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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第七章~大都市の警護人~
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第百七話  寡黙少女の過去


 凶竜の刺客を倒した後、ユーキたちは再び襲撃されることを警戒しながら馬車を走らせる。ユーキたちが馬車の中から外を見張る中、ナナルは少し暗い顔をしながらファイフを握っていた。また襲撃されるかもしれないと小さな不安を感じているようだ。

 暗くなっているナナルを見たユーキはこれ以上ナナルを不安にさせないためにも凶竜の刺客が現れないことを祈りながら外を見張った。

 人気のない裏道を出た馬車はしばらく大通りを走り、やがて住宅区へ入る。ユーキの願いが通じたのか、最初に襲撃されてから再び凶竜の刺客が現れることは無かった。

 住宅区には大勢の住民の姿があり、ユーキたちも住民が多ければ刺客が襲ってくる可能性も低いだろうと少しだけ安心する。だが、それでも気を抜かずに馬車の中から警戒を続けた。

 住民の多い街道を移動し、ようやくリンツールの屋敷の前に辿り着いた。正門が開くと馬車はすぐに屋敷の敷地内に入り、正門を見張っていた私兵部隊の兵士たちも屋敷の周りを警戒しながら素早く正門を閉じる。

 屋敷の玄関前まで来る馬車は静かに停車し、ユーキたちも一人ずつ馬車を降りる。ユーキたちが馬車から降りた直後、玄関の扉が開いて屋敷の中からリンツールとホランズが出てきた。

 ナナルが無事に戻ってきたことにリンツールは笑みを浮かべる。だが、暗い顔をしているナナルを見ると何か遭ったと悟り、僅かに目を鋭くした。

 カムネスは屋敷に戻る途中に凶竜の刺客に襲われたことをリンツールに伝え、話を聞いたリンツールとホランズはカムネスの方を向いて目を見開く。

 驚いていたリンツールはもう一度ナナルを見て怪我をしていないか念入りに確認し、怪我がないことを知ると安心して息を吐く。そして、詳しい話を聞くため、ユーキたちと共に屋敷へ入った。


「……以上が凶竜の刺客から襲撃を受けた時の状況です」

「そうか……」


 カムネスから話を聞いたリンツールは難しい顔をしながら呟く。屋敷に入った後、リンツールは話を聞くためにユーキたちと共に居間へ移動して襲撃された時の話を聞いていた。

 長いソファーに座りながらリンツールは腕を組み、その隣ではナナルがファイフを膝の上に置きながらリンツールを見上げている。ユーキたちもソファーに座りながら無言でリンツールを見ていた。


「強力な武器や防具まで使って襲撃してくるとは、奴らも焦っているということだな」

「ええ、恐らく凶竜は今日の外出と明日の演奏会でナナルちゃんが屋敷の外に出るということ、そして演奏会が終わればナナルちゃんが外に出ないという情報を掴んでいたのでしょう。チャンスが無くなる前に襲撃しようと考えて動いたのだと思います」

「こちらの動きを把握しており、暗殺が成功する確率を少しでも上げるために優れた装備をして襲って来たのか。……クッ、凶竜め!」


 ナナルを始末するためならどんなことでもする凶竜に対してリンツールは怒りを懐く。ナナルは隣で表情を険しくする祖父に小さな恐怖を感じたのか、さり気なくリンツールの服を掴んだ。

 服を掴まれたことに気付いたリンツールはフッと反応してナナルの方を向く。ナナルは怯えたような顔でリンツールを見上げており、リンツールは自分の顔を見てナナルが怖がっていることに気付くと表情を和らげて優しくナナルの頭を撫でる。

 頭を撫でられたナナルは目を閉じながら落ち着いたような表情を浮かべ、ゆっくりとリンツールに寄り掛かった。


「……とりあえず、ファイフを回収することができたから今日はもう外出することは無い。屋敷の外に出ている時と比べれば安全だ」

「ハイ。ですが、今回の襲撃が失敗したことで凶竜はより焦っているはずです。明日の演奏会では我々が予想もしないような行動を取る可能性があります。演奏会を開いている時は劇場の警備を厳重にした方がいいでしょう」

