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【完結】「先輩の妹じゃありません!」  作者: さき
第三章:二年生秋
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26:過激な独占欲



 東雲が宗佐に見事なタックルを決めて吹っ飛んでいけば、さすがに店内も水を打ったように静まり返った。そんな中で響く珊瑚の溜息は今日一番深く、哀愁すら漂わせている。

 それでもゆっくりと腰を上げると教室の出入り口へと向かっていくのは宗佐と東雲の回収のためだろう。俺も行くかと続くように立ち上がる。

 ちなみに月見は突然のことに呆然としているが、正気に戻すのは後回しだ。


「で、どうよ妹」

「せんぱ……ご主人様の妹じゃありません。……むしろ今はもう誰の妹でも居たくない気分です」


 教室の出入り口に立つ珊瑚の隣に並び、俺も同様に視線を向ける。

 そこには案の定、東雲実稲と彼女の突進を受けた宗佐が無様に転がっていた。


 そりゃもう無様に……。

 まるで東雲が宗佐を押し倒しているかのように……。

 というか事実押し倒しており、二人の体はこれでもかと密着している。


「色々と言いたいところだが、ひとまず西園と月見が意識を取り戻さないうちに東雲を回収してくれ」

「分かりました。でも健吾先輩も働いてください」

「分かってる。宗佐を殴るのは俺の仕事だ。安心しろ、きっちりこなしてやる」

「……止めなくても良いかな、って思えてきました。ほら実稲ちゃん、さっさと宗にぃから退いてよ」


 渋々と言った様子で珊瑚が東雲の肩を揺すり、それどころかまたも強引に引きはがした。

 そのうえ「いくら宗にぃが頑丈でも、突然抱き付いて壁にぶつかったら怪我するでしょ。芝浦家に余計な医療費を出させないで」と、些か「それで良いのか?」と尋ねたくなる内容で叱りつけている。

 その冷静さと言ったら無い。いまだ呆然としている月見や西園とは大違いで、思わず苦笑してしまう。

 

「ほら宗佐、お前も妹に迷惑ばっかかけてんなよ」

「……あ、あれ健吾? さっきの子は?」

「東雲なら、お前の妹から説教くらってるぞ」

「あの子が東雲さんかぁ。突然飛び込んでくるからビックリしたよ」


 上半身を起こし、宗佐がへらりと笑う。

 どうやら宗佐は押し倒されたとは思わず、運悪く教室から出ようとした東雲とぶつかっただけだと考えたようだ。そのうえで避けれずに申し訳ないとさえ言いだすのだから、相変わらず鈍感で斜め上な思考回路である。

 それに対して、どう説明すべきかと考えていると……、


「芝浦先輩! 改めて実稲と結婚してください!」


 宗佐が意識を取り戻した瞬間を狙ったのか、珊瑚の隙をついて説教から抜け出した東雲が再び宗佐に飛びついた。

 その勢いたるや。珊瑚の説教が微塵も効いていないのは明らかで、俺の目の前から宗佐が吹っ飛んでいき、ゴッ!と鈍い音が周囲に響いた。


 言わずもがな、東雲に飛びつかれた宗佐が再度倒れた音である。

 あれは痛そうだ……。と心の中で宗佐に同情してしまう。

 

「し、東雲さん、突然どうしたの……?」

「はじめまして芝浦先輩。先輩の未来の妻であり珊瑚ちゃんの大親友、東雲実稲、むしろ芝浦実稲と申します」

「えーっと、まったく理解出来ないんだけど……。健吾、説明してくれないか?」

「俺が?」


 どうして俺に振る、と抗議を訴えてみるも、周囲を見回せば確かに俺ぐらいしか説明できそうになかった。

 月見は依然としてテーブルで硬直状態。西園も同様に立ち尽くしている。周囲の客も遠巻きに見ているだけだ。珊瑚に至ってはこの事態に愛想をつかしたのか、しれっとメイド業に戻ろうとしている。

