第九話 入学式
小鳥が鳴く静かな朝、バウダリーの町では住民たちが朝食を食べたり、仕事をするために出店の準備をしたりしている。冒険者たちも依頼を受けるために冒険者ギルドに移動したりしていた。
高級宿である虹色亭でも大勢の従業員が掃除などをしている。宿泊客も食堂で食事をしたり、自室で外出の準備などをしていた。そんな虹色亭の一室でユーキは一人、メルディエズ学園の制服に着替えている。今日はメルディエズ学園で入学式が行われるのだ。
入学試験から今日まで、ユーキは入学後に授業について行けるよう図書館で勉強したり、バウダリーの町の探検などをしてのんびり過ごしていた。そして、二日前にメルディエズ学園からユーキの制服と教材などが届き、ユーキは今、その届いた制服を着ている最中なのだ。
「……おおぉ、ピッタリだ。ここまで綺麗に作るとは思ってなかった」
ユーキは自分が着ているメルディエズ学園の制服を見て感心する。転生前の世界と違ってミシンのような道具も無い異世界でサイズの合った綺麗な制服を作れたことに驚いていた。
「確かこの制服はかなり優れた服だって持ってきた学園の人が言ってたけど、子供がそんな服を着ていいのか?」
ユーキが子供である自分が優れた性能を持つ制服を着て問題なのか疑問に思う。
メルディエズ学園は冒険者ギルドと違って一部の装備が決められているため、学園が装備を用意して生徒に提供することになっている。武器は普通の物だが、防具である制服は生徒が少しでも生き残る確率を上げるために丈夫な素材で作られ、防御力を高める魔法も付与されており、新人冒険者よりも優れた装備をしているのだ。
未成年の自分たちが並の冒険者よりも優れた物を使っていることにユーキは若干複雑そうな顔をする。そして、この装備の良さの違いもメルディエズ学園と冒険者ギルドの不仲の原因の一つではないかと考えた。
「まぁ、メルディエズ学園は三十年前のベーゼとの戦争で優秀な戦士を育てた功績があるから、これだけ優れた制服を使うことを許可されているのかもな」
上着やズボンを見ながらユーキは納得したような顔をする。同時に、メルディエズ学園はモンスター討伐だけでなく、モンスターよりも恐ろしいと言われているベーゼとの戦闘も任されているため、それなりの武器と防具を持つことが許されているのだとユーキは思った。
制服をちゃんと着れているかを確認したユーキはベッドの上に置いてある月下と月影を手に取って腰に差す。そして、メルディエズ学園に持っていく教材や最初に来ていた服を大きめの革袋に入れていく。メルディエズ学園は全寮制であるため、私物は全て学園寮に持っていかなくてはならなかった。
ユーキが荷物を入れている革袋は盗賊を倒した時に手に入れた通貨を使って街で購入した物だ。羽ペンなどの筆記用具を買ったため、通貨は殆ど残っておらず、あまり質の良い物は買えなかったが、それでも丈夫で大きめの袋を買うことができた。
私物を全て革袋に入れたユーキは袋の口を閉じて左肩に担ぐ。既に朝食は済ませているため、あとはメルディエズ学園に向かうだけだった。
「さて、出発しますか。この高級宿ともこれでお別れだな」
高級感のある部屋を眺めながらユーキは少し名残惜しそうな声を出す。最初は高級感に落ち着かなかったユーキもこの数日間で高級宿の暮らしに慣れ、生活しやすい虹色亭を去ることに小さな抵抗を感じていた。
ユーキは軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせると右手で自分の頬を軽く叩いた。
「いかんいかん、楽な暮らしに馴染むと今後の生活に耐えられなくなっちまう。しっかりしないとな」
これからは楽な暮らしはできず、学園寮で自分のことは全て自分でやらなくてはいけないため、今の内に以前の暮らしの感覚に戻さなくてはならなかった。
怠惰な生活は身を亡ぼすと祖父から教わっていたため、ユーキは祖父の言葉を思い出しながら気持ちを切り替える。
頬を叩いて気を引き締めると、ユーキは革袋を担いで部屋を後にする。そのまま受付まで移動し、世話になった従業員たちに挨拶をするとユーキはメルディエズ学園に向かうために虹色亭を出ていった。
