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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第七章~大都市の警護人~
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第百三話  ナナルの勇気と想い


 クロントニアの頭上に星空が広がり、住民たちは自宅への帰路につく。住宅区では友人と別れて自宅に向かう者や帰宅して家族に出迎えてもらう者たちの姿があり、そんな住民たちを都市を巡回する警備兵たちが見守っていた。

 リンツールの屋敷ではリンツールとナナルが食堂で少し早めの夕食を取っておし、ユーキたちも一緒に出された料理を食べている。食堂の隅では数人の使用人とメイドが何かあったらすぐ動けるよう待機していた。

 長方形の机の一番端の席にリンツールが座り、その左隣の席にナナルが座っている。ユーキたちはリンツールとナナルが座っている場所から少し離れた席に付いており、カムネスとロギュンは左側の席に並んで座り、その向かいの席にユーキとフィランが座っていた。

 ユーキたちの前にはステーキに似た肉料理が乗った皿が出されており、リンツールとナナルは料理を口にしたり、水を飲んだりして静かに食事をしていた。

 カムネス、フィラン、ロギュンの三人も出された料理を静かに口に運んでいる。だが、ユーキだけはどこか落ち着かない様子で料理を食べていた。

 ユーキは貴族との食事に慣れていないため、料理を食べる時のマナーや食べ方などをよく理解していない。そのため、自分の食べ方が間違っていないか不安を感じていた。


(いつもは学園の食堂とかでマナーを気にせず食べているから、こういう食事はどうも苦手なんだよなぁ。……でも、苦手だからってマナーを無視して勝手に食べることもできないし、そんなことをしたら会長たちに恥をかかせることになっちまう……)


 カムネスたちを見て料理の切り方や食べ方などを真似しながらユーキは食事を進めていく。ただ、緊張や慣れない食べ方のせいで料理の味は殆ど分からず、美味しく食べることもできなかった。

 それからしばらく経ち、ユーキたちが食事を済ませるとメイドたちはグラスや皿、フォークなどを片付ける。ユーキは問題無く食事を終えることができて安心したのか静かに溜め息を付く。ただ、緊張しながら食べていたせいか食事が終わった途端にどっと疲れが出た。

 全ての食器が片付くとメイドたちはユーキたちの前に食後の紅茶を出し、紅茶が出されるとリンツールやカムネスたちはティーカップを取って紅茶を飲む。ユーキも少しでも気持ちを落ち着かせようと目の前の紅茶を飲んだ。


「料理はいかがだったかな?」


 紅茶を飲んだリンツールがユーキたちの方を向いて料理の感想を訊くと、カムネスはティーカップを置いてリンツールの方を向く。


「……素晴らしい料理でした。可能であれば、是非レシピを教えていただきたいです」

「ハハハ、それはよかった」


 カムネスの返事を聞いたリンツールは楽しそうに笑い、隣に座るナナルも笑いながら紅茶を飲んだ。ユーキは緊張して料理の味が分からなかったため、カムネスとリンツールの会話を聞きながら複雑そうな顔をしている。

 リンツールはもう一口紅茶を飲むと静かにティーカップを机の上に置く。そして、僅かに目を鋭くしてユーキたちの方を向き、リンツールの顔を見たユーキたちも真剣な表情を浮かべる。


「……それで、ナナルの警護や今後の方針については決まったのかね?」


 警護の話題になってことで食堂の空気が僅かに変わる。メイドや使用人たちは若干緊張したような顔をしており、ナナルは無言でリンツールを見つめた。

 食堂の空気が変わる中、カムネスはリンツールを見つめながら静かに口を開いた。


「屋敷の中を一通り見させていただきましたが、屋敷と外部を繋ぐ出入口には私兵部隊の兵士が配備されていますので、外から凶竜の刺客が侵入する心配はないでしょう」

「ウム、ナナルが狙われるようになってからは屋敷の警備はこれまで以上に強化したからな。実際、ナナルが最初に襲われた日から刺客と思われる者が屋敷に侵入したことは無い」

「ですが、だからと言って安心はできません。屋敷の外から侵入してこなくてもお孫さんを狙うことはできます。例えば敷地外から弓矢などで狙撃すると言った方法など……」


 低い声を出しながら安心はできないと語るカムネスを見てリンツールは少し緊迫した表情を浮かべる。ロギュンも目を少しだけ鋭くしながらリンツールを見ていた。

 カムネスの話を聞いていたユーキも油断できないと思っていた。転生前の世界でも離れた所から一人の人間を狙撃して暗殺することがあったため、今いる世界でも魔法や弓矢を使ってナナルを襲う可能性は十分あると考えている。


