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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第七章~大都市の警護人~
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第百六話  圧倒する混沌士たち


「……フッ、流石だな」


 三人の男の相手をしていたカムネスが離れた所で戦うユーキの姿を見ながら小さく笑い、ロギュンはユーキを見て軽く目を見開いて驚いている。

 まだ数えるくらいしかユーキの戦う姿を見ていないが、メルディエズ学園でのユーキの功績や、たった今見せたミスリル製のハーフアーマーを軽々と切り、敵を殺さずに戦闘不能にする技術を見ればユーキが優秀な生徒であることはすぐに分かる。カムネスとロギュンはユーキが上級生に匹敵するほどの実力者であることを改めて理解した。

 カムネスがユーキの姿を見ていると目の前に立っている男たちは険しい顔でカムネスを睨みつける。敵を前にして仲間に注目しているカムネスに男たちは苛立ちを感じていたのだ。


「おいコラ、敵が目の前にいるのに何よそ見してやがるんだ! テメェの相手は俺たちだぞ!?」


 刀を持った男が空いている左手でユーキを指差しながら声を上げる。だがカムネスは男の声が聞こえていないのか無言でユーキを見ており、男はカムネスが自分を無視していると感じてより表情を険しくした。


「コ、コイツゥ、完全に俺らを無視しやがってぇ! そんなに死にてぇなら望みどおりぶっ殺してやらぁ!」


 男は刀を振り上げながらカムネスに向かって走り出す。トライデントを持った男とファルシオンを持った男は警戒もせずに突撃する仲間を見て目を見開き、慌てて止めようとするが既に刀を持った男はカムネスに攻撃する体勢に入っていた。

 刀を持った男はユーキを見ているカムネスに向かって刀を振り下ろそうとする。だが次の瞬間、カムネスは男の方を向き、鋭い目で男を見ながら抜刀してフウガを素早く三度振った。

 振り終わるとカムネスは静かにフウガを鞘に納め、完全にフウガを納刀されると男の両腕、腹部と言ったハーフアーマーに護られていない箇所に切傷が産まれて血が噴き出る。


「がああぁっ!?」


 何が起きたのか理解できないのか刀を持った男は苦痛の声を上げながらその場に俯せに倒れる。カムネスは倒れる男を見下ろしながら目を僅かに細くした。


「僕がお前たちのことを忘れていると思ったか? 心配しなくてもお前たちの相手はちゃんとしてやる。だから油断せずにかかって来い」

「うう……こ、このガキがぁ……」


 倒れる男は苦痛に耐えながらカムネスを睨みつける。カムネスが手加減してくれたおかげなのか男には意識があり、会話もできる状態だった。

 カムネスは倒れた男をそのままにして残っている男たちの方を向く。トライデントを持った男とファルシオンを持った男はカムネスに対する警戒心を強くして得物を構え直した。


「どうやら、お前たちはこちらが思っている以上にできるようだな。上からは相手は子供だからさっさと片付けて孫娘を殺せと言われていたが……」

「僕ら、メルディエズ学園の生徒をそこら辺にいるチンピラと一緒にしてもらっては困る。子供とは言え、僕らはどんな敵とも戦えるよう戦闘訓練を受けているんだ」


 トライデントを持った男を見つめながらカムネスは両足を軽く曲げて再び抜刀の体勢を取り、男たちは咄嗟に後ろに下がって距離を取る。

 カムネスがどんな技を使うか男たちは理解していない。だが、鞘に納めてある刀を素早く抜いて襲ってきた敵を一瞬で返り討ちにするほどの技術を持っているため、下手に近づくのは危険だと感じていた。

 トライデントを持った男はファルシオンを持った男の方を見ると目で何かしらの合図を送る。ファルシオンを持った男は目を僅かに鋭くし、よく見ないと分からないくらい小さく頷く。

 仲間が頷くのを見たトライデントを持った男はカムネスの方を向き、カムネスの左側に回り込むように走り出す。同時にファルシオンを持った男はカムネスの右側面に回り込むように走り出した。

