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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第七章~大都市の警護人~
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第百十二話  邪悪な暗躍


 人気の少ない商業区の街道を黒の星のメンバーたちが歩いている。先頭を歩くルスレクは前を向きながら視線だけを動かして周囲を確認し、他の四人は別々の方向を見ながらルスレクの後をついて行く。今黒の星は商業区の何処かにある凶竜の隠れ家を探していた。

 リンツールから凶竜の隠れ家の場所が書かれた羊皮紙を受け取った後、黒の星は隠れ家を探し出して一つずつ調べていった。だが、ここまで調べた隠れ家は全てもぬけの殻で凶竜のボスや幹部たちを見つけられず、まだ見つけていない隠れ家を調べるために商業区に来たのだ。


「本当にこの辺りにあるのか?」

「ああ、羊皮紙に書かれてある隠れ家の情報が正しければこの近くのはずだ」


 ゴーズの問いに羊皮紙を持っているセルシオンが周囲を見回しながら答え、ゴーズたちも同じように辺りを見回して隠れ家らしい建物を探す。


「見た目は周りの民家とは比べ物にならないくらいボロボロの一軒家と書いてあるからすぐに分かるはずだ」

「すぐに分かるったって、そんなひでぇ見た目の家なんて……」


 ワドは面倒そうな表情を浮かべながら前を見る。すると10mほど先にボロボロの廃屋があるのを見つけ、ワドは廃屋を見ると軽く目を見開いた。


「おい、あれじゃねぇか?」


 廃屋を指差しながらワドはルスレクたちに声をかけ、ルスレクたちは立ち止まってワドが指さす廃屋に視線を向けた。


「確かに周りの家と比べると酷い外見だな」

「ああ、あれだけボロボロなら誰も近づこうとはしないだろう。それにこの辺りは民家が少なく在住している者以外は殆どやってこない。隠れ家にするにはもってこいの場所だ」


 ゴーズとバドリスは視界に映る廃屋が隠れ家の可能性が高いと感じて僅かに目を鋭くする。だが、隠れ家の近くには見張りである凶竜のメンバーはいないため、隠れ家とは関係の無いただの廃屋である可能性もあった。


「まだ隠れ家と決めつけるのは早い。もう少し近づいて特徴などがあっているか確認してから判断するぞ」


 ルスレクはそう言うと早足で歩き出す。既に凶竜のメンバーが隠れ家を放棄して別の場所へ逃走しているかもしれないため、少しでも早く隠れ家に近づこうとルスレクは考えていた。

 他の四人もルスレクと同じ気持ちなのか、彼につられるように早足になって隠れ家と思われる廃屋へ向かった。

 廃屋の前までやって来ると黒の星のメンバーたちは廃屋の外見や周辺などを確認する。羊皮紙には隠れ家の細かい特徴や周りの建物の情報も書かれていたため、ルスレクたちは何度も羊皮紙を見て隠れ家の廃屋かどうか確かめた。

 しばらく調べるとルスレクたちは廃屋の入口前に集まり、廃屋を見上げながら目を鋭くした。


「……此処で間違いなさそうだな」

「ああ、特徴も周りの建物も羊皮紙に書かれてある内容と一致する」


 ルスレクとセルシオンは僅かに低い声を出しながら目的地で間違い無いと語る。二人の後ろではゴーズとワドは自分たちの得物を握りながら周辺を警戒し、バドリスもロッドを握る手に力を入れた。

 廃屋の周りには凶竜のメンバーと思われる人影はいなかったが、中では気配を消して隠れている可能性がある。凶竜のメンバーが隠れ家を見つけた自分たちを奇襲して来る可能性があったため、ルスレクたちは神経を研ぎ澄まして気配を探った。

 しばらくその場を動かずに凶竜のメンバーがいないか確認したが、それらしい気配は無かったので黒の星のメンバーたちは少しだけ警戒心を緩める。


「どうする、ルスレク? 全員で中を調べるか?」


 ゴーズは尋ねるとルスレクは薄暗い廃屋の中を無言で見つめ、しばらくするとゆっくりとゴーズたちの方を向いた。


「いや、出入口が目の前にあるやつだけとは限らない。他に出入口があり、私たちが中に入った後にそれを使って逃げ出す可能性がある。念のため、三人は外に残って他に出入口が無いか探しながら見張ってくれ」

