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008話:カメリア・ロックハート08歳・その3

 言っていた通りに、お兄様を連れて王子の部屋まで来ていた。前回同様、警護たちは部屋の外に出ていて、侍女もウィリディスさん以外は出て行ってしまっている。


「お初にお目にかかります、殿下。ロックハート家長子、ベゴニア・ロックハートです」


 お兄様は緊張しているのか表情が硬かった。しかし、まあ、あのオレ様王子なら、このお兄様の様子を見て、緊張を察して、どうにかするくらいのことはするだろう。


「ハッ、表情が硬いな。もっと自然でいいんだぞ。何せ、このオレの兄になるかもしれないのだからな」


 その言葉。「なるかもしれない」。公的にはもはや決まったも同然の婚約だが、やはり、王子的にも「かもしれない」というものなのかも。


「うっ、しかし、殿下」


「その殿下という呼び方からして硬い。オレはアンドラダイト。気軽にアンディとでも呼べ」


「いえ、ですが……」


 王子は、わたしに接しているときよりもどこかフランクでテンションも高い気がする。まあ、仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。この時点で、殿下が親しく接する同年代はおそらく警護たちの派遣元である公爵家の1つ、スパーダ家の「彼」だけだろう。騎士上がりのスパーダ家は特例で公爵になったのが遥か昔、しかし、それでも騎士の風習が未だに残っている家らしい。だからビジュアルファンブックによると、あの王子の警護たちはスパーダ家が独自に育成している私兵のようなものだという。

 そんな騎士の家の出ゆえに、王子には絶対に態度を崩さない鉄壁だから、お兄様のように同じくらいの歳頃で気楽に話せるような同性の友人などいなかったから嬉しいのだろう。


「くどいぞ、ベゴニア」


「分かりましたよ、アンディ」


 結果的に、優しいお兄様が折れて「アンディ」と呼ぶようになった。まあ、王子と友人になれるのはお兄様にとっても悪いことではないし、「たちとぶ」のゲームの設定とも変わっていない。アンドラダイト王子を「アンディ」と呼ぶのはルートに入った主人公以外にはお兄様だけだから。


「殿下とお兄様は殿方同士で盛り上がっているようですから、わたくしたちは女性同士で話しましょうか、ウィリディスさん」


 あの様子だと、下手に間に入らずにいた方が仲良くなれるだろう。だから、彼らは置いておいて、わたしはわたしで彼女との間に布石を置こうと思う。


「い、いえ、そんな。私は身分も違いますし……」


 わたしの言葉にそんな風に言うウィリディスさん。まあ、確かに身分は違う。大盛り上がりしている男子たちには聞こえないだろうし、からかい混じりにわたしは言う。


「ええ、そうですね。確かに身分は異なります。何ならもっと敬いましょうか?」


「えっと、その、それはどういう……」


「王族のあなたと公爵家のわたくしでは身分が違うと言っているのですよ、ウィリディス・ツァボライト姫。それとも戴冠はなされておらずとも血族はあなたおひとりですから女王陛下と呼びましょうか?」


 ウィリディス・ツァボライト。かつてこの国の隣国であったツァボライト王国の王族唯一の生き残り。「たちとぶ」の作中ではほとんど活躍しなくて、王子の世話がかかりとして「ウィリー」という名前が出ているだけの彼女だったけど、ビジュアルファンブックにはその名前や出自も出ていたし、外伝短編小説もついていて、その上、本編後に起こる戦争での重要なキャラクターとして「たちとぶ2」でも名前が出ていた。


「な、なぜ、それを……」


「安心してください。別にあなたの秘密を知るものが情報を洩らしたわけではありませんし、わたくし以外にその委細を把握しているのは陛下くらいでしょうから」


 驚くのも無理はない。何せ、国王陛下以外だと、国の中枢やスパーダ家のご当主くらいしかウィリディスさんの素性は知らないはず。わたしが知っている方がおかしいのだから。


「分かりました。なぜということは問いません。それに国は失われていますから私の身分は姫や女王などという大層なものではありませんよ」


「でも王族には変わりないでしょう。この国の第二夫人なのですから」


 立場上、彼女は陛下の第二夫人となっている。公にされてはいないけど。まあ、亡国の要人ということもできれば伏せたいだろうし、公にできない第二夫人という方が国の中枢に言い訳も利くんだと思う。


「そのことまでご存じなのですか」


「ええ、まあ」


「ですが、今はこうして王子の侍女として働かせていただいていますから」


 その王子の侍女というのも陛下の計らいというか思惑ありきなのだろうけど。


「あなたが第二夫人だからか亡国の要人だからか、その両方か、だからこそ、王子の侍女として働かされているのだと思いますよ」


 その言葉に、ウィリディスさんは目を丸くした。そもそも彼女は自分から要人扱いを断って、仕事に就くことを望んだのだと思う。まあ、この性格からしてもそうだし、外伝短編小説の内容からしても間違いないはず。


