第百五話 裏道での奇襲
徐々に賑わってくる街道をユーキたちが乗る馬車が移動し、若干高級感が感じられる馬車を見て何人かの住民たちは興味のありそうな表情を浮かべていた。
ユーキはたちは馬車の中から外を見回し、周囲を警戒しながら住民たちの中に怪しい者がいないか確認する。
凶竜はリンツールやナナルを効率よく襲うために二人の情報を細かく調べている可能性が高い。そのため、凶竜は高級な馬車には貴族であるリンツールやナナルが乗っていると考えて馬車を襲撃してくるかもしれないとユーキたちは予想していた。
襲撃を受けたらすぐに対応できるよう、ユーキたちは警戒心を強くして外を見張る。そんなユーキたちの真ん中ではナナルがまばたきをしながら四人を見ていた。
馬車は街道を通って楽器工房がある商業区へと入る。商業区には武器屋や道具屋、家具屋、鍛冶屋などクロントニアの住民の暮らしや冒険者の活動を支えるための店が幾つも並んでおり、大勢の住民や冒険者たちが店の前に集まって商品を見たり、購入した商品の確認などをしていた。
賑わっている商業区の中をユーキたちが乗る馬車は移動し、やがて一軒の店の前までやって来た。店は入口の上には大きな看板が掛けれており、そこには“ブローリアス楽器工房”と書かれてある。此処こそ、ナナルのファイフを預かっている楽器工房だ。
馬車が楽器工房の前に静かに停車するとユーキたちは一人ずつ馬車から降りて楽器工房を見上げた。
「此処にナナルちゃんのファイフがあるのかい?」
ユーキが隣に立つナナルに尋ねるとナナルはユーキの方を向いて笑みを浮かべる。
「うん、いつも此処で直してもらってるんだ」
嬉しそうな口調でナナルは語り、ナナルの笑顔を見たユーキはナナルにとって預けてあるファイフはとても大切な物なのかと感じた。
「私は此処で待機しております。皆様なナナル様とご一緒にファイフを受け取って来てください」
ユーキがナナルから話を聞いていると御者席の使用人が声をかけてくる。御者として馬車を見張らなくてはならない使用人はその場を離れることができず、警護であるユーキたちに同行を頼むしかなかった。
「分かりました、すぐ戻りますので待っていてください」
カムネスが返事をすると使用人は「お願いします」と軽く頭を下げ、使用人の反応を見たユーキたちはカムネスを先頭にして楽器工房へと入っていく。楽器工房に入る際も刺客らしき存在はいないか周囲を素早く確認した。
扉を開けて中に入ると広い部屋がユーキたちの視界に入った。部屋の隅にある棚にはリコーダーやシャルマイなどの管楽器が飾られてあり、天井からはリュートやレベックのような弦楽器が吊るされている。その中で数人の人間や亜人が真剣な表情を浮かべながら楽器の調整や修理などをしていた。
初めて楽器工房の中を見たユーキは少し驚いたような顔で中を見回す。すると、一人の職人と思われる男がユーキたちに気付き、作業する手を休めてユーキたちに近寄って来た。
その職人は他の職人と比べると背が低く、135cmくらいの身長だった。顔は四十代後半ぐらいで濃い茶色の長髪と長い髭を生やし、青い目をしている。服装は黄土色の長袖と茶色の長ズボンで頭には埃や木屑から髪を護るための白い三角巾が巻かれていた。
「いらっしゃい、今日はどのようなご用件で?」
職人が丁寧な口調で尋ねるとカムネスの後ろからナナルが顔を出し、ナナルの顔を見た職人は軽く目を見開く。
「ナ、ナナル様!」
「私のファイフを取りに来たの」
「えっ、もういらっしゃったんですか? てっきり昼過ぎに来られるのかと思ってやした」
「お爺ちゃんがね、お昼になる前にファイフを取って来なさいって言ってたの」
「そ、そうだったんですか」
ナナルの話を聞いた職人は呆然としながらまばたきをしており、ユーキたちはナナルと職人の会話を黙って聞いていた。
職人はナナルの周りにいるユーキたちに気付くとフッと反応してユーキたちに視線を向けた。
「ナナル様、周りにいる若いのは何ですかい?」
「私を護ってくれるお兄ちゃんたち」
ユーキたちを見ながらナナルは笑顔で紹介し、ユーキたちは頭を下げて職人に挨拶をする。職人も真剣な表情でユーキたちを見つめ、しばらくすると軽く頭を下げた。
