズ学園の教師であり、元は生徒だった女だよ? 人々がベーゼに襲われている状況でマジックアイテムの開発を優先するほど腐っちゃいないよ」
(それならパーシュ先輩が緊急の依頼が入ったって言った時に一緒に行くなんて言うなよ……)
ユーキはスローネの今の言葉とメルディエズ学園で考えていたことが矛盾しているのではと感じながらスローネをジト目で見つめる。
――――――
フレードたちは畑の近くを走ってナトラ村の南へ向かう。ベーゼと遭遇した時にすぐ対処できるよう、周囲を警戒しながら村人が隠れていそうな場所を探した。
ナトラ村の南側は畑が多く、建物は藁や取れた作物などを保存する倉庫ぐらいしかなかった。ただ、建物が少ない分見通しは良く、瘴気も撒かれていない。もし外に村人やベーゼがいればすぐに見つけることができる状況だった。
「この辺りには村人はいないみてぇだな」
フレードは走りながら周りを見回し、フィランやハリーナ、他の生徒も同じように村人がいないか確認しながらフレードの後をついて行く。門の前の広場でユーキたちと別れてから村人を探しながら来たがまだ誰とも遭遇していない。
「村人どころかベーゼすらいないじゃないですか。もしかして南側には誰もいないんじゃないですか?」
ハリーナはつまらなそうな表情を浮かべながらフレードの語り掛ける。どうやら彼女は村人の救出とベーゼの討伐で活躍してやろうと思っていたらしく、誰もいない南側を見て不満を感じているようだ。
「一人もいねぇなんてことはあり得ねぇ。例え村人がいなかったとしても、ベーゼがいる可能性は高いんだ。よく見て探せ」
「ハァ~イ」
不満そうな顔のままハリーナは改めて周囲を見回す。後ろにいた二人の男子生徒も何処かにいるであろう村人たちの無事を祈りながら探した。
フレードたちが周囲を見回しながら村人やベーゼを探す。するとフィランが何を見つけて立ち止まり、フレードたちもフィランにつられるように立ち止まった。
「どうした、ドールスト?」
「……あそこ」
呟きながらフィランは指差し、フレードたちはフィランが指差す方を確認する。フィランの指の先、数十m離れた所には大きめの倉庫が建っており、その倉庫の壁を藍鼠色の肌と赤い目をしたベーゼオーガが鳴き声を上げながら両手で叩いていた。
「ベーゼ化したオーガか。興奮しながら倉庫を叩いてやがるな」
「……中に村人がいるかもしれない」
「ああ、可能性は高いな。仮に倉庫ん中に村人がいなかったとしても、オーガをあのまま放っておくことはできねぇ」
ベーゼオーガを見つめながらフレードはリヴァイクスを構え、フィランたちも自分の得物を構えた。そして、五人は一斉にベーゼオーガに向かって走り出す。
気付かれる前にベーゼオーガを倒したいと思っていたフレードたちは全速力で走り、一気に距離を縮めようとする。だが、ベーゼオーガの20mほど手前まで近づいた時、ベーゼオーガもフレードたちに気付き、五人の方を見ながら大きな鳴き声を上げた。
ベーゼオーガが鳴いた直後、倉庫の陰から蝋色の肌と赤い目をしたベーゼゴブリンが三体現れ、石斧を振り上げながら走って来るフレードたちを威嚇する。
「チッ! オーガ以外にもいやがったのか!」
フレードは現れたベーゼゴブリンを見ると鬱陶しく思いながら舌打ちをする。男子生徒たちはベーゼオーガ以外にも蝕ベーゼがいたことを知ると面倒に思ったのか僅かに表情を歪ませた。
「ハッ! たかがゴブリンが出てきたところで戦況は何にも変わらないわよ。ただ始末する存在の数が増えるだけ!」
ハリーナは余裕の笑みを浮かべ、走りながら持っているロッドの先をベーゼゴブリンたちに向け、ロッドの先に赤い魔法陣を展開させた。
