表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
117/270

第百十六話  縮まる距離


 メルディエズ学園に戻ったユーキは購入した餌をうまやの管理者に届けるため、グラトンを連れて厩へ向かう。厩の管理者はメルディエズ学園の馬たちと共にグラトンの世話もしてくれているため、餌となる食料は管理者に渡すことになっていた。

 木箱を持ってユーキとグラトンは中庭の中を移動する。途中で何人かの生徒とすれ違うが既にメルディエズ学園の仲間として認められているグラトンに驚く生徒はおらず、グラトンを見て微笑んだり、軽く手を振って挨拶をする生徒しかいなかった。

 ユーキとグラトンが厩にやって来ると中年の男性が四本爪を持って馬房の中の藁を外に出して掃除をしている姿が見え、ユーキは餌を持って男性の下へ向かう。


「グラトンの餌、買ってきました」

「おお、ありがとう」


 男性は作業を中断し、小さく笑いながらユーキの方を向く。長い時間厩で作業をしていたのか男性の顔からは汗が流れており、服にも藁などが沢山付いていた。


「何処に置けばいいですか?」

「向こうにある餌の保管庫に適当に置いておいてくれ。後はこっちでやっておくよ」


 そう言って男性は厩から少し離れた所にある小さめの倉庫を指差し、ユーキも餌の入った木箱を持ったまま倉庫を見る。


「分かりました。……グラトン、行くぞ」

「ブゥ~」


 ユーキは木箱を持って倉庫の方へ歩き出し、グラトンはゆっくりとその後をついて行く。男性は大人しくユーキの指示に従うグラトンを見て、改めてグラトンの賢さと手懐けているユーキに驚いた。

 倉庫にやって来たユーキは扉を開けて中に入る。倉庫の中には馬の食料と思われる野菜などが入った木箱が大量に置かれてあった。

 ユーキは倉庫内を見回した後、一番近くにある餌の入った木箱の隣に自分が持っていた木箱を置く。自分の木箱を下ろすとユーキはグラトンに近寄り、木箱を固定してある縄を解いて一つずつグラトンの背中から木箱を下ろしていった。

 全ての木箱を下ろしたユーキは倉庫から出るため扉の方へ歩き出す。だがグラトンはその場を動かず、倉庫内にある食料を見つめており、それを見たユーキはグラトンが食料を食べようとしていることに気付いて足を止める。


「おいグラトン、勝手に食べちゃダメだぞ?」


 ユーキが声をかけるとグラトンはゆっくりとユーキの方を向いて小さく鳴いた。ユーキはグラトンの反応を見ると倉庫から出て行き、グラトンもそれに続いて倉庫を出る。

 餌を倉庫に仕舞ったユーキは男性に報告するために再び厩へと向かった。


「終わりました」

「ご苦労様。いつも悪いねぇ? 本来はこっちが餌を用意するべきなのに……」

「いいんですよ、俺がやりたくてやってるですから」


 ユーキが小さく笑いながら言うと、男性もどこか嬉しそうな顔をしながら笑みを返してから馬房の掃除を再開した。


「グラトンの場所の掃除はまだ終わってませんか?」

「いや、もう終わってるよ。その子の房は他の馬たちの房と比べて大きく、掃除に時間がかかるからね。一番最初に取り掛かったよ」

「ハハハ、流石ですね」


 面倒なグラトンの房の掃除を初めにやったと聞かされたユーキは苦笑いを浮かべる。グラトンはユーキの後ろで不思議そうに小首を傾げる。

 グラトンは馬よりも体が大きく、他の馬たちと同じように普通の馬房に入ることができなかった。厩の管理者である男性は同じようにメルディエズ学園で作業をする者たちに手伝ってもらい、グラトン専用の房を作ったのだ。

 ただ、体の大きなグラトンが入るため、房は普通の馬房よりも広くなってしまい、中を掃除するのにかなりの手間がかかってしまう。管理者の男性は大きく作りすぎてしまったと房を作った後に若干後悔していたが、今では不満などを口にすること無く掃除や修理などをするようなった。


「掃除が終わったなら、グラトンを入れてもいいですか?」

「ああ、いいよ」


 男性の許可を得るとユーキはグラトンを連れてグラトン専用の房へ移動する。

 グラトンの房は普通の馬房と同じで三方を壁で囲まれた作りだが、馬房よりも広くグラトンが横になっても余裕がある。房からは臭いがせず、新しい藁が敷かれて綺麗になっていた。