虹色亭を出たユーキは人の少ない街道を歩いて西門へと向かう。途中、自分と同じようにメルディエズ学園の入学式に参加する少年や少女を見かけ、全員が荷物や武器を持って西門に移動している。それを見たユーキは転生前の高校入学を思い出したのか、小さく笑みを浮かべていた。
西門に辿り着くとユーキや他の新入生たちはバウダリーの町とメルディエズ学園を繋ぐ一本道を歩いて行く。新入生たちは入学試験の時に通った道を再び通ることができることを嬉しく思いながら学園に向かう。ユーキもどんな学園生活が待っているのだろうと想像ながら歩いた。
メルディエズ学園に到着し、正門を潜ると中庭には在学中の生徒たちの姿があり、ユーキたちを見ると笑ったり手を振ったりして挨拶をしてきた。ユーキたちも挨拶をしてくれる先輩たちに挨拶を返しながら中庭の中を歩いて行く。
ユーキたちはまず、自分たちの私物を置くためにこれから生活する学生寮へと向かう。途中ですれ違った先輩の生徒や教師に学生寮の場所を教えてもらい、学園の南側に向かって移動する。しばらく移動すると、ユーキや新入生たちは学生寮に到着した。
学生寮は三階建ての建物が二つあり、その間に大きな一階建ての建物がある作りになっている。学生寮を見た新入生たちは目を見開き、ユーキも意外そうな顔で学生寮を見ていた。
「これが学生寮か……確か真ん中の建物が中央館で集会場と食堂があるんだったな。そんで、左右の建物が男子寮と女子寮になってるんだっけ」
ユーキは学生寮を見上げながらそれぞれの建物が何なのか呟く。実は制服と教材を受け取った時にメルディエズ学園の建物の説明が書かれた羊皮紙を受け取っており、ユーキはそれを見て学生寮の情報や作りを理解していたのだ。
学生寮の外見を簡単に確認したユーキは中央館の右側にある男子寮へと移動し、他の新入生たちも自分が生活する寮へ移動する。男子生徒はユーキの後に続き、女子生徒は左側の寮へ向かった。
寮内に入ると広いエントランスがユーキたちを出迎え、それを見たユーキや男子生徒は目を見開く。寮と言うから古くて汚れているのではと思っていたが、思っていたより綺麗な内装だったので全員が驚いた。
ユーキたちは荷物を置くために自分が使う部屋へ移動する。寮の中は複雑な作りになっており、多くの生徒が自分の部屋の場所が分からずに迷っていた。
メルディエズ学園の学生寮は生徒の階級によって使用する階が決まっており、上級生は三階、中級生は二階の部屋を使う。そして、下級生は一階を使うことになっており、下級生は二人一部屋の相部屋となっている。中級生以上になれば一人部屋を使うことができるため、下級生の中には一人部屋が欲しいという理由で中級生を目指す者もいた。
ユーキは広めの廊下を歩いて自分の部屋を探す。そして、一つの扉の前にやって来ると立ち止まって扉を見つめる。扉には数字で130と書かれた表札が付いていた。
「130号室、此処が俺の部屋だな」
自分の部屋を見つけたユーキは扉を開けようとドアノブを握る。すると、一人の男子生徒がユーキの隣にやって来た。
「君もその部屋なのかい?」
声を聞いたユーキはドアノブから手を放して声が聞こえた方を向く。そこには十四歳ぐらいで身長が約160cm弱、水色の短髪に青い目をした大人しそうな雰囲気の男子生徒が立っていた。彼の右手には大きめの革製の鞄が握られており、腰には一本の剣が差してある。
「君もってことは、アンタが俺と同室になる人?」
ユーキがまばたきをしながら尋ねると、男子生徒は小さく笑いながら頷いた。
「ああ、そうだよ。僕はディックス・ダイナ、よろしく」
ディックスを名乗る男子生徒は鞄を床に置くと右手を前に出して握手を求める。ユーキは挨拶をするディックスを見て意外そうな顔をした。
てっきり、児童である自分を小馬鹿にしたり、「どうして子供がいるんだ」と言ってくると思っていたが、普通に接して来るディックスを見てユーキは驚いていた。同時に、一切嫌な顔をしないディックスを見てユーキは少しだけ嬉しさを感じる。
手を差し出すディックスを見て、ユーキも右手を出してディックスと握手をした。
「俺はユーキ・ルナパレス、よろしく」
「ユーキ・ルナパレス? もしかして、君があのユーキ・ルナパレスかい?」
