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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第八章~混沌の逃亡者~
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第百十五話  のどかな買い物


 昼下がりのバウダリーの町では住民たちがいつもどおりの生活をしている。買い物をしたり、友人と会話をしたりしているその光景はまさに平和そのものだった。

 住民の少ない静かな街道をユーキはのんびりと歩いており、その後ろをグラトンが大人しくついて行く。ユーキはグラトンの餌を購入するためにバウダリーの町に来ており、購入した大量の荷物をメルディエズ学園に運ぶためにグラトンを同行させていた。

 グラトンはメルディエズ学園に寝床の用意とそこの掃除をしてもらっている。ただ、餌だけはユーキが用意することになっているため、ユーキは餌を購入して学園に提供し、学園の職員はその餌をグラトンに出しているのだ。そして餌の在庫が無くなるとユーキはバウダリーの町に新しい餌を買いに行くことになっている。

 メルディエズ学園は最初、餌も用意すると言っていたのだが、ユーキは自分に懐いてついて来たグラトンの餌は自分が用意すると言い、学園側もユーキ自身の意思なら仕方がないと納得した。


「今日も平和だねぇ」


 街道を見回しながら歩くユーキは微笑んで呟く。ユーキにとって見慣れた光景だが、異世界にはベーゼやモンスターが存在しており、町の外に出ればいつ命を落としてもおかしくないため、町の住民たちが笑う姿やのどかな光景を見る度にユーキは平和でよかったと感じていた。

 ユーキが笑いながら歩いていると後ろから騒がしい声が聞こえ、ユーキは立ち止まって振り返る。ユーキの視線の先には数人の子供たちに囲まれながら座っているグラトンの姿があった。

 グラトンがバウダリーの町に来た頃は住民たちもグラトンを怖がっていたため近づこうとせず、町の警備兵や冒険者たちからも警戒されていた。

 しかし、時間が経つにつれて住民たちも少しずつグラトンが危険ではないと理解し、今では怖がらずに接してくれている。特に幼い子供たちはグラトンの大きな体、どこか抜けたような顔と大人しい性格に興味を持ち、グラトンを見かける度に集まるようになった。

 グラトンもバウダリーの町の住民たちが自分を受け入れてくれたことに気付き、集まって来る子供たちにも興味を持つようになり、匂いを嗅いだりなどしてじゃれるようになった。


「あらら、また子供たちに囲まれちゃってるのか」


 座り込んでいるグラトンを見ながらユーキはどこか困ったような反応を見せる。だが、子供たちがグラトンを恐れずに近づく姿を見てユーキは嬉しさを感じており、グラトンと子供たちを見ながら小さく微笑む。


「グラトーン、そろそろ行くぞー!」


 ユーキは子供たちと触れ合っているグラトンに少し大きな声で呼びかける。ユーキの声を聞いたグラトンは立ち上がり、四足歩行状態でユーキの方へ歩き出した。

 歩き出すグラトンの姿を子供たちは笑いながら見ている。


「バイバイ、グラトン!」

「また遊ぼうねぇー!」


 子供たちは手を振りながらグラトンに別れを告げ、同時にグラトンの飼い主であるユーキにも手を振る。子供たちを見たユーキは微笑みながら手を振り返し、グラトンと合流すると再び歩き出した。


「お前もすっかり町の人たちに受け入れられたな?」

「ブォ~」


 ユーキは歩きながら隣にいるグラトンに声をかけ、グラトンもユーキの方を見ながら返事をするように鳴き声を出す。今のユーキとグラトンはまるでペットの犬と仲良く会話をする主人のようだった。


「町の人たちに好かれるのはいいけど、迷惑をかけるようなことはするなよ? この前も荷馬車に摘まれた野菜を勝手に食べようとして御者の人に怒られたんだからな」

「ブオオォ」

「……本当に頼むぞ?」


 大きく口を開けながら鳴くグラトンを見てユーキは少し呆れたような表情を浮かべる。

 バウダリーの町に来たばかりの頃のグラトンはよく勝手に行動してユーキや町の住民たちに迷惑をかけていた。

 今は昔ほど問題を起こすようなことはしないが、それでもまたに小さな問題を起こすため、ユーキはグラトンと町に来た際は今でもグラトンを見張りながら行動している。


「……そう言えば、俺がこっちの世界に転生してからもうすぐ半年になるんだよなぁ」


 ユーキは歩きながら上を向き、自分が転生した時のことを懐かしく思う。グラトンがバウダリーの町に来たばかりのことを考えていたため、自分が異世界にやって来た時のことを思い出したのだ。


