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001話:プロローグ

 頭に響くような強い衝撃と言いようのない激痛で知らないはずの記憶を思い出した。そして、理解する。わたしは、……わたしは、あのカメリア・ロックハートに転生してしまったのだと。


 カメリア・ロックハート。この国に4つある公爵家の長女。長男にして長子のベゴニア・ロックハートの妹で、三属性の魔法を使うことができる天才ともてはやされたこともある。だけど、重要なのはそこじゃない。

 この「カメリア・ロックハート」は、わたしが前世でプレイした女性向け恋愛アドベンチャーゲームいわゆる「乙女ゲーム」の登場人物なのだ。


 ――「銀嶺光明記(ぎんれいこうみょうき)~王子たちと学ぶ恋の魔法~」


 まあ、みんな「恋の魔法」とか「たちとぶ」とか「たちとの」なんて呼んでいて、タイトルの「銀嶺光明記」って呼ぶ人の方が少なかったけどね。


 この「たちとぶ」は、農家の末娘である主人公が、ある日、「光の魔法」に目覚めて、王子や貴族の息子たちが通う王立魔法学園に入園することになって、徐々に親しくなり、その末に……っていうまあ、シンデレラストーリーの乙女ゲーム。


 カメリアは王子の婚約者として登場した主人公のライバルキャラクター。悪役令嬢、なんて言い方もされる。まあ、カメリアはあんまり、「悪役令嬢」っぽい部分はなくて、本当に純然たる王子の婚約者として、主人公と競うライバルキャラなんだけど。主人公をしいたげるとか、主人公をののしるとか、そういうことは一切なくて、逆に主人公に魔法の使い方を指導したり、王子の昔話を教えてくれたりと、本当にいい意味でのライバルだったわ。


 でも、このカメリア、王子ルートでは処刑されてしまうのだ。特に作中で何かをしていたわけでもなく、しかもあっさりとエンディング後のアフターで王子の口から「カメリアは処刑されてしまったけど」と話題に出るくらい。

 当時プレイしていたわたしもうっかり読み流しかけて「ん?」って思ったほどだから、気が付かない人はカメリアが処刑されたことを知らないと思うわ。でも、それだけならわたしは、このカメリアの人生で何もしなければいいだけなんだけど、そうはいかない。


 なぜなら「ビジュアルファンブック」にことの真相が全て書かれていたのを熟読したわたしは知っているからだ。

 このカメリア、王子に邪魔だからと処刑されたのよ。


 五属性……もとい、三属性の魔法を扱うことができるカメリアは、普通一属性しか使えないこの世界の人間の中では破格の才能を秘めた天才。魔法の才は信仰心で決まると言われているから、遺伝するというわけではないけど、両親の考え方というのは子供にも伝わるものとかで、この世界では、親が複数の属性を使えたら、子供も複数の属性を使える確率はグンとあがるらしい。

 国民に威光を示し、他国に牽制をしなくてはならない王族としては、複数の属性を使えるのはかなり大きな意味を持つ。


 つまり何が起きたかというと、主人公と結婚したかった王子は「愛に生きるため」とカメリアを処刑したの。

 そうでないと、カメリアは他の貴族に嫁ぐか、他国に行くか、そうなれば、王族の、あるいは国の損失になる。だから、ある罪ない罪吹っ掛けて、処刑した。そして、カメリアはそれを黙って受け入れたらしい。


 わたしはカメリアに生まれ変わったけど、このカメリアの考え方はさっぱり分からない。なんで黙って処刑を受け入れたの?





「カメリア、凄い音がしたけど大丈夫かい?」


 ノックして、扉越しに声をかけられて、わたしは頭をさすりながら起きた。カメリア・ロックハート、7歳。寝ぼけてベッドから転げ落ちて、前世の記憶を思い出したところ。今、扉の向こうでこっちに話しかけてきているのはベゴニア・ロックハート。わたしのお兄様。


「大丈夫ですわ」


 キャミソールの埃を払いながら言葉を返す。彼もまた、「たちとぶ」の登場キャラクターであり、そして、何より「攻略対象」であるのだ。

 当たり前ながら、わたしが公爵令嬢である以上、お兄様もまた公爵家の人間なのだ。王子と対等に話せる友人の1人で、心優しい先輩キャラクター。こうして妹を心配して声をかけてくれるあたり、現在8歳ながらその片鱗は見えているわね。


 さて、お兄様のルートでのカメリアはというと、王子と結婚しているわ。というよりも、王子のルート以外なら、カメリアは生存しているの。ただし、作中ではっていう注釈付きで。

 どういう意味かというと、カメリア・ロックハートは、どのルートをたどっても死ぬ。ビジュアルファンブックでのスタッフインタビューいわく「ヒーローはヒロインと結ばれるものだから」とのことだ。


 でも、これ、結局続編の「銀嶺光明記(ぎんれいこうみょうき)2~王子たちと学ぶ恋の魔法~」で、各家の子孫が出てきたことで破綻しているのよ。だったらカメリアも生きていていいでしょ!