「えっ、俺のこと知ってるの?」
「勿論、入学試験の時に実技で最も優秀な成績を出し、十歳で入学試験を受けた子だって有名だよ」
「そ、そうなんだ……」
少し興奮したような口調で話すディックスを見てユーキは少し動揺したような反応をする。特別に入学試験を受けさせてもらった自分のことはガロデスや一部の教師以外は知らないと思っていたのに、既に噂が広まっていることユーキは内心驚いていた。
「小さいのに実技試験を最優秀で合格するなんて、君、凄いじゃないか」
「ありがとう……でも、学科の試験は最悪だったけどね……」
「学科試験が悪くても、この学園に十歳で入学できたんだから、君は十分凄いと思うよ」
学科試験の成績など関係無いと言いたそうなディックスを見てユーキは苦笑いを浮かべる。必要以上に自分のことを高く評価するディックスにユーキは少し調子が狂ってしまいそうだった。
「と、とりあえず部屋に入って荷物を置こうか? 早くしないと入学式が始まっちまう」
「あっ、そうだったね」
入学式の時間が迫っていることを思い出したディックスは鞄を持って扉を開ける。中を見ると、そこには畳八畳ほどの広さの部屋があり、部屋の両端にユーキとディックスがそれぞれ使うベッドが置かれてある。ベッドの足の方には勉強用の机があり、その隣には衣服や道具を仕舞うチェストが置かれてあった。
生徒二人が生活するには若干狭い部屋だが、下級生なら仕方がないとユーキとディックスは納得して中へ入った。
部屋に入ったユーキとディックスは自分の机とベッドを決めると荷物をチェストに仕舞い、武器をだけを持ったまま部屋を出て、入学式が行われる校舎へ向かうために移動する。
ユーキとディックスが男子寮を出る時、新入生たちも校舎へと向かうために外に出ていた。男子生徒だけでなく女子生徒の姿もあり、全員が真っすぐ校舎内にある入学式の会場へ移動する。
校舎に入った新入生たちは教師たちに案内されながら会場である広い部屋にやって来た。そこは集会場ような場所で新入生が座る椅子だけが並べられている。新入生たちは椅子に座って入学式が始まるのを待っており、その中にはユーキの姿もあった。
しばらくすると入学式が始まり、メルディエズ学園の学園長であるガロデス、教師であるオースト、コーリアたちが部屋にやって来る。ガロデスたちが入室すると新入生たちは一斉に姿勢を正し、ガロデスたちの方を向いた。
ガロデスは部屋の奥に置かれている演壇に付き、オーストたち教師は部屋の隅に横に並んで新入生たちの方を向く。そんな中、ガロデスは新入生の中にユーキがいるの見つけると周囲が気付かないくらい小さく笑う。ユーキがメルディエズ学園に入学してきたのを見て、ガロデスは改めて嬉しく思った。
その後、入学式が始まってガロデスはユーキたち新入生に挨拶をする。そして、メルディエズ学園に入学したユーキたちのやるべきこと、将来のためにしっかりと学園で訓練や勉学に励んでほしいことを伝えた。
新入生たちはメルディエズ学園が有名でとても優れた教育機関であることを知っているため、その有名な学園に入れたことを誇りに思い、しっかり学んでいこうと思いながらガロデスの話を聞く。勿論、ユーキも新しい人生を悔いなく過ごすために頑張ろうと思っていた。
――――――
ガロデスの挨拶が終わると、教師の一人が入学式が終わった後は何も予定は無いので自由にして構わないと伝え、入学式は無事に終了した。ガロデスやオーストたちは部屋を後にし、教師たちが出ていくと残った新入生たちは立ち上がったり、友人同士で会話を始める。
入学式が終わって自由時間を得た新入生たちは学園の中を見学したり、学生寮に戻って明日の支度をするために会場から出ていく。ユーキと同室であるディックスも共に入学した友人と学園を回るために移動した。
新入生たちが会場から出ていく中、ユーキも学園を見学するために外に出る。会場の外に出たユーキは周囲を見回し、まずは何処へ行こうか考えた。
「この学園は思った以上に広いからな。見れる所を全部見て回ったら、あっという間に時間が過ぎちまいそうだ。しかも何処に何があるのか分からないから、道に迷っちまう可能性もあるし、どうするかなぁ……」
