第百一話 真意
凶竜を逃がさなかった理由を語ろうとするリンツールをユーキたちは黙って見つめる。
リンツールはナナルの方を向くと微笑みながらナナルの頭を撫でた。
「ナナル、これから大事な話をするから部屋で遊んでなさい」
「ハイ、お爺ちゃん」
微笑みながら返事をしたナナルはぬいぐるみを抱きかかえながら立ち上がり、ユーキたちに一礼してから扉の方へ歩き出す。リンツールの後ろで待機していたホランズもナナルを部屋へ送るためにナナルの後をついて行く。
ナナルが部屋から出ていこうとする姿を見たユーキとロギュンは不思議そうな顔をする。今までナナルを凶竜から護るという話を本人の前で話していたのになぜ今になってナナルを退室させるのか二人には分からなかった。
ユーキとロギュンが不思議に思う中、ナナルとホライズは部屋から出て行く。部屋にはユーキたちだけが残り、リンツールはナナルが退室したのを確認すると俯きながら深く溜め息をついた。
「すまないな? これから話す内容にはあの子に聞かれたくないことも含まれているのだ」
深刻そうな声を出すリンツールを見てユーキは反応をする。ナナルの前で彼女の命が狙われていると話していたのに今更ナナルに聞かれたくないことがあるのかとユーキは疑問に思った。
ユーキたちが注目する中、リンツールはゆっくりと顔を上げて静かに口を開いた。
「……奴らは、凶竜は私たちの大切な者の死に関わっているのだ」
「大切な者?」
リンツールの言葉にユーキは真剣な表情を浮かべながら聞き返し、カムネスとロギュンも黙って聞いている。リンツールはユーキたちを見ながら小さく頷いた。
「息子夫婦、つまりナナルの両親だ」
凶竜がナナルの両親の死に関わっている、そう聞かされたユーキたちは目を鋭くする。ナナルの両親の話が始まった直後、部屋の空気は僅かに重くなったような感じがした。
「ナナルちゃんの両親は亡くなっていたんですか……」
「ああ、一ヶ月前にな……」
リンツールはどこか悔しそうな表情を浮かべながら再び俯き、顔を隠すように右手を自分の顔に当てる。そんなリンツールをユーキは黙って見つめた。
ユーキも物心つく前に両親を亡くしているため、リンツールと幼くして両親と亡くしたナナルのことを気の毒に思っていた。だが、同時にユーキやカムネスたちはあることに気付く。それはナナルの両親が亡くなったのが一ヶ月前、リンツールが凶竜を壊滅させるために動いたのと同じ頃だということだ。
「リンツール殿、お孫さんの両親が亡くなった時期と凶竜の壊滅を始めた時期が同じですが、凶竜の壊滅に動いたのと何か関係があるのですか?」
黙って話を聞いていたカムネスが問いかけるとリンツールはゆっくりと顔を上げ、少し暗い顔をしながらカムネスを見た。リンツールの表情を見たユーキはカムネスの言うとおり、ナナルの両親の死が関係しているのかもしれないと考える。
黙り込んでいたリンツールはしばらくすると軽く息を吐いてからカムネスの方を向いた。
「……それを話す前に、息子夫婦のことを話させてもらいたのだが、構わないか?」
「ええ」
カムネスが頷くとリンツールは目を閉じて小さく俯く。警護依頼には関係無さそうだが、凶竜とナナルの両親の関係や壊滅させるために動いた動機などを知るためにも聞いておいた方がいいと感じたユーキたちはリンツールの話を聞くことにした。
ユーキたちがリンツールに注目する中、リンツールは目を閉じたまま静かに語り始める。
「……息子は都市の警備兵長を務めていた。いずれ私の跡継ぎとなるため、このクロントニアの住民たちを護れるようになるために警備兵として働かせ、技術と知識を学ばせていたのだ」
彼女にはルは息子であるナナルの父親の役職などを語り、ユーキたちは黙ってリンツールの話に耳を傾けた。
「息子の妻はこの都市でファイフの演奏者をしており、平民でありながら優れた才能を持っていた」
(ファイフって確か、ピッコロに似た短い横笛だったっけか?)
