表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第七章~大都市の警護人~
109/270

第百八話  貪欲な戦乙女


 深夜の商業区にある凶竜の隠れ家、その地下室で椅子に座りながら酒を飲むゲルガンとその後ろに控えている二人の幹部が部下から話を聞いていた。

 地下室には張り詰めた空気が漂っており、部下はゲルガンや幹部たちと顔を合わせることに抵抗を感じているのか、小さく俯きながら暗い顔をしている。一方でゲルガンと幹部たちは話を聞いて信じられないような表情を浮かべながら部下を見つめていた。


「ガキの暗殺に失敗しただとぉ?」

「ハイ、連絡係からの報告によると万全の装備で向かった八人全員が捕らえられたそうです……」

「そんな馬鹿なことがあってたまるか! 奴らにはウチの商品の中でも強力な武器を渡したんだぞ!? しかもミスリル製のハーフアーマーまで人数分渡したって言うのに全員捕まったって言うのか!」


 声を上げながら立ち上がったゲルガンは持っていたグラスを床に強く叩きつける。グラスは高い音を立てながら砕け散り、僅かに残っていた酒も床に広がった。

 ゲルガンがグラスを叩き割る姿に部下は驚いてビクッと反応し、二人の幹部も僅かに表情を歪ませた。

 ただでさえ数の少ない部下を使ってナナルを暗殺しようとしたのに失敗した上、仲間が全員捕らえられてしまったため、幹部たちは流石に焦りを隠せずにいた。ゲルガンは必ず成功すると思っていた暗殺が失敗したことに腹を立てているため、凶竜が危機的状況にあることをまだ理解していない。


「たかがガキの警護に負けた挙句とっ捕まるとは、何をやってやがるんだ!」

「じ、実は、もう一つお伝えしなくてはならないことが……」

「ああぁっ!?」


 部下に声をかけられ、ゲルガンは苛立ちを含んだ声を出しながら部下を睨む。ゲルガンの顔を見た部下は表情を曇らせながら目を逸らし、小さな間を空けてから口を動かした。


「れ、例の我々を捜索しているS級冒険者チームの対処を任された者たちなのですが、冒険者たちを始末するために奇襲を仕掛けたところ、十二人の内二人が死亡し、残りの十人も捕らえられました……」

「な、何だとっ!?」


 報告を聞いた赤茶色の髪の幹部は驚愕し、金髪の幹部も大きく目を見開く。ゲルガンは部下の言っていることの意味が理解できないような顔をしながら部下を見つめていた。


「……それは確かなのか?」

「ハイ、自分がこの目で確認しましたので……」


 S級冒険者チームに仲間が倒されるのを直接見たと部下が語ると金髪の幹部は絶句する。

 ナナルの暗殺に失敗したという知らせを受けた直後に追い打ちをかけるようにS級冒険者チームの対処を任せた部下たちも捕まったという報告を聞かされ、幹部たちは絶望的な状況に立たされた。

 部下も暗殺失敗の報告をしてゲルガンが機嫌を悪くしている状況で更に悪い報告をしなくてはならないことに抵抗を感じていたため、最初は報告するか迷っていた。だが、話さなくては今後の行動に大きく関わるため、勇気を出して報告したのだ。


「……クッソォーッ! ふざけやがってぇっ!!」


 ゲルガンは声を上げながら目の前にある小さな机を蹴って苛立ちをぶつけた。蹴られた机は倒れ、上に置かれてあった空の酒瓶も机が倒れたことで床に落ちて粉々になる。

 ショックを受けていた幹部たちはゲルガンの怒りの声を聞いてハッと我に返り、興奮するゲルガンに視線を向ける。


「ボ、ボス、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか、間抜けがぁ!」


 宥める金髪の幹部を睨みながらゲルガンは怒鳴り散らし、幹部たちと部下はゲルガンを見て思わず表情を歪ませる。今のゲルガンは不機嫌で周囲の物や人に八つ当たりをする子供のようだった。


