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005話:カメリア・ロックハート07歳・その4

 今日は錬金術の家庭教師が来ていた。錬金術、この国の貴族でも基礎はともかく本格的に習う人間が少ない分野。そのため家庭教師の数もそう多くはないのだが、そこは公爵家。できる限りの人脈のコネで錬金術の最先端を研究している学者を雇ったらしい。


「では、まず錬金術の成り立ちから。錬金術とは土属性の魔法による精製ではなく、そもそも根底から異なる物質を金に変えることができないかという思想の元、研究が始まりました」


 土属性の魔法の使い方によっては、含有する鉱石を製錬して金属を構築することができる。だが、それは結局のところ、鉱脈があってこそ成り立つわけで、国中の資源を掘りつくしてしまえば、それこそ戦争して領土を広げるとか、未開拓地を見つけるとかしない限り資源不足に陥ることは間違いない。


 自国で生産できなければ輸入に頼るしかなくなるけど、そうなれば向こうは吹っ掛けてくるし、それを断ることができる余裕は無くなる。まあ、そんなことになるのは本当に鉱脈を全て掘りつくしてしまうくらいの遠い未来の話になるけど。


 でも、そうなってしまわないために、何でもない他のものから金が作れないかと研究され始めたのがこの世界での錬金術の始まり。だからエリクシールやら賢者の石やらの漫画に出てきそうなものとかそういうのは存在しないらしい。


「実際のところ、それ自体がまだなされてはいません。未だ我々は他の物質から金を精製することに成功していないのです」


 成功したらそこで錬金術という分野は終わりだけど、そこにたどり着いていないから未だに研究は続いているんだと思う。


「そして、その研究の過程で様々な副産物的発見がありました。それが今日(こんにち)の錬金術という分野を形作っているのです」


 もともとは別のものから金を作るということ考えて発展していった分野だけど、実際、今はその途中で発見された化学的知見を含めた全般を指して「錬金術」って呼んでいる。だから学ぶのは金に関することだけじゃなくて、もっと広い。


「別の物から金を精製するということは、それを理解し、どうなっているのか、何と組み合わせるのかというものを見ていきます。そうした結果、今までになかった技術が確立されていきました。火薬もその1つですね」


 元々、この世界上での歴史をさかのぼれば、かなり古くから火薬はあったらしい。ビジュアルファンブックの「錬金術」の項目にもその説明が書いてあったから知っている。しかし、それがどういう原理で、明確にどうなっているのかは分かっていなかったの。それを具体的にどういうものか理解して改良していった結果できたのが、今の火薬。

 この火薬によって魔法の在り方も結構変わったらしい。何せ、弱い火の魔法使いでも、強い火の魔法使いと同じような威力の攻撃ができるようになったのだから戦争やそれ以外のところでも大きな影響を与えたのは当然。


「今、錬金術という分野の中で多くの者が率先して研究しているのは、この火薬の先の可能性というものです」


 現在である「たちとぶ」の時間軸では、火薬というものは、「爆発させる」という単純な使い方にとどまっている。これが「たちとぶ2」の時間軸にまで進むと、爆発によって押し出す力を利用する投擲機のようなものが登場するようになる。まあ、作中で使われることはなかったけど。

 先の可能性というのはようするに、ただ爆発させるだけではなく、その先の使い方とか発展のさせかたとかを考えていこうという動き。


「しかし、それがなかなかに進まないのです。それはなぜだか分かりますか?」


 おそらくそれは答えを期待しての問いではないのだと思う。研究への憤り、あるいは愚痴に近いものだった。でも、わたしは、その理由に見当がついている。


「予算、でしょう」


 その答えに、錬金術の家庭教師は一瞬たじろいだ。ここは7歳らしく分からないというべきだったか、と思いながらも、答えてしまった以上、その理由を説明しないわけにはいかない。


「未だに貴族間では魔法を中心に物事が動いています。魔法を研究する機関には、それなりの量の予算が降りていますが、錬金術にはそこまで予算が降りません」


 少なくとも魔法と比べれば雲泥の差と言っていいほど錬金術は不遇の扱いを受けている。だからこそ、錬金術を学ぶ人は少ないし、体得できるものはもっと少ない。この状況が覆るのは「たちとぶ」の後に起きた戦争で、火薬による爆発などの錬金術によって成し得た技術が戦争の結果に大きな影響を与えてから。だから「たちとぶ2」では錬金術が「たちとぶ」よりは浸透している。


「聡いのですね。よもや7歳の子からそのような答えが返ってくるとは思っていませんでした」


 素直に驚いたという家庭教師。まあ、そうでしょうとも。何せわたしは7歳じゃないし、それに、答えを既に知っているようなものだから。


「わたくしは、錬金術という分野は今後、世界に大きな影響を与えると思っています。ですから、こうして学んでいるわけですし、学びたいことについて調べるのも当然のことです」