「あの時の俺はこっちの世界のことを何も知らなかったけど、今ではある程度のことは分かっちまってる。……完全にこっちの世界の住人になっちゃってるなぁ」


 昔を思い出しながらユーキは呟き、同時に時間の流れが早いことを実感する。

 グラトンは昔のことを考えているユーキを見て不思議そうに小首を傾げる。グラトンは知能が高いため、人間の言葉もある程度なら理解できるが、全てを理解できるわけではない。そのため、先程ユーキが言った言葉の意味は理解できていなかった。

 ユーキは今でもよく転生前の世界のことを思い出すが、転生前の世界や暮らしに戻りたいと思ったことは一度も無い。ユーキ・ルナパレスとして生きていくことを決意しており、異世界で出会った人たちとの暮らしも楽しんでいる。転生前の世界の記憶は思い出として心にしまっていた。


「さて、急いで市場に行くぞ? 早くしないとお前の餌になる物が無くなっちゃうからな」

「ブオォ~」


 ある程度昔を懐かしんだユーキはグラトンの方を向いて笑いながら声をかけ、グラトンも鳴き声を上げて返事をする。ユーキとグラトンは街道の真ん中を歩きながら市場へと向かった。

 出店が並ぶ市場にやって来たユーキは干し肉や野菜、果物などを扱っている出店でグラトンが食べられそうな物を次々と買っていき、出店で貰った木箱へ入れていく。木箱が一杯になると別の木箱を貰い、そこに食料を入れていった。

 グラトンの種族であるヒポラングは雑食性で人間が食べる物なら大抵は食べられる。そのため、グラトンの餌はバウダリーの町でも問題無く手に入れることができた。

 ただ、グラトンの体格から食べる量が多く、一度に購入する量がとんでもないため、ユーキは餌を購入する度にグラトンを同行させているのだ。

 一つの出店で大量の食糧を購入したユーキは次の出店へ向かい、そこでももの凄い量の食料を買う。幸いユーキはこれまで多くの依頼を受けて多額の報酬を得ていたため、食料を買う際の金銭に問題は無かった。

 ユーキは食料が入った木箱を持って市場の中を歩き、グラトンも縄で背中に二つの木箱を結び付けながらユーキの後ろを歩く。木箱を持って移動する児童とヒポラングの姿を市場にいる他の人たちは無言で見つめている。

 しばらく市場を移動したユーキは一軒の出店の前で立ち止まり、持っていた木箱を下ろす。そこは数種類の野菜を扱っている店で奥には主人と思われる中年女性が立ってた。


「あら、いらっしゃいユーキちゃん」

「こんにちは、おばさん」


 笑顔で挨拶をする中年女性にユーキは挨拶を返す。ユーキはグラトンの餌を購入するために目の前の出店に何度も訪れていたため、主人である中年女性とは顔馴染みになっていた。


「今日もグラトンちゃんのごはんを買いに来たのかい?」

「ハイ。美味しい野菜はありますか?」

「アッハハハハッ、ウチの野菜はどれも美味しいよ」


 笑う女性を見た後、ユーキは並べられている野菜を確認した。目の前にはニンジンやジャガイモ、トウモロコシに似た野菜が置かれており、ユーキは無言で野菜を見ていく。


「じゃあ、ここからここまでの野菜を全部ください」


 ユーキは中年女性を見ながら購入する野菜を指で指す。中年女性はユーキが選んだ野菜を確認するとユーキの方を向いて頷いた。


「あいよ、いつもありがとうね」


 中年女性は礼を言うと近くにある空の木箱を手に取り、その中にユーキが選んだ野菜を入れていく。

 ユーキが来店するとその店の商品の殆どが売れるため、出店の主人たちは赤字を回避できるとユーキが購入する度に感謝する。現に中年女性は喜んでおり、これまでにユーキが立ち寄った出店の主人たちも全員がユーキに感謝をしていた。

 中遠女性が木箱に野菜をいれていく姿をユーキは黙って見ており、グラトンも大人しくしながら見ている。やがて全ての野菜を入れ終わると中年女性は木箱に蓋をしてユーキの前に置き、ユーキは女性に数枚の金貨と銀貨を手渡した。