「分かった。なら、外は私とゴーズとワドが見張る」


 バドリスがそう言うとゴーズはルスレクを見ながら「任せておけ」と言いたそうに小さく笑う。ワドは外の見張りよりも廃屋の中を調べたかったのか若干つまらなそうな顔をしていた。


「では、中の捜索は私とセルシオンがする。分かっていると思うが、もしも凶竜のメンバーが外に出てきたら生け捕りにしてくれ。だが、生け捕りが難しく、自分たちの身が危険な状況だと感じたら迷わずに倒せ」


 ルスレクが外に残る三人に忠告をするとゴーズたちは無言で頷く。三人の反応を見たルフレクはセルシオンを連れて廃屋の中へと入っていった。

 廃屋の中は埃まみれで家具が殆ど無く、ゴミが多く散乱している。廃屋の中に凶竜のメンバーが隠れている可能性があるため、ルスレクとセルシオンは慎重に奥へ進んでいく。ルフレクは物音を立てずにゆっくりと歩き、その後ろを杖を構えるセルシオンがついて行った。

 一番奥の部屋まで来るとルスレクとセルシオンは部屋の中を見回して凶竜のメンバーを探す。だが、狭い部屋の中には二人以外誰もおらず、家具の残骸が転がっており、隅にはネズミがいるだけだった。


「……此処ももぬけの殻か。今度こそと思ったんだけどな」

「ああ……」


 ルスレクは小さな声で返事をしながら視線を動かして床や天井を調べ、その後ろではセルシオンが残念そうな顔をしながら軽く息を吐く。

 此処に来るまでに調べた隠れ家と思われる場所も今いる廃屋の同じような状態だったため、似たような風景を何度も目にしていたセルシオンは少し疲れを感じていた。

 セルシオンが疲れたような顔をしている隣ではルスレクが表情を変えずに部屋を調べ続けている。そんな中、床の隅、日の光りが殆ど届かない暗い場所に小さな扉があるのを見つけた。

 扉を見たルスレクは地下室があることに気付き、凶竜のメンバーは地下に隠れているかもしれないと予想する。

 しばらく扉を見つめたルスレクは視線だけを動かして後ろにいるセルシオンを見た。セルシオンは部屋の中を調べてはいるが、ルスレクが見つめた扉には気付いていないようだ。


「……セルシオン、お前はさっきの部屋をもう一度調べて来てくれ」


 ルスレクはなぜか床の扉のことは教えず、セルシオンに別の部屋を調べるよう指示を出した。


「ん? 此処に来る時に通った部屋か?」

「ああ、私はもう少しこの部屋を調べる」


 突然別の部屋を調べるよう言われたセルシオンは不思議そうな顔をするが、二人で同じ部屋を調べるよりは分かれて調べた方が効率がいいとルスレクは考えたのだろう思い、ルスレクの指示を変に思わなかった。


「分かった。調べ終えたらこっちを手伝ってくれよ」


 笑いながらそう言ってセルシオンは部屋を後にし、ルスレクはセルシオンが部屋から出て行くのを確認するとゆっくりと床の扉の方を向く。その目は鋭く僅かに冷たさが感じられた。

 扉の下にある地下室では凶竜のボスであるゲルガンと二人の幹部、二人の部下が武具や食料などを革製の大きな鞄に詰めている。雇った貪欲な戦乙女がナナルの暗殺に成功したらすぐにクロントニアから脱出できるよう準備をしているのだ。


「お前ら、名簿は絶対に忘れるんじゃねぇぞ? それが無けりゃあ此処クロントニアを出た後もお得意様と取引を続けることはできねぇからな」

「ハイ、分かっています」


 赤茶色の髪の幹部は机の上に置かれてある無数のフルネームが書かれた羊皮紙の束を鞄に押し込むように入れていく。

 鞄に詰められた羊皮紙は凶竜の顧客名簿でその中にはラステクト王国の貴族や盗賊団の首領などの名前が書かれてあった。

 取引に必要な顧客名簿を鞄の一番奥へ詰め、それ以外の物は顧客名簿を隠すように上に置かれていく。これはクロントニアを出る時に正門で持ち物検査をされても顧客名簿の存在がバレないようにするためだ。