効率よく学園の中を見て回るにはどうすればいいのか、ユーキは腕を組みながら考える。ユーキが考えている間、他の新入生たちは次々と学園の探検や明日の準備をするために移動していた。
ユーキはしばらく考え込むと、腕を組むのを止めて軽く息を吐く。
「……考えてても時間が過ぎるだけだな。とりあえず、校舎や学園の敷地内を見て回るか」
「意外と適当な考え方をするのね?」
聞き覚えのある女性の声がし、ユーキは声の聞こえた方を見る。そこには二本の剣を佩した金髪ツインテールの少女、アイカ・サンロードの姿があった。
「アイカ!」
「貴方なら必ず試験に合格すると思ってたわ」
微笑みを浮かべるアイカを見てユーキはいきなりアイカと再会できると思っていなかったのか少し驚いた反応を見せる。だが、知っている人間と出会えて安心したユーキはすぐに笑みを浮かべた。
「まさかこんなに早く再会できるとは思ってなかったよ」
「私は貴方が入学してくると思ってたから、入学式が行われるこの部屋の前で待ってれば必ず会えると思ってたわ」
「ハハ、そっか」
アイカの行動にユーキは思わず笑ってしまい、そんなユーキを見てアイカもクスクスと笑い返す。
「改めて、ようこそメルディエズ学園へ」
「ああ、ありがとう」
入学を歓迎するアイカにユーキは礼を言い、二人は握手を交わす。アイカも入学試験の前日に出会った時からユーキに興味を抱いてたため、再会できたことを喜んでいた。
「ところで、貴方さっき学園の中を見て回るって言ってたけど、よかったら案内するわよ?」
「え、いいのか?」
「ええ、今日は授業も依頼も無いから時間があるの」
「そうか。じゃあ、お願いするよ」
ユーキは笑いながらアイカに案内を頼む。アイカが何も言わなかったら自分から案内を頼もうと思っていたので、ユーキにとって都合がよかった。
アイカに案内され、ユーキはメルディエズ学園の校舎内を見て回った。各生徒が使う教室を始め、職員室、図書室、保健室、魔法薬の保存庫、魔法訓練所など色々な部屋が校舎の中にあり、ユーキは校舎を周りながら転生前に通っていた学校と構造や雰囲気が似ていると感じる。
校舎を案内されながら、ユーキはアイカにメルディエズ学園にはどんな生徒がいるのか、授業や依頼の内容などはどうなっているのか聞いた。アイカは答えられる範囲のことは細かく説明し、ユーキはアイカの分かりやすい説明を聞いて納得の反応を見せる。
ユーキが質問する中、アイカもユーキに入学試験はどうだったのか尋ねた。ユーキは実技試験は高得点だったが、学科試験の方は最低だったことなどを素直に話す。話を聞いたアイカはユーキは幼いから学科試験の結果が悪くても仕方がないと苦笑いを浮かべていた。
入学試験の話が済むと、ユーキは自分が混沌士になったことや混沌術の能力のこともアイカに教える。アイカは自分と同じ混沌士なので、話しても何にも問題は無いだろうとユーキは思っていた。
「まさか貴方も混沌士になるなんて、驚いたわ」
「俺もだよ。まさか自分が三百人に一人が得られる力を手に入れるとは思ってなかった」
廊下を歩きながらユーキは笑みを浮かべ、アイカも右隣を歩きながらユーキを見て小さく笑う。アイカは児童のユーキが混沌術の開花させたことに驚いていたが、同時にユーキが自分と同じ存在になったことに嬉しさのようなものを感じていた。
「貴方の混沌術、確か強化だったかしら? 話によるとあらゆるものを強化できる能力なのでしょう? だったら戦い以外でも色々使い道があるんじゃないかしら?」
「ああ、混沌術のことを先生たちに話した時もそう言われたよ。だからなのか、俺は他の生徒よりも積極的に難しい依頼を受けるようにって言われたよ……」
難易度の高い依頼を受けさせられることに対してユーキは深く溜め息を付く。アイカは暗い顔をするユーキを気の毒に思いながら苦笑いを浮かべる。
「ま、まあ、私も混沌士で難しい依頼を回される立場だから、気持ちは分かるわ。貴方が依頼を受けられるようになって、もし何か困ったことがあったら私に相談して、力になるから」
「あぁ、あんがと……」
肩を落としながらユーキは低い声で返事をする。この先、難しい依頼を受けさせられると思うと、どうしても気が滅入ってしまう。アイカはユーキを元気づける言葉が思い浮かばず、苦笑いを続けることしかできなかった。
