第百十八話 同行する生徒
学生寮に戻ったユーキはアイカと別れ、自分の部屋に戻って急いで依頼の準備をする。
ユーキは道具を入れるポーチを腰につけ、ポーションやロープなど必要な物を確認しながらポーチに入れていき、最後に月下と月影を腰に差し、忘れている物がないか確認すると部屋を飛び出した。
男子寮から出たユーキは集合場所である正門に向かうため走り出す。先に集まっている他の生徒たちが自分を置いて行ってしまうかもしれないと考えたユーキは急いで正門へ向かった。
走り出した直後、女子寮の方からユーキと同じように準備を終えたアイカが走って来るのが見え、ユーキは走りながらアイカに視線を向けた。
アイカはユーキに気付くと走りながらユーキに近づいて右隣までやって来る。アイカも腰にポーチを付け、プラジュとスピキュを佩して万全の準備をしてきていた。
「アイカ、正門にはもう他の生徒たちが待ってるはずだ。置いていかれないように急ぐぞ」
「ええ、分かってるわ」
ユーキとアイカは走る速度を上げて正門へ急ぐ。日頃から依頼を受け、時間があれば訓練などをしている二人は常人以上の体力を得ていたため、全速力で走ってもまったく疲れを感じず、息切れをすることも無かった。
「そう言えば、グラトンは連れて行かなくていいの?」
「ああ、流石にグラトンを連れてくる余裕は無いだろうからな。今回は置いていくことにしたよ」
グラトンを連れて行かないと聞かされたアイカは走りながら少し意外そうな顔をする。緊急のベーゼ討伐依頼で少しでも戦力が必要とされるのでグラトンを連れて行くのではとアイカは思っていたのだ。
しかし、今回の依頼に参加する生徒の中には神刀剣の使い手が四人全員いるため、それだけでもかなりの戦力と言える。それを考えるとグラトンを連れて行く必要は無いかもしれないとアイカは感じた。
ユーキは走る速度を少し上げ、アイカも考えるのを止めて速く走った。すると、アイカの胸元でユーキがプレゼントしたネックレスが大きく揺れ、アイカのネックレスに気付いたユーキは小さく反応する。
「アイカ、ネックレス、付けてきたのか?」
「え? ……ああぁ、うん。……急いでて外してる余裕が無かったから」
そう言ってアイカは走りながらネックレスを見つめる。本当は依頼に付けていきたくなかったのか、アイカはどこか複雑そうな表情を浮かべており、そんなアイカをユーキは無言で見つめた。
アイカはネックレスを無くさないようにするため、外に出ているネックレスを制服の下に着ているシャツの下に仕舞った。
「ユーキ、私このネックレス、大切にする。絶対に無くさないようにするから」
「ん? あ、ああ……」
真剣な表情を浮かべるアイカを見てユーキは小さく頷く。自分がプレゼントしたネックレスを大切にしてくれるのは嬉しいが、そこまで必死な真剣になることはないのではと思うユーキは若干複雑そうな表情を浮かべた。
「さあ、急ぎましょう」
「ああ、そうだな」
ユーキとアイカは急ぐために更に走る速度を上げて正門へ向かう。静かで人気の少ない学園の中庭を二人は全速力で走った。
最短ルートを通ってユーキとアイカは正門の近くまでやって来る。少し離れた所にある正門の前には十数人の生徒の姿があり、全員が正門の方を向いて並んでいた。
生徒たちの前には三台の荷馬車が停まっており、その前には神刀剣の使い手であるフレード、カムネス、フィランが立っており、三人の近くでは二十代くらいの若い男性が深刻そうな顔をしながら立っている。
カムネスたち以外で集められた生徒は少なく、生徒たちを見たユーキとアイカはやはり短い時間で大勢の生徒は集めることはできなかったのだと思った。しかし、突然依頼された緊急の仕事であるため、大勢の生徒を集められなくても仕方がないと心の中で納得する。
ユーキとアイカは集まっているカムネスたちの方へ走っていく。すると、集まっている生徒たちを見ていたフレードが走って来るユーキとアイカに気付いて軽く目を見開いた。
「おい、あれってルナパレスとサンロードじゃねぇか?」
「ん?」
