第百十七話 瘴気喰い
魔導具開発研究室に入ったユーキは部屋の中を見て目を丸くし、後ろにいるアイカも若干呆れたような顔をしながら部屋を見ていた。
部屋の中は大量の本や文字が書かれた羊皮紙、巻物などで埋め尽くされており、殆ど足の踏み場が無かった。
部屋には大量の本棚があり、そこにも少しだが本が仕舞われている。しかし、殆どの本は床や机の上に置かれており、魔導具を開発、研究する部屋でなければただ整理整頓されていないだけの部屋と思われてもおかしくない状態だった。
ユーキはスローネが部屋に入る前に「ちょっと散らかっている」と言ったのを思い出し、話と現実が違うことに驚くと同時に心の中で「全然ちょっとじゃない」と呆れた。
「相変わらず、凄い散らかりようですね?」
部屋を見回すアイカは引いているような口調でスローネに声をかけた。
アイカは過去に何度か魔導具開発研究室を訪れて部屋の中は見たことがある。その時も今のように散らかっていたため、変化の無い部屋を見たアイカはスローネが全然片づけていないと知って困ったような表情を浮かべた。
声をかけられたスローネは自分の髪を指で捩じりながらアイカの方を向く。
「マジックアイテムを開発するために必要な本や巻物はすぐに見られるよう手近な所に置いておくことにしてるんだよ。いちいち仕舞ってある場所へ取りに行くのも面倒だし、時間も勿体ないからね」
片づけない方が効率よくマジックアイテムの開発や設計ができる、スローネはニッと笑みを浮かべながらそう語り、ユーキとアイカはスローネの反応を見て目を細くする。
スローネは床に落ちている本を踏まないように気を付けながら部屋の奥へ進んでいき、ユーキとアイカは歩いて行くスローネの背中を見つめる。
「天才肌の人の部屋は散らかってるって聞いたことがあるけど、まさか本当に散らかしている人がいるとはなぁ」
「それって、貴方が転生する前の世界の話?」
アイカは隣で呟くユーキに小声で尋ね、ユーキはスローネの後ろ姿を見ながら小さく頷く。
「ああ。……因みに片づけをしないのは注意が欠陥的な天才って言われていて、他のことは気にせずに自分の好きなことだけに集中できる天才って言われているらしい」
「へぇ~」
ユーキの話を聞いたアイカは意外そうな反応を見せる。自分の知らない知識を聞かされたアイカは少しずつユーキの世界の知識に興味を懐くようになっていた。
二人が会話をしているとスローネは本が山積みにされ、大量の羊皮紙の束が置かれている自分の机まで辿り着き、振り返ってユーキとアイカの方を向いた。
「おーい、何をしてるんだい? 早くこっちへ来なよ」
「あ、ハイ」
ユーキとアイカは会話を止めてスローネの方へ向かう。誤って本を踏んだらスローネに怒られるかもしれないと考えた二人は足元に注意しながら移動した。
本や羊皮紙に気を付けながら部屋の中を進み、ユーキとアイカはスローネの前まで辿り着いた。スローネは二人の方を向きながら両手を腰に当てる。
「それじゃあ、早速本題に入ろうかね」
話を始めようとするスローネを見ながらユーキとアイカは真剣な表情を浮かべる。わざわざスローネが管理する魔導具開発研究室まで連れて来られたのだから、とても重要な内容なのかもしれないと二人は予想していた。
「それで、俺たちに頼みたいことって何なんですか?」
「ウム……ただ、それを話す前にコイツを見とくれ」
スローネは机の上の本や羊皮紙を退かして何かを探し始める。退かされた本や羊皮紙は床に落ちていき、それを見たユーキとアイカは再び呆れ顔と苦笑いを浮かべた。
ユーキとアイカが見ている中、スローネは探していた物を見つけ出してユーキとアイカの前に出した。それは長さが肘の辺りまである左手に嵌める銀色のガントレットだ。手の平部分には4cmほどの六角形の白い石、手の甲の部分には丸い水晶が取り付けられている。
ガントレットは全部で三つあり、見た目は全く同じ物だった。ユーキとアイカはマジックアイテムを開発、研究する場所にガントレットがあることを意外に思いながら見つめる。