「ガキどもや少人数の冒険者相手に万全の装備をした奴らが返り討ちにされたんだぞ!? 苛つかねぇ方がおかしいだろうが!」

「メルディエズ学園の生徒はともかく、この国でも最高と言われているS級冒険者チームが相手では致し方ありません。お気持ちは分かりますが冷静になってください」


 興奮するゲルガンに赤茶色の髪の幹部は静かに語りかけ、金髪の幹部や部下も赤茶色の髪の幹部と同じ気持ちなのかゲルガンを見ながら「落ち着いてほしい」と目で伝える。

 話を聞いたことで少しだけ落ち着きを取り戻したゲルガンは荒い呼吸をしながら奥歯を噛みしめて悔しそうな顔をする。ゲルガンが落ち着くと幹部たちは安心したのか小さく息を吐いた。


「残っているのはどのくらいだ?」


 金髪の幹部は次の作戦を練るため、部下に残っている仲間の人数を尋ねる。部下は小さく俯いてしばらく黙り込んだ後、顔を上げて幹部の方を向いた。


「……暗殺とS級冒険者の対処に殆どの人員を使ってしまいました。現在は此処にいる四人とリンツールの屋敷を見張っている者しかおりません」

「たったの五人か……」


 改めて組織の被害が大きいことを知った金髪の幹部は再び表情を歪ませる。八人の刺客を送り込んでもナナルを暗殺することができたなかったため、現状ではナナルの暗殺は難しいと考えていた。


「ボス、我々だけではナナルを暗殺することは不可能です。別の方法を取るしかないかと……」

「何だ、その別の方法とは?」


 ゲルガンは金髪の幹部の方を見ながら低い声で答える。先程と比べて落ち着いているとは言え、まだ不機嫌そうな様子のゲルガンを見て幹部は言葉を慎重に選んだ方がいいと思った。


「やはり、あの者たちに任せるしかないと思います」

「チッ、アイツらか……本当はアイツらに頼むことなく片付けたかったのだがな」


 不満そうな顔をしながらゲルガンは呟き、幹部たちはゲルガンを見つめながら他に方法が無いと考える。視線に気付いたゲルガンは幹部たちを見ながら大きく舌打ちをした。


「奴らは宿屋にいるのか?」

「この時間なら宿屋か酒場のどちらかだと思います」

「なら、奴らを探し出して此処に連れて来い」


 指示を受けた幹部たちは無言で頷き、地上に上がるために階段へ向かおうとした。


「その必要はねぇよ」

『!』


 地下室に女の声が響き、声を聞いたゲルガンたちは一斉に反応して階段の方を向く。階段から足音が聞こえ、それは徐々に大きくなってくる。

 ゲルガンたちは誰かが階段を下りて来ていることに気付き、警戒を強くして階段を見つめる。すると、一人の若い女が静かに地下室に入ってきた。

 その女は二十代半ばくらいの若さで身長は165cmほど、茶色のショートヘアに薄い黄色い目をしている。黄緑と苔色の長袖、土色の半ズボン姿をしており、銀色のハーフアーマーを装備し、その上に茶色いフード付きマントを纏っていた。

 女はゲルガンたちを見ると笑いながらフードを下ろして顔を見せ、女の顔を見たゲルガンたちは警戒を解く。


「お前、どうして此処にいるんだ?」


 ゲルガンが低い声で尋ねると女は小馬鹿にするような笑みを浮かべながらゲルガンを見つめ、両手を腰に当てる。


「おいおい、わざわざこんなカビくせぇ所まで来てやったのにそんな言い方しなくてもいいだろう?」

「チッ……」


 女の態度を不快に思ったゲルガンは目を反らしながら舌打ちをする。幹部たちはゲルガンが感情的にならず、大人しくしているのを見ると視線を女に戻した。


「お前一人か? もう一人はどうした?」

「ああぁ、アイツは宿で休んでる。話をするだけだからあたし一人で来たんだよ」

「……その様子だと、我々が追い詰められていることは理解しているようだな?」

「まぁな。……と言うか、お前らの仲間がS級冒険者に負けたって辺りからずっと階段で聞いてたんだよ」


 女が笑いながら会話を聞いていたことを話すと、赤茶色の髪の幹部は女が盗み聞きしていたことを不満に思ったのか目を細くして女を見つめる。ゲルガンと金髪の幹部、部下も目を僅かに鋭くして女を見ていた。


