003話:カメリア・ロックハート07歳・その2
食堂では、上座にお父様が、下座にわたしが、わたしの横にお兄様、お兄様の対面にお母様が座っていた。その場にいるわたし以外の3人は、表情が暗く、何をどうしたらいいのか分からないというような顔をして、しばらく顔を見合わせている。
しかし、わたしから話すこともないので、黙っているついでに信仰する神々について、思い出せる範囲で思い出す。
神々の名前は北斗七星が由来になっていて、天使アルコルはミザールの伴星らしい。伴星って言うのが何なのかはいまいち分かってないけど。
あと、光の魔法を使える人が天使アルコルを見えるように、闇の魔法を使える人には死神アルカイドが見えるの。このアルカイドは月の神ベネトナシュの半身であり現身とされていて、アルコルと違って普通の人にも見えるらしい。
でも作中では、闇の魔法が一切出てきてなくて、闇の魔法が本編に出たのは「たちとぶ2」の方だけ。「たちとぶ」では、本当に設定だけの存在だった。だから、「たちとぶ2」をプレイしているからアルカイドの姿もわたしは知っているけど、たぶん、この時代で見ることはないと思う。
そんなことを考えているうちにお父様の中で考えがまとまったようで、重々しい口調で言葉を紡ぎ出した。
「カメリアの力は隠そうと思う」
それに対して目を見開いたのはお兄様。お母様の方はお父様と同じ考えを持っていたのか、それとも、お父様の考えを分かっていたのかは分からないけど、特に反応はなかった。
「それは、王家にも……、ディアマンデ家にも隠す、ということでしょうか」
別に生まれた子供の魔法の属性数を報告する義務はない。ただ、交流の場で聞かれることは間違いないだろう。そして、公爵令嬢ともなれば、その注目度は高い。ましてや、王子や他の公爵の子息たちと同じ年代ともなればなおさらね。
「ああ。話せば、カメリアは政治利用されるだろう。……それ自体に不満はない。貴族として果たすべき責務だからな。しかし、カメリアはまだ7歳。あまりにも幼すぎる」
それだけ「五属性」というのは珍しい存在だ。だから、7歳だろうと何だろうと、政治的に使えるものならば使うだろう。
「それに混乱も起きるでしょう。本当かと確かめに来るものも多ければ、あるいは、他国からの干渉すらあり得ますからね」
お母様が捕捉するように付け足す。他国からの干渉、引き渡せとかならともかく、暗殺者や誘拐犯を仕向けてくるような可能性まである。王族ディアマンデ家が護衛を出してくれるだろうが、王族の護衛もある中、そこまでの人数を割くことはできないだろう。
「では、どうするのですか」
お兄様の質問に、お父様は静かに目をつむった。どうするのか、その質問は「どこまで隠すのか」ってことだと思う。全部隠すなら一属性と言えばいいだけだけど。
「世間には『三属性』と公表しよう。まだ『三属性』なら他国にもいないことはないはず。それから……」
その先はお父様も言い淀んでいた。けど、たぶん、王子との婚約を考えているんだと思う。王子と婚約して、王子といるようになれば王族の仲間入り、警護も厚くて、その上、王族ともなれば手も出しづらいと思う。まあ、公爵家でも相当手を出しづらいはずなんだけど。
「そういうことですか。確かにそれなら」
お母様もその意図は理解したようでうなずいた。この国に「二属性」の魔法使いは3人いるとされている。正確にはわたしと同い年に1人いるはずだから4人だけど、その話はおそらく時期的にまだ持ち上がっていないはず。
王子の婚約者として国の威光を知らしめるとしたら、家柄と魔法の属性数は上であるほどいいに越したことはない。公爵家かつ「三属性」ともなれば、もはや話が出た時点で決定になるほどだ。ましてやわたしと王子は同い年。他に有力な候補がいなければ十中八九。
「えっと、それは、いったいどういうことでしょうか」
ただ1人、話についていけていないお兄様はその意味を問いかけるけど、お父様もお母様も、顔を見合わせて黙ってしまう。
「ベゴニア、お前にもいつか分かる日が来る。とにかく、カメリアは『三属性』と公表する。カメリアが『五属性』の事実を知っているのは、ここにいるものだけだ。分かっているな」
つまり、バレたらここにいるやつからバレた以外ありえないから、その時はどうなるか分かっているなって意味だと思う。まあ、お母様が口を滑らせることはないだろう。お兄様もたぶん大丈夫だ。
「『三属性』の属性はどうしますか?」
そう問いかける。決めておかなくては、いざというときに支障が出る恐れもある。できれば全員が揃っているときに決めておくべきだ。
「そうだな……。カメリア、お前はドゥベー様に最初に祈りをささげたな。あれは理由があるか?」
そう言われて困る。ほとんど適当に回った、というか、行きやすい場所から順番に回っていっただけで、太陽神ミザール様と月の神ベネトナシュ様を後回しにしたのは、最初から使えないと分かっていたから。でも、それを言ってしまうと、わたしが自分で「五属性」だったことを自覚していたことが分かってしまう。