 もちろん珊瑚の離脱は許すまいと腕を掴めば「お触り禁止ですよご主人様!」と抗議の声があがった。このメイド、意外とノリノリである。


「なにしれっと抜け出そうとしてるんだよ」

「私まだ休憩時間じゃないんで」

「そう言うなって、芝浦家の一大事だぞ。良いのか、あんなのが宗佐と結婚して。お前の義姉(あね)に……」


 お前の義姉になるんだぞ、と言いかけ、はたと東雲に視線を向けた。

 彼女は相変わらず宗佐に跨ったままで退こうとはせず、それどころか誰も止めに入らないのを良いことに何やら自信たっぷりに語りだした。


「実稲は芝浦先輩には興味はないけど、他の男の子よりかは良いかなぁって思うんです」

「そ、そうなんだ……。それはどうも」

「なんていったって芝浦先輩は珊瑚ちゃんのお兄さんですからね! そこがポイントです。むしろそこだけです!!」

「うん……。なんかまったくもって嬉しくないんだけど……」

「つまり! 芝浦先輩は実稲と結婚するべきなんです。そうすれば実稲は芝浦実稲になって、珊瑚ちゃんのお義姉(ねえ)さんになる。珊瑚ちゃんとずっと一緒!」


 ドヤ! と胸を張って東雲が結論を出す。

 その話に、俺はなるほどそういう事かと頷いた。


 東雲は珊瑚への独占欲を拗らせるあまり、宗佐と結婚し義姉になろうと企んでいるのだ。

 それゆえの大胆なタックル……もとい抱き着きである。宗佐に跨りながらも珊瑚との友情を語っているあたり、アプローチの効果はあまり無さそうだが。

 となれば、俺がすべきことは……、


「別に無理に止めることでもないかもな」


 そりゃあ、月見や西園、それどころか珊瑚の気持ちまで知っているのだから、宗佐と東雲を応援するつもりはない。かといって阻止する理由も無い。

 宗佐と宗佐を慕う女の子達から見れば、俺はあくまで第三者。個人的な友情から月見を応援しがちではあるが、だからといって他の女子の恋路を邪魔しようとも思わない。

 それは相手が誰であっても同じことで、ならば多少過激でも東雲相手でも同じであるべきだ。


 ……なにより、東雲のアプローチはまったくもってアプローチになっていないのだ。

 元より鈍感な宗佐が気付けるわけがなく、現に東雲が己に跨っていてもなお「珊瑚の友達だよね」だの「プロポーズが体験できる喫茶店?」だのと斜め上な発言をしている。

 宗佐へのアプローチを忘れて珊瑚への友情を語る東雲と、天性の鈍感さを見せる宗佐。これはどれだけ放っておいても進展などするわけがない。


「よかったな宗佐、モデルの嫁が出来たぞ」


 おめでとう、と一言残して宗佐と東雲を放って席へと戻ろうとすれば、ようやく我に返ったのか西園がグイと俺の腕を掴んできた。

 瞳は困惑の色に染まり、まるで助けを求めるように眉尻が下がっている。普段凛々しく溌剌としている西園らしからぬ表情である。

 だがそれも仕方あるまい。なにせ突如現れた美少女が自分の想い人に結婚を迫っているのだ。気になるが宗佐に聞きだすこともできず、ならばと俺に助けを求めるのも当然の流れ。

 月見も同様、我に返りはしたものの状況を理解できていないようで、不安そうに「芝浦君……」と宗佐の名前を呟いた。その消えそうな弱々しい声と言ったらない。


 そんな二人に視線を一身に受けつつも、俺はさっさと席に戻ろうとし……。


「……おい、他の客の迷惑になるだろ。いい加減にしろよ」


 と、宗佐から東雲を引きはがした。


 意志が弱いなぁ、俺。

 こんな性格だから振り回されるのか。


 だけどいったいどうして、西園と月見から頼られて無碍に出来るというのか。面倒なことになると分かっていても、不安そうな二人の視線を無視して一人離脱なんて出来るわけがない。