「ああ、分かっている。私兵部隊の中で動ける兵士は全員警備に就かせるし、町の警備兵たちにも動いてもらうよう要請した。屋外劇場の警備は万全の状態にする。君たちもナナルを警護に力を入れてくれ」

「勿論です」


 カムネスは静かに返事をしながら頷き、ユーキとロギュンも目を鋭くしてリンツールを見ている。フィランは相変わらず無表情のままで、一言もしゃべらずに出された紅茶を飲んでいた。


「リンツール伯爵、屋外劇場の地図があれば見せていただけますか?」

「劇場の?」


 ナナルの方を向いていたリンツールはカムネスの方を向いて意外そうな表情を浮かべた。


「ハイ、明日の演奏会で効率よく警護ができるよう屋外劇場がどんな場所なのか把握しておきたいのです」

「しかし、劇場の警備は私兵部隊や警備兵たちに任せるのだ。君たちが確認する必要は無いのではないか?」


 凶竜に狙われているナナルを警護するユーキたちは屋外劇場の構造を知っておく必要は無いだろうとリンツールは考える。カムネスはリンツールを鋭い目で見つめながら口を開く。


「いいえ、劇場の構造を把握しておけば凶竜の刺客が何処に潜んでいるか、何処からナナルちゃんを狙うのか予想できます。刺客の居場所やどのように動くのか分からなければ、例えナナルちゃんの近くにいても護るのは難しいです。確実にナナルちゃんを護るためにも屋外劇場の構造は把握しておきたいのです」


 真剣な表情を浮かべ、低い声を出しながら話すカムネスを見てリンツールは軽く目を見開いた。

 屋外劇場の警備は私兵部隊やクロントニアの警備兵たちに任せ、ユーキたちにはナナルの近くで警護をさせれば問題無いとリンツールは思っていた。しかし、カムネスの話を聞いたことで自分の警護や警備の考え方が甘いことを教えられ、リンツールは心の中で恥ずかしく思った。

 リンツールは黙ったまま俯き、しばらくすると顔を上げてカムネスの顔を見た。


「……分かった、そう言うことなら君たちにも劇場の構造を知っておいてもらった方がいい」


 何があってもナナルを護りたいと思うリンツールはユーキたちに屋外劇場の情報を提供することにし、後ろで待機しているホランズの方を向いた。


「ホランズ、劇場の地図を持ってきてくれ」

「畏まりました」


 指示を受けたホランズは地図を取りに居間を後にし、リンツールはホランズが居間を出るのを静かに見届ける。すると、リンツールは何かを思い出したような反応を見せてユーキたちの方を向く。


「それと、これは君たちには関係の無いことかもしれんが、一応伝えておこう」

「何でしょう?」

「君たちが戻る少し前に黒の星が屋敷に来てな。彼らも凶竜のメンバーである男たちと戦闘になったそうだ」

「ほお?」


 黒の星も凶竜と接触していたと聞かされたカムネスはどこか興味のありそうな反応を見せる。

 自分たちと違って黒の星は凶竜の捜索を担当しているため、彼らの情報を聞く必要はない。だが、S級冒険者チームが凶竜のメンバーと戦ってどんな結果になったのか気になるため、カムネスは話を聞いてみようと思っていた。

 ユーキとロギュンも戦闘の結果が気になるのかリンツールの話に耳を傾けており、リンツールはユーキたちを見ると話を続けた。


「結果は予想できていると思うが黒の星の圧勝だ。襲って来たところを返り討ちにし、十二人の内、十人を捕らえたそうだ。二人は殺めてしまったらしいがな」

「そうですか。……その男たちも優れた武器や防具を装備していたのですか?」

「ああ、様々な武器を所持し、ミスリル製の鎧を身に付けていたらしい。間違い無く君たちの前に現れた男たちの仲間だ」


 黒の星を襲撃したことから、カムネスは凶竜が黒の星の情報も得ていることを知り、同時に凶竜の情報力が予想以上に優れているのだと理解する。

 情報力が優れていれば明日行われる演奏会の会場となる野外劇場の構造や住民の出入りに関する情報もかなり得ているだろうとユーキたちは感じ、これまで以上に念入りに警備や警護の流れを決める必要があると考えた。