「直感、でしょうか」
結果、答えたのは「直感」。でも、土、火、水は、「たちとぶ」でのカメリアの使用する「三属性」でもある。もしかしたらそこを無意識に思い出していた可能性はあるから「直感」もあながち間違いじゃないかも。
「そうか……。ならば、お前の直感に従い、最初に祈りをささげたものから順に、土、火、水をお前の使える『三属性』ということにしようと思う」
「分かりました。誰かに問われてもそう答えるようにいたしますし、誰かに魔法を見せろと言われてもその『三属性』だけを使います」
おそらくだが、今後、魔法の属性数を問われることが増え、「三属性」と広まるにつれて、本当に「三属性」を使えるのか確かめに来る人は増える。他家の詮索を表立ってするのは恥として見に来ない家もあるかもしれないけど。むしろ、ロックハート家の方から披露する場を設ける可能性もある。「三属性」だと広めてもらった方が得だから。
「ああ、それでいい」
うなずくお父様。年表通りなら、わたしと王子が出会うのは来年になるはず。ここから徐々に「三属性」の噂が広まっていって、十分に広まった段階で王族ディアマンデ家に話を持ち込むか、あるいは向こうから話を持ち掛けてくることになるんだろう。
「カメリア、君は、お父様たちが言う『それから』のことが分かっているのかい?」
しまった、あまりにも口を挟まなさ過ぎた。お兄様が疑問を口にしているのに便乗すればよかったかもしれない。あまりに自然に受け入れたものだから、お兄様は自分の分かっていないことが分かっているのかって聞いてきちゃった。
どう答えるべきか。「分かっている」と答えても、「分からない」と答えても微妙なところ。
「どうでしょう。わたくしの考えていることとお父様の考えていることが一致しているかどうかは分かりません。ですが、それがわたくしに悪いことでないことで、国のためになることなのだと思いますよ」
結果的に見れば、「五属性」という特上の切り札を得ることのできる状況は国のためになることなのだろう。そして、王子と結婚して身を守ることができるというのもわたしにとっては悪いことではないのだろう。まあ、処刑されるんだけど……。
「カメリアに悪いことでないかは、カメリアしだいだと思いますけどね」
お母様がそんな風に言う。確かに、王子と結婚するということは、王子の人柄や相性にもよるだろう。そして、「愛に生きるため」とかいうアホみたいな理由で人を処刑したやつと婚約するなんてもってのほかだが、歴史が変わっても困る。結局のところ、主人公に押し付けるまではわたしが面倒を見るしかないのだ。
「まあ、その辺りは、わたくしが『三属性』であると広まってからの話。今はまだ時期ではないでしょう」
もはや分かっているって言っているようなものだけど、まあ、大丈夫。具体的に口に出していない以上、逃げ道はある。
「だろうな。しかし、そうなると人材探しもしなくてはならんか……」
お父様の言う人材探しがどういう意味か分からなかったけど、すぐに分かった。家庭教師だ。今も、一応、家での洗脳……もとい宗教教育と家庭教師からの基礎教育は受けているけど、本格的に王子の婚約者にするために動くとなれば、相応の知識と作法が整っていなくてはならない。
まあ、後で主人公に押し付けるんだけど、それでも王子の婚約者を一時でも担う以上、教養と礼儀作法はなくてはならない。まあ、あって困るものじゃないし、もし何かがあって、王子の婚約者に選ばれなかったとて、教育と作法ができて損はないだろう。
「お父様、わがままを言うようで申し訳ありませんが、できればでよいのでその人材には錬金術師も追加しておいていただけませんか」
「錬金術師、か……。基礎ならばともかく、体得は難しいと聞くがいいのか?」
「構いません。できることが多いに越したことはありませんから」
この世界で言う「錬金術」というのは、前世で言うところの「化学」全般を指す。そうビジュアルファンブックには書いてあった。しかし、魔法の発展した貴族社会で、この錬金術というものはあまり浸透していない。火を起こしたければ火を使える魔法使いがいればいいという考えが主流。
しかし、カメリアは錬金術にも精通しているとビジュアルファンブックのキャラクター紹介に書いてあった。むしろ、カメリア以外の項目で錬金術に触れていたのは「たちとぶ2」ばかりで「たちとぶ」ではほとんど錬金術は出てこない。
だから、どこかのタイミングでカメリアが錬金術を学ぶのは間違いない。後回しにすることもできたかもしれないけど、このタイミングで習っておくのが一番スムーズだ。
それに化学なら多少は分かるからどうにかなる……と思いたい。テスト赤点ギリギリだったら英語や社会ならともかく、そこそこ点の取れていた化学、数学の理系科目なら大丈夫……のはず。
そうして波乱に満ちた……少なくともお父様やお母様、お兄様からすればそう感じたであろう魔法披露が終わった。