「しかし、この仕事は私が望んで……」


「侍女という仕事の方はともかくとして、『王子の』侍女になったのは、あなたを王子と一緒に警護しやすい環境を作るためでしょう。必然的に王子と一緒にいることも増えて、王子の警護に守られやすくなりますから。スパーダ家のご当主があなたのことを知っているのもその関係だと思います。それにあなたの首に提げているそれを守るためでもあるのでしょうけど」


 ウィリディスさんはわたしの言葉に思わず、胸元に手を運んでいた。首飾りを触っているんだと思う。そのロケットに偽装された首飾りに嵌められている宝石こそが、後の戦争における鍵となるツァボライト王国の国宝「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」。


「あなたはこれが目当て、なのですか?」


 深刻そうにウィリディスさんが聞いてくる。まあ、こんな話をすればわたしがそれを狙っていると思われてもおかしくはないかな。誰も知らない素性を知っていて、誰も知らないはずの国宝のことも知っている。


「全くもってそんなことはありません、などといって信じてもらえるかは分かりませんが、そもそもその宝石、わたくしには使えませんから」


 いや、「わたくしに()」というべきだっただろうか。まあ、今はどうでもいいだろう。


「それは、どういう……」


「いずれ時が来たら説明します。あなたと『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』は、わたくしの目的にとってとても重要ですから」


 そう、戦争における鍵となるのが滅んだツァボライト王国とウィリディスさん、そして国宝。戦争を回避するには必然的にキーパーソンとキーアイテムになってしまう。


「目的……、先日、殿下におっしゃっていた『この国にもいいことになる』という目的のことでしょうか」


「ええ、その目的のことです」


「カメリア様は……」


「カメリアで構いませんよ。身分的には姫でも女王陛下でも第二夫人でもわたくしよりも上、でしょう?」


 何かを言いかけたウィリディスさんの言葉を遮って、わたしはそう言った。おそらく、ウィリディスさんは色々と疑問を抱えている。まあ、わたしのせいだけど。でも、それは「いずれ時が来たら説明します」と先ほど言ったから答えるつもりはない。

 正直、この8歳というタイミングでウィリディスさんに明かしたのは賭け。これが後々にどう影響するかはわたしにも分からない。


「殿下と婚約なさるならカメリア様も王族になりますから、そう変わりません」


「どうでしょう。わたくしと殿下はおそらく結婚しませんので」


 そう王子は「主人公」に押し付けるのだから。それを考えるなら、わたしと王子の婚約関係が続いているうちに戦争回避のためにひそかに布石を置いていかないといけない。それ以降にどれだけ動くことができるか分からないし、裏でコソコソ動くというのはできなくなっているから。あくまで「表立って動く」のが16歳の最後の月というだけ。


「それは……、もはや婚姻も確定しているものとばかり」


「周囲はそう思っているでしょうし、このままなら殿下もしだいにそう思うと思いますけれど、最終的にはそういう形にはならないと思います」


 諦めというか、妥協というか、たぶん王子もしだいに婚約を受け入れると思う。それはカメリアを好きになるとか、そういう話ではなく、周囲に流されるだけ。そして、国のために最も堅実なものを選ぶから。


「カメリア様は殿下のことがお嫌いなのですか?」


「個人の感情で言うならばあまり好いていません」


 なんたって処刑されるわけだし。そういうのを抜きにしても全面的に推せるほどではなかった。わたしの推しは別だったし。


「カメリア様は変わったお方ですね」


「ですから、カメリアと呼んでくださって構いませんよ」


「ですが、侍女の私がそのように呼んでいたら怒られてしまいます」


「わたくしが許可した、といってもダメでしょう。ですから、周囲に人のいないときだけで構いません」


「……では、カメリアさんと呼ばせていただきます」


「仕方がありません、それで妥協いたしましょう」


 正直、呼び方はそんなにこだわっているわけじゃなくて、話を逸らすためにしたものだからどう呼ばれようと関係ないんだけど。


「どうやら女性は女性同士盛り上がっていたようだな」


 王子がお兄様と一通り話し終えたのか、わたしとウィリディスさんのところにやってきて、その様子を見ながら言った。


「あら殿下、どうでしたか、お兄様との会話は」


「中々に楽しい時間を過ごせた。お前と違って素直だしな」


 あら、素直じゃなくて申し訳ありません、などとは思わない。この辺りは、前回に言っていたように言葉合戦だ。


「理屈屋で申し訳ありません」


「まったくだ」


「あら、そこはお世辞でもそんなことはないとおっしゃるのが紳士ではないのですか、殿下」


「言われて嬉しくもない世辞をわざわざ言う必要はないだろう?」


 まあ、その通りなんだけど。王子はどうやらお兄様とは仲良くなったようだし、こうして言葉で殴り合いをする程度にはわたしに気をかけてくれているようだ。「たちとぶ」の作中での王子とカメリアの関係を考えるとだいぶマシだと思う。少なくともこのような会話をしている場面は全くなかったから。いや、主人公の視点だかったからそう見えただけで、実際裏ではこんなやり取りがあった可能性はあるけど、主人公、カメリア、王子の3人でいる場面でもそんな感じはなかったし。


 結局、その後は、わたしが帰る時間になるまで王子とのおしゃべりは続いた。

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