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プロローグ


 夕焼けで薄っすらと赤く染まっている空、その下に日本と首都、東京の街が広がっており、大勢の人が歩いている姿や車が走る光景がある。歩いている人の殆どが仕事や学校が終わって帰路についているところだ。

 街の中に一つの学校が建てられている。そこは東京の中でも有名な高校で多くの優秀な生徒を生み出した学校だ。その高校でも一日の授業が終わり、大勢の生徒が帰路についている。中には部活やクラブがあるため、まだ帰らない生徒もおり、校舎内や校庭、体育館などに残っていた。

 授業を終えた大勢の生徒が校舎から校庭に出てくる。男子生徒は紺色のブレザーと灰色のスラックス、青いネクタイを付けており、女子生徒は紺色のブレザーと灰色のスカート、赤いリボンを付けている。皆、授業が終わって嬉しいのか、笑いながら校門の方に歩いていた。

 生徒たちが校舎から校庭に出てくる中、一人の男子生徒が鞄を肩に掛けながら校庭に出て来る。その生徒は髪が黒く、周りにいる生徒と比べると若干背が高かった。顔も美形とは言わないがそれなりにいい顔をしており、数人の女子生徒たちはさり気なくその男子生徒を見ている。

 黒い髪の男子生徒は周りの視線を気にすることなく校門に向かって真っすぐ歩いて行く。そんな中、二人の男子生徒がその黒い髪の男子生徒に近づいて来た。


「よう、勇樹。帰るところか?」

「これからカラオケに行くんだけどよ、お前も来ねぇか?」


 男子生徒たちは笑いながら黒い髪の男子生徒に声を掛けると、勇樹と呼ばれた黒い髪の男子生徒は立ち止まって男子生徒たちの方を向く。様子からして三人は友達のようだ。


「ゴメン、この後用事があるんだ」

「用事? 今日は剣道部は休みのはずだろう?」

「部活じゃなくて、爺ちゃんのな……」

「ああぁ……」


 苦笑いを浮かべる勇樹の言葉に男子生徒の一人が何かを察したような反応を見せる。もう一人も勇樹の用事が何なのか気付き、表情を僅かに暗くした。


「そう言えば、今日だったな。悪い……」

「いいよいいよ、気にしないで」


 暗い顔で謝る男子生徒を見ながら勇樹は首を左右に振る。勇樹の様子からして、彼は似たような経験を何度もしているようだ。

 男子生徒たちは勇樹の顔を見ると複雑そうな表情を浮かべながらお互いの顔を見合う。自分たちのせいで勇樹に嫌な思いをさせてしまったのではと二人は思っていた。だが、そんな男子生徒たち予想とは裏腹に勇樹は気にしている様子を見せずに小さく笑っている。


「んじゃ、そういう訳で俺は帰るから。カラオケはまた今度な」

「ああ」


 勇樹は男子生徒たちに挨拶をすると校門の方へと歩き出し、その場に残った男子生徒たちは離れている勇樹の背中を見つめた。


「……もう一年になるんだな」

「ああ、アイツの爺ちゃんが亡くなってもう一年だ……」


 気の毒そうな表情を浮かべながら男子生徒たちは呟き、勇樹は男子生徒たちの視線や呟きに気付かないまま歩き続ける。実は今日は勇樹の祖父の命日だったのだ。

 勇樹は物心つく前に両親を事故で無くしており、父方の祖父に引き取られて育った。そのため、両親のことは何も知らず、祖父だけが勇樹の家族と言える存在だったのだ。だが、そんな祖父も一年前に病死し、勇樹は孤独になってしまった。

 しかし、勇樹は最初は落ち込んでいたが、今では立ち直って一人で生きている。とは言え、勇樹はまだ未成年であるため、成人するまでは知り合いの後見人を付けて生活することになった。

 学校を出た勇樹は真っすぐ自宅へ向かい、学校を出てから十五分ほどで自宅に着いた。勇樹の自宅は古い一戸建てで表札には月宮と書かれてある。作りは古いが広い庭がついており、歴史のようなものが感じられた。