ユーキはファイフが何なのかを思い出し、同時にナナルの母親が平民で横笛の演奏者であると聞いて意外に思う。リンツールの息子の妻であるため、てっきりナナルの母親も貴族出身だとユーキは思っていた。
ロギュンもナナルの母親が平民出身だと聞いて軽く目を見開いており、カムネスとフィランは表情を変えずにリンツールの話を聞いている。ユーキたちは様々な反応を見せる中、リンツールは息子夫婦のことを話し続けた。
「彼女には身寄りもおらず、演奏者として働きながら貧しい暮らしていた。だが演奏は素晴らしく、私や多くの住民たちがその虜となった。その中でも特に息子は彼女の演奏に強く魅かれ、そのまま一目惚れし、結婚したいとまで言ったのだ」
これまで暗い顔で話していたリンツールは息子夫婦が幸せだった時のことを思い出したのか少しだけ嬉しそうな表情を浮かべる。
「最初は貴族が平民と結婚するなどあってはならないと反対したのだが、息子の彼女を想う気持ちが本物だと知り、私も折れて二人の結婚を許した。その後、ナナルが生まれたのだ」
息子が愛する女性と結ばれ、二人の間にナナルが生まれたことで最高の家族を手に入れたことをリンツールは微笑みながら語る。その顔はユーキたちがリンツールと出会ってから見たどの顔よりも明るいものだった。
「ナナルが生まれたことで息子はより仕事に気合いを入れ、ナナルの母親も演奏者として有名になっていった。……今思えば、あの時の息子たちが幸せの絶頂だったのかもしれんな」
楽しそうに語っていたリンツールが再び暗い表情を浮かべ、リンツールの表情の変化を見たユーキたちは本題に入るのだと感じて目を鋭くする。ユーキたちが注目する中、リンツールは静かに語り始めた。
一ヶ月前、ナナルの母親はクロントニアにある屋外劇場でファイフの演奏会を開いた。リンツール伯爵家に嫁いだことでより有名になった母親は多くの人々から注目されるようになり、クロントニアの住民だけでなく、都市の外から来た人たちからも演奏を聞いてもらえるようになったのだ。
しかし、有名になって客の数が増えれば、色々と面倒なことも起きるようになる。演奏中に舞台に上がる不審者や隙を狙って誘拐しようとする者が出て来てもおかしくない。それを防ぐため、リンツールは警備兵長である息子とその部下たちにナナルの母親の警護をさせたのだ。勿論、息子は自分の妻の警護をすることに不満など無く、喜んで仕事を引き受けた。
演奏会の日、ナナルの母親は夫たちに警護されながらファイフを吹いて多くの観客に演奏を聞いてもらった。その日、リンツールは貴族としての仕事があったため演奏会には行けず、ナナルも夜に行われた演奏会だったため、その時は眠りについていた。
ナナルの両親は演奏会と警護の仕事が終わると一緒に帰路につく。だが帰宅途中で二人の前に数人のチンピラ風の怪しい男が現れてナナルの母親を捕まえようとし、ナナルの父親は妻を護るために戦った。
しかし、たった一人で数人の男たちから妻を護るのは難しく、ナナルの父親は苦戦を強いられた。しかも現れた男たちは全員が優れた武器を持っており、ナナルの父親は数と武器と違いから押され、とうとう攻撃を受けて重傷を負ってしまう。
負傷したナナルの父親は妻に逃げるよう伝え、ナナルの母親は恐怖を感じながらも言われたとおり逃げようとした。だが逃げた母親を見て男の一人が逆上し、逃げる母親を背後から斬ってしまったのだ。
斬られたナナルの母親はその場に倒れ、妻が斬られた光景を見てナナルの父親は驚愕する。男たちはナナルの母親に致命傷を負わせてしまったことに驚き、慌ててその場から逃げ去った。その後、騒ぎを聞きつけた警備兵たちがやって来たが、既にナナルの両親は息を引き取っていたそうだ。