一通り校舎の中を見て回ったユーキは次に学生たちが依頼を受ける受付に案内される。受付は校舎の入口のすぐ横にあり、受付嬢と思われる数人の若い女性が座っていた。
受付の隣には大きな掲示板があり、そこに依頼が書かれた羊皮紙が何枚も貼り付けられている。掲示板の前には大勢の生徒が集まって自分にあった依頼を探しており、ユーキとアイカは掲示板から少し離れた所でその様子を見ていた。
「あそこの掲示板に学園に来た依頼が張り出されているの。私たち生徒はそこから自分が受けられる依頼を選び、受付に持って行って引き受けるのよ」
「成る程ねぇ……自分が受けられる依頼って言ったけど、生徒によって受けられる依頼が決まってるのか?」
「ええ、一番下の下級生は主に薬草採取や馬小屋の掃除みたいな危険度の低い依頼を受けることになっているわ。そして、下級生の中で一定数の依頼を完遂した生徒はゴブリンのような下級のモンスターや凶暴な獣の討伐依頼を受けられるようになるの。戦闘経験が少ないから中級生以上の生徒が同行することになっているけどね」
「まぁ、そうだろうな。実戦の経験が無いのにいきなり自分たちだけでモンスターを討伐しろって言われてもできるはずがないからな」
戦い方を知らない生徒だけで討伐依頼を受けてしまったら怪我をする可能性が高い。それを防ぐためにも戦闘経験が豊富で下級生たちに指示を出す存在が必要があると、ユーキはアイカの説明を聞いて納得した。
それからアイカは各生徒がどんな依頼を受けるのか、依頼を受けるまでの間、どのように過ごすのかなども教えてくれた。アイカの話では下級生は訓練や授業で体力と知識を身に付けながら依頼を受け、その中で一定の功績を上げた生徒が中級生になれるそうだ。
中級生は下級生と違って実力が認められた存在であるため、訓練と授業は任意で受けることができるようになり、依頼を受けることを優先される。勿論、実力が認められているため、一人で依頼を受けることが可能だ。依頼によっては数人の中級生が一つの依頼を受ける場合もある。
受ける依頼はモンスターやベーゼの討伐、各地に開いたベーゼの世界とを繋ぐ穴の封印が多く、下級生では絶対に完遂できないものばかりらしい。そんな危険な依頼を完遂し、一定の功績を上げた中級生が最高の上級生になれる。
上級生も中級生と同じで任意で訓練や授業を受けられるようになり、依頼を優先して活動する。そして、メルディエズ学園に入って来た依頼の中でも特に難易度の高い依頼や貴族のような特別な存在からの依頼を中心に受けるのだ。
因みにアイカの話では、現在メルディエズ学園に存在する上級生は七人だけで、生徒の殆どが中級生らしい。下級生は今回入学してきた生徒を足しても中級生より少ないそうだ。
「中級生と上級生は下級生と違って扱いが随分違うんだな」
アイカから生徒たちの受けられる依頼や学園での扱いの話を聞いたユーキは少し意外そうな表情を浮かべる。下級生と違い、中級生以上の生徒は授業や訓練を好きな時に受けられると知ってユーキも驚いたようだ。
「中級生以上の生徒は一人前の戦士や魔導士として扱われるから、授業を受ける必要も無いと判断され、殆どが依頼の方に回されるの」
「そうなのか……因みにアイカは中級生なのか?」
「ええ、しかも混沌士だからよく難易度の高い依頼が回されるわ」
難しい依頼ばかりを受けさせられると言うアイカを見て、ユーキは自分もいずれはアイカと同じように苦労するのだなと感じ、小さく溜め息を付いた。
「……そう言えば、アイカの混沌術はどんな能力なんだ?」
アイカが混沌士の話をしたのを聞いたユーキはアイカの混沌術について尋ねる。自分の混沌術のことを話した時に訊こうと思っていたのだが、学園や依頼の話を聞いている内にすっかり忘れてしまっていた。
「私の混沌術?」
「ああ、どんな能力なのか気になってたんだ。よかったら教えてくれないか?」
「ええ、いいわよ。訊かれて困るようなことじゃないから」
嫌な顔一つせずにアイカはユーキに自分の混沌術の能力を教えようとする。すると、校舎の入口の方か若い女性の声が聞こえてきた。
「おーい、アイカ! こんな所にいたのかい」
