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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第一章~異世界の転生児童~
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第十話  学園の強者たち


 ユーキは現れた女子生徒の姿を見ると、彼女の両足の大腿部にナイフを四本ずつ納めた革製のホルスターを付けていること、右側のホルスターだけナイフが二本しか納まっていないことに気付き、ナイフを投げたのは目の前の女子生徒だと気付く。

 

「アイカ、あの人は?」


 眼鏡を掛けた女子生徒についてアイカに尋ねると、アイカは再びユーキの耳元に顔を近づけて小声で説明する。


「彼女はロギュン・アードル、メルディエズ学園生徒会の副会長をしている人よ」

「生徒会? この学園には生徒会があるのか?」

「ええ、生徒会はメルディエズ学園の生徒の中で会長に認められた生徒だけが入ることを許されるの。選ばれる条件は色々あるみたいだけど、優れた戦闘能力を持っていることが絶対だって聞いたことがあるわ」

「それじゃあ、ロギュンって人も強いのか?」

「勿論。副会長も上級生で投げナイフの天才と言われているわ。パーシュ先輩やフレード先輩ほどではないけど、かなりの実力を持っているってらしいわ」


 小声で話すアイカを見ながらユーキは納得する。生徒会は学園や学校などでは特別な存在として扱われているため、メルディエズ学園の生徒会も特別な存在なのではないかと思っていた。


「因みに副会長も混沌士カオティッカーよ」

「えっ、あの人も?」


 驚きながらロギュンの右手を確認すると、確かに右手の甲には混沌紋が入っている。入学式でいきなり三人の混沌士カオティッカーに出会うとはユーキも予想していなかった。

 ロギュンは右手を下ろすとパーシュとフレードを睨みながらゆっくりと二人の方へ歩き出す。パーシュは副会長であるロギュンに睨まれて若干面倒そうな表情を浮かべており、フレードもロギュンを見て小さく舌打ちをした


「大勢の生徒が集まっている場所で戦おうとは何事ですか。貴方たちが戦えば周囲に被害が出ることぐらい分かっているはずでしょう?」

「それぐらい分かってるって。あたしだって他の生徒を巻き込む気は無いし、校舎内でこの馬鹿と本気でやり合う気は無いよ」

「こっちの台詞だ。テメェとのつまんねぇ喧嘩で周りの連中を巻き込んだら、末代までの恥だからな」

「何だってぇ?」


 パーシュは視線だけを動かしてフレードを睨み、フレードも「文句あるのか?」と言いたそうな顔で睨み返す。二人の前までやって来たロギュンは再び挑発し合うパーシュとフレードを見ながら呆れ顔で溜め息を付いた。


「貴方たちが不仲なのは私も知っていますし、喧嘩をしないでほしいとは言いません。ですが、他の生徒たちに迷惑をかけるような行為は控えてください。貴方たちは上級生であると同時に“神刀剣しんとうけん”に選ばれた我が学園の誇りと言える立場なのですから」


 ロギュンの説教にパーシュとフレードは少し納得できないような顔をしながら睨み合うのを止める。アイカや他の生徒たちはロギュンが仲裁したことでこれ以上の騒ぎにはならないだろうと安心した。

 アイカたちが安心する中、ユーキはパーシュとフレードを止めたロギュンを見つめている。自分よりも実力が上である二人を大人しくさせる発言力と指導力を目にし、これが生徒会副会長のなのかと感心した。同時に、ロギュンが口にした神刀剣という言葉も気になり、それが何のことなのか考える。

 パーシュとフレードが大人しくなると、ロギュンは右手を自分の顔の前まで持ってきて混沌紋を光らせる。混沌紋が光るのを見たユーキはロギュンが混沌術カオスペルを発動させたことに驚いて目を見開く。