 男たちが走るのを見たカムネスは敵が挟撃しようとしていることにすぐに気付き、視線だけを動かして敵の位置を確認する。そして、間合いの長いトライデントを持つ男よりもファルシオンを持った男の方が短時間で倒せると考え、ファルシオンを持った男の方を向いて走り出す。

 走って来るカムネスを見た男は面倒そうな顔をしながらファルシオンを構えて迎撃態勢を取る。距離を詰めずに迎撃することだけを考えていればカムネスがどんな攻撃を仕掛けてきても対処できると思ったのだろう。だがこの後、男は自分の考えが甘かったことを思い知らされることになる。

 カムネスは走りながらフウガの鯉口を切っていつでも抜刀できるようにする。そして、男が間合いに入った瞬間、カムネスはフウガを抜いて男のファルシオンを持つ方の腕を切った。


「グウウゥ! な、何だとぉ……」


 男はカムネスの攻撃にまったく反応できず、気付いたら腕を切られていたことに驚きを隠せずにいた。腕から伝わる痛みに男は表情を歪め、持っていたファルシオンを落とす。

 カムネスが使うグラディクト抜刀術は攻撃する直前まで刀を鞘に納めているため、間合いや攻撃するタイミングが分かり難い。そのため、男はカムネスの攻撃を避けることも防ぐこともできずに腕を切られたのだ。

 男が腕を切られて隙を見せている間にカムネスは両手でフウガを握ると右横構えに持ち、刀身に風を纏わせる。


烈風壊波れっぷうかいは!」


 カムネスは風を纏った状態のフウガを大きく左に振る。フウガを振ったことで刀身に纏われていた風が男に向かって放たれ、男は風の勢いに耐えられずに大きく後ろに飛ばされ、背中から民家の壁に激突した。

 壁に叩きつけられた男は背中を壁に擦り付けながらその場に座り込み、そのまま意識を失う。

 カムネスは男を倒すとゆっくりと体勢を直す。だがその直後、トライデントを持った男がカムネスの背後からトライデントを構えながら迫って来た。


「背中がガラ空きだぞ!」


 トライデントの槍先を光らせながら男は声を上げる。カムネスがファルシオンを持った男と戦うために背を向けた隙をついて攻撃を仕掛けて来たのだ。

 男はトライデントが届く距離まで近づくと勢いよくトライデントを突き出してカムネスに攻撃する。背を向けている状態なので男は確実にカムネスの背中を刺し貫けると確信していた。

 カムネスは背後から迫って来るトライデントの気配を感じ取ると男の方を向かず、前を向いたまま混沌紋を光らせて反応リアクトを発動させる。発動した直後、カムネスは普通では考えられないくらいの速さで姿勢を低くし、背後から迫ってきたトライデントをかわす。かわされたトライデントはカムネスの頭部のすぐ上を通過した。


「な、何っ!?」


 男はトライデントが避けられた光景を目にして愕然とする。隙をついた攻撃を回避されたのだから驚くのは無理もない。しかも振り返りもせず、背を向けたまま避けたのだから尚更だ。

 カムネスは姿勢を低くしたまま体を回転させて振り返り、空いている左手を男に向けて手の中に風を集める。


風刃ウインドカッター!」


 驚いて隙だらけになっている男に向けてカムネスは魔法を発動させる。カムネスの手から放たれた風の刃は男の胴体に命中し、男は衝撃に耐えられずに仰向けに倒れ、持っていたトライデントも落とした。

 風の刃を受けた男は痛みで呻き声を漏らす。ミスリル製のハーフアーマーのおかげで風の刃を受けても致命傷にはならなかったようだ。

 男はカムネスの追撃を警戒し、急いで起き上がろうとする。だが、カムネスは既に男の目の前まで近づいており、フウガの切っ先を男の顔に突きつけた。


「既に勝負はついている。無駄な抵抗はやめろ」

「クッ、何て奴だ……」


 冷静な口調で語るカムネスを男は悔しそうな顔で睨みつける。これほどの強敵がナナルの警護に就いているとは聞いていなかったため、男はカムネスを睨みながら心の中で暗殺を命じた凶竜の幹部たちを恨んだ。

