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児童剣士の混沌士(カオティッカー)  作者: 黒沢 竜
第七章~大都市の警護人~
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第百話  伯爵と孫娘


 ユーキたちの乗る荷馬車は住宅区を目指して街道の中を走っていく。大都市と言うだけあって街道は広くそこにいる住民の数も多かった。住民たちは出店の前に集まったり、隣にいる者と会話をしながら歩く姿が見られる。

 荷馬車に揺られながらユーキは街道の中を見回して住民の数に驚く。同時に住民の中に大勢の警備兵がいることにも驚いていた。

 過去に訪れた町や都市でも色んな所で警備兵とすれ違ったり、姿を見かけることがあったがクロントニアでは一度警備兵を見かけてから次に見かけるまでの間隔が短い。ユーキは通常よりも多くの警備兵が町を巡回していることに気付き、都市を管理するリンツールがそれだけ凶竜の捜索に力を入れているのだと知った。

 街道にいる住民たちの数からユーキはクロントニアの人口が多く、都市が広いことを改めて実感し、これだけ広い都市から凶竜の残党を見つめるのは難しいかもしれないと感じた。

 ユーキが街道を見回す中、御者席のロギュンは荷馬車が住民とぶつからないよう注意しながら荷馬車を動かし、ゆっくりと街道の中を進む。それからしばらく街道の中を走り、ユーキたちは目的地の住宅区へ辿り着いた。

 住宅区には幾つもの一軒家が並んで建てられており、家の持ち主である住民たちが隣人と会話をしたり、帰宅した家族を出迎えたりなどしている。

 平和でのどかな雰囲気の住宅区を見たユーキたちは凶竜の残党が逃亡しているのに住民たちが安心して暮らせているのはリンツールがしっかり管理しているからだと思いながら移動する。

 住宅区を進みながらユーキたちはリンツールの屋敷を探す。そして、探し始めてから数分後、リンツールの自宅と思われる屋敷を見つけた。その屋敷は警備兵が言っていたとおり、他の民家と比べて大きく庭も広いため、ユーキたちは間違い無くリンツールの屋敷だと確信する。

 ロギュンは屋敷の入口である正門から少し離れた所に荷馬車を停め、ユーキたちは中庭の奥にある屋敷に注目した。


「おお~、大きな屋敷ですね」

「屋敷にはリンツール伯爵だけでなく、メイドや使用人、私兵部隊の兵士も共に暮らしているそうです。そのため、屋敷もあれだけ大きいのでしょう」


 ロギュンは屋敷が大きい理由を静かに説明し、説明を聞いたユーキは意外そうな顔をする。メイドや使用人が一緒に暮らすのは分かるが、私兵部隊の兵士まで貴族の屋敷で共に暮らすのは珍しいことだからだ。

 私兵部隊を屋敷に暮らさせている理由が近くに兵士を置いておきたかったのか、それともリンツールやその孫をすぐに護れるようにするためなのかは分からない。だが、どちらにせよ兵士が近くにいることはリンツールや屋敷で働く者たちを安心させるため、悪いことではないとユーキは思っていた。


「ただ、私兵部隊が共に暮らしているからと言って安心はできません。今の凶竜は自分たちが助かるために暗殺など、とんでもない行動を平気で執るようになっています。もしかすると、一番安全と思われている屋敷に忍び込んでリンツール伯爵やお孫さんを襲うかもしれません」

「確かに、追い込まれた奴ほど何をしでかすか分かりませんからね」


 リンツールの屋敷を見つめながらユーキは面倒そうな表情を浮かべながら、ロギュンも凶竜の行動が気に入らず、不愉快そうな顔をしていた。


「とりあえず屋敷へ向かい、伯爵から依頼の話を聞こう。……ロギュン、行ってくれ」

「あっ、ハイ。分かりました」


 カムネスに声をかけられたロギュンは反応し、馬に指示を出して荷馬車を動かした。荷馬車はゆっくりとリンツールの屋敷の正門へと近づいていく。

 正門前までやって来るとロギュンは荷馬車を停めた。すると正門の両端で待機していた四人の兵士の内、二人が荷馬車に近づいて来る。服装は都市内にいた警備兵たちと少し違い、身に付けている鉄製の鎧の左胸部分にはリンツール家の紋章が彫られていた。正門前にいた兵士たちこそ、リンツールの私兵部隊の兵士たちだ。