 ユーキが驚いた直後、パーシュとフレードの足元に刺さっていた二本のナイフがひとりでに抜けて宙に浮き、ロギュンの手の中に入る。ロギュンは戻って来たナイフを右足のホルスターに戻し、ユーキはロギュンの混沌術カオスペルは物を操る能力なのかと考えた。


「アイカ、副会長の混沌術カオスペルってどんな能力なんだ?」


 ロギュンの混沌術カオスペルが気になるユーキはアイカに小声で尋ねる。アイカはチラッとユーキを見てから視線をロギュンに向けて口を開く。


「副会長の混沌術カオスペルは“浮遊フローティング”。自分の周囲にある生き物以外の物を触れることなく宙に浮かせ、動かすことができる能力よ」

「成る程な、どおりで床に刺さっていたナイフがひとりでに抜けたわけだ……ん? ちょっと待て、浮遊フローティングって、確か五聖英雄の一人が使っていた混沌術カオスペルじゃなかったか?」


 以前、ガロデスから聞かされたことを思い出したユーキはアイカに確認する。するとアイカはユーキの方を向いて小さく頷いた。


「そう、浮遊フローティングは三十年前に活躍した五聖英雄の一人が開花させた能力よ」

「どうして副会長が英雄と同じ混沌術カオスペルを使えるんだよ? 確か、同じ混沌術カオスペルは存在しないはずだろう?」


 ロギュンが浮遊フローティングを使える理由が理解できず、ユーキは小首を傾げる。

 ユーキはガロデスと出会った日、彼から混沌術カオスペルのことを色々教えてもらった。その時に同じ能力の混沌術カオスペルは存在せず、混沌術カオスペルは世界中に一つずつしか存在しないと聞かされていたのだ。そのため、ロギュンが五聖英雄が使っていた混沌術カオスペルを使えることに驚いていた。


「確かに既に存在している混沌術カオスペルと同じ混沌術カオスペルを誰も持っていないわ。でも、先に開花させた混沌士カオティッカーが亡くなっている場合は別よ」

「どういうことだ?」

混沌士カオティッカーが亡くなっても混沌術カオスペル自体が消滅するわけじゃないわ。混沌士カオティッカーが亡くなった後、その人が使っていた混沌術カオスペルは数年後に別の人の混沌術カオスペルとして開花されるのよ」

「つまり、混沌士カオティッカーが死んだ後、その人が使っていた混沌術カオスペルは新しく別の人の混沌術カオスペルとして使われるってことか?」

「そう、だから副会長も浮遊フローティングを使っていた五聖英雄の人が亡くなった後に浮遊フローティングを開花させて混沌士カオティッカーになったのだと思うわ」


 アイカの説明を聞いて、ユーキは混沌術カオスペルの仕組みとロギュンが浮遊フローティングを使えることに納得する。

 混沌士カオティッカーが死んだ後、その混沌士カオティッカーが使っていた混沌術カオスペルは別の人間に託される。混沌術カオスペルも人間の技術や知識と同じように後世に引き継がれるのだと知り、ユーキは混沌術カオスペルがある意味で素晴らしい能力だと感じた。

 ユーキとアイカが混沌術カオスペルのことについて話している間、ロギュンはパーシュとフレードを説教し続けていた。二人は母親のように注意するロギュンを見ながら面倒そうな表情を浮かべている。どうやらパーシュとフレードはロギュンのことが苦手のようだ。


「貴方たちが神刀剣に選ばれた生徒だから騒ぎを起こしても多めに見てもらえますが、普通の生徒だったら重い処分が下っているところですよ。それを忘れないでください」

「分かったよ。まったく、副会長様には敵わないねぇ……」


 パーシュは俯きながら後頭部を掻いて疲れたような声を出す。フレードもロギュンをやかましく思いながら若干不満そうな態度を取っているが、言い返したりせずに黙っていた。


「……それはそうと何か用か? ただ俺らを止めるために出てきたんじゃねぇんだろう?」


 フレードはロギュンが現れた理由が自分とパーシュの喧嘩を仲裁するためではないと察して理由を訊く。パーシュもフレードと同じように別の理由があると感じていたらしく、フレードの言葉を聞くと顔を上げてロギュンを見た。