 男は自分に勝ち目は無いと判断して抵抗するのをやめた。


――――――


 ユーキとフィランは得物を構えながら目の前にいる男たちと向かい合っている。既に一人を倒したため、残っているのはソードブレイカー、鉤爪、バトルアックスを持つ三人の男だった。

 男たちはユーキとフィランを睨みながら攻撃するタイミングを窺う。ユーキとフィランも男たちがいつ攻撃してきても対処できるよう、構えを崩さずに動かない男たちを見つめていた。


「ミスリルの鎧を切っちまうなんて、このガキが使っている刀、ただの武器じゃねぇぞ」

「ああ、鎧を装備していても気は抜けねぇな」


 バトルアックスを持った男と鉤爪を付けた男はユーキを睨みながら警戒する。

 最初は強力な武器を持ち、ミスリル製のハーフアーマーを身に付けていれば自分たちは負けることは無いと思っていたが、並の武器では傷つけることのできないハーフアーマーが切られたため、油断してはならないと考えたようだ。


(慎重になってるな。ミスリルのハーフアーマーを難なく切ったのを見たんだ、流石に下手に突っ込もうとは思わないし、連中もそこまで馬鹿じゃないよな)


 ユーキは男たちが警戒を強くしたのを見て倒すのに時間が掛りそうだと感じる。ただ、ユーキたちの役目はナナルを護ることであるため、倒すのに時間が掛っても問題はなかった。

 男たちはユーキと無表情でコクヨを構えるフィランを見ながらどう戦うか考える。すると、ソードブレイカーを持った男が不思議そうな表情を浮かべながら仲間たちの方を向く。


「何弱気になってるんだよ、お前ら」


 ソードブレイカーを持った男の声を聞いてハンドアックスを持った男と鉤爪を付けた男は振り向き、ユーキとフィランもソードブレイカーを持つ男に視線を向ける。


「どんなに切れ味のいい武器を持っていようが、壊しちまえば問題ねぇだろう? 俺のソードブレイカーならあんな細い刀なんて簡単にへし折ってやるよ」


 男はそう言うとユーキの方を向き、持っているソードブレイカーの刃を光らせた。ミスリル製のハーフアーマーを切られたのを見たにもかかわらず、男は警戒した様子は見せずに余裕を見せている。

 仲間の男たちは「警戒しろよ」と言いたそうに呆れた表情を浮かべ、ユーキもソードブレイカーを持った男を目を細くしながら見ていた。


(……前言撤回、油断している馬鹿が一人いた)


 敵の中にまったく警戒していない者がいたことを知ったユーキは呆れながら心の中で呟き、双月の構えを崩さずにソードブレイカーを持った男の方を向いた。

 ソードブレイカーを持った男はニヤニヤ笑いながらユーキを見つめ、しばらくするとソードブレイカーを顔の前で横に構えながらユーキに向かって走り出す。ユーキは向かって来る男を睨みながら足を軽く曲げてすぐに動ける体勢を取った。

 男はユーキに近づくとソードブレイカーを振り回して攻撃する。ユーキは月下と月影で男の攻撃を全て難なく防いでいく。全ての攻撃が防がれているにもかかわらず、男は焦る様子は見せずに笑い続けていた。

 ユーキは余裕を見せる男を鋭い目で見つめながら攻撃を防ぎ続けた。そんな中、月下がソードブレイカーのくし状の部分に引っかかって動きが止まり、ユーキは軽く目を見開て月下とソードブレイカーを見る。


「ハハハッ、ようやく捕まえたぞ。さっきまでのはお前を狙った攻撃じゃなくてお前の刀をソードブレイカーに引っ掛けるためのものだったんだよ!」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべながら男はソードブレイカーを持つ手の手首を捻る。ソードブレイカーと月下から小さな金属音が聞こえ、音を聞いたユーキは表情を変えずに無言で男を見つめた。