「止まれ、何者だ?」


 近づいて来た兵士の一人が目を鋭くして御者席のロギュンに声をかける。この数日間、主人であるリンツールとその孫が狙われているため、兵士たちの警戒心を強くしており、ロギュンたちのことも敵ではないか疑っていた。


「私たちはリンツール伯爵から依頼を受けたメルディエズ学園の生徒です」

「何、お前たちが?」

「ハイ、これが証明書です」


 ロギュンはメルディエズ学園の証明書を取り出して兵士に見せた。証明書を受け取った兵士は中身を確認し、もう一人の兵士を呼んで同じように確認させる。

 二人の兵士はしばらく証明書に書かれてある内容を黙読し、全て読み終えると証明書をロギュンに返した。


「確かにメルディエズ学園の証明書だ。……よく来てくれたな」


 警戒を解いた兵士を見ながらロギュンは証明書を受け取り、視線だけを動かして正門前や屋敷の周辺を確認した。


「随分、警戒が厳しくなっているようですね?」

「ああ、伯爵様から屋敷の周辺を厳重に警戒するよう命じられているのだ」


 兵士たちの話を聞いたユーキたちはリンツールが孫を護るために万全の状態で警備をしているのだと知って真剣な表情を浮かべた。


「とにかく入ってくれ。伯爵様は屋敷にいらっしゃる」


 そう言って兵士が正門前で待機している別の兵士たちに手を振り、正門前の兵士たちは正門を開けてユーキたちが屋敷に入れるようにした。

 正門が開くとユーキたちの荷馬車はリンツールの屋敷の敷地内に入り、荷馬車が入ると兵士たちは周りを見回しながら素早く正門を閉じる。そして、再び正門前の警備を再開した。

 ユーキたちの荷馬車は広い中庭の中にある一本道を通って屋敷に近づいていく。中庭は芝生や小さな噴水、花壇などがあり、どことなく高級感が感じられる。ユーキは荷台に乗りながら中庭を見回し、改めて貴族の住む場所は凄いと実感した。

 中庭を通過してユーキたちは屋敷の玄関前までやって来る。荷馬車は玄関の手前で静かに停車し、ユーキたちは一斉に荷馬車から降りて玄関の方へ歩いて行く。

 玄関の前にも私兵部隊の兵士が二人待機しており、兵士たちはユーキたちを見ると一瞬警戒したような反応を見せる。だが、正門を通って来たことからユーキたちは危険な存在ではないと気付いてすぐに警戒を解いた。


「我々はリンツール伯爵より依頼を受けたメルディエズ学園の者だ。リンツール伯爵にお会いしたい」


 代表であるカムネスは前に出て見張りの兵士たちに声をかける。兵士たちはメルディエズ学園の生徒が来たと知ると軽く目を見開いて互いの顔を見合い、すぐにカムネスに視線を戻した。


「……少し待て」


 兵士の一人は玄関を開けて屋敷内に入っていき、もう一人の兵士はユーキたちを見つめる。ユーキたちは兵士が誰かを呼びに行ったのだと知り、黙って兵士が戻ってくるのを待った。

 それからしばらくすると玄関が開いて先程の兵士が出てきた。そのすぐ後にもう一人、五十代半ばくらいで身長が160cmほど、首の辺りまである茶髪に同じ色の髭を生やし、緑の目に眼鏡を掛けた使用人が出てくる。