 ロギュンは右手で眼鏡を軽く上げるとパーシュとフレードの顔を見て口を開いた。


「会長が貴方がたにお話があるそうです。至急生徒会室へ向かってください」

「ほぉ? アイツが……」

「あたしらを呼ぶってことは、何か問題でも起きたのかい?」

「それは会長から直接聞いてください」


 質問に答えないロギュンを見て、パーシュは「相変わらずだな」と言いたそうに苦笑いを浮かべる。フレードは副会長であるロギュンではなく、会長本人から聞いた方が分かりやすいと感じたのか、ロギュンにそれ以上何も言わなかった。


「それと、貴方にも来ていただきますよ? ユーキ・ルナパレス」


 ロギュンは振り返ってユーキに声を掛け、いきなり話しかけられたユーキは目を見開き、隣にいるアイカも驚いた。

 新入生である自分が生徒会に呼び出されたことが信じられないユーキはまばたきをしながらロギュンを見ており、周りにいる他の生徒たちも児童が副会長に声を掛けられたことに驚きを隠せずざわついていた。


「え、え~っと……来てもらうって、俺も生徒会長に会うんですか?」

「そのとおりです」

「……なぜ?」

「貴方が幼くして優れた剣の腕を持ち、入学試験の実技で最高の成績を出したからです。更に盗賊を倒して学園長を護った功績があるため、会長が一度会ってどんな人物か確かめてみたいそうです」


 冷静な口調で語るロギュンを見ながらユーキは視線を逸らす。生徒会にも自分のことが知れ渡っていることに驚きを隠せず、既にそれだけ有名になっていると知ってユーキはかなり戸惑っていた。

 パーシュはユーキの噂や実技試験の結果から生徒会に呼ばれてもおかしくないと思っていたらしく、小さく笑いながらユーキを見ている。一方でフレードは噂の児童剣士が目の前にいたことに気付き、意外そうな顔でユーキを見ていた。

 ユーキは真剣な表情を浮かべながら自分を見るロギュンを見てどうするか考える。生徒会はメルディエズ学園でも力があり、中心となる組織だ。そこの会長から呼び出されたのに行かなかったら後々面倒なことになるのは目に見えていた。

 目立ちたくないが、呼び出しを拒否して生徒会に目の敵にされたらまともな学園生活を送ることもできなくなる。ユーキは自分の身を護るためにも呼び出しに応じなくてはならないと考えた。


「……分かりました」

「結構です」

「ただ、一つだけお願いがあります」

「お願い?」


 ロギュンは目を細くしながら確認するかのように訊き返す。ユーキの発言にアイカは驚き、パーシュとフレードは目を軽く見開く。

 新入生がメルディエズ学園の中心である生徒会のメンバーに頼みごとをするなど、学園の生徒たちからして見れば大胆な行動だったからだ。それを知っているアイカや周りの生徒たちはユーキの行動に驚きを隠せずにいた。


「……それで、そのお願いとは何ですか?」

「ハイ、此処にいるアイカも同行させてもらえませんか」

「えぇ!?」


 自分を生徒会室に同行させてほしいとユーキの予想外の発言にアイカは更に驚いてユーキの方を向いた。

 ロギュンはユーキの隣に立つアイカを見ると視線を動かしてユーキの方を見た。


「彼女を? なぜです?」

「彼女は俺が此処に来てから色々親切にしてくれました。さっきまでも校舎の中を案内してくれたり、分からないことを教えてもらったんです。まだ教えてもらいたいことや案内してほしい場所もありますし、アイカなら気兼ねなく色々聞けますから彼女を同行させたいんです」