 勇樹は玄関に入ると鞄を置き、また外に出て自宅の裏へと回る。裏には大きな道場のような建物があり、入口の真上には月宮新陰流つきみやしんかげりゅう道場と書かれた看板があった。勇樹の祖父は生前、剣術道場の師範をしており、勇樹も祖父から剣術を習っていたのだ。高校でも剣の腕を生かすために剣道部に入り、今では学校でも一二を争うほどの実力者となっていた。

 月宮新陰流は複数存在する新陰流の中で勇樹の先祖が編み出した流派だ。元々柳生新陰流の弟子であった勇樹の先祖がより実戦的な剣を作りたいと考え、相手の技を利用して勝利する活人刀かつにんとうを重視する柳生新陰流に力と勢いで敵を倒す殺人刀せつにんとうを加えて月宮新陰流を編み出した。殺人刀が加わったことで攻めと守りの両方に力が入り、一部の者からは柳生新陰流よりも強い流派ではないかと言われている。

 道場の看板をしばらく見上げていた勇樹は入口の鍵を開けて道場の中に入る。道場は体育館の半分ほどの広さで、壁には木刀や竹刀が掛けられていた。そして、道場の一番奥には老人の写真が掛けられており、その前には横長の開き棚が置かれ、二本の日本刀が収められている。勇樹は誰もいない道場を歩いて行き、写真の前にやって来ると正座をして手を合わせた。


「……爺ちゃん、爺ちゃんが死んで一年になりました。最初は辛かったけど、今はもう大丈夫だから、父さんや母さんと一緒に見守っててくれよな」


 目を閉じながら勇樹は亡き祖父に語り掛け、目を開けると掛けられている老人の写真を見つめる。勇樹の前にある写真こそが勇樹の祖父であり、月宮新陰流の師範の写真だ。

 祖父は勇樹の父母とともに月宮家の墓地に眠っているのだが、墓地は遠くにあり、学校が終わった後なので勇樹は墓参りには行けず、仕方なく道場から挨拶をしているのだ。

 勇樹は祖父の写真をしばらく見つめた後、視線を開き棚の中の二本の刀に向ける。刀はどちらも95cmほどの長さの打刀で柄巻は黒く、黒い鞘に納められており、鞘には金色の月と雲が描かれていた。

 ただ、普通の刀と違って鍔が普通の通常よりも小さく、鞘に納めてある状態では鍔が無いのでは、と思われるほど小さい。どうやら勇樹の目の前の刀は鍔が喰出鍔はみだしつばになっているようだ。

 勇樹の前にある二本の刀は一本が月下げっか、もう一本が月影つきかげと言う名前で月宮家に代々受け継がれてきた名刀だ。有名な鍛冶職人が打った業物で値段を付ければかなりの額になると勇樹も祖父から聞かされている。

 値打ちのある刀なら道場に置いておかず、家の中で大切に保管するべきだと思われるが、祖父は月宮新陰流の剣士が持つ業物だから道場に置いておく、持ち出されないよう開き棚には鍵が掛けてあり、固定もしてあるから問題無いと言って道場に置きっぱなしにしていた。

 勇樹は普段から本身の刀を道場に置いておくことを不安に思っており、祖父の死後、月下と月影を自宅に移動させようとしていたのだが、開き棚の鍵が何処にあるのか分からず、結局今日まで道場に置きっぱなしにしていたのだ。持ち出すことができないので、勇樹は刀が盗まれないように道場の鍵はしっかり掛けることにした。


「早いところ鍵を見つけて家に持っていかないとな。この一年は何もなかったけど、何時かは盗まれちまう」


 後頭部を掻きながら勇樹はなんとか月下と月影を持ち出そうと考える。鍵が見つからなければ後見人と相談し、鍵屋に頼んで開けてもらうという手もあるが、収納されている物が刃物なので後見人でも頼むことに抵抗があった。しかも勇樹は未成年であるため、日本刀を所持していることが知られれば騒ぎになり、良からぬ噂が広がるかもしれない。