「毎度ども、結構重いけど持てるかい?」

「ええ、大丈夫です」


 そう言ってユーキは中年女性が置いた木箱を自分が持っていた木箱の上に乗せる。

 普通なら食料が大量に入った箱を二つ積み重ねて運ぶのは大変だが、ユーキには強化ブーストの能力があるため、身体能力を強化すれば積み重ねた木箱も簡単に運ぶことができた。

 ユーキを見た中年女性は大丈夫だと感じて微笑みを浮かべる。すると、中年女性は何かを思い出したような反応を見せ、エプロンのポケットに手を入れた。


「そうだ。ユーキちゃん、これも持って行きな」


 中年女性はポケットから取り出した物をユーキに差し出す。中年女性の手の中には銅色に輝く小さなコインがある。コインは異世界の銅貨と違い、子供の玩具のような物だった。

 コインを見たユーキは軽く目を見開いて意外そうな反応を見せた。


「これって抽選コインですか?」

「そうだよ。今回も抽選会をやってるから引いておいで」


 ニコニコ笑いながら中年女性はコインを手渡し、ユーキは自分の手の中にあるコインを見つめる。

 実は異世界にも転生前の世界のように抽選会があり、抽選コインを持つ人はくじ引きをすることができるのだ。バウダリーの町でも三ヶ月前から月に一度抽選会が行われ、多くの住民たちが抽選会のくじ引きを引いていた。

 抽選会はラステクト王国に拠点を置く“セーティ商会”と呼ばれる大きな商業組織が管理しており、バウダリーの町でもセーティ商会の店が幾つも存在していた。そして、セーティ商会の店で買い物をした客にくじ引きを引くための抽選コインが渡されるのだ。

 ユーキは初めて抽選会の話を聞いた時、異世界にも抽選会が存在していること、くじ引きを引くのに必要なのがコインであること、一ヶ月に一度行われることなど色んなことに驚かされた。

 しかし、転生前の世界の抽選会と殆ど同じイベントであるため、興味があったユーキはこれまでに開かれた全ての抽選会でくじ引きを引いていた。


「でも、俺は今回セーティ商会の店で買い物はしてませんし、それはおばさんの抽選コインでしょう? おばさんが引きに行けば……」

「アンタにはこれまで何度も沢山の野菜を買ってもらったからね、そのお礼だよ。それにアンタみたいな可愛い子だからあげるのさ」


 中年女性は幼いユーキを見て母性を感じたのか姿勢を僅かに低くしながらユーキの頭を優しく撫でる。

 ユーキは可愛いと言われ、頭を撫でられることに少し恥ずかしさを感じていたが、児童の姿をしていたおかげで抽選コインを貰えたので、児童であることも悪くないと思っていた。


「……分かりました。それじゃあ、遠慮なくいただきます」


 しばらく黙り込んだ後、ユーキは抽選コインを指で摘まみながら中年女性を見上げ、中年女性も「うんうん」と笑いながら頷いた。

 ユーキたちから少し離れた所では一人の中年男性が市場を見回しながら歩いている。そんな時、中年男性の視界に中年女性から抽選コインを受け取るユーキの姿が入った。


「あれはユーキ君……こ、こりゃマズいぞぉ」


 中年男性はユーキたちに背を向けると慌ててその場を走り出して何処かへと向かった。

 市場から少し離れた所には大きめの広場がある。広場の片隅には人が集まっており、その中では数人の男性が住民たちに声をかけていた。

 男性たちの前には長方形の机があり、その上には穴の開いた木箱が置かれている。そして、男性たちの後ろには無数の樽や大小様々な大きさな箱が置かれてあった。


「さあ、今月もセーティ商会の抽選会が始まったよぉ! 今回も高価な景品が沢山だぁ!」


 初老の男性が力の入った声を出すと住民たちは興味のありそうな顔をしながら初老男性に前にある箱に注目する。そう、住民たちの前にいる男性たちはセーティ商会の人間で住民たちが集まっている場所こそが抽選会の会場なのだ。

 セーティ商会の抽選会は穴の開いた木箱の中に入っている木球もっきゅうを一つ選んで取り出し、木球の色に合った景品を貰えるというユーキが転生前にいた世界の抽選会と似た設定だった。勿論、くじ引きをする者は木球を見ることができず、手探りで木球を選んで景品を当たなくてはいけない。


「銅賞はシルクの生地。銀賞は高級葡萄酒。金賞はドワークの鍛冶師が打った剣。そして、特別賞である白金賞は大きなペリドットが入ったネックレスだ。普通に買えば金貨三十枚はする代物だよぉ!」