 使用人はユーキたちの前に立つと姿勢を正して頭を下げた。


「お待ちしておりました、メルディエズ学園の皆さま。私はリンツール家の執事長を任されているホランズと申します」

「代表のカムネス・ザクロンです」

「ザクロン?」


 ホランズはカムネスの名字を聞くと少し不思議そうな表情を浮かべる。ユーキも軽く小首を傾げながらホランズを見た。


「何か?」

「……あ、いえ、失礼しました。ザクロンと言う名を何処かで聞いたことがあるような気がしまして……」


 ホランズは軽く首を横に振り、カムメスはそんなホランズを黙って見つめる。


「オホン……失礼しました。旦那様は奥の部屋でお待ちです。どうぞ、お入りください」


 軽く咳をしてから気持ちを切り替えたホランズは玄関を開けてユーキたちを屋敷内に招き入れる。カムネスを先頭にユーキ、ロギュン、フィランの順番に中に入り、最後にホランズも屋敷に入って扉を閉め、玄関前には見張りの兵士たちだけが残った。


「あれがメルディエズ学園の生徒か。少年少女が来ると分かってはいたが、本当にまだ若い子たちばかりだったな」

「ああ、あんな子供たちが今回のような依頼を受けたり、ベーゼと戦ってると思うと大人としてちょっと複雑な気分になっちまうよ」

「まったくだ。……ところで、あの四人の中に小さい子供が二人いたんだが、どう思う?」


 兵士はユーキとフィランのことについてもう一人の兵士に尋ねる。もう一人の兵士はカムネスと比べて幼すぎる二人のことを考えながら空を見上げた。


「あの二人もメルディエズ学園の制服を着てたんだから、今回の依頼を受ける生徒なんじゃないのか?」

「それにしても幼すぎると思わないか? 確かメルディエズ学園の生徒は十四歳から十九歳の少年と少女だけのはずだ。だがあの二人、特に男の子の方はまだ十歳くらいだったぞ?」

「言われてみりゃあ、そうだなぁ……」


 ユーキの容姿を思い出した兵士たちは玄関の方を向きながら屋敷に入っていったユーキのことを考える。

 どうして児童がメルディエズ学園の生徒をやっているのか、なぜ児童が今回の依頼に派遣されたのか、兵士たちは理解できずに難しそうな表情を浮かべた。

 その頃、ユーキたちはホランズに案内されながら屋敷の中を移動していた。リンツールが待つ部屋に向かうまでの間、ユーキたちは数人のメイドや使用人、兵士とすれ違う。

 使用人たちの中には表情を鋭くしている者が何人かおり、使用人たちの顔を見たユーキたちは屋敷の中でも警戒していると感じながら廊下を歩いて行く。

 長い廊下を歩いていき、ユーキたちは一つの部屋も前まで案内された。ホランズは扉の前に来ると軽くノックをする。


「失礼します、メルディエズ学園の方々がいらっしゃいました」

「通してくれ」


 扉の向こうから男性の声が聞こえ、ホランズは静かに扉を開ける。扉が開くとユーキたちは静かに部屋に入った。

 ユーキたちが中に入ると横長の広い部屋が視界に入り、奥には大きな窓が二つ、両端には本棚が並んでいる。中央の右側にはアンティークの机と四つの椅子が置かれており、左側には来客用と思われる小さな机とそれを囲むように長いソファーと一人掛けソファーが二つずつ置かれたあった。そして、長いソファーの一つには初老の男性と幼い女の子が座っている。

 初老の男性は五十代後半ぐらいで濃い黄色の目を持ち、銀鼠ぎんねず色のオールバックに少し長めの後ろ髪を纏めた髪型をしており、フルフェイス髭を生やしている。身長は170cmほどで白と薄い黄色が入った青い貴族服を着ていた。