 理由を話すユーキを見ながらロギュンは黙り込み、チラッとアイカの方を向いて彼女の顔を見つめる。アイカはロギュンと目が合って一瞬驚きの反応を見せた。

 アイカを見てからロギュンは目を閉じ、しばらく黙り込むと目を開けてユーキの方を見た。


「……いいでしょう」

「えっ? いいんですか?」

 ロギュンの口から出た言葉にアイカは驚いて訊き返す。パーシュとフレードもロギュンの答えを聞いて意外そうな顔をする。


「構いません。実は今回、会長がパーシュさんとフレードさんに話すことは上級生や一部の中級生にも話す予定なんです。その中級生の中にはアイカ・サンロードさん、貴女も含まれています」

「わ、私もですか?」

「ハイ、貴女はこのメルディエズ学園で数少ない混沌士カオティッカーの一人です。実力も中級生の中では優秀で、ユーキ・ルナパレスが入学するまではたった一人の二刀流使いの生徒。貴女は気付いていなかったようですが、我々生徒会や教師の方々は貴女を優れた生徒の一人として注目していたのですよ」

「は、はあ……」


 真顔で自分を高く評価するロギュンにアイカは少し照れくさそうな顔をする。そんなアイカを見てパーシュはニヤニヤと笑っていた。

 アイカが同行しても問題無いと聞かされ、ユーキは小さく笑みを浮かべる。ユーキ自身、アイカのことを接しやすく、同じ二刀流として気が合う存在と思っていたので、同行が許されてよかったと思っていた。


「では、早速生徒会室に向かいますので、ついて来てください」


 ロギュンはそう言って校舎の奥にある階段に向かって歩き出す。ロギュンの進行方向にいる生徒たちはロギュンの存在感に驚きながら左右に分かれて道を開けた。

 階段へ向かうロギュンの後を追うようにパーシュも歩き出し、ユーキは歩いて行くロギュンとパーシュの後ろ姿を見ている。そんなユーキの頭にフレードが少し力を込めて右手を乗せた。


「お前がユーキ・ルナパレスか。俺はフレード・ディープスだ、よろしくな」

「あ、ハイ……よろしくお願いします」

「真面目な副会長様に頼みごとをするとは、なかなか根性あるじゃねぇか? 下級生はアイツにビビって頼みごとなんてできねぇのによ」

「そ、そうだったんですね……」


 パーシュと睨み合っていた時と違って軽い口調で話しかけてくるフレードにユーキはまばたきをしながら答える。もしかすると、今のフレードが普段の姿なのかもしれないと感じた。


「入学試験の実技、見させてもらったぜ? ガキのくせにいい腕をしてるじゃねぇか」

「えっ、あの試験を見てたんですか?」

「ああ、新入生に面白そうな奴がいるかもしれねぇと思ってな。その時にお前を見つけたんだよ」


 フレードはニッと笑いながらユーキの頭を強めに撫で、強く撫でられたユーキは思わず目を閉じる。


「お前とは、一度本気で勝負してみねぇもんだ」

「ア、アハハハ……」


 手合わせを望むフレードを見てユーキは苦笑いを浮かべる。フレードは目で「楽しみにしてるぞ」と伝えるとパーシュとロギュンの後を追って階段に向かい、ユーキはそれを見ながら乱れた髪を整えた。