 幹部たちが荷物を鞄に詰める中、ゲルガンは地下室を見回す。地下室には殆ど物は残っておらず、奥にある倉庫らしき小さな部屋にはゴミやガラクタだけがあった。


「よし、あとは貪欲な戦乙女どもが戻ってくるのを待つだけだ」

「……ボス、本当に奴らはリンツールの孫娘の暗殺を成功させるのでしょうか?」


 金髪の幹部は何処か不安そうな顔をしながらゲルガンに尋ねる。ゲルガンは幹部の方を見ると小さく笑う。


「連中は性格に問題はあるが腕は確かだ、必ず孫娘をぶっ殺す。それに暗殺を成功させるために強力なグレートアックスとクロスボウまで渡したんだ。あれだけの武器を渡してやったのに成功できねぇんなら奴らは三流だ」


 ゲルガンは貪欲な戦乙女たちを小馬鹿にするような発言をしながら鼻を鳴らす。暗殺を成功させると思っているため、失敗した場合はどうするのか考えておらず脱出することだけを考えていた。

 金髪の幹部はゲルガンと違って失敗するかもしれないと考えているのか、表情を曇らせながらゲルガンを見つめる。


「確かに我々は強力な武器を奴らに渡しました。ですが、警護であるメルディエズ学園の生徒たちはかなりの手練れですので、奴らでも簡単に……」


 金髪の幹部が鞄に荷物を詰めながら喋っていると、地上へ続く階段の方から小石が転がるような音が聞こえ、ゲルガンたちは手を止めて階段の方を向いた。


「何だ?」

「……誰かがこの地下室に入ってきたようだな」


 幹部たちは僅かに目を鋭くしながら階段を見つめ、部下たちも腰の剣を抜いて警戒する。だが、ゲルガンだけは警戒せずに笑みを浮かべていた。


「貪欲な戦乙女どもめ、もう戻って来やがったか。一流の殺し屋を名乗るだけのことはあるな」


 ゲルガンは貪欲な戦乙女たちがナナルの暗殺を成功させたのだと考え、幹部たちは一斉にゲルガンの方を向いた。


「こんなに早くですか? いくら何でも早すぎるのでは……」

「奴らじゃなけりゃ誰だって言うんだ、此処の秘密を知っているのは奴らしかいねぇんだぞ? お前ら、奴らを出迎えてやれ」


 笑うゲルガンが部下の一人に声をかけると、部下はどこか納得できないような顔をしながら階段を上がろうとする。だが部下が階段を上がろうとした次の瞬間、部下は正面から胴体を斬られ、苦痛の声を漏らしながら仰向けに倒れた。

 仲間が斬られた光景を見て幹部たちは目を見開き、ゲルガンの顔からも笑顔が消える。ゲルガンたちが驚く中、ルスレクが静かに階段を下りて地下室に入ってきた。ルスレクは剣身が青紫で両刃の短剣を逆手で持っており、剣身には血が付着している。


「やはり此処に隠れていたか」


 低い声でルスレクは呟き、ルスレクを見たゲルガンたちは一斉に緊迫した表情を浮かべる。現状と短剣に付着している血を見て、ゲルガンたちは仲間を斬ったのは目の前の男だとすぐに理解した。


「な、何だお前は!?」


 金髪の幹部が声を上げるとルスレクは鋭い目で幹部を見つめ、目が合った幹部は悪寒を走らせる。


「私は冒険者だ」

「冒険者? ……ま、まさか、私たちを捕らえるためにリンツールが雇ったS級冒険者か?」

「此処で死ぬ者がそれを知って何か意味があるのか?」


 ルスレクはそう言うとゲルガンたちに近づきながら血が付着している短剣を構えた。目の前の冒険者は自分たちを殺そうとしていると知ったゲルガンと二人の幹部は汗を流しながらゆっくりと後退する。

