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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第七章~大都市の警護人~
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第百二話  黒の星


 無言で向かい合うカムネスとルスレクをユーキたちと黒の星のメンバーは見つめ、リンツールも黙ってユーキたちを見守る。すると、カムネスを見つめていたルスレクが小さく笑みを浮かべた。


「黒の星のリーダーでルスレクと言う。よろしく頼む」

「代表のカムネスだ。よろしく」


 挨拶してきたルスレクにカムネスは静かに挨拶を返す。ユーキはカムネスに挨拶をするルスレクを見て意外そうな反応を見せる。てっきり犬猿の仲であるメルディエズ学園の生徒に喧嘩を売るような発言をするかと思っていたのに友好的な態度を取るルスレクに少し驚いていた。


「まさか噂のメルディエズ学園生徒会長が派遣されたとは思わなかった」

「こちらもラステクト王国最高の冒険者チームが来るとは予想していなかった」

「フッ、お互いに驚かされたというわけだな」


 現状に驚きと面白さを感じるルスレクは小さく鼻で笑い、後ろにいる黒の星のメンバーたちも同じように笑っている。カムネスは笑ったりせずにルスレクたちを見ており、ロギュンも姿勢を正してルスレクはたちを見ていた。

 ユーキは黒の星がメルディエズ学園の生徒を毛嫌いしているわけではないと知ると、問題無く仕事ができると感じて安心する。フィランは相変わらず無表情で黒の星のメンバーを見ていた。


「今回、我々は捜索と警護という内容の異なる仕事を任されている。依頼の条件でお前たちが苦労していても手助けすることはできない。それだけは覚えておいてほしい」

「勿論。ただそれはこちらも同じこと。貴方たちが仕事で苦労していたとしても我々は手を貸すことは出来ないし、手を貸すつもりもない」

「なかなかキツいな。まぁ、お互い全力で頑張るとしよう」


 そう言うとルスレクは右手を出して握手を求める。カムネスはしばらくルスレクの手を見つめるとゆっくりと右手を出して握手を交わした。

 小さく笑うルスレクと無表情のカムネス、二人の代表は揉め事などを起こすことなく挨拶を済ませ、それを見ていたリンツールは騒ぎにならなかったことに安心したのか軽く息を吐く。

 握手をするカムネスとルスレクを見てユーキは笑みを浮かべており、フィランとロギュンは黙ってカムネスと見ている。すると、待機していた黒の星のメンバーたちがユーキたちに近づいて来た。


「君たちが伯爵様のお孫さんを護る生徒たちか」

「あ、ハイ」


 声をかけて来たゴーズを見上げながらユーキは返事をし、フィランとロギュンも黒の星のメンバーに視線を向けた。


「メルディエズ学園からどんな生徒が派遣されるのか気になっていたが、まさかその中に君のような幼い少年がいるとは思わなかったぞ?」

「ハハハハ、始めた会った人は皆そう言いますよ」


 ゴーズの言葉にユーキは軽く苦笑いを浮かべる。ゴーズの態度から彼は見下したり、馬鹿にしているわけではないことは分かるため、ユーキはゴーズの言葉を聞いても不快な気分にはならなかった。


「共に依頼を受けるわけではないのだが、同じ依頼主から仕事を受けた者同士だ。一応、自己紹介はしておこう。私はゴーズ、黒の星の切り込み隊長を務めている」

「俺はユーキ、ユーキ・ルナパレスです」


 名乗ったユーキはゴーズに軽く頭を下げ、礼儀正しいユーキを見たゴーズはニッと笑みを浮かべる。他の黒の星のメンバーもユーキを見て、幼いのにしっかりしていると感心した。

 ユーキが挨拶を終えるとゴーズはユーキの後ろで待機しているフィランとロギュンに視線を向けた。


「君たちもお孫さんの警護をする生徒たちだろう?」

「ええ……ロギュン・アードルと言います。こっちはフィラン・ドールストさんです」

「……」


 ロギュンはゴーズを見ながら静かに挨拶をし、フィランは無言で黒の星のメンバーを見る。冒険者と必要以上に関わろうとしないのか、二人はユーキのように笑ったり明るい声を出したりはしてなかった。