「フレード先輩があそこまで下級生に興味を持つなんて珍しいわね」

「そうなの?」


 隣に立つアイカはフレードの反応に驚き、ユーキは髪を直しながらアイカに尋ねた。


「ええ、フレード先輩は力の弱い下級生には殆ど興味を持たない人だから、あそこまでユーキに興味を持つってことは貴方を強い戦士だと認めてるのかもしれない」

「そっか……何か、凄い人に目を付けられちまったのかもしれないな」


 ユーキは苦笑いを浮かべながらこれから先、上手くやっていけるのかと小さな不安を感じた。


「さあ、私たちも行きましょう。あまり遅いと副会長に怒られてしまうわ」

「分かった」


 生徒会室に向かうため、ユーキとアイカはパーシュたちの後を追う。歩いて行く二人を周りの生徒たちは呆然としながら見ていた。


「……ところで、ユーキはパーシュ先輩やフレード先輩と話す時、敬語を使ってたわね?」

「ん? そりゃ、相手は先輩だからな」

「私も一応、貴方の先輩なんだけど?」


 同じ先輩なのに自分にだけ砕けた口調で会話することが不満なのか、アイカは歩きながらユーキをジト目で見つめる。すると、ユーキはアイカを見ながら小さく笑った。


「君は俺と同じ二刀流で、先輩たちと比べて親しみが感じられたからな。砕けた感じで接した方が調子が出るんだよ。敬語とかだと逆に違和感を感じちまうんだ」

「いくら親しみがあるからって、それは……」

「今更なんだよ? 初めて出会った時は俺がタメ口でも何も言わなかったじゃないか」

「あの時はまだメルディエズ学園に入学してくると思ってなかったから……」


 喋り方について話し合いながら二人は校舎の奥へと歩いて行く。傍から見れば、今の二人のやりとりは同じ学園に通う先輩と後輩というより、歳の離れた友人、もしくは姉弟に見えた。

 ユーキとアイカはパーシュたちと合流し、階段の前までやってくるとゆっくりと上がっていく。メルディエズ学園の校舎は四階建てになっており、生徒会室は三階にあるため、ユーキたちは階段を上がって真っすぐ三階に向かう。階段を上がる時に大勢の生徒とすれ違い、その度に生徒たちはロギュンとその後をついて行くユーキたちに注目していた。

 三階まで上がると、ユーキたちは廊下を歩いて生徒会室に向かう。三階は生徒会室があるためか、生徒の数が少なく、他の階と比べて静かだった。

 しばらく歩くとユーキたちは二枚扉の部屋の前にやって来る。扉の上には生徒会室と書かれた表札があり、ユーキは生徒会室を見て目を軽く見開く。そんな中、ロギュンは生徒会室の扉をノックした。


「誰だ?」


 扉の向こうから若い男の声が聞こえ、声を聞いたアイカ、パーシュ、フレードは小さく反応した。


「会長、ロギュンです。パーシュ・クリディック、フレード・ディープス、ユーキ・ルナパレスを連れてきました」

「入ってくれ」


 入室が許可されるとロギュンは扉を静かに開けた。


「失礼します」


 挨拶をしたロギュンは生徒会室に入り、ユーキたちも静かに中に入る。生徒会室は畳十二畳ほどの縦長の部屋で、隅には無数のチェストや本棚が置かれてあった。部屋の奥に大きめの机があり、一人の男子生徒が座っている。そして、机の前に女子生徒が立っており、二人は入室してきたユーキたちの方を見ていた。

 座っている男子生徒は身長175cmほどで濃緑色に短髪で黄色い目をして十七歳ぐらいの少年だ。制服をしっかりと着こなし、落ち着いた雰囲気をした美少年で同い年の女性なら見惚れてしまいそうな顔をしている。そして、右手には混沌紋が入っており、すぐ後ろにある壁には緑色の鞘に納められた刀が立て掛けてあった。

 女子生徒の方は身長がユーキより少し高い145cmぐらいで背中の辺りまである濃紫色の長髪と水色の目をしており、後頭部には大きな紫色のリボンを付けている。年齢は十四歳ぐらいで、スタイルもアイカやパーシュと比べると控えめだ。無表情で美しい顔立ちをしているが、感情の無い人形のような雰囲気をしている。そして、右手には混沌紋が入っており、左腰には黒い鞘に納められた刀が差してあった。