 ゲルガンたちが後退する中、部下はルスレクに剣で斬りかかる。何も考えずに真正面から攻撃してくる部下を見たルスレクは小さく鼻を鳴らし、素早く姿勢を低くして剣をかわす。そして回避した直後、短剣で部下の胴体を二度斬った。

 斬られた部下は声を出す間もなく絶命し、その場で崩れるように倒れる。もう一人の部下を殺された光景を見たゲルガンたちは恐怖で表情を歪めた。

 ルスレクは残っているゲルガンたちを始末しようと三人の方へ歩いて行く。ゲルガンは流石に命が危ないと感じたのか後ろにある倉庫に逃げ込み、慌てて扉を閉めると鍵をかけた。

 幹部たちは一人だけ倉庫に逃げ込んだゲルガンを見て驚愕する。今まで命令に従ってきた自分を見捨て、自分だけ助かろうとするゲルガンに幹部たちは流石にショックを受けた。そんな幹部たちにルスレクは迫り、幹部たちは怯えた表情を浮かべながらルスレクの方を向く。


「リンツールからは可能ならば生け捕りにしろと言われているが、必ず生け捕りにしろとは言われていない。私はお前たちのような下等な人間は生きる価値など無いと判断し、此処で始末することにした」

「ヒィィッ! ま、待て、そんなことをしてリンツールにどう説明するつも……」


 赤茶色の髪の幹部は怯えながらルスレクを説得しようとするが、ルスレクは全てを聞く前に短剣で幹部の喉を切り裂いた。

 喉を切られた幹部は首から血を噴き出しながら倒れ、目の前に立っていたルスレクは幹部の血を顔に浴びる。

 金髪の幹部は無惨に殺された仲間を見て腰を抜かし、その場に座り込む。ルスレクは幹部の前まで来ると、声をかけることなく震えている幹部を切り捨てた。

 幹部たちを始末したルスレクは残っているゲルガンを始末するため、ゲルガンが隠れた倉庫に視線を向けた。

 倉庫の中ではゲルガンは怯えた表情を浮かべながら倉庫の壁に寄り掛かって扉を見つめていた。


「テ、テメェ、それ以上近づくんじゃねぇぞ! 部下たちを殺した挙句、凶竜のボスである俺まで独断で殺したら、テメェの冒険者としての信頼も無くなるかもしれねぇんだぞ! 分かってんのかぁ!?」


 強気な口調で扉の向こうにいるルスレクに語り掛けるゲルガンだが、内心では完全にルスレクに怯えており、なんとか助かりたいと思っている。今のゲルガンには武器密売組織のボスとしての威厳はまるで感じられない。

 ルスレクは倉庫に閉じこもっているゲルガンを哀れに思いながら扉を見つめる。扉は木製であるため、破壊してゲルガンを始末するのは簡単だが、ルスレクは扉を破壊しようとは思っていなかった。

 倉庫の扉に背を向けたルスレクは殺した部下が使っていた剣を一本左手で拾う。そして、右手の甲の混沌紋を光らせて混沌術カオスペルを発動させる。すると、ルスレクが持っている剣が薄っすらと紫色に光りだし、ルスレクは光る剣を扉に向かって投げた。

 光る剣は勢いよく扉に飛んで行き、そのまま扉を破壊するかと思われた。だが、剣は扉を破壊することなく、静かに扉を通り抜けて倉庫の中に入っていく。そして、剣が全て倉庫の中に入った瞬間に光が消え、剣はゲルガンの腹部を貫き、そのまま後ろにある壁に刺さった。


「ごあぁぁっ!?」


 腹部を貫かれたゲルガンは吐血し、何が起きたのか理解できずに震えながら自分に刺さっている剣に視線を向ける。


「ど……どうし、て……」


 薄れゆく意識の中、ゲルガンは剣の柄の部分を両手で握り、何が起きたのか考えながら剣を抜こうとする。だが、答えに辿り着くことができないままゲルガンは絶命し、力が抜けた両手も柄から離れた。