 初老男性が景品を発表すると集まっている住民たちはくじ引きをしようと騒ぎながら持っている抽選コインを出す。初老男性の隣にいる若い男性は騒ぐ住民たちに驚きながら抽選コインを受け取ると住民たちを落ち着かせて一人ずつ順番にくじを引かせる。

 住民たちは高価な景品が当たることを祈りながら木箱の中の木球を選んで取り出す。しかし、引き当てたのはどれも色の付いていないハズレの木球で、住民たちはガッカリしながらハズレ景品と思われる安物のハンカチを受け取って会場を後にする。

 くじ引きを終えた住民の中には落ち込む者もいれば本当にアタリが入っているのか怪しむ者もいる。しかし、くじを引いた者の中には銅賞以上ではないものの、アタリと言える商品を当てた者もいるためセーティ商会の人間に文句を言うことはできなかった。


「今回も大勢の人が集まってますね?」


 若い男性が初老男性に尋ねると初老男性は腕を組みながら笑って頷く。


「ああ、高価な景品を手に入れるチャンスだからな。皆、抽選コインを手に入れるために商会の店で買い物をしまくるだろう」

「でも、銅賞以上は誰も当たりませんね。……本当にアタリの球は入ってるんですか?」

「おいおい、くじを引く人たちがいるのにそんなことを言うな。こちらがインチキをしてると思われるじゃないか」

「す、すみません」

「ちゃんとアタリは入っている。彼らが引き当てられないだけだ」


 初老男性は離れた所でハズレ景品を見つめる住民やくじ引きをするか悩んでる住民を見つめる。そんな時、市場を見回っていた中年男性が走って初老男性の隣までやって来た。


「おいおい、どうしたんだ? そんなに慌てて……」


 息を切らす中年男性を見ながら初老男性は声をかけ、若い男性も不思議そうな顔をしながら中年男性を見ていた。

 中年男性は呼吸が整うと顔を上げて驚いたような顔を見せる。顔を見た初老男性は軽く目を見開くと同時に何か問題が起きたのではと感じた。


「た、大変だ、ユーキ君がくじを引きに来るぞ」

「な、何だって!?」


 報告を聞いた初老男性は思わず声を上げ、若い男性は突然声を上げる初老男性に驚く。近くにいた住民たちも初老男性の声を聞き、不思議そう顔で男性たちを見ている。


「そ、それはイカン。急いで片付けるぞ? 今日の抽選会はこれまでだ」


 初老男性は慌てて机の上の木箱を片付けようとする。だが、状況が理解できない若い男性は突然片付けようとする初老男性を止めに入った。


「ちょ、ちょっと待ってください。これだけ呼び込みをしておいて突然片付けるのはマズいんじゃないですか?」

「そんなことを言っている場合じゃない。あのユーキ君が来るんだぞ?」

「そのユーキ君っていったい何なんですか?」


 若い男性が小首を傾げながら尋ねると中年男性が若い男性に近づいて来る。


「そう言えば、君は抽選会で働くのは初めてだから何も知らないんだったな。……ユーキ君はメルディエズ学園の生徒で信じられないくらいくじ運の強い子なんだ」

「そんなに凄い子なんですか?」

「ああ、あの子はこれまで行われた全ての抽選会で上位の景品を当てている。それも一回のくじ引きでだ」

「ええっ! 一回でですか?」


 ユーキが景品を当てる確率の高さを教えられ、若い男性は驚いて声を上げる。三ヶ月前から始まった抽選会で一回くじを引いただけでアタリを引き当てていると聞かされたのだから驚くのは当然だ。


「ほ、本当に一回引いただけで当たったんですか?」

「本当だ。三ヶ月前に開かれた最初の抽選会では白金賞のオリハルコン製の短剣、二ヶ月前は金賞のリップル半年分、そして先月は白金賞の貴族夫人も欲しがる高級香水を当てているんだ」

「ああ、おかげでこれまでの抽選会では我がセーティ商会が大損をする結果となってしまった」


 中年男性が語る隣で初老男性が深刻そう表情を浮かべながら語り、話を聞いていた若い男性は二人がユーキにくじを引かせたくない理由に納得する。

 一回のくじで上位の景品を当てられてしまえば、景品を狙っていた他の人たちはくじ引きをする理由が無くなり、抽選コインを手に入れるために買い物をすることも無くなる。そうなればセーティ商会は一方的に損をしてしまい、いつかは抽選会を開くこともできなくなってしまう。