 鍵が見つからなければ、月下と月影を持ち出すのはもうしばらく後の方がいいと感じ、勇樹はとりあえず鍵を探し出して月下と月影を取り出すという方針で考えることにした。

 祖父への挨拶を終えた勇樹は立ち上がり、写真に向かって軽く一礼すると道場の出入口の方へ歩いて行く。外に出ると玄関の鍵を掛け、道場の周りを確認してから自宅へ向かった。


「さてと、帰ったらまず洗濯物を取り込んで、それから晩飯の支度をしないとな……あっ、今日の晩飯のおかず、何も無かったっけ?」


 夕食が何もないことを思い出した勇樹はあちゃ~、という顔をしながら自分の顔に手を当てる。一年も一人暮らしをしているのに夕食の準備を忘れたという単純な失敗をする自分を勇樹は情けなく思った。


「ハァ、しかたない。近所の惣菜屋で何か買ってくるか。メンドクセェなぁ……」


 自分の失敗なのに嫌そうな顔をしながら勇樹は自宅へと向かう。自宅に戻ると制服から私服に着替え、近所の惣菜屋へ出かける。服装は青い長袖と濃い鼠色の長ズボンというごく普通の格好だった。勇樹は日が沈む前に買い物を済ませようと早足で移動する。

 惣菜屋へ向かう途中、勇樹は近所の公園の前を通りがかった。公園では若い夫婦が子供と思われる幼い女の子と手を繋いで歩いている姿が見え、それを見た勇樹は黄昏るような表情を浮かべる。勇樹には両親との思い出が無いため、両親と過ごす女の子が羨ましく思えてきた。

 女の子を見ていた勇樹は買い物の途中であることを思い出し、再び早足で惣菜屋へと向かう。惣菜屋に着くと、勇樹は好きなおかずを購入して惣菜屋を後にする。予想していたよりも早く買い物が終わり、辺りもまだ暗くなっていないため、勇樹はのんびり帰ることにした。

 道路沿いの歩道を歩きながら自宅へ向かっていると、勇樹は惣菜屋に向かう途中で通りがかった公園の前までやって来る。すると、公園前の歩道で先程見かけた若い夫婦と女の子の姿がった。夫婦は知り合いと思われる中年男性と立ち話をしており、その近くでは女の子が小さなボールを持って遊んでいる。


「あの夫婦、あれからずっと此処にいたのかよ? あれから時間が経ってるはずなんだけどなぁ」


 勇樹は歩きながら夫婦と女の子を見つめる。夫婦が中年男性と楽しそうに会話をしており、その隣では女の子が退屈そうな顔をしながらボールを手の中で回している。女の子の様子から長い間、その場にいたことがすぐに分かった。

 女の子を見て勇樹は気の毒に思いながら夫婦たちの横を通り過ぎようとする。すると、女の子が持っていたボールを落としてしまい、ボールは道路の方へ転がって行く。

 転がっていくボールを見て、女の子はボールを拾おうと道路に飛び出し、それを見た勇樹は思わず立ち止まった。その直後、勇樹が歩いて来た方角から一台のトラックが勢いよく走ってくる。

 トラックに気付いた勇樹は嫌な予感がして女の子の方を向く。トラックの向かう先には女の子がおり、女の子はトラックに気付いておらず、道路の真ん中でボールを拾い上げている。夫婦も女の子が道路に出ていることに気付いていない。


「ッ! 何やってんだよ!?」


 勇樹は惣菜の入った袋を捨てて道路に飛び出し、勇樹の声を聞いた夫婦と中年男性も勇樹の方を向く。そして、道路に飛び出している我が子と走ってくるトラックを見た夫婦は言葉を失う。

 道路に飛び出していた女の子も勇樹の声を聞いて彼の方を見たが、すぐに目の前まで近づいて来ているトラックに気付いて驚愕する。トラックにはねられてしまう、誰もがそう思った次の瞬間、勇樹が女の子の手を掴み、勢いよく歩道の方に投げ飛ばす。女の子は歩道にいた中年男性に上手く受け止められた。