「折角綺麗にしてもらったんだから、すぐに汚したりするんじゃないぞ?」

「ブオォ~」


 返事をするように鳴いたグラトンは房へと入っていく。房の真ん中まで行くとユーキの方を向いて座り込み、大きく欠伸をしながら自分の出腹は背中を掻き出した。

 ユーキはグラトンが房に入るのを見届けると軽く手を振ってグラトンに挨拶をしてから校舎の方へ歩き出す。グラトンは出腹と背中を掻きながら去っていくユーキを見送った。

 厩を後にしたユーキは校舎の玄関前に立って腕を組む。グラトンの餌の買い出しも終わったのでこの後どうするか考えていた。


「さ~てと、これからどうするかなぁ。まだお昼を少し過ぎたくらいだから、午後の授業を受けるか? ……でも、今日の午後は魔法関係の授業ばかりで受けてもあまり意味が無いからなぁ」


 この後、自分は何をするべきなのかユーキは難しい顔をしながら悩んだ。

 授業を受けないのなら依頼を受けるべきだと思われるが、最近メルディエズ学園に入ってくる依頼は難易度の低い簡単な依頼ばかりだった。

 既に中級生の中でも上位の実力者であるユーキが依頼を受けようとすると受付嬢から「難易度の低い依頼は他の生徒たちに譲ってあげてほしい」と止められてしまうため、依頼を受けることができない。つまりユーキは難易度の高い依頼しか受けさせてもらえないため、依頼を受けることもできないのだ。

 受付に行っても受けられる依頼は無いと言われるのを想像したユーキは軽く溜め息をつき、困り顔になりながら自身の頭を掻いた。


「……一応、依頼掲示板を見に行ってみるか。もしかすると俺が受けられそうな依頼が新しく追加されてるかもしれないし……」

「ユーキ、何をしているの?」


 自分を呼ぶ声を聞いたユーキはフッと反応して左を向く。そこには不思議そうな顔で自分を見ているアイカが立っていた。


「いや、俺が受けられそうな依頼が入ってないか掲示板を見に行こうと思ってたところだよ」

「ああぁ、成る程ね。……残念だけど、行っても無駄よ?」

「ん? どうして?」

「私もさっき、受けられそうな依頼がないかと思って掲示板を見に行ってきたの。だけど、入っているのは薬草採取やゴブリンの討伐とか下級生や中級生になったばかりの生徒しか受けられない依頼ばかりだったわ」

「えぇ、ホントか?」


 ユーキは信じられないような顔をしながら確認するとアイカは困ったような表情を浮かべながら頷いた。


「今日学園に入っていた依頼で私や貴方が受けられそうな依頼は全部他の生徒たちが受けちゃったみたいなの。受付の人にも新しい依頼が入ってないか訊いたけど、何も入ってないって言われたわ」