 珊瑚が小さく「苦労性」と呟いた気がするが、それは果たして俺のことなのだろうか……。いや、多分きっと俺のことに違いない。否定できないので聞かなかったことにしよう。


 そう自分自身の意志の弱さを嘆きつつ、宗佐から剥がした東雲に視線を向けた。

 彼女は随分と不満そうに俺を睨みつけており、元々意思の強そうな顔付きゆえに本気で睨んでくると中々に迫力がある。

 ……もっとも、この身長差と年下女子ということもあって恐れるほどのものでもないのだが。


「なんですか貴方、実稲の邪魔しないでください」

「さすがにここまでやったら邪魔もしたくなるってもんだ。さっさと給仕に戻れよ、メイド」

「誰がメイドですか!」

「実稲ちゃんがメイドなんだって。ほら、みんな呼んでるから働こう」

「珊瑚ちゃん! 珊瑚ちゃんは実稲がお義姉さんになるのが嬉しくないの!? ずっと実稲と一緒に居られるのに! 二人の友情は永遠なのに!」


 酷い! と東雲が今度は珊瑚に抱き付く。

 それを受けた珊瑚はと言えば、参ったと言いたげに盛大に溜息を吐いてそっと東雲の肩に手を置いた。

 表情こそ疲れを感じさせるが、宥めるように肩を叩く動きは穏やかで東雲を呼ぶ声も優しさを漂わせている。口では迷惑と言いつつも、友人として大切に思っているのだろうか。


「実稲ちゃん、よく聞いて」

「珊瑚ちゃん……」

「あのね……」


 穏やかに、まるで子供を諭すかのような優しい微笑みで珊瑚が東雲を見つめる。

 東雲もまた友情を感じているのか瞳を輝かせており、続く言葉に期待しているのが分かる。傍目には少女二人の美しい友情と感じられる光景だ。

 そんな中、珊瑚は穏やかな微笑みのままゆっくりと口を開き……、


「私は、別に実稲ちゃんとそこまで一緒に居たいとは思ってないよ」


 ……と、これ以上ない程に一刀両断した。

 言葉のナイフどころではない。殺傷能力は鉈に匹敵する。あの穏やかな微笑みから出たとは思えない鋭さだが、むしろそんな微笑みから繰り出されたからこその威力なのか。

 とにかく、穏やかな表情と口調で見事なまでに叩き切られた東雲は、哀れ「そんな……」と小さく声をあげて膝から頽れていった。――その際に珊瑚が「メイド服が汚れるから立って」と冷ややかに言い切った。追撃にも容赦がない――


 しかし美少女と言うのはこういう時に得である。

 嘆く東雲の姿は様になっており、事情を知らぬ者からしてみればまさに悲劇の美少女なのだ。あくまで、事情を知らぬ者からしてみれば、の話だが。


「そんな……。それじゃあ、実稲のおうちにある珊瑚ちゃんの部屋には誰が住むっていうの……」

「実稲ちゃんのおうちにある私の部屋には実稲ちゃんかご家族が住んでね」

「芝浦宗佐と結婚して珊瑚ちゃんの義姉になって、赤い屋根で暖炉のある一軒家を立てて珊瑚ちゃんと二人で暮らす計画が……」

「さすがにそこには宗佐も住まわせてやれよ」


 大袈裟なまでに落ち込んだ東雲が、無残にも散った計画をポツリポツリと語る。

 その姿を見るに、内容こそ突拍子もないが本人は至って本気だったようだ。叶うと信じていたのだろう、項垂れる背中からは哀愁さえ感じさせる。

 そんな東雲を横目に、俺は珊瑚の隣に立つと、極力周囲には聞こえないよう出来るだけ声を潜めて話しかけた。


「……おい、妹。東雲はあれなのか?」

「あれって何ですか。馬鹿ですか? そうですよ」

「お前そこはハッキリ言ってやるなよ。というかそうじゃなくてだな。東雲は……」


 女が好きなのか?


 と、出来るだけ周囲に気を使い声を潜めて尋ねれば、珊瑚は一瞬驚いたように目を丸くしたのち、堪えきれないと言いたげに小さく吹き出した。

 まるで「何を馬鹿なことを」とでも言いたげな態度に、もしそうであれば踏み込んでいい問題ではないと言葉を選んでいた自分が馬鹿らしくなってしまう。――その割には単刀直入な質問になってしまったのは、言葉を選ぶ気遣いは出来ても、選ぶほどの語彙も器用さも無いからである――


「実稲ちゃんはそういうのじゃありませんよ。別に私に対しても、いきすぎた友情なだけです」

「随分といきすぎてる気がするけど」

「小さな子が仲良しの子を取られて怒るのと同じです。友達が他に居ないから余計に、誰にも渡したくないし、あそこまで固執するんです」

「友達……。まぁ、それなら別に良いんだけど……」


 宗佐の周りには様々な女が集まる。

 だからこそ中には一人くらい、『宗佐のことは好きではなく、宗佐を狙う女子が好きな女』が居ても可笑しくないと踏んだのだ。


 だがどれだけ独占欲が強くてもそれが友情というのなら、東雲は俺のライバルでは……。


「……い、いや、なんでもない。俺は何も考えてない」

「そもそも何も言ってませんけど」


 一瞬だが、珊瑚を取り合い東雲と対立する光景を想像してしまい、冗談じゃないと頭を振ってその光景を掻き消した。そんな俺を珊瑚が訝しげに見てくるが、説明できるわけがない。

 そもそも取り合いだなんて、宗佐争奪戦じゃあるまいし。

 そう己に言い聞かせ、騒ぐのもいい加減にして自分の席に戻ろうと歩きだし……。


 ゴス!という音と共に走った脛への衝撃に頽れた。


 そんな俺の目の前に、細くしなやかな足。

 見上げれば、モデル業も納得の可愛さのメイドが、


「ご主人様のくせに、なに私の珊瑚ちゃんに馴れ馴れしくしてるんですか?」


 と、まるでゴミを見るかのように冷めた目で俺を見下していた。


 


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― 新着の感想 ―
[一言] いや、東雲っていうのもなかなかどうしてのキャラなんだなあ。 楽しい。
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