「では、話は早い。……ディース・カサンドラ、お前ともう一人にリンツール伯爵の孫娘の暗殺を正式に依頼する」


 赤茶色の髪の幹部が女をディースと呼び、ナナルの暗殺を依頼する。ディースは幹部を見るとニッと不敵な笑みを浮かべた。

 ディース・カサンドラはラステクト王国で活動する凄腕の殺し屋。依頼を受ければあらゆる手段を使って標的を始末し、邪魔をする者も容赦なく排除する。更に始末した標的が金品や値打ちのある物を所持していればそれを奪うほど欲深く、裏の世界では“貪欲な戦乙女”と呼ばれるほど悪名高い。ただ、一度受けた依頼を最後までやり遂げるという殺し屋としての誇りは持っている。

 今回、ディースともう一人の殺し屋は凶竜からナナルを暗殺するために呼ばれていたのだが、ゲルガンは凶竜のメンバーだけでナナルを暗殺する自信があった。そのため、最初からディースたちに暗殺を依頼せず、クロントニアに待機させていたのだ。

 しかし、結局凶竜はナナルを暗殺することができず、待機させていたディースたちに暗殺を依頼することとなった。


「標的はこの都市を管理する伯爵の孫娘だけでいいんだな?」

「ああ、孫娘を始末すればリンツールは家族を失ったことで絶望し、一時的に都市の管理や警備は上手く回らなくなるはずだ。その隙をついて我々はクロントニアから脱出する」

「成る程な。……いいだろう、ちゃっちゃと始末してやるから、お前らはその間に脱出の準備をしておきな」


 自信に満ちた笑みを浮かべながらディースはゲルガンたちに指示を出す。

 雇われている身でありながら雇い主に指示を出すディースを見てゲルガンたちは若干不満を感じるが、今はディースにすがるしか方法がないため、文句を言わずに我慢した。


「ああぁそれと、その孫娘を警護しているのはどんな連中なんだ?」


 ディースがナナルを警護する者たちについて尋ねると、ゲルガンは暗殺に失敗したことを思い出して気分が悪くなり、再び険しい表情を浮かべてディースの方を向く。ゲルガンの顔を見たディースは「おっ」と反応しながら軽く目を見開いた。


「孫娘を護ってるのはメルディエズ学園のガキどもだ。奴らはこっちの計画が大きく狂わせたムカつく連中だ。……奴らが邪魔をして来たら容赦なくぶっ殺せ」

「フッ、言われるまでもねぇよ」


 険しい顔をするゲルガンにディースはニヤリと笑いながら答える。ゲルガンに言われなくてもディースは自分の邪魔をする者は全員抹殺するつもりでいた。そんなディースをゲルガンは無言で見つめる。

 この時、ゲルガンはナナルや彼女を警護するメルディエズ学園の生徒を始末してもらうなら、ついでにS級冒険者チームも暗殺してもらおうかと考える。自分の数少ない部下を捕らえたS級冒険者チームにゲルガンは多少ではあるが怒りを感じており、殺してやりたいと思っていた。

 だが、よくよく考えると万全の装備をした十二人の部下が挑んでも勝てなかった相手をたった二人の殺し屋が暗殺できるはずがない。何より依頼すれば余計な報酬を出さないといけないとゲルガンは考え、ディースにS級冒険者チームの暗殺を依頼するのを止めた。