 フィランとロギュンの態度を見たユーキはいきなり気まずい雰囲気になったと感じたのか苦笑いを浮かべ、黒の星のメンバーも笑ったり、少し複雑そうな表情を見せていた。


「え~っと、次はこちらの仲間を紹介しよう。神官のセルシオンだ。チームの回復を担当している」

「よろしくお願いします」


 紹介されたセルシオンは深く頭を下げて挨拶をする。神官であるためかセルシオンは静かで礼儀正しく、ユーキはセルシオンを見ながら「流石は聖職者だ」と感心した。

 セルシオンの紹介が終わるとゴーズは次にセルシオンの右隣に立っているバドリスに視線を向けた。


「彼はバドリス、攻撃魔法を得意とした魔導士で後方支援や大型モンスターへの攻撃を任されている」

「バドリスだ、よろしく」


 バドリスは被っている三角帽子を取って挨拶し、ユーキは頭を軽く下げて挨拶を返す。S級冒険者チームの魔導士であるバドリスは強力な魔法が使えるのだろうと考えるユーキは興味のありそうな目でバドリスを見つめた。


「最後の一人は剣士のワド、前線で私と共に戦い、主に私の援護を務めています」

「よぉ、ワドってんだ。よろしくな」


 ワドは右手を上げながら軽いノリで挨拶をした。挨拶をする際、ワドはロギュンに注目しており、そんなワドを見たユーキは目を丸くし、ロギュンは目を細くしながらワドを見ている。

 ゴーズたちはワドを見ると呆れ顔たような反応を見せる。ゴーズたちの反応を見たユーキは、ワドは黒の星の中でも性格が軽く、女好きなのだと悟った。


「ワド、もっとマシな挨拶の仕方があるだろう」

「いーじゃねぇか、堅苦しい挨拶なんて逆に緊張するだけだ。リラックスするためにも軽い挨拶をするのが一番なんだよ」


 注意されても軽いままのワドにゴーズは溜め息を付く。ワドを見て、ユーキとリンツールは呆然としており、ロギュンは呆れ顔をしている。フィランは相変わらず無表情で一言も喋らずにワドを見ていた。

 ワドはニッと笑みを浮かべながらロギュンとフィランに方を向き、目が合ったロギュンは思わず引くような反応を見せる。


「なぁ、嬢ちゃんたち。依頼が片付いたら一緒に食事でもどうだ? メルディエズ学園と冒険者ギルドの友好を深めるためにもさぁ」

「いいえ、結構です」


 ロギュンは表情を僅かに歪ませながら後ろに一歩下がって拒否し、ロギュンとワドのやり取りを見ていたユーキはまばたきをする。


「ソイツは残念だ。じゃあ、そっちの嬢ちゃんはどうだ?」


 ロギュンに断られたワドは続けてフィランに声をかける。フィランはチラッとワドを見ると表情を変えることなく無言で前を向いた。フィランもワドに付き合うつもりはないらしい。


「あららら、ダメかぁ。俺は可愛い子ならメルディエズ学園の生徒でも大歓迎だっていうの……」


 ワドが笑いながら喋っているとバドリスがワドの背後に素早く回り込み、ワドの後頭部を拳で殴った。

 頭部を殴られたワドは殴られた箇所を抑えながらしゃがみ込み、ワドを見たユーキは呆然とする。視線をバドリスに向けるとバドリスはユーキたちを見ながら苦笑いを浮かべていた。


「失礼した。コイツ、こんな性格だが根は良い奴で冒険者としても一流なんだ。悪い奴じゃないから、どうか許してやってくれ」

「はあ……」


 返事をしたロギュンはワドを見ながら、大丈夫なのかと言いたそうな表情を浮かべる。ユーキはワドに代わって謝罪をするバドリスを無言で見ていた。

 握手をしていたカムネスとルスレクはユーキたちを静かに見守っている。彼らのやり取りを見て問題無く打ち解け合えたと感じたのかルスレクは小さく笑っており、カムネスは黙りながら腕を組んでいた。


