002話:カメリア・ロックハート07歳・その1
「カメリア、本当に大丈夫かい?
それとも、もしかして緊張しているのかい?」
部屋から出てこないわたしを心配したのか、お兄様が再びノックと共に声をかけてきた。それにしても緊張しているのか、とはどういうことだろうか?
そう思ったけれど、そういえば今日は魔法を初めて披露する日だ。お兄様が言っているのはそのことだろう。
「いいえ、緊張などしていませんわ。むしろ、自身に満ち溢れているくらいですもの」
この言葉は嘘じゃない。カメリアは魔法を扱うことができるのは知っている。ビジュアルファンブックに書かれた設定でも、そして作中でも、まぎれもなくカメリアは立派な魔法使いだった。
それに、今まで信仰してきた気持ちが消えたわけではない。わたしはわたしでも、カメリアであることも事実。だから、魔法が使えるという揺るぎない自身と確かな信仰心を感じている。
「ははっ、それならいいんだけど。カメリアがどの属性の魔法を使えるのか、楽しみにしているよ」
そう言ってお兄様は、扉の前から去っていったようだ。それに安堵しながら、わたしは着替える。いつまでも寝間着姿でいるわけにもいかないし、お兄様の言うように、今日は魔法の披露がある。
この世界では7歳になるまで魔法を使うことを禁じられているらしい。それでも、幼くして暴走させてしまうくらい、才能を持って生まれる子供もいるとか。でも、それは非常に珍しいことで、普通は徐々に信仰心を高めていくことで、6、7歳から魔法が使えるようになる。
まあ、わたしからしてみれば洗脳みたいなものだと思う。幼いころから事あるごとに「信仰を」と言われて、気が付いたら信仰心を抱いている。でも、そう思う反面、確かに、わたしは、神々に感謝とこれからのことを祈っている。
そして、魔法を使えるのは主に貴族だけとされている。これは、洗脳とさっき言ったけど、まあ、確かな教育を行えるのが貴族だから、ということになっているらしい。だから、しっかりとした教育さえ受ければ、平民でも魔法が使える可能性はあるという。可能性があるというだけで確認された例はないらしいけど。
でも、教育……とまではいかないまでもそれなりの読み書き計算を習っているはずの商家でも魔法を使えるものはいない。この辺がなんでなのかはビジュアルファンブックでも明言されていなかった。
ただ、平民にはたまに光の魔法や闇の魔法に目覚める人がいるらしい。主人公もその1人。なぜ平民、特に農民が光の魔法に目覚めることが多いのかって言うのは、太陽のありがたみを知り、太陽に天候を祈り、太陽を信仰しているのが農民だから、とは書いてあった。それでも、かなり珍しいらしくて、数十年に1人、現れればいい方らしい。
魔法は、光の魔法と闇の魔法を除いて、火、水、土、風、木の五属性の魔法が一般的に使われている。そして、複数の属性を使える人間は滅多にいない。親が複数の属性を使えたら可能性が高まるってだけで、絶対に子供が複数の属性を使えるわけでもない。
それで「たちとぶ」でのカメリアは「三属性」の魔法使いと言われていて、火、水、土が使えたんだけど、実は、これには裏設定があったの。ビジュアルファンブックによると、カメリアは「五属性」の魔法使いという、世界的に見ても数百年あるいは数千年に1人生まれるかどうかという逸材らしくて、まあ、カメリアを巡って戦争が起きてもおかしくないくらいには珍しいらしい。
だから、ロックハート家は「三属性」として王子の婚約者にして、正式に結婚を果たしてから「五属性」と公開して、国の優位性を確固たるものにしようと考えていたようね。まあ、結果として待っているのは公表前に処刑か戦死なんだけど。
処刑もかなりの強行で、ロックハート家が介入して、「五属性」と公表する間すらなかったから、結果として残ったのは、「世にも珍しかったかもしれない魔法使いを処刑してしまった」という事実だけ。まあ、本人が死んでいる以上、どれだけ「カメリアが『五属性』の使い手だった」と説明したところで証拠はない。
でも、そういうところも合わさって、「たちとぶ2」でのロックハート家と王族ディアマンデ家の確執は確固たるものになってしまっていたの。それこそ「たちとぶ2」の主人公でも解消できないくらいに溝が深くなっていたし。わたしはてっきりそこを解消して終わるものだと思っていたからプレイしていた当時は「あ、そこは解決しないんだ」って思ったものだ。
つまり、カメリアが「五属性」の魔法使いであるっていうのは、物語上の大事なポイント。この前提が崩れたら、ここから先の未来も変わってしまう。そもそも、王子の婚約者にならないかもしれないし、あるいは王子の婚約者になったはいいけどあっさり切られるだけかもしれない。どう転ぶかは分からない。
だから、「五属性」を家族に示すしか、わたしに選択肢はないんだ。
着替えたわたしは、そのまま教会へと向かった。
教会といっても、前世のような神父さんや牧師さんがいるようなところではなくて、それぞれが信仰する神に祈りを捧げるためのロックハート家の教会。ここは教えを説くのではなく、信仰のために祈る場所。
この国では常々、教育として親が子に教えを説いているようなもので、神話や教えなどは、国の中枢にいる大司祭様や司祭様たちが間違いのないように本などにしているが、教会に集って教えを説いてもらうということは滅多にない。魔導書「ドゥベイド」も司祭様たちが書き伝えているものらしい。