「メルディエズ学園のガキどもは何人でどんな奴らがいるんだ?」

「情報によるとメルディエズ学園の生徒は男が二人に女が二人の計四人、その内の一人は十歳くらいの子供だそうだ」

「はあ? 十歳のガキに返り討ちに遭ったのかよ? 情けねぇ話だな」


 凶竜が幼い子供相手に苦労していると聞かされたディースは呆れ顔になり、ディースの反応を見てゲルガンたちは僅かに目を鋭くする。相手のことを何も知らないのに大きな態度を取るディースにゲルガンたちは腹を立てていた。


「奴らがどれ程の実力を持ってるかは知らねぇが、あたしらの前じゃ奴らもただのガキだってことを証明してやるよ」

「油断しない方がいいぞ? 連中は万全の装備をした部下たちを全て倒して捕らえたみたいだからな」

「フッ、一応肝に銘じとく」


 ディースは金髪の幹部の忠告に対して興味の無さそうな口調で返事をする。折角忠告したのに真面目に聞いていないディースを幹部は不満そうに見つめ、赤茶色の髪の幹部と部下も同じよう反応を見せた。


「リンツールの孫娘は明日の昼頃、この都市の野外劇場でファイフの演奏会を開くそうだ。もし明日の演奏会で暗殺に失敗すればリンツールは我々を捕らえるまで孫娘を屋敷の外に出さないようにするつもりだ。そうなったら我々は孫娘を暗殺する機会を失ってしまう。必ず明日の演奏会で始末しろ」

「心配しなくても必ず殺してやるさ」


 そう言うとディースはフードを被って顔を見え難くして階段の方を向く。どうやら聞きたいことは全部聞いたので帰るようだ。


「ちょっと待て」


 階段を上がろうとするディースをゲルガンが呼び止め、声をかけれらたディースはゆっくりと振り返ってゲルガンの方を向く。


「何だ?」

「必ず孫娘を始末しろ?」

「分かってるって言ってるだろう。お前らは自分たちのことだけ考えな」


 しつこく言ってくるゲルガンにディースは鬱陶しそうな顔をしながら返事をし、ゆっくりと階段を上がっていく。ゲルガンたちは無言でディースの後ろ姿を見つめた。


――――――


 クロントニアの片隅にある野外劇場、大勢の人が集まって劇場の飾り付けや客席の掃除などをしている。今日行われるナナルの演奏会のためだ。

 ナナルはクロントニア一と言われた演奏者の娘であるため、住民たちはナナルも素晴らしい演奏をしてくれるだろうと期待しており、大勢が演奏を観に来ることになっている。その中には別の町から来た住民もおり、ナナルにとって今日の演奏会は初めて大勢の人に聞いてもらう記念日であると同時に死んだ母へのプレゼントを贈る大切な日でもあった。

 屋外劇場のステージの上では演奏会の関係者たちが着々と準備を進めている。その中にはユーキとカムネスの姿があり、ステージの上や客席、劇場の周囲を見回していた。昨日劇場の地図を見せてもらって構造や広さなどは把握したが、細かいところや劇場の周辺は自身の目で見ないと分からないため劇場にやって来たのだ。

 今日の演奏会が終了すればナナルは凶竜が壊滅するまで屋敷の外には出ない。凶竜にとって今回の演奏会はナナルを襲う最後のチャンスと言うことになる。

 カムネスは凶竜がナナルを暗殺するために様々な手段を取って来ると予想し、問題無くナナルを警護できるようユーキと共に野外劇場のチェックをする。警護対象であるナナルはフィランとロギュンと一緒に屋敷にいるため、襲撃を気にすることなく確認することができた。

 ユーキとカムネスの近くではリンツールが屋外劇場の関係者と思われる男性と演奏会の流れやステージの設定などについて話し合っている。ナナルの身を護るため、そしてナナルが安心して演奏できるようにするために話し合いに来たのだ。そして、ユーキとカムネスは劇場の確認をすると同時にリンツールの警護をしていた。

 凶竜がナナルに狙いを定めるようになったとは言え、リンツールもまだ凶竜に目を付けられている。隙をついてリンツールを襲って来る可能性があるため、凶竜の刺客が現れた時にリンツールを護れるよう彼に同行していたのだ。