「三つの火矢!」
魔法の名前を叫んだ直後、ロッドの先から先端の尖った火矢が三つ放たれ、遠くにいるベーゼゴブリンたちの体に一つずつ命中する。火矢を受けたゴブリンたちは炎に包まれ、苦痛の声を上げながら黒焦げになり、そのまま崩れるように倒れて黒い靄となって消えた。
ハリーナはベーゼゴブリンを全て倒すとニッと笑みを浮かべ、フレードは意外そうな表情、男子生徒たちは驚きの表情を浮かべながらハリーナを見た。
三つの火矢は炎属性の中級魔法で火球より速い火矢を一度に三つ放つことができる。火球と比べると攻撃力は低いが、一体の敵に三つ全てを命中させれば大ダメージを与えることが可能なため、中級生以上で魔導士である生徒の殆どが習得している。
ベーゼオーガはベーゼゴブリンが黒焦げになるのを見るとフレードたちの方を向いて再び大きな鳴き声を上げる。
ベーゼゴブリンが一度に三体倒されるのを見れば知能の低い存在でも危険な敵だと感じるだろう。しかし、ベーゼ化したことでベーゼになる前よりも知能が低下しているベーゼオーガはフレードたちが危険な存在だと理解できなかった。
声を上げてフレードたちを威嚇するベーゼオーガは足音を立てながらフレードたちに向かって走り出す。突撃して来るベーゼオーガを見た男子生徒たちは緊迫した表情を浮かべるが、ハリーナだけは余裕の笑みを崩さなかった。
「何も考えずに突っ込んで来るなんて、馬鹿な奴。今度はアンタを黒焦げにしてあげるわ!」
ハリーナはそう言ってロッドをベーゼオーガに向けて魔法を発動させようとする。すると、斜め前を走っていたフィランが速度を上げて一気にベーゼオーガとの距離を縮めた。
ベーゼオーガに一人で突っ込むフィランを見てハリーナや男子生徒たちは軽く目を見開いた。
フィランはコクヨを右手で握りながらベーゼオーガの足元まで近づく。ベーゼオーガはフィランを見下ろしながら左足を上げて踏みつぶそうとするが、フィランは慌てることなくベーゼオーガを見上げ、混沌紋を光らせて暗闇を発動させた。
暗闇が発動したことでフィランを中心に半球状の闇が膨張してベーゼオーガを呑み込む。フィランが暗闇を発動したのを見たフレードは闇に呑まれないよう急停止し、ハリーナたちもつられて立ち止まる。幸い闇はベーゼオーガを呑み込んだ直後に膨張を止めたため、フレードたちを呑み込むことはなかった。
闇に呑まれたベーゼオーガは周囲を見回しながら慌てるように声を上げる。視界が黒一色になったことで知能が低下したベーゼオーガも流石に驚いたようだ。
ベーゼオーガの左斜め後ろではフィランがコクヨを両手で握りながら動揺するベーゼオーガを見ており、攻撃する隙を窺っていた。そして、ベーゼオーガが背を向けた瞬間、フィランは強く地面を蹴ってベーゼオーガの背中と同じ高さまで跳び上がる。
「……クーリャン一刀流、四連舞斬」
フィランはジャンプしながら八相の構えを取り、コクヨを素早く四回振ってベーゼオーガの背中を斬る。ベーゼオーガは暗闇の中で無防備状態だったため、フィランの攻撃は全て命中した。
背中の痛みにベーゼオーガは声を上げながら前に倒れるが、咄嗟に両手を地面に付けたことで体を地面に叩きつけずに済んだ。跳び上がっているフィランは四つん這い状態のベーゼオーガを見下ろすと静かに上段構えを取る。
「……クーリャン一刀流、輪界断刃」
両手両膝を地面に付けるベーゼオーガの上から落下するフィランは両腕を前に振ると同時に自身の体も前に回転させてコクヨを勢いよく振り下ろす。腕の力と体を回転させる力を利用した振り下ろしはベーゼオーガの背中に深く切り裂いた。