「マジかぁ。……それじゃあ、訓練か図書室で自習をするしかないのかよ」


 新しい依頼が入っているかもしれないという残された希望も潰されたユーキは肩を落とし、そんなユーキを見たアイカは思わず苦笑いを浮かべる。


「ねぇ、ユーキ。もしよかったら私の訓練に付き合ってくれる? 強いベーゼやモンスターと戦う時に苦戦しないよう少しでも自分を強くしておきたいの」


 アイカが訓練を頼むと俯いていたユーキは顔を上げ、アイカを見た後に考え込む。

 訓練と自習のどちらをやるか悩んでいる時にアイカから訓練に付き合ってほしいと言われたのなら、アイカと一緒に訓練をするのがいいかもしれないとユーキは思った。


「……分かった、付き合うよ」

「ありがとう。それじゃあ、早速訓練場に……ん?」


 アイカはユーキのズボンのポケットから小さな白い箱がはみ出ているのに気付いた。


「ユーキ、その箱は何?」

「ん? ああぁ、これか」


 ユーキはポケットから箱を取り出すと蓋を開けて中に入っているベリドットのネックレスを見せる。

 埋め込まれている大きなペリドットは太陽の光で緑色に輝き、その美しさに驚いたアイカは目を大きく見開いた。


「わぁ、綺麗。これどうしたの?」

「さっき町にグラトンの餌を買いに行ったんだけど、その時に抽選会をやっててくじを引いたんだ。その時に白金賞が当たって貰ったんだよ」

「えっ、また当てたの?」


 抽選会の景品だと聞かされたアイカは思わずユーキに視線を向ける。ユーキは驚くアイカを見ると軽く目を見開きながら小さく頷いた。

 アイカはユーキが過去に抽選会で何度も上位の景品を当てていることを知っていたため、今回の抽選会でも白金賞を当てたと聞いて驚いていた。

 普通にくじを引いただけで上位の景品を連続で当てるなどできない。これまでユーキが景品を当てた回数から、アイカもユーキはくじ運がとても強いことに気付いていた。


「相変わらずくじ運が強いのね?」

「正直、俺自身も驚いてるよ。どうしてこんなに運が強いのか全く分からない」

「もしかして、貴方が女神の力を借りて転生したから?」

「それは無いと思うよ? 俺は転生する時に運を強くしてほしいなんて頼まなかったから」


 肩を竦めながらユーキは転生は関係ないと語り、アイカはユーキの話を聞くと納得したような反応を見せた。

 なぜくじ運が強いのかユーキは不思議に思う。そんな中、アイカは箱の中に入っているネックレスを無言で見つめている。

 アイカも年頃の少女であるため、宝石が付いた装飾品には興味があった。しかも目の前にあるネックレスに埋め込まれたペリドットは大きく、女性であれば釘付けになってもおかしくない代物だ。

 ユーキが難しい顔をしながら考えているとネックレスを見つめるアイカの顔が視界に入った。アイカがネックレスに注目するのを見たユーキはアイカがネックレスをほしいと思っているのではと感じ、箱の中のネックレスに視線を向ける。

 先程まで自分はネックレスなど必要ないので売って金に換えてしまおうと思っていたが、不思議なことにアイカがネックレスに釘付けになっているのを見た途端に売る気が無くなってしまった。


「……アイカ、よかったらこれ、貰ってくれるか?」

「えっ?」


 ユーキの口から出た言葉にアイカは耳を疑い、視線をネックレスからユーキの向ける。


「こ、こんな高価な物を?」

「ああ、俺が持ってても意味無いし、アイカがネックレスを見ているのを見てたら、アイカにあげたくなって」

「えっ……」


 アイカは驚くと同時に僅かに頬を赤く染める。異性から高価なネックレスをプレゼントされることに驚いていたが、それ以上にユーキが自分にプレゼントしたいと言ったことに驚いた。

 ユーキはネックレスの入った箱を前に出し、アイカはネックレスを無言で見つめる。しばらく見つめるとアイカは頬を赤くしたままユーキの方を向いた。


「ホントに、いいの?」

「ああ」

「……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」


 アイカは箱の中のネックレスをゆっくりと取り出し、顔の前まで持って来るとネックレスに埋め込まれたペリドットを見つめる。

 ペリドットは太陽の光で緑色の輝き、アイカは改めてペリドットとネックレスの美しさに驚かされた。

 ユーキも綺麗な代物だと思いながらアイカが持つネックレスを見つめている。するとアイカはユーキに背を向けてネックレスを首にかけ、かけ終えるとゆっくりとユーキの方を向いた。


「どう、かしら? 似合ってる?」


 アイカは照れくさそうな顔をしながらネックレスを掛ける自分をユーキに見せる。銀色のネックレスと中央に埋め込まれた大きなペリドットは美しく輝き、美少女であるアイカの美しさをより引き立てた。

 ユーキはアイカを見た途端に大きく目を見開く。今まで何度もアイカを見て来たユーキだったが、この時のアイカはいつも以上に綺麗に見えていた。同時にユーキの中に今まで感じたことのない不思議な感情が芽生える。


「ユーキ、どう?」


 アイカに声をかけると呆然としていたユーキはハッと我に返り、もう一度アイカの姿を確認する。しばらくアイカを見つめていたユーキは彼女と同じように頬を僅かに赤く染め、目を反らしながら自身の頬を指で掻く。


「あ~、えっと……似合ってるよ」

「本当?」

「ああ、何て言うかその……綺麗だ」


 なぜかアイカの顔を見て言うことができないユーキは左を向き、目を合わせずに感想を言う。面と向かって言ってはいないが嘘はついておらず、ユーキは思ったことを正直にアイカに伝えていた。