 女の子は助かったが、助けるために飛び出した勇樹は代わりに道路に残ってしまった。その直後、トラックは勇樹にもの凄い勢いでぶつかった。

 トラックにはねられた勇樹は傷だらけで道路の真ん中で倒れ、意識が薄れていく中でトラックから降りた運転手、倒れる自分に駆け寄る父親、女の子を抱きしめる母親、スマホで救急車を呼ぶ中年男性、そして母親の腕の中で泣きながら自分を見つめる女の子を見た。怪我のせいで運転手たちが何を言っているか聞こえないが、女の子が無事であることを知って勇樹は安心する。

 安心した直後、勇樹の意識が闇に沈んだ。


――――――


 意識を取り戻した勇樹はゆっくりと目を開ける。目の前には宇宙のような風景が広がっており、それを見た勇樹は驚いて起き上がった。周囲を見回すと、勇樹は宇宙空間のような場所に座っており、更に驚かされる状況にまばたきをする。


「な、何だこれ? 此処何処だよ? て言うか俺、トラックにはねられたんじゃ……」


 現状が把握できていない勇樹はとりあえず意識を失う前のことを思い出す。自分は女の子を助けた直後に走ってきたトラックにはねられ、そのまま道路に叩きつけられてしまう。体中が痛む中、勇樹は女の子が無事なのを確認すると意識を失い、目を覚ますと宇宙空間のような場所にいた。

 自分の身に何が起きたのか思い出した勇樹は立ち上がってもう一度周囲を見回す。トラックにはねられて意識を失った後に不思議な場所で目を覚ます、これらの点から勇樹は一つの答えに辿り着いた。


「……え~っと、もしかして俺、死んじゃった?」

「ピンポ~ン!」


 何処からか女の声が聞こえ、驚いた勇樹が振り返ると、そこには一人の少女の姿があった。16歳ぐらいの顔をしており、僅かに鋭い赤紫色の目を持ち、髪型は黒い外ハネショートで横髪は胸の辺りまで伸びている。身長は160cmほどで水色の肩だしトップスと薄紫の長ズボンという格好をしていた。

 少女は勇樹が立つ場所より少し高い所で見えない何かに座っているかのように腰かけて足を組んでおり、勇樹を見下ろしながら微笑んでいる。勇樹はまばたきをしながら不思議な雰囲気を出している少女を見上げていた。


「貴方は死んだのよ。女の子を助けるためにトラックにはねられてね」

「……あ~それは分かったけど、此処はいったい何処なの? ていうか、アンタは誰?」

「あ、自己紹介がまだだったわけ。私はフェスティ、天命の女神、フェスティよ。よろしくね♪」


 フェスティと名乗る少女は微笑みながら勇樹にウインクをし、勇樹は目を丸くしながら無言でフェスティを見つめている。いきなり現れて女神と名乗れば呆然とするのも無理の無いことだ。

 無言で見上げる勇樹を見て、フェスティは不思議そうな顔をする。だが、すぐに小さく笑いながら勇樹の顔を指差した。


「その顔、『コイツ、何言ってるんだ』って思ってるでしょう?」

「え? あ~いや、そのぉ……まぁね」


 自分の考えていることを見抜かれた勇樹は目を逸らしながら認め、素直な勇樹にフェスティはクスクスと笑い出す。


「普通はそうなるわよね。いきなり現れて神様です~、なんて言われれば誰だってそう思うもの。でも、私は正真正銘、本物の女神様よ? しかも神様の中ではそれなりに偉い方」


 微笑みながら自分は本物だと語るフェスティを見て勇樹はまばたきをする。最初は突然のことだったので信じられなかったが、落ち着いて現状を確認し、ここまでの流れとフェスティの様子から、彼女は本当に女神なのかもしれないと感じていた。


