第百十三話 邪悪の長たち
ガルゼム帝国北部にはゾルノヴェラと呼ばれる場所がある。都市を囲む城壁は強固で城塞都市と言われていたガルゼム帝国でも帝都の次に広い大都市だ。
だが、三十年前にガルゼム帝国の魔導士たちがベーゼの世界に繋がる転移門を開いたことでベーゼを呼び寄せてしまい、現れたベーゼたちによって多くの住民たちが命を奪われ、ゾルノヴェラの建物も三分の一が破壊されてしまった。
形を保っている建物もあるが全てボロボロになっていて使い物にならない。瓦礫と廃墟しかない城塞都市に住んでいる者は今では一人もいなかった。
人々はベーゼ大戦で勝利し、ベーゼの世界へ繋がる転移門も閉ざされてゾルノヴェラは無人の都市と化したが、ガルゼム帝国は何らかの弾みで再び転移門が開くかもしれないと警戒し、現在でも帝国軍がゾルノヴェラを監視している。
ゾルノヴェラの外には帝国兵たちが寝泊まりする小屋や倉庫などが幾つも建てられており、帝国兵たちは交代で二十四時間ゾルノヴェラを見張っている。城壁には長梯子を掛け、城壁の上に上がって都市全体や遠くを見渡したりもしていた。更に都市の中にも小規模の部隊を幾つも送り込み、都市の中を巡回して異常が無いか確認している。
「今日も異常は無さそうだな」
「ああ……と言うか、こんなこと続ける必要があるのか?」
城壁の上にある通路で二十代くらいの二人の帝国兵がゾルノヴェラを見渡しながら話している。二人の内、一人はどこか不満そうな顔をしていた。
帝国軍の中には転移門が閉じ、無人となった都市を見張る必要があるのかと考える者も大勢いる。だが、皇帝であるゲルマン・ゴルバチフや帝国貴族は再び自分たちの国でベーゼの転移門が開くことを恐れて監視を続けるよう命じていた。
皇帝や貴族に命令されては逆らえないため、不満を感じる帝国兵たちも仕方なく命令に従っているのだ。
「三十年前に此処でベーゼの世界に繋がる転移門が開いちまっただろう? もしまた帝国でベーゼが関係する大問題が起きれば周辺国家からの風当たりが強くなる。皇帝陛下もこれ以上帝国の立場を悪くしたくないからこうやって常にゾルノヴェラを見張ることにしたんだろう」
「それは分かるけどよ、何でベーゼ大戦の時に生まれてなかった俺らまでそれに付き合わなくちゃいけねぇんだよ?」
「まあまあ、帝国軍に入った以上は仕方のないことさ。それにゾルノヴェラの監視は他の任務と比べて給料も高いんだ。悪いことばかりじゃない」
「でも、監視の任務に就いた奴はよほどの事情がない限りゾルノヴェラを離れることができねぇんだろう? 家族に会いたい奴もなかなか会えない、給料がいいってだけじゃ割に合わねぇよ」
帝国兵は文句を口にしながら胸壁にもたれ、もう一人の帝国兵も「確かに」と言いたそうな顔で仲間を見る。
ゾルノヴェラの監視に就いた帝国兵はゾルノヴェラで問題が起きた際にすぐに対処できるよう、別の都市への伝令や呼び出し、緊急事態が起きない限りゾルノヴェラから離れることは許されない。そのため、家族がいる帝国兵はゾルノヴェラの監視任務に付いている間、家族と別居しなくてはならないのだ。
帝国兵の中には家族に会えなくなることを知らずに任務に就かされる者もおり、そんな帝国兵たちは別任務への異動を志願する。だが、人員や軍内の都合から異動願いがすぐに受理されることは無く、帝国兵たちは受理されるのを待ちながら監視をしていた。
しかし、監視するだけという任務に満足している者もおり、ゾルノヴェラを監視する帝国兵たちの中には不満を感じずに任務に励む者もいた。
「お前、異動願いは出したのか?」
「ああ、とっくに出したよ。だけど未だに受理したっていう知らせは無い」
「そうか。……まあ、此処には酒や盤上遊戯とかもあるから退屈はしないさ。受理されるまでは気長に待とうぜ?」
「ああ……」
ただ待つことしかできない現状に帝国兵は力の無い声を出す。元気の無い仲間を見ながらもう一人の帝国兵はただ苦笑いを浮かべた。