(こっちの世界には狙撃銃みたいな武器は無いから長距離からナナルちゃんを襲うことは無いと思うけど、優れた弓矢なんかを使えば少し離れた所から狙うこともできるはずだ。ましてや相手は優れた武器を密売していた組織、強力な弓矢をを持っていてもおかしくない)


 凶竜が所有する武器のことを考えれば屋敷の中にいても安心できないため、常にナナルの周囲を警戒しなくてはならないだろうとユーキは考えた。

 屋敷の中も安全とは言い切れないと聞かされたリンツールはチラッとナナルの方を向く。もしも屋敷の中でナナルが凶竜の手に掛かれば死んだ息子夫婦に申し訳ない、そう思ったリンツールは深刻そうな表情を浮かべ、そんなリンツールをナナルは不思議そうに見つめた。


「お孫さんを護るためにも私たちは二十四時間、付きっきりで警護します。勿論、彼女が眠っている時も」

「眠っている間もかね?」

「ええ、睡眠中と食事中が最も狙われやすいですから」


 凶竜がどう動くか分からない以上は常にナナルの傍にいた方がいいと語るカムネスを見てリンツールは少し安心したような反応を見せる。ユーキたちも常にナナルの傍にいた方がいいと思っているのか不服な様子は見せずにカムネスとリンツールの会話を聞いていた。


「分かった、ナナルのことは君たちに任せる。何があっても護り抜いてくれ」

「勿論です」


 改めてナナルのことを頼むリンツールにカムネスは小さく頷いて返事をした。


「ところで、ナナルちゃんの明日のご予定はどうなっているのでしょうか? 明日はどうしても外出をしなくてはならないと仰っていましたが」


 ロギュンは依頼の話を聞いていた時のことを思い出してリンツールに尋ねる。ユーキたちもなぜ凶竜に狙われているのに外出しなくてはならないのか気になり、不思議に思いながらリンツールに見つめた。

 ユーキたちが注目する中、リンツールはティーカップを手に取って紅茶を飲む。そしてもう一度ティーカップをテーブルに置くとユーキたちの方を向いた。


「今、この都市にある楽器工房にナナルが使っているファイフを調整に出しているのだ。既に調整は終わっており、明日はそのファイフを取りに行くことになっている」

「それならわざわざナナルちゃんが取りに行かなくても、この屋敷の使用人や別の人に取りに行かせればいいのではないでしょうか?」


 ロギュンのもっともな意見を聞いてユーキは小さく頷く。ただ楽器を取りに行くだけなのにどうしてわざわざナナルを危険にさらしてまで楽器を取りに行かせるのだとユーキは疑問に思った。

 カムネスとフィランも表情は変わっていないがユーキと同じことを疑問に思っており、無言でリンツールを見つめていた。


「実はその楽器工房は楽器の調整だけでなく、高価な楽器を預かったりもしている。ナナルが使っているファイフも高価な物で調整を頼んだ時に預かってもらうよう頼んだのだ」


 リンツールは楽器工房のことを話し始め、ユーキたちはリンツールの説明を黙って聞いている。


「工房が楽器を預かる際に使う金庫は特別なマジックアイテムで預けた者でなければ金庫を開けられないようになっているのだ」

「預けた者、つまりナナルちゃんでなければ金庫を開けることはできないというわけですか?」

「そのとおりだ。だから明日はどうしてもナナルにファイフを受け取りに行ってもらわなくてはならないのだ」


 ナナルを屋敷の外に出さなくてはならない理由を聞いてユーキたちは納得した反応を見せる。リンツール自身もできるのなら誰か別の人間にファイフを取りに行かせたいと思っていたが、ナナルしか金庫を開けられないので仕方なくナナルを行かせることにしたのだ。


「ナナルは物心ついた頃から母親のファイフを聴いてきた。そのためかナナルはファイフに興味を持つようになり、ファイフの練習をするようになったのだ」

「そう言えば、ナナルさんのお母様はファイフの演奏者でしたね」


 ロギュンはナナルの母親の職業を思い出し、ユーキたちも母親がファイフを吹いていたのなら娘のナナルがファイフを吹いても不思議ではないと考える。


「ナナルは母親からファイフを教わって少しずつ腕を上げていった。長いレッスンを終えて人前で初めてファイフを吹いた時、大勢の人から高い評価を受けたのだ」

「ナナルさんはお母様の才能を受け継いでいたのですね」


 紅茶の入ったティーカップを持ち上げながらロギュンはナナルに視線を向ける。ナナルは母親のことを思い出したのか少しだけ寂しそうな目をしながら自分の紅茶を飲んでいた。


「それからナナルは母親と共にファイフのレッスンを続け、演奏会を開けるほどにまで腕を上げた。そして演奏を都市に住む人たちに聴いてもらうため、屋外劇場で演奏会をすることになった」