 ユーキたちが黒の星と凶竜の情報を確認する中、ナナルは持っているファイフを見つめており、そんなナナルに気付いたリンツールはナナルの肩にそっと手を置いた。


「ナナル、お前は部屋に行ってファイフの練習をしてきなさい。明日は大切な演奏会なのだからな」

「うん……」


 静かに返事をしたナナルは立ち上がって居間の出入口の方へ向かおうとする。それを見たカムネスはチラッとユーキとフィランに視線を向けた。


「ルナパレス、ドールスト、君たちは念のためにナナルちゃんの傍についていてくれ。僕とロギュンは残って野外劇場の構造の確認をする」

「ハイ」


 ユーキは返事をしながら小さく頷き、フィランも無言で頷く。二人は席を立つとナナルと共に居間を後にしてナナルの私室へ向かった。

 居間にはカムネス、ロギュン、リンツールの三人が残り、ユーキたちが退室してしばらく経った頃、ホランズが野外劇場が描かれた地図を持って戻って来る。カムネスとロギュンはテーブルの上に広げられた地図を見ながらリンツールから詳しい話を聞き、明日の演奏会でどのように警護をするかを話し合った。

 その後、ユーキたちは凶竜の襲撃を警戒しながらナナルの警護や屋敷の中の見回りを行い、リンツールはユーキたちや黒の星が捕らえた凶竜のメンバーから情報を聞く出すために警備兵の詰所へ向かう。

 昼食の時間になると全員が食堂に集まって食事をする。幸い昼食までの間や昼食後も大きな騒ぎが起きることは無く、その日は何の問題も無く時間が過ぎていき、リンツールは少しだけ安心した。

 だが、凶竜を壊滅させるまでは本当の意味で安心はできないため、リンツールやユーキたちは気を抜いたりすることは無かった。


――――――


 月が雲に隠れてしまっている薄暗い深夜、リンツールの屋敷には警備をする数人の私兵部隊の兵士の姿があり、全員が無駄口などを叩かずに静かに見張りをしている。

 屋敷の中にも見張りの兵士たちがおり、その中にはカムネスとロギュンの姿もあった。

 カムネスとロギュンは屋敷の中に異常が無いか調べており、ナナルの部屋ではユーキとフィランが昨晩と同じように椅子に座りながらベッドの上で横になるナナルを見守っている。

 昼食を終えてから夕食の時間までユーキたちは警護と警備を続けたが、凶竜の刺客が現れることもなかった。そして、夕食が済むとユーキたちは前日と同じようにナナルの警護をしながら彼女の遊び相手を務め、就寝時間が来ると昨夜と同じ流れてナナルの警護に就く。

 ユーキはベッドの近くで椅子に座りながらナナルを見守っており、たまに窓から屋敷の外の様子を窺う。二日目の夜であるためか落ち着いてナナルを見守ることができた。


「……ううん、う~ん」


 横になっているナナルは目を閉じなら声を漏らし、声を聞いたユーキとフィランはナナルに視線を向ける。ナナルは寝返りを打ち、ユーキの方を向くとゆっくりと目を開けた。


「どうしたんだい?」


 ナナルと目が合ったユーキは小声で話しかけ、ナナルはユーキを見つめながら僅かに表情を曇らせる。


「……眠れない」

「また不安で眠れないのかい?」


 ユーキはナナルが凶竜のことで眠れなくなっていると感じて尋ねる。だがナナルは横になったまま首を小さく横に振る。


「ううん、違う。明日の演奏会が上手くいくかなって思って……」

「ああぁ、緊張して眠れないのか」


 答えを聞いたユーキは納得したような反応を見せ、フィランは無言でナナルを見つめる。

 翌日に大切な用事や仕事があると、緊張して前日の夜に眠れなくなる人がいる。ナナルも明日の演奏会が上手くいくか気になって眠れなくなっていたのだ。

 ユーキも転生前の世界で同じ経験をしたことがあるため、ナナルの眠れない気持ちがよく分かった。ナナルが明日の演奏会を成功するためにも早く寝かせないといけないと感じたユーキはナナルが眠れるようになる方法を考える。


「また何かお話聞かせて」


 ナナルは微笑みながら昨晩のようにおとぎ話や童話を聞かせてほしいと頼む。ユーキはナナルを見ると小さく俯いて考え込み、しばらくすると入口の前で座っていたフィランの方を向いた。