名前を呼ばれ、アイカは声が聞こえた方を向き、ユーキもつられて入口の方を向く。そこには赤い鞘に納められた剣を佩した紅い長髪の女子生徒の姿があり、笑いながら手を振って二人の方へ歩いて来る。入学試験の時にアイカと共にユーキの試験を見守っていた女子生徒、パーシュだった。
「パーシュ先輩、戻られたのですか?」
「ああ、ついさっきな。依頼を片付けてきたから受付に報告に来たのさ」
パーシュはアイカの前まで来ると笑顔を浮かべ、アイカもパーシュの笑顔を見て微笑み返した。
アイカとパーシュが会話するのを見ていたユーキは二人の様子から仲の良い先輩と後輩だということに気付く。周りにいる他の生徒たちもパーシュの姿を見て驚いたり、小声で仲間と話したりしていた。
「アイカ、この人は?」
ユーキがアイカに声を掛けると、アイカはユーキのことを思い出して視線をユーキに向けた。
「ああぁ、紹介するわね。この人はパーシュ・クリディック先輩、上級生の一人で私が下級生だった時に色々お世話になった人なの」
「よぉ、アンタがユーキ・ルナパレスだね? 噂は聞いているよ」
「ど、どうも」
アイカがパーシュのことを紹介すると、パーシュはユーキを見て小さく笑いながら挨拶をし、ユーキもパーシュと目が合うと軽く頭を下げて挨拶をした。
ユーキは改めてパーシュの姿を確認する。腕や足は細く、一見普通の少女に見えるが、メルディエズ学園の上級生であるのだから、かなりの実力を持っているとユーキは考えている。しかも右手の甲には混沌紋が入っているため、ユーキはパーシュが混沌士だと知っって目を軽く見開く。
(予想はしてたけど、やっぱり上級生の中にも混沌士がいたか。どれくらいの実力を持っているかは分からないけど、上級生で混沌士なんだから、並みの中級生よりは遥かに強いはずだよな。……それにしても)
心の中でパーシュの実力がどれ程のものか考えているユーキの視界にパーシュの豊満な胸と谷間が入る。パーシュは上着の下の服の胸元を大きく開けているため、胸の谷間と肌が露わになっているのだ。体は児童でも中身は十八歳のユーキには少々刺激のある光景だった。
(……美人で胸元を開けてるなんて、このパーシュって人はコギャルみたいな性格なのか!? しかもアイカ以上の巨乳だし……これは目のやり場に困るな)
ユーキは少し頬を赤くしながら視線を逸らし、パーシュの胸が視界に入らいないようにする。周りにいる男子生徒たちも大勢がパーシュの胸と谷間に注目しており、逆に女子生徒たちはパーシュの胸に注目している男子生徒たちを見て呆れたり、軽蔑するような顔をしていた。
「……? どうしたんだい?」
パーシュは様子のおかしいユーキを見ると両手を膝に付けて顔をユーキに近づけ、不思議そうに見つめる。アイカもユーキが変なことに気付いて同じような表情を浮かべていた。
ユーキは頬を赤くしたまま視線だけを動かしてパーシュを見ると再び目を逸らしてパーシュを見ないようにし、ユーキの顔を見てパーシュはまばたきする。そんな時、パーシュは自分の胸の谷間がユーキに見えていることに気付き、ユーキの顔を見ながら悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「はっは~ん♪ アンタ、あたしの胸を見てたんだね?」
「ッ!」
パーシュの図星を付かれたユーキは思わず反応し、アイカはユーキがパーシュの胸を見ていたと知って、「ええぇ」と言いたそうな表情を浮かべた。
ユーキは少し恥ずかしそうな表情をしながら自分の頬を指で掻く。すると、ユーキを見たパーシュはニヤリと笑いながらユーキを抱き寄せ、ユーキの顔を自分の胸に押し当てた。
「むおぉっ!?」
「パ、パーシュ先輩?」
パーシュの思いがけない行動にユーキとアイカは驚く。周りにいる生徒たちも驚き、特に男子生徒の何人かはユーキを羨ましそうに見ている。
「アハハハ、ちっこいくせにませるんじゃないよ。子供なら遠慮せずにじっくりと観察しな」
楽しそうに笑いながらパーシュはユーキを強く抱きしめ、ユーキは顔を胸に埋めた状態でパーシュの腕をポンポンと何度も叩く。
(子供ならって、俺中身は十八歳でアンタと同じくらいなんだけどぉ!?)