 幼女は八歳ほどで水色の目にクリーム色のカジュアルボブヘアをしており、身長はユーキより少し低めで薄いピンクと白のドレスを着ながら熊のぬいぐるみを抱いている。


「やっと来てくれたか」


 男性はどこか嬉しそうな口調で語りながら立ち上がり、幼女は不思議そうな顔でユーキたちを見ている。

 先頭のカムネスは男性と幼女の方へ歩いていき、ユーキたちもそれに続く。全員が入るとホランズは扉を閉め、男性と幼女が座るソファーの後ろに移動した。

 ユーキたちは男性の向かいにあるソファーの後ろに移動すると男性の方を向き、カムメスは軽く頭を下げて男性に挨拶をする。


「私たちが今回依頼を受けさせていただいたメルディエズ学園の者です」

「ウム、フリドマー伯から伺っている。必要ないと思うが一応名乗っておこう。私が依頼をしたラインハル・リンツールだ」


 カムネスと向かい合いながら男性は自己紹介をする。目の前にいる男性が依頼主であることに薄々気付いていたのかユーキとロギュンは驚いておらず、フィランは相変わらず無表情のままだった。

 自己紹介を終えたリンツールは右隣に座っている幼女に視線を向けた。


「この子が君たちに警護してもらうことになる孫のナナル・リンツールだ。……ナナル、挨拶しなさい」

「初めまして、ナナルです」


 リンツールが声をかけるとナナルは立ち上がり、ぬいぐるみを持ったまま微笑んで軽く頭を下げる。カムネスは表情を変えずにナナルを見ながら小さく頷き、ユーキとロギュンはナナルを見ながら笑みを返した。

 挨拶が済むとナナルは再びソファーに座って持っているぬいぐるみを抱きしめる。リンツールは視線をユーキたちに向け、カムネスはリンツールと目が合うと静かに口を開いた。


「私が今回の依頼で指揮を執るカムネス・ザグロンです」

「カムネス・ザグロン……ッ! まさか!」


 カムネスの名前を聞いたリンツールは少し驚いたような反応を見せる。ユーキはホランズに続いてリンツールもカムネスの名前を聞いて反応したのを目にし、再び不思議そうな顔をした。


「もしや君は、ザグロン侯の……」

「ええ、息子です」


 落ち着いた口調で語るカムネスを見てリンツールは目を見開き、後ろに控えていたホランズも驚く。ナナルは祖父であるリンツールが何を驚いているのか分からず、不思議そうにリンツールを見上げている。そして、ユーキも状況が理解できずに呆然としていた。


「あのぉ、副会長。リンツール伯爵はどうされたんですか? それにザグロン侯って……」


 ユーキは一番状況を理解してそうなロギュンに小声で問いかける。ロギュンはユーキを見ると姿勢を少し低くしてユーキの耳元に顔を近づけた。


「そう言えばまだ話していませんでしたね。会長はラステクト王国の名門貴族、ザグロン侯爵家のご子息です」

「ええぇー、会長、貴族だったんですか?」


 カムネスの正体を知ったユーキは目を大きく見開きながら小声で驚く。メルディエズ学園に入学してかなりの時間が経過しているのにまったく気づかなかったので衝撃は大きかった。

 驚くユーキを見た後、ロギュンは視線をリンツールと向かい合うカムネスに向ける。


「会長のお父様であるザグロン侯爵は軍事の責任者を任されておられる方で王国軍の派遣を始め、国の防衛や編成などを行っています。侯爵自身も元は騎士で三十年前のベーゼ大戦では若くして多くのベーゼを倒した功績を上げられたそうです」

「へぇー、凄いお父さんなんですね」


 ロギュンの話を聞いたユーキはカムネスに視線を向ける。ユーキには父親がいないため、ラステクト王国で重要な役割を任されている父親を持つカムネスを凄いと思った。


「侯爵はいずれ会長に自分の後を継がせようと思っていたそうです。会長が後継ぎに相応しい力と知識を身に付けさせるために厳しい教育をなさり、会長が十四歳になるとすぐにメルディエズ学園に入学させたとか……」