 ソードブレイカーはくし状の部分に敵の剣を引っ掛け、テコの原理で剣身をへし折ることができる。男はソードブレイカーを持つ手に力を入れて引っ掛かっている月下を折ろうとしていた。


「お前の刀がどれだけの業物だろうとソードブレイカーの前じゃ何の脅威にもならねぇ。こっちの刀を折ったらもう一本も折ってやるよ」

「……やめときなよ、アンタじゃ俺の刀は折れねぇ」

「ハッ、残念だが、このソードブレイカーは武器をへし折れるように計算して作られてるんだよ。お前みたいなガキには理解できねぇだろうけどな」


 男はそう言ってソードブレイカーを持つ手に更に力を入れる。ユーキは答えを聞くと黙って男を見つめた。

 ソードブレイカーがテコの原理で武器を破壊すると言うことはユーキも理解しており、大抵の武器が破壊可能なことも知っている。だが、それでもユーキは男が月下を折ることはできないと確信していた。


「なら、折って見せてくれよ」


 小馬鹿にするような笑みを浮かべながらユーキは男に言い放つ。男はユーキの口から出て予想外の言葉に一瞬目を丸くするがすぐに笑みを浮かべる。


「何だ、不利になっておかしくなっちまったか? それとも俺が嘘をついていると思ってんのか? ハハハハッ!」


 男は大笑いしながらユーキを馬鹿にする。そんな男を見てユーキは男に聞こえないくらい小さく鼻で笑う。フィランや他の二人の男はユーキたちのやり取りを無言で見つめている。


「いいぜ? そんなに折ってほしいなら望みどおり折ってやるよ。後から『どうして折ったんだよぉ~』とか言って大泣きするんじゃねぇぞ」


 笑みを浮かべながら男はソードブレイカーを持つ手に力を入れ、大きくて首を捻って月下を折ろうとする。だが、不思議なことに月下の刀身は折れず、ただ金属と金属がぶつかる音しか聞こえなかった。

 男は月下が折れないことに驚き、笑みを消して何度も手首を捻って折ろうとする。しかし何度やっても月下は折れず、刀身に傷すらつかない。男の顔には少しずつ焦りと驚きが浮かび、ユーキは男の顔を見るとニッと笑う。


「どうしたんだ? 俺の月下を折るんじゃないのか?」

「クッ、このぉ! ど、どうなってやがるんだぁ!?」


 必死に月下を折ろうとするが状況は変わらず、男の顔からは先程まで見せていた余裕が完全に消えていた。

 ユーキは男が驚愕しているのを見ると真剣な表情を浮かべ、ソードブレイカーのくし状の部分から月下を引く抜き、素早くソードブレイカーを払い上げて男の体勢を崩す。そして、月影を左から横に振って男の両足を斬った。

 両足の大腿部を斬られた男は声を上げながらその場に尻餅をつく。ユーキが手加減していたので足の傷は浅いが、それでもすぐに立ち上がることはできないくらいのダメージを受けていた。

 ユーキは月下と月影を下ろしながら座り込む男を見下ろし、男は痛みに耐えながら目の前に立っているユーキを見上げる。


「い、いったいどういうことだ、何でソードブレイカーを使っても折れねぇんだ!?」

「残念だけど、俺の月下と月影は何が起きても絶対に折れないし、刃こぼれもしない。……この二本は女神の特典で護られてるんだよ」

「は、はあ? 女神の、特典?」


 言葉の意味が理解できず、男は表情を歪めながらユーキを見つめる。ユーキは男を無視し、月下に視線を向けた。

 ユーキが使う月下と月影は女神であるフェスティの力によって決して壊れない刀となっているため、武器破壊が可能なソードブレイカーでも折ることはできない。真実を知るユーキは訳が分からずに驚く男を見て小さく笑った。

 フランベルジュを持った男に続き、ソードブレイカーを持つ男まで倒されたのを見て残っている男たちは目を見開く。万全の装備で来たにもかかわらず二人も仲間が倒されたため、驚きを隠せずにいた。