「スローネ先生、これは何なのでしょうか?」
アイカがガントレットを指差しながら尋ねるとスローネはユーキとアイカを見ながら誇らしげな笑みを浮かべる。
「よく聞いてくれたね。コイツは“瘴気喰い”と言って私が新しく開発したベーゼの瘴気を吸収するマジックアイテムだよ」
「瘴気を吸収する?」
効力を聞かされたアイカは訊き返し、ユーキも瘴気を吸収できるマジックアイテムと聞いて興味のありそうな顔をする。
スローネはユーキとアイカが瘴気喰いに興味を懐いたことに気付くと楽しそうな笑みを浮かべて説明を続けた。
「コイツは手の平の部分に“吸収石”と呼ばれる石が取り付けられていてね、その吸収石を広がっている瘴気に近づけることで吸収することができるんだ」
「吸収石?」
初めて聞く名前にユーキは小首を傾げながら聞き返した。
「その名のとおり、物を吸収することができる石だ。と言っても吸収できるのは小さなゴミや水と言ったもので大きな物は吸収できず、一度吸収した物は石から出すことはできない。そのため殆ど使い道が無く、私のような魔導具を研究する者以外は使っていないんだ」
「成る程、それでスローネ先生は瘴気を吸収するマジックアイテムを作るために吸収石を使ってみようと思ったんですね?」
「そのとおり。でも、ただ瘴気を吸収するだけじゃ面白みがない。そこで私は手を加え、ただ瘴気を吸収するだけでなく、瘴気の侵された生き物の体内にある瘴気も吸収できるようにしたんだ」
「えっ! 生き物の体内の瘴気もですか?」
スローネの言葉を聞いてユーキは驚き、アイカも目を軽く見開いて驚く。
これまで瘴気の対象方法と言えば、魔法などで瘴気を吹き飛ばしたりするしか方法が無く、体内の瘴気も瘴壊丸を服用して分解するしかなかった。しかし、瘴気喰いがあれば、瘴壊丸が無かったり、瘴気を吹き飛ばす手段が無くても瘴気を消すことが可能になる。
瘴気喰いがあればメルディエズ学園がより瘴気に対処しやすくなり、瘴気に侵された人々も助けられると知ったユーキとアイカは凄いマジックアイテムを作ったスローネに感心する。
「このマジックアイテムがあればまき散らされた瘴気を吸収でき、ベーゼ化しそうになっている人たちを助けることができると言うわけですね?」
強力なマジックアイテムが開発されたことでアイカは心強く思い微笑みを浮かべる。ユーキも多くの人々を助けやすくなると感じて笑っていた。
しかし、開発したスローネ本人はなぜか複雑そうな顔をしており、スローネの表情に気付いたユーキは不思議そうな顔をする。
「スローネ先生、どうかしたんですか?」
「……実はねぇ、君たちに頼みたいことっていうのはこの瘴気喰いのことなんだ」
スローネは持っている三つの瘴気喰いを見ながら暗い声を出す。ユーキとアイカはスローネの頼みが瘴気喰いにあると聞くとスローネと同じように瘴気喰いを見つめる。
「……この瘴気喰い、実はまだ未完成なんだよ」
「未完成?」
「ああ、吸収石に手を加えて生き物の体内の瘴気を吸収できるようになったのはいいんだが、そのせいか吸収した瘴気を瘴気喰いを装備している者の体内に流し込んでしまようになってしまったんだよ」
「ええっ?」
瘴気喰いが未完成で大きな欠点があることを聞かされたユーキは思わず声を出し、アイカもユーキの隣で驚いている。
「つまり、瘴気喰いを使うと使った人の体が瘴気に侵されてしまうということなのですか?」
「そうだ、この問題点をなんとかしなくちゃ実用化することはできないんだよ」
スローネはアイカの問いに答えると面倒そうな顔をしながら自身の髪を掻く。
強力で完璧なマジックアイテムを作ったつもりなのにとんでもない欠点ができてしまったため、スローネは魔導具開発者としてのプライドを傷つけられたような気分になり、若干苛ついたような口調で語った。
「でも、瘴気が体内に流し込まれるのなら、瘴気喰いを使用する前に瘴壊丸を飲めばいいんじゃないですか?」
「そうですね、それなら瘴壊丸が体内の瘴気を分解してくれますし、問題無いと思いますが……」