気持ちを切り替えて帝国兵たちはゾルノヴェラを見回す。あちことに朽ちてしまった民家や倉庫、宿屋らしき二階建ての建物があり、その中には瓦礫の山と化した建物もある。
ゾルノヴェラを監視している帝国兵たちは何度も同じ光景を目にしているが、見る度に激しい戦いが起きたのだろうと感じていた。
帝国兵たちは近くや遠くを見て異常が無いか確認する。そんな時、都市の中央にある大きな砦が帝国兵の視界に入った。
砦は周囲の建物と比べると大きくてとても目立つ。ただ、砦も壁や天井に穴が開いたり、罅が入ったりしてボロボロになっていた。
「なあ、あの砦って確かベーゼの世界に繋がる転移門が開いた場所だよな?」
帝国兵が砦を見つめながら仲間に声をかけるともう一人の帝国兵も砦に視線を向けた。
「ああ、何でもこの都市で魔法の研究をしていた魔導士たちが別の世界の技術を得るために砦の中で転移門を開いたらしい。だけど、繋がったのはベーゼの世界でベーゼどもをこっちの世界に呼び寄せてしまったんだ」
「そうだったのか。……それであの砦は今はどうなってるんだ?」
「どうなってるって、他の民家と同じように今は使われてない。何度か砦の中に入って状態を確認したそうだけど、いたる所がボロボロでもう砦としては使えないみたいだ」
「そうか。まあ、こんな所に建てられた砦なんて不気味で誰も再利用しようとは思わないだろうな」
遠くに建っている砦を見つめながら帝国兵が言うともう一人の帝国兵も同じ気持ちなのか無言で頷いた。帝国兵たちは何事も起こらずに一日が終わってくれることを祈りながらゾルノヴェラの監視を続ける。
ゾルノヴェラの中心にある砦の地下、地上の音が一切聞こえないくらい深い場所に広い空間があった。そこは正方形の広い部屋で壁には無数の燭台が付いており、ロウソクの明かりが部屋を照らしている。
壁には大量のルーン文字が彫られており、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。そして、部屋の奥の壁には5mはある一枚板の鏡が取り付けられていた。
部屋の中央には大きめの円卓があり、円卓の中央にも大きめの燭台が置いてある。それを囲むように五つの椅子が置かれ、そこには五人の男女が座っていた。
一人はいかつい顔で逆立った栗梅色の髪と茶色い目を持ち、深緑の長袖長ズボン姿に銀色の鎧を装備したガルゼム帝国の将軍、アイビーツ・クリクトン。椅子に剣を立てかけ、腕と足を組んで笑いながら椅子に座っている。
アイビーツの左隣の椅子に座っているのは左右にシニヨンを巻いた葡萄色の髪形に水色の目、白いシニヨンキャップを付けて金の装飾が入った赤いチャイナドレスのような服を着たローフェン東国の女軍師、チェン・チャオフー。右手で鉄扇を持ち、椅子に座りながら閉じたり開いたりを繰り返していた。
三人目は薄い紫色の髪に青い目を持ち、左目を前髪で隠した青年で灰色の長袖長ズボンに黒いハーフアーマー姿をしたラステクト王国のS級冒険者チーム、黒の星のリーダー、ルスレク・ハインリヒ。彼は目を閉じて静かにアイビーツの右隣に座っている。
チャオフーの左隣には濃い橙色のショートボブヘアーに赤い目、後頭部に大きな赤いリボンを付け、白、黄、橙の三色が入った肩出しドレスを着ている少女、マドネー・アマリアナ。ニコニコ笑いながら椅子に座り、椅子の左側には天子傘コポックが立てかけてある。
五人目は身長140cmほどで外ハネの入った萌葱色のミディアムヘアに鋭い黄色い目、尖った耳を持ち、灰色の長袖を着て明るい緑のミニスカートを穿いたエルフの幼女、アローガ。椅子に座りながら膝の上に置いてある陶器製のアンティークボックスの中のクッキーを食べていた。
国が異なり、右手の甲に混沌紋が入った五人の顔を蝋台の明かりが照らす。静寂に包まれた部屋の中で照らされた五人の顔からは僅かに不気味さが感じられた。
「全員が集まるのは久しぶりだな。最後に集まったのは何時だ?」