「し、信じられねぇ、こっちは並の冒険者以上の装備なのにあんなガキに苦戦するなんて……」

「……装備が良ければ勝てるというわけじゃない」


 バトルアックスを持った男がユーキを見つめているとフィランが静かに男に語り掛け、驚いていた男はフィランの方を向いた。


「……どんなに凄い武器や防具を使っていても、使い手が素人だと意味がない。安物の装備をしているのと変わらない」

「何だとぉ? テメェ、俺たちが素人だって言いてぇのか?」

「……言いたいんじゃなくってそう言った。理解できなかった?」


 目を僅かに細くしながら挑発するフィランに男は奥歯を噛みしめる。未成年のユーキたちに押されていること自体気に入らないのに更に感情の籠ってない顔で挑発してくるフィランを見て更に怒りが混み上がってきた。


「このチビがぁ、少し有利だからって調子に乗るんじゃねぇぞ! お前の刀じゃ俺たちの鎧に傷を付けられねぇってことを忘れたのか?」

「……ハーフアーマーを切れないからと言って、私が貴方たちに勝てないとは限らない」


 フィランが再び男を挑発すると、我慢の限界が来たのか男はバトルアックスを振り上げてフィランに向かって走り出した。


「だったら今すぐテメェをぶっ殺して教えてやるよ。俺の方がつえぇってことをなぁ!」


 声を上げながら男はフィランとの距離を縮めて行き、フィランはコクヨを構えながら落ち着いて迫って来る男を見つめる。

 男はフィランが間合いに入ると振り上げていたバトルアックスをフィランの頭上に向けて勢いよく振り下ろした。フィランは冷静に右へ移動して振り下ろしをかわし、男の左側面に回り込むと左腕を狙って袈裟切りを放ち反撃する。

 迫って来るコクヨを見た男は咄嗟にフィランの方を向き、後ろに下がってフィランの袈裟切りをギリギリで回避した。

 上手く攻撃を避けられた男は一瞬焦ったような表情を浮かべるが必死で避けたことを悟られないようすぐに笑みを浮かべてフィランの方を向く。すると、男がフィランの方を向いて瞬間にフィランはまた素早く移動して男の右側面に回り込んだ。

 とんでもない速さで移動するフィランに男は驚くが、慌てずフィランの方を向きながらバトルアックスを左から横に振って攻撃する。

 フィランは迫って来るバトルアックスを見ると後ろに軽く下がって攻撃を避け、回避した直後にコクヨの切っ先を男に向けて勢いよく突き二度を放ち、男の右脇腹と右腕を刺した。


「グアアアァ!」


 痛みに男は声を上げながら片膝をつき、持っていたバトルアックスも落とす。フィランは男の右腕からコクヨを抜くと切っ先を男の顔に向ける。


「……その腕じゃもう斧は触れない。貴方の負け」

「こ、このガキィ……」


 男は刺された箇所を手で押さえながら目の前に立つフィランを睨み、フィランは表情を変えずに男を無言で見つめていた。その時、フィランの背後に鉤爪を付けた男が回り込み、右手の鉤爪でフィランの背中を切り裂こうとする。

 フィランは背後の気配に気付くと視線だけを動かした鉤爪を付けた男を見る。バトルアックスを使う男は不意を突いて攻撃する仲間を見てフィランを倒したと確信したのかニッと笑う。