話しかけられたカムネスは腕を組みながらフレードが指差す方角を確認する。確かにユーキとアイカが近づいて来る姿が見え、ユーキとアイカを見たカムネスは落ち着いた様子で二人を見ており、フィランも無表情で見つめていた。
走るユーキとアイカは並んでいる生徒たちの横を通り、カムネスたちの前までやって来る。パーシュから聞いた話の内容から、二人は生徒たちの指揮を執るのは生徒会長であるカムネスと上級生であるフレードとパーシュだと考えていたため、指揮を執るカムネスたちにまずは挨拶をしようと思ったのだ。
「会長、先輩、遅くなりました」
「お前ら、どうして此処にいんだよ?」
「パーシュ先輩から緊急依頼を手伝ってほしいと言われたので手伝いに来ました」
「パーシュか……チッ、よりによってアイツがお前らに声をかけるとはな」
パーシュがユーキとアイカを見つけて協力を要請したことが気に入らないのかフレードはつまらなそうな顔で呟く。
緊急のベーゼ討伐依頼であるため、カムネスたちは依頼に参加してくれる生徒を少しでも多く集めなくてはならない。しかもベーゼの戦力が不明であるため、できるだけ実力のある生徒を必要としていた。そんな時にパーシュがユーキとアイカは見つけ、依頼に協力させたため、フレードはパーシュが手柄を立てたと感じて不快に思っていたのだ。
フレードの顔を見たユーキとアイカはフレードが何を考えているのか察し、思わず苦笑いを浮かべる。カムネスとフィランはフレードの考えていることに興味がないらしく、カムネスは目を閉じながら黙っており、フィランは黙って生徒たちの方を見ていた。
ユーキとアイカがカムネスたちに挨拶をしていると、マジックアイテムを取りに行っていたパーシュとスローネが合流する。スローネはいつものメルディエズ学園の教師の制服は着ておらず、紺色の長袖と濃い灰色の長ズボン、茶色いマントを羽織り、木製の杖を持った格好をしていた。
「待たせたね」
パーシュはカムネスたちに声をかけ、同時に既に来ていたユーキとアイカを見ると左目でウインクしながらニッと笑った。
「おせぇんだよ! 何モタモタしてやがったんだ」
「はあ? こっちはこれでも全力で走って来たんだよ。何もせずにボーっと突っ立てた奴がデカい口叩くんじゃないよ」
「何だとぉ!?」
合流した直後だと言うのにパーシュとフレードは口喧嘩を始め、ユーキとアイカは習慣のように喧嘩をするパーシュとフレードを見ながら心の中で呆れる。集まってる他の生徒たちは睨み合うパーシュとフレードを見て怖がったり不安そうな反応を見せていた。
「ハイハイ、アンタたち、それぐらいにしときな。時間が無いんだろう?」
パーシュの後ろに立っていたスローネが気の抜けたような声でパーシュとフレードの仲裁に入る。止められたパーシュは鼻を鳴らしながらそっぽを向き、フレードは小さく舌打ちをした。
「……んで、何でスローネ先生がこんな所にいんだよ?」
「私も今回の緊急依頼に協力させてもらうことにしたんだよ。個人的な事情もあるんだけど、相手の戦力が分かってないんなら、教師でもいた方がいいだろう?」
小さく笑いながらスローネは持っている杖を肩に掛け、フレードはスローネを目を細くしながら見ている。
スローネは現在、メルディエズ学園の魔導具管理責任者と開発者を務めているが、嘗てはメルディエズ学園の生徒で優秀な魔導士だった。つまり、ユーキたちの先輩にあたる立場でベーゼとの戦闘経験もある。人手を必要としている現状では頼りになる存在と言えた。
「けどよ、教師が勝手に生徒の依頼に参加して問題ねぇのか?」
「大丈夫だよ。報酬をよこせなんて言わないし、私が勝手について行くって決めたんだからねぇ。……問題無いよね? 生徒会長さん」
生徒たちの代表であるカムネスの方を見ながらスローネが尋ねる。黙っていたカムネスは視線だけを動かしてスローネの方を見た。
「ええ、こちらとしては都合の悪いことではありません。寧ろ少しでも人手が必要な状況なので歓迎します」
「そりゃあよかった」