「こいつは失礼した。儂はこのブローリアス楽器工房の工房長でドルドマ・ガラメアって言うんだ。よろしくな」
「こちらこそ」
挨拶をするドルドマにカムネスは静かに挨拶を返した。
「ドルドマおじちゃんはドワーフなんだよ。凄く楽器を作るのが上手でおじちゃんの楽器が欲しくて遠くの町から買いに来る人もいるんだぁ」
「ハハハ、止してくだせぇ、ナナル様」
自分を高く評価するナナルを見てドルドマは軽く照れ笑いを浮かべる。ユーキは先程まで真剣な表情を浮かべていたドルドマがナナルの言葉で笑みを浮かべるのを見て、ナナルはリンツールだけでなく、クロントニアの住民たちからも可愛がられているのだと知った。
笑いながらナナルを見つめていたドルドマは振り返り、一番近くで作業をしている若い男の職人の方を向いた。
「おい、お前」
「ハイ、何ですか工房長?」
「ナナル様がファイフを取りにいらっしゃった。金庫までへご案内して差し上げろ」
「あっ、ハイ」
案内を命じられた職人は作業を中断し、手や服に付いている木屑を払い落としてからナナルの下へ駆け寄り、ファイフが保管されている金庫まで案内しようとする。
「ロギュン、念のためにお前も一緒に行ってくれ」
「分かりました」
楽器工房の中でもナナルが安全だとは断言できないため、カムネスはロギュンをナナルの警護に就かせた。
警護するのなら全員で行くべきなのだが、楽器や道具が沢山あり、職人たちが作業をしている場所を大勢で移動すると邪魔になってしまう。更に襲撃された際に大勢で警護すると思うように動けなくなってしまう可能性があるため、ロギュン一人を警護としてナナルに同行させることにしたのだ。
ロギュンとナナルは職人に案内されて楽器工房の奥へ移動する。ユーキたちがロギュンたちが向かう方角を確認すると奥には作業をする部屋とは別の部屋があり、大小様々な大きさの白い金属製の箱が並べられてあった。ユーキは白い箱を見て、それが預けた者しか開けられないマジックアイテムなのかと疑問に思う。
ドルドマは腕を組みながら金庫まで案内されるロギュンとナナルを見ている。すると、ドルドマは少しだけ目を鋭くし、ナナルを見つめながら口を開く。
「……アンタらがナナル様を凶竜の連中から護ってるのか?」
ユーキたちはドルドマの言葉に反応して一斉にドルドマに視線を向ける。
クロントニアの住人たちは誰もナナルが狙われていることを知らないと思っていたのにドルドマがナナルが狙われていることを知っていたためユーキは驚き、カムネスも意外に思っていた。
「……何のことでしょうか?」
カムネスはドルドマを見つめながら白を切る。ナナルが狙われていることを知っている以上、目の前にいるドワーフの工房長が凶竜と繋がりがあるかもしれないと感じていたからだ。
「とぼけなくてもいい。リンツール伯爵から教えてもらったんだ」
「リンツール伯爵から?」
ユーキはリンツールの名前が出てきたことで意外そうな反応を見せる。ドルドマは腕を組んだままゆっくりとユーキたちの方を向いた。
「儂はリンツール伯爵の義理の娘さん、つまりナナル様の母上が嫁がれる前からこの都市で楽器作りや調整をしていた。彼女が使っていたファイフの調整を任されていてな、そのためかリンツール伯爵とそのご家族の間にはちょっとしたご縁があるのだ」
ドルドマがリンツールの家族と関係があることを聞かされたユーキは目を見開いて驚く。カムネスとフィランも少し驚いたが表情を変えずに無言でドルドマの話を聞いている。
「自分が調整した楽器でナナル様の母上がクロントニア一の演奏者になった時は誇らしく思った。そして、娘さんであるナナル様がファイフの練習を始めたと聞いた時もリンツール伯爵からファイフを作ってほしいと頼まれ、喜んでナナル様のファイフを作った」
「そうだったんですか。……それじゃあ、ナナルちゃんのお母さんが亡くなったというのは……」
「勿論、知っている。凶竜が売りさばいた武器のせいでナナル様のご両親が殺されたことも、ナナル様が母上の誕生日に演奏会を開くこともな。……正直言って、亡くなったという知らせを聞いた時はショックだった」