 だが、フィランは慌てる様子を見せず、鉤爪を付けた男を見ながら混沌紋を光らせて暗闇ダークネスを発動させる。

 発動と同時にフィランを中心に黒い闇がドーム状に広がってフィランの近くにいる男たちを吞み込む。闇に呑まれたことで男たちは視界は黒一色に染まった。


「な、何だこりゃ、何も見えねぇぞ!?」

「どうなってるんだ、魔法か!?」


 突然の出来事に鉤爪を付けた男は驚いてフィランへの攻撃を中断して周囲を見回し、もう一人の男も片膝をついたまま動揺している。

 男たちが混乱している隙にフィランは鉤爪を付けた男の背後に回り込み、暗闇の中で男の両腕と左足を素早く斬った。


「うあああっ!?」


 腕と足から伝わる痛みに男は声を上げ、暗闇の中で俯せに倒れる。男が倒れるとフィランは暗闇ダークネスを解除し、ドーム状の闇を収縮させて消した。


「な、何だ今のは……お前、何をしたんだ……」


 鉤爪を付けた男は倒れたまま背後に立つフィランの方を向き、フィランは男を見下ろしながら静かに口を開く。


「……敵である貴方たちに素直に教えるほど、私はお喋りじゃない」

「ケッ、カッコつけやがって……」


 悔しそうな声を出しながら男はフィランを睨む。両腕と左足の傷は深くはないが、斬られたことでまともに戦うことができなくなっていた。しかもフィランが未知の力を使えることを知り、男は自分に勝ち目は無いと悟ったのか起き上がろうとせずに大人しくする。

 バトルアックスを使っていた男も仲間が倒された光景を目にして戦意を失い、腕と脇腹の傷を押さえたまま俯いて黙り込んだ。フィランは倒した男たちを無表情で見張った。


「流石ですね、刺客をこうもアッサリ倒してしまうとは」


 馬車の前ではナナルと使用人の護衛を任されたロギュンが立っており、男たちを難なく倒したユーキたちの姿を見ている。

 ロギュンはユーキたちの実力なら武器密売組織の刺客ごときに負けるはずがないと思っていたため、ユーキたちの心配はせずに馬車を護ることだけを考えていた。結果、ユーキたちはロギュンの予想どおり苦戦することなく、刺客たちを戦闘不能にして戦いに勝利した。


「七人全員、死ぬこと無く倒すことができましたか。……私の出る幕はありませんでしたね」


 自分の動くことなく戦いが終わり、ロギュンは投げナイフを持つ腕をゆっくりと下ろす。だが、まだ何処かに刺客が隠れている可能性があるため、ロギュンはその場を動かずに裏道を見回した。

 ロギュンは刺客が隠れていそうな場所がないか意識を集中させて探す。そんな中、正面にある民家の方を向いた時、微量の砂と小石が上から落ちてくるのが目に入り、ロギュンは砂と小石が落ちて来た所を確認する。

 視線の先には民家の屋根があり、ロギュンは屋根の上から砂と小石が落ちてきたのだと考え、同時になぜ落ちてきたのか真剣な表情を浮かべて疑問に思った。

 民家の屋根の上には薄い黒のフード付きマントを纏い、濃い茶色のコンポジットボウを握った男がおり、ユーキたちに見つからないよう姿勢を低くして隠れていた。


「ま、まさか、あんな子供相手に全滅するとは……」


 裏道での戦いを目にした男は驚愕の表情を浮かべ、コンポジットボウを握る手を小さく震わせる。

 男はユーキたちの前に現れた七人の男たちと共にナナルを暗殺するために凶竜に差し向けられた存在で、ユーキたちが仲間たちと戦っている最中に隙を見せれば屋根の上からユーキたちを狙い射つ役目を任されていた。

 頭上から狙撃し、ユーキたちを片付けてから馬車にいるナナルを始末しようと思っていた。だが、仲間が全員倒されると言う予想外の展開になってしまい、男は驚きのあまり固まってしまう。


「アイツらが警護の連中の相手をして隙を作ってくれるはずだったのに、これじゃあリンツールの孫娘を始末できねぇじゃねか」


 最悪の状況に男はどうすればいいのか分からず混乱する。七人の仲間を返り討ちにするほどの実力を持った警護に一人で挑んでも勝てるはずがない、そう考える男は表情を歪ませながら俯く。


「もう、どうすることもできねぇな。……アイツらには悪いが、此処は撤退してボスたちに報告するしかねぇ」


 暗殺を続行するのは不可能と判断した男は姿勢を低くしたまま屋根を移動して退却しようとした。その時、民家の下から制服や靴などを薄紫色の光らせたロギュンが浮上して男の前に現れる。