「す、凄いだけじゃなくって厳しい人でもあったんですね。……会長は不服に思わなかったんですか?」

「少しは不服に思っていたそうですよ。ですが、メルディエズ学園に入学すれば自分を強くすることができると考えられた会長は素直に入学されたそうです」


 カムネスが入学を嫌がらなかったと聞いたユーキは前向きな性格だと考えながら軽く苦笑いを浮かべる。


「入学した会長は混沌術カオスペルやグラディクト抜刀術を使って次々と依頼を完遂させて行き、更に神刀剣に選ばれたことであっという間に生徒会長にまでなられたんです」


 説明を終えたロギュンは姿勢を直し、ロギュンを見ながら話を聞いていたユーキも無言でカムネスに視線を向けた。

 父親であるザクロン侯爵の厳しい教育に屈せず、自分を強くするためにメルディエズ学園に入学し、生徒会長になったカムネスは力だけでなく心も強いのだと、ユーキはカムネスの心身の強さに感服した。


「ザグロン侯爵のご子息とは知らず、大変失礼した。申し訳ない」

「やめてください。私は今回、メルディエズ学園の生徒として来たのです。父は関係ありません」


 カムネスは目を閉じながら首を軽く横に振り、身分は関係無いことを伝える。カムネスは周りの人間が自分の正体を知って態度を変えることををあまり良く思っていないようだ。


「それより、依頼の詳しい話を聞かせていただけますか?」

「あ、ああ、そうだな。……とりあえず座ってくれ」


 座る許可を得たユーキたちは空いているソファーに腰を下ろす。ユーキとフィランは一人掛けソファーに座り、カムネスとロギュンは長いソファーに座る。

 リンツールから見て右からユーキ、カムネス、ロギュン、フィランの順に座り、四人が座ったのを確認したリンツールもソファーに腰を下ろした。

 ソファーに座ったリンツールは改めて目の前に座るメルディエズ学園の生徒たちを見る。カムネスと隣に座るロギュンは問題無いが、一人掛けソファーに座るユーキとフィランを見ると、児童と幼い女子生徒がいて大丈夫なのかと少し不安を感じた。

 だが、ガロデスに依頼した時に彼からは優秀な生徒を派遣すると言われたため、ガロデスの言葉を信じ、目の前にいる生徒たちのことも信じようと考えた。

 ユーキたちを確認し終えたリンツールは軽く咳をして気持ちを切り替え、真剣な表情を浮かべてユーキたちを見た。


「先程も話したように君たちにはこのナナルの警護に就いてもらう。期間は凶竜のメンバーを全員捕らえ、ナナルの安全が保障されるまでだ。時間は掛かると思うが、掛かった分はしっかり報酬を上乗せさせてもらう」


 ナナルの頭を優しく撫でながらリンツールは依頼内容と期間を話し、ユーキたちはリンツールの話を黙って聞いている。

 依頼内容は理解しているつもりだが、聞き間違いなどがあるかもしれないため、ユーキたちは念のために依頼主であるリンツールの口から依頼内容に聞いておこうと思っていた。


「逃亡しているのは凶竜のボスであるゲルガン・ゴーゴルという男と幹部二人、そして十数名の下っ端だ。他のメンバーは全員捕らえたが、奴らは今もこのクロントニアの何処かに身を隠しているのだ」

「凶竜の残党の捕縛は冒険者たちが行うと聞いたのですが、彼らは私たちがお孫さんの警護をすると知っているのですか?」

「伝えてある。何も伝えずに仕事を任せ、後になって『なぜメルディエズ学園の生徒がいるんだ』、などと言われては敵わんからな」


 髭を左手で整えながらリンツールは語り、ユーキは少しでも冒険者側と問題が起きる可能性が低くなったと知り、心の中で安心する。


「依頼した冒険者はやはりクロントニアで活動している冒険者なのですか?」

「いや、首都で活動する冒険者に依頼を出した。既にクロントニアで活動している冒険者たちの顔は凶竜に知られている。彼らが動けば私が再び残党の捜索を再開したことがバレてしまうからな。捜索がバレないよ、奴らの知らない冒険者に依頼したのだ」

「成る程」


 凶竜たちに気付かれないよう捜索するために首都フォルリクトにいる冒険者に依頼したことは間違っていないと感じたカムネスは納得する。ユーキたちも顔を知られていない者なら動きやすいと考えており、カムネスと同じように納得した。