ユーキとアイカは瘴気喰いの欠点を補う方法を思いついてスローネに伝える。だがスローネは二人のアイディアを聞いても納得できないような顔をしていた。
「それじゃあ意味が無い。私は瘴壊丸などを使わずに瘴気を吸収できるマジックアイテムを作りたいんだ。瘴壊丸が無ければ使えない物なんて作っても意味が無いし、瘴気喰いを使うたびに瘴壊丸を使っちゃあ瘴壊丸の消費量が増えて学園側が損をしてしまうだろう?」
「た、確かに……」
瘴壊丸を使ってもメルディエズ学園には大きな利益は無いと聞かされたアイカは納得する。
メルディエズ学園が損することなく優れたマジックアイテムを使うためにもスローネはなんとかして瘴気を使用者の体内に流し込むと言う問題を解決したいと思っていた。
「学園が今まで以上に効率よく、そして損失をせずに瘴気の対処をするためにも瘴気喰いを完成させる必要があるだ。……で、アンタたちに二人に瘴気喰いを使ってもらいたいんだよ」
『!』
ユーキとアイカはスローネを見ながら目を見開く。未完成の瘴気喰いを使ってほしいと言われたため、一瞬スローネの考えていることが理解できなかった。
「あの、未完成の瘴気喰いを使ってほしいとは、どういうことなのですか?」
状況を理解できないアイカがスローネに尋ねると、スローネは持っている瘴気喰いを机の上に置くと机の隅に置かれている一枚の羊皮紙を手に取った。そこには瘴気喰いを完成させるために必要な条件などが細かく書き記されている。
「瘴気喰いを完成させるには瘴気がどうして使用者の体内に流れ込むのか、瘴気を流し込まれた者はどのくらいの時間で体が浸食されるのかを観察し、それで得た情報を元に作り直さないといけない」
「……必要な情報を得るために俺とアイカに瘴気喰いを使って瘴気を体内に流し込んでほしい、ということですか?」
完成させるために自分たちを危険な目に遭わせようとしていると知ったユーキは若干声を低くして尋ねる。スローネはユーキを見ながら小さく頷いた。
いきなり未完成のマジックアイテムを使わせ、体内に瘴気を流し込んでほしいと言われて気分を良くする者はいない。ユーキは若干嫌そうな顔をしており、アイカもユーキ程ではないが僅かに表情を歪めていた。
ユーキとアイカが見つめる中、スローネは再び複雑そうな表情を浮かべて頷いた。
「教師が生徒に実験台になることを頼むなんてあり得ないことだが、これはアンタたちにしか頼めないことなんだよ」
「どうして俺たちに?」
「アンタたちが強化と浄化の混沌術を開花させているからだよ」
自分たちが選ばれた理由が混沌術にあると聞かされたユーキとアイカは反応し、スローネは二人を見ながら説明を続ける。
「アンタたちも知ってのとおり、ベーゼの瘴気に侵された存在は精神力が弱ければあっという間に体を浸食されて蝕ベーゼになっちまう。だが精神力が強ければすぐにベーゼ化せず、体が浸蝕されるのに時間がかかる。……ルナパレス、アンタには自分とサンロードの精神力を強化で強化し、瘴気が浸蝕する時間を稼いでもらいたい」
「……俺とアイカが瘴気の浸食に耐えている間に先生が観察して情報を得るってことですか?」
「ああ、瘴壊丸を服用すると瘴気が体内に入った瞬間に分解されちまうからね。正確な情報を得るためにも瘴気が体を侵食する状態を観察しないといけないんだ」
スローネの話を聞いたユーキは体を瘴気に浸食させる理由に少しだけ納得の反応を見せる。だが、ユーキにはもう一つ気になることがあった。
「じゃあ、どうしてアイカも一緒なんですか? 瘴気が体に流れ込む原因と浸蝕の時間を観察するだけなら、俺だけで十分だと思いますけど?」
瘴気喰いを完成させるための情報を得るだけなら自分一人でいいはずだとユーキは思っており、なぜわざわざアイカに瘴気喰いを使わせる必要があるのか分からなかった。
「瘴気の浸蝕は精神力だけでなく、性別の違いで速度が変化する可能性があるんだ。男女で違いがあるかを確かめるため、女子であるサンロードにも瘴気喰いを使ってもらい、情報を手に入れたいんだよ。それに彼女がいれば浸蝕が進んでも浄化の能力で体内の瘴気を浄化できる。情報を得た後に素早く浄化するために彼女を選んだんだよ」