「まぁ、突然現れただけじゃ女神様なんて信じられないわよね? それじゃあ、私が女神である証拠を見せるわ……」

「……いや、いいですよ。貴女を信じます。落ち着いて考えてみれば、これだけのものを見せられたんですから、貴女の言うことを信じるべきですよ」

「あら、思ったよりも早く信じてくれたのね? ちょっとビックリ」


 勇樹の口から出た予想外の言葉にフェスティは意外そうな顔をする。いくら不思議な場所にいるからと言っていきなり現れた女を簡単に女神と認めるはずがないとフェスティ自身も思っていたのに勇樹がアッサリと認めてしまったので驚いたのだ。

 しかし、信じてくれるのならこの後の話がスムーズに進むと考え、フェスティは証明する手間が省けたと感じた。

 フェスティは高い場所から勇樹の目の前に下り立つ。フェスティは自分より背の高い勇樹を軽く見上げ、笑みを浮かべながら口を開く。


「それじゃあ、私を女神と信じてくれたところで、此処が何処なのか、なぜ私が死んだ貴方の前に現れたのかを説明させてもらうわね」


 フェスティの言葉を聞いて勇樹は驚いて軽く目を見開く。死んだはずのどうして自分が生きており、不思議な場所で女神と出会ったのか、自分が最も疑問に思っていることを説明すると言うのだから当然だ。勇樹はフェスティを見つめ、彼女が語ることを一つも聞き逃さないように意識を集中させた。


「まず、私たちが今いる場所だけど、ここは転生空間と言って、死んだ人の魂が転生するための場所よ」

「転生するための場所?」


 いきなり話について行けない状態になって勇樹は目を丸くする。フェスティは混乱しかかっている勇樹を見て彼が理解できるように説明を続けた。


「なぜ転生空間にいるのか、それは貴方が神恵しんけいの儀に選ばれたからよ」

「シンケイの儀?」

「神恵の儀って言うのは十年に一度、成人になる前、つまり二十歳になる前に事故や病気などで命を落としてしまった子供たちを記憶をそのままにして転生させてあげる儀式のことよ。不幸な死を遂げた若者たちに神様の恵みを与える儀式、だから神恵の儀って言うの」

「成る程ねぇ」

「で、その神恵の儀を行う場所がこの転生空間ってわけ」


 フェスティは笑顔で転生空間と神恵の儀の繋がりを説明すると自分の足元を指差す。フェスティの説明を聞いた勇樹は腕を組み、宇宙空間のようになっている足元を見下ろした。


「……つまり、十年に一度に行われる神恵の儀を受ける子供に俺が選ばれたから此処にいるってわけ?」

「ピンポ~ン! 大正解♪」


 勇樹の答えを聞いたフェスティは何処からか取り出したクラッカーを鳴らす。まるでパーティーを楽しむ子供のようなフェスティを勇樹はジト目で見つめる。


「ただ、神恵の儀に選ばれたからと言って必ず転生しなくちゃいけないわけじゃないの。神恵の儀を受けるか、受けないかは転生した子供たちに決める権利があるのよ。勿論、貴方にもね」


 鳴らしたクラッカーを捨てるフェスティは勇樹を指差しながら選択権があることを教え、勇樹は表情を戻してフェスティの顔を見る。


「転生するかしないかを決める権利がある、か……因みに転生するのを拒否した場合はどうなるんです?」

「その場合は普通に天国か地獄のどちらかに行くことになるわ。そして、時が来ればまた新しい命を授かって生まれ変わるの。勿論、前世の記憶を全て失ってね」


 拒否すればごく普通に転生する、そう聞かされた勇樹は目を閉じて俯く。同じ転生でも記憶を残したまま生まれ変わるのと記憶を失って生まれ変わるのとでは全然違うなと勇樹は感じていた。

 神恵の儀に選ばれた子供たちは成人になる前、大人の人生やその楽しさを知らずに命を落としてしまった者たちだ。人生の半分以上を楽しむことができずに命を落とし、普通に転生することを選べば記憶を失ってまた一から人生を歩むということになる。それはある意味で損をすることになると言えるだろう。