「……その演奏会が明後日行われるのですね?」


 カムネスが静かに尋ねるとリンツールはカムネスの方を向いて頷く。


「明後日はナナルにとって初めての演奏会、明後日のためにナナルは母親と共に頑張って来た。何があっても演奏会を開かせてやりたいのだ」

「演奏会を延期することはできなかったのですか?」


 凶竜に狙われているのになぜ演奏会を予定どおり開こうとするのか理解できないカムネスは目を僅かに細くして尋ねる。

 確かに危険な状況で演奏会を開くよりも凶竜の脅威が完全に無くなるまで演奏会は行わずにいた方がいいのではとユーキとロギュンは考えていた。

 リンツールはカムネスの問いにすぐには答えず、無言で紅茶を飲む。静かに紅茶を飲んだリンツールは俯きながらティーカップを机の上に置いた。


「……明後日はナナルの母親の誕生日だったのだ」


 俯きながらリンツールは低い声で語り、リンツールの言葉を聞いたユーキたちは反応する。


「ナナルは演奏会で吹いた曲を母親に誕生日プレゼントとして送るつもりだった。だが、息子夫婦が死んだことで母親に曲を送ることはできなくなってしまった……」


 暗い顔をしながら語るリンツールの隣ではナナルが俯きながら目を閉じている。その肩は僅かに震えており、ユーキたちはナナルが母親を失った悲しさに必死に耐えているのだと黙ってナナルを見つめた。


「息子たちが死んだため、私はナナルに演奏会を中止しようとナナルに相談した。だが、ナナルは初めての演奏会はどうしても母親の誕生日に開催したいと言ったのだ」

「なぜ、誕生日に演奏会をやろうと?」


 誕生日にこだわる理由が分からないロギュンはリンツールに尋ねる。すると俯いていたナナルが顔を上げ、目元に涙を溜めながら真剣な顔でユーキたちの方を向いた。


「誕生日は特別な日だから、パパとママに……私のファイフが聞こえるんじゃないかって思って……」


 涙声で自分の気持ちを伝えるナナルをユーキは気の毒そうな顔で見つめる。両親を失った悲しみに耐えながら自分の気持ちを伝えようとするナナルの心の強さにユーキは感心した。


「この子はこの子なりに両親を弔ってやりたいと思っている。だから特別な日である誕生日にどうしても演奏会を開きたいと思っているのだろう」

「成る程……分かりました、演奏会は予定どおり明後日に行いましょう」


 カムネスの言葉を聞いてリンツールは小さく頷き、ナナルは涙を拭って小さく笑う。依頼人であるリンツールとその孫であるナナルが危険を覚悟で明後日に演奏会を開きたいと言うのなら、自分はそれに従って全力で警護を行おうとカムネスは思っていた。

 ユーキは命を狙われている状況にもかかわらず、死んだ両親に曲を送りたいと考えるナナルの勇気に心を打たれ、必ずナナルを護ろうと意志を強くする。

 ロギュンはわざわざ危険な状況で演奏会を開く必要は無いだろうと考えているが、カムネスがリンツールたちが決めたとおりに動くのなら自分も従おうと思っている。フィランは表情を変えることなく黙ってリンツールとナナルを見つめていた。


「とりあえず、明日の予定はお孫さんが使うファイフを受け取るために楽器工房へ向かうということでよろしいですね?」

「ああ、ファイフを受け取ったらすぐに屋敷に戻ってくれ」

「分かりました。それで屋敷から楽器工房までのルートですが……」


 カムネスはリンツールと明日の予定について細かく話し合い、ユーキたちは二人の会話を黙って聞いた。

 話し合いが終わるとユーキたちはナナルと共に食堂を後にする。


――――――


 夕食後、ユーキたちはナナルの部屋を訪れ、彼女の警護をしながら時間を過ごした。ナナルはユーキたちにぬいぐるみ遊びや本の読み聞かせなどをさせ、ユーキたちは素直に遊び相手を務める。ナナルと遊んでいる間、ユーキはどこかやりづらそうな顔をしていた。