ナナルの両親が殺されたという報告を受けたリンツールはショックのあまりその場で悔し涙を流し、幼かったナナルは最初、両親が死んだことを理解できなかったが、二人の遺体を見て何が起きたのか理解し、両親の遺体の間で号泣した。
葬儀はリンツール伯爵家と使用人だけで静かに行われ、その後、ナナルの母親の死はクロントニアの住民たちの耳に入り、住民たちは有名な演奏者が亡くなったことを残念に思った。
「葬儀の後、私は息子夫婦を襲った者たちの捜索を開始し、二人を襲った男たちを捕らえた。取り調べたところ、奴らは有名になった彼女を身代金目的で捕えようとしたそうだ」
リンツールは低い声で語りながら両手で握り拳を作り、小さく両手を震わせる。当時のことを思い出し、悔しさと辛さが混み上がって来たようだ。
ユーキたちは必死に気持ちを抑えるリンツールを黙って見つめる。声をかけることは無いが、心の中では家族を失ったリンツールに同情していた。
「息子夫婦を襲った奴らを捕らえることはできた。だが、それだけでは終われなかった。私は息子たちのような犠牲者を出さないためにも凶竜を壊滅させることを決意したのだ」
「……ちょっと待ってください。どうしてナナルちゃんの両親の仇を捕まえたのに凶竜を壊滅させようと思ったんですか?」
いまいち話の繋がりが分からないユーキをリンツールに尋ねる。ロギュンも理解できず、軽く小首を傾げながら考えた。
「……お孫さんの両親を襲った男たちに武器を売ったのが凶竜だったのですね?」
ユーキとロギュンが不思議に思っているとカムネスがリンツールに語り掛け、話を聞いたユーキとロギュンはフッとカムネスに視線を向けた。
「そのとおりだ。奴らを捕らえた後に色々調べ、奴らに優れた武器を売っていたのが凶竜だと知ったのだ」
リンツールは頷きながら答え、ユーキはカムネスの推測が当たっていたことに目を見開く。
ナナルの両親が襲われ、犯人の男たちが捕まったという話を聞いただけでナナルの両親と凶竜の繋がりを見抜いたカムネスの洞察力にユーキは驚くと同時に感心する。
ユーキが驚く一方でロギュンはカムネスの洞察力に感動したのか笑いながらカムネスを見ていた。フィランは相変わらず興味の無さそうな顔をしている。
「凶竜が強力な武器を密売し、それが犯罪者の手に渡れば息子たちのような犠牲者が増えてしまう。そうならないようにするため、私は凶竜を壊滅させることを決めたのだ。……それに直接関わってないとは言え、奴らが売った武器のせいで息子たちは死んだのだ。奴らも間接的とは言え、息子夫婦の仇なのだ」
「だから一ヶ月前、組織を壊滅させるために動いた、というわけですね?」
カムネスの言葉を聞いてリンツールは無言で頷く。
息子夫婦の仇を討つため、そして自分のように家族を失って悲しむ人を出さないために動いたと知ったユーキたちはリンツールは心の強い人だと感じる。
ナナルを退室させたのも死んだ両親の話をナナルに聞かせないためだと気付き、ユーキはリンツールのことを強いだけでなく優しい人なのだと思った。
「凶竜が最初にお孫さんを助けたければ見逃せ、と脅迫してきた時に要求を呑まなかったのも仇である凶竜を逃がしたくなかったからだったのですね」
「ああ、そのとおりだ……」
「……なぜ、そのことを今まで隠しておられたのですか?」
カムネスは凶竜の要求を呑めない理由を素直に教えてくれなかったことについてリンツールに尋ね、カムネスの言葉を聞いたユーキたちもリンツールに視線を向けた。