「思っていた以上に広いですね」

「広いだけじゃない。見通しもいいから劇場の外からでも周囲や劇場全体を確認することができる」

「凶竜にとってかなり都合のいい場所ってことですか……厄介ですね」


 ユーキとカムネスは広い客席を眺めながら難しい警護になるかもしれないと予想する。

 野外劇場はすり鉢状になっており、数十人の観客が座れるようになっている。劇場の外側には民家があり、屋根に上がれば劇場を一望できるほどだった。

 野外劇場は多くの観客が入ることができ、劇場の外からでもステージの上を見ることができる。つまり、凶竜は観客の中に隠れながらナナルに近づき、隙をついて襲うことも、劇場の外から弓矢などでナナルを狙撃することもできるということだ。


(いったい奴らはどんな方法でナナルちゃんを襲うつもりなんだ?)


 ユーキは腕を組んで野外劇場の見回し、凶竜が何処からどんな手段でナナルを狙うのか考える。


(これまでは武装した男たちが襲って来たけど、流石に今回は大人数で襲撃するなんてことはしないだろうな。大勢で襲撃すれば観客たちが騒いでナナルちゃんを襲い難くなるし、すぐに警備兵や私兵部隊に囲まれてしまうからな)


 過去の襲撃や野外劇場の構造から凶竜が大勢で襲撃してくる可能性は低いとユーキは考える。大人数で来ないのならどんな方法を取るか、ユーキはもう一度周囲を見回す。すると、カムネスが観客席を見回しながらユーキの隣までやって来た。


「凶竜はどんな方法でナナルちゃんを狙うと思う?」

「まだハッキリとは分かりません。ただ、昨日の襲撃みたいに大人数で襲ってくることは無いと思います」

「確かにこのすり鉢状の劇場に大勢で乗り込めば奴らも思いどおりに動けず、すぐに包囲されてしまう。大人数で襲ってくることは無いだろう」


 カムネスも凶竜が大勢で襲撃してくることは無いと考えていると知ったユーキは安心感のようなものを感じる。生徒会長であるカムネスの判断ならそうなる可能性が高いと思っていたからだ。


「会長はどんな方法で凶竜がナナルちゃんを狙うと思いますか?」

「……単身でナナルちゃんを狙ってくると思っている」

「一人でですか?」


 意外そうな顔をしながらユーキは訊き返し、カムネスはユーキを見ながら小さく頷く。


「大勢で乗り込むのと違い、単身なら目立たず観客に紛れ込んでナナルちゃんに近づくことができるからな」

「確かに……」

「身を隠しながら隙を窺い、ナナルちゃんが隙を見せたら一気に近づいて襲い掛かる。そして暗殺した後は騒ぎに紛れて逃走すればいい」

「成る程、可能性はありますね」


 観客の人数を利用してナナルを狙うかもしれないというカムネスの予想を聞いたユーキは腕を組みながら難しそうな表情を浮かべた。


「あと考えられるのは、狙撃だ」

「狙撃?」

「ああ、弓矢やボウガンなどで劇場の外から狙撃して来る可能性が高い」

「弓矢やボウガンで狙撃って……そんなことができるんですか?」


 ユーキは驚きの反応を見せながらカムネスに尋ねる。

 野外劇場のステージから劇場の外までの距離は約200mはあるため、もし狙撃するのなら200m以上離れなくてはならない。だが、劇場の周囲は警備兵や私兵部隊の兵士が見張ることになっているため、狙撃するならもっと離れる必要がある。

 警備兵たちの妨害を受けずに狙撃するのなら、劇場の周辺にある民家の屋根の上から狙撃するのがいい。屋根の上なら警備兵に見つかる可能性も低く、もし見つかってもすぐに逃げることができるからだ。