スローネはカムネスを見ながらニッと笑みを浮かべる。カムネスは表情を変えことなく、腕を組んだままスローネを見つめていた。
カムネスは生徒や教師の立場などよりも、ベーゼを倒して村を救うと言う目的を達成することを第一に考えているため、目的のためならどんな手段でも取ろうと考えている。そのため、教師であるスローネが依頼に参加することになっても気にしていなかった。
「ドールストはどうだい? アンタは私が参加することに反対なのかい?」
スローネはカムネスに続いてフィランに声をかける。フィランは無表情のまま視線だけを動かしてスローネを見つめ、しばらくすると前を向いて静かに口を開いた。
「……どちらでも構わない。それが依頼を完遂させるために必要なら、それでいいと思う」
「そうかい」
静かに語るフィランを見てスローネは呟く。スローネもフィランが感情を表に出さない少女であることを知っているため、フィランの反応を見ても不思議に思わなかった。
カムネスに続き、フィランもスローネが同行することに異議はないことを知ったフレードは意外そうな顔をする。その隣ではパーシュはフレードを見ながら小さく鼻で笑った。
「で、アンタはどうすんだい? これで反対してるのはアンタだけだよ?」
「誰も反対なんてしてねぇよ。ただ教師が依頼に参加していいのか気になってただけだ」
「そうかい。まぁ、アンタがそう言うなら、そう言うことにしといてやるよ」
「何で上から目線なんだ、テメェ……」
肩を竦めるパーシュを見ながらフレードは眉間にしわを寄せる。逆にパーシュは表情を険しくしているフレードを見て小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
スローネが依頼に同行することが決まるとカムネスは改めて集まった生徒を確認する。生徒はカムネスやパーシュたちを含めても僅か十五人、上級生も二人ほどいるが殆どが中級生だった。
生徒たちを見たカムネスは右を向き、不安そうな顔をしている男性を見た。カムネスたちと一緒にいる若い男性はベーゼの襲撃を受けた村の住人でメルディエズ学園にベーゼ討伐の依頼を出しに来た人物だったのだ。
男性は今こうしている間も村がベーゼに襲われ、他の村人たちが殺されているかもしれないと不安を感じており、ずっと落ち着かない態度を取っている。早く村に向かってベーゼを倒してほしい、そう思いながらカムネスたちの準備が終わるのを待っていた。
カムネスは男性の様子を見てこれ以上準備に時間をかけるわけにはいかないと判断し、すぐに出発しようと考えた。
「これより、ベーゼを討伐するためナトラ村へ向かう。時間が無いので依頼の詳しい話は移動中に各荷馬車に乗っている上級生から聞くようにしろ」
生徒たちに聞こえるようカムネスは少し力の入った声を出して生徒たちに指示を出す。カムネスの声を聞いた生徒たちは真剣な表情を浮かべながらカムネスや隣に立っているパーシュたちを見た。
カムネスは並んで停めてある荷馬車の内、真ん中の荷馬車の荷台に乗る。パーシュは右の荷馬車、フレードは左の荷馬車の荷台に乗り込む。
他の生徒たちに依頼内容を説明できるよう三人はそれぞれ違う荷馬車を選んだ。フィランとスローネ、男性も荷馬車を選ぶと静かに荷台に乗る。
生徒たちも順番に荷馬車に乗り始め、ユーキとアイカはその様子を見ている。慌ててはいけないと感じたのか、二人は前にいる生徒たちが全員乗ってから荷馬車に乗ろうと大人しく待っていた。
「いったい、どれだけの数のベーゼに襲われたのかしら?」
「分からない。詳しい話や会長たちから聞こう」
「ユーキ君!」
聞き覚えのある男の声が聞こえ、ユーキは声の聞こえた方を向く。そこには剣を佩するディックスの姿があり、早足でユーキに近づいて来る。その後ろを生徒会のメンバーでディックスの従兄であるトムズが銀色のロッドを持ってついて来ていた。
「ディックス、お前も声をかけられたのか?」
「うん、トムズ兄さんから人手が必要だから手を貸してほしいって言われたんだ。モンスターの群れを討伐して帰って来たばかりのところをね……」