アイビーツは視線だけを動かし、周りにいる者たちを見回しながら尋ねる。声を聞いた四人も視線だけを動かしたアイビーツを見た。
「二年前だな。その時も各国の現状を報告するために集まった」
チャオフーが鉄扇を閉じながら最後に集まった日のことを語り、話を聞いたアイビーツはチャオフーの方を見ながら意外そうな顔をする。
「そんなに前だったか。いやぁ早いもんだなぁ、あれからもう二年も経っちまってるとは」
「歳を取ると時間の流れが早く感じるって言われてるわ。アンタ、この二年で相当老けたんじゃないの?」
懐かしんでいるアイビーツにクッキーをかじるアローガが笑いながら小馬鹿にするような口調で声をかける。
アイビーツはアローガの方を見ると小さく笑いながら鼻を鳴らす。
「エルフであるお前に年寄り扱いされちゃあ、俺もお終いだな」
「……聞き違いかしら? あたしが年寄りだって言っているように聞こえたんだけど?」
クッキーを食べるのを止めたアローガは目を鋭くしながらアイビーツを睨む。静寂に包まれた部屋の中に僅かに緊迫した空気が漂い始める。
「別に年寄りだとは言ってねぇだろう。それとも、自分が見た目の若いババアだって自覚があったのか? ハハハハッ、それはそれでお利口さんだな」
「……アンタねぇ!」
アローガは低い声を出し、全身に薄っすらと紫色のオーラを纏いながら膝の上のアンティークボックスを両手で掴む。両手に力を入れるとアンティークボックスを高い音を立てて粉々に砕け、中に入っていたクッキーが散乱した。
チャオフーとルスレクは機嫌を悪くするアローガを黙って見ており、アローガの機嫌を損ねたアイビーツはニヤニヤと笑いながらアローガを見ている。マドネーもどこか楽しそうな顔をしながら険しい顔をするアローガを見ていた。
「ダメだよぉ、ユバちゃん。そんなに怖い顔をすると可愛い顔が台無しだよぉ~?」
「アンタは黙ってなさい」
「ええぇ~、どうしてそんなこと言うのぉ~? 私はユバちゃんのことを思って言ってあげてるのにぃ~」
握った両手を口元に持ってきながらマドネーは高い声を出す。アローガはマドネーの顔を見ると小さく舌打ちをした。
アローガはマドネーのふざけた態度を普段はあまり気にしていない。しかし、アイビーツに馬鹿にされて機嫌を悪くしている今ではマドネーのふざけた態度と口調が癇に障り、ますます不快な気分になってしまう。
「ハハハハッ! こんなトンマに宥められるなんて情けねぇな」
アイビーツは笑いながら再びアローガを挑発し、アローガはアイビーツの方を向いて再び彼を睨む。
黙ってやり取りを見ていたチャオフーは必要以上にアローガを挑発するアイビーツを見ながら呆れ顔で小さく溜め息を付いた。
「ああぁ? 誰がトンマだとぉ?」
アローガがアイビーツを睨んでいるとかわい子ぶっていたマドネーがアイビーツに声をかける。四人がマドネーの方を見るとニヤリと笑っているマドネーの顔が視界に入った。
マドネーは笑ってはいるがその目の奥には怒りが宿っており、自分を馬鹿にしたアイビーツをジッと見つめている。
「テメェ、私の可愛さをろくに理解もしてねぇのにナメたこと言ってんじゃねぇぞぉ? そう言うテメェこそ口だけ達者なおっさんじゃねぇかよ」
「へっ、そうやって簡単に挑発に乗ったりキレるところがトンマだって言うんだよ。まぁお前の馬鹿は今になって始まったことじゃねぇがな」
アイビーツはマドネーの怒りを気にしていないのか、笑いながらそっぽを向いて再び挑発する。
マドネーは笑いながら額に小さく青筋を浮かび上がらせ、左手で椅子に立てかけてあるコポックを素早く手に取った。
「そうか、そんなに全身を切り刻まれてぇか……だったら今すぐに殺ってやるよぉ!」
声を上げながらマドネーは立ち上がり、右手を円卓に乗せながらコポックに仕込んである細剣を抜く。するとマドネーが細剣を抜くと同時にアローガも立ち上がってアイビーツを睨みつける。
「アンタは引っ込んでなさい“ヴァーズィン”。あたしが先に喧嘩を売られたんだから、あたしが殺るわ」
