007話:カメリア・ロックハート08歳・その2
「この窓からは星がよく見えるのですね」
開け放たれた窓からは満天の星空が顔をのぞかせていた。綺麗な空だった。確かに、こんな光景を見ていたら、星に興味を持つのもよく分かる。
「……ああ、そうだな」
それに対する王子の反応は、何とも言えないものだった。それでも、わたしはあえて、そのまま話を続けた。
「この時期のこの時間帯に見える星座だと、……海竜座でしたか?」
「ああ、そうだ。あの星からあの星にかけてがそうだろうな」
「それでは、あの最も輝いている星がユーリファイですか」
この世界にも星座が存在している。この辺りは、ビジュアルファンブックでも簡単にしか触れられていなかったので、基本的にはこちらに来てから学んだことの方が多い。けど、前世の世界と同じように12の星座があるらしい。
「お前、星が好きなのか?」
「人並みには。わたくしの質問に簡単に答えてくださる殿下ほどではございませんが」
わたしとて、星が嫌いなわけじゃない。綺麗だとは思うし、星の歴史や神話を知るのは、やはり子供ながらに楽しかった覚えがある。それから、前世では星座占いなんていうのもクラスで流行ったし。
「……オレは星が好きだ。いや、それ以外に何もなかったというべきか」
「先に聞きましたよね。いつも、この部屋で過ごしていらっしゃるのですよね、と。……やはり、外に出るのは難しいのでしょう、御身では特に」
そのあたりの経緯は、ビジュアルファンブックで知ってしまっている。知ってしまっているがゆえに分かる。正確に似合わず読書が好きなのも、天体観測が趣味なのも、全てはこの部屋から思うように出られないことに起因しているんだと思う。
「ふん、何も知らないくせに」
「殿下に兄弟姉妹がいれば、少しは変わるでしょう。それは、『何も知らない』わたくしでも分かることですよ」
その時のわたしの視線は、殿下ではなく「ウィリー」、……いえ、ウィリディスさんへと向けていた。まあ、その視線を向けられた本人は王子の方を見ていたけど。
「オレが生まれてから8年だ。それでも一向に家族が増えるようなことはない」
この場合の家族というのは、兄弟姉妹のことだけを指してのことではなく、第二夫人などのことも含まれる。
王族とは血を絶やしてはいけないもの。それゆえに、子供を産むのも仕事。だからこそ、場合によっては複数人の妻をめとることもある。国王の第一夫人のガーネット王妃は元々病弱だったらしく、王子を産んだ後しばらくは病に伏せられていたそうだし、場合によっては王子の言うように第二夫人をめとるべきなのだろう。
もっとも、それは第二夫人がいない場合の話なら、だけど。
「差し出がましくも口を挟ませていただきますが、陛下は王妃様を愛しておられるのです」
これまで話に割って入ってくるようなことがなかったウィリディスさんが、とうとう口を出した。うーん、それをウィリディスさんが言うと、なんというか、わたしからは何とも言えなくなっちゃうんだけど……。
「オレは愛を知らない。民を愛しているのは間違いないが、個人へのどうしようもない愛情というのを知らない」
「奇遇ですね。わたくしも、愛は知りません。恋も知りません」
乙女ゲームっていう恋愛シミュレーションゲームなら散々やっていたけども。推しとかならいたけども。
「お、お二人はこれからじっくりと仲を深めて、それを知っていくところですから」
ウィリディスさんにそう言われるけど、そのつもりは毛頭ない。この王子は主人公に押し付ける予定なのだから。
「こんな面白くない女とは無理だな」
「あくまで『国のために』ですか」
「それが王子たるオレの役目だからな」
だったら最後までその国のためという考えを突き通してほしい。まあ、その価値観を変えてしまうほどの出会いだったんだろう。そして、価値観を変えてしまうほどの魅力、人徳を持っているからこそ、彼女が「主人公」だったんだろう。
「そういうお前こそ、どうして受けた。家のためか?」
王子の問いかけに、わたしはどう答えたものか迷った。そもそも、生き延びるためならば、王子と婚約者にならないという選択肢もあったはず。その選択を消してまで、処刑されるリスクがつく、この王子との婚約に入ったのは、王子と婚約しなかった場合が「未知」だったからというだけの理由じゃない。
婚約の話が出ている以上、互いの家としても断れないだろうし、互いの家のためにもというのももちろんある。
でも、それだけじゃない。戦争での戦死を回避するには王子ルートであることが望ましい。「たちとぶ2」の知識が役に立つから。だから、なるべく近くで王子ルートになるように導く必要もある。そして、何より、王子と婚約者になることで「ウィリディスさん」というキーパーソンと会話することができる。