「フィラン、何か面白そうな話は無いか?」

「……なぜ私に訊くの?」


 フィランが小声で訊き返すとユーキは自分の後頭部を掻きながら複雑そうな顔をする。


「昨日言っただろう、もうナナルちゃんが喜びそうな童話はおとぎ話は無いから、次にナナルちゃんが眠れなくなったら君がお話を聞かせてほしいって?」


 ユーキは昨晩、ナナルが眠った後に頼んだことを小声で語り、話を聞いたフィランは表情を変えずに無言でユーキを見つめる。ナナルは二人が何の話をしているのか分からず、不思議そうな顔でユーキとナナルを見ていた。

 フィランは俯きながら考え込むように黙り、しばらくすると顔を上げて静かに席を立つ。


「……分かった。私が話す」


 ユーキはフィランの返事を聞くと異世界のおとぎ話や童話は知ることができると感じて小さく笑った。

 今後、似たような状況になった時やおとぎ話の知識が必要になった時に問題無く対処できるよう、ユーキはこの機会に異世界のおとぎ話や昔話などを覚えてしまおうと思っていた。

 フィランが薄暗い部屋の中を歩いてユーキの隣までやって来ると、ユーキは微笑みながら横になっているナナルの方を向いた。


「ナナルちゃん、今回はフィランがお話を聞かせてくれるって」

「ユーキお兄ちゃんじゃないの?」

「ああ、面白そうな話は昨日ナナルちゃんが寝る時に話しちゃってもう聞かせる話が無いんだよ」


 ユーキは苦笑いを浮かべながら自分の頬を指で掻く。勿論、他に聞かせる話が無いと言うのは嘘だ。自分が異世界の童話やおとぎ話を知るために他に面白い話が無いということにしていた。


「そうなんだ。分かった……」


 少し残念そうな顔をしながらナナルは呟き、ユーキはガッカリするナナルを見て軽い罪悪感を感じながらフィランが座っていた椅子の方へ移動する。

 ユーキが移動するとフィランはユーキが座っていた椅子に腰を下ろし、ユーキもフィランが座っていた椅子に座る。フィランは無表情でベッドの上にナナルを見つめた。


「……先に言っておくけど、これから話すことが貴女にとって面白い話とは限らない。私が面白いと思ったおとぎ話を話すから」

「うん」


 静かに語るフィランを見ながらナナルは頷く。自分が眠れるようにおとぎ話を聞かせてくれるのだからナナルも文句は言ってはいけないと感じて素直に話を聞くことにしたようだ。

 ナナルが納得するとフィランは自分の知るおとぎ話を語り始め、ユーキも部屋の外を気にしながらフィランの話に耳を傾けた。

 静かな部屋の中でフィランは異世界のおとぎ話を静かに語る。フィランが話すおとぎ話は異世界の子供なら誰でも知っているものだが、面白い内容であるためナナルは嫌な顔をせずに聞いており、ユーキも初めて聞くおとぎ話に興味を懐きながら黙って聞いていた。

 それからフィランは幾つかおとぎ話と童話をナナルに聞かせ、全てを語り終えると横になるナナルを見つめる。


「……どうだった?」


 フィランがナナルに感想を訊くと、ナナルは微笑みながらフィランを見て頷く。


「面白かったよ。フィランお姉ちゃんが分かりやすく話してくれたから」

「……そう」


 ナナルの言葉を聞いたフィランは目を閉じて呟く。褒められたにもかかわらずフィランは興味が無さそうな顔をする。話を聞いていたユーキは表情を変えなフィランを黙って見つめていた。

 フィランの話を聞いてナナルは面白いと思っていた。ただ、フィランが話したおとぎ話や童話は全てナナルが知っている話だったため、物足りなさを感じている。


「お姉ちゃん、次は私の知らないお話を聞かせて」

「……知らない話?」

「おとぎ話じゃなくてもいいから」


 リクエストをされたフィランはナナルを見つめ、やがて椅子にそっと寄り掛かって天井を見上げた。


「……なら、知り合いから聞いた実際にあった話……」


 小さな声でフィランが呟くと、ユーキとナナルはフィランが語り始めるのを無言で待つ。そして、フィランは天井を見上げたまま口を開いた。


「……昔、セルメティア王国の小さな村に一人の小さい女の子がいて、父親と母親の三人で静かに暮らしていた」


 フィランは目を閉じながら語り、ユーキとナナルはフィランの話を黙って聞く。ただ、これまで聞かされていたおとぎ話や童話とは少し雰囲気が違い、話を聞いていたユーキは違和感を感じていた。