アイカが選ばれたのにもちゃんと理由があると聞かされ、アイカは納得した顔をする。だが、ユーキはどこか不服そうな顔をしていた。ユーキはこの時、なぜかアイカを危険な実験に参加させたくないと思っていたのだ。
瘴気喰いの説明が一通り済むとスローネは真面目な表情を浮かべて二人を見つめ、ユーキとアイカもスローネを見た。
「改めてお願いする。瘴気喰いを完成させるために力を貸してくれないかい? 危険なことを頼んでいるのは分かっている。だが、この学園でアンタたち以外に頼める奴はいないんだよ」
協力を要請するスローネを見つめながらユーキは難しい顔で考える。体内の瘴気を流し込まれればベーゼになる危険性があるため普通なら断るべきだろう。
しかし、瘴気喰いが完成すれば多くの人を助けることができ、自分たちも依頼を受ける際、瘴気に対する対処が楽になる。ユーキの頭の中には協力して瘴気喰いを完成させたいと言う気持ちもあった。
「分かりました。ご協力させていただきます」
「アイカ?」
ユーキが悩んでいるとアイカが協力を承諾し、ユーキは意外そうな表情を浮かべながらアイカの方を向く。スローネはアイカが引き受けてくれると思っていたのか小さく笑みを浮かべてアイカを見ていた。
「ユーキ、スローネ先生の仰るとおり、これは私と貴方にしかできないことよ。私たちが協力して瘴気喰いが完成すれば多くの生徒たちの助けになるわ。それに今まで助けられなかった瘴気に侵された人たちも助けることができる、スローネ先生に協力するべきだと私は思うわ」
「それはそうだけど……」
「それに、貴方が一緒にいてくれるのなら、私も安心して瘴気喰いを使うことができるわ」
「え?」
アイカの言葉にユーキは思わず反応する。アイカは微笑みながらユーキを見つめており、アイカの笑顔を見たユーキは一瞬鼓動が高くなった。
ユーキは過去になどもアイカの笑顔を見たことがあるのに、今日はどういうわけかアイカの笑顔を見ると今まで感じたことのない気分になる。アイカを瘴気喰いの実験に参加させたくないと思った時も似たような気持ちになっており、その気持ちが今の気持ちと関係があるのかユーキは疑問に思ったが、まったく分からなかった。
しばらくアイカの顔を見ていたユーキは小さく俯いて考える。アイカは自分が一緒に瘴気喰いの実験に協力してくれると信じており、自分が一緒なら安心できると言ってくれた。そんなアイカの気持ちを知ったユーキはスローネの頼みを断る気に慣れなくなっていた。
「……分かった。俺も手伝うよ」
「貴方ならそう言ってくれると思ったわ」
返事を聞いたアイカは嬉しそうな口調で語り、アイカを見たユーキは頬を僅かに赤くしながら自分の頬を指で掻く。それからユーキは一度軽く咳をしてからスローネの方を向いた。
「と言うわけでスローネ先生、俺も瘴気喰いの開発に協力させていただきます」
「そうかい、ありがとな」
スローネはアイカだけでなく、ユーキも手を貸してくれると思っていたのかニッと笑いながらユーキに礼を言う。
「それにしてもアンタたち、まさかそんなんだったとはねぇ……」
「は? そんなん?」
「いんや、何でもないよ」
笑いながらスローネは首を横に振り、ユーキはスローネの反応を見て小首を傾げた。
最初、ユーキとアイカのやり取りを見ていたスローネは二人の雰囲気を不思議に思っていた。だが、頬を赤くするユーキと嬉しそうに微笑むアイカを見て何かに気付き、悪戯っぽい笑みを浮かべながら二人を見ていたのだ。
興味のある情報を得たスローネはユーキとアイカに色々質問してみようかと考える。だが、今は瘴気喰いの話をしている最中なので、先に瘴気喰いの件を済ませることにした。
「協力に感謝するよ。この礼は後日しっかりさせてもらう」
スローネは眼鏡を押し上げながら改めて二人に礼を言う。危険な仕事を頼むのだから、ユーキとアイカにはそれに見合った礼をしようとスローネは思った。