 だが、民家からステージまでの距離は約300mで更に距離が長くなってしまい、狙撃するのが難しくなる。ユーキはこの世界の弓矢やボウガンで300m近く離れた場所から標的を狙い撃つことが可能なのか疑問に思っていた。


「ステージから劇場の外まではかなり距離があります。弓矢やボウガンで正確に狙撃できるとは思えないんですけど……」

「確かに普通の武器では射角や風を計算して射程距離は50mから100mと言ったところだ。だが、優れた武器であれば300m近く離れた所からでも相手を狙うことができる。魔法武器であれば400m以上離れても可能なはずだ」

「よ、400m以上……ライフル並の距離だな」

「ん?」


 カムネスはユーキの口から出た聞き慣れない言葉を聞いて反応する。ユーキは驚いて思わず転生前の世界の言葉を出してしまったことに気付くと目を見開いた。


「い、いえ、何でもないです」


 苦笑いを浮かべながらユーキは慌ててごまかし、カムネスは僅かに目を細くしながらユーキを見つめる。ユーキはカムネスが何か勘付かれてしまったのではと内心焦りながらカムネスを見上げた。


「……とにかく、凶竜がどんな方法でナナルちゃんを狙ってきても護れるよう、劇場の中や周囲を念入りに調べて作戦を練る必要がある。もう少し細かく確認しておこう」

「わ、分かりました」


 カムネスが追及することなく野外劇場の確認に気持ちを切り替えたことにユーキは安心しながら返事をする。勘の鋭いカムネスに聞かれたことで転生者とバレてしまったのではとこの時のユーキはかなり焦っていた。

 ユーキとカムネスがステージの脇を確認しているとリンツールと男性の会話が聞こえ、ユーキはチラッとリンツールの方を向いた。


「では、警備兵は予定どおり劇場を囲むように配置すればよろしいのですね?」

「ああ、頼む。人手が足りない所には私兵部隊の兵士たちを回してくれて構わない。とにかく万全の状態で警備し、凶竜のメンバーと思われる者がいればすぐに捕えられるようにしてくれ」

「分かりました」


 指示された男性は真剣な目でリンツールを見つめながら頷く。どうやら男性はナナルが凶竜に命を狙われていることを知っているようだ。

 男性はリンツールに頭を下げるとステージを下りて屋外劇場の隅で待機していた警備兵たちの下へ向かう。男性を見送ったリンツールは軽く息を吐いてからユーキとカムネスの方を向いた。


「こっちの用件は済んだが、君たちはどうだ?」

「ステージや客席の方は一通り確認しました。ですがまだステージの脇や裏側、劇場の周囲を確認し切れていませんのでもう少し調べてみようと思っています」


 カムネスはリンツールを見ながらまだ全て調べ終えていないことを伝える。ナナルを護るためにも調べられる場所は今の内に全て調べておきたいと思っていた。


「分かった。演奏会は昼過ぎだから時間は十分ある、君たちの気が済むまで調べてくれ」

「ありがとうございます」

「礼など言う必要は無い。どの道、警護の君たちがいなければ私は屋敷に戻れんしな」


 リンツールが小さく笑みを浮かべるとユーキはつられるように笑みを浮かべる。カムネスは笑う気が無いのか、それともこう言った状況で笑うのが苦手なのか表情を変えずにリンツールを見ていた。

 許可を得るとユーキとカムネスはまだ調べていない場所を調べるために移動しようとする。すると一人の警備兵がステージに上がってユーキたちに近づいてきた。警備兵の存在に気付いた三人は一斉に警備兵に視線を向ける。


「失礼します、伯爵」

「どうしたのだ?」

「先程、昨日捕らえた凶竜のメンバーを尋問していた者から報告がありました。メンバーが重要な情報を吐いたそうです」

「重要な情報?」


 警備兵の話を聞いたリンツールは真剣な表情を浮かべ、ユーキとカムネスも詳しく話を聞くためにリンツールと警備兵に近づく。

 ユーキとカムネスが近づくと同時に警備兵は持っていた丸めた羊皮紙をリンツールに渡し、羊皮紙を受け取ったリンツールは広げて中身を確認する。そこには尋問で得た様々な情報が細かく書き記されていた。