 部屋の中にいる男子生徒と女子生徒を見たユーキは目を見開く。目の前にいる二人が混沌士カオティッカーで、しかも異世界では珍しいと言われている刀を持っていることに驚いていた。同時に二人の雰囲気から只者ではないと確信する。


「あら、フィランさんもいらっしゃったのですか?」

「……ん」


 ロギュンが尋ねると、フィランと呼ばれた少女は小さい声を出しながら無表情で頷く。その様子を見たユーキはフィランは本当に人形のような少女だと思って目を僅かに細くした。


「彼女は依頼を完遂させ、報告のために生徒会室に来てもらっていたのだ」

「そうだったのですか。では、パーシュさんとフレードさんに伝えることを此処で彼女にも話しておいてはいかがでしょう? 彼女には任務を終えて戻ってきた後にお話しするつもりでしたから……」

「そうだな、予定より早く戻ってきてくれたおかげで手間が省けた」


 濃緑色の髪の男子生徒は持っている羊皮紙の内容を確認しながらロギュンの言葉に同意する。ロギュンの態度と口調から、どうやら濃緑色の髪の男子生徒が生徒会長のようだ。

 ユーキは座っている生徒会長を見ながらパーシュやフレード、ロギュンとは違う強い存在感を出していることに気付く。そんな時、生徒会長はユーキの存在に気付き、持っていた羊皮紙を置いて視線をユーキに向けた。


「君がユーキ・ルナパレスか。僕はカムネス・ザグロン、メルディエズ学園の生徒会長を務めている者だ。よろしく」

「あ、ハイ、よろしくお願いします」


 カムネスを見ながらユーキは少し緊張したような様子で軽く頭を下げる。カムネスはユーキの姿と様子から、明らかに普通の児童ではないと感じ取ったのか目を僅かに鋭くしてユーキを見つめた。


「……ところで、なぜアイカ・サンロードが此処に?」


 ユーキを見ていたカムネスはアイカの方を向いて尋ねる。カムネスはユーキ、パーシュ、フレードを呼んで来るようロギュンに言っていたので、呼んでいないアイカがいることを疑問に思っていた。


「私をご存じなのですか?」


 アイカは生徒会長のカムネスが自分を知っていることに驚いて思わず尋ねた。カムネスは表情を変えることなく小さく頷く。


「勿論、これでも生徒会長だからね。実力のある生徒のことは一通り把握している」


 ロギュンから聞かされた時も驚いたが、改めて生徒会が自分を高く評価してくれていることを知ってアイカは照れくさそうな反応を見せた。


「アイカさんは生徒会が注目する実力者で例の情報を伝える人物の一人です。ユーキ・ルナパレスがアイカさんを同行させたいと仰ったので、パーシュさんとフレードさんに伝えるついでに彼女にも伝えておこうと思い連れてきました」


 アイカが照れていると、ロギュンがカムネスにアイカを生徒会室にやって来た理由を説明する。ロギュンの説明を聞いたカムネスは納得したような表情を浮かべた。


「……成る程、そう言うことなら一緒にいても問題はないな」


 カムネスの返事を聞いたロギュンは小さく頭を下げる。自分が同席しても問題無いと聞かされたアイカはカムネスとロギュンを見ながら真剣な表情を浮かべた。

 ユーキたちはカムネスとロギュンを見ながら黙って話を聞いており、先に部屋に来ていたフィランも無表情でカムネスとロギュンを見ている。ユーキは人形のように表情を変えずに立っているフィランを見つめており、それに気付いたパーシュがユーキの耳元に顔を近づけた。