大切な孫の警護を頼むのに、警護に必要な情報や仕事を依頼する理由を隠すのは依頼を受けた者を信用していないということになり、ある意味で引き受けた者たちにとって失礼な行動と言える。
依頼に大きな影響が出ないとは言え、カムネスはリンツールが隠し事をしていたことに小さな不満を感じている。今後、不信感などを懐くことなく依頼を熟せるようにするため、なぜ隠していたのか理由を聞こうと思っていた。
ユーキたちが返事を待つ中、リンツールはしばらくユーキたちを見た後に小さく溜め息を付いた。
「……君たちに依頼を出す前、冒険者たちに凶竜の捜索を任せていたのは知っているかね?」
「ええ」
「凶竜からナナルを殺すと脅迫をされた時、私は冒険者に捜索を中止するよう指示を出した。だが、ナナルが襲われたことで私は再び冒険者たちに捜索を再開するよう指示を出した」
「……しかし、冒険者たちはそれに従わなかった」
カムネスが目を細くしながら推測を口にするとリンツールは軽く頷く。
「ああ、『一度中止した依頼をもう一度受けることなんどできない』と冒険者たちは言ったそうだ。中には依頼した理由を聞いて、『家族の死に直接関わったわけでないのなら捕まえなくてもいい』と言う者もいたそうだ」
「なっ、何ですかそれは? とても冒険者の言葉とは思えません」
冒険者たちの反応を聞かされたロギュンは驚きのあまり目を見開く。ユーキも冒険者たちの酷すぎる態度に呆れたような反応を見せた。
依頼した理由がどんなものであろうと依頼人に対して失礼ない態度を取ることは許されることではない。そのため、冒険者たちの酷い態度をロギュンは不快に思っていた。
「まぁ、一度中止した仕事はまた受けたくないというのは納得ができる。依頼主の都合で中止した仕事を再開するなどと言われれば受ける気も無くなってしまうからな」
「ええ、それは理解しています。そのような場合は冒険者たちにも依頼を拒否する権利が与えられるのでしたよね?」
「そうだ。……しかし、最後の直接関わっていないのだから見逃せと言うのは聞き捨てならなかった。確かに凶竜は息子夫婦を直接手に掛けたわけではない。だが、手に掛けていないのだから捕らえなくてもいいと言うわけではない。何よりも、冒険者たちが息子たちの死を軽く見ているような発言したことが信じられなかった」
「多分、その時に依頼を受けていた冒険者たち、かなり性格の悪い三流の冒険者だったんでしょうね」
ユーキは呆れた顔をしながら首を横に振る。ロギュンも同感なのか不機嫌そうな顔で頷く。
「私とナナルにとって息子夫婦はかけがえのない存在だった。だから二人の死を軽く思うような発言は聞きたくなかった」
「……凶竜を見逃さなかった理由を私たちに話せば私たちもその冒険者たちと同じような発言をすると思ったから黙っていたのですか?」
「君たちが息子たちの死を軽く思った冒険者たちと同じではないということは分かっている。だが、それでも冒険者たちから言われた言葉を思い出すと同じことを言うのではと不安になってしまうのだ」
一度冒険者から言われたため、次に依頼する者も同じことを言うかもしれないと不安に思っていたリンツールは目を閉じながら俯く。理由を聞いたユーキたちは無言でリンツールを見つめた。
自分の家族の死に関わった者たちを捕らえるために依頼したのにその依頼した者たちから冷たい言葉を言われればショックも受ける。リンツールも元騎士とは言え一人の人間であるため、酷い言葉を言われれば不快に思うこともあるはずだ。
ユーキたちはリンツールが凶竜を見逃さなかったこと、見逃さなかった理由を喋らなかったことに納得する。だが、自分たちを酷い発言をした冒険者たちと一緒だと思われたことには少し気分を悪くしていた。