そう言うとディックスは若干不満そうな顔をしながら後ろに立っているトムズの方を向き、ユーキとアイカもトムズに視線を向けた。
「仕方がないだろう? 緊急の依頼で引き受ける生徒が現れるのを余裕なんてなかったんだ。しかもベーゼの戦力が分からない以上、一人でも多くの生徒が必要なんだよ」
「それは分かるけど……」
危機的状況で人手を必要としていることはディックスにも理解できる。しかし、それでも討伐依頼から戻って疲れている時に休む間もなくベーゼの討伐依頼に参加させられることには、やはり納得できなかった。
ディックスとトムズの会話を見守っているユーキは小さく苦笑いを浮かべている。ユーキも依頼を終えてメルディエズ学園に戻った直後に重要な依頼を受けさせられた経験があるため、納得できないディックスを見て心の中で同情していた。
「そんな顔するなよ。ベーゼに苦しめられている人を助けるのはメルディエズ学園の生徒として当然のことだろう? それに会長も今回の依頼に参加した生徒には特別報酬を出すって言ってる」
「……フゥ、分かった。頑張るよ」
説得されたディックスは納得するが、連続で依頼を受けることで精神的に疲れているのかディックスの表情は暗い。トムズはそんなディックスを元気づけるように肩をポンポンと軽く叩いた。
「相変わらず情けない顔してるわね?」
軽く俯いているディックスに誰かが語り掛け、声を聞いたディックスはフッと顔を上げて振り返る。そこにはニヤついている一人の女子生徒が立っていた。
女子生徒は身長165cmほど、年齢は十七歳ぐらいで顔には薄いそばかすがあり、濃い黄色の目を持ち、青紫のセミロングヘアーをしていた。腰にはポーチを付け、右手には身長と同じくらいの長さの鉄製のロッドを握っている。ロッドを持っていることから女子生徒はトムズと同じ魔導士のようだ。
「ゲッ、ハリーナ!」
ディックスは女子生徒を見るとあからさまに嫌そうな顔をした。ディックスの反応を見たユーキとアイカは目の前のハリーナと呼ばれた女子生徒はディックスの顔見知りなのかと予想する。
「何よ、その顔は? 折角同じ依頼を受けるって言うのに失礼な奴ね」
ハリーナは不満そうな表情を浮かべながらディックスに近づき、持っているロッドの先端でディックスの胸を軽く突く。
ディックスは突かれた箇所を擦りながらハリーナを軽く睨む。ディックスの様子から彼はハリーナのことを良く思っていないようだ。
「……トムズ兄さん?」
低い声を出しながらディックスはトムズに視線を向けて軽く睨む。ディックスと視線が合ったトムズは複雑そうな表情を浮かべながら左手で自分の頭を掻いた。
「しかたないだろう? 緊急の依頼で生徒を選ぶ余裕なんてないんだ、我慢しろ」
「……」
説得するトムズを無言で見つめるディックスは視線をハリーナに戻して彼女を見つめる。ディックスと目が合ったハリーナも小さく鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。
「あの、トムズ先輩、彼女は?」
蚊帳の外だったユーキがトムズにハリーナのことを尋ねると、トムズはユーキの方を向き、困ったような顔をしながら口を動かず。
「アイツはハリーナ・ソウラム。俺とディックスの親戚で学園でもそれなりに腕の立つ中級生の魔導士だ」
トムズの説明を聞いたユーキとアイカは軽く目を見開いてハリーナを見る。トムズ以外にディックスの親戚がメルディエズ学園にいることに二人は以外に思うと同時に驚いた。
「俺たちは同じ村の出身で子供の頃はよく一緒だったんだ。ただ、ハリーナは自分よりも劣る人間を見下す癖があってな、当時、何をやっても失敗することが多かったディックスをよく馬鹿にしていたんだ」
「だから、ハリーナさんを見た時にディックスさんは嫌そうな顔をしていたのですね」
アイカは視線をディックスとハリーナに向けて二人を見つめる。過去に何度も自分を馬鹿にしていた人物と会って気分を良くする者がいるはずがない。ディックスが嫌そうな顔をするのも仕方がないとアイカは納得した。