「残党の捕縛は冒険者たちに任せるので、君たちはナナルの警護にだけ集中してくれ」

「分かりました。……ところで、警護中のお孫さんの行動などに制限などはあるのですか?」


 ナナルの行動制限を理解しておいた方が警護する自分たちも行動しやすいと考えたカムネスはどの範囲まで動いていいのか、やってはいけないことなどはあるのかリンツールに尋ねた。

 リンツールはナナルの方を見ると彼女の頭をそっと撫でながら口を開いた。


「まず、一人で行動することは禁止している。屋敷の中でも必ず誰かと一緒に行動するようにしており、外に出る際は警護を四人以上連れて馬車で移動させている」

「……屋敷の外に出ることはできるだけ控えた方がいいと思います。凶竜がいつお孫さんの命を狙って襲ってくるか分かりません」

「それは十分理解している。……だが、この子を護るためと言ってずっと屋敷に入れておいては体を悪くしてしまうかもしれん。何よりも護るためと言って長い間、閉じ込めておくのも心が痛むのだ」

「お孫さんの命を護るのでしがら屋敷の外に出さないのが一番だと思いますが?」


 カムネスの言葉にリンツールは目を閉じて黙り込む。確かにナナルの身の安全を考えるのなら凶竜の残党を捕らえるまで屋敷の外に出さない方がいいだろう。だが、リンツールは護るためとは言え、ナナルを屋敷に閉じ込めてストレスを与えるようなことはしたくないと思っていた。


「……ナナルの身の安全を第一の考えるのは分かっている。だが、やはりナナルを屋敷に閉じ込めるようなことはできん。少なくとも、明日と明後日は屋敷に閉じ込めておく訳にはいかんのだ」

「どういうことです?」

「明日と明後日はこの子にとってとても大切な日なのだ……」


 ナナルの頭を撫でながらリンツールはどこか寂しそうな顔をし、ナナルも目を閉じてリンツールによりかかる。二人を見たカムネスは僅かに目を細くし、ユーキも何か事情があると感じた。

 リンツールとナナルをしばらく見つめたカムネスは目を閉じ、軽く俯いて黙り込む。やがて、ゆっくりと目を上げるとカムネスはリンツールを見ながら口を開く。


「分かりました。リンツール殿がそうされたいのでしたら、私たちはそれに従います」


 ナナルを屋敷に閉じ込めたくないというリンツールの意思を第一に考えたカムネスはナナルを外出させることに納得する。ロギュンはカムネスの答えを聞いて軽く目を見開いて驚き、ユーキとフィランは無言でカムネスの方を向いた。


「会長、よろしいのですか?」

「僕らには依頼主に助言することはできても行動を強制させる権利は無い。依頼主であるリンツール殿がそうしたいと仰るのなら僕らはそれに従い、全力で彼女を護るだけだ」


 メルディエズ学園の生徒としてやるべきことをやるというカムネスの答えを聞いたロギュンはどこか納得できないような顔をする。しかし、生徒会長であるカムネスが決めたのなら、副会長としてそれに従うべきだとロギュンは自分に言い聞かせた。


「では、明日と明後日の外出時は此処にいる四人全員でお孫さんに同行して警護に就きます。警護の流れなどはこちらで決めさせていただきますが、構いませんか?」

「ああ、よろしく頼む」


 リンツールはカムネスに深く頭を下げ、ナナルも祖父であるリンツールの真似をしたのか小さく頭を下げる。ユーキは頭を下げるナナルが可愛く見えたのか小さく笑みを浮かべながらナナルを見ていた。