ユーキは心の中で叫びながら顔を赤くする。顔が赤いのは顔を胸に押し当てられている以外に胸を埋めて苦しくなってきているからだ。
なんとか解放されようとユーキはパーシュの腕を叩いたり、自分の腕を動かして放してほしいと訴えるが、パーシュはそれに気付いていないのか笑いながらユーキを抱きしめ続けている。アイカはユーキの状態に気付いていたのか少しだけ焦っていた。
「ケッ! そんなガキまで色気で惑わすとは、いい趣味してるな」
「!」
突然、パーシュの背後から若い男の声が聞こえ、パーシュは声を聞いた途端に笑顔を消す。それと同時に抱きしめていたユーキを解放し、自由になったユーキはその場に座り込んだ。
「ハア、ハア、あ~ビックリしたぜ」
「大丈夫?」
アイカが座り込むユーキに近づいて声を掛けると、ユーキはアイカの方を向いて苦笑いを浮かべながら大丈夫であることを目で伝える。そんなユーキを見たアイカは軽く息を吐く。
ユーキは立ち上がって自分を解放したパーシュの方を向く。そこには先程と違って表情を鋭くしたパーシュの顔があり、それを見たユーキとアイカは少しだけ驚く。
表情を鋭くしたパーシュがゆっくりと振り返ると、そこには紺色の短髪で青い鞘に納められた剣を右肩に担いでいる不良風の男子生徒、フレードの姿があった。
「フ、フレード先輩……」
アイカはフレードの姿を見ると微量の汗を流す。周りの生徒たちもフレードの姿を見てざわつき始めた。
ユーキは驚くアイカと鋭い目でフレードを見つめるパーシュ、そして同じようにパーシュを睨むフレードを見て緊迫した雰囲気になっていることを感じ取った。
大勢が見守る中、パーシュとフレードは表情を鋭くして睨み合う。二人が睨み合ったことで周辺の空気は重苦しくなり、生徒たちは目を見開きながらパーシュとフレードを見ていた。
「……不快な声が聞こえると思ったら、やっぱりアンタかい。相変わらず人のやることにケチをつけるのが好きみたいだね?」
「俺はお前のやってることが上級生として見っともないと思っただけだ」
「あたしの行動は上級生としての役目に直接影響するわけじゃない。それにあたしは上級生としての仕事はしっかり熟しているんだ。アンタと違ってね」
「何だと? 俺が仕事をいい加減にやってるって言いたいのか?」
パーシュの挑発でフレードの表情はより険しさが増し、パーシュもフレードを目の前の相手を睨み付ける。ますます雰囲気が悪くなったことに周りの生徒たちは焦りを見せ始め、アイカも「マズイ」と言いたそうな表情をしていた。
「アイカ、あの男子生徒は誰なんだ?」
睨み合うパーシュとフレードを見ていたユーキはアイカに小声でフレードのことを尋ねる。アイカはユーキの声を聞いてフッと我に返り、ユーキの耳元に顔を近づけた。
「彼はフレード・ディープス先輩、パーシュ先輩と同じ上級生で優れた剣術を使う人よ」
「強いのか?」
「ええ、上級生の中でもかなりの実力者と言われているわ。因みにパーシュ先輩も彼と互角の実力を持っているそうよ」
フレードがメルディエズ学園でも上位の実力を持っていると聞かされたユーキは興味のありそうな反応を見せる。しかもパーシュも上級生の中で優秀な存在だと知り、いつか二人の戦う姿を見てみたいと思った。
「フレード先輩が何者でどれくらいの実力を持っているかは分かった。……で、フレード先輩とパーシュ先輩は何であんな状態になってるんだ?」