 記憶を残したまま生まれ変わるのと記憶を失って生まれ変わるの、どちらを選んだ方が得と言えるか、答えは明白だった。


「月宮勇樹君、貴方はどちらを選ぶの? 神恵の儀を受けるのか、受けないのか」


 フェスティが勇樹の顔を覗き込みながら尋ねると、勇樹は目を開け、フェスティを見ながら口を開く。


「勿論、受けますよ。折角努力して手に入れた自分の才能や知識を簡単に手放すなんてできませんからね」

「フフ、でしょうね」


 勇樹が神恵の儀を受けることを分かっていたのか、フェスティは小さく笑う。勇樹も微笑むフェスティを見てニッと笑った。


「それじゃあ、神恵の儀を受けることが決まったところで、貴方の情報を確認させてもらうわね」


 フェスティは一歩後ろに下がって勇樹から距離を取ると、右手に光を集め、その中から一つの巻物スクロールを取り出す。フェスティは取り出した巻物スクロールを広げると中に書かれてある細かい文章を読み始めた。

 巻物スクロールに書かれてある勇樹の情報を次のとおりとなっている。


 月宮勇樹、十八歳没。東京の高校に通う三年生で女の子を庇い、トラックにはねられて命を落とす。

 月宮家の長男として生を受けるが、両親は物心つく前に他界し、父方の祖父に引き取られて育てられる。祖父は月宮新陰流の師範を務めており、幼い頃に祖父が弟子に剣術を教える姿を見て剣に惹かれ、自分も剣術を習いたいと祖父に申し出て五歳の時に月宮新陰流の門下生となった。

 門下生になってから、月宮勇樹は剣の才能を少しずつ開花させていく。七歳になった頃には同じ小学生の剣士を圧勝するほどの実力となり、十一歳になった時には小学生の全国剣道大会に優勝するほどにまでなった。

 自分の剣の才能に喜びと満足感を感じながら、月宮勇樹は剣の腕を磨いていく。ところが、十二歳の時に出場した大会の準決勝で敗れ、初めての挫折を味わう。だが、祖父の励ましを受けて立ち直り、二度と敗北しないよう、より剣の練習に力を入れるようになる。そして、一年後、再び同じ大会に出場して見事に優勝した。その優勝から月宮勇樹は一度の勝利に酔わず、強くなるために常の上を目指して剣の腕を磨かなくてはならないと学んだ。

 中学生になってからは部活で剣道部に入り、中学生の剣道大会で何度も優勝していた。勿論、月宮新陰流の修業も怠らず、門下生の中でも徐々に実力を付けていく。

 高校は剣道の腕から推薦合格し、入学してすぐに剣道部に入部してその実力を見せつけ、期待の新入生と周りから高く評価された。同時期に月宮新陰流の一刀流である“表の型”を極め、更に上を目指すために表の型を極めた者だけが学ぶことを許される二刀流の“裏の型”を学ぶ。そして、十七歳になった時に裏の型も極め、遂に月宮新陰流の免許皆伝となった。

 免許皆伝したことで祖父からも良い跡継ぎができたと喜ばれ、月宮勇樹もそれを誇りに思っていた。ところが、免許皆伝の直後に祖父が病に倒れ、数ヶ月後に他界してしまう。唯一の家族を失い、悲しみに暮れていた月宮勇樹だったが、祖父が残した月宮新陰流を護るため、悲しみを乗り越えて月宮新陰流師範になることを誓った。


 フェスティは巻物スクロールに書かれてある文章を全て読み終わると巻物スクロールを丸めて勇樹の方を見る。勇樹は腕を組んだまま目を閉じており、フェスティの読み上げが終わると目を開けて彼女の顔を見た。


「よくそこまで俺のことを知ってますね?」

「神様だもの、これくらいの情報は簡単に手に入るわ。もしかして、勝手に自分のことを調べられて怒ってる?」

「いえ、全然。死んでしまった今ではプライバシーの侵害とか関係ありませんから」


 死んでしまった以上、生きていた時のことをとやかく言うつもりは無いと語る勇樹を見てフェスティは意外そうな顔をする。


「……さて、ここに書いてあるとおり、貴方は天才的な剣の腕を持っているわ。前世の記憶や技術を引き継いで転生するのなら、剣の腕を生かせる世界に転生した方がいいわよね?」