「あの子が気になるのか?」

「え? いや、何ていうか……あの子も生徒会のメンバーなのかと思いまして……」

「あの子は違うよ、アイカと同じ中級生さ。と言っても少々特殊な子だけどね」

「特殊な子?」


 何か事情があると知ったユーキはパーシュを見ながら小声で尋ねる。パーシュはユーキの顔を見たと、視線をフィランに向けて話し始めた。


「あの子はフィラン・ドールスト、一年前にこの学園に入学してきた子さ。見た目はアンタと同じくらいだけど、優れた剣術と容赦なくモンスターや盗賊と言った輩を倒す冷徹さを持っているんだ。任務中は感情を殆ど見せず、今日まで一度も依頼を失敗したことが無い。まだ十四歳だけど、既に上級生に匹敵するほどの実力を持っていると言われ、生徒会からも注目されているのさ」

「中級生なのに上級生に匹敵する力、確かにそれはすごいですね……あれ? 彼女は今十四歳なんですよね?」

「ああ」

「と言うことは、一年前は十三歳だったってことですか?」

「そうだよ?」

「確か、メルディエズ学園は十四歳以上にならないと入学できないって聞きましたけど……もしかして、俺みたいに特別に入学することを許されたんですか?」


 フィランが十三歳の時に入学したと知ったユーキは驚きながらパーシュを見る。フィランは特殊な子供だとパーシュは言っていたので、それが特殊と言われている理由なのではとユーキは考えた。

 パーシュは自分を見上げるユーキを見ると小さく笑い出した。


「そう、あの子もアンタと同じで先生に推薦されて入学試験を受けたんだ。アンタが入学して来るまではあの子がメルディエズ学園に入学した生徒の中で最年少だったんだよ」

「あの子も俺と同じ条件で入学したんですか」


 自分と同じ立場の人間が目の前にいると知ったユーキは驚くと同時に興味を抱く。上手く接すれば彼女もいい仲間になってくれるかもしれないと、ユーキは心の中で小さな期待を抱いていた。


「では、揃うべき生徒が全員揃いましたので、早速お話を始めさせていただきます」


 ロギュンはユーキたちの方を向くと本題に入り、フィラン以外の四人が真剣な表情を浮かべてカムネスとロギュンの方を向いた。


「……で、いったいどんな話を聞かせてくれるんだ、会長様よ?」

「あたしらに話すくらいだから、かなり重要なことなんだろうね?」

「勿論だ」


 尋ねてくるフレードとパーシュを見てカムネスは静かに答える。アイカは上級生を二人、そして生徒会が注目する生徒たちを呼び出すほどの用件とはどんな内容なのか気になり、少し緊張していた。


「あ、あのぉ~、俺はその話を聞く必要ないんじゃないでしょうか?」


 話が進む中、ユーキは居心地の悪そうな顔で手を上げ、自分は退室するべきではないかと尋ねる。元々ユーキはカムネスが会いたいということから生徒会室に来たため、メルディエズ学園の実力者が聞く大事な話を自分が聞くべきではないと考えていた。

 ユーキの言葉を聞いたアイカたちは彼に注目し、ユーキが聞いてもいいのかと疑問を抱く。すると、ロギュンは眼鏡を直しながら口を開いた。


「構いません、我々もユーキ君に話しておこうと思っていましたから」

「ええっ、どうしてです? 俺、今日入学したばかりなんですよ?」


 新入生に上級生が聞くような大事な話を聞かせるなんておかしいと感じたユーキは少し声に力を入れる。アイカとパーシュも同感なのか、カムネスとロギュンを見て「いいのか」と言いたそうな表情を浮かべていた。


「貴方は幼くして優れた剣術を使い、強化ブーストという強力な混沌術カオスペルを開花させました。そのため、貴方は通常の新入生よりも早く依頼を受けてもらうことになります。そして、その中にはモンスターやベーゼの討伐依頼も含まれます」


 ロギュンは混沌士カオティッカーであるユーキがすぐに他の生徒と同じ扱いをされることを伝え、ユーキは黙ってその話を聞いている。既に混沌士カオティッカーとして難しい依頼を回されることは覚悟しているため、ロギュンの話を聞いて驚いたりはしなかった。