「リンツール殿、私たちを見損なわないでください」
カムネスが静かに語り掛けるとリンツールは顔を上げてカムネスを見る。カムネスは笑うことも表情を険しくすることも無く、落ち着いた顔をしていた。
「私たちは貴方の依頼を断った冒険者たちとは違います。決して人を傷つけるような言動はしません」
「カムネス君……」
「メルディエズ学園は家族や大切な人、そんな人たちが住む国をベーゼやモンスターから護るために作られた機関です。その中には幼い頃にベーゼやモンスターに大切な人を奪われた生徒もいます。ですから、大切な人を失って悲しむ者を傷つけるようなことはしません」
メルディエズ学園に他人を傷つけるような生徒はいないとカムネスを真剣な表情を浮かべて語る。生徒たちの代表として状況次第で軽い発言をする愚かな冒険者と一緒にされるのはカムネスも気に入らないようだ。
リンツールは自分がメルディエズ学園の生徒に対して失礼な考え方をしていたことに気付き、軽く息を吐いてからもう一度カムネスの顔を見た。
「そうか……すまなかった」
「いえ」
謝罪するリンツールにカムネスは首を横に振りながら返事をした。目の前にいる生徒たちはあの時の冒険者とは違い、自分やナナルの気持ちを理解してくれているのだとリンツールは感じる。
二人の会話を聞いていたユーキはカムネスを見ながら小さく笑う。ユーキも家族を失う辛さを知っているため、リンツールとナナルを絶対に助けてあげたいと思っている。同時にナナルの両親の死を軽く考えているような発言をした冒険者たちには小さな怒りを感じていた。
「では、改めて君たちにナナルの警護を任せる」
「ハイ」
カムネスが返事をするとユーキたちもリンツールに視線を向け、「任せてください」と目で伝える。リンツールはユーキたちの顔を見ると大丈夫だと感じたのか小さく笑った。
「ルナパレス君と言ったか?」
「え? あ、ハイ」
突然リンツールに声をかけられたユーキはまばたきをしながら返事をする。リンツールは体の向きをユーキの方に変え、座りながらユーキと向かい合う。
「君の厳しい一言のおかげで私は本当のことを話すことができた。感謝する」
「あ、いや……こちらこそ偉そうなことを言ってすみません」
本当のことを知るためとはいえ、伯爵であるリンツールを説教するような発言をしてしまったことを失礼に感じたユーキは少し慌てた様子で頭を下げる。そんなユーキを見たカムネスとロギュンは小さく笑っており、フィランはチラッとユーキを見てから静かに目を閉じた。
ユーキとの話が済むとリンツールは再び前を向いてユーキたちを見回す。
「他に何か訊きたいことはあるかな?」
「リンツール伯爵、凶竜の残党を捜索する冒険者はもうクロントニアに来ているのですか?」
ロギュンが冒険者のことについて尋ねるとリンツールは小さく反応してロギュンに視線を向ける。
さっきまで冒険者から冷たい言葉を言われたという話をしていたため、冒険者の話題を出すのは少し抵抗があったが今しか聞くタイミングが無いため、ロギュンはリンツールの機嫌が悪くなることを覚悟して冒険者のことを尋ねた。
ユーキもどんな冒険者が依頼を受けたのか気になり、興味のありそうな顔でリンツールを見つめる。
「いや、まだ来ていない。君たちと同じ頃に依頼を出したから、そろそろ此処に来る頃だと思うぞ」
「……クロントニアの冒険者たちにはもう依頼は出さないのですか?」
ロギュンは少し呆れたような顔をしながら確認し、リンツールは腕を組んで不愉快そうな顔で頷いた。