 倉庫の外ではルスレクが倉庫を無言で見つめながら再び混沌術カオスペルを発動させ、今度は自身の体を薄っすらと光らせた。

 体が光った直後、ルスレクの顔や衣服に付着していた血が体を通過しながら落下して地面に落ちる。血が落ちるとルフレクは混沌術カオスペルを解除し、同時に体の光も消えた。

 今のルスレクの体には血が一滴も付着しておらず、ゲルガンたちを殺害する前と同じ状態になっていた。

 地下室の状態を簡単に確認したルスレクは階段の方へ歩き出し、静かに口を開いた。


「……お前たちは組織が壊滅状態となったことで錯乱したゲルガンに殺され、一人残ったゲルガンも倉庫に閉じこもって自らを剣で貫いて自決した。リンツールたちにはそう伝えておく」


 ルスレクは死んだゲルガンたちに届かない言葉を伝えるとゆっくりと階段を上って地下室を後にした。

 地下室を出たルスレクはセルシオンに地下室を見つけたことを伝え、セルシオンと共にもう一度地下へ向かう。地下室に下りたセルシオンは死体を見て驚愕し、ルスレクも初めて死体を目にしたように芝居をした。

 ルスレクとセルシオンは外で待機していたゴーズたちに何が起きたのか伝え、ルスレク以外の黒の星のメンバーは現状から錯乱した凶竜のボスが仲間を全員殺害し、その後に自ら命を絶って組織は壊滅したと考え、ルスレクが狙っていたとおりの結果となった。

 黒の星のメンバーはルスレクが凶竜のメンバーを皆殺しにしたことに気付かないままボスに殺されたと判断し、リンツールに報告することにした。報告に向かう間に誰かが隠れ家に入る可能性があったため、ゴーズ、セルシオン、ワドを見張りとして残し、ルスレクとバドリスはリンツールの下へ向かう。

 ルスレクは真実を知らない仲間たちを愚かに思い、気付かれないくらい小さく笑っていた。


――――――


 殺し屋の姉妹、ディースとシィースを捕らえたユーキたちは二人を警備兵たちに任せた後、リンツールとナナルを警護しながら屋敷に向かう。屋敷に戻った後、ユーキたちはナナルの警護を続け、リンツールもナナルの傍を離れないようにした。

 凶竜がまだ諦めていないと考えているユーキたちは屋敷の中でも警戒心を強くして警護や見張りを行う。そんな時、ルスレクとバドリスが屋敷にやって来て凶竜の隠れ家を見つけたこと、見つけた隠れ家で凶竜のメンバーたちが死亡していたことを伝え、報告を聞いたユーキたちは驚いた。

 リンツールは詳しい説明を求めるとルスレクは隠れ家や死体の状態などを細かく説明し、凶竜のボスが部下たちを殺した後に自殺したのだろうと伝える。説明を聞いたリンツールは予想外の内容に目を見開いた。

 ユーキたちも僅かに表情を鋭くしてルスレクの説明を聞いている。ユーキたちも状況から凶竜のボスが仲間たちを皆殺しにしたと感じていた。

 凶竜のメンバーを全員生きたまま捕らえたかったリンツールは全滅したことにたいして複雑な感情を懐いていた。ただ、結果がどうであれ貪欲な戦乙女たちを捕らえ、凶竜も壊滅したためナナルが命を狙われることはない。

 リンツールは安心したことで一気に疲れが出たのか近くにあったソファーに座って溜め息を付く。ナナルはリンツールに近づくと微笑みを浮かべながら膝の上に乗り、リンツールもナナルの顔を見ると疲れが吹き飛んだのか、笑いながらナナルの頭を撫でた。


――――――


 日が沈み、リンツールの屋敷の一室ではユーキたちが静かにくつろいでいる。四人はソファーに腰を下ろしながら目の前にあるティーカップの紅茶を飲む。


「フゥ、無事に依頼を完遂できてよかったですね」

「ええ、凶竜は壊滅し、残党らしき存在も見つかりませんでしたから、ナナルさんが襲われる心配はもう無いでしょう」


 ロギュンはそう言って目を閉じながらティーカップに口を付け、ユーキも微笑みながら持っていたティーカップををテーブルの上の皿に乗せる。カムネスとフィランは表情を変えずに静かに紅茶を飲んでいた。