「ええ、勿論」


 迷うことなく頷く勇樹を見てフェスティは微笑みを浮かべ、手に持っている巻物スクロールを光に変えて消した。


「それじゃあ、貴方には剣の腕を生かせるファンタジー風の世界に転生させるわ」

「ファンタジー風? 魔法とかモンスターが存在する世界ですか?」

「ええ、そこでなら貴方の剣の技術もフルに発揮できるはずよ」


 自分のことを考え、都合のいい世界に転生させてくれるフェスティを見て勇樹は小さく笑みを浮かべる。自分の意見を聞かず話を進めてくれるフェスティの効率の良さに驚き、同時にスムーズに進めてくれていることに感謝した。


「それじゃあ、転生する世界も決まった訳だけど、次に特典を決めましょうか」

「特典?」


 転生する以外にまだ何かあることを知り、勇樹は小首を傾げながら訊き返す。フェスティは勇樹を見ながら頷き、特典とは何なのか説明を始める。


「神恵の儀を受けた人が転生先でもちゃんと生きていけるために特別な能力や道具を与えることを特典って言うの。まぁ、テレビゲームで新しくゲームを始める時に貰えるボーナスみたいな感じ?」


 特典とは何なのか分かるよう、フェスティは勇樹が理解できるような言葉を使って説明する。勇樹は女神がテレビゲームやボーナスという言葉を使って説明するのか、と心の中で思いながら目を細くした。


「それで、勇樹君は何か転生先に持っていきたい能力や道具はある? 私は女神だから、ある程度の特典は叶えてあげられるわよ」

「そうですね……その特典というのは幾つまで叶えることができるんです?」

「三つまでよ。先に言っておくけど、特典を増やしてとか、自分も神様にしてとかいう頼みは聞けないからね?」

「分かってますって」


 欲張るなというフェスティの忠告に勇樹は苦笑いを浮かべる。勇樹は早速、転生先で役立てる特典を何にするか考え始めた。

 転生先がどんな世界か分からないため、どんな世界でも使えるような特典にした方がいいと勇樹は腕を組みながら考える。フェスティは真剣に考える勇樹を見てて面白いのか、勇樹を見ながら小さく笑っていた。

 しばらくして、特典を決めたのか勇樹は顔を上げてフェスティの方を向く。フェスティは勇樹の反応を見て特典が決まったと感じた。


「決まったの?」

「ええ、まず一つ目ですが、転生前、つまり高校三年の時よりも高い身体能力がほしいです」

「死ぬ前よりも優れた身体能力が?」

「ええ。ただ、どんな敵と戦っても負けないくらいの身体能力、つまりチート級の身体能力にはしないでください」

「あら、どうして? 私が今まで転生させてきた子たちは皆そういったチート能力を欲しがってたけど?」


 過去に転生させた者たちと違って強力な特典を求めない勇樹にフェスティは意外そうな顔をする。すると、勇樹は小さく笑いながら自分の手を見つめた。


「チート能力を手に入れて無敵になっちまったらそれ以上強くなる必要もないし、強くなるための特訓もする必要が無くなるでしょう? どんな時でも上を目指さなくてはならない、心身を鍛えるために特訓を欠かしてはならないって爺ちゃんから学んだんです。ですから、俺は強い力と精神を得るために常に強さを求められる存在でい続けたいんです」

「特訓の重要さを忘れないため、修業をすることを忘れないために無敵にはならず、少し強めの力を得たい、という訳ですか」

「そう言うことです」


 勇樹のチート能力を求めない理由を聞いたフェスティは納得した表情を浮かべる。転生する者が強大な強さを求めないのであれば、それを叶えるのが女神である自分の役目なので、その願いを叶えようと考えた。