「挨拶は済んだかな?」


 カムネスとルスレクがユーキたちを見ていると今まで黙っていたリンツールが声をかけ、ユーキたちは一斉にリンツールに視線を向けた。


「挨拶が終わったのなら、カムネス君たちと依頼の話に戻りたいのだが構わないか?」

「失礼しました、リンツール伯爵」


 ルスレクはリンツールに小さく頭を下げ、カムネスはリンツールの方を向く。ユーキたちも説明がまだ全部終わってないことを思い出すとソファーに腰を下ろす。

 ユーキたちが座るとリンツールもソファーに座り、黒の星は部屋の隅に移動してユーキたちの会話が終わるのを待つ。それからユーキたちはリンツールから気になっていることを質問し、質問が終わると依頼の説明は終了した。

 説明が終わるとユーキたちは立ち上がってリンツールに視線を向け、リンツールも真剣な表情を浮かべてユーキたちを見つめる。


「では、私たちは一度退室します。お孫さんにご挨拶をした後、屋敷の中を見回して警備する場所やどのように警護するかを決めようと思います」

「そうか、よろしく頼む。ナナルは自分の部屋にいるはずだ。部屋へはホランズに案内させよう」

「ありがとうございます。……失礼します」


 カムネスは一礼すると出入口である扉の方へ歩いていき、ユーキたちもその後に続いた。

 扉の右側では黒の星が待機しており、扉の前まで来るとカムネスはリーダーのルスレクの方を向いて軽く頭を下げる。ルスレクもカムネスを見ながら小さく笑みを浮かべ、ルスレクの反応を見たカムネスは静かに退室し、ユーキたちもそれに続いて部屋を後にした。

 ユーキたちが退室するとルスレクは笑みを消して真剣な表情を浮かべる。ルスレクは先程会った四人の生徒は全員が優れた戦士だと思っており、その中でユーキとカムネスのことを気にしていた。


(あのカムネスと言う男子生徒、優れた剣士の目をしていた。モンスターや盗賊、ベーゼと向かい合っても怯むことのない強い精神力も持っている。……そしてあの児童、アイツが例の……)


 ルスレクは俯きながらユーキとカムネスのことを考える。ルスレクは一目見ただけで二人がメルディエズ学園の生徒の中でも特別な生徒なのだと見抜いていた。


「待たせたな」


 リンツールは待機している黒の星に声をかけ、ルスレクは顔を上げると考えるのを止めてリンツールの方へ歩いていき、ゴーズたちも後をついて行く。

 ソファーの近くまでやって来ると黒の星のメンバーはすぐには座らずにリンツールに視線を向ける。リンツールは手を前に出してルスレクたちに「座ってくれ」と目で伝え、リンツールの許可を得た黒の星のメンバーは一斉にソファーに座った。


「改めて、遠い首都からわざわざ来てくれて感謝する。事情があって今この都市にいる冒険者たちに依頼することはできんのだ」

「問題ありません。自分たちを頼ってくれる人から指名があれば我々はどんな所にでも飛んで行きます」

「頼もしいな。では早速君たちに任せる仕事の説明をさせてもらうぞ」


 リンツールは黒の星のメンバーを見ながら依頼の説明を始め、ルスレクたちはリンツールの説明を目を鋭くして聞いた。


――――――


 部屋を出たユーキたちは廊下を歩いている。ホランズは先頭を歩いており、ユーキたちはその後を静かについて行く。

 リンツールとの話を終えて部屋を出るとカムネスは廊下で待機していたホランズにナナルの部屋までの案内を頼み、ホランズはユーキたちと一緒にナナルの部屋へ向かっている。


「それにしても、黒の星が親しく接してくるとは思いませんでした」


 廊下を歩きながらユーキは黒の星のメンバーが自分たちに取った態度を思い出す。全ての冒険者がメルディエズ学園の生徒を毛嫌いしているわけではないのは分かっていたが、あそこまで友好的な態度を取るとは思っていなかった。


「彼らはS級冒険者だ。S級冒険者は強さだけでなく性格も並の冒険者とは違う」


 ユーキの前を歩くカムネスが静かに語り出し、彼の後ろを歩くユーキたちはカムネスに視線を向けた。


「性格が違うってどういうことですか?」

「S級冒険者になると平民よりも貴族のような地位の高い者からの依頼を受けることが多くなる。もしも権力を持つ貴族の機嫌を損ねるような言動を取ればその冒険者や冒険者ギルドの立場も危うくなるかもしれない」