アローガはマドネーをヴァーズィンと呼びながら斬りかかろうとするのを止める。しかしマドネーは大人しく下がるつもりはなく、背を向けるアローガを睨みつけた。
「ああぁ? テメェこそ引っ込んでろよ“ユバプリート”! コイツは私がぶった斬るんだからよぉ!」
マドネーは横から入ってきたアローガをユバプリートと呼んで下がらせようとするがアローガはマドネーを無視して右手をアイビーツに向け、手の中に黄色い魔法陣を展開させた。
アイビーツはマドネーとアローガを見るとニッと笑いながら席を立ち、椅子に立てかけてある自分の剣を手に取る。
「面白れぇじゃねぇか。いいぜ、二人まとめて相手になってやるよ」
そう言ってアイビーツは剣を鞘から抜く体勢を取り、マドネーとアローガも戦闘態勢に入る。
今まで黙ってやり取りを見ていたチャオフーも流石に止めた方がいいと感じ、溜め息を付きながら立ち上がろうとする。
だがその時、暗い部屋の奥から足音が聞こえ、足音を聞いたチャオフーは部屋の奥の方を向き、黙り込んでいたルスレクも視線を動かして同じ方を見た。
向かい合っていたアイビーツ、マドネー、アローガも部屋の奥へ視線を向けた。五人が見つめる中、奥からベギアーデが姿を見せ、五人の方へゆっくりと歩いて来る。
「そこまでにしろ。今回の定時報告には大帝陛下もいらっしゃるのだぞ? 大帝陛下に現状を報告し、今後の方針を決めるというのに殺し合いをするつもりか?」
円卓の前までやって来たベギアーデは立ち止まり、向かい合っているアイビーツたちに低い声で語りかけた。
三人は無言でベギアーデを見つめ、しばらくすると静かに殺気を消して戦闘態勢を解いた。
「ワリィワリィ、反省するから許してくれよ、ベギアーデのおっさん」
「フン……」
「……ごめんなさぁ~い。ちょっとぉ、はしゃぎ過ぎちゃったぁ♪」
態度を変える三人を見たベギアーデは小さく鼻を鳴らし、続けてチャオフーとルスレクに視線を向ける。
「お前たちもなぜ止めなかった?」
「すまない。最初は口論だったので、いつものようにすぐ終わると思っていてな」
「私も止める必要は無いと思っていました。それにくだらないことに巻き込まれるのは御免ですから」
チャオフーとルスレクの答えを聞いたベギアーデは呆れたような反応を見せた。
「……まあいい。それより、間もなく大帝陛下がいらっしゃる。準備をしろ」
ベギアーデの言葉を聞いた五人は一斉に反応し、座っていたチャオフーとルスレクは立ち上がって奥にある一枚板の鏡の方へ歩いて行く。立っていたアイビーツたちも自分の武器を持って二人と同じように鏡の方へ歩き出した。
鏡の数m前まで近づいた五人は横一列に並ぶ。右からアイビーツ、チャオフー、マドネー、アローガ、ルスレクの順に並んで巨大な鏡を見つめ、ベギアーデも鏡の左側へ移動すると並んでいる五人の方を向いた。
ベギアーデが五人の方を向いた直後、鏡の中に大きな紫色の炎が映し出された。その炎は実際には存在しておらず、鏡にだけ映るものだった。
「……全員揃っているな」
鏡に映る炎が燃え上がると同時に何処からが低い男の声が聞こえてくる。声を聞いた五人は反応し、ベギアーデは鏡に映る炎を見ると軽く頭を下げた。
「お待ちしておりました、大帝陛下」
ベギアーデは頭を下げたまま鏡に語り掛ける。そう、鏡に映っている紫色の炎こそがベーゼたちの支配者、ベーゼ大帝だったのだ。
三十年前のベーゼ大戦の時にベーゼ大帝は五聖英雄と戦い深い傷を負った。それから長い時間をかけて傷を癒し、紫色の炎と言う仮の姿で配下であるベーゼの前に現れることができるようになったのだ。
「そっちの世界はどんな状況だ?」
「大きな問題は無く、計画は順調に進んでおります」
ベギアーデは顔を上げると小さく笑いながら鏡に映る炎を見つめ、五人も無言で炎の姿をするベーゼ大帝を見ていた。
「では早速、各国の現状を聞かせてもらう」
「ハッ!」
ルスレクは返事をすると一歩前に出る。