ユーキとアイカが協力してくれることが決まるとスローネは持っている羊皮紙を机の上に戻し、机の上に並べられている三つの瘴気喰いを見つめる。ユーキとアイカもスローネの隣に来て同じように瘴気喰いを見た。
「それじゃあ、この三つの中から一つずつ選んでくれ」
そう言われたユーキとアイカは瘴気喰いを一つずつ選んで手に取る。二人は手に取った新しいマジックアイテムがどんな作りになっているのか細かく確認した。
「この手に平の部分についているのが吸収石なんですね……こっちの手の甲の部分についてる水晶は何ですか?」
「それは吸収石の耐久度を示す物だ。瘴気喰いを使い始めた時、つまりまだ瘴気を吸収していない時や少ししか吸収していない時は水晶が緑色の光る。瘴気を吸収し続けると光は緑から橙、赤へと変色していき、赤に近づくほど吸収石の耐久度に限界が来ていることを示す。そして、そのまま吸収を続けると砕け散って使い物にならなくなる。使用する吸収石が壊れないよう水晶の光に注意しなよ?」
水晶の役割を聞いたユーキとアイカは目を僅かに鋭くする。瘴気喰いを使用する際は体だけでなく、壊れないよう水晶の光にも注意しながら使おうと自分に言い聞かせた。
「……あっ、そうだ! 重要なことを言い忘れるところだった」
「重要なこと?」
瘴気喰いを見ていたアイカはスローネの方を向く。スローネはユーキとアイカの方を見ると苦笑いを浮かべながら二人が持つ瘴気喰いを指差した。
「実は吸収石の耐久度は三つとも違うんだ。長く吸収することができる物もあれば、すぐに耐久度に限界が来ちまう物があるんだよ」
「ええっ? それじゃあ、私たちが選んだ瘴気喰いの吸収石がどこまで耐えられるか分からないのですか?」
正確な耐久度が分からないと聞かされたユーキとアイカは大きく目を見開いて驚く。
瘴気を吸収するためにも吸収石は必要不可欠な物、その吸収石にいつ限界が来るか分からないのでは役に立つのかどうか分からない。
瘴気喰いを使えるマジックアイテムと思っていたユーキとアイカだったが、スローネの言葉を聞いた途端に不安を感じるようになった。
「まぁ、大丈夫だと思うよ? 私の計算が正しければ連続で吸収し続けても三分は耐えられるはずさ。長ければ五分以上は耐えると思うよ」
(……アイカには悪いけど、今の先生の言葉を聞いて引き受けたのを少し後悔したかも……)
呑気そうに笑うスローネを見ながらユーキは心の中で呟く。この時、ユーキだけでなくアイカも引き受けない方が良かったかも、と複雑そうな表情を浮かべながら思っていた。
耐久度の話が終わるとユーキとアイカは瘴気喰いの使い方をスローネから教わる。二人は瘴気を吸収する時に失敗しないようしっかりと使い方を覚えた。
説明が済み、使い方を覚えたユーキとアイカは瘴気喰いを自分の制服の内ポケットに仕舞う。スローネは腕を組みながら二人を見ていた。
「よし、それじゃあベーゼが現れた際は私と一緒にベーゼが現れた場所へ向かい、瘴気喰いを使ってもらう。それまではいつもどおり依頼を受けて……」
スローネが瘴気喰いを使う機会について話していると、突然魔導具開発研究室の扉を叩く音が響く。ユーキたちは一斉に扉の方を向いた。
「スローネ先生、いるかい!?」
「この声、パーシュ先輩?」
扉の向こうから聞こえるパーシュの声にアイカは反応する。パーシュはどこか慌てているような口調をしており、扉を叩く力も強い。三人は何か問題が起きていると直感した。
「いるよ、入っとくれ」
スローネが入室を許可すると扉が開き、緊迫した表情を浮かべるパーシュが入って来た。
「スローネ先生、マジックアイテムが必要なんで……何だ、ユーキとアイカも一緒だったのかい」
パーシュはスローネと一緒にいるユーキとアイカを見ると少しだけ落ち着いたのか声が小さくなった。
「パーシュ先輩、どうしたんですか? 随分慌てているようですけど……」
ユーキが問いかけるとパーシュは真剣な表情を浮かべながらユーキたちの方へ歩いて行く。散らかっている魔導具開発研究に何度も訪れて慣れているからか、パーシュは床に落ちている本を踏むことなく素早く三人の下へ行くことができた。