 ユーキは夕方に一人でナナルの遊び相手をしていた時、最初は本の読み聞かせなどをしていたのだが、途中から本に飽きたナナルが「お姫様を救う王子様ごっこ」という遊びしたいと言い出した。

 ごっこ遊びに恥ずかしさを感じながらもユーキはその遊びに付き合い、ナナルは遊びを心から楽しんだ。

 屋敷の見回りを終えたカムネスたちがナナルの部屋に戻って来た時、ユーキは恥ずかしさからごっこ遊びのことは伝えずに黙っていた。

 夕方の時のことを思い出したユーキはまた同じ遊びをさせられるのではと感じながらナナルの相手をする。だがナナルはこの時、夕方にやった遊びはせず、本の読み聞かせとぬいぐるみ遊びだけで終わらせた。

 就寝時間が近づき、ナナルは自室で就寝の準備などを行う。リンツールや使用人たちは残っている仕事の片付けをしており、私兵部隊の兵士は屋敷の中や外の見回りを続けている。

 寝間着に着替えたナナルは自分のベッドに座りながらお気に入りのぬいぐるみを抱きしめている。ベッドの前ではユーキたちが就寝後の警護の流れについて話し合っていた。


「それで、どんなふうに警護をするんですか、会長?」


 ユーキは正面に立つカムネスに尋ねるとフィランとロギュンもカムネスに視線を向ける。カムネスは視線を動かしてユーキたちを見ると静かに口を開いた。

 

「まず、此処にいる四人を二組に分ける。一組はナナルちゃんの警護、もう一組は屋敷の中の見回りに就く。そして午前0時を過ぎたら見回りの一人が仮眠を取り、それから一時間ごとに交代で仮眠を取ることにしよう」

「会長、屋敷の中には私兵部隊の兵士もいますし、仮眠は二人ずつ取っても問題無いのではないでしょうか?」


 ロギュンは屋敷内にいる兵士の数から仮眠を取る人数を増やしても大丈夫だと考え、カムネスに人数の変更を勧める。

 確かに屋敷の中だけでなく外にも兵士はおり、今日まで凶竜の刺客がリンツールの屋敷に侵入したことは無いため、見回りの人数を減らしても問題無いように思われた。


「屋敷内を見回る兵士は大勢いる。だが、凶竜が屋敷に刺客を送り込んで来たら私兵部隊だけでは対処できない可能性がある」

「しかし、凶竜はこれまで直接屋敷に忍び込んだことや屋敷内でナナルちゃんを襲ったことはありませんし……」

「だからと言って今後も夜中に襲ってくることは無いと断言できない。今夜や明日の夜以降は夜中に襲ってくる可能性も十分ある」

「た、確かに……」


 自分の考えが浅はかななことを教えられたロギュンは反省したような顔をしながら納得する。カムネスの話を聞いていたユーキも仮眠を取るのは一人ずつでいいと思っていた。

 ユーキも今までどおり凶竜が夜中には襲ってこないとは限らないと思っており、一人でも警護や見張りの人数を多くするべきだと考えていた。

 仮に今までどおり夜中に襲ってこないのだとしても、それ以外に何が起きか分からないため、警戒を強くしておくに越したことは無い。


「それに私兵部隊では苦戦するほどの強者が差し向けられる可能性もある」

「会長は凶竜に手強い刺客がいると考えられているのですか?」

「まだハッキリとは分からない。だが、僕たちがクロントニアに来る前にリンツール伯爵とナナルちゃんは凶竜の刺客に襲われ、その時に警護をしていた私兵部隊の兵士が数人負傷している。少なくとも兵士たちを負かすほどの実力者が凶竜にはいるということになる。まぁ、優れた武器を使っていたから勝てた、という線もあるけどね」


 刺客が私兵部隊に勝てたのは武器のおかげかもしれないと考えたカムネスは腕を組みながら小さく笑う。

 私兵部隊を倒せるほどの刺客が襲ってきたら兵士たちでは対処は厳しいため、ユーキとロギュンはその時は自分たちが対処しなくてはいけないと思った。


「とにかく、何が起きるか分からない状況で仮眠する者を増やすのは得策じゃない。仮眠は一人ずつ取り、交代で警護と見張りをする。いいな?」

『ハイ』

「……ん」


 ユーキとロギュンは声を揃えて返事をし、フィランも小さく頷く。ベッドの上ではナナルは真剣な顔で話をするユーキたちを不思議そうに見つめている。

 カムネスは上着のポケットに手を入れると銀色の懐中時計を取り出し、蓋を開けて時間を確認した。


「もうすぐ午後九時か。……屋敷内の見張りは僕とロギュンがやる。ルナパレスとドールストはナナルちゃんの警護に就いてくれ。何が起きてもすぐに彼女を護れるよう部屋の中で見張るんだ」