 ユーキが不思議に思う中、フィランは静かに語り続ける。ただ、その内容は幼いナナルに聞かせるには少々暗いものだった。


 少女は両親と共に毎日の食事が精一杯なくらい貧しい生活を送っていた。しかし、少女は両親と共に暮らせればそれでいいと、毎日笑顔を絶やさずに生きており、両親も娘の笑顔に励まされながら必死に働いていた。しかし、そんな少女の日常を狂わせる事件が起きてしまう。

 ある日、少女の村に数人のガラの悪い男たちがやって来て父親に借金を返済するよう要求してきた。父親と母親は突然の男たちの訪問に驚き、少女も怯えながら両親と男の話を聞く。実は父親は数ヶ月前に村の近くにある町の金融組織から借金をしていたのだ。

 父親と母親は借金を返すために自分たちが村で育てて野菜などを町で売ったりなどして必死に借金を返済しようとしたのだが、返す金はなかなか溜まらず、何度も金融組織に返済を待ってもらっていた。しかし、金融組織もこれ以上待てないと、村にやって来て直接返済の要求をしに来たのだ。

 やって来た男たちに怯えながら両親はもう少し待ってほしいと懇願する。だが、男たちは両親の頼みに耳を貸そうとせずに両親の暴行を加え、少女は震えながらその光景を見ることしかできなかった。

 男たちは借金を返済できないのなら、人身売買をするしかないと少女と両親を村から連れ出し、自分たちが活動している町で人手を必要としている者たちに少女たちを売り渡した。その時に少女は両親と引き離されてしまった。

 両親の離ればなれになった少女は旅芸人の一行に買われた。少女は一行と国中を旅しながら働かされることとなるが、その扱いは酷く、働く時間が長い上に食事の量も少ない。更に少し失敗をすれば旅芸人たちから暴行や嫌がらせを受け、少女は奴隷同然の扱いをされることとなった。

 見知らぬ人間に無理矢理働かされる上に暴行まで受け、少女の心は徐々に壊れていき、少しずつ笑うことも感情を表に出すことも無くなってきた。だが、旅芸人たちはそんなことを気にもせずに少女に対して酷い扱いを続けた。だが、そんな中、再び彼女の人生を変える出来事が起きる。

 少女が旅芸人の一行に買われてから一年が経った頃、ローフェン東国を旅する一行をモンスターの群れが襲撃した。モンスターたちは旅芸人たちを次々と襲い、遂に少女にまで襲い掛かろうとする。だが少女は心が壊れていたため、モンスターを目にしても自分の意思で逃げようともせず、恐怖を感じることも無かった。

 動かない少女にモンスターたちは一斉に跳びかかる。だが次の瞬間、少女の前に刀を持った一人の老人が現れ、モンスターたちを一瞬で倒した。

 モンスターを倒した後、老人は殺された旅芸人たちの中で無表情のまま座り込む少女を見ると心が壊れていると知り、放っておけずに自分の家に連れて帰った。

 それから老人は少女を自分の家の家に住ませ、少しずつ少女の心を治そうとする。勿論、旅芸人たちのように酷い扱いはせず、食事や休憩、綺麗な衣服を与えた。

 少女は老人の家で不自由なく生活した。だが、心が壊れているせいで少女は言われるまでは何もせず、人形のようにジッとしている。老人はそんな少女を救うために話しかけたり、景色のいい場所に連れて行ったりした。

 老人と共に暮らしていく内に少女は少しずつ心が壊れる前の状態に戻っていった。しかしそれでも心は完全には治らず、会話をする時も表情を変えることは無い。だが、それでも少女に変化が出ていることを知った老人は時間が掛ってもいいから少女の心を治そうと強く決意する。