 王子のルートでは処刑されて、それ以外のルートでは戦争で王子を庇って死亡する。なんでよ……。


 ただ、カメリアの死は「たちとぶ2」でも影響があるの。「たちとぶ2」は王子のルートから二世代後の未来を描いたもので、その世界ではロックハート家と王家のディアマンデ家がカメリアの死をきっかけに対立関係になって、それが続いているの。

 まあ「愛に生きるため」っていう理由で無罪の娘や妹を処刑されたらお父様やお母様、お兄様が王家に反感を抱くのは当然のことなのかもしれないけど。


 さらに、「たちとぶ2」では戦争が引き分けで終わって、その後を描いているんだけど、実は、王子以外のルートだと戦争は勝利しているの。その理由は、カメリアが戦争に参加していたから。王子を庇うまでに猛威を振るった魔法で形勢が決まっていたらしい。


 つまり、カメリアの死は戦争の長期化と家同士の確執につながったって設定。


 わたしは死にたくないし、死なないためにはどうすればいいか。それを考えなくちゃいけない。

 まず問題なのは王子。王子ルートに入ったら処刑されちゃう。だから王子に処刑されないようにしないといけない。


 一番簡単なのは王子の好感度を上げることかな?


 でも、そこで1つ問題があるんだよね。「たちとぶ2」が王子ルートの続編だから、わたしの知識は王子ルートにならないと役に立たないんだよね。生き残るだけならそれでいいんじゃないか、って思ったけど、戦争関係の知識はほとんどが「たちとぶ2」の隣国の王子ルートとビジュアルファンブックの説明に依存しているから、もし王子ルートから外れたら戦争の回避ができなくなっちゃうかもしれない。


 だから、王子の好感度を上げたせいで、わたしと王子が上手くいって、主人公が他のルートにいっちゃうと困る。何より、あんな仕打ちをする王子とわたしが上手くいくことはないと思いたい。

 じゃあ、どうすればいいかと言えば、みんなの好感度をフラットにして、そのまま主人公に王子を押し付ける!


 幸い「攻略対象」たちの趣味嗜好、どういうところに惹かれるのかなんていうのはゲームを何十周とプレイして、ビジュアルファンブックを熟読していたわたしに分からないはずもない。


 年表だと確か王子とカメリアの出会いは8歳で、その時に婚約者になったはず。だから、王子に会うまであと1年あるし、他の「攻略対象」たちに会うのも、まだ先。今のところお兄様くらいかな。


 そして、もう1つ裏で動かないといけないのは「戦争回避」。回避するって簡単に言っても、そう簡単な話じゃない。それに表立って動くと、それこそ歴史が変わっちゃう。歴史が変わっていい方向に動いて戦争がなくなるなら全然いいんだけど、戦争がより複雑になったらそれこそ回避のしようがなくなる。


 だから「戦争回避」のために明確に動き出せるタイミングは「16歳の最後の月」。つまり、ゲーム本編が終了した後。「たちとぶ」は16歳の4月スタートで12月までなんだよね。

 じゃあ、最後の月は12月じゃんって思うかもしれないけど、この世界では1年が13か月なのだ。この13か月っていうのは、トランプから取っているみたい。

 他にも家名とかトランプから取っている部分はあるんだけど、スタッフがトランプ好きだったのか、それとも設定を作るのに使いやすかったのか、それはインタビューに載ってなかったから分からない。


 とにかく、覚えていることはできる限りまとめて、その情報を誰にも見られないようにしておかないといけない。


 この世界において「転生」というのは、そこまでおかしな概念ではないはず。大地母神にして土属性の信仰神であらせられるドゥベー様について記された5冊の魔導書「ドゥベイド」に魂の在り方、行く先について書かれていた。

 それを考えれば、「転生」という概念自体は、この世界にも存在しているはず。ただし、ほとんど起こることではないとされているし、ましてやわたしのような別世界からの「転生」となれば別の話だと思う。


 あるいは、ドゥベー様に聞くことができるのならば、また、違ったかもしれないけど、信仰しているわたしたちが神の言葉を聞くことはできない。ただ例外があって、光の魔法と闇の魔法の信仰者だけは、神の御使いから話を聞くことができるの。

 主人公は光の魔法を使うことができたから、主人公だけに見える存在、天使アルコルが登場するわ。確か、アルコルと会話をしているところをお兄様に見られて不思議がられるイベントもあった気がする。


 だから、この別の世界からの「転生」って言うのがこの世界ではどういう扱いなのか、どうしてわたしなのか、どうしてカメリアなのか、それは全くわたしにも分からない。でも、「転生」してしまった以上、わたしは処刑されるのも、戦争で死ぬのもまっぴらごめん。


 わたしは何としてでも生き延びたい。


 ――乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったけどビジュアルファンブックの力で生き延びたいと、そう思っているわ。

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