 ルスレクから報告を受けた後、リンツールは状況確認と死体を回収するため、凶竜の隠れ家に警備兵たちを向かわせた。

 それからしばらく経った後に別行動を取っていたゴーズたちも屋敷に戻り、黒の星が全員揃うとリンツールはユーキたちと黒の星に改めて礼を言い、用意していた報酬を渡す。

 報酬を受け取るとカムネスはメルディエズ学園に戻ろうとするが、リンツールからナナルを護った謝礼として一晩泊って行ってほしいと言われ、ナナルからも泊っていってほしいと頼まれる。

 既に報酬を受け取っているため、カムネスは丁重に断ろうとするが、リンツールから今クロントニアを出ればメルディエズ学園に戻る前に日が沈み、野宿する羽目になるので泊っていった方がいいと勧められる。

 カムネスは考えた結果、危険な外で野宿をするのなら安全なクロントニアで一晩過ごした方がいいと判断し、リンツールの屋敷に泊めてもらうことにした。

 それからユーキたちはクロントニアを観光するなど夕食の時間まで自由に時間を過ごし、夕食を済ませて現在に至る。


「明日の朝にはクロントニアを発ちます。寝過ごしたりしないようにしてください?」

「分かってますよ」


 忠告するロギュンを見てユーキはニッと笑う。今日まではナナルの警護をするために夜も殆ど眠っていなかったが、今夜はぐっすり眠れるとユーキは少しだけ気分を良くしていた。

 ユーキはソファーにもたれながら体を休める。そんな時、小さく俯いて何かを考えるような顔をしたカムネスが視界に入り、ユーキは不思議そうな顔でカムネスを見た。


「会長、どうしたんですか?」

「……少し気になることがあって考えてただけだ」

「気になること?」


 カムネスを見ながらユーキは小首を傾げ、ロギュンもティーカップを持ったままカムネスを見つめる。カムネスはしばらく黙り込むと俯きながら小さく首を横に振った。


「……いや、考えるだけ無駄なことだな」

「?」


 ハッキリと答えずにカムネスは自分のティーカップを取って紅茶を飲み、ユーキはそんなカムネスを不思議そうに見つめる。実はこの時のカムネスは凶竜のボスが本当に仲間を皆殺しにしたのか疑問を懐いていた。

 リンツールや冒険者たちの活動で壊滅的損害を受けながらも凶竜はナナルの暗殺を諦めず、暗殺を成功させた後にクロントニアから脱出しようとしていた。これらの行動からカムネスは凶竜のボスは組織の存続を何よりも強く思っていたに違いないと感じており、そのボスが仲間を皆殺しにし、自殺するのかと疑問に思っていたのだ。

 凶竜にとって今日の演奏会はナナルを暗殺する最後のチャンスで失敗が許されなかったかもしれない。だが、組織を存続させようとしていたボスが失敗したからと言って仲間を殺し、自殺するのは変だとカムネスは感じていた。

 仲間を殺害し、自殺するくらいならクロントニアから脱出方法を考えるのでは、とカムネスは凶竜のボスの行動を変に思っていた。

 しかし、凶竜が全滅した今となっては原因を考えても意味はなく、カムネスやユーキたちには関係の無いことだ。

 いつまでも考えていても意味はない、カムネスは自分にそう言い聞かせて凶竜の件を忘れることにした。

 それからユーキたちは就寝時間が来るまで居間でくつろぎ、明日の予定などを簡単に話し合った。


――――――


 深夜となり、住民たちは寝静まってクロントニアは静寂に包まれている。遠くから獣の鳴き声が微かに聞こえ、冷たい風が街中に吹いていた。

 暗闇に包まれた不気味な街の中を黒の星のリーダーであるルスレクが一人で歩いている。リンツールから報酬を受け取った後、黒の星もユーキたちと同じように翌朝にクロントニアを出ることにし、一晩宿屋で過ごすことにしたのだ。