「尋問した者によると、凶竜はナナル様を暗殺するために腕利きの殺し屋を二人雇っていたそうです」

「殺し屋だと?」


 リンツールは軽く目を見開きながら訊き返し、ユーキとカムネスも反応して僅かに目を鋭くした。


「ハイ、どうやらその殺し屋は既にクロントニアに潜入しているとのことです」

「何と言うことだ」


 羊皮紙を持つ手に僅かに力を入れ、羊皮紙にシワを入れながらリンツールは奥歯を噛みしめる。幼いナナルを殺すために殺し屋まで雇った凶竜にリンツールは怒りを感じていた。

 腹を立てるリンツールを見ていたユーキも凶竜のやり方に内心腹を立てていた。だが同時に凶竜が今日の演奏会でその殺し屋にナナルを暗殺させようとする可能性が高いと考える。


「それで、凶竜が雇った殺し屋とはどんな存在なんだ?」


 カムネスが警備兵に殺し屋の情報について尋ねると警備兵は難しそうな顔をしながらカムネスの方を向いた。


「どんな殺し屋かは知らないらしい。殺し屋の素性はボスと幹部しか知らず、下っ端は詳しいことは聞かされていないと言っていたそうだ」

「知らないと嘘をついている可能性もあるんじゃないか?」

「勿論、我々もそう考えている。だから今も奴らの尋問を続けている最中だ」

「そうか……」


 まだ詳しい情報が得られていないと知ったカムネスは静かに呟く。その殺し屋がナナルを襲う可能性がある以上、少しでも早く殺し屋の情報を手に入れておきたいとカムネスは思っている。


「詳しい情報はまだ吐いていない。ただ、殺し屋の内の一人が貪欲な戦乙女と呼ばれているということは喋ったそうだ」

「貪欲な戦乙女?」


 ユーキは初めて聞く異名に小首を傾げ、リンツールも聞いたことが無いような見せた。だが、カムネスだけは聞いたことがあるのか目を鋭くしている。


「……噂で聞いたことがある。金さえ払えばどんな依頼でも引き受け、あらゆる方法で標的を抹殺する女らしい。更に抹殺した標的が金品や珍しいアイテムを持っていた場合は報酬とは別にそれらも全て奪っていくそうだ」

「殺した相手の所持品まで持って行くなんて、相当欲深い女ですね」


 殺し屋と言う時点で問題があるのに更に暗殺した標的の持ち物まで奪うと聞いたユーキは貪欲な戦乙女を殺し屋ではなく盗賊に近い存在だと考えて呆れ顔になる。リンツールも欲深い殺し屋が愛するナナルを襲うかもしれないと知り、必ず護って見せると意志を強くした。


「もう一人の殺し屋の異名について何か言っていたか?」

「いや、もう一人の異名は聞かされていないとメンバーは言っていたらしい。まぁ、それも嘘かもしれないがな」


 警備兵の答えを聞いたカムネスは軽く俯きながら考え込み、ユーキはそんなカムネスを無言で見つめる。やがてカムネスは顔を上げてリンツールに視線を向けた。


「リンツール伯爵、念のために黒の星にも貪欲な戦乙女のことを伝えておいた方がいいと思います。もし貪欲な戦乙女がナナルちゃんの暗殺に動かなかった場合、彼らが遭遇する可能性もありますから」

「そうだな、演奏会が始まる直前に黒の星とも会うことになっている。その時に伝えることにしよう」


 リンツールはカムネスを見ながら軽く頷く。商売敵である冒険者にも貪欲な戦乙女のことを伝えるべきだと語るカムネスを見て、リンツールはカムネスを器の大きな少年だと感じた。

 ユーキたちはそれから警備兵から尋問で得た情報を全て聞き、羊皮紙の内容を確認すると屋外劇場の周囲の確認を再開した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