「ハイ」

「……分かった」


 ユーキとフィランが返事をするとカムネスは懐中時計の蓋を閉じてロギュンの方を向く。


「ロギュン、僕らは午前0時まで屋敷の見回りをする。時間が来たら仮眠を取れ」


 先に仮眠を取ってよいと聞かされたロギュンは意外そうな顔をする。こういう場合は生徒会長であるカムネスが先に仮眠を取るべきだと思っていたため、ロギュンは少し驚いていた。

 本来は先にカムネスが休むべきだと進言するのだが、指揮を執るカムネスが先に休めと言うため、ロギュンは素直に指示に従うことにした。


「ロギュンの仮眠が終わったらドールスト、その次がルナパレス、最後に僕が仮眠を取る。君たちが仮眠を取っている間は僕かロギュンがナナルちゃんの警護をする」

「分かりました」


 ユーキが返事をするとカムネスはベッドの上で黙って話を聞いていたナナルに近づき、姿勢を低くして目線を合わせた。


「ナナルちゃん、今夜から僕らが君を護る。だから安心して眠ってくれ」

「うん、分かった。……でも大丈夫? お兄ちゃんたち、眠くならないの?」


 心配そうな表情を浮かべるナナルがユーキたちを見つめると、カムネスは小さく笑いながらナナルの頭を撫でた。


「心配ないよ、僕らはこういうことには慣れている。君は自分のことだけを考えているんだ」

「……うん」


 少し安心したのかナナルは小さく頷く。ユーキも自分たちのことを気遣ってくれるナナルを見ながら小さく笑った。

 カムネスは笑いながら立ち上がり、振り返ってユーキたちの方を向く。振り返る際、カムネスは笑顔を消して真剣な表情を浮かべた。


「分かっていると思うが、決して気を抜くな。少しの油断が命取りになるからな」


 忠告するカムネスを見てユーキとロギュンは頷き、フィランは無言でカムネスを見つめた。


(仕事をしている時とナナルちゃんと話している時とで態度や表情が全然違うなぁ。状況に応じて素早く気持ちを切り替えるなんて、流石は会長……)


 ユーキは状況で態度を変えるカムネスを見て思わず苦笑いを浮かべる。それからユーキたちは警護と見回りの段取りなどを簡単に確認してから自分たちの仕事に取り掛かった。


――――――


 明かりが消えて暗くなっているナナルの部屋、室内は窓から差し込む僅かな月明かりだけで照らされている。そんな暗い部屋の中でナナルはぬいぐるみを抱きしめながらベッドの上で横になっていた。

 窓の近くではユーキが椅子に座り込みながら月下と月影を肩に掛け、部屋の出入口である扉の前ではフィランが椅子に座り、膝の上にコクヨを乗せて待機していた。

 カムネスと段取りの確認を終えた後、ユーキとフィランはナナルを寝かせ、彼女を見守りながら扉と窓の近くで気配を探ったり、外の様子を窺っている。廊下からは使用人やメイドのものと思われる足音が聞こえ、窓からは私兵部隊の兵士たちは庭や敷地の外を見張っている姿が見えた。

 ユーキとフィランが見張りをしているとナナルが小さな声を出しながら寝返りを打ち、声を聞いたユーキとフィランはナナルに視線を向ける。ナナルはゆっくりと目を開けて近くにいるユーキを見つめた。


「眠れないのかい?」

「うん……」


 ナナルは何処か不安そうな顔をしながら頷き、ユーキはナナルを見ると小さく笑みを浮かべた。


「大丈夫、今夜は俺たちがずっとついてるから安心して寝ていいよ」

「うん……でも、やっぱりちょっと怖くて眠れない」

「眠れないか……」


 ユーキは天井を見上げながらどうするればナナルが眠れるようになるか考える。子守唄を歌って眠らせるという方法もあるが、ユーキは転生前の世界の子守唄しか知らず、異世界の住人であるナナルが自分の知る子守唄で寝るかどうか分からなかった。