「あんなにくじ運の強い子は初めて見た。まるで前世で不幸な人生を歩んでいたからその分、くじ運が強くなっているようだ」

「ああ。だからこそ、ユーキが来る前に終わらせ、日を改めて――」

「俺がどうかしましたか?」


 初老男性が喋っていると幼い少年の声が聞こえ、男性たちは驚きの表情を浮かべながら声が聞こえた方を向く。そこには二つ積み重なった木箱を持つユーキが立っており、その後ろには木箱を背中に結び付けたグラトンの姿があった。

 抽選会場にやって来たユーキとグラトンを見て周りにいる住民たちは小さくざわつく。今ではユーキとグラトンはバウダリーの町でも有名になっているため、その場にいる住民たちは様々な反応を見せながらユーキとグラトンを見ていた。


「や、やあ、ユーキ君……」

「何か、俺が来る前にどうとかって言っていたように聞こえたんですけど?」

「い、いや、気のせいじゃないかな……」


 初老男性は慌てて笑顔を作って誤魔化し、中年男性も苦笑いを浮かべる。ユーキは男性たちの反応を見ながら小首を傾げた。


「……ま、いっか。それより抽選コインを持って来ました」

「あ~実は今日のくじ引きなんだがね……」


 ユーキにくじ引きをさせまいと初老男性は抽選会の中止をさり気なく伝えようとする。ハッキリとユーキにくじ引きをさせたくないと伝えたり、理由を説明せずに抽選会を中止させてしまえばセーティ商会に信用に関わるため、ユーキが納得するよう説明しなくてはいけなかった。

 何かを言いたそうにする初老男性をユーキは不思議そうに見つめる。するとそこへ抽選コインを持った女性たちがやって来た。


「ちょっと何してるのよ? 早くくじを引かせて」

「そうだよ、あたしらはずっと待ってるんだよ」

「まさか、今日はもうお終いなのかい? あんなに派手に呼びかけていたのに」


 女性たちを見て初老男性は僅かに表情を歪ませる。住民に呼びかけてしまったことで大勢がくじ引きをするために集まっており、とても中止するとは言えない状況になっていた。


「も、勿論まだ続きますよ? くじ引きをする人は並んでください」


 今、中止すると言えばそれこそ信頼を失ってしまうと考えた初老男性は仕方なく抽選会を続けることにした。他の二人の男性も続けるしかないと感じながら初老男性を見ている。

 ユーキは男性たちの反応を見て再び不思議そうな顔をするが、男性たちが何を言おうとしていたのかは気にならなかったため、深く考えずにくじ引きの列に並んだ。

 抽選会が続行されると住民たちは一人ずつくじを引いていく。しかし全員がハズレの木球を引き、住民たちは残念そうな顔をしながらハズレのハンカチを受け取る。特に女性は白金賞のネックレスを狙っているからかハズレた時にとても悔しがっていた。

 一人、また一人とくじを引いていき、ようやくユーキの順番が回って来た。ユーキは目の前にある木箱を見つめ、初老男性たちも緊張した様子でユーキを見ている。

 男性たち見つめる中、ユーキはズボンのポケットから抽選コインを取り出して初老男性の隣にいる若い男性に渡した。


「コインは一枚だね。それじゃあ、木箱の中から一つ球を引いてくれ」

「ハイ」


 ユーキは目の前に置かれてある木箱を近くに引き寄せると右手を箱の中に入れ、ガラガラと音を立てながら木球を選ぶ。男性たちや並んでいる住人たちは黙ってユーキがくじを引くのを見守る。

 くじを引く回数は一回だけだが、ユーキがこれまで一回で上位の景品を当てているため、そのことを知っている男性たちはユーキがハズレを引くまで安心できなかった。三人の男性、特に初老男性は微量の汗を流しながらユーキがハズレを引いてくれることを心の中で強く願う。

 しばらく木箱の中で木球を選んでいたユーキは一つを握ると腕を木箱から引き抜く。周りの住民たちは木球を選んだユーキを見つめ、初老男性たちも息を飲む。

 周りが見つめる中、ユーキは初老男性の前に握っている右手を出し、そのままゆっくりと開く。開いた手の中には白く塗られた木球が一つ入っていた。


「白い球……白金賞、ですね」


 若い男性が呟くとそれを聞いた住民たちは一斉に驚きの声を出す。白金賞が当たったのを初めて見て興奮する者がいれば、児童であるユーキに最高の景品を持っていかれて悔しがる者もいた。だが、殆どの住民はユーキが白金賞を取ったことを祝福するように笑みを浮かべている。