フィランの攻撃を受けたベーゼオーガは暗闇の中で断末魔を上げる。その一撃が致命傷となり、ベーゼオーガは俯せに倒れるとそのまま動かなくなって黒い靄と化した。
ベーゼオーガが消えると同時にフィランも着地し、暗闇を解除して闇を収縮させる。闇が小さくなると外側にいたフレードたちもフィランの姿が見えるようになった。
フレードはベーゼオーガの姿が無く、フィラン一人が立っている光景を見るとフィランがベーゼオーガを倒したのだと知って二ッと笑みを浮かべる。
「ヘッ、相変わらずやるな。あの程度のベーゼじゃ遊び相手にもならねぇか」
フィランの実力を認めているフレードは何事も無かったかのように立つフィランを見ながら楽しそうに喋る。
男子生徒たちは自分たちが見えない所でベーゼオーガを倒したフィランに驚いて目を丸くしていた。ただ、ハリーナは活躍の場を持っていかれたのが気に入らないのか、不満そうな顔でフィランを見ている。
フレードたちはフィランと合流するために彼女の下へ歩いて行き、フィランもフレードたちの方へ向かう。だがその時、フィランの後ろに置かれていた木箱の陰からベーゼゴブリンが飛び出し、背中を向けるフィランに襲い掛かろうとする。先程倒した三体以外にまだベーゼゴブリンが隠れていたようだ。
ベーゼゴブリンに気付いたフィランは表情を変えずに後ろを向いた。フィランは背後からベーゼが襲い掛かってくることを予想していたのか、慌てずにベーゼゴブリンを迎撃しようとする。
フィランは振り返りながらコクヨでベーゼゴブリンを斬ろうした。するとフィランが動くよりも先にフレードがリヴァイクスの切っ先をベーゼゴブリンに向け、伸縮の能力を発動させて剣身を伸ばしてベーゼゴブリンの体を貫く。
体を貫かれたベーゼゴブリンは掠れた声を出しながら弱々しく体を動かし、やがて動かなくなると黒い靄となって消滅する。
ベーゼゴブリンが消滅するとフレードはリヴァイクスの剣身を元の長さに戻し、フィランを見ながら笑う。
「オーガを倒したからって油断するのは良くねぇな?」
「……油断はしていない。貴方がやらなくても、問題無く対処できた」
「ヘッ、そうかい」
無表情で静かに語るフィランを見ながらフレードは鼻で笑う。フィランはフレードの反応を見ても不快には思わず、黙ってフレードたちの方へ歩いて行く。その間もフィランは他にベーゼが潜んでいないが周囲を警戒していた。
戦闘が終わり、フレードたちは周辺にベーゼがいない警戒しながら倉庫に近づく。入口である扉の前まで来るとフレードは耳を澄ませて倉庫の中に誰かいるか確認する。その直後、中から微かに物音が聞こえ、フレードは左手で倉庫の扉を勢いよく開けた。
「キャアアァッ!」
扉が開けると倉庫の中から若い女性の悲鳴が聞こえ、フレードたちは警戒しながら倉庫の中を見る。倉庫の中には大量の藁が敷かれており、一番奥にある藁の上では十代後半ぐらいの少女と顔色の悪い老人が座っていた。
フレードたちは少女と老人を見るとナトラ村の住人だと察し、倉庫に入って二人の下へ向かう。少女は怯えており、涙目で震えながら近づいてくるフレードたちを見ている。
少女と老人の前まで来るとフレードは姿勢を低くして少女と目線を合わせた。
「落ち着け、俺たちは敵じゃねぇ。お前らを助けに来たんだ」
「た、助けに?」
フレードを見ながら少女は震えた声で訊き返し、フレードは無言で頷く。フィランとハリーナはフレードの後ろで少女と老人を見ており、男子生徒たちは武器を構えて周囲を警戒する。