「ああ、最初に話したが、既にこの都市の冒険者たちは凶竜に顔がバレてるため動かすことはできん。……それに今この都市には一度私の依頼を受け、二度目の依頼を断った者たちしかおらんのだ。依頼しても引き受けてくれんだろう。仮に彼らに受ける気があったとしても、家族の死を軽く思うような冒険者には依頼しようとは思わん」
「それがいいでしょうね」
ロギュンはリンツールの判断は間違っていないと感じて呟く。ユーキは軽く息を吐き、カムネスとフィランは無言でロギュンを見ていた。
ユーキたちもクロントニアにいる冒険者の全てがリンツールに冷たい発言をした者たちと同じだとは思っていない。だが、当時の冒険者たちの発言を考えると今は共に活動するべきではないとフィラン以外の全員が感じていた。
「それでどんな冒険者に依頼したんですか?」
ユーキは冒険者のことが気になってリンツールに尋ねる。冒険者によって接し方や対応の仕方が変わるため、ユーキたちはできるだけ細かく冒険者に情報が知りたかった。
「この広い都市から残党を見つけないといけないからな。S級冒険者チームに依頼を出した」
「ええぇっ! S級!?」
予想外の答えを聞いたユーキは思わず声を上げる。ロギュンも驚いており、流石のカムネスも意外そうな反応を見せた。
S級冒険者は冒険者の中でも最高位で大陸にも数えるくらいしか存在しない。しかもS級冒険者の実力は五聖英雄に匹敵するとも言われているため、ユーキたちが驚くのも無理はなかった。
(S級冒険者チームか、一度も会ったことのない最高の冒険者たちが来るのかよ。……ちょっと緊張してきたなぁ)
五聖英雄と同等の実力者たちが来ると聞かされてユーキは緊張する。仲の悪い冒険者ギルドの人間とは言え、最高位の冒険者と会うのだから緊張してもおかしくない。
ユーキたちはリンツールからS級冒険者チームの情報を更に聞こうとする。すると出入口の扉をノックする音が聞こえ、ユーキたちは一斉に扉の方を向いた。全員が扉に注目した直後、部屋の外からホランズの声が聞こえてくる。
「旦那様、依頼した冒険者の方々がいらっしゃいました」
共に凶竜の依頼を受けるS級冒険者たちがやって来たと聞いてユーキたちは一斉に反応する。そんな中、リンツールは扉を見つめながら静かに立ち上がった。
「冒険者たちも来たか……通してくれ」
「ハイ」
ホランズが返事をする声が聞こえた直後、扉が静かに開いて五人の男が入室する。男たちは全員身長が170cmぐらいで安物とは思えない装備を身に付けていた。
男たちは扉の前で横一列に並び、視線だけを動かして部屋の中を簡単に見回す。そんな中、メルディエズ学園の生徒であるユーキたちを見て小さく反応するが、無視するかのように視線をリンツールに向けた。
「遅くなり申し訳ありません、リンツール伯爵。今回依頼を受けさせていただいたS級冒険者チーム“黒の星”です」
一人の冒険者が一歩前に出てリンツールに一礼した。冒険者は二十代半ばぐらいで目は青く、薄い紫色の髪で左目を前髪で隠している。灰色の長袖長ズボンに革製のロングブーツを穿いており、黒いハーフアーマーと二本の短剣を装備した盗賊のような姿をしていた。そして、右手の甲には混沌紋が刻まれており、混沌紋を見たユーキたちは盗賊風の冒険者が混沌士だと気付く。
「よく来てくれた。君がチームのリーダーか?」
「ハイ、ルスレク・ハインリヒと申します」
盗賊風の冒険者はリンツールの顔を見ながら名乗り、リンツールはルスレクを見た後、彼の後ろに控えている四人の冒険者たちに視線を向ける。
四人の内、一人は三十代半ばくらいの男で茶色い短髪に黄色い目をしており、銀色の鎧と顔を僅かに出すフルフェイスの兜を装備し、銀色のハンドアックスと柄の短い白い金属製ハンマーを佩している。雰囲気から前衛で戦う戦士のようだ。