目の前まで来たパーシュの顔を見てユーキとアイカは少し驚いたような反応を見せ、スローネは髪を指で捩じりながらパーシュを見つめる。
「ついさっきバウダリーから少し離れた所にある村の住人が来て、凄い数のベーゼに村が襲撃されているから助けてほしいって依頼しに来たんだよ」
「ベーゼの襲撃?」
穏やかじゃない話を聞いてユーキは低い声で訊き返し、アイカも僅かに目を鋭くする。
「突然入ってきた依頼なんで、依頼を引き受ける生徒を集める時間が無くてね。学園にいる生徒の中で手の空いている奴を急いで招集することになったんだ」
「先輩もその生徒の一人なんですか?」
「ああ、あたし以外にもフレードとカムネス、フィランもいるよ」
緊急の依頼にパーシュ以外の神刀剣の使い手全員が参加すると聞いたユーキは意外そうな反応を見せ、アイカも目を大きく見開いて驚く。
通常、特別な事情がない限り、神刀剣の使い手全員が一つの依頼を受けることはできない。だが、今回は突然の依頼で生徒を集める余裕もなく、ベーゼが突然襲撃してきたという緊急の内容であるため、神刀剣の使い手が全員参加することが許されていた。
少しでも早くベーゼたちを倒して村を救うためにも実力のある生徒を集める必要があるため、運よく依頼を受けずに学園にいたパーシュたちは今回の依頼に参加することになった。
「今、カムネスたちは出発の準備をしながら依頼に参加してくれる生徒を集めてる。あたしも依頼に参加する生徒を探しながら此処にマジックアイテムを貰いに来たんだよ」
パーシュの話を聞いてユーキたちはパーシュが慌てていたことに納得する。村を襲撃したベーゼがどれほどの規模なのかは分からないが、ベーゼと戦うために少しでも人手が必要な状況なのだと二人は感じていた。
「ユーキ、アイカ、手が空いてるなら一緒に来てくれないかい?」
パーシュはユーキとアイカに緊急依頼に協力してほしいと頼む。ユーキとアイカは真剣な表情を浮かべながらパーシュを見つめた。
「勿論です。喜んで協力します」
「私も行きます」
ユーキとアイカは迷うことなくパーシュの頼みを引き受ける。ベーゼが村を襲撃していると聞かされた時から二人は同行しようと決めていた。
返事を聞いたパーシュはユーキとアイカを見ながら小さく笑みを浮かべた。
「助かるよ。アンタたちが来てくれるなら百人力だ。じゃあ、急いで準備をしてきておくれ」
『ハイ!』
声を揃えて返事をしたユーキとアイカは準備をするために魔導具開発研究を出ようとする。すると、黙って話を聞いていたスローネが眼鏡を押し上げながら口を開いた。
「待った、私も行こう」
スローネの口から出た言葉にユーキとアイカは足を止めて振り返り、パーシュも意外そうな顔でスローネを見る。
「スローネ先生も行くのかい?」
「ああ、実は新しいマジックアイテムの開発をしている最中でね。完成させるためにもアンタたちと同行して情報を手に入れておきたいんだよ」
そう言ってスローネはチラッとユーキとアイカの方を向き、パーシュには気付かれないくらい小さく笑う。
スローネの笑みを見たユーキはこれから参加する依頼で早速瘴気喰いを使わせて情報を得ようとしているのだと気付き、アイカの方を見ながら軽く肩を竦める。アイカもチャンスを逃そうとしないスローネを見て思わず苦笑いを浮かべた。
「……よく分からないけど、ついて来てくれるのなら助かるよ」
パーシュは話の内容を理解できなかったが、教師であるスローネが同行してくれることを心強く思いスローネを歓迎する。
「それじゃあ、あたしはマジックアイテムを用意してスローネ先生と一緒に行くから、アンタたちは依頼の準備をしてきてくれ。集合場所は正門前だ、できるだけ急いでくれよ?」
「分かりました」
ユーキは返事をするとアイカと共に扉の方へ歩いて行く。勿論、床に散らばっている本を踏まないように気を付けて歩いた。
本を踏むことなく扉の前までやって来るとユーキとアイカは静かに扉を開けて魔導具開発研究を出る。そして部屋を出た直後に廊下を走り、依頼の準備をするために学生寮へと向かった。