俯きながらドルドマは暗い声を出し、ユーキはドルゴマを見ながら気の毒そうな表情を浮かべる。
ドルドマにとってリンツール伯爵の家族はただの客と職人と言う関係ではなく、不思議な繋がりを持った特別な関係なのだとドルドマの反応を見たユーキは感じていた。
ユーキたちがドルドマを見つめていると、ドルドマは腕を組むのを止めてカムネスの前までやって来た。
「……アンタらに頼みがある。何があってもナナル様を護ってくれ。儂にとってナナル様は特別な方だ。これ以上、儂の身近な人に死んでもらいたくない」
ドルドマはカムネスを見上げながらナナルを助けてほしいと頼み、カムネスはドルドマをしばらく見つめた後、ゆっくりと口を開く。
「貴方に言われるまでもない。彼女は必ず護って見せます」
表情を変えずにナナルを護ると話すカムネスを見てユーキは小さく笑い、フィランは無表情でカムネスを見つめている。
ドルドマと話しているとロギュンとナナルが戻って来る。ナナルの手には僅かに水色が入った白いファイフが握られており、新品と思えるような美しさだった。
「それが預けてもらっていたファイフかい?」
「うん! ドルドマおじちゃんが作ってくれたんだぁ」
ユーキの問いにナナルは頷きながら答える。ナナルは持っているファイフを前に出し、ユーキは傷一つ無い綺麗なファイフを見て「おおぉ」と驚く。
戻ったロギュンはカムネスに保管室にある金庫のことについて説明する。ロギュンの話によると金庫は預けた者が蓋に手を当てることで開錠される物のようで、ナナルが金庫の蓋に手を当てたら開錠されて蓋が開いたようだ。
ロギュンから話を聞いたカムネスはナナルでなけれ金庫を開けられないことに納得し、同時に預けた物は絶対に盗まれないと考える。
「では、私たちはこれで失礼します。凶竜の刺客がいつ襲ってくるか分からない以上、長い時間外にはいられませんので」
ナナルがファイフを受け取るとカムネスはドルドマを見ながら屋敷に戻ることを伝え、ナナルを見つめていたドルドマはカムネスに視線を向ける。
「ウム、そうだな。ナナル様のためには急いだ方がいい」
カムネスの話を聞いてドルドマは納得した反応を見せる。ファイフを受け取った以上、一秒でも早く安全な屋敷に戻るべきだと思っているようだ。
ユーキとロギュンもカムネスと同じ考えなのか、反対などせずにカムネスを見ている。ナナルはもう少し都市の中を散歩したいと思っているが、リンツールを心配させることになるため、我慢して屋敷に戻ることにした。
「さっきも話したが、ナナル様のことを頼むぞ。ナナル様のご両親のためにも護ってあげてくれ」
念を押すかのようにナナルの警護を頼むドルドマを見てカムネスは無言で頷く。ユーキはカムネスとドルドマが話す姿を黙って見つめていた。
ユーキたちはドルドマや他の職人たちへの挨拶を済ませると楽器工房を出て待機していた馬車に乗り込む。ユーキたちが乗ると使用人は馬車を動かし、屋敷への帰路につく。ドルドマは楽器工房の前で去っていく馬車を見送った。
楽器工房を出たユーキたちは寄り道などせずに屋敷へと向かう。ただ、楽器工房へ向かう時に凶竜の刺客に見張られていたとしたら、行きと同じ道を通った際に待ち伏せを受ける可能性がある。カムネスは待ち伏せを警戒し、使用人に行きに通った道とは違う道を通って屋敷に戻ってほしいと指示を出した。
戻る際もユーキたちはナナルを馬車の真ん中の席に座らせ、自分たちは窓から外の様子を窺いながら移動する。
楽器工房に向かう時と違って街道や裏道にいる住民の数は少なくなっており、凶竜の刺客が動きやすくなっていると感じたユーキたちはより警戒心を強くした。
しばらく街道を進んだユーキたちは少し広めの裏道に入る。そこは人が殆どおらず、街道と比べてとても静かだった。刺客に襲われる可能性がある以上、静かな裏道は通るべきではないのだが、他の道も似たような場所ばかりなので最も距離の短い今いる裏道を通ることにしたのだ。
静かな裏道を馬車は走り、御者席の使用人は不安そうな顔をしながら視線を動かし周囲を見回し、ユーキたちも馬車の中から外を見ていた。
「静かで誰もいない、急いで抜けた方がいいですね」
「ああ、御者にもう少し急ぐよう伝えよう」