「お前はどうしていつもいつも僕に喧嘩を売ってくるんだ。僕に何か恨みでもあるのか?」
「別に恨みなんかないわよ。アンタみたいにどんくさくてトムズの助けがないと何もできない奴が親戚だと恥ずかしいからしっかりするよう注意してやってるだけよ」
「僕はもう子供の頃とは違う! 自分の力でメルディエズ学園に入学したんだ。全然成長していないお前と一緒にしないでくれよな」
「あら、随分生意気なこと言うじゃない。アンタ、いつからそんなに偉くなったの?」
ディックスとハリーナは周囲を気にすることなく、睨み合いながら口喧嘩を続ける。そんな二人をユーキとアイカは見つめ、トムズも呆れた表情を浮かべていた。
「あんな風に言い合いをするってことはあの二人、親戚なのに相当仲が悪いんですね」
「ああ、アイツらが喧嘩をする度に俺は止めに入っていた。……まったく、ハリーナは相変わらずディックスを見下すし、ディックスもハリーナに挑発されるとすぐに熱くなる。どっちも昔のまんまだ」
子供の頃を思い出しながらトムズは溜め息を付く。トムズの反応を見たユーキは子供の時にかなり苦労していたのだと感じ、少し気の毒そうな表情を浮かべる。
「それから何年か経って俺はメルディエズ学園に入学し、その一年後にハリーナもメルディエズ学園に入学してきたんだ。そして今年、ディックスが学園に入学した」
「そうだったんですね。……でも、親戚が同じ学園に通っているのなら色々相談したり、依頼や授業でアドバイスをすることができるから気が楽になるんじゃないですか?」
「まあな。ただ、ハリーナの奴は自分のことを優秀だと思っているからなのか、俺やディックスに頼ったり相談してきたことは今まで一度も無い。寧ろ、自分の力で何とかしろって小馬鹿にしてくるくらいだ」
「そ、そうなんですか」
メルディエズ学園に通うようになってもディックスたちの関係は殆ど変わっていないと知ってユーキは苦笑いを浮かべる。アイカもハリーナを見ながらどうして親戚同士仲良くできないのかと不思議に思っていた。
「それにしても、何でハリーナの奴はメルディエズ学園に入学したんだろうな?」
「どういうことですか?」
トムズの言葉が引っ掛かり、ユーキは小首を傾げながらトムズに尋ねた。
「……アイツ、村にいた時は規則があるメルディエズ学園には絶対入らず、自由に活動できる冒険者になるって言ってたんだ。でも、どういうわけかメルディエズ学園に入学してきやがったんだ」
「ハリーナ先輩は冒険者になるつもりだったんですか?」
「ああ。どうしてメルディエズ学園に入ったのか入学してきた時に聞いたんだが、『気が変わったから』とだけしか言わなかった」
ハリーナが言った言葉をトムズから聞いたユーキは不思議に思う。自由を第一に考えて冒険者になろうとしていたハリーナがなぜ規則があって行動を制限されているメルディエズ学園の生徒になったのか、ユーキには理由が全く分からなかった。
「……おっと、すまねぇな。長いことつまんない話をしちまって」
気付かないうちに身内の話をしていたことに気付いたトムズはユーキとアイカの方を向いて謝る。声をかけられたユーキはフッと反応してトムズの方を向き、「大丈夫です」と言いたそうに首を横に振る。アイカも気にしていないのか何も言わずにトムズを見た。
ユーキたちが話している間もディックスとハリーナは口喧嘩を続けており、それを見たトムズは流石にそろそろ止めないといけないと感じて二人の仲裁に入ろうとする。
「おい、何やってるんだい? さっさと乗りな!」
背後からパーシュの声が聞こえ、声に反応したユーキとアイカ、トムズの三人は同時に振り返り、口喧嘩をしていたディックスとハリーナもパーシュの方を向いた。
パーシュや他の生徒たちは全員荷馬車に乗り込んでおり、荷馬車に乗っていないのはユーキたちだけだった。自分たちが気付かないうちに出発の準備が整っていることを知ったユーキたちは「しまった」と僅かに表情を歪ませる。
「乗ってねぇのはお前らだけだぞ? 時間がねぇのに何モタモタしてやがるんだ!」