二人目は三十代後半ぐらいで濃い緑の髪に茶色い目をした男で木製の杖を右手に持ち、僅かに黄色い装飾の入った白いローブを着ている。見た目から神官のようだ。
三人目は、肩の辺りまである水色の髪と青い目を持つ二十代前半ぐらいの男で茶色の三角帽子を被り、緑の長袖に濃い灰色の長ズボン、涅色の短いマントを羽織った魔導士の姿をしていた。手には身長と同じくらいの銀色のロッドが握られている。
最後の一人は二十代半ばくらいで薄い緑の目と金髪を持った男だ。濃い茶色の革製の鎧を身に付け、二本の剣を佩している。軽戦士風の姿をしている彼も前線で戦う者のようだ。
「後ろにいるのが君の仲間たちか?」
「ハイ、右からゴーズ、セルシオン、バドリス、ワドと言います。皆、優秀な者たちです。必ず期待以上の成果を出してくれます」
ルスレクに紹介され、戦士、神官、魔導士、軽戦士は頭を下げて挨拶をした。これまで何度も貴族の依頼を受けてきたのか全員が緊張したりせずに堂々としている。
ユーキは貴族であるリンツールと普通に会話をする黒の星のメンバーを見て「流石はS級」と感心する。カムネスたちもルスレクたちの姿を無言で見つめていた。
「会長、黒の星って凄いチームなんですか?」
冒険者のことをよく理解していないユーキはカムネスに小声で問いかける。カムネスは視線だけを動かしてユーキを見ると静かに口を開く。
「黒の星はこれまで何度も難易度の高い依頼を完遂させ、貴族からも信頼されているチームだ。モンスターの討伐依頼も数えきれないほど引き受け、その中にはドラゴンのような上級モンスターを討伐する依頼もあったと聞いたことがある」
「かなり強いチームなんですね……」
カムネスから黒の星の実績を聞かされたユーキは目を軽く見開く。
S級冒険者なのだからそれなりの実績はあるだろうと予想していたが、ドラゴンまで討伐していたとはユーキも思っていなかったため、驚きながら黒の星を見つめる。
「では早速、依頼内容を詳しくご説明いただけますか?」
リンツールとの会話を終えたルスレクは仕事の詳しい説明を求める。他の四人も詳しい内容は分からないのか依頼の話題が出ると全員が真剣な表情を浮かべてリンツールに視線を向けた。
「分かっている。……だが、今はメルディエズ学園の生徒たちに依頼内容を説明をしているところなのだ。彼らへの説明が終わったら君たちの依頼内容を説明しよう」
「メルディエズ学園?」
ルスレクが尋ねるとリンツールは小さく頷いた。
「紹介しておこう。彼らが今回、孫の警護を引き受けてくれたメルディエズ学園の生徒たちだ」
そう言ってリンツールは座っているユーキたちの方を向いてルスレクたちに紹介する。ユーキたちは一斉に立ち上がり、黒の星のメンバーの下へ移動した。
ルスレクたちの前までやって来たユーキたちは一列に並んでルスレクたちと向かい合い、ルスレクたちも近寄って来たユーキたちを見る。
「……お前たちが伯爵のお孫さんを警護する生徒たちか」
「ああ」
ルスレクの問いにカムネスは静かに答え、二人は僅かに目を鋭くしながら向かい合う。ユーキたちはルスレクの後ろにいるゴーズたちを見つめ、ゴーズたちもユーキたちを見つめた。
生徒会長が率いる優秀な生徒たちと最高位であるS級冒険者チーム。メルディエズ学園と冒険者ギルドの実力者が向かい合ったことで部屋の空気が僅かに張り詰め、リンツールは少し緊張した様子で双方を見る。
(おいおいおい、大丈夫なのか? まさかいきなり揉め事を起こすつもりじゃ……)
空気の変化を感じ取ったユーキは向かい合うカムネスとルスレクを見ながら不安を感じる。