ロギュンの話を聞いたカムネスはゆっくりと立ち上がり、小窓を開けて御者に指示を出そうとする。すると、走っていた馬車が突然停車し、ユーキたちは一斉に反応して外を確認した。
今見える位置からは特に変わった物は見えず、ユーキとロギュンは不思議に思う。カムネスは小窓から少し顔を出して御者席を見上げた。
「どうかしましたか?」
「それが……あれを見てください」
御者席の使用人は僅かに表情を歪めながら前を見つめ、カムネスも使用人が見ている方角を確認した。
馬車の前方10mほど離れた所に三台の荷馬車が横になって停められており、荷台の上や周りには大量の木箱や鉄くず、大きな石などが入った樽が積まれている。
裏路地の端から端まで隅間ができないように木箱や樽は置かれており、どう考えても馬車は通れない状態だった。
カムネスが目を鋭くして障害物を見つめていると反対側の小窓からユーキが顔を出して道を塞いでいる障害物を目にする。
「な、何ですかあれは?」
「……どう見ても僕らを通さないための物だな」
低い声でカムネスが呟くとユーキは目を僅かに鋭くする。馬車の中にいたロギュンもユーキとカムネスの会話を聞いてホルスターに納めてある投げナイフにそっと手をかけ、フィランもコクヨを強く握った。
幼いナナルもユーキたちの会話を聞いて緊迫した状況であることに気付いたのかファイフを握りながら少し不安そうな表情を浮かべていた。
「……今の状況でこんなことをするのは、奴らしかいませんよね?」
「ああ、間違い無い」
何かを察したカムネスは静かに扉を開けて馬車の外に出ると左手で腰に差してあるフウガを握り、ユーキ、フィラン、ロギュンの三人も外に出て周囲を見回した。
静かな中、ユーキたちは馬車を囲むように立って周囲を警戒し、馬車の中のナナルや御者席の使用人は動かずにジッとしている。すると、ユーキたちが通って来た方角から気配を感じ、ユーキたちは気配がした方を向いた。
ユーキたちから7mほど離れた所には薄い黒のフード付きマントを纏った四人の男が立っている。顔はフードで隠れてよく見えないが僅かに殺気が感じられ、どう見ても普通の住民とは思えない雰囲気を漂わせていた。
「アイツらが道を塞いだ犯人?」
「間違い無くそうだろうな。そして、奴らは凶竜の刺客だ」
カムネスはそう言ってフウガを抜刀できる体勢を取り、ユーキは月下と月影を抜いてフィランも無表情でコクヨを抜く。
ロギュンは両足のホルスターから二本ずつ投げナイフを抜くと現れた男たちを睨みながら御者席に近づく。
「貴方はナナルさんと一緒に馬車の中に隠れてください。絶対に外に出てはいけません。私たちが声をかけるまで扉を開けないようにしてください」
「ハ、ハイ!」
指示を受けた使用人は慌てて御者席から降り、馬車の中に飛び込むように入って開いている扉を閉める。扉が閉まる際、ナナルは馬車の中からユーキたちを心配するような表情を浮かべていた。
使用人がナナルと共に馬車の中へ避難するのを確認したロギュンは男たちの方を向いて構える。その時、背後から物音が聞こえ、ロギュンが振り返ると障害物の前に新たに三人、薄い黒のフード付きマントを纏った男が立っているのが目に入った。
「……会長、後ろに新たに三人の敵が現れました」
「やはりいたか。こちらがどれ程の戦力が分かっていないのにたった四人で襲撃するはずがないからな」
他に敵が隠れていると予想していたカムネスは後ろにいる敵を見ながら冷静に呟く。ユーキも新たに現れた敵を見て面倒そうに舌打ちをし、フィランは後ろを向いた後、前を向き直してコクヨを構えた。
男たちは無言でユーキたちを睨み、マントの下から一斉に武器を出す。男たちは様々な武器を所持しており、最初に現れた四人は剣身が短めのフランベルジュ、ソードブレイカー、両手につける爪が大きい鉤爪、刃を二つ付けたバトルアックスを装備し、後から現れた三人も白く輝くトライデント、ファルシオン、打刀のような刀を握っていた。
(全員高級そうな武器を持ってるな。凶竜は優れた武器を売ってるってリンツール伯爵は言ってたから、きっと商品である武器を持って来たんだろう)