「分かったわ、生前よりも強めの身体能力ね。他には?」

「それじゃあ、月下と月影を持って行きたいんですけど、できますか?」

「月下と月影? ああぁ、月宮新陰流の師範が受け継ぐ二本と名刀ね。勿論、できるわよ」

「それじゃあ、その二本を転生先に持っていけるようにしてください」

「分かったわ」


 二つ目の特典が許可され、勇樹は笑みを浮かべる。月下と月影は月宮家に代々受け継がれてきた名刀であるため、免許皆伝である勇樹としてはどうしても持って行きたかったのだ。何より、あの二本の刀は勇樹と家族を繋ぐ唯一の品であったため、手放したくなかった。


「これで二つの特典が決まったわね。最後の一つはどうするの?」

「それじゃあ、月下と月影が絶対に折れたり壊れたりしないようにしてください」

「え、いいの? 貴方、さっきチート級の能力は特訓の大切さや強さを求めること忘れさせるからいらないって言ったじゃない。刀を壊れないようにするのってチート級の能力じゃないの?」


 一つ目の特典を得る時に言ったことと矛盾する勇樹の望みにフェスティは小首を傾げながら確認する。勇樹はそんなフェスティを見ながらニッと笑う。


「確かに、自身の強くなりすぎるのは修業の重要性を忘れさせることに繋がります。ですが、武器を強化することは俺の強さや特訓の重要性に直接関わりませんから問題無いです」

「う~ん、言われてみれば武器を強くした位じゃ、使い手の強さが大きく変化することはないわねぇ」

「ダメですか?」

「いいえ、大丈夫よ。と言うか、貴方がそれを望むなら私は叶えるだけよ」


 小さく笑いながら特典を叶えられることを伝えるフェスティを見て勇樹も嬉しそうに笑う。勇樹が月下と月影を壊れないようにした理由、それは月宮新陰流の継承者として大切な刀が壊れるのを見たくないからだ。

 三つの特典が決まり、勇樹が転生する準備が全て整った。フェスティは勇樹の体に右手を当てて何かしらの力を送り込む。力が送られたことで勇樹の体は光り、体の変化を感じ取った勇樹は自分の手や体を見て驚く。

 光が消えるとフェスティは手を下ろし、後ろに下がってから両手を勇樹に向けた。


「それじゃあ、これから貴方を転生先に飛ばすわ。先に言っておくけど、どんな場所に転移されるかは私にも分からないから、向こうに行ってからは貴方の実力次第よ?」

「ええ、分かってます」


 フェスティの忠告を聞いた勇樹は笑いながら頷き、勇樹の反応を見たフェスティは彼なら大丈夫だろうと感じて小さく笑う。その直後、勇樹の体が薄っすらと白く光り出し、そのまま無重力空間にいるようにゆっくりと浮かび上がる。


「じゃあ、向こうに行ったら頑張って暮らしてね。私は遠くから見守ってるから」

「ありがとうございます」


 勇樹は宙に浮いたまま自分に新しい人生を与えてくれたフェスティに礼を言い、フェスティは感謝する勇樹を見ながら笑顔を浮かべた。

 フェスティが笑った直後、宙に浮いていた勇樹の体は一瞬にして消えた。どうやら転生先の世界に転移したらしい。

 勇樹が消えるとフェスティは軽く息を吐きながら上げていた両手を下ろす。すると、フェスティは何かを思い出し、ハッと顔を上げながら勇樹が立っていた場所を見た。


「しまった、転生する人に絶対に伝えないといけないことを伝え忘れちゃった! ……まぁ、いいか。月下と月影を送る時に手紙を送れば♪」


 何か失敗をしたにもかかわらず、フェスティは問題無いと言いたそうな笑みを浮かべた。


 皆様、ご無沙汰しております。ようやく新作の設定が決まり、少しだけ物語ができましたので、とりあえずプロローグを投稿しました。

 今回は前作と違って異世界転生ものとなっています。投稿も前回と同じように一定の期間で投稿するつもりです。

 今作も皆さんに面白いと思っていただけるような作品にするために頑張りますので、よろしくお願いします。

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