目の前の先輩二人がなぜ一触即発の状態になっているか分からないユーキはアイカに尋ねる。すると、アイカは複雑そうな表情を浮かべながらパーシュとフレードを見た。
「……あの二人は同じ村の出身で子供の頃から仲が悪いって聞いたわ。顔を合わせる度に喧嘩をし、学園でも常に競い合っているの。パーシュ先輩が訓練でいい成績を出せばフレード先輩は負けずと特訓をし、フレード先輩が依頼を成功させればパーシュ先輩はより良い結果を出そうとするのよ」
「二人は幼馴染でライバルってわけか」
「そんな感じのいいものじゃないわ。強いて言うなら犬猿の仲よ」
アイカからパーシュとフレードの意外な関係を聞かされたユーキは視線を睨み合う二人に向ける。幼い頃から競い合い、相手を超えるために努力するパーシュとフレードにユーキは驚きと関心を気持ちを抱く。これで二人の仲が良ければ良いライバルのなるに違いないとユーキは感じていた。
ユーキやアイカが見守る中、パーシュとフレードは相手を睨み続ける。どちらも相手を挑発するような言動は取っていないが、睨み付けで相手に自分の不満や苛立ちを伝えていた。
「アンタはあたしが依頼や授業とかで目立つといつも突っかかって来て、その度にこっちはアンタの相手をしなくちゃいけないんだ。いい加減に子供みたいに喧嘩を売るの、やめてくれないか?」
「テメェにだけは言われたくねぇよ。それに突っかかって来てるのは俺じゃなくてお前だろうが。こっちが少し自分よりもいい結果を出してくらいでムキになりやがって、本当に大人げない奴だな」
「人のこと言えないだろう。体はデカくなっても頭の方はガキの頃と変わってない幼稚のままじゃないか」
「ハッ、テメェこそデカくなったのは胸にぶら下がっている無駄な肉だけで頭の中は小さいじゃねぇか」
パーシュとフレードはお互いに引くことなく相手を挑発し、自分を小馬鹿にする相手を睨み付ける。何も知らない者が見ればただの口喧嘩だが、アイカたちは二人が喧嘩すると何が起こるのか知っているため、安心して見守ることができなかった。
睨み合うパーシュとフレードは相手を見ながら足の位置を少しずらし、自分の剣の柄を握る。睨み合ってるだけでは埒が明かないと感じ、力で相手を黙らせようという結論が二人の中で出たようだ。
「いけない、戦うつもりだわ! こんな所で二人が戦ったら確実に周囲の生徒たちが巻き込まれてしまう!」
「えっ、そんなに派手な戦いになるのか?」
アイカの言葉にユーキは驚き、目を見開いてパーシュとフレードの方を向く。アイカ以外の生徒たちも二人が決闘を始めようとしていることに気付い、一斉にざわつき出した。
口喧嘩をしていただけなのに、いきなり決闘をしようとするパーシュとフレードを見て、ユーキはメルディエズ学園の上級生は二人のような人間ばかりなのかと考える。だが、今はそんなことを気にしている場合ではなく、暴れようとしているパーシュとフレードを止めようとユーキは腰の月下と月影に手を掛けた。
すると、パーシュとフレードの足元に二本のナイフが刺さり、ナイフに気付いたパーシュとフレードは殺気を消してナイフに視線を向ける。ユーキとアイカも何処からか飛んで来たナイフを見て目を見開く。
「そこまでです、二人とも」
聞こえてきた女性の声に反応し、ユーキたちは声がした方角を見る。そして、校舎の奥に左手に丸めた羊皮紙を持ち、右手を前に出している眼鏡をかけたショートボブの髪をした女子生徒が立っているのを見つけた。