凶竜が優れた武器を所持していることを知っていたユーキは襲撃の際に優れた武器を持ち出すと予想していたのか、男たちの装備を見ても驚いたりせず、落ち着いて月下と月影を構えた。
フィランはユーキの隣で中段構えを取り、カムネスはユーキとフィランに背を向けて後から現れた男たちの方を向き、ロギュンもカムネスと共に三人の男たちの方を見る。
「お前たち、馬車の中にいる小娘を渡せ。素直に渡せば命だけは助けてやってもいい」
「……そう言われて素直に渡すと思うか?」
トライデントを持つ男にカムネスは目を細くしながら訊き返す。男はカムネスを生意気に思ったのか舌打ちをしながらトライデントを構えた。
「渡せないなら仕方ない。お前たちを殺した後に馬車にいる二人を殺すだけだ」
男の言葉を合図にするかのように他の男たちも自分たちが持つ武器を一斉に構え、ユーキたちも僅かに足の位置を変えたり、表情を鋭くして男たちを警戒する。
「戦う前に一つ訊きたいことがある」
カムネスは抜刀の体勢を取りながらトライデントを持つ男に声をかけ、男たちは構えを崩さずに一斉に反応する。
「何だ?」
「どうして僕らがこの道を通ることが分かった? 僕らは待ち伏せを警戒し、行きとは違う道を通って屋敷に戻ろうとした。だが、お前たちは僕らがこの道を通ることを知っていたかのように重い荷馬車や木箱で道を塞いでいる。なぜ、この裏道を通ることを知っていた?」
どうして自分たちの行動が読めたのか、カムネスは目を鋭くしながら尋ねる。ユーキとロギュンもカムネスの話を聞いて刺客が待ち伏せをしていたことを不思議に思い、男たちを見つめた。
凶竜の刺客は荷馬車や木箱を使って道を塞ぎ、ユーキたちが乗る馬車を停めている。だがそれは、予めユーキたちが通る道を把握し、荷馬車や木箱などを効率よく運ばないとできないことだ。カムネスは馬車が通る道を知らないはずの刺客たちが道を塞ぎ、馬車を停めることができたのか疑問に思っていた。
カムネスはトライデントを持った男を見つめながら問いに答えるのを待つ。すると男がニッと笑みを浮かべながらトライデントの石突の部分で地面を叩いた。
「簡単なことだ、お前たちが通りそうな場所全てに予め障害物を置いて道を塞いでおいたんだよ。お前たちがどの道を通るか分からない以上、屋敷に続く全ての道を塞ぐしか足止めする方法は無いからな」
「成る程……」
「お前たちが屋敷を出た直後に襲撃するって言う手もあったんだが、あの時はまだ外に出ている住民の数が多くて目撃される可能性が高かったからな。外に出る連中の数が少なくなったこの時間に襲撃することにしたんだ」
住民たちに目撃されることを避けるため、ユーキたちが屋敷に戻る時間を狙って障害物を配置したことを自慢げに語る。
単純で手間の掛かる方法だが、相手がどのように行動するか分からない状況では最も成功率が高い方法だと、ユーキは男の話を聞いてそう思っていた。
「道を塞いだ後はお前らが乗る馬車をバレないように尾行し、停まった瞬間に襲撃するって作戦だ」
「……そうか、説明、感謝する」
カムネスは足の位置を僅かにずらしながら呟き、カムネスの反応を見た男はもう訊きたいことはないのだと感じてトライデントを構え直す。
疑問が解けて戦いに集中できるようになたカムネスは素早く視線を動かして敵の立ち位置を確認する。
自分たちと男たちとの距離はかなりあるため、よほどのことが無い限り不意打ちを受けたりすることは無いとカムネスは判断した。
「ルナパレス、ドールスト、そっちにいる四人は君たちに任せる。僕はこっちの三人の相手をする」
「分かりました」
「……ん」
指示を聞いたユーキとフィランは静かに返事をして前にいる男たちを見つめる。男たちは児童であるユーキと幼さが残るフィランを軽く見ているのか、構えながら余裕の笑みを浮かべていた。
「ロギュン、お前は馬車を護れ。もしも僕やルナパレスたちが倒し損ねたり、馬車を襲おうとする奴が来たら迎撃しろ」
「お任せください。……最も会長たちが敵を倒し損ねる、なんてことは無いと思っていますが」
ロギュンは目を閉じながら笑みを浮かべ、彼女の言葉を聞いたカムネスも小さく笑った。