「確かに……」

「だから、S級冒険者になる際には必ず“適性試験”を受けさせられる」

「適性試験?」


 初めて聞く言葉にユーキは小首を傾げながら聞き返した。


「依頼主の貴族と友好的な関係を築き、周囲の人間とも問題なく接することができるかギルド長や数人の幹部たちが冒険者と対話し、適しているかどうかを判断するんだ」

「面接ってことですか?」

「平たく言えばそうだ」


 カムネスの説明を聞いてユーキは納得し、同時にS級冒険者になる際に面接があることを知って意外に思った。

 S級冒険者は五聖英雄と同等の強さを持つと言われる位の高い存在だ。そんなS級冒険者が各国の権力者に失礼な態度を取れば全ての冒険者が信頼を失うことになる。立場と信頼を守るためにも冒険者たちの代表とも言えるS級冒険者にはどんな状況でも問題無く依頼を熟せるほどの力と心を持つ者でなければならないのだ。


「貴族から信頼を得るために面接を受けないといけないなんて思いませんでした」

「適性試験を受けるのは貴族と友好的な関係を得るためだけではない。S級冒険者は自分よりもランクの低い冒険者、つまりA級以下の冒険者たちと共に依頼を受け、彼らの指揮を執ることもある。適性試験ではそのような時にA級以下の冒険者たちを上手く指揮できかどうかも確かめるらしい」

「確かに強くても仲間を束ねることができなければ依頼を熟すこともできなくなりますからね」

「適性試験では他人との接し方、仲間の指揮を執れるかを見極め、その二つの能力が優れている冒険者がS級に昇格できる、というわけだ」

「要するに、いくら強くても性格に問題があればS級冒険者にはなれないってことですね」

「そうだ。まぁ、中にはあのワドと言う剣士のように若干変わった性格をした者もいるみたいだけどね」


 ユーキはただ強いだけではS級冒険者になれないのだと知り、冒険者の世界も大変なのだと感じた。同時にもっと冒険者のことを勉強しないといけないと考える。

 黒の星やS級冒険者の話をしながら長い廊下を歩いていき、階段の前までやって来るとユーキたちは二階へと上がっていった。

 二階に上がり、それからまたしばらく廊下を歩いて行くと、ユーキたちは一つの部屋の前に辿り着いた。扉の左右には二人の兵士が目を鋭くしながら立っている。


「こちらがナナル様のお部屋です。ナナル様は今、お部屋で遊んでおられるはずです」

「そうですか……今、私たちが部屋に入っても問題ありませんか?」

「ええ、大丈夫です」


 ホランズは扉の方へ歩き出し、扉の左右に控えていた兵士たちは近づいて来るホランズに軽く頭を下げて挨拶をする。ホランズは兵士たちを見て頷くと扉を軽くノックした。


「ハーイ」


 ノックした直後、扉の中からナナルの声が聞こえてきた。


「ナナル様、メルディエズ学園の皆様をお連れしました」

「本当ぉ? 入って来て」


 ナナルが嬉しそうな声で入室を許可するとホランズはゆっくり扉を開けてユーキたちを部屋に招き入れ、ユーキたちはナナルの部屋に入った。

 部屋に入るとそこは八畳ほどの広さの部屋で壁は白く、床には薄いピンクのカーペットが敷いてあり、若干華やかさが感じられる。部屋の奥には大きな窓が一つあり、右端には洋服ダンスと小さな化粧台、左端には子供用のベッドと本棚が置かれてあった。そして、部屋の真ん中では沢山のぬいぐるみに囲まれたナナルが床に座っており、その隣には若いメイドが同じように床に座っている。

 ナナルは入室したユーキたちを見ると満面の笑みを浮かべ、メイドも無言で頭を下げる。メイドの手には絵本が握られており、それを見たユーキたちはメイドがナナルに本を読み聞かせていたのだと知った。