「あ、ありがとう……」


 ユーキの感想を聞いたアイカは更に頬を赤く染めながら礼を言う。アイカの心臓の鼓動は早くなっており、アイカは背服の胸元を握りながら俯く。

 お互いに相手の顔を見られず、頬を赤く染めるユーキとアイカはその場に立ち尽くした。この後どうすればいいんだ、二人はそんなことを考えながら黙り込む。


「ユ、ユーキ、訓練をする前にちょっと話があるんだけど……」

「え? は、話?」

「うん……実は私……」


 アイカはゆっくり顔を上げてユーキを見つめ、ユーキは顔の向きは変えずに視線だけを動かしてアイカを見た。二人は顔を赤くし、緊張しながら目の前に立つ異性を見つめる。


「おぉ~! こんな所にいたのかい!」

『!!?』


 突如女性の声が響き、声を聞いたユーキとアイカはビクッと反応しながら驚いた。

 女性の声で緊張が解けたユーキとアイカは頬を赤くしたまま声が聞こえた方を向く。すると校舎の中から手を振りながら自分たちの方へ走って来るスローネの姿が視界に入った。

 スローネの姿を見たことでユーキとアイカはゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。やがてスローネはユーキとアイカの前にやって来て、笑いながら自分のボサボサの髪を掻く。


「探したよお二人さん、ず~っと学園中を探し回っていたんだぁ。……おや? 二人とも顔が赤いけど、どうかしたのかい?」


 頬を赤くするユーキとアイカを見たスローネが不思議そうな顔で尋ねると二人は目を見開いて更に頬を赤く染める。


「い、いえ! 何でもないです」

「そ、そうです! ちょっとユーキと話していただけですから」

「?」


 慌てた様子で話すユーキとアイカにスローネは小首を傾げる。別に気になることでもなかったのでスローネはそれ以上訊こうとはしなかった。


「と、ところで、俺たちに何か用ですか?」


 ユーキが苦笑いを浮かべながら尋ねるとスローネは思い出したような反応を見せる。


「おおぉ、そうだったそうだった。ちょっとアンタたちに頼みがあるんだけど、今時間あるかい?」

「あ、ハイ、問題ありません」


 アイカが頷くとスローネは小さく笑いながらフェンチ型眼鏡を指で軽く押し上げる。


「なら、これから私の研究室に来ておくれ。そこで説明するから」

「分かりました」


 ユーキが返事をするとスローネは振り返って校舎の方へ歩き出す。ユーキとアイカもスローネの後を追って歩き出す。

 自分たちに何の用なのか、ユーキとアイカは不思議に思いながら前を歩くスローネの背中を見つめる。だが同時に突然現れて良い雰囲気を壊したスローネに小さな不満を感じていた。

 校舎に入ったユーキたちは廊下を歩いてスローネの研究室へと向かう。既に午後の授業が始まっているからか廊下を歩いている間、他の生徒の姿を見ることは無く、ユーキたちは静かな廊下を移動した。

 しばらく移動するとユーキたちは目的地である研究室に到着する。入口の扉の隣には“魔導具開発研究室”と室名が書かれた札が付けられており、室名の下には責任者であるスローネのフルネームが小さく書かれてあった。

 室名札を見たユーキが意外そうな反応を見せる。目の前の部屋には入学してから一度も入ったことのないため、中がどうなっているのか凄く気になっていた。アイカは過去に何度か入ったことがあるため、ユーキのような反応は見せずに室名札を見ている。

 ユーキとアイカが室名札を見ていると入口前に立っていたスローネがゆっくりと振り返る。


「中はちょっと散らかってるから、歩く時は足元に気を付けとくれ?」

「分かりました」

「ハイ」


 スローネを見ながらユーキとアイカは返事をし、二人の反応を見たスローネは問題無いと感じたのか小さく頷く。


「ところでサンロード、そのネックレスはどうしたんだい? 随分高そうだけど」


 アイカのネックレスに気付いたスローネはネックレスを指差しながら尋ねる。アイカはネックレスを見るとスローネが見やすいように見せた。


「さっき、スローネ先生が来る前にユーキからもらったんです」

「へぇ~、こんな高価な物をプレゼントするとは、アンタもやるねぇ、ルナパレス?」


 スローネはニヤニヤと笑いながらユーキを見つめ、スローネと目が合ったユーキは照れくさそうにしながら小さく笑う。


「ただ、そう言う高価な物はあまり校舎内に持ち込まない方がいいよ? 盗まれたらどうすることもできないし、そっちの方でやかましい教師もいるからねぇ」

「それは誰のことだ?」


 何処からか聞こえて来た男性の声に三人は一斉に反応し、声が聞こえた方を向くとそこには両手を後ろに回しながら歩いて来るロブロスの姿があった。

 