 黒の星のメンバーが眠りにつくとルスレクは仲間たちに気付かれないように宿屋から抜け出し、街の中を移動する。別に何処かへ向かっているというわけではなく、ただ街道を歩いているだけだった。

 ルスレクは前だけを向いて街道の真ん中を歩いて行く。すると突然止まり、前を向いたまま鋭い表情を浮かべた。


「……待たせて申し訳ない」

「いや、問題はない」


 静かな街道にルスレクとは別の男の声が聞こえ、ルスレクは視線だけを動かした声が聞こえた方を見た。

 ルスレクの視線の先には二軒の民家があり、その二軒の間にある細道からゆっくりと誰かが街道に出てくる。そこにいたのは、最上位ベーゼのベギアーデだった。

 ベギアーデは不気味な笑みを浮かべながらゆっくりとルスレクの方へ歩いて行く。しかしルスレクは人類の敵であるベーゼが目の前にいるにもかかわらず、驚きも警戒もしない。それどころか知人と接するように様子でベギアーデの方を向いた。


「冒険者として問題無く活動できているか?」

「ええ、既に多くの人間が私を信頼しています。しかもS級冒険者という高い地位もありますから貴族のような権力者からも信頼を得ており、有力な情報を得ることも可能です。更に多少の問題であれば貴族たちがもみ消してくれます」

「フフフフ、そうか。順調のようだな」


 ルスレクの話を聞いたベギアーデは笑う。笑うベギアーデを見てルスレクもつられるように不敵な笑みを浮かべた。


「愚かな人間どもめ、自分たちが頼りにしている冒険者の中にベーゼと繋がっている者がいるとも知らずに呑気に暮らしおって」

「まあ、いいではないですか。いずれこの世界はベーゼの物となり、人間どもは地獄を目にするのです。今の内に幸福を味あわせてやりましょう」

「フッ、それもそうだな」


 ベギアーデとルスレクは向かい合って異世界に住む人間たちを嘲笑う。二人からは人間たちを見下す傲慢さと世界の全てを得ようとする欲望だけが感じられた。


「それでベギアーデ殿、今回はどのような用件で?」


 ルスレクがベギアーデに自分の前に現れた理由を尋ねる。ベギアーデは両手を背中に回し、ルスレクに背を向けると二歩進んだ後にゆっくりと立ち止まった。


「近いうちに例の場所で現状の定時報告を行う」

「定時報告……と言うことは、全員が集まるのですか?」


 笑みを浮かべていたルスレクは目を鋭くしながら尋ね、ベギアーデはルスレクの方を向いて目を薄っすらと赤く光らせる。


「勿論だ。しかも今回は今後の方針を決めるために大帝陛下もいらっしゃる」

「大帝陛下が……」

「そうだ、必ず参加しろ?」


 僅かに低い声を出すベギアーデを見てルスレクは無言で頷く。


「近いうちに使い下位ベーゼが行くはずだ。それまではいつもどおり活動しておれ」

「承知しました」


 ルスレクは真剣な表情を浮かべながら返事をするとベギーアデは足元に紫色の魔法陣を展開させ、そのまま転移して姿を消す。

 一人街道に残ったルスレクはベギーアデが立っていた場所を見つめ、しばらくすると黒の星のメンバーが泊っている宿屋へ戻って行く。

 この時、クロントニアにいた存在で最上位ベーゼとS級冒険者が密会していたことに気付いた者は一人もいなかった。


今回で七章は終了します。

これまでどおり少し間隔を空けてから八章を投稿するつもりですが、次回の八章は長く、ユーキの立場が若干変わる内容にする予定です。

ですので、内容を決めるために今までよりも投稿までの間隔が長くなると思います。

それまで気長にお待ちくださいますようお願いいたします。


今回の七章に登場したルスレク、気付いていらっしゃる方もいると思いますが、実は二章の終盤に少しだけ登場しています。再登場に五章もあけてしまいましたが、彼も重要キャラとなっています。

因みにルスレクの名前は英語で「冷酷」を意味する「ルースレス」が由来です。


それでは、今回はこれで失礼いたします。

いつも読んでくださる皆様、ありがとうございます。

これからも児童剣士のカオティッカーをよろしくお願いいたします。

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