「お兄ちゃんたち、遊びに来てくれたの?」


 ナナルはぬいぐるみを抱きしめながら笑顔でユーキたちに尋ねる。ナナルを見たユーキはどう返事をしたらよいのか分からず、頬を指で掻きながら考えた。


「ナナルさん、残念ですが私たちは遊びに来たわけではありません」


 ユーキが考えていると後ろに立っているロギュンが眼鏡を直しながら答える。ユーキがチラッとロギュンの方を向くとロギュンは真剣な表情を浮かべており、その顔からは遊ぶ気などは感じられず、真面目に警護の話をしようという意思だけが感じられた。


「ええぇー、遊びに来たんじゃないの?」


 ナナルはロギュンを見上げながら残念そうな表情を浮かべる。今のナナルにとって自分と歳が近く、遊び相手になってくれそうな人間はメルディエズ学園の生徒であるユーキたちだけだったため、自分の部屋を訪ねてきた時は遊んでくれるのだと少し期待していたのだ。


「ええ、これからどのように警護を――」

「いや、遊びに来たんだ」


 ロギュンが喋っているとカムネスがロギュンの言葉を妨げるようにナナルに語り掛け、カムネスの声を聞いたユーキとロギュンは少し驚いたような顔でカムネスの方を向いた。

 カムネスはナナルに近づくと姿勢を低くしてナナルに視線を合わせる。そして、小さく笑いながらナナルを見つめた。


「今日から僕たちはしばらく君と一緒に暮らすことになる。君と仲良くできるよう、今回は挨拶を兼ねて遊びに来たんだ」

「本当ぉ?」

「ああ」


 微笑みながらカムネスは頷き、ナナルはカムネスを見ると嬉しそうに目を輝かせ、ぬいぐるみを抱きしめながら体を左右に揺らす。ホランズや隣に座っているメイドは嬉しそうにするナナルを見て優しい笑みを浮かべた。

 カムネスは喜ぶナナルを見ながらゆっくりと立ち上がる。するとロギュンがカムネスに近づいて小声で話しかけた。


「会長、どういうことですか? これからナナルさんと警護の流れについて話し合いをするのでは?」

「誰も彼女と話し合って決めるとは言っていないぞ? ナナルちゃんに挨拶をしてから僕らでどのように警護をするか決めると言ったんだ」

「いや、しかし……」

「こんな幼い子に『どのように警護をしますか?』などと訊いて、この子が理解できるはずがないだろう? だったら警護のことはこっちで決め、不安を感じさせないよう必要な時以外は警護の話はせずに遊び相手になってあげるのが一番だ」


 ナナルが安心できるようできるだけ警護の話はせず、遊び相手として接しようというカムネスは語り、ロギュンはカムネスの考えを聞くと一理あると感じたのか軽く俯いて考え込む。

 確かに八歳ほどの幼女に警護の話などして理解してもらえるとは思えない。そう考えたロギュンはカムネスの考えに納得する。


(会長って今までの態度や言動から依頼を優先する真面目な人かと思ったけど、優しいところもあるんだな)


 カムネスとロギュンの小声の会話を聞いていたユーキはカムネスがナナルの気持ちをしっかり考えているのだと知って小さく笑う。フィランは視線だけを動かしてカムネスとロギュンを見ていた。


「ねえねえ、早く遊ぼう! 何して遊ぶ?」


 ナナルは立ち上がるとユーキたちに近づいて急かしてくる。カムネスは再び姿勢を低くしてナナルと視線を合わせると申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


「すまない。僕らはこれから屋敷の中を見て回らないといけないから、今は全員で遊んであげることはできないんだ」

「ええぇー!?」


 遊びに来たのに遊べないと言われ、ナナルは納得できないような顔をする。しかし、ナナルの警護をするためにも一度屋敷の構造などを確認しておかないといけないので全員がナナルの相手をすることはできなかった。

 ユーキも現状や今後の活動のことを考えると仕方がないと感じながら少し不満そうな顔をするナナルを見つめた。


「その代わり、屋敷の見回りが終わったら全員で遊んであげるよ」

「本当?」


 少しムスッとした顔をしながらナナルはカムネスに尋ね、カムネスは微笑みながら小さく頷いた。


「ああ、それまではそこにいるユーキ・ルナパレスが遊んでくれる」

(……へ?)