「……クッソォ~! また持っていかれたぁ」


 四度目の抽選会でも白金賞を持っていかれ、初老男性は思わず本音を口にしながら肩を落とす。中年男性も深く溜め息を付き、若い男性は二人を見ながら苦笑いを浮かべる。


(おいおい、いくら上位の景品を持ってかれたからって、当てた本人の前で言うなよな……)


 初老男性の反応を見たユーキはジト目になりながら心の中で呟く。

 景品を当てられてあからさまに嫌そうな反応を見せるのは抽選会を管理する者として問題があるんのではとユーキは感じ、初老男性を見ていた一部の住民も呆れたような反応を見せていた。


(それにしても俺って凄く引きが強いんだなぁ。過去の抽選会でも金賞以上の景品を一回で当ててるし、どうなってるんだ?)


 ユーキは自身のくじ運の強さに気付いていたらしく、自分が引き当てて白い木球を見ながら不思議に思う。なぜ自分はここまでくじ運が強いのか今でもまったく分からなかった。


(もしかして、フェスティさんが転生する時に何かしたのか? ……まさかな、転生する時の特典には“幸運を上げる”なんて条件は付けてないし)


 高い景品を引き当てたのはただの偶然、ユーキはそう考えて納得した。

 初老男性は納得できないような顔をしながら一つの小さな白い箱をユーキに差し出す。箱を受け取ったユーキが中を確認すると、そこには4cmほどの楕円形の緑色の宝石が埋め込まれた銀色のネックレスが入っていた。

 ネックレスを見たユーキは目を軽く見開く。転生する前も目の前にあるペリドットのような大きな宝石は見たことが無かったため、初めて大きな宝石を見てユーキは少し興奮していた。


「……ありがとうございます」


 しばらくペリドットを見ていたユーキは箱を閉じ、初老男性を見上げながら笑って礼を言う。初老男性はユーキの笑顔を見ると複雑そうな反応を見せながら無言で目を逸らす。

 初老男性の反応を見たユーキは小さく苦笑いを浮かべながら広場を後にし、グラトンもユーキの後をついて行く。

 ユーキが移動すると並んでいた住民たちがくじ引きをするために男性たちの前に移動する。ただ、ユーキに白金賞を持っていかれたことで一部の住民はくじ引きをする楽しみが薄れ、若干つまらなそうな顔をしながらくじを引いた。

 しかし、それでもまだ三つの高価な景品が残っているため、それを狙って住民たちはくじ引きを引いていった。

 広場から去ったユーキは食材の入った木箱を持って街道を歩いて行く。強化ブーストで腕力を強化しているため、重さを感じることなく積み重ねた木箱を運ぶことができた。グラトンも結び付けられている木箱の重さを感じることなく移動している。


「しかし、白金賞を当てたのはいいけど、どうしようかなぁ、これ」


 ユーキはズボンのポケットからはみ出ているネックレスの箱を見ながら考える。

 児童であるユーキが大きな宝石が埋め込まれたネックレスを付けるのは不自然なため、人前で付けることはできない。そもそもユーキはネックレスに興味などなく、くじ引きで当たったから貰っただけのことだった。


「……今まで当てた景品みたいに売って金にしちまうか?」


 過去の抽選会で当てた景品のことを思い出しながらユーキは呟く。

 ユーキは過去に当てた三つの景品の内、短剣と香水は必要ない物であるため、武器屋や道具屋に売って金に換えていたのだ。リップルはユーキ自身が食べるだけでなく、メルディエズ学園の生徒たちに分けたり、グラトンの餌にするため、売ったりはしなかった。

 大きなペリドットが埋め込まれたネックレスなら高く売れるかもしれないと考えながらユーキは歩く。ただ、抽選会で当てた物をその日の内に売りに行ってしまうとセーティ商会の人間に目撃された時に不快に思われる可能性があるため、今から売りに行くことはできなかった。


「でも、流石に今から行くのはマズいよな。買った餌とかもあるし……とりあえず今日は帰って明日以降に売りに行こう」

「ブォ~」


 ユーキの言葉に反応するようにグラトンは鳴き声を上げる。ユーキとグラトンはメルディエズ学園に戻るために西門へ向かった。


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