 何かいい方法が無いかユーキは難しい顔をしながら考え、フィランは考えるユーキを無表情で見つめていた。


「お兄ちゃん、何かお話して?」

「ん? お話?」


 声を掛けらたユーキはチラッとベッドで横になるナナルの方を向き、ナナルはユーキを見つめながら頷く。


「何か楽しいお話して。そうすれば眠れると思うから」

「お話かぁ、そうだなぁ……」


 ユーキは俯きながらナナルが楽しめそうな話が無いか考える。ナナルはユーキが話をしてくれるのが楽しみなのか笑いながらユーキを見ていた。


(お話だったら子守歌と違って異世界の人間であるナナルでも違和感を感じずに聞いてくれるかもしれないな)


 子守歌でないのなら大丈夫だと感じたユーキは自分が知っている話をナナルに聞かせることにした。ただ、幼いナナルが喜びそうな話は転生前の世界の童話ぐらいしかない。

 ユーキはとりあえず、ナナルが興味を持ちそうな童話を選んでナナルに聞かせてみることにした。


「それじゃあ、俺が昔聞かせてもらったお話を話そうかな」


 ナナルの方を向きながらユーキは童話を語り始め、ナナルは横になりながら興味のありそうな顔でユーキの話に耳を傾けた。

 暗い部屋の中でユーキは優しい口調で童話を語っていき、ナナルはそれを静かに聞く。フィランも若干興味のありそうな様子でユーキの童話を聞いている。

 それからユーキはナナルに幾つか童話を聞かせ、話を聞いていたナナルは不安や恐怖心が消えたのか静かに眠りについた。ナナルが眠ったのを確認するとユーキは椅子にもたれて静かに溜め息を付く。


「眠ってくれたかぁ。まさか三つも童話を話すことになるとは思わなかった」


 ユーキは呟きながらベッドの上で寝息を立てるナナルを見つめる。その顔からは先程まで見せていた暗い表情は見られず、安心しきったような顔をしていた。

 ナナルが安心して眠る姿を見たユーキは童話を聞かせた甲斐があったと感じて微笑みを浮かべる。そんな中、ユーキはフィランが自分を見つめていることに気付いてフィランの方を向いた。


「どうしたんだ、フィラン?」

「……貴方、不思議な人」

「ん?」


 フィランの言葉を聞いたユーキは思わず小首を傾げ、そんなユーキを見ながらフィランは小声で喋り続ける。


「……貴方が聞かせた、シンデレラ、ピノキオ、白雪姫、どれも聞いたことのない話ばかり。……何処の国の話?」


 無表情のままフィランはユーキが話した童話について尋ねる。ユーキはフィランを見つめながら自分の頬を指で掻いた。


「俺が物心ついた頃に聞かされた童話だよ。何処の国の話かは俺もよく分からないけどな」

「……そう」

「珍しいな、君が他人に興味を持つなんて?」

「……別に。ただ気になったから訊いただけ」


 話が終わるとフィランは興味が無くなったような素振りを見せ、前を向いて目を閉じる。ユーキは相変わらず何を考えているのか分からないフィランをジッと見つめていた。


「なあ、フィラン。もしナナルちゃんがまた目を覚ましたり、眠れなくなった時がきたら今度は君が何か話をしてくれよ」

「……なぜ?」

「俺はもう女の子が喜びそうな童話とかを知らないんだ。君なら何かナナルちゃんが興味を持ちそうな話を知ってるんじゃないかって思ったんだ」


 ユーキは小さく笑いながらフィランに語り掛け、フィランは右目だけを開けてユーキを見つめた。

 ナナルが喜ぶ童話を知らない、とユーキは言ったがそれは真っ赤な嘘だ。本当はユーキの知らない異世界の童話を知るためである。

 メルディエズ学園ではモンスターやベーゼ、異世界の歴史などが書かれた書物を読むことができたが、子供向けの書物は無いので異世界の子供が知っている童話などは今でも分からない。

 異世界の童話やおとぎ話のことを知らない状態では後々面倒なことになりそうなので、ユーキはこの機会に異世界の童話などをフィランに話してもらって覚えようと思ったのだ。

 フィランはしばらくユーキを見つめると、開いていた右目を閉じた。


「……もし、ナナルが目を覚ますようなことがあれば話す」


 フィランの返事を聞いたユーキは小さく笑う。異世界にはどんな童話やおとぎ話があるのか、ユーキは興味を懐きながらフィランを見つめた。

 それからユーキとフィランはナナルを見守り、午前0時以降はカムネスとロギュンの二人と交代しながらナナルの警護と屋敷の見回りをした。


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