「す、すまない」
パーシュに続いてフレードが大きな声で注意をするトムズは慌てて謝罪をする。生徒会メンバーであり、上級生である自分が依頼のことを忘れてユーキたちと会話をしていたことをトムズは恥ずかしく思った。ユーキとアイカも時間が無いことを思い出し、申し訳なさそうな顔をしている。
他の生徒たちが呆れたような顔で見ている中、トムズはディックスとハリーナの方を向いて荷馬車に乗るよう目で伝える。
トムズの意思を感じ取ったディックスは荷馬車に乗っている生徒たちを見ながら申し訳なさそうな表情を浮かべる。一方でハリーナはつまらなそうな顔をしており、視線を動かしてディックスの方を向いた。
「……ディックス、今は時間が無いからこれぐらいで勘弁してあげるわ。この続きは依頼が終わった後よ?」
「望むところだ」
口喧嘩の続きはベーゼの討伐依頼が終わった後、ディックスとハリーナは睨み合いながら約束する。二人の様子を見ていたトムズは深く溜め息をついた。
ディックスとハリーナはお互いに顔を合わせずに荷馬車の方へ移動する。ディックスの方が若干歩く速度が早く、ハリーナの少し前を歩いた。
ユーキとアイカは歩くディックスとハリーナを無言で見つめており、ディックスはユーキとアイカの前を通過する際に二人を見ながら軽く頭を下げた。見苦しい姿を見せたことを申し訳なく思って謝罪したのだろう。
「アンタがユーキ・ルナパレスね?」
ユーキとアイカがディックスを見ているとハリーナがユーキに声をかけ、ユーキは振り向いて背後に立っているハリーナの顔を見上げた。
「噂は聞いてるわよ? 十歳なのにメルディエズ学園への入学を許されて、入学から数ヶ月で中級生になった天才少年だって」
「あ~えっと……どうも」
ニコニコ笑いながら語るハリーナを見ながらユーキは返事をする。そんな様子をアイカは若干不機嫌そうな表情を浮かべながら見ていた。
ハリーナは少し姿勢を低くしてユーキと目線を合わせ、ユーキの顔の前まで自分の顔を持って来た。
「こうして見ると結構可愛いわね? あたし、アンタみたいな可愛い男の子って結構タイプなの。仲良くしましょうね♪」
まるで女性経験の無い男子を誘惑するような口調でハリーナは語り、ユーキに軽くウインクをする。ユーキはそんなハリーナから危ない何かを感じ取り、思わず目元をピクッと動かした。
「ハリーナさん! 皆さんがお待ちしています。急いで荷馬車に乗ってください」
ハリーナがユーキに話しかけているとアイカがユーキの隣に来てハリーナに注意をする。ハリーナはアイカを見ると笑顔を消し、口を挟んできたアイカを鬱陶しそうに見ながら姿勢を正した。
「……ハイハイ、分かったわよ」
アイカの行動にハリーナは不満を感じていたが今は時間が無いため、とりあえずに素直に荷馬車に乗ることにした。
ハリーナは荷馬車の方へ歩いて行き、トムズもハリーナと共に荷馬車へと向かった。ユーキとアイカはハリーナの後ろ姿を見つめている。
「何だか、ミスチアに似た性格の子だな……」
「そうね……」
ユーキの言葉にアイカは低い声で返事をし、ユーキはアイカの様子が変なことに気付いてアイカに視線を向ける。
ハリーナを見ているアイカの表情は僅かに険しく、アイカの顔を見たユーキは驚いて軽く目を見開いた。
「アイカ、どうしたんだ?」
「別に、何でもないわ」
「そ、そうなのか? でも、何か機嫌が悪そうな気が――」
「何でもない!」
アイカは力の入った声で否定し、突然声を上げたアイカにユーキはビクッと反応する。
「会長たちが待ってるわ、私たちも行きましょう」
「ハ、ハイ」
ユーキが返事をするとアイカは歩き出し、ユーキもアイカの後に続いて荷馬車へと向かう。この時のユーキはアイカがなぜ機嫌を悪くしているのか全く分からなかった。
全員が乗り込むとカムネスは各荷馬車の御者に指示を出し、カムネスの指示を聞いた御者の生徒たちは荷馬車を走らせる。
ユーキたちを乗せた三台の荷馬車はベーゼの襲撃を受けているナトラ村に向かうため、メルディエズ学園を出発した。