 ユーキはカムネスの言葉が理解できず、目を丸くしながらカムネスの方を向く。カムネスはナナルを見ながら彼女の頭を優しく撫でていた。


「じゃあ、お仕事が終わったらお兄ちゃんたちも遊んでね?」

「ああ、約束だ」

「え? いや、あの……」


 笑いながら話を進めるカムネスを見てユーキは動揺する。ナナルとの会話を終えたカムネスはユーキたちの方を向いて真剣な表情を浮かべた。


「では、これから屋敷の構造を確認しに行く。ロギュン、ドールスト、一緒に来てくれ」

「分かりました」

「……ん」


 ロギュンとフィランはカムネスの方を向きながら軽く返事をする。二人が返事をするのを確認したカムネスは次にユーキの方を向いた。


「ルナパレス、君はナナルちゃんと一緒に此処にいてくれ」

「あ、あの、会長……」

「よし、行くぞ」


 ユーキの反応を気にすることなくカムネスはフィランとロギュンを連れてナナルの部屋から出て行き、ナナルは笑いながら手を振って三人を見送った。

 納得できないまま一人残されたユーキはしばらく呆然としていたがすぐに我に返ってカムネスたちの後を追うように部屋を出た。


「ちょ、ちょっと待ってください会長!」


 廊下に出たユーキは少し力の入った声でカムネスに呼びかけ、声をかけられたカムネスは立ち止まって振り返り、フィランとロギュンも無言でユーキの方を向く。


「俺がナナルちゃんの遊び相手をするんですか?」

「ああ、君ならナナルちゃんと仲良くできると思ってね」


 カムネスの返事を聞いたユーキは「え~」と驚きの反応を見せる。ユーキの顔を見ていたロギュンは不思議そうに小首を傾げた。

 体が十歳でも精神が十八歳のユーキにとって十近くも歳の離れた女の子であるナナルと二人だけで遊ぶことには恥ずかしさから抵抗があり、上手く遊んであげられる自信も無かったので言葉を口にするルの遊び相手をしてもらいたいと思っていた。


「お、俺よりも会長の方がナナルちゃんも喜ぶんじゃないですか?」

「僕は今回の依頼の指揮を執る立場だ。指揮を執る存在が警護の計画を練らずに依頼主の孫と遊んでいるわけにはいかないだろう」

「じゃあ、副会長とフィランは……」

「ロギュンには僕と共に警護の流れなどを考えてもらうため、今はナナルちゃんの遊ぶことはできない。ドールストは感情を表に出さないため、一人で遊び相手するのは無理だ。君と二人で遊び相手を任せるという手もあったのだが、二人の内、片方が無表情だとナナルちゃんが遊びを楽しめない可能性がある。なら、ナナルちゃんの遊び相手をさせるよりは僕らと共に屋敷の見回りをさせた方がいいと思ったんだ」

「な、成る程……」


 フィランとロギュンに遊び相手を任せなかった理由を聞いてユーキは思わず納得の言葉を口にする。


「君はナナルちゃんと歳が近いからな。僕らの中で君が一番適任だと思って選んだんだ」

(体は十歳でも中身は十八歳なんだよ、俺は!)


 ユーキは心の中で本当の年齢を叫ぶが、その叫びがカムネスたちに届くことはなかった。


「というわけで、ナナルちゃんの遊び相手は君に任せる。屋敷の中を見回ったら僕らも行く。それまでは頼むぞ?」

「……会長、もしかしてナナルちゃんと初めて会った時から俺に遊び相手をさせるつもりでいました?」


 ジト目でカムネスを見つめながらユーキは低めの声で尋ねる。カムネスはしばらくユーキを見つめていると目を閉じて小さく笑った。


「さぁね?」


 そう言うとカムネスは屋敷の中を見に行くために歩き出し、フィランとロギュンもそれに続いて歩き出した。

 カムネスの笑みを見たユーキはジト目のまま「絶対に自分にやらせるつもりでいた」と感じる。そんなユーキを入口前に立っていた二人の兵士はまばたきをしながら見ていた。


「お兄ちゃん、早く遊ぼー」


 部屋の中からナナルの呼ぶ声が聞こえ、声を聞いたユーキは肩を落としながら静かに溜め息を付いた。


(おままごとみたいな恥ずかしい遊びは勘弁してくれよぉ……)


 心の中で呟きながらユーキはナナルの部屋へ戻った。


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