教会に入り、神々に祈りを捧げてから、お父様の方へ向く。
「来たか、カメリア」
お父様がわたしにそう声をかける。わたしは、それに対して一礼をしてから言葉を返す。
「はい」
一言、それだけ。神聖な場で不要な言葉を発するべきではないだろうと思ったからだ。その意図はお父様にも伝わっているだろうか。それとも、緊張していると思っているのか。特に怒るでもなくうなずいていたからよかったのだと思う。
「カメリア、あなたの魔法、いえ、信仰を見せてください」
お母様の言葉にうなずいて、わたしはまず、大地母神にして土の神であらせられるドゥベー様の像の前にひざまずく。そして、心の中で祈りながら言葉を紡いだ。
「土の神ドゥベー様。わたくしの信仰にお応えくださるなら、その御力をお示しください」
言葉に呼応するように像が光り、手のひらぐらいの大きさの石が現れて、地面に落ちた。それを見た両親とお兄様は、とりあえずわたしが魔法を使えるということに安堵したのだろう、胸をなでおろしていた。
まあ、貴族に生まれ、教育を受けていても、魔法を発現しないことはあるらしい。それは個人の問題だからどうしようもない。でも、そういった子供の扱いが決していいものであることはないと思う。
ほっとしている皆を尻目にわたしは、次の像の前にひざまずく。火の神メラク様の像。通常が一属性のみとはいえ、7歳になった子供はどの家でもおそらく、全ての属性を一度、使えないか試すものらしい。
「火の神メラク様。わたくしの信仰にお応えくださるなら、その御力をお示しください」
再び言葉に呼応するように像が光り、ボッと目の前で炎が生じた。少し熱かった。わたしが二属性使えると分かった瞬間の家族たちは驚きと嬉しさの合わさったような複雑な表情をして顔を見合わせていた。まあ、そうなるのも分からなくはない。
しかし、わたしは知っている。カメリアはこれで終わらないということを。次に水の神メグレズ様の像にひざまずき、祈りを捧げる。
「水の神メグレズ様。わたくしの信仰にお応えくださるなら、その御力をお示しください」
結果は思っていた通りのもので、それまでと同じようになり、何もないところから水が湧き出た。これで三属性。土、火、水、「たちとぶ」の本編でカメリアが使えるとされていた「三属性」の通りに。そして、ビジュアルファンブックに書かれていた裏設定が本当なら……。
それまでと同じように、風の神アリオト様の像の前でもひざまずいて、祈りをささげた。
「風の神アリオト様。わたくしの信仰にお応えくださるなら、その御力をお示しください」
一陣の風が教会を駆け抜け、その風の行き場がなかったからか、扉を勢いよく開け、屋敷の中に広がった。教会ははめごろしのステンドグラス窓。扉も閉めている以上、風が入る隙間はない。吹き抜けた風は間違いなく、この場で生まれたものだ。
ここまで来ると両親たちの反応は唖然としたものだった。なんといっていいのか分からないような、そんな顔で困惑したように無作法に開いた扉を見ていた。
けれど、わたしは、それを気にかけることもなく、木の神フェクダ様の像の前でひざまずき、祈りを捧げる。
「木の神フェクダ様。わたくしの信仰にお応えくださるなら、その御力をお示しください」
生れ出たのは小さな芽。それが根と茎が成長して、花を咲かせて花びらが地面に散った。これで「五属性」。一応、残り、光と闇も試しはするけど、恐らく発現しないはず。貴族で光や闇を発現した例は今までに1例、それも貴族と平民の妾の間に生まれた子供だった。
「太陽神ミザール様。わたくしの信仰にお応えくださるなら、その御力をお示しください」
当然、反応はない。いや、あるいは前世のわたしは平民みたいなものだから、もしかしたらとか思ったけど、そんなことは全くなかったわ。
「月の神ベネトナシュ様。わたくしの信仰にお応えくださるなら、その御力をお示しください」
こちらも同じように反応はない。七属性の魔法について、信仰に応えていただけたのは「五属性」。わたしの知る通りの結果。
「ああ……、これは、何と言えばいいのか……」
お兄様も頭を抱えていた。まあ、当然かもしれない。妹が世にも珍しい存在だったのだから。それも場合によっては戦争の火種になるくらいには。
「驚きを通り過ぎて、もはやどうすればいいのか。神々が娘にこれだけ応えてくださるのは嬉しい限りだが……」
たぶん、お父様もカメリアが「五属性」を使えるという事実は嬉しいのだと思う。それと同時に厄介すぎる。だから、悩んでいる。わたしをどう取り扱うのか、どう公表するのかと。
「ロックハート家、いえ、この国始まって以来の快挙、とてつもない才能、ではあるのですけれども……」
おそらく、ここで下手に口を挟む必要はない。カメリアは7歳。妙に頭が回る所を見せても面倒くさいし、結末が変わってしまう可能性もある。ビジュアルファンブックの年表通りに進めるなら、「三属性」と公表して、王子と婚約者になる必要がある。
「とりあえず、神々の前で話すことではないでしょう。お父様、お母様、お兄様、神々に祈りと感謝をささげ、ひとまず教会から出ましょう」
だから、わたしはそういったわ。教会で話し込むのも良くないことだし、それに、わたしの言葉は正論であったために、皆が祈りと感謝をささげて、教会を後にした。