「やっぱり隠れていましたか」

「なぁっ!?」


 男の姿を見たロギュンは目を鋭くしながら呟き、ロギュンと目が合った男は目を大きく見開く。

 ロギュンは民家の屋根の上から砂と小石が落ちて来たのを見た時、屋根の上に刺客が隠れているかもしれないと予想し、浮遊フローティングを発動させ、身に付けている物に浮遊する効果を付与して屋根の上まで浮上したのだ。そして屋根の上を確認した結果、予想どおり凶竜の刺客が隠れていた。


「貴方も凶竜に差し向けられた刺客ですね? 残念ですがこのまま逃がすわけにはいきません」

「お、お前、何で宙に浮いてるんだよ? お前、魔導士なのか?」

「その質問に答えて私に何かメリットがあるのですか?」

「クゥッ、ナメやがって!」


 男は咄嗟に矢筒から一本の矢を抜くとコンポジットボウで矢を放ちロギュンを攻撃する。至近距離から矢を射ったため、男は必ず矢が当たると思っていた。だが、ロギュンは浮いたまま右へ素早く移動して放たれた矢を難なく回避し、それを見た男は驚愕する。

 浮遊フローティングで宙に浮いている物はロギュンの意思で自由に動かせるため、ロギュンは浮いている衣服を素早く動かし、それを着ている自身も移動させて回避したのだ。

 矢をかわしたロギュンは右手に持っている二本の投げナイフを男に投げて反撃するが、男は左に跳んで投げナイフをかわす。

 至近距離での矢が当たらなければもう勝ち目はない、そう感じた男は走り出し、屋根から屋根に跳び移って逃走しようとする。

 背を向けて逃げ出す男を見たロギュンは呆れたように小さく溜め息を付き、先程投げたナイフに左手を向ける。すると、二本の投げナイフも薄紫色の光り出して空中で停止し、走る男の方に切っ先を向けて勢いよく飛んで行き、男の両足の下腿部に命中した。


「があああぁ!」


 両足に投げナイフが刺さり、男は声を上げながら屋根の上で倒れる。奥歯を噛みしめながら痛みに耐え、足に刺さっている投げナイフを抜こうとするが予想以上に深く刺さっているため上手く抜けない。しかも痛みで力が入らないため、男にはどうすることもできなかった。

 浮遊するロギュンは男が倒れる屋根の上まで移動するとゆっくりと下り立ち、倒れている男を見下ろす。


「言ったでしょう、このまま逃がすわけにはいきませんと?」

「ううう……チ、チクショウ……」


 悔しがる男を見たロギュンは男のフード付きマントやズボンに触れ、再び浮遊フローティングを発動させる。今度は自分の衣服だけでなく、触れているフード付きマントとズボンにも浮遊フローティングの能力を付与させたため、男の体も浮かび上がった。

 男が浮くとロギュンも浮かび上がり、空中を移動してユーキたちの下へ戻る。男も宙に浮かびながらロギュンの後をついて行く。

 男は自分が浮かんでいることに驚きながら体を大きく動かして暴れるが、その抵抗も空しくユーキたちの下へ連れていかれ、そのまま拘束された。

 全ての刺客を倒したユーキたちは馬車の中に隠れていたナナルと使用人に声をかけて安全であることを伝える。ナナルと使用人は恐る恐る扉を開けて外を確認し、捕られている刺客たちを見て驚きの反応を見せた。

 最初は驚いていたナナルだったが、刺客を捕らえたことでユーキたちが強く、全力で自分を護ってくれたこと知り、満面の笑みを浮かべながらユーキたちに感謝した。笑顔を浮かべるナナルを見てユーキも思わず微笑みを浮かべる。

 その後、ユーキたちは街道へ向かい、近くにいた警備兵に声をかけて刺客たちのことを任せると道を塞いでいた障害物を退かし、馬車に乗ってリンツールの屋敷に向かった。


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