しばらくフレードたちを見ていた少女は安心したのか俯きながら嬉し涙を流す。少女の反応を見たフレードたちは自分たちが来るまでの間、とても怖い思いをしたのだと感じた。
少女が泣いていると隣で座っている老人が咳き込み、少女はフッと顔を上げて老人の方を向いた。
「お爺ちゃん! しっかりして」
涙を流しながら少女は老人に声をかける。少女の反応から老人は彼女の祖父のようだ。
「爺さん、いったいどうしたんだ?」
「ベーゼが村にばら撒いた紫色の煙みたいな物を吸ってこんな状態に……」
「チッ、瘴気を吸っちまったのか」
老人が瘴気に侵されていることを知ってフレードは舌打ちをし、自分のポーチから予備の瘴壊丸を取り出して少女の前に出す。
「コイツを爺さんに飲ませろ。そうすれば良くなる」
「えっ? これを、ですか?」
「早くしろ!」
「ハ、ハイ!」
声を上げるフレードに驚いた少女は瘴壊丸を受け取って老人に飲ませる。老人は瘴壊丸の苦さに表情を歪めるが、何とか飲み込むことができた。
それから僅か数秒後に老人の顔色は良くなり、咳き込むことも無くなった。老人の体調が良くなると少女は笑みを浮かべ、フレードも一安心する。
フレードは立ち上がって倉庫の中を簡単に見回し、少女と老人以外に誰も倉庫の中にいないのを確認すると少女の方を向いた。
「他の連中は何処にいる? 全員、お前らみたいに建物の中に隠れてんのか?」
村人たちはどうしているのかフレードは少女に尋ねる。少女はフレードの方を見ると深刻そうな表情を浮かべて俯き、少女の反応を見たフレードは目を細くした。
「多分、隠れてると思います。突然ベーゼが襲ってきて、村中の紫色の煙をばら撒いたんです。皆、慌てて建物の中に逃げ込んですが、逃げ遅れた人は煙を吸ってしまい、そのまま苦しみ出して……」
襲われた直後のことを思い出した少女は小さく震えながら説明し、フレードは既に瘴気の犠牲になった村人がいると知って表情を鋭くする。恐らく瘴気を吸ってしまった村人たちは皆ベーゼ化しているだろう、フレードはそう思いながら怒りを感じた。
フィランは無表情のまま話を聞いており、ハリーナと男子生徒たちは気の毒そうな顔で少女を見ていた。
「……とりあえず此処を出るぞ。他の村人も助けないといけねぇから俺たちと一緒に来い」
「で、ですが外にはベーゼたちが……」
少女は外に出ることに抵抗を感じているのか不安そうな顔をする。そんな少女を見たフレードは面倒そうな表情を浮かべた。
「お前らが此処に隠れていることはベーゼたちも気付いてるはずだ。すぐにまたベーゼどもが来てお前たちに襲い掛かるかもしれねぇぞ?」
フレードが遠回しに残ればベーゼに殺されるかもしれないと少女に伝えると少女は僅かに青ざめる。死ぬことに恐怖を感じている少女は老人をゆっくりと立たせて倉庫を出る準備をした。
少女と老人が立ち上がるとフレードは少女が移動中に瘴気を吸っても問題無いよう瘴壊丸を渡した。
二人の安全を確保するのなら一度広場に連れて行くべきなのだろうが、広場に二人を置いて来て再び戻ってくるとその分時間を無駄にすることになる。フレードは少しでも早く他の村人を助けるために少女と老人を同行させることにしたのだ。
瘴壊丸を渡された少女は若干不安そうな顔をしながら瘴壊丸を飲んだ。口に入れた途端に苦みが広がり、少女は表情を歪ませる。だが、老人は瘴壊丸を飲んだことで体調が回復したため、少女は飲んでおいた方がいいと思い、苦みに耐えながら飲み込んだ。
少女が瘴壊丸を飲んだのを確認したフレードはフィランたちの方を向き、次に自分たちはどう行動するかを話す。
話が終わるとフレードたちは少女と老人を連れて倉庫を出た。