「そのやかましい教師とは私のことを言っているのか? エンジーア先生」

「いえいえ、そんなことは一言も……ただ、教頭もそう言った点では少々真面目過ぎるので、もう少し楽にした方がいいと思っただけですよ」


 小さく笑いながらスローネは近づいて来るロブロスに話しかけ、ロブロスはユーキたちの前までやって来るとスローネを見ながらどじょう髭を指で整える。


「私はこの学園の教頭だ。教頭としてこのメルディエズ学園が乱れないよう厳しく生徒たちを指導しようと思っているのだ」

「相変わらずですねぇ」


 スローネは眼鏡を押し上げながら呟き、ロブロスはスローネの態度が気に入らないのか不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「まったく、なぜ君のようなだらしのない人間がメルディエズ学園で教師を務めているのか私にはまったく理解できん」


 低い声を出しながらロブロスはスローネの悪口を言い出し、スローネはロブロスの発言を聞くと面倒そうな顔で自身の頭を掻く。黙って話を聞いていたユーキはロブロスを見ながら目を僅かに細くし、アイカはどこか嫌そうな表情を浮かべる。

 ロブロスは他の教師と比べるとプライドが高く、態度も少し大きいため、自分の気に入らない者にはよく見下したような発言をする。その対象には生徒も含まれており、教師だけでなく生徒の大半もロブロスのことを良く思っておらず、ユーキとアイカもそんな生徒の一人だった。


「教師に問題があれば、教師を見る生徒の中にも問題を起こす者が出てくる。喧嘩をしたり、不要な装飾品を身に付けて校内に入る生徒などがな」


 少し力の入った声を出しながらロブロスはユーキとアイカに視線を向ける。ユーキは目を細くしたままロブロスを見つめ、アイカもさり気なくネックレスを手で隠しながらロブロスをジッと睨んでいた。

 ユーキとアイカは過去に何度かロブロスに会って話をしたこともある。その時のロブロスは二人に見下した発言や小馬鹿にするようなことを言っていた。

 特にユーキに対しては入学を認めていなかった存在だからか、必要以上にユーキを馬鹿にするような発言をしていたのだ。


「挙句の果てに幼稚で大人の世界の厳しさも知らない児童が学園に入学している。児童が入学したことにも困るが、それを許可した学園長にも困ったものだ」

「……教頭先生、流石にそのような言い方はユーキや学園長に失礼だと思いますが?」


 態度と発言に我慢できなくなったのかアイカはロブロスに意見する。ロブロスはアイカの方を向き、あからさまに鬱陶しそうな表情を浮かべた。


「学園の事情も知らん子供が口を挟むんじゃない。君たち生徒は何も考えずにただ勉学や訓練に励み、我々教師の指示に従いながら依頼を受けていればいいのだ」


 話を聞く気がないロブロスはアイカを睨み、アイカもロブロスを鋭い目で見つめた。教師の中でも面倒くさがりなスローネも流石にロブロスを止めた方がいいと感じたのかロブロスに意見しようとする。


「それは聞き捨てなりませんね?」


 スローネが喋ろうとした時、黙っていたユーキは声を出し、アイカたちはユーキに視線を向ける。三人が見つめる中、ユーキは真剣な表情を浮かべてロブロスを見つめた。


「確かに俺たちはまだ子供です。ですが、子供にも大人の事情を知り、口を挟む権利ぐらいはあるはずです。子供だから学園や教師の問題に関わるなと言うのは変だと思いますよ?」

「何だと?」


 ユーキが文句を言ったことが気に入らないのかロブロスは僅かに表情を険しくする。そんなロブロスに怯むことなくユーキは喋り続けた。


「それに何も考えずに従っていればいいと言うのも気に入りません。それじゃあ、ビーストテイマーに調教されて命令に従うモンスターと同じですよ」

「私も同感です。考えずにただ教師の方々の指示にだけ従うなんて、どう考えてもおかしいです」


 アイカもユーキの背中を押すようにロブロスに言い返し、スローネはロブロスと対立するユーキとアイカを見て気分が良くなったのかニッと笑っていた。

 ロブロスは歯向かうユーキとアイカが気に入らず、奥歯を噛みしめながら二人を睨む。生徒如きがメルディエズ学園の教頭である自分に逆らうなど許されることではない、ロブロスはそう思いながら表情をより険しくする。