「各国の冒険者ギルドでは現在、ベーゼと戦える力を持った冒険者を育成をしております。特にラステクト王国の冒険者ギルドはメルディエズ学園に対する対抗心もあり、特に力を入れているようです」
「……それで我らに対抗できる程の力を持った冒険者は生まれたのか?」
ベーゼ大帝が声を低くしながら尋ねると、ルスレクは小さく首を横に振った。
「いえ、今の段階ではまだおりません。現在“我々”に対抗できるのはS級とA級のごく一部の者だけです。ただ、そう言った者たちは数が少ないので今の段階では必要以上に警戒する必要は無いでしょう。何よりも連中はメルディエズ学園と違い、ベーゼに関する知識を殆ど持っておりません。我々と戦える戦士や魔導士を生み出すには時間が掛かると思われます」
「フッ、流石は“カルヘルツィ”。 S級冒険者として活動しているだけはあるな」
良い報告を聞いたベーゼ大帝はルスレクをカルヘルツィと呼びながら褒め、ルスレクは軽く頭を下げる。
ルスレクの報告が終わると続いてアイビーツが前に出て鏡を見上げた。
「ガルゼム帝国では軍が対ベーゼ用の部隊を編制するため、帝都で兵士と魔導士の訓練を開始しております。ですが、帝国の各町に多くの人員を警備として回しているため、効率よく訓練はできていません」
「奴らが我らに対抗する力を得られないよう、しっかり見張っておけ」
ベーゼにとって脅威となる存在が現れないようベーゼ大帝はアイビーツに都合よく帝国軍を動かすよう命じる。すると、アイビーツはニッと笑みを浮かべた。
「ご安心ください。あの小心者である皇帝は貴族や軍上層部の言うとおりにしていれば問題無いと思い込んでいますので、一言言えば思いどおりに動いてくれます。特に俺のことを強く信頼しているため、俺の提案を優先的に受理してくれます。奴は今や俺の言いなりです」
ガルゼム帝国皇帝を手玉に取ったことをアイビーツは楽しそうに語る。一人の将軍が国の支配者を意のままに操れるようになったのだから、気分を良くしてもおかしくないだろう。
「ローフェン東国では東国中に潜んでいるベーゼを討伐するため、軍が国中に討伐部隊を送り込んでいます」
アイビーツの報告が終わると次にチャオフーが口を開き、ルスレクたちはチャオフーに視線を向ける。
「我らがこの世界を支配するためにも、そっちの世界にいるベーゼが人間どもに消されることはできる限り防がねばならない。その点はどうなっている?」
「軍上層部の人間や将軍たちに指示を出し、討伐部隊の進軍を遅らせています。その間にベーゼたちを別の場所へ移動させていますので甚大な被害は出ておりません。勿論、わざと遅れさせていることに気付かれないよう細工もしてあります」
軍師としての立場を利用してローフェン東国の軍を都合よく動かしていることを伝えるチャオフーは小さく不敵な笑みを浮かべる。
チャオフーは自分に操られていることに気付かずに軍を動かす貴族や上層部の人間を愚かに思い、同時に人間たちを操ることを楽しく思っていた。
「三大国家以外の国と我らベーゼを崇拝している者たちはどうなっている?」
三大国家の情報を一通り聞いてベーゼ大帝が三大国家以外の情報について尋ねるとアローガとマドネーが口を開く。
「周辺の小国ではこれと言って大きな動きは見られません。エルフのような亜人の国もいくつか存在しますが、殆どが人間の国と関わろうとせず孤立に近い状態です。今ならそのような国に瘴気をばら撒けばベーゼ化した亜人を手中に収めることができます」
「大陸中にいるベーゼを崇拝する人たちも少しずつ数が増えてきていますよぉ~。皆ベーゼになって強い力を得たいとかぁ、弱い人間どもを支配したいって言ってますぅ~♪ このまま崇拝する人たちを増やしていけば、何時か大量の蝕ベーゼが一気に手に入ると思いますよぉ~」
アローガとマドネーは亜人やベーゼを崇拝する裏世界の人間を利用して蝕ベーゼを作り出すことができると説明する。話を聞いていたベギアーデは不敵な笑みを浮かべていた。