「これからお話しするのはモンスターやベーゼが関わる内容です。ですから貴方にもアイカさんたちと一緒に会長のお話を聞いていただきます」

「入学式の日にいきなりこんなことを言われて驚いているかもしれないが、僕らとしては早いうちに君の立場や、学園がどれだけ君の力を必要としているかを理解してもらいたいと思っている。そのためにも今回の説明に参加してもらいたい」


 真剣な顔で語るカムネスを見てユーキは難しそうな表情を浮かべる。自分がメルディエズ学園で有力な戦士として見られていることは予想でしていたが、それを理解してもらうために大事な話し合いに参加させられることは予想していなかったので内心驚いていた。

 混沌士カオティッカーである以上、何時かは今回のような話を生徒会や教師から聞かされることになるため、それなら今聞いて大差は無いとユーキは感じた。


「……分かりました、そう言うことなら一緒に話を聞かせてもらいます」

「結構です」


 ユーキの答えを聞いたロギュンは答え、カムネスもユーキを見ながら小さく頷く。

 入学式でいきなりメルディエズ学園の上級者たちに目を付けられ、生徒会の重要な話し合いにまで参加させられてしまったユーキはこの時点で既に普通の生徒ではないのだろ思い知らされた。

 アイカ、パーシュはそんなユーキを大変そうに思いながら苦笑いを浮かべ、フレードはユーキが苦労する姿が面白いのニヤニヤと笑っていた。フィランは相変わらず無表情のままユーキを見ている。

 話がまとまるとカムネスは早速話を始める。内容はここ最近、大陸中のモンスターが凶暴化し、ベーゼを出現させる穴も頻繁に開いていることについてだった。凶暴化したモンスターとベーゼは近くの町や村の住民たちに被害を出すため、村や町の住民からメルディエズ学園や冒険者ギルドにその両方を何とかしてほしいと依頼が来ているそうだ。

 依頼を受けたメルディエズ学園は討伐依頼がこれまで以上に多くなると考え、生徒会にそのことを優れた生徒たちに伝えてほしいと指示を出した。

 指示を受けた生徒会は生徒の中でも優秀な上級生であるパーシュとフレードを呼び出し、先に説明しておくためにパーシュたちとフレードを呼び出したのだ。その後、他の上級生やアイカやフィランなど、中級生の中で優秀な生徒に同じことを話すつもりでいたらしい。


「モンスターの襲撃事件やベーゼの出現はこの数ヶ月の間に少しずつ増えて来ている。そして、最近では強力なモンスターも増えてきており、君たちのような優れた生徒でなくては倒せないくらいの敵ばかりとなっている」

「成る程な、どおりで最近俺らに回ってくる仕事が増えてるわけだ」


 フレードは最近の依頼回数を振り返り、その中で討伐依頼などが増えていることに納得する。パーシュもカムネスの話を聞いて腕を組みながら難しい顔をしていた。


「近々上級生だけでなく、アイカさんたち中級生にも多くの討伐依頼が入ると思います。特にアイカさんやフィランさんのような実力者には依頼の指名があると思いますので、常に万全の状態にしておいてください」

「分かりました」

「……ん」


 アイカとフィランはロギュンの方を向いて返事をした。


「ユーキ君、貴方も一ヶ月の教育と戦闘訓練が終わり次第、依頼を受けてもらいます。他の生徒と違って貴方はいきなり討伐依頼に参加させられる可能性がありますので、それを忘れないようにしてください」

「ハイ……」

「とは言っても、貴方はあくまで下級生、上級生や中級生が戦うようなモンスターやベーゼの相手をする依頼は回ってくることは無いと思います。しかし、だからと言って気を抜かないように」


 ロギュンの念入りな忠告にユーキは疲れたような表情を浮かべる。アイカは暗い顔をするユーキを見て苦笑いをしていた。

 それからユーキたちはカムネスとロギュンから討伐依頼ではない別の依頼も入っているなどの話を色々と聞かされた。


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