 少女と老人が一緒に暮らすようになってしばらく経った頃、老人はもし自分がいなくなった後に少女が自分を護れるよう自分の剣術、クーリャン一刀流を教えることにした。

 元冒険者である老人は少女に剣術を学ぶよう声をかける。最初は興味の無さそうな態度を取っていた少女だが、自分を護るために役に立つと聞かされ、言われたとおりに剣術を教わり、あっという間に実戦でも使えるほどに腕を上げた。

 その後、老人は少女が人と触れ合うことで少しでも早く心が治るのではと考え、戦いの技術や知識を学びながら年の近い若者と共に過ごせるようメルディエズ学園に入れることを決め、教師を務める友人に頼んで入学させてもらうことにした。


 フィランの話を聞いていたナナルは軽くまばたきをしながらフィランを見ており、ユーキも軽く目を見開きながらフィランを見つめている。

 ユーキは話を聞いている内に話に登場する少女がフィラン自身ではないかと推測する。そして、話の最後で出てきたクーリャン一刀流とメルディエズ学園という言葉を聞いてフィランのことだと確信した。


「……少女は今でもメルディエズ学園の生徒として依頼を受けながら生きている。……終わり」


 話が終わるとフィランは目を開けてナナルを見つめる。ナナルは気持ちを落ち着かせるためか、横になりながら軽く息を吐く。

 最初はおとぎ話や童話ではない話に興味を持たなかったが、話を聞いている内に話の内容が気になり始め、ナナルはいつの間にか真剣に聞いていた。


「……その女の子は離ればなれになったパパとママには会えたの?」


 ナナルが少し寂しそうな声を出しながらフィランに尋ねる。フィランは問いかけるナナルを無表情で見つめた。


「……両親には会えていない。離ればなれになった後、何処に連れていかれたのか分からないから探しようがない」

「そう、なんだ……」


 話の中の少女を気の毒に思ったのかナナルは少し表情を暗くする。そんなナナルを見て、フィランは表情を変えずに語り掛けた。


「……貴女もその少女も両親に会うことはできない。会えないことは辛いことだけど、両親のおかげで今日まで生きてこれた。だから、両親の分まで生きなくちゃいけない」

「うん……」


 フィランはナナルに親を失った子供の責任、やるべきことを教えるように語り、ナナルはフィランを見つめながら話を聞いている。

 幼いナナルにはフィランの話の一部や生きることの大切さは上手く理解できない。だが、亡くなった両親や祖父であるリンツールを悲しませるようなことをしてはいけないと言うのは理解できた。

 会話するフィランとナナルを見ていたユーキはフィランが自分なりにナナルを元気づけているのだと考え、それと同時にフィランが老人に助けられた時と比べて心を取り戻していると知った。

 ナナルは体の向きを上に変え、天井を見つめると小さく笑いながらフィランの方を向く。


「何だか眠れそうな気がしてきた……」


 フィランの話を聞いて緊張が解けたのか、ナナルは目を閉じて静かに眠りにつく。ナナルが眠る姿を見たユーキはナナルは自分が思った以上にしっかりしている子だと知って少し驚いた。

 ナナルが眠るとフィランは窓から外の状況を確認し、ユーキはそんなフィランを見つめる。


「なぁフィラン、一つ訊いていいか?」

「……何?」

「さっきの話に出てきた少女なんだけど……今は幸せに生きてるのか?」


 ユーキが小声で少女、つまりフィラン自身が幸せなのか尋ねる。フィランは視線を窓からゆっくりとユーキに向けた。

 フィランはナナルに話を聞かせている間、少女が自分であることを明かさなかった。自分が辛い人生を歩んできたことを知られたくなかったから名前を言わなかったか、別の理由があって名前を出さなかったのかは分からない。

 ただ、どちらであろうと話の少女がフィランなのか尋ねるのは良くないと感じたユーキは気付いていないフリをすることにしたのだ。

 フィランはしばらくユーキを見つめると眠っているナナルを見ながら口を開く。


「……分からない。ただ、その少女は今の生活に不満を感じていない」

「そうか……」


 答えを聞いたユーキは呟いて椅子にもたれる。自分が幸せを感じているのか分からないフィランを見て、ユーキはフィランの心はまだ幸せを感じれるほど回復していないのだと悟った。

 ユーキはフィランを見つめながらいつか彼女が心を治し、笑って人と接することができるようになることを心の中で願った。


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