蝕ベーゼとは主にベーゼの瘴気に体を蝕まれてベーゼ化したモンスターや人間のことを示しているが、それ以外にも高い知性を持つベーゼによって改造された存在のことも蝕ベーゼと呼ばれている。そして、その殆どはベギアーデによって改造された存在なのだ。
報告を聞いたベギアーデは蝕ベーゼを作るための素材が手に入るかもしれないと胸を躍らせる。ベギアーデにとって他種族をベーゼに作り変えるのは最高の楽しみだった。
全ての報告が終わると、五人は鏡を無言で見上げ、ベギアーデも鏡の方を向ける。ベギアーデたちが注目する中、ベーゼ大帝は鏡の中の炎を燃え上がらせた。
「これほど我々にとって都合のいい状況を作るとは……流石は最高の力と頭脳を持つ最上位ベーゼ、“五凶将”だ」
ベーゼ大帝の言葉を聞き、ベギアーデ以外の五人は小さく笑みを浮かべる。そう、アイビーツ、チャオフー、ルスレク、マドネー、アローガの正体はベギアーデと同じ最上位ベーゼで人間や亜人に憑依し、その人物に成りすまして活動していたのだ。
五凶将はベーゼ大帝が完全に復活するまでの間、人間の国に潜入して有力な情報を集めながらベーゼが有利に動けるよう密かに行動している。しかもアイビーツ、チャオフー、ルスレクの三人は三大国家で高い地位を持っているため、普通の人間では得られない軍や冒険者ギルドの重要な情報を得ることもできたのだ。
そして、五凶将たちの名前は憑依した者たちの名前であってベーゼとしての名前ではない。真の名前は彼らが口にしていたヴァーズィンやユバプリートという言葉の方だったのだ。
「人間たちも馬鹿だよな、自分たちの中にベーゼが潜んでいるってことも知らずに呑気に暮らしてるんだからよ」
真実に気付いていない人間たちを馬鹿にしながらアイビーツは楽しそうに語り、アイビーツの言葉を聞いたチャオフーも鉄扇を開いて笑っている口を隠す。
「所詮奴らは我らベーゼと違い、力も頭も劣る存在だ。我々の狙いや秘密に気付けなくても仕方のないこと」
「確かにな、ハハハハッ!」
アイビーツは大きく口を開けながら笑い、会話を聞いていたマドネーも楽しそうに笑う。チャオフーとアローガはクスクスと笑っており、ルスレクは鼻で笑っていた。
「お前たち、大帝陛下の前で何をしておる。しかもまだ定時報告は終わっておらんぞ」
ベギアーデが笑っている五人に声をかけると五凶将は現状を思い出して笑うのを止めて鏡の方を向く。五人の反応を見たベギアーデは鼻を鳴らしながら「やれやれ」と首を横に振った。
「……お前たちを人間として潜入させたのは我らが有利に動くためだけではない。それ以上に重要な目的があるからだ」
ベーゼ大帝の言葉を聞いてマドネー以外の五凶将は目を僅かに鋭くし、ベギアーデも目を僅かに細くした。
「だが、その目的は既に達せられている。いずれ人間たちは更なる恐怖と絶望を味わうことになるだろう」
どこか楽しそうな口調で語るベーゼ大帝を見て、ベギアーデや五凶将もつられるように小さく笑みを浮かべる。
「そちらの世界の現状は分かった。次に今後の我らの方針について話す」
話題が報告から方針に変わったことで五凶将は一斉に反応する。ベーゼ大帝の言葉を聞き逃さないよう五人は耳を傾けた。
「お前たちはこれまでどおり人間と成りすまし、人間どもをこちらの都合のいいように動かせ。そして、メルディエズ学園に関係する情報を優先的に手に入れ、可能であれば生徒たちを始末しろ」
五凶将は鏡に映るベーゼ大帝の炎を見ながら小さく反応する。
ベーゼたちにとってメルディエズ学園は因縁のある組織であるため、そこに所属している生徒を始末しろと命じられれば五凶将は迷わずに始末しようと思っていた。
アイビーツとマドネーはメルディエズ園の生徒と戦うのが楽しみなのか、鏡を見つめながらニッと不敵な笑みを浮かべた。
第八章の投稿を開始します。予定ではもう少しあとに投稿することになるかもと思っていましたが、予定より早く内容などが決まりました。
今回も一定の間隔を空けて投稿していきます。
今日は個人的事情があったので早めに投稿しました。