戦争を防ぐためには彼女の存在と彼女の持つものが非常に大きな意味を持つ。だからこそ、わたしは、王子と婚約を選ばざるを得なかった。
「そうですね、家のためと、そして、わたくし個人のためでしょうか」
戦争回避のために本格的に動けるのは8年後、「16歳の最後の月」。でも、それまでに全く動かないわけじゃない。そのためには「王城」に入りやすい状態を作っておかなくてはならない。
王子の婚約者、これほど、王城に入りやすい口実も他にない。特に、王子が城から出ることがあまりできないというのだから、婚約者自ら赴くことに何ら不審はないはず。
「ほう、個人のため、つまりは財か?」
「財ならば公爵令嬢というだけで十分すぎるほどに得られています」
浪費癖があるわけでもなし、日々、勉強していることの方が多いわたしが、公爵から王族になったところで使う金銭は変わらないだろうし、意味もない。
「そうですね、わたくしは、わたくしの目的のために殿下を利用しようとしているのかもしれません」
「ハッ、ようやくお前の口から面白い言葉が出たな」
王子は怒るでもなく、呆れるでもなく、笑った。嘲笑とか冷めた笑みとかそういうものではなく、笑っていた。
「まあ、打算のない人間なんていない。少なくとも、オレに近づいてきた大人は皆、欲にまみれていた。そうでなければ家の命をただ淡々と受け入れる人形か何かだ」
王子にすり寄ろうなどという人間は、たいていがそういう人間だろう。まあ、わたしが言えたことじゃないけど。
「それで、お前の目的とはなんだ。このオレをどう利用するつもりだ」
ここで王子に全てを話すつもりはもとよりない。だから、わたしは挑戦的な笑みを浮かべて言う。
「あら、それを知ってしまっては面白くないのではありませんか?」
そんな風に。まるで挑発するように。それに対して、王子はムッとしたような顔をしていた。
「確かにその通りだ。フッ、分かった、お前の目的も、オレどう利用するつもりかも聞かないでおいてやる。このオレ手ずから暴いてやろう」
これで王子は、わたしの目的を暴こうと自ら近づいてきてくれる。王子に会いたくないと言われたら好感度を上げようがないので、王子と会話するためにも王子側から会いたいと思う理由を作らないといけない。でも、このたった1日、数時間で王子が積極的に会いたがる友人になるなど無理な話。だから、こうして会うチャンスを増やした。
「しかし、その目的が国に害なすものだった場合、オレは容赦しないぞ」
「ああ、いえ、それはあり得ません。この国にもいいことになる、わたくしの目的には、それが含まれていますから」
戦争の回避、少なくとも、国にとってはいいことだろう。いや、技術発展面や錬金術の発展という意味では「たちとぶ2」と比べて問題が生じるかもしれないけど、それはあくまで「たちとぶ2」と比べたらの話。戦争が回避されて平和だったから技術が進歩しませんでしたというだけの話で「国に害をなした」とか言われたらたまったもんじゃない。
「ほう、国にとってもいいことというのがあくまで含まれるだけ。どうやら大層な目的を持っているようだな」
「それはどうでしょう。わたくし自身は大した目的ではないと思っているのですが」
「ほう、『大した目的ではない』ものに、このオレを利用するのか?」
「あら、理屈をこねるような方は好きではないのではなかったのですか?」
「オレがこねる分には問題ない」
そんな風に言い合いというか、言葉合戦をしていたのだが、それは扉が叩かれる音で終わりを告げた。
「御歓談中申し訳ありませんが、カメリア様、そろそろお時間です」
星が見える時間だ。同じ王都内に住んでいるとはいえ、夜道の移動はあまり良くないだろうし、切り上げる時間としては妥当だろうか。
「では殿下、そろそろ失礼させていただきます。今度は、兄を連れて参りますのでまた『楽しくお話』をしましょう」
あえて、「楽しくお話」を強調して、さっきの言葉合戦のことを言っていることを匂わせた。まあ、頭は回るオレ様王子だ、きっと理解できるだろう。
「いつでも相手になってやる」
意味合い的には言葉合戦の相手になってやるという意味だろうけど、傍から聞けば「楽しいお話」の話し相手になってやるとも聞こえる。
「ええ、楽しみにしておきます」
そういいながら会釈をして、わたしは部屋から出る。
これでようやく、1人目、アンドラダイト・ディアマンデと出会ったのだ。残る「攻略対象」たちと会って、好感度を平衡にしないと。しかし、他の「攻略対象」たちとカメリアが出会うタイミングを考えないといけないから大変ね。
でも、ここからが肝心なのだから、気を抜かずに着実に一歩ずつ進んでいかないと。
それに、戦争回避のためにゆっくりと動き出すなら、そろそろ、1つ手を打っておこうかな。せっかく、ウィリディスさんに会えたことだしね。