「リンツール伯爵からは敵を生け捕りにするよう言われているが、最も重要なのはナナルちゃんだ。ナナルちゃんを護るために斬らなくてはならない状況になったら迷わず斬り捨てろ」
笑顔を消し、場合によっては殺害しろと語るカムネスを見たユーキは小さく反応し、月下と月影を構えながら両足を軽く曲げる。
ユーキたちは得物を構えながら男たちの様子を窺う。そんな中、ユーキとフィランの前にいた四人の男が武器を構えながら一斉に二人に向かって走って来た。ユーキとフィランは得物を構えて男たちを迎え撃つ態勢に入る。
距離を詰めた後、最初に動いたのはバトルアックスを持つ男だった。男は一番近くにいるフィランの前まで来るとハンドアックスを振り下ろして攻撃する。フィランは表情を一切変えずに左へ移動して振り下ろしを避け、素早くコクヨを左上に振り上げ反撃した。
コクヨは男の胴体を切り裂くが不思議なことに胴体を斬った感触は無く、フィランは不思議に思って男を見上げる。
男はフィランの顔を見るとニッと笑いながらバトルアックスを左から横に振ってフィランに攻撃する。だがフィランは慌てずにコクヨでバトルアックスを防ぎ、後ろに軽く跳んで距離を取った。
コクヨを構え直したフィランはなぜ男が無事なのか考える。すると、切れたマントの下から僅かに銀色の輝く何かが見えた。
フィランは僅かに目を細くして光る物を確認する。それは明るい銀色のハーフアーマーだった。
「……ハーフアーマー」
「お? 気付いたか、嬢ちゃん? ああ、そうだよ。俺らは全員ミスリル製の鎧を身に付けてるんだ。コイツを付けていれば並みの攻撃なんてへでもねぇんだよ」
バトルアックスを持つ男は自慢げに語りながらバトルアックスを持たない方の手で自分のハーフアーマーをバンバンと叩く。男が叩く度に低い金属音が響き、フィランは表情を変えずに男を見つめる。
他の男たちもユーキたちを見て余裕の笑みを浮かべており、ユーキは防具まで優れた物だと知って面倒そうな表情を浮かべ、ロギュンは気に入らなそうな顔で男たちを睨んでいる。カムネスは男たちがミスリルのハーフアーマーを装備していると知っても驚いたりせず、目の前にいる男たちを見つめていた。
(武器が優れた物ばかりだってのは予想してたけど、防具まで強力な物とは……こりゃあ、普通に戦ったら時間だけが過ぎちまうかもしれないな)
相手の装備が万全である以上、通常の戦い方はしない方がいいとユーキは心の中で呟く。そんなユーキにフランベルジュを持つ男が迫ってフランベルジュを振り上げた。
「敵を前にボーっとしてんじゃねぇぞ、ガキがぁ!」
男は笑いながらフランベルジュを振ってユーキに袈裟切りを放つ。ユーキは男を睨みながら月影でフランベルジュを防ぎ、月下でガラ空きとなっている腹部に横切りを放とうとする。
「馬鹿が! そんな武器なんてミスリルの鎧の前じゃただの薄っぺらい鉄の棒なんだよ、ガキィ!」
月下を安物の武器と勘違いしている男は避けようともせずにユーキを見下す。ユーキは余裕を見せる男を睨みながら月下を握る手に力を入れ、同時に混沌紋を光らせて強化を発動させる。
ユーキは強化で月下の切れ味を強化すると男に横切りを放つ。月下は男のハーフアーマーに触れると楽々とハーフアーマーを切り裂き、そのままハーフアーマーの下にある男の胸部も切り裂いた。
「がああぁっ!? な、なんだ、とぉ……」
ミスリル製のハーフアーマーを着ている自分がハーフアーマーごと斬られたことが信じられない男は驚愕し、持っているフランベルジュを落として後ろによろめく。
ハーフアーマーの隙間や斬られた箇所からは男の血が流れ出ている。だが、男の傷は浅く、ふらついているが意識を失ってはいない。どうやらユーキは男を殺さないように計算して攻撃したようだ。
「ガキだからってナメるなよ」
呟いたユーキはふらついている男の腹部に右足で蹴りを入れて後ろに蹴り飛ばす。蹴られた男は仰向けに倒れ、立ち上がることなく苦痛の表情を浮かべている。周囲にいる別の男たちは倒れた仲間を見て呆然としていた。
一人を戦闘不能にしたユーキは無傷の男たちの方を向いて双月の構えを取る。男たちはユーキが普通の児童ではないと気付くと緊迫した表情を浮かべながら慌てて後ろに下がって距離を取った。