「さて、ここまでで何か質問があるのかな? 訊きたいことがあれば言ってくれ」


 顔を上げたリンツールはユーキたちに気になることは無いか尋ねる。カムネスはロギュンとフィランの方を向き、「質問はないか」と目で尋ねた。

 ロギュンは黙って首を横に振り、何も無いことを伝える。フィランは興味がないのか無表情のままリンツールを見ていた。


「リンツール伯爵、一ついいですか?」


 カムネスたちが質問が無いか確認しているとユーキが軽く手を上げてリンツールに声をかける。カムネスたちは一斉にユーキの方を向き、リンツールもユーキに視線を向けた。


「何かな?」

「……どうして凶竜の残党の捕縛は再開することにしたんですか?」


 ユーキの口から出た言葉にリンツール、カムネスとロギュンは反応する。今になって捕縛を再開した理由を尋ねてきたので三人は少し驚いていた。


「フリドマー伯から聞いていなかったのかね? 凶竜がナナルを暗殺しようとしたのでナナルを護るために逃亡中の残党を捕らえることにしたのだよ」

「それは聞いています。……でも、ナナルちゃんを護るためであれば、どうして最初に脅迫してきた時に凶竜の要求を呑まなかったんですか?」


 意味深な言葉を口にしながらユーキは真剣な顔でリンツールを見る。ユーキと目が合ったリンツールは少し驚いたのか軽く目を見開いた。

 ナナルの護るために動いた、つまりナナルを死なせたくないから凶竜の捕縛を再開したということになる。だがナナルを死なせたくないのなら、ナナルが刺客に襲われる前に凶竜の要求を呑み、彼らをクロントニアから出してやるべきだったのではとユーキは考えていた。

 しかし、リンツールは最初に脅迫された時には捜索を中止しただけで正門での身元確認は続けており、凶竜の残党をクロントニアから出さないようにしていた。孫のナナルを大切に思っているのに最初は凶竜の要求を呑まず、脅迫された後も身元確認を続けて凶竜を逃がさないようにしていたことにユーキは矛盾を感じてリンツールに尋ねたのだ。


「凶竜は自分たちを壊滅させようとする伯爵に刺客を差し向けて殺そうとするほど危険な連中です。そんな連中がナナルちゃんを暗殺すると脅してきたのなら、ナナルちゃんを護るためにも奴らの要求を呑むべきではないでしょうか?」

「確かに……しかし、私はこのクロントニアの管理を任された存在、自分が管理する都市から犯罪者を逃がすことはできなかったのだ」

「自分の家族を危険にさらしてまで、ですか?」


 ユーキは僅かに目を鋭くし、低い声でリンツールに尋ねる。クロントニアを管理する立場だからと言って、ナナルが殺されるかもしれないと理解していながら凶竜を逃がさないようにしていたことにユーキは若干腹を立てていた。

 雰囲気が変わったユーキを見てリンツールは小さく反応する。ロギュンは伯爵であるリンツールに失礼な口を利くユーキを止めようとするが、カムネスがロギュンの前に手を出して彼女を止め、止められたロギュンは大人しくユーキとリンツールの会話を聞く。


「貴方は町を巡回する警備兵を増やしたり、ナナルちゃんを外に出す際は必ず護衛を付けている。少なくとも貴方はナナルちゃんを大切に思っている。そのナナルちゃんが狙われているのなら、管理する立場よりもナナルちゃんの命を優先するべきじゃないでしょうか?」

「……」

「そこまでナナルちゃんを大切に思っているのなら、なぜ奴らを逃がさないんですか?」


 リンツールはユーキの問いに答えず黙り込む。リンツールの隣に座るナナルは難しい顔をする祖父を見上げており、ユーキはリンツールが答えるのを黙って待つ。すると、話を聞いていたカムネスがリンツールに声をかけた。


「リンツール殿、私もこのルナパレスと同じで貴方が最初に凶竜の要求を呑まなかった理由が気になっていました。なぜ凶竜を逃がさなかったのか、よろしければ話していただけませんか?」


 カムネスが真剣な表情を浮かべながらリンツールを見つめ、リンツールもカムネスの顔を無言で見つめた。

 孫のナナルを危険にさらしてまで凶竜を見逃そうとしなかった理由とはいったい何なのか、ユーキたちは口を閉じてリンツールが返事をするのを待った。やがて、リンツールは目を閉じて深く溜め息を付く。


「……すまない。分かった、正直に話そう」


 観念したのかリンツールは目を開け、どこか深刻そうな表情を浮かべながらユーキたちを見つめる。


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