 そんなことを言ってごまかした。けど、錬金術がこの世界に今後、大きな影響を与えるというのは、事実だと思う。それは戦争がどうとか、「たちとぶ2」がどうとかではなくて、魔法がある世界だからということ。


 土属性の魔法があり、金属を集めること、金属を加工することが容易なこの世界では、必然的に資源不足がやってくる。だからこそ、代替品やリサイクルをする技術を確立するためにも、錬金術という分野の発展は必須のはず。

 魔法があって、魔法が発展しているからこそ、錬金術はいずれ必要となるときが必ずやってくるとわたしは思っている。


「世の貴族たちが皆、そのように考えてくれれば今のような状況にはならないのでしょうけどね」


 まあ、わたしの思考はゲームとビジュアルファンブックと現代日本の知識を合わせたからできるもので、とてもじゃないけど、この世界の貴族の一般的な思考じゃない。少なくとも今は、だけど。


「いずれ、そういう考えが広まるといいのですがね。取り返しのつかなくなる前に」


 魔法が発展しているということは、その分だけ、金属の取得、消費が早い。それゆえに、いずれ取り返しのつかない時が来るかもしれない。もちろん、カメリアが生きている時代には遠い話かもしれないけど、それでも、どうにかする必要はあるだろう。


 特に、わたしは錬金術が認められていくきっかけの一端を担っている戦争を回避しようとしているのだから、そうなったときに、それをそのまま放置するというわけにもいかない。「たちとぶ2」につながるようにキッチリと錬金術の有用性を説いていかないといけなくなるわけだ。


「珍しいですよね。普通、魔法が使えるなら、そもそも考えないことですから。特に、公爵家の人間に、まず錬金術を学びたいと思う人がいると思っていませんでした。そして、どこを見据えているのかは全く分からないが、間違いなく錬金術を重要だと思っていることは分かりました」


 おそらく、最初は貴族の道楽か何かだと思っていたのだと思う。まあ、7歳の貴族の娘に錬金術を教えてくれという話で、真剣な依頼だと思えという方が無理かもしれないけど。


「わたくしは、……わたくしはある目的のためにあらゆる知識、あらゆる技法、あらゆる分野について学ぶ必要があるのです」


 静かに、真剣に、そのように家庭教師に向かっていった。その言葉に詰まった重みは感じ取ってもらえたと思いたい。そして、その目的とは当然、「生き延びるため」。それに尽きる。だけど、それをあえて口にしなかったのは、この会話を誰かに話されたときのことを考えてである。


 特にお父様の耳に入る可能性はある。そうなったときに「ある目的」とぼかすことで、お父様ならば「王子の婚約者としてふさわしくなるために」であると誤解してくれると思う。そうでなくとも、生きることに苦労しないはずの公爵令嬢が「生き延びるために」などという奇怪な理由を話していたと世間に広まってはマイナスだ。


「そうですか、どういった目的を……、目標を持っているのかは想像もつきませんが、私たち錬金術の最終的な目標は金属を生み出すこと。ですが、あなたは、それよりも大きな目標、あるいは多くの目標を持っているみたいですね」


 わたしの目標は大きくもなければ多くもない。「生き延びたい」それだけ。生物として普通の目標であり、そして、ただその1つの目標に向かっている。世界のために金属を生み出す、その方がよっぽど大きな目標だと思う。


「わたくしの目的など、小さなものです。これからの歴史を紡いでいく錬金術に比べればはるかに……」


 もっとも、そのためにやるべきことは多い。各「攻略対象」の好感度を上げて、戦争を回避して、それでも「たちとぶ2」の歴史につながるようにする。口で言うには簡単だけど、「攻略対象」たちは、この世界では独自に考えを持つ人間、好みが分かっているからと言って簡単に好感度が上がるわけじゃない。戦争もそうだ。回避するには文字通り、国家規模の相手と慎重に渡り合わなくてはならない。歴史の修正だって上手くいくとは限らない。そもそもカメリアが生き延びる時点で、必然的に変わってしまう部分もある。それでも、あんな死に方は嫌だ。だからどうやっても生き延びてやるんだから!


「あなたがそう思っているだけで実は、それは他の人から見れば大きな目標なのかもしれませんよ。ところで、あなたはそれを達成したとき、その後、どうするかということを考えたことはありますか?」


 それを達成した後……?

 つまり、わたしは生き延びた後、どうするかってことだと思う。それこそ、死を免れて、その後の人生をどう歩んでいくか。


「錬金術の目的は金属を作ること。ですが、それを達成したとき、我々はその後どうするのかが定まっていません。それを模索するのも、錬金術の考えるべき課題なのかもしれませんね」


 わたしは、生き延びてどうしたいのだろうか。理不尽な死を避けたい、そんなことを思っていたけど、その後は……?


 元の世界に戻る?


 どうやって?


 この世界で暮らしていく?


 貴族として?


 わたしは生き延びて何をしたいのだろう、そんな疑問がわたしの頭の中を駆け巡った。

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