「お前たち、教頭である私にそんな口を利いていいと思っているのか? 私が一言言えばお前たちを退学させることもできるのだぞ!」

「ハージャック教頭、それは色んな意味でマズイと思いますよぉ?」


 教頭としての立場を利用しようとするロブロスにスローネが抜けた声で語り掛け、ロブロスはスローネの方を向くと彼女を無言で睨んだ。


「この子たちは規則を破ったわけでもないし、貴方に危害を加えたわけでもありません。そんな二人を教頭の独断で退学になんてさせたら、学園内での貴方の立場が悪くなると思いますけどねぇ?」

「ぐっ……」


 スローネの言葉にロブロスは口を閉じながら表情を歪める。出世欲の高いロブロスにとって学園内での立場が悪くすることだけは絶対に避けたかった。


「それにこの二人は現在、メルディエズ学園でも上位の実力を持つ生徒、しかも混沌士カオティッカーです。彼らが退学になれば学園の戦力は大きく低下し、学園の活動にも支障が出ます。増してやルナパレスは学園長を盗賊から救った恩人で多くの教師たちから入学を認められた存在ですよぉ? 退学にしたら多くの教師や生徒たちを敵に回しかねません」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるスローネはロブロスの立場が悪くなることを説明し、ロブロスは徐々に余裕を失って悔しそうな顔をする。ロブロスの顔を見たスローネはニッと楽しそうに笑った。

 先程までの強気な態度から追い込まれた様子を見せるロブロスを俯きながら黙り込む。スローネはニヤニヤと笑い、アイカは立場が悪くなった途端に口を閉じるロブロスを呆れ顔で見つめ、ユーキは小さく溜め息を付く。


「今まで大人だの子供だとの言っていたのに、気に入らない存在がいれば地位や権力を利用して黙らせようとする。……今の貴方の方が子供っぽく見えますよ?」


 ユーキは哀れむように口調で遠回しに大人気ないと伝え、ユーキの言葉を聞いたロブロスは表情を険しくしながら顔を真っ赤にして呻き声のような声を出す。

 ロブロスはユーキたちに対する怒りと言い負かされたことへの悔しさから握り拳を震わせ、逃げるようにその場を後にする。ユーキたちは立ち去るロブロスの後ろ姿を黙って見つめた。


(クソォ! あの小僧、この私に恥をかかせおってぇ! 今に見ておれよぉ!!)


 心の中でユーキに対する怒りを叫びながらロブロスは大きく股を開けながら廊下を歩いて行く。


「……いやぁ~、スッとしたねぇ♪」


 ロブロスの姿が見えなくなるとスローネは満面の笑みを浮かべる。態度の大きいロブロスを言い負かすことができてスッキリしたようだ。

 ユーキも少し気分が良くなったのか小さく笑みを浮かべる。だが、アイカだけはどこか不安そうな表情を浮かべいた。


「でも、大丈夫かしら? 教頭先生、かなり機嫌を悪くしていたけど、本当に私とユーキを退学させるつもりじゃ……」

「心配ないと思うぞ? いくら教頭でもちゃんとした理由もないのに俺たちを退学させることなんてできないさ。そうですよね、スローネ先生?」


 ユーキが笑っているスローネに尋ねると、スローネはユーキとアイカの方を向いて頷いた。


「ああ、勝手にアンタたちを退学させれば学園長や他の教師たちを敵に回して学園内での立場が悪くなり、孤立するかもしれないからね。大丈夫だろう」


 退学させられる可能性は低いとスローネから聞かされたアイカは安心したのか微笑みながら息を吐いた。


「……もっとも、今の段階でもハージャク教頭は多くの教師や生徒たちから距離を置かれて微妙な立場にある。本人はそのことに気付いていないみたいだけどねぇ」

「自分が嫌われていることに気付かないなんて、かなり鈍いんですね、教頭って……」


 スローネの話を聞いたユーキは呆れ、アイカも先程まで不快な気分にさせていたロブロスに対して哀れむような表情を浮かべた。


「さて、ハージャック教頭のことはこれくらいにして、そろそろ部屋に入ろうかね」


 ロブロスの件が片付き、スローネは手を叩きながらユーキとアイカに声をかける。二人も魔導具開発研究室まで来た目的を思い出すと気持ちを切り替えて入口の扉を見た。

 ユーキとアイカの表情が変わるのを見たスローネは扉を開けて部屋に入る。ユーキとアイカもスローネに続いて入室し、最後に入ったアイカは静かに扉を閉めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